「あーもう、ムカツク! 涼介のヤツ、いつか絶対殺してやるんだからっ」
涼介との会話を一方的に終えて携帯電話をバッグにしまってから、綾乃は夕陽に照らされている漆黒の長髪をイライラした様子でかき上げた。
それからふと、考える仕草をする。
涼介のゲームの相手は、自分と仲の良い祥太郎である。
そう簡単に祥太郎が涼介に殺されることはないと思いながらも、綾乃はふっと瞳を伏せた。
涼介はその一見穏やかな甘いマスクの外見とは裏腹に、身体に強大な“邪気”を宿している。
しかも、綾乃に嫌がらせをするためならどんなことでもするだろう。
綾乃と祥太郎が仲の良い友達だと知っている涼介は、彼のことを本気で殺しにかかるに決まっている。
しかも、卑怯な手を使ってでも。
祥太郎も強い“気”を持っている“能力者”であるが、涼介の怖さと強さをよく知っている綾乃は、複雑な表情を浮かべた。
それから綾乃は、ふと気を取り直して顔を上げた。
周囲には、すでにいくつかの“邪気”の“結界”の存在が知覚できる。
綾乃は仲間たちのゲームがすでに始まっていることを察し、ふっとその表情を変えた。
それから、楽しそうに笑みを浮かべて呟いたのだった。
「んじゃ、綾乃ちゃんのゲームもそろそろ始めよっかな」
そんな彼女の視線の先には……ひとりの少年の姿。
彼も、周囲に張られた複数の“邪気”の“結界”に気がついているようである。
そして、綾乃がすぐ近くにいるということも。
綾乃は瞳を細め、それからスッと漆黒の光を纏った右手を掲げた。
次の瞬間、まわりの風景が一瞬にしてその表情を変える。
自分の張った“結界”をぐりると見回した後、綾乃は自分に鋭い視線を投げているゲームの相手に声をかけた。
「お久しぶりぃ、蒼井くんっ。久しぶりに、綾乃ちゃんと遊ばない?」
「藤咲綾乃……どういうつもりだ、これは」
綾乃のことが前から嫌いな健人は、じろっと青い瞳で彼女を見据える。
綾乃はそんな健人の様子にくすっと笑い、彼の問いに答えた。
「どういうって、蒼井くんも感じたでしょ? 周囲の“邪気”の“結界”。今ねぇ、“邪者”でゲームしてるの。自分の担当の能力者を、殺せるかどうかって」
「それで、おまえがこの俺の担当ってことか」
健人はあからさまに気に食わない表情を浮かべ、ふうっと大きく嘆息する。
それから戦意の漲ったブルーアイで綾乃を睨み、ゆっくりと続けた。
「前にも言ったが、俺は相手が“邪者”なら女でも手加減はしない。特におまえは、前から気に食わないからな」
「私も前に言ったよね? 手加減なんてしない方が身のためよ、綾乃ちゃんって強いから」
綾乃はふっと、漆黒の瞳を挑戦的に細める。
その瞬間、彼女の身体に強大な“邪気”が宿った。
健人を煽るかように、綾乃の漆黒の光が周囲の空気をビリビリと振動させる。
健人はそんな綾乃の“邪気”に対抗すべく、すかさず“気”を漲らせた。
そんな健人の様子を見て、綾乃はわざとらしくぽんっと手を打つ。
そして悪戯っぽく笑うと、セーラー服の胸ポケットからあるものを取り出した。
「あ、そうそう。せっかくのゲームだからさ、ちょっと趣向を凝らしてみない? はい蒼井くん、これなーんだっ」
きゃははっと笑い、綾乃は持っているものを健人に見せた。
彼女の問いかけには答えず、健人は美形の顔を顰め、無言で綾乃の動きを注意深く見据えている。
綾乃は持っているものを左右に振り、そして言ったのだった。
「これねぇ、駅前のキャラクターショップで限定発売されてたストラップなんだけど、偶然眞姫ちゃんとお揃いだったんだぁ。蒼井くんも見たことあるでしょ? 眞姫ちゃんの携帯に、このストラップ付いてるの」
「…………」
眞姫の名前が出てきて、健人は少しその表情を変える。
確かに綾乃の持っているストラップは、眞姫の携帯についているものと同じだった。
だが綾乃の意図が分からず、健人は黙って彼女の次の言葉を待つ。
綾乃はくすっと笑い、言葉を続けた。
「蒼井くんにあげよっか? このストラップ。ただし……この綾乃ちゃんから、奪うことができたらね」
「何?」
綾乃の口から出た言葉に、健人はブルーアイを細める。
そして、大きく溜め息をついて呆れたように口を開いた。
「くだらない、おまえの遊びに付き合ってるほど俺は暇じゃないんだ。くるなら、さっさとこい」
綾乃はそんな健人の返答を予想していたかのように、うんうんと何度か頷く。
それから口元に笑みを浮かべて、わざとらしく言ったのだった。
「ふふ、まぁどうせ蒼井くんがいくら頑張ったって、綾乃ちゃんからストラップ奪うなんて絶対不可能なコトなんだけどねー。そうね、無様な目に合う前に、やめといた方が無難かも」
「何だと?」
綾乃の言葉に、健人はムッとした表情を浮かべる。
そんな健人の様子にくすくす笑い、綾乃はさらに続けた。
「どうするの、やる? やらない? まぁ、どうせやったって無理だろうけど」
「……無理かどうか、何なら試してみるか?」
そう言って、健人は改めて身構える。
綾乃は右手の人差し指にストラップを引っ掛け、くるくる回しながらふっと笑った。
「無駄だとは思うけど、やるからには少しは楽しませてくれるよね? 蒼井くん」
「…………」
健人は狙いを定めるように、綺麗なブルーアイをスッと細める。
そして地を蹴り、綾乃との距離を一瞬で縮めた。
次の瞬間、ビュッと空を切る音が鳴る。
綾乃は飛んできた健人の右手を素早くかわし、体勢を整える。
健人はすぐさま綾乃の持っているストラップに視線を向け、今度は左手を繰り出した。
バシッとそれを払い退け、綾乃はふっと微笑む。
「どこ狙ってるの? 全然それじゃあ、かすりもしないよーっ」
健人は綾乃の言葉に気に食わない表情を浮かべた後、再びストラップ目がけて右手を伸ばした。
それをスッと身体をずらして避けた綾乃は、口元に笑みを宿す。
それから、楽しそうに口を開く。
「あ、そうだ。ひとつ、言い忘れてたけど」
綾乃は再び繰り出された健人の手を軽くいなした後、スッとおもむろに漆黒の瞳を細めた。
そして。
「……!」
僅かに生じた健人の隙を見逃さず、綾乃はふっと動きをみせる。
次の瞬間、ドスッと鈍い音がした。
彼女の強烈な膝蹴りが、健人の腹部に突き上げられたのだった。
「! くっ、は……っ」
身体に響く重い衝撃を受け、健人の上体がぐらりと揺れた。
ふいをつかれてその膝をもらった健人だったが、すぐに体勢を立て直そうと懸命にクッと歯を食いしばる。
それから間髪いれずに放たれた綾乃の蹴りを何とか跳躍してかわし、彼女と一旦距離を取った。
綾乃は敢えてそんな健人を追わず、漆黒の前髪をかき上げて笑う。
「言い忘れてたけど、綾乃ちゃんが大人しく避けてばかりだと思ったら大間違いよ? ていうか、まさかこの程度で終わりじゃないよね、蒼井くん?」
「…………」
ケホッと小さくむせてから、健人はスッと金色に近いブラウンの前髪をかき上げた。
そしてふっと顔を上げ、綾乃に視線を向ける。
そんな健人の青い瞳に宿るのは……静かに燃え上がる、闘気。
それと同時に、健人の身体から強大な“気”が一気に開放され、膨れ上がる。
それから健人は右手に眩い光を宿しながら、ゆっくりとこう口を開いたのだった。
「……よく考えたら、簡単なことだ。わざわざストラップだけを狙わなくても、おまえをぶっ飛ばしてから、その後でゆっくり奪えばいいんだからなっ!」
「!」
健人の右手から、大きな“気”の衝撃が放たれる。
綾乃は素早く“邪気”を宿すと、漆黒の光を繰り出した。
刹那、ふたつの光が激しくぶつかり合い、“結界”内に轟音が響く。
綾乃は余波の立ち込める中、漆黒の瞳を細める。
そして、素早く上体を逸らした。
その瞬間、綾乃の顔のあった位置を健人の拳がビュッと空を切る。
健人は攻撃を避けた彼女をすかさず追従するように、今度はフック気味に左拳を放った。
それをバックステップで避け、綾乃はその手に“邪気”を漲らせる。
そんな彼女の漆黒の光に対抗すべく、健人も“気”を掌に集結させた。
だが健人よりも僅かに早く、綾乃の手から漆黒の光が繰り出される。
唸りを上げて襲いかかる衝撃を見据え、そして健人は冷静に目の前に“気”の防御壁を張った。
ドオンッという大きな衝撃音が轟き、再び激しい余波があたりを包む。
健人は余波の立ちこめる中、ハッと背後に意識を向ける。
そしていつの間にか背後に回って襲いかかってきた綾乃の拳を、バシッと掌で受け止めた。
それから彼女の拳を掴んだまま、反撃といわんばかりに膝を放った。
それを掴まれていない逆腕でガードし、綾乃は自分の拳を取り返す。
健人はそんな綾乃に鋭い視線を向けると、瞬時に“気”を漲らせる。
そして、眩い光の衝撃を繰り出した。
だが綾乃はそんな攻撃にも慌てることなく、“邪気”の防御壁を形成させる。
次の瞬間、再び健人の“気”と綾乃の“邪気”が激しくぶつかり合い、そしてお互いの威力は消滅した。
「蒼井くんって、本当にキレるの早すぎだしっ。それに女の子の顔を容赦なく狙うなんて、相変わらず最低ねーっ」
ふうっと大きく溜め息をついて体勢を整え、綾乃はそう言った。
健人は青い炎の宿る瞳を綾乃に向けると、負けじと言い返す。
「聞こえなかったか? 俺は女でも、相手が“邪者”なら一切容赦はしない。特におまえには、相当頭にきてるからな」
自分に鋭い視線を投げる健人に、綾乃は大きく首を振った。
それからまだ持っていたストラップを胸ポケットにしまった後、もう一度嘆息する。
「ていうか、何かつまんなーいっ。せっかく楽しくなるかなーって思ったんだけど」
そこまで言って、綾乃はふと言葉を切った。
そして強大な“邪気”をその身体に宿し、挑戦的に漆黒の瞳をふっと細めて、こう言葉を続けたのだった。
「何か面白くないから……そろそろ、殺しちゃおっかな」
綾乃の手に集結した漆黒の光が、バチバチと激しい音を立てて輝きを放ち始める。
その、次の瞬間。
「!」
今までで一番の轟音が耳を劈き、周囲の風景が軽く吹き飛ぶ。
健人は咄嗟に“気”の防御壁を張り、何とかその漆黒の衝撃を防ぐ。
そんな健人目がけて攻撃の手を緩めず、綾乃は容赦なく“邪気”を繰り出した。
彼女の掌から放たれた無数の光が、それぞれ異なった軌道を描いて健人に迫る。
健人はチッと舌打ちをすると、大きく跳躍してそれらの光を避けた。
彼を捉えられなかった衝撃が、“結界”や地面に勢いよくぶつかり、音を立てて弾ける。
綾乃は健人が跳躍したと同時にその動きを読み、ふっと上空に視線を向けた。
そして再び“邪気”をその手に漲らせると、狙いを定め、大きな球体を形成した漆黒の光を放つ。
「くっ!」
健人は“気”を漲らせた掌を、バッと目の前に翳した。
空気を裂くように唸りを上げる漆黒の光を上空で受け止め、健人はギリッと歯をくいしばる。
刹那、カアッと健人の手に宿る“気”が輝きを増した。
眩い光が漆黒の衝撃を包み、そして綾乃の放った“邪気”は浄化される。
それから着地した瞬間、健人は咄嗟にその身を翻した。
一気に距離をつめた綾乃の漆黒の拳が、それと同時に鋭く空を切る。
拳をかわされた綾乃は、すぐに身体を回転させて今度は蹴りを繰り出した。
それを左腕で防ぎ、健人はグッと手に力を込める。
そして、綾乃目がけて躊躇なく拳を放った。
綾乃は身を屈めてその攻撃を避けると、即座に右手に“邪気”を宿す。
綾乃の“邪気”を感じ取り、健人は目の前に“気”の防御壁を張った。
再び漆黒の光がカッと光を放って弾け、綾乃の攻撃は健人の防御壁により無効化される。
……その時。
「!」
綾乃はハッと顔を上げると、素早くその手に漆黒の光を纏う。
だが綾乃が漆黒の光を放つよりも早く、いつの間にか上空に跳躍していた健人の掌から、複数の大きな光が弾けた。
綾乃はクッと唇を結び、真っ向から漆黒の光をぶつけてそれらを相殺させることを諦め、守りに回った。
次の瞬間、地面をえぐるような衝撃が、いくつも“結界”内に響き渡る。
健人は着地して、余波の立ち込める中、状況を探るようにブルーアイを細めた。
そして、チッと舌打ちをする。
「あーびっくりした。ていうか、本当に容赦ないんだもん。か弱い女の子に、何てことするのよぉっ」
健人の放った光をすべて何とか“邪気”の防御壁で防いだ綾乃は、衝撃で舞った砂埃をパンパンと払って漆黒の前髪をかき上げた。
健人はわざとらしく大きく溜め息をついた後、呆れたように口を開く。
「か弱い? 日本語は正しく使え。か弱い女が、男に拳で殴りかかると思うのか?」
「男が女を容赦なくグーで殴ろうとするってのも、かなりどうかと思うケドね」
綾乃も負けじと、そう健人に言葉を返す。
それからふたりは相手をじっと見据え、お互い距離をはかる。
そして、綾乃が先に動きを見せた。
ダッと地を蹴り、綾乃は健人との間合いを一気につめる。
それからグッと強く握り締めた右拳を、反動をつけるようにふっと後ろに引いた。
……その時だった。
「!」
綾乃は背後を振り返り、表情を変えた。
次の瞬間、今にも健人目がけて放たれんとしていた彼女の右拳が、誰かの手によってガッと強く掴まれる。
そんな綾乃の攻撃を止めたのは、彼女の“結界”に入ってきた干渉者だった。
「ここまでやな。ゲームオーバーや、綾乃ちゃん」
「祥太郎くん……」
綾乃の“結界”に干渉してきたのは、祥太郎だった。
祥太郎はハンサムな顔ににっこりと微笑みを浮かべて綾乃に向けた後、彼女の拳から手を外して周囲を見回す。
「これはまた、随分と派手にやらかしたなぁ」
地面に刻まれたいくつもの衝撃痕と、数十メートル四方吹き飛んだ風景。
そんな有様を見て、祥太郎は笑った。
健人は青い瞳を祥太郎に向け、言い放つ。
「また邪魔をしに来たのか? どけ、祥太郎」
「そうカリカリするなや、美少年。このゲームにはルールがあってな、第三者の介入があったらその時点でゲームオーバー。つまり、ドンパチも終わりっちゅーことや。綾乃ちゃん、そうやろ?」
祥太郎は、健人から綾乃にもう一度視線を戻す。
綾乃はそんな祥太郎の言葉に、きょとんとした表情をした。
「何でゲームのルール知ってるの? それに、涼介は……」
首を傾げる綾乃に、祥太郎はふっと笑みを浮かべて答える。
「あのホスト面のにいちゃんは、一足先にゲームオーバーや。お姫様が来てくれたからな。ゲームのルールも、あのにいちゃんから教えてもらったんや」
「姫が? 姫は今、どうしてるんだ?」
祥太郎の言葉に反応し、健人は訊いた。
祥太郎は少し長めの前髪をかき上げ、それに答える。
「お姫様は、准と渚クンの“結界”に向かった。あのふたりのところやったら、姫に危害が及ぶことはないやろうからな」
「あー眞姫ちゃんか、なるほどねぇ。“能力者”五人全員に同時刻に仕掛けても、お姫様は自由に動けるってわけね」
納得したように頷き、それから綾乃はいつも通りの無邪気な笑顔をその顔に宿した。
「ま、祥太郎くん来ちゃったし、今回はルールがルールだから、綾乃ちゃんから退きますか」
そう言って綾乃は“結界”を解除するために、その手に“邪気”を漲らせる。
……その時だった。
「!」
「なっ!?」
祥太郎と綾乃は、同時にその表情を変える。
次の瞬間、カアッと眩い光が弾け、ドオンッと大きな衝撃音が轟いた。
「祥太郎……邪魔するなと言ったのが、聞こえなかったか?」
「あのなぁ、ドンパチは終わりって言ったやろ? ったく、美少年は短気なんやから」
綾乃目がけて放たれた健人の“気”を咄嗟に防御壁で防ぎ、祥太郎ははあっと溜め息をつく。
健人は綾乃と自分の間に立つ祥太郎に、鋭いブルーアイを向けた。
「ルールだか何だか知らないが、俺の知ったことじゃない。どけ、祥太郎」
「あーあ、完全にキレとるし。綾乃ちゃん、またコイツのことめっちゃ煽ったんやろ?」
「んー煽ったっていうか、別に綾乃ちゃん何かしたつもり全然ないんだけどねー。蒼井くんってば、短気なんだもん」
悪びれもなくそう言う綾乃に、健人はさらに気に食わない表情を浮かべる。
そんな健人の様子を見て、綾乃はわざと挑戦的にくすっと笑った。
「でも綾乃ちゃんも、蒼井くんとさっきの続きやったって全然構わないよ? でも蒼井くん、祥太郎くんの言うように、今日はここまでにしといた方がいいかもね。痛い目に合いたくないでしょ?」
「……何だと?」
健人は、ピクッと綾乃のその言葉に反応を示す。
健人の神経を逆撫でして楽しんでいる綾乃と、あからさまに気に喰わない表情で綾乃を睨みつける健人。
そのふたりを交互に見て、祥太郎はもう一度深々と嘆息する。
「あのなぁ、ふたりとも。頼むから、今日はもう勘弁してや……」
そう言う祥太郎の言葉を後目に、健人と綾乃の間には相変わらず見えない火花が散っている。
祥太郎は呆れたように頭を抱えた後、おもむろにスッと瞳を細めた。
そして。
「……!」
「えっ!?」
今度は綾乃と健人のふたりが、驚いたようにその顔を上げる。
それと同時に、祥太郎の手から放たれた“気”の衝撃が、綾乃の張った“結界”を砕いたのだった。
吹き飛んだ風景も元に戻り、地面をえぐった衝撃の痕も一瞬にして消え失せる。
祥太郎は右手を収めた後、ハンサムな顔に笑みを宿してふたりに向けた。
「ほらほら、もう終わりって言っとるやろ? ま、今日のところは、このくらいでやめとけ」
「“結界”破られちゃったら仕方ないなぁ。じゃあ綾乃ちゃん、帰ろっかな。また遊ぼうねぇ、祥太郎くん」
無邪気に手を振り、綾乃は祥太郎にウインクした。
そして、雑踏の中に消えていく。
健人はそんな綾乃の後姿を鋭い視線で見送った後、祥太郎にじろっと目を向けた。
自分を睨む健人の肩をポンポンッと叩き、祥太郎は愛想良く笑う。
「まーまー、そんなコワイ顔せんで。な? ほら、せっかくの美少年が台無し……ととっ!」
祥太郎は瞳を見開き、反射的に右手を掲げた。
そして突然飛んできた健人の拳を、バシッとその手で受け止める。
それから思わず苦笑すると、はあっと嘆息した。
「ヒドイわぁっ、せっかく健人のために祥太郎くんが一生懸命駆けつけたってのになぁ」
「俺は、邪魔をするなと言ったんだ。二度と余計な手出しするな」
まだイライラした様子の健人に、祥太郎はわざとらしく溜め息をつく。
「今日はツイてないなぁ、俺。見てみい、せっかくクリーニング出して今日おろしたばかりやったシャツ、あのホスト面のにいちゃんのせいでこんなに血まみれやし。その上に、健人からは邪険に扱われるしな。あーもう泣くしかないわ、シクシク」
「……本当におまえってウザイよな。勝手に泣いてろ」
鬱陶しそうに金色に近いブラウンの髪をかき上げ、健人はそう呟く。
祥太郎はそんな彼にふっと目を向けて微笑んだ後、気を取り直して声のトーンを変えた。
「まー冗談はこれくらいにして、や。それよりも、残る“邪気”の“結界”はあとふたつか。准と渚クンの方は、どうやら姫がうまいことやってくれたみたいやしな」
「姫……」
祥太郎の言葉に、健人は表情を変化させる。
そんな健人をちらりと見た後、祥太郎は続けた。
「んじゃ、やっぱここは分担ちゅーことで。どっちの“結界”に行く?」
「俺は、こっちの“結界”に行く」
健人はブルーアイを細め、桁外れに大きな“邪気”が形成する“結界”を指差す。
「分かった、んじゃ俺はこっちの“結界”に向かうわ。また後でな」
祥太郎はこくんと頷いてそう言ってから、健人の指差した方向とは逆の、もうひとつの“結界”に向けて歩き出した。
その時。
「……祥太郎」
健人は少し何かを考える仕草をした後、ふと祥太郎を呼び止める。
「ん? 何や、健人?」
祥太郎は自分を呼ぶ健人の声に振り返って、首を傾げた。
健人は小さく嘆息して、そしてこう彼に言ったのである。
「本当はものすごく不本意でムカツクけどな、一応礼を言っとくよ」
祥太郎はふっとそんな健人の言葉に微笑み、軽く手を振って歩き出した。
それから再び振り返り、何かを思いついたようにニッと笑う。
「んじゃ、お言葉に甘えて、今度何か健人にオイシイもんでも奢ってもらうわ」
「調子に乗るな、誰が奢るか。さっさと行け」
冷静にツッこんでから、健人は祥太郎に背中を向けてスタスタと歩き出す。
祥太郎はそんな健人の様子に笑みを浮かべた後、前髪をそっとかき上げる。
そして改めて、目的の“結界”に視線を移したのだった。
健人も祥太郎とは別の“結界”に向かいながら、その表情を険しくする。
この桁外れに大きな“邪気”は、あの男――杜木慎一郎のものに間違いない。
直感的に健人は、眞姫も次は杜木の“結界”に向かうのではないかという気がしていた。
「姫……」
健人はおもむろにグッと強く拳を握り締めて表情を引き締め、その場を駆け出したのだった。