――6月8日・水曜日。
 午前中の授業が終わり、孝子はプリントを提出するために職員室へと向かっていた。
 昼休みを迎えたばかりの校舎内は、数分前の授業中とはうって変わって賑やかである。
 ほのかに茶色に染めた肩までの髪を無意識に触りながら、孝子は階段を下り始めた。
 そしてちょうど階段の踊り場に差し掛かった、その時。
「おっ、そこのお嬢さんっ。もしかして、1年Dクラスの明石孝子ちゃんやないか?」
 突然背後から聞こえてきたその声に、孝子は少し驚いたように振り返って足を止める。
 それから、自分を呼び止めた人物に目を向けた。
 瞳をぱちくりさせている孝子に、その人物・祥太郎はにっこりとハンサムな顔に人懐っこい笑みを浮かべる。
 長身で顔も格好良い彼の笑顔を見て、孝子は思わず頬を赤くした。
 そんな孝子に、祥太郎は言った。
「あ、急にごめんな。俺、2年Aクラスの瀬崎祥太郎くんっていうんやけど、相原渚クンとめっちゃめちゃ仲良しさんなんや。この間、渚クンと孝子ちゃんが一緒にいい雰囲気で歩いとるの見て、もしかして孝子ちゃんってアイツの彼女なんかなーって。渚クンに聞いても、照れて教えてくれんやろうから」
「えっ? 渚くんの? それに、いい雰囲気だなんて……」
 渚の名前を聞いて表情を緩め、孝子は祥太郎の言葉に思わず微笑む。
 孝子の表情の変化を確認しながら、さらに祥太郎は調子よく続けた。
「いやーもう、めっちゃお似合いやったでっ。やっぱ、ふたりって付き合っとるんか?」
「い、いえっ。まだ付き合ってとかじゃないんですけど……渚くんとは、まだいいお友達っていうか」
 顔を真っ赤にして慌てて首を振る孝子の様子に、祥太郎は彼女に気づかれないように小さく溜め息をつく。
 土曜日に目の前の彼女と歩いていた渚の態度は、遠目から見ても本性を隠して猫をかぶりまくっている時の彼であった。
 あの性格を隠していれば、見た目渚はジャニーズ系の可愛らしい顔をしている。
 しかも猫のかぶり方も心得ており、女の子の母性本能をくすぐる絶妙な言動を平気な顔でやってのける。
 眞姫でさえ、あの渚の偽りの姿に騙されているのだった。
 孝子の表情を見ると、彼女も同じようにあの渚の猫っぷりに騙されているのであろう。
 彼の本性を知っている祥太郎は、目の前で頬を赤らめている彼女を見て思わず苦笑する。
 それから気を取り直し、改めて孝子に訊いたのだった。
「そっか、てっきりお似合いやから、ふたり付き合っとるのかと思ったんやけどなぁ。それであの渚クンって、女の子と一緒の時ってどんな話するんや? 孝子ちゃんみたいなカワイイ子とアイツ、一体どんな話しとるのかめっちゃ興味あるなぁって」
 遠回しにさり気なく本題に入り、祥太郎は孝子の様子を注意深く観察しながらも、愛想良くハンサムな顔に笑顔を浮かべる。
 そんな祥太郎の視線に少しドキッとしながらも、孝子は首を傾げた。
「えっ? 渚くんとは、普通に学校であったことやテレビのことや、そういうこと話すかな? あ、でも私の方がいろいろ喋ってるってカンジなんですけど」
「普通のこと……」
 孝子の表情を見る限り、彼女の言っていることは嘘ではないようである。
 そう判断した祥太郎はにっこりと微笑み、さらに調子良く言った。
「いやー、渚クンがこんなカワイイ女の子と一緒やなんて、どういうことやって気になっとったんや。ありがとな、孝子ちゃんっ。んじゃ、渚クンにもよろしゅう言っといてな」
 そう言って祥太郎は、スタスタと歩き出す。
 孝子はしばらくきょとんとした様子でその場に立ち尽くしていたが、気を取り直して職員室へと歩みを始めた。
 そして、ふっと嬉しそうに瞳を細める。
「渚くんと私が、お似合いだなんて……それにあの瀬崎先輩も、すっごく格好良かったしっ」
 すっかり赤くなった頬に手を添え、孝子は興奮した様子で呟く。
 それからご機嫌な様子でタッタッと階段を下り、職員室の前へとやって来た。
 そして何気に顔を上げた彼女は、さらにその表情をパッと明るくさせた。
 その理由は。
「あっ、渚くんだっ」
 職員室の前にいた少年・相原渚の姿を見つけ、孝子は彼に駆け寄ろうとする。
 ……その時だった。
「清家先輩! こんにちはっ」
 渚は職員室から出てきたひとりの少女に、そう声をかけた。
「あ、渚くん。こんにちは」
 その少女・眞姫は、にっこりと可愛らしい顔に微笑みを浮かべ、渚の言葉に答える。
 渚は満面の笑顔を彼女に向け、嬉しそうに言った。
「嬉しいな、先輩と偶然会えちゃうなんて。最近忙しくて、なかなか先輩にも会いに行けなかったから。あ、また今度、一緒にお茶でも行きませんかっ?」
「そうね、今度また一緒にお茶しようね」
 栗色の髪をそっとかき上げ、眞姫は大きな瞳を細める。
 渚は眞姫の手をぎゅっと握ると、漆黒の瞳をキラキラと輝かせて頷いた。
「はいっ。僕、先輩とお茶できるならいつでも予定空けますからっ」
「ふふ、渚くんってばオーバーなんだから。じゃあまたね、渚くん」
「また改めてお話しましょうね、約束ですよ、先輩っ」
 眞姫は渚に優しく微笑むと、手を振って歩き出す。
 渚はペコリと頭を下げ、そして幸せそうな笑顔を浮かべている。
「……誰? あの人」
 そんなふたりの様子を遠目から見ていた孝子は、先程と全く表情を変えてそう呟いた。
 あんなに嬉しそうな渚の顔は、はじめて見たかもしれない。
 それに渚と喋っていた少女・眞姫は、同性の孝子から見てもとても可愛らしく、慎ましやかな雰囲気を持っているのが見て分かった。
 しかも、どう見ても渚の方が積極的に眞姫に話しかけていた。
 自分の時と眞姫に対しての渚の態度が少し違うことを感じた孝子は、無意識的に唇を噛む。
 そして持っていたプリントをギュッと握り締め、嬉しそうな渚の姿を見つめたままその場にしばらく立ち尽くしていたのだった。
 ――ちょうどその同じ頃、数学教室では。
「あの孝子ちゃんの様子やと、特に渚クンが今の段階で彼女に“邪”に関して話したり、何かしてるわけではなさそうや。それに孝子ちゃんからは“邪気”とか感じんかったし、“憑邪”に憑かれてるってわけでもなさそうやったしな」
「そうか……彼女から“邪気”が感じられなかったことは、この私も確認した」
 祥太郎から報告を受けた鳴海先生は、切れ長の瞳を彼に向けてそう言った。
 先日、渚と孝子が一緒に歩いている姿を目撃した祥太郎と健人は、そのことを鳴海先生にも報告していた。
 念のために何か裏がないかと、祥太郎は孝子に近づいて様子を探ったのであるが。
 彼女の話では、何か渚に特別なことを言われている様子はなかった。
 だが……。
「でもなぁ、何か気になるんよな。あの渚クンが、姫以外の女の子に何も打算なしで近づくなんてな。しかもあの孝子ちゃん、姫とは全くタイプ違う子やし」
 うーんと考える仕草をする祥太郎に、先生は相変わらず表情を変えずに淡々と口を開く。
「用心に越したことはない、今後も相原渚の動向から目を離すな。何かあったら、すぐに報告しろ」
 そこまで言って、一旦先生は口を噤む。
 それから、ふっと切れ長の瞳を細めて、続けたのだった。
「あの杜木のことだ……きっと“邪者”から、近々何らかの行動を起こしてくるだろう。だが、こちらも一歩たりとも引く気はない。清家の周囲に注意を払いながら、“邪者”の思惑を打破する。分かったな」




 ――その日の夕方。
 夕焼けに染まる繁華街を歩きながら、智也は隣の渚に目を向けた。
「あ、そうだ、渚。この間のつばさちゃんとのデート、どうだった?」
 ニッと悪戯っぽく笑う智也をじろっと睨み、渚はチッと舌打ちする。
「あ? どうもこうもないっての。もう、マジで地獄だったよ。つばさのヤツ、ケーキ奢ってもらってるくせにネチネチとウザいったらありゃしない。しかも、よりによって一番高いケーキ頼みやがって、ソッコー殺そうかと思ったよっ。ていうかそれよりも、どうやらよっぽど早死にしたいみたいだな、おまえ」
「あはは、つばさちゃんにじっくり説教されてるおまえの姿、見たかったよ」
「……むしろ、今ここでぶっ殺してやろうか? 智也」
 楽しそうに笑う智也の様子に、渚は気に食わない顔をして漆黒の前髪を鬱陶しそうにかき上げた。
 智也はそんな渚の肩をぽんっと叩き、それから腕時計に目を移す。
「まぁまぁ、今日は杜木様からお呼びがかかってるからやめとけ。ほら、行くぞ」
 そう言って目の前の喫茶店に入っていく智也に不服気な表情をしながらも、渚もその後に続いた。
 この日杜木は、“邪者四天王”全員に集合をかけていた。
 個人的に杜木から連絡があることは多い彼らであったが、四人揃って集められることは珍しい。
 智也は遅刻癖のある渚を連れて、指定された喫茶店に足を運ぶ。
 そしてひとりの青年の姿を見つけ、彼のいるテーブルへと近づいた。
「やあ、ふたりとも。こんにちは」
 甘いマスクにふっと笑みを浮かべ、先に来ていた四天王のひとり・鮫島涼介は軽く手を上げる。
「相変わらず胡散臭いよな、おまえって。めちゃめちゃマニアックだし」
 はあっとわざとらしく嘆息し、渚はそんな涼介の隣に座った。
 涼介は渚の言葉を気にすることなく、にっこりと微笑む。
「今度是非、君の“赤橙色の瞳”も僕にも見せてくれないかな、渚」
「あ? 冗談じゃないっての。おまえって何気にヤバイから、何するか分かんないし。マニアックな研究の実験台なんて御免だっての。綾乃で我慢しとけよ」
「綾乃もなかなか面白い子だよ。でも残念ながら、どうやら僕は彼女に嫌われてるみたいなんだけど」
 渚の毒舌にも全く構わず、涼介は楽しそうに笑みを浮かべた。
「よく言うよ、わざと綾乃を怒らせるようなことしてるのは誰だよ、涼介。ていうか、本当に揉め事は勘弁してくれよな……」
 智也は運ばれてきたお冷を一口飲み、心配そうにそう呟く。
 そんな智也に漆黒の瞳を向け、涼介はくすっと笑う。
「いつも大変そうだね、智也」
「いや、誰のせいだよ、誰の。おまえといい、渚といい、綾乃といい……我が強すぎなんだよ、おまえらは。少しは俺の身にもなれよな」
 テーブルに頬杖をつき、智也は大きく溜め息をついた。
 その時。
「こんにちは、みんな」
「はろー。あ、今日は珍しく早いじゃない、渚」
 店に入ってきたセーラー服姿のふたりの少女が、彼らに近づいてそう言った。
 渚は大きな漆黒の瞳を、そのうちのひとり・綾乃にじろっと向ける。
「ていうか遅すぎ、おまえ。誰に向かってそんな口きいてんだよ」
「本当によく言うわね、渚。あ、この間はケーキご馳走様」
 あからさまに作ったようににっこりと笑うつばさに、渚は気に食わない顔をする。
 そんな会話を聞いた後、涼介は綾乃にふっと笑みを向けて言った。
「こんにちは、綾乃。会いたかったよ」
「毎回思うけど、マジで殺していい? 今すぐこいつのコト」
「ったく、おまえらは……少しは落ち着けよな」
 相変わらずフレンドリーとは程遠い仲間たちに、智也はもう一度深く嘆息する。
 いつも通り異様な雰囲気のまま、全員がとりあえず席に着く。
 そして……その数分後。
 つばさはふと顔を上げ、漆黒の瞳を嬉しそうに細めた。
「杜木様……」
 そう彼女が呟いたと同時に、店の中にひとりの男が入ってくる。
 その瞬間、周囲の空気が印象を変えた。
 強大な“邪気”を感じ、集まっている全員の表情が無意識的に引き締まる。
 黒のスマートなスーツを身に纏ったその男・杜木慎一郎は、美形の顔に柔らかな笑みを浮かべた。
 それから、穏やかな印象の声で言ったのだった。
「全員揃っているな。待たせてすまなかったね」
 杜木はぐるりと全員を見回した後、つばさの隣の椅子に座る。
 つばさは隣の杜木の姿を見つめ、幸せそうに微笑む。
 そんなつばさの頭を優しく撫でた後、杜木はまず視線を渚に向けた。
「渚、強大な“負の波動”を感じた彼女について、まず君から報告を聞こう」
 杜木の前では猫をかぶっている渚は、先程とは全く印象を変えた可愛らしい声で答える。
「はい、杜木様。この間つばさに、例の彼女の“負の波動”を見てもらったんですけど、やはり“邪者”の素質が彼女にはあるようです。彼女とはクラスメイトなので毎日顔を合わせているんですが、やはり時々大きな波動を感じます」
「あんなに強大な“負の波動”を感じたのは久しぶりですわ。もしかしたら、“邪者四天王”クラスの“邪者”になるかもしれません」
 渚の言葉に付け加えるように、つばさは口を開いた。
 綾乃は興味津々な様子で、渚とつばさを交互に見る。
「うそっ、そんなに強い“負の波動”なんだぁっ。何かちょっと楽しみぃっ」
「興味深い研究対象が増えるかもしれないということだろう? 僕も楽しみだな」
 涼介も甘いマスクに笑みを浮かべ、何かを考えるように漆黒の瞳を細めた。
 智也は全員の様子を見てから、杜木の次の言葉を待っている。
 杜木は渚に微笑み、そしてこう続けた。
「渚。私とおまえと彼女で、近いうちにお茶でもしよう。そうだな、来週あたりにでもどうかな」
「僕はいつでも構いません、杜木様のご都合に合わせます。その時に、彼女に“邪者”のことを?」
「強大な“邪気”を持つ“邪者”が増えることは喜ばしいことだからね、私からもいろいろと彼女に話をしておこうと思って。それに……彼女が“邪者”にならなくても、十分に役に立ってくれるだろうし。またおって日時は連絡するよ、渚」
 ふっとそう言って深い漆黒の瞳を細めた後、杜木は通りかかったウェイトレスにコーヒーを頼む。
 それから改めて全員を見回し、ゆっくりと再び口を開いた。
「それで……今日、全員を呼び出した理由だが」
 微妙に杜木の声の雰囲気が変わったのを感じ取り、全員が口を噤む。
 そして少し間を取った後、杜木はこう続けたのだった。
「そろそろ、こちらから本格的に仕掛けようと考えている。“浄化の巫女姫”の能力も、すでに3つまで覚醒しているからな」
「眞姫ちゃんの、能力……」
 智也はそう呟き、複雑な表情をした。
「本格的に動き出すって、何をすればいいんですか? 杜木様」
 その綾乃の問いに、杜木は美形の顔に笑みを浮かべる。
 それから、彼女に優しい笑顔を向けて答えた。
「そうだな、まずは手始めに、お姫様の周囲の“能力者”に少々挨拶をしておこうかと。そこで“邪者四天王”の君たちに、ちょっとしたゲームを考えたんだが」
「ゲーム?」
 渚は相変わらず可愛らしく小首を傾げながら、大きな瞳をぱちくりとさせる。
 杜木はこくんと頷き、続けた。
「今までおまえたちには何度か“能力者”と対峙してもらったが、他の“能力者”の妨害にあったり別の目的があったりと、なかなかこちらの力を純粋に彼らに分かってもらう機会も少なかったからな。そこで今回は、同日同時刻に、彼らひとりひとりに我々から挨拶をしようかと思っている。どうかな? “邪者四天王”の誰が、どの“能力者”に挨拶に行くかは任せるよ」
「私たち“邪者四天王”が同日同時刻に、担当の“能力者”に仕掛けるってコトですね?」
 長い黒髪をふっとかき上げ、綾乃はスッと漆黒の瞳を細める。
 杜木はウェイトレスが来たために一旦言葉を切ったが、コーヒーを受け取ってひとくち口にした後、続けて言った。
「だが、こちらとしても“能力者”の排除以上にまだやらなければいけないことがあるため、下手に今の段階でおまえたちに深手を負わせるようなことは避けたい。よって、今回はルールを設けようと思っている」
「どんなルールですか?」
 智也は漆黒の瞳を杜木に向け、彼に聞く。
 カチャッとコーヒーカップをソーサーに置いてから、杜木は智也の問いに答えた。
「今回は、“能力者”と“邪者”の1対1のゲームだ。よって、他の者からの干渉があったらゲームオーバー、すぐに退くこと。これが条件だ。あとは、担当の“能力者”を殺すもどうするも、おまえたちの自由だ。今回のゲームの目的は、あくまで我々が動き出すことを“能力者”に知らせることだからな。それで数人“能力者”を始末できれば、尚よしと。そういうわけだ」
「同日同時刻に仕掛けるのも、他の干渉を受ける確率が低くなるからですね。面白そうだな」
 涼介はニッと口元に不敵な笑みを浮かべ、何かを考えるように腕組みをする。
 そんな涼介の楽しそうな様子に顔を顰めながらも、綾乃は気を取り直して全員を見回す。
「んじゃ、誰が誰に仕掛けるか早速決めましょっ。やっぱり公平に、あみだくじかな?」
 そう言ってカバンからペンとノートを取り出し、綾乃は線を5本引く。
 それから、ふと首を傾げて杜木に目をやった。
「あ、でも杜木様。彼らは5人だけど、私たち“邪者四天王”は4人なんですけど……」
 綾乃の言葉に、杜木はふっと笑う。
 そして、言ったのだった。
「大丈夫だよ、綾乃。私を入れれば、ちょうど5人だろう?」
「え? 杜木様……分かりました」
 杜木の思わぬ言葉に少し驚いた綾乃だったが、気を取り直して頷き、あみだくじを作成する。
 最後に5人の少年たちの名前を書いて見えないように折り曲げた後、綾乃は全員に言った。
「さ、どこにする? 杜木様は、どこにされますか?」
「私は余った場所で構わないよ、綾乃」
「んーじゃあ、綾乃ちゃんは真ん中にしようっと。みんなは?」
 綾乃は杜木の言葉を聞いた後、真ん中に自分の名前を書く。
 それから残りのメンバーも、思い思いの場所を選んだ。
 はたから見れば、和やかに何か今から楽しいゲームを始めるかのような雰囲気であるが。
 それがまさか、特殊能力を持つふたつの勢力の激しいぶつかり合いになるとは、当然周囲の誰もが想像もつかなかいことである。
 とはいえ、“邪者四天王”の彼らのとっては、これが楽しみなゲームであることは間違いない。
 元々横の繋がりが強い“能力者”と違い、馴れ合いの精神が一切ない“邪者四天王”にとって、ほかの四天王に対してのライバル意識も根底に強くあるのである。
 綾乃はもう一度何本かノートに横線を加えた後、ワクワクした様子で誰が誰に仕掛けるのかあみだくじを辿った。
 そして。
「俺の担当は、あの彼ってわけか。楽しみだな」
 結果を見て、智也はふっと笑う。
 綾乃も満足したように、漆黒の瞳を細めた。
「きゃあ、何か綾乃ちゃん、ものすごーく面白そうな彼に当たっちゃったぁっ。ふふ、楽しみぃっ」
「えーっと、僕はあの先輩か。ちょうどよかったよ、あの先輩に僕の力を思い知らせるいい機会だし」
 渚も漆黒の前髪をかき上げ、そう言った。
 涼介はニッと口元に笑みを浮かべると、本当に楽しそうに小声で呟く。
「これはこれは、僕は運がいいな。この彼に当たるなんて……この彼を殺したら、いろいろとさぞ楽しいことになりそうだ」
 つばさはそんな四天王の面々を無言で見つめた後、最後に想いを寄せる杜木へと視線を移した。
 そして、ふと意外な表情をする。
 目の前の杜木も、四天王の彼らと同じように、ゲームを心から楽しむかのような顔をしていたからである。
「杜木様?」
 思わず声をかけたつばさの言葉に、杜木は美形の顔に微笑みを宿し、こう言ったのだった。
「私にも嬉しい結果だよ、あの彼に当たるとはね。もしかしたら、あいつにもまた会えるかもしれないしな……今回のゲーム、私も楽しませてもらうよ」