5月4日――合宿最終日。
「あら、おはよーっ、祥太郎」
「今日も相変わらず派手……いやいや、美しいなぁ。ゆり姉」
「お褒めの言葉ありがとっ、祥太郎」
 談話室に入ってきた祥太郎に、先に来てお茶をしていた由梨奈は目を向ける。
 そして意味あり気に笑った。
「昨日はなかなか、オイシイ役回りだったみたいじゃない?」
「おかげさまでなぁ。あんな至福の時間、もう夢みたいやったわ」
「それで肝心のお姫様の指導は、ちゃんとやってくれたのかしら?」
 その由梨奈の言葉に、祥太郎はニッと笑顔を向ける。
「指導したのは、この祥太郎センセイやで? きっと驚くこと間違いなしや、ゆり姉」
「あら、自信たっぷりねぇ。それは楽しみだわ、祥太郎」
 くすっと笑って、由梨奈は立ち上がった。
 それから時計を見て、談話室を出る。
 少し時間は早かったが、由梨奈はそのまま眞姫との訓練を行う第2トレーニングルームに向かい、そのドアをノックして開けた。
 そんな由梨奈の目に、飛び込んできたのは。
「! 眞姫ちゃん……」
 先に来て一生懸命“気”を溜める訓練をしている、眞姫の姿だった。
 そして眞姫の身体からは、昨日よりも段違いの大きな“気”の力を感じる。
「あ、おはようございます、由梨奈さん」
 由梨奈の存在に気がついた眞姫が、にっこりと彼女に微笑む。
 眞姫に笑顔を向けて、由梨奈は言った。
「練習熱心ね、感心感心っ。じゃあ早速なんだけど、お姉さんに練習の成果見せてくれるかな」
「え? は、はい、えっと……」
「そうね、私が“気”を放つから、それを浄化してみよっか」
「は、はい」
 ぐっと堅い表情を浮かべる眞姫の肩を、由梨奈はポンッと叩いた。
「肩の力抜いて、眞姫ちゃん。そんなに緊張しなくても大丈夫よ? じゃ、準備はいい?」
「あ、はい。大丈夫です」
 由梨奈は、スッと右手を掲げた。
 その瞬間、風景がその表情を変える。
 念のために“結界”を張ってから、由梨奈は眞姫に視線を向けた。
 そして、ボウッと由梨奈の右手に“気”の力が宿る。
「じゃあ、いくわよぉ、眞姫ちゃんっ」
 その言葉と同時に……由梨奈の右手から“気”が放たれた。
 輝く光の塊は、小規模ながらも空気を裂くように唸りを上げる。
 くっと唇を結んだ眞姫は、“気”を溜めた両腕を前に突き出した。
 刹那、眞姫の手のひらから、神々しい光が立ちのぼる。
 それから眞姫は、由梨奈の放った“気”をしっかりとその手に受け止めたのだ。
 そして、次の瞬間。
 眞姫に受け止められた光の塊は、ジュウッという音とともに見事に消滅した。
「すごぉいっ、パーフェクトよ、眞姫ちゃんっ! 1日でマスターできるなんて、正直思わなかったわぁ」
 軽く放った小さな“気”の塊だったとはいえ、普通の人間であれば楽に数メートル吹き飛ばすくらいの威力はある。
 昨日はじめて“気”の力を学び始めたとは思えない、その習得の早さ。
 眞姫の潜在能力の高さを、改めて由梨奈は感じた。
 ふうっと呼吸を整えてから、眞姫はぺこりと頭を下げる。
「いえ、由梨奈さんや鳴海先生、それに祥ちゃんのおかげです」
「眞姫ちゃんが頑張ったからよぉ。今日は、ゆっくり今までの復習するだけでいいわね。お昼からは……お楽しみがあるしねぇ」
 意味あり気に笑う由梨奈に、おもむろに眞姫は目を向ける。
「あの……昨日、どうして祥ちゃんに、私の指導を?」
「あの子の“気”は派手だから、眞姫ちゃんにも見本として分かりやすいしね。それに、あの子の性格考えたら、結構適任だと思わない?」
「祥ちゃんの、性格?」
「拓巳ちゃんも派手な“気”持ってるけど、あの子は防御よりも攻撃の方が得意だしね。准ちゃんは優しすぎるでしょ、特に眞姫ちゃん相手だったら尚更。詩音ちゃんは空間能力者だし、それに健人は問題外ね、眞姫ちゃんの指導なんて一番不向き。祥太郎はあれでも一番冷静だし、何でも器用にこなせるでしょ。几帳面だしね」
 本当にいろいろよく見てるなぁと感心しながらも、眞姫はふと浮かんだ疑問を由梨奈に聞いた。
「健人が一番不向きって?」
「あの子はねぇ、見ていて面白いわよぉ。冷静そうで、一番熱いからねぇ。すぐムキになっちゃうところも可愛いわよぉ」
 くすくす笑う由梨奈に首を傾げてから、眞姫は改めて彼女を見る。
 そして、意を決したように表情を変えて、言った。
「あの、話は変わるんですけど……私、由梨奈さんに、折り入ってお願いがあるんです」
「お願い? なぁに、眞姫ちゃん」
 眞姫の言葉に、今度は由梨奈が首を傾げる。
 眞姫はそんな由梨奈の目を真っ直ぐに見つめたまま、続けた。
「実は、私……」
 ……同じ頃。
 急用で鳴海先生が午前中不在のため、第5トレーニングルームにいる5人の少年は、自主訓練中であった。
「ていうか、何で昨日おまえが姫とふたりきりになってるんだよ」
 むっとした表情の拓巳に、わざと祥太郎は意味あり気に舌を出した。
「羨ましいやろぉ、姫とあーんなコトやこーんなコト、はたまたそーんなコトした時間、楽しかったわぁ」
「あーんなコトやこーんなコトって……おまえ」
 健人はそう呟いて、その青い瞳を祥太郎に向ける。
 准は、ふっといつもの穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「それで、姫はどんな感じなの? 祥太郎」
 准の言葉に、祥太郎は得意気に言った。
「それは後でのお楽しみや、驚くで? 何せ、この俺が指導したんやからなぁ」
「祥太郎の指導の成果というよりも、お姫様の元々の能力の高さじゃないかい?」
「まぁ、そーいうコトなんやけどなぁ。って、詩音ちゃん、そう言うなって」
 そんな悪戯っぽく笑う祥太郎を後目に、おもむろに健人は立ち上がる。
「俺、飲み物取ってくる」
 第5トレーニングルームのドアを開けた健人を見て、残りの少年たちは口々に言った。
「おっ、ついでに俺のも持ってきてくれよ、健人」
「あ、祥太郎お兄さんも欲しいわぁ、健人ちゃん」
「僕も愛用のジャスミンティーで、ちょうど喉を潤したいと思っていたところだよ」
「じゃあ、僕も頼もうかな」
「おまえら……」
 はあっと溜め息をついて、健人はわざと乱暴にドアを閉める。
 そして健人が談話室に飲み物を取りに行ったことを確認してから、祥太郎は言った。
「今日は合宿最終日やん? 最終日ってことは、例のアレ、絶対やるやろ? でな、俺、作戦立てたんや。健人がおるところで話すのは、ちょっと都合悪い作戦なんやけど」
「最終日恒例のアレね。作戦立てとくのは、いい考えかもしれないね」
 祥太郎の言葉に、准は腕組みをする。
 拓巳は、目を輝かせて身を乗り出した。
「アレかっ。んで、どんな作戦だ? 祥太郎」
「あのなぁ……」
 ぼそぼそと小声で、祥太郎は考えた“作戦”とやらを3人に話した。
「そんな作戦で、上手くいくのかい?」
 祥太郎の“作戦”を聞いて、詩音はうーんと腕組みをする。
 准は少し考えてから、ぽんっと手を打った。
「確かに祥太郎の作戦のままじゃ、ちょっと不安だから……そうだ、祥太郎の作戦をもとにして、こうしよっか」
 声のトーンを落として、准は何かを提案する。
 拓巳はその提案に、ワクワクした様子で言った。
「何だか上手くいきそうな気がしねーかっ? おもしれぇっ」
「最初は怪しまれないように、いつも通りひとりひとり動こう。そして、それからこの作戦でいこうよ」
「ええで、それでいこうや。ていうか、最初の拓巳ちゃんにかかってるで」
 祥太郎のその言葉に、拓巳は納得のいかない表情をする。
「ていうか、なんでオレがそーいう役なんだよっ。祥太郎の方が適任じゃねーか?」
 そんな拓巳の言葉に首を振って、准は笑った。
「祥太郎はいつも軽口ばっかりだから、リアリティーないだろ?」
「軽口ばっかって、相変わらずさり気なくキツイなぁ、准……ていうか、拓巳に言われたら一番ムカつくやろ、アイツも。拓巳のお仕事やで、これは」
「確かに、それは言えてるかもね」
 悪戯っぽく笑う祥太郎とその言葉に頷いて微笑む詩音に、じろっと視線を向けて拓巳は言った。
「どーいう意味だよっ。ていうか、作戦の前に俺がアイツに睨まれそうだ」
「それは拓巳の言い方次第だよ? がんばってね」
 くすくす笑って肩を数回ポンポンッと叩き、准は拓巳にそう言った。
 その時、ふと詩音が顔をあげる。
「あ……健人があと23秒で戻ってくるよ、みんな」
「アイツにバレたら、確実にキレるで。作戦はナイショな」
 シーッと指を手に当てて、祥太郎は微笑む。
 そして詩音が言った通りに、健人が第5トレーニングルームに戻ってくる。
「……面倒だから、ペットボトルごと持ってきた」
 そう言って、ドンッと2リットルの“おーいお茶”のペットボトルと人数分の紙コップを健人は床に置いた。
 そして、そのブルーアイを詩音に向ける。
「ジャスミンティーじゃないけど、グリーンティーで我慢しろ、詩音」
「仕方ないな、蒼い瞳の騎士がそう言うなら、譲歩してあげるよ」
「蒼い瞳の騎士はやめろって。ていうか、人にものをしてもらった態度か? それが」
 はあっと溜め息をつく健人に、祥太郎はわざとらしく笑って言った。
「おっ、健人ちゃん、その美味しそうなグリーンティーを祥太郎くんについでくれるんかぁ? サービス精神旺盛やなぁ、悪いなぁっ」
「……おまえな」
「俺のもついでくれるって? 悪いなぁ、健人」
 拓巳もニッと笑って、自分の紙コップを健人に差し出す。
 じろっとふたりに視線を向けながらも、健人は律儀に5人分の紙コップにお茶を注ぎはじめる。
 そして、言った。
「こういう役回りは、拓巳担当のはずだろう?」
「おい、担当って何だよっ」
 健人はわざとその蒼い瞳で拓巳をちらりと見て、もう一度溜め息をつく。
「なんかそれ、すっげームカつくんだけど」
「まぁまぁ、グリーンティーで乾杯でもしようやないか」
 拓巳と健人のふたりの肩を叩いて、祥太郎は笑いながらそう言ったのだった。




 それから数時間後。
 由梨奈は、おもむろに時計を見た。
 今は合宿の予定に組まれた、最後の訓練の時間である。
「眞姫ちゃん、面白いもの見に行きましょーか」
「面白いもの、ですか?」
「うん、眞姫ちゃんはもう十分すぎるくらい“気”を使いこなせるようになったからね。それにきっと、例のアレは眞姫ちゃんも楽しんでもらえると思うわ」
 楽しそうに笑って、由梨奈は第2トレーニングルームのドアを開ける。
 きょとんとしている眞姫に、由梨奈は言った。
「さ、行きましょっ、第5トレーニングルームに」
「第5トレーニングルーム?」
 その頃。
 その第5トレーニングルームには、用事から戻ってきた鳴海先生と5人の少年たちがいた。
「これで、この合宿最後の訓練時間や。いつも通りお手合わせお願いしましょーか、鳴海センセ」
 祥太郎の言葉に、鳴海先生はふっと笑った。
「いいだろう。まずは、誰から叩きのめされたいか?」
「んだと!? 今までのようにいくと思うなよっ!」
 キッと視線を向けて、拓巳は身構える。
 ……その時だった。
「はぁいっ、みんなぁ。やってる?」
「! 由梨奈、おまえ何しに来た」
「んもう冷たいわねぇ、なるちゃん。せっかくお姫様と見学に来たってのに」
 ひょこっと顔を出した由梨奈は、冷たい態度の鳴海先生に舌を出した。
 その言葉に、少年たちは一斉に顔を上げる。
「なっ、姫!?」
「姫……!」
「おやおや、お姫様のお越しかい?」
「おっ、姫も一緒かっ」
「ゆり姉、ここに姫を連れてきたの?」
 それぞれ口を開く少年たちの言葉にきょとんとした表情を浮かべ、由梨奈の後ろから眞姫が顔を出した。
「お邪魔します……」
 今から何が起こるのか分からない眞姫は首を傾げつつも、第5トレーニングルームの少年たちを見回す。
 そんな眞姫に微笑んでから、由梨奈は楽しそうに准に言った。
「どうしてここに眞姫ちゃんを連れて来たかって? そんなの決まってるでしょ。その方が、ボーイズもヤル気になって面白いんじゃないかなってねーっ」
 鳴海先生は、じろっと由梨奈に視線を向けて溜め息をつく。
 そしてふっと瞳を閉じ、右手を掲げた。
 その瞬間、掲げた先生の手を中心に、大きな渦のようなものが発生する。
 同時に、目の前の空気の流れが一瞬にして変わたかと思うと。
「!」
 眞姫は、その大きな瞳を驚いたように開いた。
 鳴海先生はもちろん……5人の少年の姿が、目の前から忽然と消えたのだ。
 いや、正確に言えば、消えたのではない。
 これは……。
「え? これって、“結界”?」
「もうっ、なるちゃんったらっ! まぁいいわ、外からゆっくり見物させてもらいましょ」
 そう言って由梨奈は、鳴海先生の張った“結界”に手を添える。
「さ、眞姫ちゃんも手を翳してみて」
 こくんと頷いてから、眞姫もそっとその右手で“結界”に触れた。
 触れた途端に、あたたたかくて強大な“気”の力を感じた。
 そして瞳を閉じた瞬間、“結界”の中の様子が、眞姫の目の前に広がった。
「あの、今から何があるんですか?」
「なるちゃんとあの子たちが、手合わせするのよぉ。手合わせっていうよりも、なるちゃんのストレス解消って言ったほうがいいかしら?」
「ストレス、解消?」
「あの子たちがどれくらい成長したか、楽しみね。それに眞姫ちゃんも見てみたいでしょ? なるちゃんが戦うところ」
「えっ、鳴海先生が戦うところ!?」
 驚いたように瞳を見開く眞姫に、由梨奈は楽しそうに笑う。
 眞姫はまだ状況が把握できないまま、“結界”の中に視線を移した。
「どうした、おじけづいたか?」
 相変わらず表情を変えずに、鳴海先生はそう言い放つ。
 その言葉にキッと視線を向けて、拓巳は身構えた。
「誰がおじけづくかよっ! もうおまえの好き放題はさせないぜ」
「まずは誰が痛い目に合う? 健人、おまえか?」
「……何だと? できるものなら、やってみるんだな」
 名指しされ、健人はムッとしたようにそう言った。
 そして鋭い蒼い瞳を鳴海先生に向け、おもむろにその右手に“気”を漲らせる。
 カアッと輝きを増していく光の塊が、一瞬にして大きな球状を成す。
 健人はその“気”の光を、鳴海先生目がけて放った。
 目を覆うほどの眩い光が、大きな唸りをあげる。
 迫りくるその衝撃にちらりと切れ長の瞳を向け、先生は言った。
「この程度の攻撃、避けるまでもない」
 鳴海先生はスッと瞳を閉じ、右手を掲げた。
 刹那、グアッと強大な“気”が解き放たれる。
「! 何っ!?」
 健人は、その青い瞳を驚いたように見開いた。
 健人の放った“気”を片手で受け止め、鳴海先生はその切れ長の瞳を開く。
 それと同時に、受け止められた“気”の威力が膨れ上がり、健人に跳ね返ったのだった。
 鳴海先生の“気”によってさらに眩く輝く光の塊が、健人に襲い掛かる。
「くっ!!」
 跳躍して、健人は跳ね返ってきた“気”をかわした。
 刹那、ドーンッと大きな音があたりに響き、その大きな“気”が壁にぶつかる。
「っ! ……俺の“気”を片手で受け止めて、跳ね返すなんて」
 弾き返された“気”の威力で大きく穴の開いた壁に目を向け、健人はちっと舌打ちをする。
「ばかっ! よそ見してんじゃねーよ、健人っ!!」
「……っ!」
 拓巳の声に、ハッと健人は顔をあげる。
 その背後で、風を切るような音が鳴った。
 いつの間にか背後に回った鳴海先生の右足が、健人目がけて放たれる。
 その蹴りをすれすれのところで避け、健人は拳を握り締めた。
「拓巳にだけは、言われたくはないなっ!!」
 健人はそう言ってから、その力をこめた拳を鳴海先生目がけて放つ。
「何だよ、どーいう意味だよっ」
 むっとした顔をしつつも、拓巳は健人の戦況を再び見守った。
 健人の放った拳は相手に届かず、空を切る。
 攻撃をかわした鳴海先生は、僅かに生じた隙目がけ、強烈な膝蹴りを繰り出す。
 身を翻してそれを避けて、健人はキッと青い瞳を相手に向けた。
 そしてその右手に、強大な“気”を漲らせる。
 その時。
「そうやってすぐに攻め急ぐ……おまえの悪いところだ!」
「なっ!?」
 健人は、その青い瞳を大きく見開いた。
 素早く鳴海先生が、健人の懐に入ったのが見えたかと思った瞬間。
「ぐっ! は……っ!」
 ドッと腹部に重い衝撃を受け、健人はたまらずにその顔を歪めた。
 鳴海先生はすかさず右手に、強大な“気”を宿した。
 その光の威力の大きさを示すかの如く、空気の流れが変化する。
 そしてその右手から大きな光の塊が放たれ、健人を捉えんと唸りを上げて襲いかかった。
 今まで黙って戦況を見守っていた准は、ハッと顔を上げて叫んだ。
「健人っ!!」
 次の瞬間。
 カッと大きな光が弾け、先生の放った衝撃を受けた健人の身体が壁に叩きつけられる。
 鳴海先生はそんな健人から視線を外し、ふっとその切れ長の瞳を准に向けて言った。
「余計なことをするな、准」
「至近距離でそんな大きな“気”をまともに受けたら、さすがの健人だって……」
 鳴海先生の放った“気”が、健人を捉えようとした……その瞬間。
 咄嗟に准が、健人の前に“気”の防御壁を作り出したのだった。
 そして衝撃の大きさすべてを防ぎきることはできなかったが、健人にかかる衝撃を多少和らげたのだ。
 准の防御壁のおかげで、叩きつけられた身体を何とか起こし、健人はゆっくりと立ち上がる。
 だがやはりダメージは大きく、表情を歪めてすぐに片膝をついたのだった。
 そんな様子の健人をちらりと見て、それから鳴海先生は次に准に目を向けた。
「では、次はおまえか? 准」
 その言葉に准はクッと唇を結び、身構える。
 鳴海先生は、再び“気”をその手に漲らせた。
「……っ!!」
 強烈な輝きを放ちながらゴウッと音をたて、衝撃がはしる。
 瞳を凝らしてその光の軌道を見据え、准は右手に“気”を集中させた。
 そして間もなく、ドンッと大きな衝撃音が耳を劈く。
 鳴海先生の光と准の防御壁が激しくぶつかり、お互いの威力が消滅する。
「先生の強大な“気”でも、僕の防御壁は簡単にはやぶれませんよ」
「確かに、おまえの作る防御壁は強固だ。だが、いつまでも隠れているつもりか?」
「…………」
 無言のまま、准はじっと先生を見据えた。
 鳴海先生の言う通り、いつまでも攻撃を防ぐだけでは駄目だ。
 どうにかして、攻撃に転じないといけない。
 だが、自分の攻撃的な“気”は、鳴海先生のそれに比べてかなり威力が劣る。
 正面からまともにぶつかっても勝機はみえない。
 そう准が策を考えあぐねていた、その時。
 准の瞳に、強大な光が生み出されるのが映った。
 鳴海先生は“気”をその手のひらに集め、それを再び准に向けて繰り出す。
「くっ!」
 再び先生の“気”と准の作り出した防御壁のぶつかる衝撃音が、あたりに響いた。
 すべての衝撃を“気”の壁で防いで、准は唇を結ぶ。
 確かに、このまま防御壁に守られているだけではどうしようもない。
 隙を見つけて、何とか反撃しなければ。
 先生の張った“結界”の中は、先程両者の攻防の衝撃で立ちこめた余波がまだ晴れずにいる。
 准はふとその余波を見つめ、何かを考えるような仕草をした。
 そしてまもなくその余波も晴れてきて、鳴海先生がゆっくりと近付いてくる姿が准の瞳に映る。
 鳴海先生は准に切れ長の瞳を向け、再び強大な“気”の宿るその手を振りかざした。
「!!」
 複数の光が唸りをあげ、四方から准に襲いかかる。
 次々と繰り出されるその大きな衝撃に耐えながら、准は機会をうかがった。
 再び“気”のぶつかり合う激しい攻防の余波が立ち込め、よく目を凝らしても周囲の状況が把握できない状態になる。
 その時。
「!」
 鳴海先生は、ふとその瞳を背後に向ける。
 その瞬間。
 余波を打ち破るかのように、“結界”内に大きな光が弾けた。
 鳴海先生目がけて、背後から眩い光が襲いかかる。
「准のやつ、余波を目くらましに利用して鳴海センセの背後に回ったんか」
「あれだけ完璧に捉えれば、鳴海でもかわせないぜっ」
 祥太郎と拓巳は、同時にそう呟いた。
 だが……次の瞬間。
 准は大きく瞳を見開き、表情を変える。
「なっ!?」
 鳴海先生を正確に捉えたはずの准の“気”が、カッと弾けて消滅したのだ。
 そんな先生の前には……いつの間に張られていたのか、身を守る防御壁が形成されている。
 驚いたようにその瞳を見開いて、准はハッと顔をあげた。
「いつの間に“気”の防御壁をっ! くっ!!」
 鳴海先生はそんな准に、容赦なく衝撃を繰り出す。
 准は自分目がけて迫りくる“気”に防御壁を張る余裕もなく、咄嗟に腕を十字に組んでそれを受け止めようと力をこめた。
 ドッと重い衝撃が、准の身体に衝撃を与える。
 何とか持ちこたえて、准が再び防御壁を張るために体勢を立て直そうとした、その時。
「防御壁を張らせるような隙を、与えると思っているのかっ!」
「なっ!? ぐっ!!」
 防御壁をまともに張れないままで次々と襲ってくる衝撃に耐えながら、准はじりじりと後退する。
「おまえは、その高い防御能力だけに頼りすぎだ、准!」
「!!」
 空気の流れが、変化した。
 一段と大きい“気”が鳴海先生から放たれ、准目がけて唸りをあげて襲いかかる。
 それを何とか受け止めようと身構えた准であったが、その衝撃の大きさに吹き飛ばされた。
 ドシンとその身体を壁にぶつけ、准の身体が地に倒れる。
 そんな准の姿を表情も変えずにちらりと見たあと、鳴海先生は言った。
「次は、どいつだ?」
 ふっと拓巳は身構え、その右手に“気”を漲らせる。
「次の相手は、オレだっ!!」
 カァッと大きな光が、鳴海先生目がけて繰り出された。
 唸りをあげ、まっすぐに拓巳の強大な光の塊が空気を裂く。
 そんな様子に動じもせずに、鳴海先生は瞳を閉じる。
 その瞬間、カッと光が弾けて眩い光があたりを包む。
 迫りくる大きな光の威力を浄化させ、鳴海先生は切れ長の瞳を拓巳に向けた。
 拓巳はそれでも攻撃の手を緩めず、再び大きな衝撃が空気を振動させる。
 それをすべて受け止めて、鳴海先生はふっと手を翳した。
「バカのひとつ覚えのようにただ“気”を放つだけでは、敵は倒せんぞ!」
 鳴海先生の手から繰り出された光をかわして、拓巳はその右手の手刀に光を宿した。
「んだとっ! バカのひとつ覚えかどうか、試してみやがれっ!」
 素早く間合いをつめ、ビュッと空気を裂くような音とともに拓巳の手刀が放たれる。
 それを“気”を漲らせた右手で、鳴海先生はバシッと振り払った。
 そんな鳴海先生の動きを予測していた拓巳は、ふっと素早く動きをみせる。
 フェイントで右の拳を放ち、そして身体を回転させて強烈な蹴りを放つ。
 鳴海先生は、それを身を屈めてスッとかわした。
 そしてすかさず、握り締めた右の拳を、拓巳の鳩尾目がけて繰り出す。
 その拳を右手で受け止めて、拓巳はキッと鋭い視線を相手に投げた。
「くらいやがれっ、おらぁっ!!」
 一瞬生じた鳴海先生の隙を、拓巳は見逃さなかった。
 鳴海先生の腹部を狙って、強烈な膝蹴りを放つ。
 身を翻してその膝蹴りを避ける鳴海先生に攻撃の手を緩めず、追従して拓巳は力をこめて拳を繰り出した。
 その時。
「何っ!? ……ぐっ!!」
 狙いすましたように拓巳の懐に素早く飛び込み、鳴海先生の拳がカウンターで腹部に入る。
 その衝撃の大きさに前のめりになり、拓巳はくっと唇を噛んだ。
 はじめからカウンター狙いでわざと隙を作り、反撃の機会を先生はうかがっていたのだ。
 確実に攻撃の効いている拓巳に、鳴海先生は攻撃の手を緩めない。
 体勢を立て直す時間を与えない鳴海先生の攻撃を、不安定な体勢ながらも何とか防ぎ、拓巳は持ちこたえる。
 そして拓巳は、キッと視線を投げた。
「ふざけんなよなっ!!」
 鳴海先生の攻撃を避けるように跳躍して、拓巳は右手に“気”を漲らせる。
 ゴウッと唸りをあげて、振り下ろされた拓巳の手から光が弾けた。
「……往生際の悪いやつだ」
 すっと瞳を閉じて、鳴海先生は手を翳す。
 ボウッと鳴海先生の身体を、強大な“気”が包み込む。
 そして、拓巳の放った光を難なく消滅させた。
「なぁ、詩音」
 その時、じっと戦況を見守っていた祥太郎が詩音に声をかける。
「祥太郎、何だい?」
「次は俺が行くで。それで、や。俺があの悪魔を引き付けるから、その隙にな」
「分かったよ、祥太郎」
 ふっと優雅な微笑みを浮かべ、詩音は頷く。
 そんな詩音に、祥太郎は悪戯っぽく笑った。
「ま、もうそろそろ拓巳ちゃんがぶっとばされる頃やろうしなぁ」
「!! ぐあっ!!」
 その時カッと大きく光が弾け、拓巳の身体が弾き飛ばされるのが見える。
「っ! あぶないっ……こっちに飛んでくるなっ」
 吹き飛ばされ自分に向かって飛んできた拓巳の身体をよけ、健人は溜め息をつく。
 壁に身体を強く打ちつけられ、拓巳はその激痛に顔を歪めながらも、健人を睨む。
「くっ、うるせーなっ! 好きで飛ばされたんじゃねーよっ、くそっ!」
「んじゃ、次は俺の出番や、鳴海センセ」
 そう言って祥太郎は、右手に力をこめる。
 刹那、祥太郎の右手に大きな“気”が宿り、小さな空気の渦ができる。
 そして光の漲ったその手を、ぶんっと振り下ろした。
 祥太郎から繰り出された大きな光の塊が、いくつかに枝分かれする。
 それらは美しい軌道を描きながら、四方八方から鳴海先生に襲いかかった。
「まったく……無駄に派手な“気”だ」
 鳴海先生はそう言って、身の回りに強力な防御壁を張る。
 カカァッと無数の光が弾け、衝撃音があたりを包んだ。
 光の威力をすべて無効にさせる鳴海先生に、祥太郎は言った。
「ガンガンいくでっ、鳴海センセ!!」
 グワッと間髪入れずに、祥太郎は攻撃を繰り出す。
 光が眩い光を放ち、空気をビリビリと震わせる。
 ブンッと手を振り下ろし、鳴海先生も光の塊を放った。
 大きな“気”の光がぶつかりあう。
 そしてお互いのその威力は、相殺された。
 そんな祥太郎に、鳴海先生は少し意外そうに視線を向けた。
「いつもはもう少し、慎重なはず……」
 鳴海先生はそう呟き、祥太郎の次の攻撃を待った。
 間合いを一気につめて、祥太郎は接近戦に持ち込む。
 その攻撃をかわしながらも、鳴海先生はふと祥太郎の出方をうかがう。
 そんな先生に、祥太郎はニッと笑った。
「なんやぁ? 姫が見とるからって、いつものように容赦なく攻撃できんってわけか?」
「本当に口だけは達者だな、おまえはっ!」
「! のあっ、とと!」
 鳴海先生の放った“気”をかわして、祥太郎は瞬時にその右手を振り下ろす。
 眩い光が、唸りをあげて鳴海先生に襲いかかる。
 それを受け止めてから、鳴海先生はその威力をそのまま祥太郎に弾き返した。
「くっ!」
 祥太郎は再び手のひらから光を放ち、逆流した“気”とぶつけて威力を相殺させる。
 その時。
 鳴海先生は、ハッと顔を上げた。
 そして、その切れ長の瞳を詩音に向ける。
「! なるほどな、そういう魂胆か。おまえが私の気を引いている間、詩音の支配する“空間”で私の“結界”を満たそうとしているのか」
「ちっ、気がついたんか……だが、邪魔はさせんでっ!」
 そう言った祥太郎の右手から、再び大きな“気”が放たれる。
 それが枝分かれして、鳴海先生目がけて唸りをあげた。
「さすがの鳴海センセも、空間能力者の操る“空間”の中じゃ不利やろうからなっ!」
 跳躍して祥太郎の放った光を避け、鳴海先生はおもむろに両腕を掲げる。
 その途端、鳴海先生の左右の手のひらに、ブンッと大きな光が漲る。
 身体を漲る“気”を両の手に集結させ、鳴海先生は言った。
「浅はかな考えだ。詩音の“空間”で“結界”が満たされる前に、ふたりとも片付ければいいことだからな!」
「!!」
「げっ、なんやて!?」
 鳴海先生の両手から、左右同時に大きな光が放たれる。
 その光が祥太郎と詩音に直撃し、ふたりは弾き飛ばされた。
「……っ!」
「ぐっ!」
 ドンッと同時に壁に身体をぶつけ、祥太郎と詩音は唇を噛み締める。
 鳴海先生は、5人の少年たちを見回して、言った。
「もう終わりか? 今度は、5人まとめてかかってくるんだな」
 ……結界の外で中の様子を見ていた眞姫は、言葉を失っていた。
 目まぐるしい攻防、大きな眩い光、そして初めて見る鳴海先生の力。
「なるちゃん、強いでしょ? でもあの子たちも、なかなか頑張ってるじゃない」
 楽しそうに笑って、由梨奈はそう言った。
 眞姫はその大きな瞳でじっと、強大な光の“気”を纏う鳴海先生を見つめる。
 そんな“結界”の中で、祥太郎はちらりと拓巳に目を向けた。
「拓巳、例の作戦やるで」
「……例の作戦かよ」
 はあっと大きく溜め息をついたあと、拓巳はすぐ隣にいる健人に視線を向けた。
「おい、健人。おまえ、知ってるか?」
「何をだ? 拓巳」
 その青い瞳をじろっと向ける健人に、拓巳は続ける。
「鳴海がよ、健人程度の力じゃ姫は任せられないって言ってたらしいぜ? 姫を守れるのは自分だけだってよ、ムカつかねぇか? 何様のつもりだってーの」
「……何だと?」
 ピクッと反応を示した健人を見て、拓巳は眞姫のいる方向を指差す。
「ほら、見てみろよ。今の姫には、完全に鳴海しか見えてねぇよ、おまえなんて眼中に全然ないぜ? どうするよ」
「…………」
 スッと無言で立ち上がって、健人は視線を鳴海先生に向けた。
 その瞳には、激しく蒼い闘気の炎がメラメラと燃えている。
「上手くいったか? 単純なヤツ」
 健人に聞こえない程度の小声でそう呟き、拓巳は溜め息をつく。
 鳴海先生は、その切れ長の瞳を健人に向けた。
「性懲りもなく、また無様に倒されたいか? 健人」
「大口叩けるのも……今のうちだっ!」
 ドーンと大きな光が弾け、健人の手から眩いばかりの大きな“気”が放たれる。
「おー、はじまったで? キレたあいつなら、少しは持つやろ」
「拓巳に乗せられるなんてね。本当に健人って、あれでいて単純なんだよね」
「オレも短気だけど、あいつには負けるな」
「おやおや。蒼い瞳の騎士は、わんぱくなんだから」
 思い思いに健人を見て呟いてから、4人はお互いに顔を見合わせる。
「拓巳、健人がやられた時がチャンスやで」
「分かってるよ、祥太郎。准、頼んだぜ」
「うん、頑張るよ。詩音、最後は任せたからね」
「任せておいて。僕の芸術をみせてあげるよ」
 ドーンと、何度目かの衝撃音があたりに響いた。
 健人の攻撃を受けとめ、鳴海先生はその右手に“気”を漲らせる。
「そんな大振りの攻撃が当たると思っているのか、おまえはっ!」
 鳴海先生の手のひらから、グワッと無数の光が放たれた。
「くっ!!」
 それを“気”の防御壁で防いでから、健人は鋭い視線を向ける。
 そして、再び大きな“気”をその手に宿らせた。
 そんな健人に鳴海先生は言い放つ。
「何度言えば分かる? 攻め急ぐのが、おまえの悪い癖だとな!」
 素早く間合いをつめた鳴海先生の右拳が、健人に襲いかかった。
「!!」
 ガッと鈍い音がし、その拳が健人の左頬にヒットする。
 その衝撃に吹き飛ばされ、健人は地に倒れた。
「! 健人っ……終わったか?」
「いや、拓巳。まだや」
 祥太郎は倒れた健人の方を見ながら、拓巳の肩に手を乗せる。
「ていうか、ますますキレちゃったみたいだよ」
 はあっと溜め息をつく准に、詩音は無言でふっと微笑んだ。
 その時……地に身を預けていた健人が、ゆらりと立ち上がる。
 彼の青い瞳には、先程よりも激しく深い蒼の炎が揺らめいて見えた。
 口の中の血をぺっと吐き出してから、健人は再び身構える。
 そしてキッと刺す様な視線を投げてから、一気に間合いをつめた。
 大きな“気”を漲らせた右手をぐっと握り締め、健人は力をこめてそれを放つ。
 左手でそれを受け止めた鳴海先生に、健人は間を置かずに蹴りをくりだした。
 右腕でその蹴りをガードし、すかさず鳴海先生の右膝が健人に襲いかかる。
「ぐっ! くっ!!」
 膝の突き刺さる衝撃を受け、顔をしかめながらも、健人は“気”の漲った右手から光を繰り出した。
 鳴海先生はふっと身を翻してそれを避け、健人に生じた隙を見逃さず、下から突き上げるように健人の腹部に拳を叩き込む。
 そしてぐらりと健人の身体がバランスを失ったところを狙いすまし、右手から大きな“気”を繰り出してその身体を吹き飛ばした。
 再び壁まで飛ばされ、激しく身体を打ちつけて、健人はその激痛に表情を歪める。
「今や拓巳、いくでっ!」
「おうよっ!」
 健人が倒されたのを見て、拓巳と祥太郎は同時に動き出した。
「おまえたちふたりがかりなら、何とかなるとでも思っているのかっ!」
 襲いかかってきたふたりの攻撃をよけ、鳴海先生はその両手に“気”を宿す。
 そして、ふたりに向かってそれを振り下ろした。
 それと同時に、カアッと大きな眩い光が弾ける。
 鳴海先生はその様子を見て、ハッと顔を上げる。
「! 准の防御壁、か」
 ちらりと鳴海先生は、准の方に視線を向けてそう呟いた。
 先程鳴海先生から放たれた“気”は、准がふたりの前に作り出した防御壁によってすべて無効化されたのだった。
 拓巳と祥太郎は、そんな鳴海先生に向かって再び“気”を繰り出す。
 拓巳の威力の大きな光と祥太郎の美しく枝分かれした複数の光が、同時に鳴海先生に襲いかかった。
 強大な光を瞬時にその手に漲らせ、鳴海先生も応戦する。
 そして、鳴海先生の“気”とふたりの“気”がぶつかり合い、激しい衝撃音とともに相殺される。
 その余波が晴れるその前に、再び眩い光が鳴海先生を捉えんと唸りをあげた。
 鳴海先生は動じる様子もなく、その威力を跳ね返す。
 しかしその衝撃はふたりに届くことなく、先程と同じように再び准の防御壁によって阻まれる。
 そんな“結界”の中の様子をじっと見ていた由梨奈は、楽しそうに言った。
「自分たちの能力を考えて、うまく役割分担したわけねーっ。でもその程度の策じゃ、なるちゃんには通じないわ」
「…………」
 眞姫は“結界”の中での戦いに圧倒され、何も言葉がでなかった。
 そしてハラハラした様子で、彼らを見つめていた。
 そんな眞姫が見守る中、祥太郎は改めて身構えてから言った。
「いくら鳴海センセでも、そう簡単に准の防御壁は破壊できんやろ」
 鳴海先生は、その言葉にふっと笑う。
「笑わせるな、この程度で何を言う? 私は、5人まとめてかかってこいと言ったはずだ。確かに准の防御壁を破壊することは困難だが、おまえたち相手に、わざわざそれを壊すまでもない」
「何だと……っ!!」
 拓巳はハッと表情を変え、瞬時にその手刀に“気”を漲らせた。
 一気に間合いをつめる鳴海先生に、拓巳はそれを放つ。
「接近戦に持ち込む気かっ!? くっ!!」
 拓巳の手刀をよけて、鳴海先生は右拳を拓巳目がけて繰り出した。
 その拳をかわし、拓巳は鳴海先生の顔面を狙って上段に蹴りを放つ。
 跳躍してそれを避けた鳴海先生に、すかさず祥太郎は“気”で攻撃した。
 祥太郎の繰り出した“気”をすべて浄化させてから、鳴海先生はその手に今まで以上に大きな“気”を宿す。
 その様子を見て、拓巳はふっと笑った。
「おまえの“気”の攻撃は、准の防御壁のおかげでオレたちには届かねーぜっ」
 拓巳の言葉を後目に、鳴海先生は強大な“気”の漲ったその手を、ぶんっと振り下ろした。
 その時。
「! なっ!? ぐっ!!」
 准は大きく瞳を見開いて、表情を変える。
 鳴海先生のその光の狙いは、拓巳でも祥太郎でもなく……准だったのだ。
 突然襲ってきた光が、正確に准の身体を捉えんと唸りをあげた。
 咄嗟にその衝撃を防いだ准に、鳴海先生の次の攻撃が容赦なく襲いかかる。
「くっ、うわあっ!!」
 ドカッと鈍い音がし、准の身体が飛ばされた。
「!! 准っ!」
「動き回るおまえらに常に“気”の防御壁を張るのは、高等技術を要する。そのため、能力者自身の防御がどうしても手薄になる。いくら強固な防御壁とはいえ、その能力者を先に始末すれば、何も問題はない」
 そう言ってから、鳴海先生は拓巳と祥太郎に視線を移した。
「これ以上ふたりでちょろちょろされても、目障りだ」
「んだとっ!? 防御壁がなくても、おまえなんかにそう簡単にやられるかっ!」
 バッと、拓巳は鳴海先生に攻撃を仕掛ける。
 繰り出された拓巳の右拳を難なくかわして、鳴海先生はその切れ長の瞳を向けた。
 そして右手に素早く“気”を宿し、光の塊を拓巳の腹部にぶつける。
「! ぐ、はっ……くっ!!」
 唇を噛み締め、拓巳は鳴海先生を見据えて体勢を立て直そうとした。
 そんな拓巳にそうはさせまいと、鳴海先生が攻撃をくりだそうとした、その時。
「鳴海センセ、俺のこと忘れてもらっちゃ……困るわっ!!」
 鳴海先生の背後から、咄嗟に祥太郎が“気”を放つ。
 それを身を屈めてかわし、鳴海先生は今度は祥太郎目がけて“気”を繰り出す。
 鳴海先生の大きな“気”攻撃を受け止め、祥太郎は歯をくいしばる。
 負けじと攻撃に転じる祥太郎の“気”を弾き飛ばし、鳴海先生は再びその手のひらに“気”を集めた。
 大きな光が襲ってくるのを予想して防御の構えをとる祥太郎に、鳴海先生はふっと笑う。
「慎重になりすぎて、守りの体勢に入るのが早すぎる。おまえの悪い癖だ!」
「!! 何やて……なっ!?」
 目の前から鳴海先生の姿が消え、祥太郎は瞳を大きく見開いた。
「くっ、祥太郎!! 後ろだ!!」
 拓巳の声に、祥太郎は咄嗟に振り返る。
「残念だが、遅かったなっ!」
 その声と同時に、カッと大きな光が鳴海先生の手から放たれた。
 咄嗟に腕を十字に組み、祥太郎はその衝撃を受けとめようとした。
「瞬間移動かいっ! ぐっ!!」
 だが、大きなその衝撃に吹き飛ばされ、祥太郎は近くの壁に身体を叩きつけられた。
「ちっ、鳴海センセ……空間能力も、使えたんやったな……くっ」
 片膝を地につき肩で息をする祥太郎を、鳴海先生はちらりと見る。
 そして視線を逸らし、その右手に再び“気”を漲らせた。
「まだ、終わってねーぞ!!」
 拓巳の放つ“気”を浄化して、鳴海先生は溜め息をつく。
「おまえは本当に、往生際が悪いっ!」
 その言葉とともに、大きな眩い“気”が、拓巳目がけて放たれた。
 それを身を翻してかわし、拓巳は再び手刀に光を漲らせる。
 ビュッと空気を裂き、その手刀が鳴海先生に襲いかかった。
 眩い“気”を宿した手で攻撃を受け止め、鳴海先生は言った。
「闇雲に攻撃するだけでは敵は倒せんと、いつも言っているだろう!」
「! ぐっ!!」
 鋭い膝蹴りが綺麗に拓巳の腹部に決まり、思わず大きな衝撃にその上体がぐらりと揺れる。
 そして間髪入れず拓巳の顎に鳴海先生の強烈な拳が下から突き上げられ、その身体が浮き上がった。
 勝負を終わらせようと、鳴海先生がその手に強大な“気”を宿した……その時。
 鳴海先生は、ハッと顔を上げて瞳を細めた。
 そして背後で、詩音の“気”が眩い光を放ったのを感じる。
 先生の張った“結界”の風景が、途端にその表情に変化を見せ始めた。
 ドサッと地に崩れる拓巳から視線を離し、鳴海先生は背後を振り返る。
「先程と、同じ作戦か」
 ふっと振り返った鳴海先生は、右手から大きな光を詩音に放った。
「くっそ!! 邪魔、させるかよっ!!」
 気力を振り絞って立ち上がり、拓巳は思い切り跳躍する。
「ぐっ、うあっ!!」
 詩音をかばうようにその光を受け、拓巳は再び地に倒れた。
 ……その瞬間。
 詩音が、ゆっくりとその瞳を開いた。
 それと同時に、鳴海先生の“結界”の空気が一瞬にして変化する。
「!」
 鳴海先生は、はじめてその表情をふと変えた。
 そんな鳴海先生に、詩音は優雅な微笑みを絶やさずに言った。
「……僕の空間にようこそ、鳴海先生」
 そう詩音が言った、その瞬間だった。
 あたり一面が、美しい薔薇の花で覆いつくされる。
 一面に咲いた薔薇の花に目もくれず、鳴海先生はその切れ長の瞳を詩音に向けた。
 由梨奈は“結界”の外で、瞳を輝かせる。
「これは面白くなってきたわぁっ。さすがのなるちゃんも、詩音ちゃんの“空間”の中では、今までのようにはいかないでしょうからねぇ」
 眞姫は目の前に突然現れた薔薇の花の美しさに驚いて目を奪われながらも、以前詩音の“空間”で見た、満開に咲いた桜の花を思い出す。
 大きな“気”を放つ敵の攻撃も、その“空間”の前では無力であった。
 鳴海先生の強大な“気”が、はたして詩音の空間の中では通用するのであろうか。
 眞姫は、その戦況を黙って見守った。
「僕の作り出した空間・“ローズガーデン”は、美しいでしょう? でも美しいものには、その美しさを守る棘がある」
 詩音はスッと、その右手を掲げる。
 そして、パチンと指を鳴らした。
 ……その瞬間。
 グワッと唸りをあげて、無数の薔薇の花が鳴海先生目がけて襲いかかる。
 そんな様子に動じることなく、鳴海先生はカッと瞳を開いた。
「!」
 詩音は、ふとその表情を変える。
 詩音の放った無数の薔薇の花が、すべて鳴海先生に届く前に しおれて枯れたのだった。
「おまえこそ……忘れていないか? この私も、空間能力を使えるということをな」
 鳴海先生の言葉に、詩音は笑う。
「そうだね、確かに貴方も空間能力の使い手。でもこの空間のマスターは、僕ですよ?」
「この“空間”においては、おまえの方が有利なのは認めよう。だが……調子に乗るな」
 鳴海先生の言葉にふっと微笑み、詩音は再びその右手を掲げる。
 再び無数の薔薇が宙に舞い、そしてそれが再び鳴海先生目がけて攻撃を仕掛けた。
「その程度の攻撃、私には届かん!」
 鳴海先生もその手を翳して強烈な風を生み出し、薔薇の花の攻撃を逆流させる。
 しかし、逆流して迫りくる薔薇の花に、詩音はぴくりとも動かなかった。
「!」
 鳴海先生は、ふとその瞳を細める。
 唸りをあげて襲いかかる薔薇の花が、詩音の身体を透り抜けたのだった。
 そして薔薇の通り抜けた詩音の身体は、その薔薇の花霞にとけるように、スウッと消えた。
「残像、か」
 鳴海先生の目の前には、綺麗に咲き誇る薔薇の花と美しく舞う花びらだけが見える。
 鳴海先生は、その瞳を静かに閉じた。
 空気の微妙な動きを探り、詩音の次の攻撃を待つ。
 そしてまもなく、微かな空気の流れを鳴海先生は感じてその瞳を開いた。
 それと同時に、今度は鳴海先生に向かって鋭い薔薇の棘が一斉に飛んでくる。
 鳴海先生はその攻撃を、跳躍して避けようとした。
 だが、その時。
「!!」
 シュルルと音をたてて、何かが鳴海先生の足に巻きつく。
 それは、生き物のように動きをなす、薔薇の蔓であった。
 動きを封じられ、鳴海先生は咄嗟に右手を掲げる。
「このような小細工が、私に通じると思っているのか!」
 その言葉と同時に、鳴海先生の手から真紅の炎が生み出された。
 そしてその炎で、襲いかかってきた棘と足に巻きついた蔓をすべて焼き払う。
 それから薔薇の棘が繰り出された方向・詩音がいるだろう場所に、再びその燃えさかる炎を放った。
「!!」
 詩音はすかさず瞳を見開いて、手を振り翳す。
 その瞬間、天から雨が降り注ぐ。
 大量の水を浴び、鳴海先生の繰り出した炎の威力は消滅した。
「あの詩音は、どうやら実体のようだな」
 小声でそう呟き、鳴海先生はふと何かを考える仕草をする。
「あいつの頭の中、相変わらずすごいドリームだよな」
 戦況を見守る拓巳は、薔薇の花を見つめて呟いた。
 そんな拓巳に、准はくすっと笑う。
「まだ架空の動物とか出てきていない分、軽いんじゃない?」
「そうや、ドラゴンがバーッと火を吹いた時とか前にあったやん。さすがにビビッたわぁ、あれは」
「ドラゴンならまだいい。たまに、自作の生き物とか出てくる時があるからな」
 祥太郎と健人も、その詩音の薔薇の花を見てそう言った。
 そんな中、ふっと鳴海先生が動きをみせる。
 鳴海先生が宙に手を翳した、その時。
 先生の周囲1メートル四方の真っ赤な薔薇が、途端に白にその色を変えた。
「……いけ」
 鳴海先生がそう言って鋭い視線を詩音に向けたと同時に、真っ白な薔薇の花が詩音に襲いかかったのだ。
 詩音はスッと手を翳し、飛んでくる白薔薇を再び赤に染める。
 そして真っ赤に染め変えたその薔薇の軌道を、逆流させる。
 今度は真っ赤な薔薇が唸りをあげて、鳴海先生に跳ね返ってきた。
 そんな様子に表情も変えず、鳴海先生は何故か動く様子がない。
「!!」
 詩音は、その表情を変えた。
 跳ね返った真っ赤な薔薇が、鳴海先生の身体を透り抜けたのだった。
「! 残像っ!?」
 ハッと顔を上げ、詩音は本能的に振り返る。
 瞬間移動して詩音の背後に回った鳴海先生は、その風を纏った手を地面に叩きつけた。
 美しい薔薇の花が、すべてその風圧に吹き飛ばされる。
 そして鳴海先生はその一陣の風を、今度は詩音に放った。
「くっ!」
 その衝撃に、詩音は唇を噛み締める。
 そして詩音が応戦するために空間を操ろうとした、その前に。
「!」
 鳴海先生は、咄嗟に詩音の足元に薔薇の蔦を作り出し、その動きを封じた。
 そして、強烈な風の塊を発生させ、詩音にぶつける。
「……っ!!」
 強烈な風に煽られて詩音の身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
 そして術者がダメージを負ったため、“空間”がふっと消滅する。
「詩音!!」
「大丈夫か、おいっ」
 准と拓巳が、詩音のそばに駆け寄って声をかけた。
「うん……大丈夫だよ」
 何とか起き上がって、詩音は苦笑する。
 そんな詩音の姿を見てから、鳴海先生はその右手をスッと掲げた。
 その瞬間、周りを取り囲んでいた“結界”が解かれる。
「ちょっといつもより手こずってたみたいじゃなーい? さすがのなるちゃんも、眞姫ちゃんが見てたらやっぱりやりにくいのねぇっ」
「……本当におまえは性格の悪い女だな、由梨奈」
 切れ長の瞳を向け、鳴海先生は由梨奈に言った。
 鳴海先生の様子を見て、由梨奈はふっと微笑む。
「あらぁ、私の性格の悪さは、なるちゃんの足元にも及ばないわよ?」
 それから由梨奈は、隣で呆然としている眞姫に目を移した。
「眞姫ちゃん、なかなか面白かったでしょ?」
「何ていうか、すごかったです」
 やっとのことで、眞姫はそれだけ言った。
 そんな眞姫に、おもむろに鳴海先生は目を向ける。
 急に見つめられ、眞姫はその瞳にドキッとした。
「次はおまえの力をみせてくれ、清家」
「え?」
 眞姫が驚いたように顔をあげた、その瞬間。
 再び周囲に、鳴海先生の“結界”が形成された。
 だが、先程と異なるのは。
 その中にいるのは、眞姫と鳴海先生のふたりだということ。
 少年たちは、“結界”の外で険しい表情を浮かべる。
「! 姫っ!」
「なっ、どーいうつもりだよっ!」
 その“結界”の内部に侵入しようとした健人と拓巳に、由梨奈は言った。
「まぁまぁ、落ち着いて。大丈夫よ、眞姫ちゃんとなるちゃんなら」
「でも、姫がっ」
「拓巳ちゃん……眞姫ちゃんのこと信じてるんなら、黙ってみてなさい」
 そう言われ、拓巳はしぶしぶその場に座る。
 健人も、黙って言われた通り“結界”の外からふたりを見守った。
 そんな外の様子に構わず、“結界”の中で鳴海先生は眞姫に言った。
「気負うことはない。私の放つ“気”を受け止め、浄化してもらう。簡単なテストだ」
 緊張した面持ちの眞姫に、鳴海先生はその瞳を向ける。
 そして、言葉を続けた。
「今のおまえに、一番必要なものは何だ? 清家」
「今の私に、必要なもの……」
 鳴海先生の問いに、眞姫はふと考え込む。
 今の自分に、一番必要なもの……それは。
「鳴海先生、それは“自信”ですか?」
 おそるおそるそう答える眞姫に、鳴海先生は頷く。
「そうだ。自分の力を信じ、この合宿で学んだことを思い出せ」
 そう言ってから、鳴海先生はその右手に“気”を宿した。
「! おいっ、もしかしてあんなデカい“気”を姫に放つんじゃないだろうなっ!?」
 ハッと顔を上げ、拓巳は再び立ち上がろうとする。
 そんな拓巳を制止して、由梨奈は無言で首を振る。
 くっと唇を噛んでその場に座り、拓巳は心配そうに“結界”の中に再び目を向けた。
「準備はいいか?」
 自分に自信を持って、合宿で学んだことを思い出す。
 この3日間、由梨奈や鳴海先生や祥太郎に教えてもらったことを、眞姫は頭の中で何度も思い浮かべる。
 そして、すうっと一回深呼吸をしてから言った。
「はい、大丈夫です」
 その眞姫の言葉を聞いて、鳴海先生はその右手を振り下ろす。
 大きな衝撃が、眞姫目がけて唸りをあげ、迫ってきた。
「……っ!」
 輝く“気”を集めた両手を掲げて、眞姫はその光を受け止める。
 今までで一番重い衝撃に圧されながらも、眞姫はその瞳をふっと見開いた。
 その瞬間、グワッと神々しい光が眞姫を包み込み、その手に輝きが宿る。
 眞姫の中の“気”の流れが、鳴海先生の放った光を覆った。
 そしてジュウッと音をたてて、その大きな光の塊は跡形もなく消滅した。
「合格だ、それでいい」
 周囲の“結界”を解いて、鳴海先生はそう言った。
 それから全員を見回して、言葉を続ける。
「予定通り、あと15分後に合宿の反省会を行う。全員会議室へ集まるように」
 それだけ言うと、鳴海先生は第5トレーニングルームをあとにした。
 由梨奈はにっこり微笑んで眞姫の頭をよしよしと撫でてから、鳴海先生に続いて退室する。
「どう? お姫様の力を見たご感想は? 鳴海先生っ」
 由梨奈の言葉に、鳴海先生はふっと微笑んだ。
「予想通りだ。間違いなく“浄化の巫女姫”の“気”を感じた」
 そんな鳴海先生に、由梨奈は得意気に笑う。
「あのねぇ、実は眞姫ちゃんが習得したのって、“気”の浄化だけじゃないのよねぇ」
 由梨奈の言葉に、鳴海先生はふっと振り返った。
「何? どういうことだ」
「午前中の訓練の時ね、眞姫ちゃんに言われたのよ……お願いがあるって」
 そして由梨奈は、先程第2トレーニングルームで眞姫に言われたことを、鳴海先生に話したのだった。
 その頃。
「姫っ、いやぁよくやったなぁっ! 祥太郎先生、嬉しいわぁ」
 第5トレーニングルームで、祥太郎が嬉しそうに眞姫にそう言った。
「祥ちゃんのおかげよ、ありがとう」
「祥太郎のおかげなんかじゃないよ、お姫様の力と努力の賜物だよ」
「それ、俺が言う台詞と違うか? 詩音ちゃん」
 ふっと笑って、祥太郎は詩音に目を向ける。
 准は、心配そうに眞姫を見て言った。
「姫、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫よ。ありがとう、准くん」
「姫に傷なんてつけたら……俺があいつをぶっ殺すっ!」
 そう言った拓巳に、健人はふっと笑う。
「拓巳なら、返り討ちに合うのがオチだろ」
「何だとっ!? ていうかなぁ、おまえにだけは言われたくないぜ、健人」
「どういう意味だ、それ」
「まんまと俺らの“健人囮作戦”に嵌って、鳴海に突っかかって吹き飛ばされたくせに……」
「わっ! た、拓巳っ」
 急いで口を塞いだ准の行動も虚しく、健人はじろっと鋭い視線を少年たちに向ける。
「……囮?」
 はあっと諦めて、准は言った。
「祥太郎が考えたんだからね、健人を煽ること」
「げっ! じゅ、准っ! 作戦に乗ったのはおまえやろっ!? あ、健人くーん、グリーンティーでもお飲みになられますかぁっ」
「おまえらっ!」
 その蒼い瞳をキッと向けて、健人はわなわなと拳を振るわせる。
「待て待て待て待て、話せば分かるっ! よっ、健人くん!」
「おいおい、余計おちょくってどーするんだよっ、祥太郎!」
「みんなっ、とりあえず落ち着こうっ、ねっ?」
「賑やかだな、みんな。落ち着いてお茶でも飲もうよ、健人」
 そんなギャーギャー騒ぐ少年の顔をおそるおそる見まわしてから、眞姫は言った。
「私、ちょっと手洗ってくるね」
 そう言って、眞姫は第5トレーニングルームを出て行く。
 そして近くの手洗い場で手を洗い、眞姫は鏡に映った自分の姿を見た。
 眞姫は、合宿前の自分と今の自分の雰囲気が、全く違うような感覚をおぼえる。
 失いかけていた自信が、今ではその大きな瞳に満ち溢れているのだ。
 眞姫は鏡に向かって、にっこり微笑んだ。
 その時。
「……何ニヤけてるんだ? 姫」
「! あっ、た、拓巳っ!?」
 急に現れた拓巳に、眞姫は慌てて振り返る。
「ど、どうしたの、拓巳っ」
「姫こそ……そんな可愛い顔で笑って……」
「え? 何?」
 小声で呟いた拓巳の言葉が聞こえず、眞姫は首を傾げる。
 今度は拓巳が慌てて、眞姫から視線を逸らした。
「い、いや何でも……! っつ!」
 拓巳はその時、先程鳴海先生の攻撃を受けた腹部の痛みに顔をしかめる。
「あ、拓巳!? 大丈夫っ?」
「ああ……このくらい大したことないぜっ、姫」
 ちっと舌打ちしてから眞姫に笑顔を作り、拓巳は蛇口をひねった。
 そして顔を洗って、ふうっと息をつく。
 そんな拓巳にタオルを差し出してから、眞姫はおそるおそる言った。
「あのね、拓巳にお願いがあるんだけど」
「お、サンキュー。って、オレに頼み? 姫のためなら、何でもするけどよ?」
 差し出されたタオルを嬉しそうに受け取ったあと、拓巳は少し意外そうな表情をする。
 眞姫は上目遣いで拓巳を見て、言葉を続けた。
「私ね“気”の浄化のほかにも、別の“気”の使い方を由梨奈さんに教えてもらったの。それを試させてくれないかなって」
「別の“気”の使い方? ああ、試すのは構わないけどよ?」
「本当っ? ありがとう、拓巳っ」
 眞姫はそう言うなり、拓巳のTシャツをぺろっとめくった。
 いきなりその肌に眞姫の指先の感触がして、拓巳は慌てる。
「ちょっ、ひ、ひ、姫っ! なっ、何をっ」
「あっ、拓巳。じっとして、お願いっ」
 状況が分からず顔を真っ赤にしつつも、拓巳は言われるままに動きを止めた。
 そして眞姫が、拓巳の腹部に手を翳した……その瞬間。
「!!」
 拓巳は、目を見張った。
 眞姫の手が、ボウッと眩い光を放ちはじめたかと思うと。
 ダメージを受けた患部が、あたたかい熱を帯びだしたのだ。
 それが美しく輝きを増し、パアッと弾ける。
 そして。
「! 姫、おまえ」
「上手く、ダメージとか傷……消せた?」
 心配そうに自分を見る眞姫に、拓巳は何度も頷く。
「ダメージも傷も、すっかり消えたぜっ!? 癒しの“気”まで3日で習得するなんて、すげぇよっ、姫っ!」
 実は眞姫は、“気”を使った癒しの力の使い方も由梨奈に教わり、習得したのだ。
 無理に自分が戦うことよりも、いかに自分の力で少年たちを助けられるか。
 それを、眞姫は考えたのだ。
 由梨奈が使っていたこの癒しの“気”を思い出し、自ら訓練をつけてもらうよう彼女にお願いした。
 そして癒しの能力と相性の良かった眞姫は、午前中の訓練の時間でそれをマスターしたのだ。
 癒しの能力の成功に嬉しそうに微笑んでから、眞姫はふと腕時計を見る。
「あっ、そろそろ戻ろうか。会議に遅れたら怒られるしね」
「ああ、鳴海は時間にうるせぇからな」
 眞姫の言葉に、拓巳も頷いた。
 そして手洗い場から歩き出した眞姫の手を、拓巳はそっと掴む。
 驚いて振り返った眞姫に、拓巳は言った。
「傷治してくれてありがとな、姫。オレも、姫に負けないように頑張るぜっ」
「うん、これからも一緒に頑張ろうね、拓巳」
 にっこり拓巳に微笑んでから、眞姫はこの3日間の充実感を感じていた。
 その瞳は、今までにないくらいの輝きが宿っている。
 そして眞姫は、まわりの少年たちや由梨奈、そして鳴海先生の優しさに改めて感謝したのだった。