――6月4日・土曜日。
 週休二日制の聖煌学園は、この日も学校で午前中だけ授業が行われていた。
 そして、あとはホームルームさえ終われば放課後という時間。
 数日前に渚に告白をした少女・孝子は、ご機嫌で女子トイレにいた。
 休み時間の女子トイレは、女の子たちでいつも賑やかである。
 ウキウキな様子で髪をセットしている孝子の様子に、彼女のクラスメイトは声をかけた。
「あ、孝子。そういえば、相原くんに告白したんだって? ねぇ、何て返事貰ったの?」
 クラスメイトのその問いかけに、孝子は嬉しそうに微笑む。
「まだよくお互いのこと知らないから付き合えないけど、まずは友達として私と仲良くしたいって言われたんだけど。でもねーっ、何と今日相原くんとふたりっきりで、お茶することになってるんだぁっ」
 きゃっきゃっとはしゃぐようにそう言って、孝子は少し興奮したように顔を赤らめた。
 その孝子の言葉に、クラスメイトも楽しそうに笑う。
「うそっ、マジで? それって、かなりいい感じじゃない!? もしかして、彼女候補ってコト?」
「やだ、彼女候補だなんて気が早いよぉっ。って、やっぱりそう思う!?」
 ミーハーそうな顔に満面の笑みを浮かべ、孝子は照れたようにクラスメイトの肩を叩く。
 クラスメイトは、そんな幸せ全開な孝子の言葉に頷いた。
「だって、告白された子と普通ふたりでお茶なんて、彼女候補とかじゃないとしないでしょ? ていうか、相原くんって頭もいいし、顔もジャニーズ系で可愛いし、いかにもミーハーでアイドル好きな孝子が好きになりそうよね」
「でしょ? もうあのお人形みたいな整った可愛い顔がど真ん中で好みだし、何と言っても学年で成績もトップよ、もうどうする!?」
 渚の本性がまさかああだとは知らない彼女らは、かなり興奮気味に話をしている。
 それから盛り上がるだけ盛り上がった後、クラスメイトと分かれた孝子は鏡と向き合い、気合を入れて肩までの茶色がかった髪を整えた。
 そして渚とのお茶に多大なる期待を膨らませながら、薄いピンクの口紅をスウッとつけ、大きくひとつ深呼吸をしたのだった。




 ――ホームルームも終わり、しばらく時間が経った放課後。
 数学教室で仕事をしていた鳴海先生は、ふっと手を止めて切れ長の瞳を細める。
 そして、おもむろに鳴り出した携帯電話に目を向けた。
 それから着信者を確認し、受話ボタンをピッと押す。
「……何か用ですか?」
『やあ、将吾。ご機嫌いかがかな?』
 相変わらず淡々と電話を取った先生に、彼の父・傘の紳士は笑った。
 先生は大きく溜め息をつき、呆れたように口を開く。
「何度も言うようですが、今は勤務中です。用件は何ですか?」
『相変わらずつれないな、将吾は。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに』
「用件は何ですかと私は言っているんです。聞こえませんでしたか?」
 厳しい口調でそう言う先生の言葉に、紳士は電話の向こうでくすくすと楽しそうに笑う。
 それから、柔らかな声で言った。
『本当に君は、晶に似て素直じゃないんだから。そういうところが可愛いんだけどね』
「……特に用がないのなら、もう切ってもいいですか?」
 はあっと大きく嘆息し、鳴海先生は父と同じ色をしたブラウンの髪をかき上げる。
 紳士はいつもの調子な息子とのやり取りを楽しんだように微笑み、改めて言葉を続けた。
『いや、用という用ではなんだけど……最近はどうかなと思ってね。“邪者”の動きは』
 父の声のトーンが微妙に変わったことを感じ取り、先生は少し考える仕草をする。
 それから、その問いに答えた。
「今のところは目立った動きはありません。ただ……杜木のことです、近いうちに何か動きを見せるでしょうね。向こうも四天王のひとりである相原渚が聖煌学園に入学したことですし、体制も整いつつあるでしょうから」
『そうか。では、動き出す“邪者”に対して、お姫様の騎士である“能力者”はどう動くつもりだい?』
 鳴海先生はその言葉に、ふっと切れ長の瞳を細める。
 そして、はっきりとこう言ったのだった。
「どう動くもありません。“邪者”に対して、こちらは一歩も退く気はないです」
『一歩も退く気はない、か……君らしい答えだね、将吾』
 紳士はそう言って小さく笑った後、再び口を開く。
『それで、最近のお姫様の様子はどうだい?』
「…………」
 鳴海先生は、父のその質問に言葉を切った。
 そして、ふと窓の外に視線を向ける。
 それと同時に爽やかな初夏の風が、ふわりと彼のブラウンの髪を撫でた。
 先生はもう一度髪をかき上げ、普段と変わらない声でようやく父の問いに答えた。
「清家の周辺も今はまだ落ち着いていますし、彼女の体調も特に気になるようなことはありません。とはいえ、彼女の“気”は相変わらず急速に成長しています……今後“邪者”が派手に動き出したら、その強大な“負の力”に触発されて、さらに覚醒が早まるかもしれません」
『彼女は“浄化の巫女姫”の5つの特殊能力のうち、すでに3つまで覚醒しているのだったよね』
「はい。“憑邪浄化”“邪気抑制”“邪気封印”、現時点で以上の3つの能力の覚醒を確認しています。次に覚醒する能力を考えたら……今まで以上に積極的に“邪者”が動いてくるのは確かでしょうね」
『完全覚醒まであとふたつ、か……』
 電話の向こうで、ふと紳士はそう呟く。
 先生はブラウンの瞳を伏せ、再び口を噤む。
 そんな先生の様子に、紳士は続けてこう言ったのだった。
『将吾、君は責任感の強い真面目な子だ。だが、これは君だけの問題ではない。ひとりで何とかしようなんて考えず、“能力者”の少年たち、そしてお姫様を信じてあげることも必要だよ。杜木くんとのあのことも、忘れろとは言わない。でも、君はあの時のあの行動を後悔していないのだろう? 自分を追いつめることはないんだからね』
「過去に何があったとしても……私は、“能力者”としての使命を果たすだけです」
 鳴海先生は自分に言って聞かせるようにそう言って、無意識にぐっと拳を握り締める。
 息子の心情を察してか、紳士はふっといつも通りの優しい声で笑った。
『仕事中に悪かったね、将吾。また家にも帰っておいで。私もひとりでは寂しいからね』
「分かりました。時間ができたら、また帰りますので」
『次に君と会えるのを、私も楽しみにしているよ。では、また連絡するよ』
 紳士はそう言って、電話を切った。
 先生も携帯電話をしまい、仕事に戻ろうとペンを手に取る。
「清家の完全覚醒まで、残りあとふたつ……」
 ふと何かを考える仕草をした後、先生はブラウンの瞳をふっと伏せた。
 それから気を取り直し、再び仕事を始めたのだった。
 ……その同じ時。
 息子との電話を終えて携帯電話を切った紳士は、上品な顔に複雑な表情を浮かべる。
 そして息子と同じ色を湛える澄んだブラウンの瞳を細め、呟く。
「あの子は母親に似て真面目だから、ひとりで何もかも抱え込もうとする……心配なんだよ、私は」




 ――同じ頃の、繁華街。
「まーまーっ、このハンサムくんと一緒なんやから、もう少し楽しそうな顔しようや、美少年っ」
「……だいたい、何で俺がおまえと一緒に帰らないといけないんだ?」
 わははっと楽しそうに隣で笑う祥太郎にじろっと青い瞳を向け、健人は深々と溜め息をつく。
 今日は眞姫が梨華と一緒に買い物して帰るというので、ひとりで下校しようとした健人なのだが。
 同じクラスである祥太郎に捕まり、何故か一緒に帰る羽目になっているのである。
「ていうか、昼飯何食おうか? せっかくのデートやから、やっぱ豪勢にマクドか?」
 その上、承知してもいないのに勝手に昼食を一緒に食べることにもなっているようだ。
「豪勢にマックってな、おまえがただマック食いたいだけなんだろう? ひとりで勝手に食ってろ」
 はあっと嘆息してそう言った健人に、祥太郎はニッと笑う。
「えっ、なになに、奢ってくれるって? いやー健人は美少年なだけやなくて太っ腹なんやなぁっ」
「祥太郎……寝言は寝て言え」
 冷静にそうツッこんでから、健人は歩く速度を速めた。
 祥太郎はすかさずそんな健人の腕を掴み、ハンサムな顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「冗談や、冗談っ。ほら、お互いひとりで飯ってのも寂しいやろ? たまにはええやん」
 大阪から単身出てきた祥太郎と、両親が今海外で仕事をしている健人は、確かに家に帰ってもひとりなのであるが。
 昔からそういった環境に慣れている健人にとっては、特に寂しいとも感じない。
 だが、別にひとりになりたいというわけでもなかったので、健人は祥太郎の申し出に渋々頷いた。
「分かったから、腕掴んでる手離せ」
「あーはいはい。照れ屋さんなんやから、健人は」
 からかうようにそう言う祥太郎に、健人は再び大きく嘆息する。
 そんな健人を見て、祥太郎は楽しそうに笑った。
「たっくんと健人は、からかうと反応が単純で楽しいわ」
「……悪かったな、単純で」
 ムッとしたような表情をして、健人はスタスタと賑やかな繁華街を歩き出した。
 そんな健人に少し遅れて、続いた祥太郎だったが。
「健人、あそこちょっと見てみい。もしかして、あれって……」
「え?」
 ふと何かを見つけた祥太郎は、健人を引き止めて別の場所に目を移した。
 健人は祥太郎の言葉に足を止めると、彼の指差す方向に視線を向ける。
 そしてブルーアイを細め、呟いたのだった。
「……相原?」
「やっぱあの毒舌な渚クンで間違いないよな、あれって」
 祥太郎が見つけたのは、後輩であり“邪者四天王”のひとりでもある相原渚だった。
 しかも、彼はひとりではなかった。
「あの隣におる子、まさか渚クンの彼女なわけないよな……渚クン、姫にちょっかいかけまくりやし」
 渚の隣で嬉しそうに笑うひとりの少女の姿を見て、祥太郎はうーんと考える仕草をする。
 健人は神妙な顔をして、渚とその少女・孝子の姿を見つめた。
 渚の隣にいる孝子は、見た感じからも眞姫とは全くタイプの違う印象を受ける子である。
 大人しそうでほんわかとした雰囲気の眞姫とは違い、孝子はいかにもミーハーでキャピキャピとしているのが見た目だけでも分かる。
 祥太郎は渚の隣を上機嫌で歩く孝子をじっと見て、腕組みをした。
「何か妙に気になるわ……あの彼女、うちの学校の制服着とるよな。1年か?」
「おまえが知らない女の子なら、1年なんじゃないか?」
 ちらりとそう言って青い瞳を向ける健人に、祥太郎は苦笑する。
「それって何か、俺が女の子に節操ないみたいやんか。俺はめっちゃヤバイくらい姫一途やで? でもまぁ、確かに俺のチェックしてない子ってコトは間違いなく1年やろうけどな」
「……認めてるのかそうじゃないのか、どっちだよ」
 冷たくそう一応ツッコんでから、健人はもう一度渚たちに視線を向けた。
 それから金色に近い髪をかき上げ、ふっと綺麗なブルーアイを細めたのだった。
 ……そんな、先輩たちに見られている事も知らず。
 テンションが高めの孝子に、渚はにっこりと可愛い笑顔を向ける。
「今日はとても楽しかったよ、明石さん。またふたりでお茶しようね」
「あっ、うんっ。私もすごく楽しかったよ。また、絶対一緒にお茶しようねっ」
 自分に向けられた渚の視線にドキドキしながら、孝子は大きく頷く。
 そして、勢いにまかせるように言葉を続けたのだった。
「あっ、それから、私のことは孝子って名前で呼んでくれていいからっ、ね?」
「じゃあ僕のことも渚でいいよ、孝子ちゃん」
 これでもかというくらいに甘い声でそう言って、渚は得意の作った微笑みを彼女に返す。
 早速名前で呼ばれ、孝子は耳まで真っ赤にした。
 そして、照れたように言ったのだった。
「あ、今から渚くん、用事あるんだよね……お茶できて、本当に楽しかったよっ。じゃあまた、月曜日学校でねっ」
「うん。またね、孝子ちゃん」
「う、うんっ。またね、渚くん!」
 嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、孝子はゆっくりと歩き出す。
 それから、ちょうど目の前にあった地下鉄の入り口へと入っていったのだった。
 孝子の姿が見えなくなるまで、渚は微笑みを絶やさずに手を振って見送る。
 孝子はそんな渚を何度も振り返り、大きく手を振り返していた。
 そして彼女が見えなくなった、その瞬間。
「はあぁっ、もうめちゃめちゃ疲れたし……っ」
 大きく溜め息をつき、表情を一瞬にして変えた渚は、大袈裟にガクリと肩を落とす。
 それから、ちらりと背後に目を向けた。
「それで、どーだった? こーんなにこの僕が頑張ったんだから、ちゃんと観察したんだろうね?」
「何を偉そうに。いつも手を抜いているんだから、少しは“邪者”らしいことをして当たり前よ。それに私は貴方じゃないんだから、ちゃんと仕事はするわ」
 いつの間にか渚の背後に姿をみせた少女・つばさは、じろっと彼を見てわざとらしく嘆息する。
 そんな彼女の言葉に、渚はチッと舌打ちをした。
「うっるさいなぁ、ったく。だから、つばさとふたりなのはイヤなんだよね」
「あら、そんなこと言うの? 一体私が、誰のために今回時間を割いてあげたと思って?」
 冷めた視線を向けてそう言われ、渚は面白くなさそうな顔をする。
 昔から渚は、自分のことを的確に説教するつばさのことが苦手なのであった。
 渚はスタスタと歩きながら、気に食わない表情のままつばさに聞いた。
「それで、どうだったかって聞いてるだろ。ちゃんと僕の話、聞いてんのかよ」
「そう言う渚こそ、いつも私の話を聞いているのかしら? 何度言っても改まらない自己中心的で迷惑な性格、早く正して欲しいんですけど。特に時間に遅れるルーズなところ、どうにかならないのかしら?」
「それは……僕はおまえらと違って、いろいろ忙しいんだよっ。あーもうっ、うるさいっ」
 返す言葉が見当たらず、渚はふいっとつばさから視線を逸らす。
 そんな渚を見てふうっと一息ついた後、つばさはゆっくりと口を開いた。
「それで、今回の結果だけど。渚の言った通り、あの彼女から強い“負の波動”を感じたわ。“空間能力者”でもない貴方がすぐに気が付くくらいだから、当然といえば当然なのだけど……あんなに強い“負の波動”は久々ね。彼女、“邪者”の素質が十分過ぎるくらいあるってことになるわ」
「やっぱりな……ていうか、もーう何で気がついちゃったんだろ。あー面倒くさすぎっ。それにあの明石さんって、妙にテンション高いしペチャペチャ喋りまくりだし、一緒にいるとストレス溜まるよっ。僕は清家先輩みたいな慎ましやかな人が好きなのに……んじゃそーいうコトで、やっぱり僕、この件から手を引くから」
「言っておくけど、貴方のそのいい加減さに私もかなりストレス溜まってるんですど? それにもう杜木様には前もって報告してあるから、逃げようとしても無駄よ」
「げっ、もう杜木様に報告してんの!? “負の波動”が本物かどうか、それ確認してから報告でもいいだろ? ったく、余計なコトしやがって」
 ブツブツそう言う渚に、つばさはちらりと時計を見る。
 それから、にっこりと作ったように漆黒の瞳を細めて微笑んだ。
「じゃあ今から約束通り、駅前の“sasanqua”のケーキ、奢ってもらうから」
「……は? イキナリ何意味不明なコト言ってんの、おまえ」
 身に全く覚えのない約束事を急に言われて、渚は眉を顰めて首を傾げる。
 そんな渚の様子にお構いなしで、つばさはこう続けた。
「何って、智也が言ってたわよ。“sasanqua”のケーキを渚が奢るって言ってるから、今回協力してやってくれってね」
「……っ、智也のヤツ! しかもよりによって、あの高級洋菓子店のケーキかよっ」
 いつも好き放題している渚にお灸を据えると言わんばかりに、智也は渚に頼まれてつばさに連絡を取った際、そう勝手に言っていたのである。
「さ、早く行きましょ、渚」
「ちょーっと待てっ! 何で僕がおまえにっ。智也が勝手に言ったんだ、あいつに奢ってもらえよなっ」
「あら、今回だけじゃなくて貴方から被った迷惑は数え切れないくらいあるでしょ? あそこのケーキくらいじゃ帳消しにならないわよ。それとも、忘れたって言うならひとつひとつ言ってあげましょうか? 貴方からかけられた迷惑」
「あーもうっ、分かったよっ! 奢るから黙ってろ、むしろ奢るから、これから一文字も喋るなっ。くそっ、智也のヤツ……覚えてろよっ」
 つばさには逆らえない渚は、諦めたようにそう言ってザッと漆黒の前髪をかき上げた。
 不服そうな顔をしてスタスタと歩きだした渚に続いて、つばさも歩を進める。
 それから、ふっと漆黒の瞳を細めて口を開いた。
「あ、そうそう。もうひとつ、貴方に言っておかなきゃいけないことがあったわ」
「あ!? 一文字も喋んなって言っただろっ」
「そういう態度取っていいと思っているの、渚?」
「……何だよ、言っとかなきゃいけないことって」
 じろっと視線を向けられ、渚はチッと舌打ちして口を噤む。
 大人しくなった渚の様子を確認してから、そしてつばさは続けた。
「貴方とあの彼女がふたりで歩いている姿、“能力者”に見られたみたいよ? 貴方たちの気配のすぐそばに、“能力者”の気配が一時あったもの」
「“能力者”? “能力者”の誰だよ」
 ふとその言葉に立ち止まり、渚はつばさを振り返る。
 つばさはようやく先を歩いていた渚に追いつき、それから彼の問いに答えた。
「気配からして、あの瞳の青い“能力者”と、綾乃と仲のいい“能力者”よ」
「蒼井先輩と瀬崎先輩か……ま、別に見られたってどーでもいいけどね。だって、“邪者”の素質がある人から感じるって言われてる“負の波動”って、“邪者”しか感じないもんなんだろ? 別に僕が女の子と歩いてたってくらいじゃ、どうってことないし」
 一瞬考える仕草をした渚だったが、特に気にしていないようにそう言った。
 そんな渚の様子につばさはふうっと溜め息をついてから、思い出したように口を開く。
「まぁ、貴方がそう言うなら構わないけど。そうそう、水曜日の四天王の収集は杜木様もいらっしゃるんだから、くれぐれも遅れないようにしていただきたいわ」
「あーもう、分かってるってのっ! いちいちおまえは、うるさすぎなんだよっ」
「うるさく言っても懲りないのは、一体誰かしら?」
「……ケーキ食べに行くんだろ、奢るからもうそれ以上喋るなっての」
 思い切り気に食わないように顔を顰め、渚は再び足早に繁華街を歩き出した。
 そしてつばさも微かに風に揺れる漆黒の髪をそっとかき上げて、そんな渚の後に続いたのだった。