――その頃。
 杜木の“結界”を目前にした健人は、ピタリとその足を止めた。
 そしてふと振り返って、表情を変える。
「おまえは……」
 そんな健人のブルーアイに映っているのは、ひとりの人物。
 その人物――“邪者四天王”のひとり・涼介は、ふっと笑った。
「こんばんは、蒼井健人くん。どうやら綾乃も、ゲームオーバーだったみたいだね」
 健人は涼介に鋭い視線を向け、彼の動きを慎重に探る。
 そんな健人とは対称的に涼介は甘いマスクに笑みを浮かべ、こう言ったのだった。
「杜木様からのご命令でね、鳴海将吾以外の“能力者”を“結界”に干渉させないようにって言われてるんだ。だから、大人しくしていてくれないかな?」
「何だと?」
 キッと青い瞳で睨む健人に、涼介は不敵に笑う。
「どうする? ここで“結界”でも張って、今度は僕と一戦交える気かな? それでも別に構わないけど、それってあまり利口な選択じゃないと思うけどな」
 そう言って涼介は、おもむろに別の場所に目を移した。
 そんな涼介の視線を追って、健人はハッと表情を変える。
 その場に、現れたのは。
「あっ、健人!」
「姫……!」
 健人の視線の先にあったのは、准とともに杜木の“結界”に駆けつけた眞姫の姿だった。
 准はすかさず彼女の盾になるように位置を取って涼介をちらりと見た後、健人に言った。
「ほかのみんなは? “結界”の中からは、詩音と先生の気配は感じるけど」
「ほかのやつらは、まだみたいだ。でも見ての通り、“結界”の干渉は邪魔されているけどな」
 健人は金色に近いブラウンの髪をかき上げ、ふうっと大きく嘆息する。
 眞姫は自分たちの前に立ち塞がっている涼介を不安気に見てから、目の前の“結界”の中から感じる気配にとりあえずホッと一息つく。
 杜木の“結界”の中には、詩音と杜木だけでなく鳴海先生もいるようである。
 今回のゲームのルールは、第三者の干渉があった時点でゲームオーバーであるという。
 ほかの“邪者”の“結界”がすべて解除されている今、鳴海先生が詩音と杜木のゲームに干渉したことにより、これで“邪者”のゲームも終わりのはずである。
 そう思いながらも、眞姫は心配そうに顔を上げた。
 杜木の“結界”の前に立ちふさがる涼介と“能力者”のふたりの間には、一触即発の空気が流れている。
 そして、今にももう一戦始まろうかという……その時だった。
「あ、涼介。綾乃と渚は? あいつら、まさかどこかで寄り道してるんじゃないだろうな」
 涼介はその声にふと振り返り、甘いマスクに微笑みを浮かべた。
「やあ、智也。生憎、まだあのふたりは来ていないよ。まぁ、じきに来るんじゃないかな?」
「じきにって……いつだよ、一体。杜木様から“結界”に来る様に言われてるっていうのに、あいつらは」
 はあっと嘆息して、その場に現れた智也は漆黒の前髪をかき上げる。
 智也と一緒にいたつばさは、仲間の現在地を探るように瞳を細め、彼に言った。
「心配ないわ、もうすぐあのふたりもここにたどり着くみたいだから」
「そっか、それならいいんだけど。あいつら、本当にちゃんと来るか心配だからな」
 つばさの言葉を聞いて気を取り直した後、智也はにっこりと眞姫に微笑む。
 そしてその場にいる全員の顔を見回し、ふっと笑って言った。
「ていうか、何? 今度はチーム戦でもやらかすのか?」
「チーム戦ね、それも面白いかもしれないな。ちょうど杜木様に、“能力者”の足止めをするように言われてるしね」
 智也の言葉に、涼介は楽しそうにそう言った。
 健人はそんな智也と涼介を見据え、ぐっと拳を握り締める。
「俺たちの足止めだと? やれるものならやってみろ、チーム戦でも何でも受けて立ってやる」
 戦闘意欲漲る青の瞳を涼介と智也に向けて、健人はふっと身構える。
 准は慎重に“邪者”の動きを探りながら、背後の眞姫に声を掛けた。
「姫、僕から離れないでね」
「やる気満々だなぁ、じゃあ“結界”でも張っとく?」
 智也はそう言ってスッと右手を掲げ、その後涼介にちらりと目を向ける。
「ていうか涼介、眞姫ちゃんに危害加えるようなことはするなよ」
「大丈夫だよ、智也。これ以上敵が増えても困るしね」
 にっこりと笑顔を浮かべる涼介の胡散臭い笑みを見て、智也ははあっと嘆息する。
「おまえの大丈夫も、イマイチあてにならないんだけどな……ま、でもとりあえず“結界”張るか」
 そう言って智也は、右手に漆黒の“邪気”を漲らせた。
 ――その時。
「……!」
 今まで黙って状況を見守っていたつばさは、何かに気がついたように顔を上げる。
 そして険しい表情を浮かべて、ふと眉を顰めた。
 それと、同時だった。
「ちょーっと待ったっ。じゃれ合うんなら、俺たちも仲間に入れてや」
「“結界”張って、さっきの続きでもやるってのか? 面白れぇじゃねーかよ」
 突然したその聞き慣れた声に、眞姫はハッと顔を上げる。
 それから声の主たちの元気な様子を確認して、ホッとしたように小さく微笑む。
 駆けつけたのは言わずもがな、祥太郎と拓巳のふたりだった。
 そしてふたりと一緒にやってきた由梨奈は“邪者”には目もくれず、眞姫に駆け寄って彼女の手を取った。
「きゃあっ、眞姫ちゃん久しぶりねぇっ。お姉さん、お姫様に会いたかったわぁっ」
「あっ、由梨奈さん。お久しぶりです」
 しっとりとした彼女のしなやかな手の感触を感じながら、眞姫は由梨奈に笑顔を向ける。
 そんな和やかな眞姫と由梨奈の様子を、つばさは険しい表情で見つめた。
「あの女性(ひと)は……」
 杜木に想いを寄せるつばさにとって、彼の元恋人である目の前の由梨奈の存在は嫉妬の対象なのである。
 由梨奈に熱く向けられていた杜木の漆黒の瞳を思い出し、つばさはギュッと唇を噛み締めた。
 それからふとまた別の気配を感じ、つばさは険しい表情のまま顔を上げる。
「あれ? なになに、みんな揃っちゃって、また何かやるの? 綾乃ちゃんも仲間に入れてよぉっ」
「ていうか、何やってんの? やたら人がいて、何か暑苦しくてウザイんだけど」
 その場にさらに現れたのは、綾乃と渚のふたりだった。
 楽しそうにきゃっきゃっとはしゃぐ綾乃と、顔を顰めてわざとらしく溜息する渚に、智也は苦笑する。
「おまえらな、来るの遅いよ。ていうか渚、愛しの清家先輩いるけどいいのかよ?」
「え? あっ、清家先輩っ」
 パッと全く今までと違う可愛い表情を浮かべて、渚は眞姫に近づこうと一歩足を踏み出す。
 だが、その時。
 そんな渚の動きに素早く反応し、4人の少年たちは一斉に眞姫の盾になるように位置を取った。
 渚はふっと漆黒の瞳を細め、そして眞姫に聞こえないくらいの声で呟く。
「ったく……本当に先輩たちって、めっちゃ鬱陶しいんだから」
 渚は小さく舌打ちし、足を止めた。
 涼介はそんな渚の様子を見て全員が揃ったのを確認した後、ふと視線を由梨奈に向ける。
 そして、こう口を開いたのだった。
「もしかして貴女が、杜木様の元恋人っていう、沢村由梨奈さん?」
「あら、そうだけど? やっぱり私って、有名人なのかしら」
 由梨奈は美人な顔ににっこりと笑みを浮かべ、涼介に答える。
 涼介は漆黒の前髪をかき上げ、そして彼女にこう言ったのだった。
「杜木様から、貴女は“結界”に入れても構わないって言われてるんですけど。どうします?」
「え? 杜木様が……」
 涼介の言葉に、つばさは思わず眉を顰める。
 由梨奈は少し考える仕草をしてから、カツカツと歩みを進めてスッと目の前に手を翳した。
「由梨奈さん……」
 眞姫は心配そうな表情をして、迷わず“結界”に干渉しようとする由梨奈を見つめる。
 由梨奈と杜木は、昔愛し合った恋人同士である。
 しかも今は……そんなふたりは、敵同士なのだ。
 由梨奈は眞姫と“能力者”の少年たちに、いつも通り無邪気に微笑む。
 そしてひらひらと手を振った後、杜木の張った“結界”の中に姿を消した。
「…………」
 そんな由梨奈の様子を、つばさは複雑な表情で見つめる。
 綾乃はそんなつばさを宥めるように、彼女の頭にぽんっと軽く手を添えた。
 そしてその後、ふっと“能力者”の少年たちに目を向ける。
「それで、今からどーすんの? みんなで仲良く、ここでじっと待ってるってワケないよね?」
「そうだな、どう見ても仲良くってカンジじゃないしな」
 綾乃の言葉に、智也は“能力者”の面々を見回してふっと漆黒の瞳を細めた。
「言っただろう? チーム戦だろうが何だろうが、受けてたってやるって」
「さっきのゲーム続き、俺は今からここでやっても構わねーぜ」
 健人と拓巳はそう言って、目の前の“邪者四天王”に鋭い視線を投げる。
「まーまー、ふたりともそうカッカせんで。でもな、まぁ喧嘩売られたら買わんわけにはいかんけどな」
 戦意漲る健人と拓巳を見てふっと微笑んだ後、祥太郎は改めて“邪者”の出方をうかがった。
 准は無言で全員の動きに注意を払いつつ、眞姫を庇うように位置を取って身構える。
 智也は全員をぐるりと見回した後、“結界”を張るべくスッと右手を掲げた。
 そしてその光が周囲を包もうとした……その時。
「待って、智也くんっ!」
 智也はその声に、ピタリと動きを止める。
 それから、驚いたように呟いた。
「眞姫ちゃん?」
「待って、お願い」
 智也の動きを制したのは、眞姫であった。
 眞姫は大きく首を振り、それからゆっくりと口を開く。
「もう、ゲームは終わったはずでしょう? だから、これ以上誰かが傷つくかもしれないようなこと、して欲しくないの」
「姫……」
 少年たちは動きを止めて振り返り、眞姫に視線を向けた。
 智也は少し考える仕草をした後、掲げていた手をおもむろに下ろす。
「んー、誰でもない眞姫ちゃんの頼みだったら、聞かないわけにはいかないよなぁ」
 智也の言葉に、渚と綾乃も仕方なく頷いた。
「僕の清家先輩って、本当に優しいんですね」
「眞姫ちゃんにああ言われちゃったら、無理やりってわけにはいかないわよねぇ」
 そんな全員の様子を見て、涼介はふっと漆黒の瞳を細める。
 そして、こう呟いた。
「“能力者”だけでなく、“邪者”の心までも動かす……なるほどね、“浄化の巫女姫”か。まぁ、僕は杜木様のご命令通り、“能力者”が“結界”に干渉しなければそれでいいんだけどね」
 それから涼介は杜木の“結界”に視線を向け、意味あり気に口元に笑みを浮かべたのだった。




 ――同じ頃、“結界”内。
 杜木は美形の顔に微笑みを宿し、鳴海先生に向けた。
 そして、ゆっくりと先生にこう言ったのだった。
「将吾、俺と組む気はないかい?」
「……何?」
 杜木の口から出た意外な言葉に、鳴海先生は切れ長の瞳を細める。
 同じく“結界”内にいる詩音は、表情を変えずに黙ったまま、杜木と先生の会話を聞いていた。
 鳴海先生の反応を見た後、杜木はさらに続ける。
「確かにおまえと俺は今、“能力者”と“邪者”だ。だがよく考えると、何も敵対する必要はないとは思わないかい? ふたつの勢力が敵対するのではなく、手を組むんだよ。そうすれば、より大きなひとつの勢力になるだろう?」
 その杜木の言葉に、鳴海先生は大きく嘆息する。
 そして、はっきりと言ったのだった。
「手を組むだと? 笑わせるな。第一手を組むということは、お互いの利害が一致してからはじめて成り立つものだ。だが、おまえたち“邪者”のしようとしていることは、我々“能力者”が阻止すべきこと。話にならん」
「おまえのことだ、そう言うと思ったよ」
 険しい表情の先生とは対称的に、杜木はふっと笑う。
 それから漆黒の瞳を細め、再び口を開いた。
「だが、“浄化の巫女姫”の能力は完全覚醒へと確実に近づいている。おまえはあの子に、“浄化の巫女姫”の大きな使命を背負わせて平気なのか? それに、何も彼女の“負の力”を呼び覚ますことは悪いことではない。“邪”を取り込むまでに苦痛は伴うが、それを乗り越えればさらに大きな力を彼女自身得ることができるんだ。能力の可能性を広げてあげる、いい機会じゃないか」
「杜木、言ったはずだ。おまえが“邪者”である限り、“能力者”である俺はおまえとは同じ方向には歩けないと。いくら話をしても、それは変わらん」
 先生の言葉に、杜木は漆黒の前髪をそっとかき上げる。
 そして声の印象を変え、こう言ったのだった。
「ではおまえは“能力者”としての使命を果たすため、この俺も殺すというのか?」
「…………」
 その問いに、鳴海先生はピクッと反応を示す。
 今まで黙って状況を見守っていた詩音は、そんな先生の反応にふとブラウンの瞳を細めた。
 先生は改めて杜木に視線を向け、そしておもむろに頷く。
「何度も言うようだが、俺は“能力者”だ。誰が相手だろうと、“邪者”に容赦はしない」
「そうか、それは残念だ。だが、俺は待っているよ。俺と手を組む気になったら、いつでも言ってくれ」
 そう言ってにっこりと美形の顔に柔らかい微笑みを宿した後、杜木はふと視線を別の場所に向ける。
 そして、漆黒の瞳を細めて笑った。
「やあ、由梨奈。久しぶりだな」
「あら、お久しぶりね、慎ちゃん。なるちゃんと詩音ちゃんも久しぶりっ」
「これはこれは、ミセスリリー。可憐な百合の奥方のお越しだね」
 杜木の“結界”に干渉して来た由梨奈に、詩音は笑顔を向ける。
 そんな詩音に笑みを返した後、由梨奈は先生と杜木に目を移した。
「それで、ふたりで仲良く何話してたのかしら?」
「俺は仲良くしたいと思っているんだが、将吾に今フラれたばかりでね。由梨奈はどうかな、俺と一緒に同じ道を歩いていく気はないかい?」
 美形の顔に優しい微笑みを湛え、杜木は今度は由梨奈にそう訊いた。
 由梨奈は小さく嘆息した後、彼の問いに答える。
「慎ちゃん、知ってるでしょ? 私って頑固なのよね。一度こうするって決めたこと曲げたくないのよ。だから慎ちゃんが“邪者”である以上、それはできないわ」
 由梨奈の答えに、杜木はふっと笑う。
 そして、スッと右手を掲げた。
「ふたりとも、昔から頑固だからな。まぁ、今日はいいだろう。今回のゲームで、これから本格的に“邪者”が動き出すことも分かってもらえただろうし。それに俺はいつでも構わないよ、気が変わって俺と手を組む気になったら、いつでも言ってくれ」
 そして――次の瞬間。
 カアッと杜木の右手から、漆黒の光がほとばしる。
 それと同時に、彼の強固な“結界”が解除されたのだった。
「……!」
「杜木様!」
 突然目の前の“結界”が消えうせ、“結界”の外にいた全員が一斉に顔を上げる。
 杜木は駆け寄ってきたつばさの頭を優しく撫でた後、“邪者四天王”の面々を見て言った。
「これでゲームは終わりだ。今日のところは、ゲームを仕掛けた我々から退こう」
 そう言った後、杜木はふと視線を眞姫に移す。
 急に自分を映した彼の瞳に、眞姫は思わずドキッとしてしまう。
 闇のように深い色を湛える漆黒の瞳は、とても神秘的で。
 だが同時に、何だか哀しそうな色も見え隠れしているようだと、そんな印象も持ったのだった。
 眞姫ににっこりと微笑んでから、杜木はおもむろに歩き出した。
 そんな杜木の後に、“邪者四天王”も続く。
 そして振り返り様、それぞれ口を開いて手を振った。
「眞姫ちゃん、またね。怪我、治してくれてありがとう」
「清家先輩っ、失礼します」
「んじゃ、眞姫ちゃんに祥太郎くん、また遊ぼうねぇっ」
 無邪気にそれぞれそう言う四天王の同僚を見て、ひとり涼介は無言で不敵に笑みを浮かべる。
 それから杜木と“邪者四天王”は、すっかり暗くなった夜の闇に消えていった。
 彼らの姿が見えなくなった後、鳴海先生は“能力者”の少年たちを見回す。
 そして先生は、わざとらしく嘆息した。
「ゲームだかルールだか知らんが、誰ひとり“邪者”を返り討ちにできないとはどういうことだ? おまえたちは日頃から、何をやっている?」
「んだと!? そういうおまえこそ、さっきまであの杜木ってヤツの“結界”で何してたんだよっ」
 拓巳はムッとした表情を浮かべ、キッと鳴海先生に視線を向ける。
 そんな拓巳の様子にも構わず、先生はこう言葉を続けたのだった。
「明日土曜日の正午、高校入学前訓練に使っていた例の場所に全員来い。臨時ミーティングを行う、分かったな」
 それだけ言うやいなや、先生は少年たちを置いてスタスタと歩き出す。
 眞姫は先生の後姿を見つめてから、ブラウンの瞳を伏せる。
 杜木の張った“結界”内で、先生と杜木の間でどのようなやり取りが行われていたかは分からないが。
 やはり親友が敵同士だなんて、悲しすぎる。
 そして今回のゲームで、“能力者”はもちろん、“邪者”も誰も傷ついて欲しくない。
 そう、改めて眞姫は思ったのだった。
 黙って先生の後姿を見送る少年たちと眞姫に無邪気に手を振ってから、由梨奈はカツカツとハイヒールを鳴らして鳴海先生の後に続く。
「ちょっと待ってよぉっ、なるちゃんってば」
 少年たちと眞姫を残して歩き出した鳴海先生に追いつき、由梨奈は彼の隣に並んだ。
 先生はちらりとそんな由梨奈を見ただけで、足を止めようとはしない。
 由梨奈はふうっとひとつ嘆息した後、ゆっくりと言った。
「ねぇ、なるちゃん。明日ボーイズやお姫様に、全部話すの?」
「明日あいつらには、話す必要があると判断したことを話す」
「必要があるって判断したこと……それに、五年前のあのことは含まれてるのかしら?」
 由梨奈のその言葉に、先生は切れ長の瞳を彼女に向ける。
 それから小さく首を振り、彼女の問いにこう答えたのだった。
「五年前のあのことは、俺と杜木の個人的な問題だ。あいつらに話す必要もないし、話すつもりもない」
 ――その頃。
「ていうか、待って。明日って……」
 鳴海先生と彼を追った由梨奈の姿が見えなくなってから、准はふとぽつりとそう呟く。
 その言葉に、祥太郎は思い出したように表情を変えた。
「げっ、明日って、俺とお姫様がラブラブカラオケデートするっちゅー約束しとった日やないかっ」
「おい、何でおまえと姫のデートなんだ」
 祥太郎の言葉にツッこんで、健人は嘆息する。
 拓巳は気に食わない表情をして、チッと舌打ちした。
「よりによって、姫と遊ぶ約束してる日に臨時ミーティングかよっ。あームクつくっ、鳴海の野郎っ」
 眞姫はそんな少年たちの言葉に、あっと小さく声を上げる。
 そういえば明日は、映研部員のみんなでカラオケに行く約束をしていたのだった。
 眞姫は不服気な少年たちを慰めるように、にっこりと微笑む。
 そして、悪びれなく言った。
「カラオケは残念だけど、でもちょうどみんなで約束してたし。よかったよね」
 お姫様の言葉に、ますます少年たちは大きく肩を落とす。
 ふたりきりではないにしろ、せっかくのお姫様とのデートが臨時ミーティングへと変わったなんて。
 しかも相変わらず、当のお姫様は鈍いし。
 少年たちは揃って、大きく溜め息をついた。
 そんな中、詩音は優しく眞姫の頭を撫でて、優雅な微笑みを彼女に向ける。
「そうだね、お姫様。王子がいて、隣にお姫様がいる。これ以上の幸せはないからね」
「……何かおまえって、ある意味すごく得な性格してるよな」
 拓巳はもう一度嘆息し、ぼそりと詩音を見てそう呟いた。
 そんなテンションの下がった少年たちの心も知らず、眞姫はもう一度彼らを見回す。
 それから、ふっとその顔に笑顔を宿した。
 そしてブラウンの瞳を安心したように細め、彼らにこう言ったのだった。
「でも、みんなが無事で本当によかったよ。誰かに何かあったらどうしようって、すごく心配だったから……みんな、本当にお疲れ様」
 眞姫のその言葉に、少年たちは一斉に顔を上げる。
 それから、口々にこう言ったのだった。
「姫こそ、お疲れ様。姫が来てくれて、すごく助かったよ。ありがとう」
「そうや、お姫様が来てくれんかったら、もっとひどいことなってたで」
「ていうか、“邪者”なんかにやられねーよ、姫っ。でも、心配してくれてありがとな」
「姫も頑張ったな。姫は、俺が守ってやる」
「僕のお姫様は、頑張り屋さんだからね。王子はお姫様のそんなところも好きだよ」
 眞姫はそんな少年たちの言葉に、嬉しそうに微笑みを浮かべる。
 本当に全員が大した怪我もなく、元気でよかった。
 改めてそう感じながらも、眞姫は自分を気遣う少年たちの気持ちが嬉しかった。
 眞姫はいつの間にか赤から漆黒へと色を変えた空を見上げ、これからも全員が無事であるようにと、そう強く祈った。
 そして真っ赤な夕陽が沈んだ今――“邪者”と“能力者”のゲームは、終わりを告げたのだった。