――6月10日・金曜日。
 この日の学校が終わった眞姫は、友人の梨華とともに夕暮れの繁華街にいた。
「ケーキ、美味しかったねっ。雑誌に載ってたからやっぱり人並んでたけど、並んで食べた甲斐あったよ」
「うん、すごく美味しかったよね。期間限定のケーキだし、よかったね」
 満足そうに笑う梨華に、眞姫はコクンと大きく頷く。
 それと同時に、栗色の髪が小さく揺れた。
 梨華はそんな眞姫の様子に微笑んだ後、ふと首を傾げる。
「今日さ、実は綾乃も誘ったんだけど、何か大事な用事があるんだって断られちゃったんだ。あの子のことだから、何があっても行くーって言うかなって思ったんだけど」
「そうなんだ。久しぶりに綾乃ちゃんとも、一緒にケーキ食べたかったな」
 残念そうにそう言ってから、眞姫はそっと風に揺れる栗色の髪をかき上げた。
 梨華はちらりと腕時計を見て、そしてふっとその顔に意味あり気な笑みを浮かべる。
「そういえば眞姫、明日騎士たちとカラオケだって? いろいろ楽しみねぇっ」
 どうにかして抜け駆けしてやろうとする彼らの姿が容易に想像でき、梨華は楽しそうに笑った。
 眞姫はにっこりと微笑み、梨華の言葉にこう答えたのだった。
「カラオケ最近行ってないし、久々に歌えるからね。すごく楽しみっ」
「……楽しみなのって、そこ? やっぱりずれてるよね、眞姫って。むしろ騎士たち、ちょっと可愛そうかも」
「え? なぁに、梨華?」
 梨華の言葉に、眞姫はきょとんとする。
 梨華はそんな眞姫の肩のポンッと叩いて笑うと、おもむろに顔を上げた。
「あ、乗るバスがちょうど来たみたい。じゃあまたね、眞姫」
「うん、また月曜日ね」
 バス停のひとつ手前の信号に引っかかっているバスを確認して、眞姫は梨華に手を振る。
 そして信号が青に変わり、梨華が到着したバスに乗るのを見送った後、眞姫は地下鉄の入り口に向かって歩き出した。
 高いビルの間から覗く夕焼けが、彼女の横顔をほのかに赤に染めている。
 その夕陽の眩しさに大きなブラウンの瞳を細め、眞姫は賑やかになってきた繁華街の人の流れに逆らわず歩きながら、綺麗に飾られたショーウインドウを楽しそうに見つめたのだった。




 ――同じ頃。
 “邪者四天王”のひとり・鮫島涼介の姿も繁華街にあった。
 その甘いマスクに宿る笑みは、これから始まることへの期待感で満ち溢れている。
 水曜日、杜木は“邪者四天王”を集めてこう言った。
『“邪者四天王”の君たちに、ちょっとしたゲームを考えたんだが』
 涼介は杜木の提案したゲームの内容を思い出し、漆黒の髪をかき上げる。
「せっかくのゲームだからね、始める前にもっと面白くしようとするかな」
 ふっと口元に笑みを浮かべ、涼介は漆黒の瞳を細めた。
 それからおもむろに携帯電話を取り出し、そしてある人に電話をかけ始める。
 耳に何度も響く電話のコールを聞きながら、涼介は楽しそうに笑う。
「電話を取るか取るまいか、悩んでいるのかな?」
 そして、どのくらい電話のコールが鳴っただろうか。
 ようやく、待ちわびた電話の相手の声が聞こえてきた。
『何よ、しつこいんだけど?』
「やあ、綾乃。ゲームを始める前に、君に確認しておきたいことがあってね」
 明らかに不機嫌な声の綾乃とは逆に、涼介は穏やかな声でそう言った。
 綾乃は電話の向こうで、訝しげに首を捻る。
『確認?』
「僕の担当がどの“能力者”か、綾乃ももちろん知ってるよね?」
『……知ってるわよ、もちろん』
 涼介の言葉に、綾乃はふと複雑そうな声で答えた。
 そんな彼女の反応に笑い、涼介は続ける。
「僕があの“能力者”を殺したとしても、今度は恨まないでくれよ? まぁ、1年半前に松岡恭平を殺したのも、杜木様のご命令だったんだけどね」
『…………』
 湧き上る怒りを堪え、綾乃は言葉を切った。
 涼介はそんな沈黙さえ楽しむかのように、甘いマスクに笑みを浮かべている。
 そして、その数秒後。
 綾乃は再び口を開き、ゆっくりと涼介にこう言ったのだった。
『あんたなんかにそう簡単に殺されないわよ、彼は。殺れるものなら、殺ってみなさいよ。それにどっちみち、いつかあんたはこの私が殺してやるから』
「いいね、君のそういうところが大好きだよ、僕は」
『私はあんたの、こういうところが大嫌いよ』
 それだけ言って、綾乃は一方的にブチッと電話を切った。
 ツーツーという通話終了の音を聞きながら、涼介はくすくすと笑う。
「彼を殺したら、きっと綾乃はもっと僕のことを憎むんだろうな。あの、憎悪と殺気に満ちた彼女の目……考えただけで、ゾクゾクするよ」
 そしてふっと漆黒の瞳を細め、言ったのだった。
「さてと、ゲーム開始かな」
 ……それと、同時だった。
 涼介の手に漆黒の光が宿ったかと思うと、周囲の風景が一瞬にしてその表情を変える。
 彼の張った“結界”の中にいるのは、閉鎖的な空間を作り出した本人と……そして、もうひとり。
「ストーカー行為の次は、監禁か? あんたも相変わらずみたいやな、マッドサイエンティストなホスト面のにーちゃん」
 涼介の張った“結界”に慌てることもなく、彼のゲームの相手・祥太郎はふうっとわざとらしく嘆息した。
 涼介はふっと口元に笑みを浮かべ、柔らかな声で言った。
「こんにちは、君こそ相変わらずみたいだね。僕に気がついているなら、声を掛けてくれてもいいのに」
「よく言うわ、気がつくようにストーカーしとったくせにな。それで……俺に、何の用や?」
 自分を見据える祥太郎に、涼介はくすっと笑う。
 そして、言ったのだった。
「なに、そんな大した用じゃないよ。君のことを、殺しに来ただけだよ」
「!」
 ハッと顔を上げ、祥太郎はバッと身構える。
 次の瞬間、耳を劈くような轟音が“結界”内に響き渡った。
 涼介は狙いを定めるように漆黒の瞳を細め、再び漆黒の光を放つ。
 眩い大きな光がカアッと弾け、周囲に衝撃の余波が立ち込めた。
「っとと、イキナリあぶないなぁっ……じゃあ、今度はこっちの番か?」
 咄嗟に“気”の防御壁を張って攻撃を防いだ祥太郎は、グッと握り締めた拳を後ろへ引く。
 そして掌から、眩い“気”の光を繰り出した。
 涼介はふっと“邪気”を帯びた手を翳し、祥太郎の“気”を受け止めて浄化させる。
 それからすぐに、スッと身を翻した。
 その直後、いつの間にか間合いをつめた祥太郎の拳が空を切る。
 すぐに体勢を立て直した涼介は、素早く“邪気”を漲らせた手刀を、僅かに隙の生じた祥太郎めがけて振り下ろす。
 刹那、ザッと空気を真っ二つに裂くような音が鳴った。
「くっ!」
 跳躍してそれをかわし、祥太郎は一旦涼介と距離を取る。
 そして、ふうっと嘆息した。
「あーあ、せっかくのハンサムな顔に、なんてコトするんや」
 涼介の鋭い一太刀によって、祥太郎の頬に一筋の浅い傷ができていた。
 じわりと滲む鮮血をぐいっと手で拭い、祥太郎は再び身構える。
 涼介も再びその手に“邪気”を宿し、甘いマスクに笑みを浮かべた。
「完璧に捉えたと思ったんだけどな。さすが“能力者”」
「ていうか、何でイキナリ俺のこと殺しに来たんや? あんたのことや、何か裏があるんやろ」
 涼介の出方をうかがいながら、祥太郎は彼に訊いた。
 涼介は漆黒の前髪をかき上げ、祥太郎の問いにすぐに答える。
「いやいや。実は今、“邪者”のみんなとゲームをしていてね。今頃、君の仲間の“能力者”も、他の“邪者”と対峙しているんじゃないかな?」
「何やて!? ほかのみんなも……それに、ゲームって」
 驚く祥太郎を見てニッと不敵な笑みを浮かべ、涼介は言葉を続けた。
「本当に僕は運がいいよ、君に当たるなんてね。このゲームで君を殺せば、ますます僕に対する綾乃の憎悪が膨らむだろうからね」
「懲りんヤツやな。綾乃ちゃんを煽るために、今度は俺を殺すっていうんか?」
 鋭い視線を投げ、祥太郎は右手に“気”を漲らせる。
 それから声のトーンを変え、言った。
「でもな、そう簡単にはいかんで。殺れるもんなら、殺ってみいっ!」
「……!」
 涼介は祥太郎から放たれた“気”に、漆黒の瞳を見開いた。
 一筋の光が突然枝分かれし、四方八方から涼介に襲いかかる。
 だが、慌てることなくそれらを丁寧にかわし、涼介もその手に“邪気”を宿す。
 次の瞬間、ドーンという大きな衝撃音が響いた。
 ふたりから同時に繰り出された光が中間でぶつかり合い、お互い押し切れずに消滅する。
「!」
 祥太郎はふっと背後に意識を向け、素早く身を屈めた。
 その瞬間、彼の後ろに回った涼介の“邪気”を纏った手刀が、ビュッと空気を切り裂く。
 さらに涼介は攻撃の手を緩めず、祥太郎の心臓を狙いすまし、手刀を突き出した。
 それを“気”を漲らせた左手で振り払い、祥太郎も反撃とばかりに握り締めた拳を向ける。
 顎を狙い弧を描くように繰り出されたその攻撃を避け、涼介は瞬時に漲らせた“邪気”をすぐさま至近距離で祥太郎に放った。
「ちっ!」
 祥太郎はバッと跳躍し、何とか漆黒の衝撃をかわす。
 それから素早く体勢を整え、目の前に“気”の防御壁を形成させた。
 祥太郎の着地点を予測し、涼介の手からさらに“邪気”が放たれていたからである。
 無数の漆黒の光が防御壁にぶつかって弾け、視界を遮る余波が立ち込める。
 涼介は再び距離を縮めようと、地を蹴った。
 その時。
「……!」
 ふと表情を変えて足を止めると、涼介は“邪気”の防御壁を張る。
 次の瞬間、余波を打ち破るような眩い複数の光が漆黒の防御壁と衝突し、周囲に大きな衝撃音が轟いた。
「俺を殺す気なら、もうちょっと本気出さな無理やな。手ぇ抜いてる場合やないんやないか?」
「せっかちだな、そう簡単に殺してしまったら勿体無いだろう? せっかくのゲームなんだからね」
 煽るような祥太郎の言葉にも動じず、涼介は甘いマスクににっこりと微笑みを浮かべる。
 それから急にふっと視線を別の移して、ニッと意味深に続けた。
「おや……これはこれは。君の“弱点”のお出ましだよ」
「何? ……っ!」
 涼介の言葉に一瞬首を傾げた祥太郎だったが、ハッと顔を上げてその表情を変える。
 そして、涼介から視線を外して呟いた。
「姫!?」
「祥ちゃんっ!」
 涼介の“結界”に干渉してきたのは、誰でもない眞姫だったのだった。
 家に帰るために繁華街を歩いていた眞姫は、その途中で涼介の張った“結界”に気がついた。
 そして、この場に駆けつけたのである。
 涼介はふっとその顔に笑みを宿し、ゆっくりと口を開く。
「そういえば、君は以前こう言っていたよね。自分は女の子の味方だ、って」
 祥太郎にそう言った後、涼介はその掌に強大な“邪気”を漲らせた。
 そして。
「えっ!?」
「! 姫っ!!」
 ゴウッと唸りを上げて放たれた漆黒の光は、祥太郎ではなく眞姫に向けて一直線に軌道を取る。
 祥太郎は表情を変え、思い切り地を蹴った。
 そして咄嗟に眞姫の身体を抱きしめ、衝撃を避けるために横に飛ぶ。
 眞姫を捉えられなかった漆黒の光は“結界”の壁にぶつかり、ドオンッと激しい音をたてた。
 それから眞姫を抱いたまま、祥太郎はその右手に“気”を漲らせる。
「くっ!!」
 不安定な体勢のままで再び繰り出された涼介の“邪気”を片手で受け止め、祥太郎はギリッと歯を食いしばる。
 ジュッという音とともに、何とかその漆黒の光は浄化された。
 だが、次の瞬間。
「!」
 祥太郎は、自分を射抜くように見据える漆黒の視線に気がついた。
 そして眞姫を庇うように位置を取り、瞬時にその手に“気”を宿す。
 刹那、バチッとプラズマが発生し、その手に痺れるような感覚がはしる。
「くっ……相変わらず、えげつない戦い方やなぁっ」
 振り下ろされた涼介の手刀を寸前のところで受け止め、祥太郎は苦笑する。
 だが受け止めはしたものの、衝撃のすべてを防ぐことはできず、祥太郎はその右手に傷を負っていた。
 生じた傷から血が滲み、ツウッと彼の腕を伝う。
 涼介は受け止められた手刀を取り返し、それから一旦距離を取った。
 そして自分の右手についた祥太郎の血を楽しそうに眺め、笑う。
「よく止められたね、今回こそは仕留めたかなって本気で思ったのに」
「祥ちゃんっ!」
 心配そうに自分を見つめる眞姫を安心させるようにふっと微笑んでから、祥太郎は涼介に改めて向き直る。
 涼介は漆黒の前髪をかき上げ、そんな祥太郎に言った。
「戦いにおいて、大切なものを抱えている立場の方が断然不利なのは分かるよね? 大切なものを守りたいあまりに気が散って、足をすくわれることも少なくない。今の君が、まさにいい例だよ。大事なお姫様を守りながら、この僕の攻撃がいつまでもかわせると思っているのかな?」
 涼介のその言葉に、祥太郎はふっと瞳を細める。
 それから、大きく首を振った。
「確かにな、大事なもんを抱えて戦うのは一見不利に見えるけどな。でもそれ以上に、その大事な存在があるからこそ、俺は強くなれる。何が何でも、かけがえのない大切なものを守りたいって強く思うからな。今の俺が、いい例や」
 そう言って、祥太郎は眞姫に視線を向ける。
「姫……俺が姫のこと、絶対に守ってやるからな。俺から離れるんやないで」
「祥ちゃん……」
 眞姫は祥太郎の決意に満ちた瞳を真っ直ぐ見つめ、コクンと頷く。
 そんな眞姫の頭を優しく撫でた後、ふっと祥太郎は涼介に目を移した。
 涼介は右手に“邪気”を宿し、ふっと笑う。
「そこまで言うのなら、では本当に君がお姫様を守れるのか試してみよう……と、言いたいんだけど」
「……!」
「なっ!?」
 スウッと天に掲げられた涼介の手から放たれた強大な“邪気”に、眞姫と祥太郎は瞳を見開く。
 次の瞬間、周囲に張られた涼介の“結界”が解除されたのだった。
「残念ながら、今回のゲームにはルールが設けられていてね。“能力者”との戦いの中で、もし第三者の介入があったら、その時点でゲームオーバーなんだよ。まさか、その干渉者がお姫様とは思っていなかったけどね」
 そう言って、涼介はおもむろに歩き出す。
 祥太郎はまだ警戒を解かないまま、涼介の後姿を無言で見据えている。
 そして涼介はふと振り返り、苦笑して言った。
「本当に残念だな、是非君を殺したかったのに。まぁ、またの機会を狙うとするよ」
「またの機会、なぁ。言ったやろ、そう簡単には殺られんってな」
 祥太郎の言葉に楽しそうにくすっと笑い、そして涼介は繁華街の雑踏の中に消えていく。
 眞姫はブラウンの瞳を祥太郎に向け、心配そうに言った。
「祥ちゃん、怪我してるところ見せて。傷、治すから」
 涼介が去ったことを確認した後、祥太郎はふっと表情を緩める。
 そして。
「姫っ……よかった、姫が無事で……」
「祥ちゃん……」
 ぎゅっと突然抱きしめられ、眞姫は驚いた顔をする。
 だが、すぐにその顔に微笑みを浮かべた。
「ありがとう、祥ちゃん。祥ちゃんが、私のこと守ってくれたから」
 あたたかい体温を感じながら眞姫は彼の胸の中で顔を上げ、祥太郎を見つめる。
 祥太郎は眞姫の小さな身体を抱きしめたまま、首を大きく横に振った。
「礼を言うのはこっちの方や、姫。姫が来てくれんかったら、間違いなくもっとひどい状況になっとったで。ありがとな」
 祥太郎のその言葉に微笑み、そして眞姫はスッと彼の頬に手を翳す。
 それから、大きなブラウンの瞳を閉じた。
「……!」
 その瞬間、眞姫の身体から淡く優しい光がほとばしる。
 そして彼女がその手を外した、その時。
 祥太郎の頬についていた浅い傷が、跡形もなく消えていたのだった。
「祥ちゃん、手も見せて。今、治すから」
 眞姫は祥太郎の胸の中から離れると、彼の右手をそっと取る。
 それから先程と同じように意識を集中させると、その傷を癒した。
 神々しさまで感じるあたたかい眞姫の“気”に、祥太郎は思わず瞳を細める。
 そして、ハンサムな顔に笑顔を宿し、彼女の頭をゆっくりと撫でた。
「ありがとな、姫」
「ううん。今の私には、まだこのくらいしかできないから……」
 眞姫はそう言って、祥太郎に目を向ける。
 ……その時だった。
「!!」
「……!」
 眞姫と祥太郎は、同時にその顔を上げる。
 その表情は、途端に険しいものへと変わった。
「祥ちゃん、これって」
「あのホストみたいな兄ちゃんが言っとったな、これはゲームやて」
 周囲に形成された“邪気”の“結界”を感じ取り、祥太郎はチッと舌打ちをする。
 眞姫はブラウンの瞳を遠くに向け、心配そうな表情をした。
 感じる“邪気”の“結界”は、ひとつではなかったからである。
 祥太郎は少し考える仕草をし、それから眞姫に言った。
「姫、姫はこのまま帰るか?」
 祥太郎のその問いに、眞姫は大きく首を振る。
 そして、凛とした光を宿した瞳を真っ直ぐ祥太郎に向けて言ったのだった。
「ううん、ほかのみんなのところにも行くよ。第三者の干渉があれば、この戦いを止められるんでしょう? 私にできることは、やりたいと思うから」
「姫……」
 祥太郎は自分に向けられた瞳の輝きに目を奪われ、言葉を失う。
 それから気を取り直し、周囲に張られた複数の“結界”を見て言った。
「じゃあ姫は、一番近くの“結界”に向かってくれんか? この“邪気”の感じと、閉じ込められとる“能力者”のことを考えると、姫に危害は少ないと思うからな」
「うん、分かった。祥ちゃんは?」
「俺は、あっちの“結界”に行くわ。感じる“気”と“邪気”見たら、かーなりヤバそうな組み合わせやもんな……あいつらの性格考えると」
 そう呟き、祥太郎はふうっとひとつ溜め息をつく。
 眞姫は風に揺れる栗色の髪をかき上げ、言われた通りに一番近くの“結界”に向けて歩き出した。
 そして振り返り様、祥太郎に言ったのだった。
「じゃあ、行ってくるね。頑張ろうね!」
 手を振ってタッタッと走り出した眞姫に、祥太郎は微笑む。
「ああ。気をつけてな、姫」
 背中で揺れる眞姫の栗色の髪を見つめ、祥太郎は先程まで自分の胸の中にあった彼女の華奢な身体の感触を思い出す。
 その小さな身体は、強く抱きしめたら折れてしまいそうなくらいなのに。
 だがそんな眞姫の身体には、神々しく強大な“気”と、そして意志の強さが宿っている。
 彼女のひたむきに頑張る姿が、自分たち“能力者”の支えになっていると、改めて祥太郎は感じた。
 そして彼女に傷を消してもらった右手をじっと見つめた後、祥太郎は表情を引き締め、眞姫と別の方向へと駆け出したのだった。