5月3日、月曜日――合宿2日目。
「あ、おはよう、健人」
「姫、おはよう」
 少し早く準備ができた眞姫は、建物のロビーの近くにある談話室へと足を運んでいた。
 そこには、健人の姿だけがあった。
「ほかのみんなは、まだ?」
 設置してあるコーヒーメーカーからコーヒーを注いでから、眞姫は健人の隣に座る。
「ああ。祥太郎と拓巳はまだレポート必死に写してるし、准は鳴海先生に呼ばれてたよ。詩音は神出鬼没だから、どこにいるか分からないけど」
「健人は、レポートもう書いたの?」
 誰よりも映画の時間熟睡していたように見えた健人の姿を思い出し、眞姫は言った。
「ああ、もらったプリントのあらすじだけ読んで、適当に書いて出したよ」
「適当に……」
 あの鳴海先生に提出するレポートを適当に済ませてしまうあたり、健人の余裕みたいなものを眞姫は感じた。
 妙にひとりで納得している眞姫を見て、健人はふっと笑う。
「やっぱり姫を見ると、朝だなって思うな」
「え? なにそれ?」
「駅で会うだろ、毎日。おまえの姿見たら、朝だなって思うんだよ」
 そう言って、健人はコーヒーをひとくち飲んだ。
 そしておもむろに立ち上がり、眞姫の頭を乱暴に撫でる。
「あっ、もうっ。健人ってばっ」
 ぐしゃぐしゃにされた髪を元に戻す眞姫を楽しそうに見て、健人は言った。
「がんばれよ、姫」
「健人……うん、ありがとう」
 談話室をあとにする健人に微笑んで、眞姫はもう一度髪を整えた。
 そして、コーヒーを飲んで嬉しそうに呟いた。
「ありがとう、みんな」
 自分に対するみんなの優しさを改めて感じ、眞姫は自分は幸せだと思った。
 そんなみんなの気持ちに、少しでも応えないと。
 そう眞姫が決意をあらたにした、その時。
「いたいたっ。おはよー、眞姫ちゃんっ」
「あ、由梨奈さん、おはようございます」
 健人と入れ違いで、談話室に由梨奈が入ってきた。
 そんな眞姫に、由梨奈はにっこり笑う。
「眞姫ちゃん、今日の合宿は“由梨奈お姉さんと学ぶ“気”の使い方コーナー”だから、時間になったら第2トレーニングルームに来てねーっ」
「はい、わかりました」
「んじゃあ、またあとでねぇ」
 それだけ言って、慌しく由梨奈は去っていった。
 忙しい中自分のために時間を割いてくれている由梨奈に、眞姫は感謝していた。
 それと同時に眞姫は、昨日由梨奈が拓巳に使っていた、傷を癒す“気”のことを思い出す。
「…………」
 ふと何かを考えるような表情をしてから、眞姫はカップの残りのコーヒーを飲み干した。
 そしてちらりと時計を見て眞姫は立ち上がり、気合を入れるように頬をぺちぺちと叩いてから、談話室をあとにする。
 まだ合宿開始の時間まではあと数分時間があったが、とりあえず第2トレーニングルームに向かった。
 地図を頼りに、眞姫は迷わずに目的の第2トレーニングルームを見つける。
 遠慮がちにノックしたあと、眞姫はゆっくりとそのドアを開けた。
 そこは器具など何もない、がらんとした学校の体育館より少し狭いくらいの部屋であった。
 誰もいないその部屋に入って、眞姫は所在なさ気にきょろきょろする。
 そして時間より少し遅れて、由梨奈が入って来た。
「はぁい、眞姫ちゃん。お待たせぇ」
「由梨奈さん、よろしくお願いします」
 相変わらず露出度の高いセクシーな服で、由梨奈はにっこり微笑む。
「んじゃ、早速始めよっか」
「は、はい」
 由梨奈は笑いながら、緊張した面持ちの眞姫の肩を揉んだ。
「やだぁ、そんなに緊張しなくてもいいわよぉ。あ、その前に……眞姫ちゃん。何で昨日、実戦的なコト何もしないでお話だけで終わったと思う?」
「まずは、能力の特質を理解することから始めないといけなかったから、ですか?」
「本当に眞姫ちゃんって、優等生よねぇ。それももちろんあるわ。でもね」
 そこで言葉を一度切って、由梨奈は続けた。
「眞姫ちゃんの潜在能力考えたら、2日もあれば十分だからよ」
「えっ?」
 自分の中の能力に疑問を抱いていた眞姫は、驚いたように顔を上げる。
 そんな眞姫の様子を見て、由梨奈は悪戯っぽく笑った。
「あと私が、眞姫ちゃんと楽しくトークしたかったんだけどねぇ」
「…………」
 自分の眠っている能力がどれくらいのものなのか、今の眞姫には見当もつかない。
「眞姫ちゃんって、攻撃的な“気”よりも防御的な“気”の方が、体質に合ってる気がするのよねぇ。てなわけで、攻撃的な“気”を受け止めて浄化しちゃおーな練習をしましょーねぇ」
 由梨奈の話を、眞姫は真剣な面持ちで聞いている。
 眞姫の様子を見ながら、由梨奈は続けた。
「そもそも“気”っていうのは、体内の流動的なエネルギーなの。それを使って、いろいろなことができちゃうのが、能力者よ。まずは、その“気”を一箇所に溜める練習からするからね」
 そう言って、由梨奈は瞳をすっと閉じる。
 刹那、前に翳したその両手に、美しい光が集まっていくのが眞姫には分かった。
 そしてその光は輝きを増し、由梨奈の胸の前で球体になった。
「基本は、こんなカンジかな? 攻撃はこれを相手に放つし、防御は相手の“気”を防ぐ壁に変形させたり、相殺させるの。眞姫ちゃんもあの子たちが“気”を使って戦う様子見てるから、大体イメージは分かるでしょ?」
 その光を見つめて、眞姫は今までのことを思い出していた。
“気”の性質やかたちは人それぞれ違っても、いずれも彼らの放つ光は美しい。
 身体に宿るエネルギーを、一点に集中させる。
 そう眞姫は、自分に言い聞かせるように呟いた。
 由梨奈は、胸の前で輝くその“気”を消滅させる。
 そして、言った。
「精神を集中させて、自分の中に流れる“気”を感じるの。イメージを膨らませるのよ。そして一番大切なこと、何だと思う?」
「一番、大切なこと?」
 うーんと首を捻る眞姫に、由梨奈はにっと笑う。
「自分を信じることよ、眞姫ちゃん」
「自分を、信じること……」
 今の自分に、一番足りないもの。
 それが“自信”である。
「んじゃ、眞姫ちゃん、やってみる?」
「え?」
「まずは、そうねぇ。精神を集中させて“気”を両手に集めて、さっき私が作ったみたいに光の球を胸の前で10秒間固定させてみよっか。最初の課題ね」
 いきなりそう言われて、眞姫はきょとんとする。
 由梨奈はもう一度両手を胸の前に翳した。
 ゆっくりと、その手に光が集まる。
 その光は輝きを放ちながら、球体の塊にかたちを成す。
 その美しさは、由梨奈の内面を映すかのように優しく力強く、そして綺麗だと眞姫は思った。
「さっ、眞姫ちゃんもやってみよっ」
 こくんと頷いて、眞姫はその大きな瞳を閉じた。
 精神を集中させて、手のひらに集める……。
 そう何度も頭の中で念じながら、眞姫はその両腕を胸の前に翳した。
 身体の中を流れる力が、高まっていくような感覚。
「!」
 由梨奈はそんな眞姫をじっと見つめたまま、表情を変えた。
 眞姫の身体が、ぼうっと大きな光で包まれていくのを感じる。
 その光はほかの能力者のものとは違い、神々しささえおぼえるものだった。
 次の瞬間。
「! あっ……」
 眞姫は、その瞳を開く。
 集中力が持続せず、途切れてしまったのだ。
 上手くいかなかったと俯く眞姫とは対称的に、興奮した様子で由梨奈は言った。
「最初にしては出来すぎよぉっ。やっぱり“浄化の巫女姫”ってすごいのね」
 由梨奈はそう呟いて、何かを考える仕草をする。
 そして、言った。
「ひとりで練習したほうが集中できるかもね。お姉さん談話室にいるから、出来るようになったら内線で電話してねぇ。あ、分からないことあったり、お姉さんの声が聞きたなって電話してきてもオッケーよん」
 じゃあがんばってねぇっ、と手を振りながら、由梨奈は第2トレーニングルームを出て行く。
「あ……」
 眞姫はきょとんとした表情を浮かべ、その後姿を見送った。
 広い部屋にひとり残され、どうしたらいいものかと考え込む。
 それから気を取り直し、さっき目の前で見た由梨奈の“気”を思い出した。
 身体に漲る力の流れをコントロールし、手のひらへ送る。
 そしてそれを集めて球体を形成し、10秒間保つ……。
 イメージを膨らませ、眞姫は再び瞳を閉じた。
 しばらくすると、自分の中を流れる大きな何かを感じる。
 それを、手のひらに集めて……。
「!ん……なかなか上手くいかないなぁ」
 思わず瞳を開いてしまい、眞姫は首を捻る。
 つくづくあんなに易々と“気”を操ることのできる能力者たちのすごさを、眞姫は実感した。
 それだけ、厳しい訓練に耐えてきたのだろう。
「私も、頑張らなくちゃ」
 そう言って眞姫は、もう一度ぐっと瞳を閉じたのだった。




「何をサボッているんだ、おまえは」
 談話室で優雅に紅茶を飲んでいる由梨奈に、入ってきた鳴海先生は目を向ける。
「あ、なるちゃん。このクッキーなかなか美味しいわよぉっ」
「…………」
 はあっとわざとらしく溜め息をついて、鳴海先生は腕組みをした。
 由梨奈は、ちらりと愛用のブルガリの腕時計を見る。
「あれから2時間か。そろそろ助け舟だしてあげよっかなぁ」
 そう呟いてから、由梨奈はにっこりと鳴海先生に微笑む。
「ねぇ、なるちゃん。第2トレーニングルームに眞姫ちゃんいるから、行ってあげてよ」
「清家の指導は、おまえに任せたはずだぞ」
「いいからぁ。なるちゃんだって、気になるでしょ? 眞姫ちゃんのこと」
「…………」
 少し考える仕草をしてから、鳴海先生は談話室を出て行こうとする。
 そんな鳴海先生に、由梨奈は言った。
「この2時間、眞姫ちゃんの“気”の成長の早いのなんのって。課題出したんだけど、もうクリアーするのも時間の問題みたい。今日丸一日くらいはかかると思ったのに」
「それで、おまえはのん気にサボっているというのか?」
「やだぁ、サボってるなんて人聞きの悪いわ、なるちゃん。眞姫ちゃんは、自分で何とか出来る子よ? 少し手助けをしてあげればね」
 いってらっしゃーいと手を振る由梨奈に、鳴海先生はふと振り返って言った。
「由梨奈。暇を持て余しているなら、第5トレーニングルームで少し遊んでやれ」
「第5トレーニングルームね、ふふっ、任せなさいっ」
 楽しそうに笑う由梨奈を後目に、鳴海先生は談話室をあとにする。
 確かに、眞姫のいる第2トレーニングルームに近付くにつれ、大きな“気”の力を感じる。
 それと同時にその“気”の雰囲気は、何故かとても懐かしいものでもあるような気がした。
 そんな第2トレーニングルームのドアを、鳴海先生はゆっくりとノックする。
 そして、そのドアを開けた鳴海先生の瞳に飛び込んできたのは。
 神々しい光を纏った、“浄化の巫女姫”の姿。
「あっ、鳴海先生?」
 ふと振り返った眞姫は、驚いたような表情で鳴海先生を見つめる。
 その言葉に、鳴海先生は我に返った。
「どうだ? 調子は」
「由梨奈さんから出された課題してるんですけど、なかなか思ったようにできなくて」
「由梨奈は、どんな課題を出したんだ?」
「“気”の力を両手に集めて球体を作り、それを10秒間保てるようにって言われました」
 開けられたままであったドアを閉めて、鳴海先生は眞姫のそばまで歩み寄る。
 そして切れ長の瞳を彼女に向け、言った。
「そうか。では、どのくらいまでできるようになったか、やってみてくれ」
「え? あ、はい」
 突然言われて驚いた眞姫だったが、気を取り直してその瞳を瞑る。
 途端に、ぼうっと光が眞姫を包んだ。
 その光が眞姫の翳した両手に集まり、大きな球体を形成していく。
 そして美しい弧を描き、それが眞姫の手のひらでくすぶった。
 その時。
 バシッと音がし、その光が一瞬にして弾ける。
「! あ……どうしても、10秒保つことがまだできないんです」
 はあっと溜め息をつく眞姫に、鳴海先生は言った。
「肩に力が入りすぎだ。もっと気を楽にすると、上手くいくだろう。もう一度だ」
「は、はい」
 同じように試してみるが、やはり同じように“気”の球体を保つことができなかった。
 鳴海先生の切れ長の瞳が自分を見ている。
 そう思うと、余計に眞姫は緊張してしまうのだ。
 もう一度首を傾げる眞姫を後目に、鳴海先生はおもむろに両手を胸の前に掲げた。
「!」
 眞姫は、その大きな瞳を鳴海先生に向ける。
 強大な“気”が鳴海先生のその両手にあっという間に宿り、そして美しい球体を成す。
「球体を形成する段階まで出来るのならば、あとは何も難しいことはないはずだ。“気”を保つなどと難しく考えず、球体に軽く手を添えるような感覚でいい」
「…………」
 眞姫は鳴海先生の作った“気”の美しさに、目を奪われていた。
 その強大さもさることながら、鳴海先生の“気”はまるで先生の持つ瞳の色と同じように、綺麗に澄んでいるような気がした。
 作り出した“気”を消滅させて、鳴海先生は眞姫に目を向ける。
「もう一度だ、清家」
「え? あ、はい」
 ハッと顔をあげて、眞姫は慌てて頷く。
 頭の中でもう一度イメージを膨らませてから、眞姫は手を翳した。
 身体の中を流れる力を、手のひらに集中させる。
 そしてそれを集めて、球体を形成させる。
 軽く手を添える感覚で、力を抜いて……。
 鳴海先生の作り出した“気”の美しさを思い出しながら、眞姫は精神を集中させる。
 さっきまでは安定せず、バチバチと音をたて重く眞姫の手の内でくすぶっていた“気”だったが、何故か不思議と今はそれが羽のように軽いように感じた。
「そうだ、それでいい。これで、最初の課題はクリアーということだな」
「あ……」
 眞姫は、ふと瞳を開く。
 自分の手の中で自分の作り出した“気”が、綺麗な弧を描いて輝いていたのだ。
 眞姫は嬉しそうに、その光をじっと見つめる。
 そしてその“気”を消して、眞姫は顔をあげた。
「できました、鳴海先生」
「一番大切なことは、自分に自信を持つことだ。もう一度、やってみなさい」
「はい、先生」
 キラキラと瞳を輝かせて頷く眞姫に、鳴海先生はふっと微笑んだのだった。
 その頃。
「はぁいっ、ボーイズっ。ちゃーんとやってる?」
「げっ、ゆり姉っ」
 第5トレーニングルームに突然入ってきた由梨奈に、5人の少年たちは驚いた顔をした。
「なるちゃんいないからって、サボってるんじゃないでしょーねぇっ、拓巳ちゃん」
「サボってるワケねーだろっ。ていうか、鳴海はどこ行ったんだよ」
 ちらりと拓巳を見て、由梨奈はくすっと笑う。
「どこって、そんなの決まってるでしょ? 眞姫ちゃんのところよん」
「姫のところだって?」
 その言葉に反応したのは、意外にも健人だった。
 祥太郎は、面白くなさそうな表情で言った。
「姫のところって、何しに行ったんや、あいつ」
「気になるぅ? 心配しなくてもたぶん大丈夫よ、なるちゃんって紳士だからぁ」
「えらいサディスティックな紳士やなぁ」
 准は、由梨奈に視線を向ける。
「鳴海先生が姫のところにいる間、ゆり姉がこっちの担当ってことだね」
「ミセスリリーなら歓迎だよ、僕は」
「詩音、それはおまえだからだよ」
 拓巳は、詩音の言葉に溜め息をついた。
 由梨奈はそんな拓巳に、悪戯っぽく笑う。
「あーら拓巳ちゃん、身体動かしたくなっちゃったぁっ。お姉さんの相手してもらおっかなぁ」
「げっ、それだけは勘弁っ! おい祥太郎、おまえがしてやれよっ」
「いやいや、そんなオイシイ役目は、健人に譲るわ」
「おい、待てよ。俺は絶対嫌だからな。詩音、おまえ歓迎なんだろ?」
「僕? 僕はジェントルマンだからね、遠慮しておくよ。准、どうだい?」
「僕も、ゆり姉とはイヤだな」
 思い思いにそう言う少年たちに、由梨奈は頬を膨らませる。
「あーのーねぇっ、みんなで何よっ。か弱いイジメられっ子は辛いってコトね」
「ちょっと待てや、か弱いって。ていうか、すでに子って年やないやろ」
「むしろ、か弱い男をいじめる側だろーが、ゆり姉は」
「あーら、随分言いたい放題言ってくれるじゃない」
 拓巳と祥太郎にじろっと視線を向けて、由梨奈は溜め息をついた。
 その時。
 第5トレーニングルームに設置されている内線電話が、鳴り出した。
 由梨奈は、受話器を取る。
「もしもし? なるちゃん? うん、本当に? 課題できたんだぁ。私は構わないわよ? うん……え? うん、こっちはこっちで、楽しんでるからぁ。んじゃねぇ」
 電話を切って、由梨奈は祥太郎を見た。
「祥太郎、なるちゃんからご指名よ? 今すぐ第2トレーニングルームに来なさいって」
「……は? 俺?」
 思わぬ指名に、祥太郎は意外な表情を浮かべる。
「そーそー。今すぐって言ってたから、早く行かないとボコられるわよぉ」
「んじゃ、まぁ、行って来るわ。無事に生きて帰れるように祈っとってや、みんな」
 鳴海先生の意図が分からず祥太郎は少し考える仕草をしたが、いつものように悪戯っぽく笑って手を振った。
 祥太郎が第5トレーニングルームを出て行って、由梨奈は残った4人に改めて目を向ける。
「さ、私のお相手はどの殿方かしら? 拓巳? 健人?」
 その言葉にぎょっとして、拓巳は健人に言った。
「おい、健人。おまえ、呼ばれてるぜ」
「おまえだって呼ばれてるだろ? 俺は絶対嫌だからな」
 はあっと溜め息をつき、健人は頑なに首を横に振る。
「あーのーねぇっ、まとめてシめるわよ、あんたたち」
 由梨奈は、そう言って少年たちを見たのだった。




 その頃、第2トレーニングルーム。
「次は、先程の“気”を使った応用だ。実戦的なことを教える」
「実戦的なこと……」
 鳴海先生の言葉に、眞姫は表情を引き締める。
 表情を変えないまま、鳴海先生は話を続けた。
「今回の合宿で習得することは、相手の放った“気”を受け止め自分の“気”で浄化させる能力についてだ。由梨奈にも、そう言われたんだったな」
「はい」
「その前に、今まで見てきた戦いを思い出せば分かることであるが“気”をいかに素早く溜めることができるか、攻撃にしても防御にしても、それは共通して重要なこと。日頃から鍛錬を積むことが大事だと、実戦訓練に入る前に言っておく。例えば……」
 ちらりと、鳴海先生はドアの方に視線を向ける。
 その時。
 おもむろに第2トレーニングルームのドアをノックする音が聞こえ、そしてゆっくりと開いた。
「失礼しまーっす……っ!?」
 室内に入ってきた祥太郎はハッとその表情を変え、顔をあげた。
 それと同時に、眩い大きな光が唸りをたて祥太郎目がけて繰り出される。
 鳴海先生の右手から突如放たれた“気”が、祥太郎に一斉に襲いかかったのだ。
「くっ!!」
 咄嗟に“気”を漲らせた手でそれを受け止め、祥太郎はその威力を浄化させた。
 そしてキッと鳴海先生に視線を投げ、軽く身構える。
「なっ!? このっ、イキナリ何するんやっ! びっくりしたぁっ」
「例えばこのように、いつ何時“気”を使うことが起こるかわからないからな。“気”を素早く溜める鍛錬を日頃から怠らないように。分かったか? 清家」
 祥太郎の様子など気にもとめず、鳴海先生は冷静にそう言った。
 眞姫は突然のことにびっくりしながらも、思わずおそるおそる頷く。
「は、はい」
 拍子抜けしたようにがっくり肩を落として、祥太郎は言った。
「あのなぁ……ていうか、俺に何の用や? 鳴海センセ」
「清家に、相手の“気”の浄化の仕方を教えてやれ」
 鳴海先生はそう言って、ちらりと祥太郎に切れ長の瞳を向ける。
 その言葉に、祥太郎はきょとんとした。
「え? 俺が?」
「おまえ以外、ここに誰がいるというんだ?」
「どういう風の吹き回しや? それか、何か裏があるんやないやろーな、センセ」
 疑り深い眼差しで鳴海先生を見たまま、祥太郎は警戒している様子である。
「おまえの“気”は無駄に派手だ。清家にも分かりやすいだろうと思ってな」
「悪かったなぁ、無駄に派手で」
「ごちゃごちゃ言うな、分かったらさっさとはじめろ」
「よろしくね、祥ちゃん」
 眞姫は、祥太郎ににっこり微笑んだ。
 その笑顔を見て頬を緩めて、祥太郎は呟く。
「いやいや、無駄に派手な“気”でよかったわぁっ。明日は雨どころか、雪まで降りそうやな」
 鳴海先生は、じっと腕組みをしてふたりを見ている。
 そんな先生の様子を一瞬ちらりと見てから、祥太郎は言った。
「えっとな、姫はどんなことまで教えてもらったんや?」
「“気”を手のひらに集めて、それを保つことまでできるようになったわ」
「えっ? もうそんなコトできるようになったんか? 普通1週間くらいはかかるで、そこまでできるようになるの」
 驚いたようにそう言ってから、祥太郎は眞姫に笑いかける。
「んじゃ、祥太郎センセイに、それ見せてくれるか?」
「うん」
 眞姫は、ふっと瞳を閉じて精神を集中させた。
 身体の“気”の流れを感じとり、それを手のひらに集める。
 それがかたちを成し、その“気”を球状に保たせた。
 そしてそのまま瞳を開き、眞姫は様子をうかがうように祥太郎を上目遣いで見る。
「おー、これは綺麗やなぁ。すごいなぁ、正直驚いたわ」
 本当に感心したように、祥太郎はうんうんと頷く。
 それからニッと笑みを浮かべて、祥太郎は言った。
「さっきも鳴海センセが言っとったように、“気”をいかに素早く溜めるかは、戦いにおいて重要なことや。攻撃するにしても防御するにしても、まずは“気”を溜めることからはじまるからな。しかも、急に敵が襲ってくる場合もある……こんな風になっ!」
「!」
 眞姫は、目を見張った。
 祥太郎の右手に瞬時に“気”が宿ったかと思った瞬間、それがカッと弾ける。
 大きな“気”が、その祥太郎の手から繰り出されたのだ。
 祥太郎の放った“気”は枝分かれして、鳴海先生を左右から襲う。
 鳴海先生はふっと瞳を閉じ、そんな様子に動じることなく、両腕を左右に翳した。
 翳した両腕に瞬時に“気”が漲り、唸りをたてて迫る祥太郎の“気”を難なく浄化させた。
「おー、いい見本やなぁ。さっすが鳴海センセやっ!」
 その言葉と同時に、先程よりもさらに大きな“気”が再び祥太郎から放たれる。
 カッと瞳を開いて、鳴海先生は言い放った。
「あまり調子に、乗るなっ!」
「……げっ!」
 鳴海先生の掲げた手から、強大な“気”が放たれたと思った瞬間‥祥太郎の“気”が、逆流したのだ。
 くっと唇を噛み締めてそれを受け止め、祥太郎はその威力を浄化させる。
 そして悪戯っぽく笑って、祥太郎は言った。
「……こーいう風に“気”を受け止めて浄化させるやり方を、今から教えるからな、姫」
「う、うん」
 目をぱちくりさせている眞姫を見てから、鳴海先生は第2トレーニングルームのドアを開ける。
 そして、言った。
「私は向こうに戻る。何かあれば内線で連絡しろ」
「はいはい、姫はこの俺に任せなさーい、鳴海センセ」
 嬉しそうに手を振って、祥太郎はその後姿を見送る。
 鳴海先生が退室してドアが閉まったのを確認してから、祥太郎は満面の笑みを浮かべた。
「いやぁ、姫とふたりきりなんて、夢みたいやぁっ」
「ごめんね、私に付き合わせちゃったみたいで」
「なーにを言うてるんや、これ以上の幸せはないで? んじゃあ、とりあえず、休憩しながら楽しく愛を語り……いやいや、トークでもしようや、姫」
「え? 休憩?」
 きょとんとする眞姫に、祥太郎は笑った。
「姫、今まで休憩もせんで頑張ってたんやろ? まだ“気”を使うのに身体が慣れてないんや、少し休んだほうがええで。ささっ、俺の隣にどうぞ、お姫様」
 祥太郎に言われる通り、眞姫は彼の隣に座った。
 今まで懸命に練習していたために気がつかなかったが、座った途端、ドッと疲労感が身体を襲う。
 少しふらついた眞姫の身体を、祥太郎は支えた。
「ほら、言ったやろ? 頑張りやさんやな、姫は。何か飲み物でも持ってこよか?」
「あ、うん。ありがとう、祥ちゃん」
 ふうっと一息ついてから、眞姫は祥太郎に視線を向ける。
 立ち上がって照れたように髪をかきあげてから、祥太郎は部屋を出て行った。
 眞姫は、ふと考える仕草をする。
 どうして鳴海先生は、祥太郎を眞姫の元へ連れてきたのだろうか。
 祥太郎の“気”の性質が派手だからだと先生は言っていたが、それだけではないような気がする。
 鳴海先生のあの切れ長の瞳で見つめられると、どうしても緊張してしまう。
 由梨奈にも、正直やはり少し気を使ってしまうのである。
 気のおける映研部員相手のほうが、眞姫も気が楽であるということは事実だ。
 もしかしてそんな自分の心情を察して、鳴海先生は気を使ってくれたのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、祥太郎が戻ってきた。
「大丈夫か? 姫」
「うん、ありがとう」
 祥太郎から飲み物を受け取って、眞姫は微笑む。
 その隣に座って、祥太郎は言った。
「合宿はどんなカンジや? 姫」
「うん、改めてみんなの力ってすごいなぁって思ったわ。もっと頑張らないといけないなあって」
「何言ってるんや、姫は今でも十分に頑張ってるやん」
 にっこり笑う祥太郎に、眞姫は首を振る。
「でも、もっと頑張らないと……あっ」
 その時眞姫は、驚いたように顔をあげた。
 祥太郎の手が眞姫の頭にそっと触れる。
 そしてその手は、眞姫の身体を自分の胸の中にに引き寄せたのだった。
「たまには息抜きも必要やで。そして一緒に頑張ろな、姫」
「うん……」
 祥太郎の優しさを感じながら、眞姫はこくりと頷く。
 そんな眞姫に、祥太郎は笑った。
「じゃあ楽しくトークでもするか、姫」
「今してるじゃない、祥ちゃん」
 くすくす笑う眞姫を幸せそうに見てから、祥太郎は悪戯っぽく笑った。
「祥太郎センセイは女の子に優しいけどな、俺がセンセイするからには、バッチリ指導もするで?じゃないと、鳴海センセに本気で半殺しにされそうやしな」
「お願いします、祥太郎先生」
「こんな可愛い子が生徒やったら、何でも教えてやりたくなるわぁ。オイシイなぁ」
 小声でそう言う祥太郎に、眞姫は不思議そうな顔をする。
「? 何か言った?」
「いやいやいや。あと10分休憩したら始めるで、姫」
 慌てる祥太郎に首を傾げてから、眞姫は飲み物をひとくち口に含んだのだった。