その頃――聖煌学園高校。
 職員室を出た鳴海先生は、数学教室へと続く廊下を歩いていた。
「…………」
 だが、ふと夕焼け色に染まった窓の外に切れ長の瞳を向け、先生は何かを考えるような仕草をする。
 それからすぐにその顔を上げ、目の前に現れたひとりの生徒に視線を移した。
「鳴海先生。ボーイズ全員が、“邪者四天王”の足止めに成功したみたいだね。王子も今から、お姫様の元へ行くよ」
 優雅な微笑みを湛え、その少年・詩音は先生にそう告げる。
 鳴海先生は相変わらず表情を変えず、そんな詩音に言った。
「詩音、私からの指示は分かっているな」
「もちろんだよ、鳴海先生」
 にっこりと穏やかな笑顔を先生に向け、詩音は色素の薄い前髪をかき上げる。
 先生はふっとひとつ小さく息をついた後、続けて口を開いた。
「今回おまえたち“能力者”は手を出すな。すべて、“浄化の巫女姫”である清家にやらせろ。分かったな」
「分かってるよ、王子はお姫様のサポートをすればいいんだろう? それよりも先生、訊きたいことがあるんだけど」
 鳴海先生は詩音の言葉に一瞬眉を顰めたが、特に何も言わず彼の次の言葉を待つ。
 そんな様子をちらりと見た後、詩音は先生にこう訊いたのだった。
「ねぇ、先生。今まで先生は、なるべくお姫様の能力を使わないように事を収拾してきたよね。でも、今回の指示は違う。王子の考えが間違っていなかったら、それってもしかして……」
「詩音」
 詩音の言葉を途中で遮るように、先生は彼の名を呼ぶ。
 そして、威圧的な声で言葉を発した。
「黙れ。余計なことは言うなと、いつも言っているはずだ」
 射抜くような視線を向ける先生とは対称的に、詩音はふっと笑みを浮かべる。
 それから、いつもの柔らかな表情で先生に言った。
「一応、王子もその辺は心得ているつもりなんだけどな。だからボーイズもお姫様もいない時に訊いたんだよ、先生」
「確かに今までは清家の身体への負担を考え、彼女の能力を使用することを極力控えてきた。だがすでに“邪者”も動き出し、清家の能力も第三段階まで覚醒を完了している。そして彼女自身も、自分の運命を受け入れると言っている。以上のことを踏まえ、私は今回の指示を出した……これで満足か?」
 鳴海先生は詩音にそれだけ言うなり、再び数学教室へと歩き出した。
 色素の薄いブラウンの瞳を細め、詩音は微笑みを絶やさないまま小さく嘆息する。
「王子が満足していてもいなくても、先生はそれ以上何も言うつもりはないんだろう? それに心配しなくても、僕は貴方の指示に背くつもりもないし、ボーイズやお姫様に何か特別言うこともないよ」
「……くだらないことを言っている暇があったら、早く指示通りに動け」
 先生は切れ長の瞳を詩音に向けてそう言い放ち、詩音を残してその場を去る。
 そしてそんな先生の後姿を見送った後、詩音もゆっくりと歩みを進めたのだった。




 ――その、同じ頃。
 ひとり公園に足を踏み入れた眞姫は、大きく瞳を見開いてピタリと足を止めた。
 周囲には異様な“邪気”が立ち込めており、その波動は乱れていて不安定である。
 そして、その“邪気”の源は。
「……渚、くん?」
 肩で荒い息をしながら、孝子はその顔を上げる。
「明石さん……」
 目の前で苦しそうな表情を浮かべる孝子に、眞姫は心配そうな視線を向けた。
 まだ完全に“邪”と同化していない今の彼女の身体には、大きな負担がかかっているのだから。
 逆に孝子は、思わぬ眞姫の出現に驚いた顔をしている。
「えっ、貴女は……清家先輩!?」
 どうして彼女がここにいるのだろうか。
 自分が呼び出したのは、渚のはずなのに。
 そう孝子は思いながらも、目の前の眞姫に目を向ける。
 頭も良くて、女の子らしくて、可愛くて。
 自分とは全くタイプの違う、穏やかで柔らかな雰囲気を持つ少女。
 そして……自分の大好きな渚の、想い人。
 ――その時だった。
「!」
 眞姫はハッと顔を上げ、表情を変える。
 目の前の孝子の“邪気”が、その大きさを突然増したのだった。
「“邪者”になれば、私だって渚くんと同じに……っ!」
 ギリッと歯を食いしばり、孝子は眞姫を見据える。
 そんな彼女の瞳に宿るのは――嫉妬という、醜い感情。
 眞姫は大きく首を振り、孝子に声を掛けた。
「明石さん、待って! 私は、貴女を助けにここに来たの」
「助けに……助けにって、私を? 先輩が、助ける?」
「そうよ。貴女の中の“邪”を、今外に出してあげるから」
 そう言って眞姫は、孝子に一歩近づこうとした。
 ――だが。
「近寄らないでっ!!」
 孝子はグッと手のひらを握り締め、眞姫にそう言い放つ。
 それから再び乱れ始めた呼吸を必死に整えながら、言ったのだった。
「私の中の“邪”を、外に出すですって? そんなこと……そんなこと、させないんだからっ!!」
「……!」
 孝子の纏う漆黒の“邪気”が大きく膨れ上がり、眞姫はゾクッと背筋に鳥肌が立つのを感じる。
 その次の瞬間、孝子の掌から強大な漆黒の光が放たれたのだった。
 自分目がけて繰り出された衝撃に、眞姫は瞳を大きく見開く。
 だが何かを決意したように漆黒の光を見据えると、小さく深呼吸をした。
 そして。
「……っ!?」
 衝撃を放った孝子は、驚いたような表情で目の前の眞姫を見つめる。
 孝子の繰り出した漆黒の光が――眞姫の両手に、しっかりと受け止められていたからである。
 眞姫は慣れない衝撃の重さに顔を顰めながらも、意識を集中させて“気”を漲らせる。
 それと同時に、彼女の身体からカアッと神々しい輝きが溢れ、周囲を包み込んだ。
 強大な彼女の“気”が漆黒の光を飲み込む。
 そしてその威力を、跡形なく浄化させたのだった。
 “邪気”を浄化させることに成功してふっと息をつき、それから眞姫は改めて孝子に目を向ける。
「明石さん。私は貴女に“邪者”になって欲しくないの。貴女自身が“邪者”になると決めたとしても、これ以上多くの人が争いに身を投じなくてはならない状況を作りたくない。だから私は、貴女の身体から“邪”を引き離します」
 孝子は自分を真っ直ぐに見つめる眞姫に、何も言えずにいた。
 柔らかで優しい彼女の雰囲気は、全く変わらないのに。
 今の彼女からは、凛とした強い決意の光を感じる。
 だが孝子は気を取り直すかのように、大きく首を左右に振った。
 少しでも大好きな渚に近づきたいと、そのために“邪者”になると、自分は決めたはずだ。
 そう思い直し、孝子は再びその手に漆黒の光を宿す。
「明石さん……」
 眞姫は孝子のそんな様子を見て、一瞬悲しそうな表情を浮かべた。
 それから大きさを増す“邪気”にも怯まず、ゆっくりと孝子に近づく。
「来ないで! 近づかないでよっ!」
 孝子はキッと眞姫に視線を投げ、衝撃を繰り出そうと“邪気”を漲らせた。
 ――その時。
「あ……っ!」
「えっ!?」
 眞姫と孝子は、同時にその顔を上げる。
 周囲の風景が、途端にその表情を変えたのだった。
 眞姫はその場に張られた“結界”を見回した後、背後を振り返る。
「夢の国の王子の登場だよ、お姫様」
 にっこりと眞姫に微笑み、“結界”を張った詩音は彼女のそばに歩み寄る。
 眞姫はそんな詩音に笑顔を返したが、すぐに表情を引き締めて彼にこう言ったのだった。
「詩音くん、来てくれてありがとう。でもね、これは私がやるべきことだから」
「分かっているよ、僕の愛しいお姫様。王子がちゃんとお姫様のことを見守っているから、行っておいで」
 眞姫の髪をそっと撫でてから、詩音は優しくブラウンの瞳を細める。
 眞姫はこくんと頷くと、再び孝子に視線を向けた。
 そして、ゆっくりと彼女の方へと歩き出す。
「来ないでって、言ってるでしょうっ!? 来ないでっ!」
 孝子は動揺の色を隠しきれず、闇雲に漆黒の衝撃を放つ。
 だがその光は目標の眞姫から大きく外れ、詩音の作り出した“結界”の壁にぶつかって大きく弾けた。
 眞姫は孝子の目前までやって来て、ピタリと足を止める。
 それから、孝子の手をそっと取った。
「……っ!」
「!!」
 眞姫の“気”と孝子の“邪気”が触れ合い、一瞬バチッとプラズマがはしる。
 痺れるような感覚を覚えつつも、眞姫はしっかりと握った孝子の手を離さなかった。
 そして、孝子を安心させるような柔らかな声で言った。
「貴女の“邪”を、身体の外に出すから。大丈夫、私を信じて」
 ――その、次の瞬間だった。
「!」
 じっと状況を見つめていた詩音は、ふと表情を変える。
 目の前の眞姫から……眩く大きな光が弾けるのを、強く感じたからだった。
 周囲に漂っていた“邪気”が、その神々しい眞姫の“気”に飲み込まれる。
 ――そして。
 ドサッと音がしたかと思うと、孝子の身体が地に崩れ落ちたのだった。
 眞姫はブラウンの髪をかき上げて小さく息をついた後、おもむろに視線を宙に向ける。
 そんな彼女のブラウンの瞳に映っているのは。
 孝子の身体の中に取り込まれていた、“邪”の姿。
 詩音は眞姫の“憑邪浄化”の能力によって“邪”が孝子の身体から離れたことを確認し、一歩足を踏み出す。
 だが、その時だった。
「詩音くん、お願い。最後まで私にやらせて」
 眞姫は詩音を振り返り、そう彼に声を掛ける。
 少し考える仕草をした後、詩音は再び動きを止めた。
 眞姫は視線を“邪”に戻すと、大きく息を吐く。
 精神を集中させ、ゆっくりと彼女はその手に“気”を漲らせた。
 それから、まだぎこちないながらも慎重に“気”を高めて狙いを定め、漆黒の“邪”目がけて“気”の衝撃を放つ。
 刹那――詩音の“結界”内を、神々しいまでの輝きが支配した。
 その後すぐに、シンとした静寂が訪れる。
 そして……眞姫の“気”によって、孝子の身体に取り込まれていた“邪”は完全に消滅したのだった。
 眞姫は周囲から“邪”の気配が消えたことを確認し、自分を見守っていてくれた詩音に目を向ける。
 彼女に微笑みを返した後、詩音は周囲に張った“結界”を解除した。
 それから眞姫のそばに近づき、労うように彼女の頭を撫でる。
「よく頑張ったね、僕のお姫様」
「よかった、“邪”を浄化できて……明石さんが、“邪者”にならなくて」
 ホッとしたように、眞姫はようやくその表情を緩めた。
 詩音は眠ったように地に倒れている孝子に目を向けた後、ふと背後を振り返る。
 その時だった。
「姫っ!」
「……姫!」
「姫、詩音っ」
 詩音の“結界”が解除されて眞姫が“邪”を消滅させたことを感じ取り、“邪者四天王”の足止めをしていた“能力者”たちが彼女の元へ駆けつける。
 眞姫はやって来た健人と准、拓巳ににっこりと微笑んだ。
「姫、よくやったなっ」
 拓巳は彼女の頭にポンッと手を添え、ニッと笑う。
「頑張ったね、姫。怪我とかない?」
 彼女を気遣うように、准は優しい声で眞姫にそう声を掛けた。
「お疲れ、姫。姫ならできると思ってた」
 ブルーアイを細め、健人はくしゃっと彼女の頭を撫でる。
 詩音はそんなやり取りを微笑ましく見つめながら、ふっとブラウンの髪をかき上げた。
 だが――次の瞬間。
「!!」
 一斉に少年たちは顔を上げ、眞姫の盾になるように位置を取った。
 そんな彼らの、見据える先には。
「あらら、孝子ちゃんの“邪”、綺麗に浄化されちゃったみたいだね。さすが眞姫ちゃん」
 地に倒れている孝子の身体を抱え、その場に現れた智也は眞姫に微笑む。
 智也と一緒に来た涼介は、険しい表情の“能力者”たちを見回した。
「そんな怖い顔しないでよ。僕たちは、ただこの彼女を迎えに来ただけだから」
「明石さんを、どうする気なの?」
 眞姫は智也と涼介を交互に見ながら、彼らにそう訊く。
 そんな眞姫の問いに、智也は苦笑して答えた。
「大丈夫だよ、眞姫ちゃん。心配しなくても、孝子ちゃんに危害を加えたりしないよ。涼介が何か良からぬことしないように、ちゃんと俺が見張ってるからさ。信じてくれるかな?」
 智也のその言葉を聞いて、涼介は楽しそうに笑う。
「ひどいな、僕が何かいつも良からぬことをしているみたいじゃないか」
 智也は漆黒の瞳を涼介に向けた後、再び眞姫へと視線を戻した。
 そして、もう一度彼女に言った。
「孝子ちゃんには悪いようにしないって、誓って約束するよ。俺のこと、信じてくれる?」
 眞姫はじっと智也を見つめ、考える仕草をする。
 それから、こくんと頷いた。
 智也はそんな眞姫の様子を見て、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ありがとう、眞姫ちゃん。じゃあ、またね」
 智也はそう言って、孝子を抱えたままスタスタと歩き出した。
 それに涼介も続き、“邪者”のふたりは眞姫たちの前から姿を消したのだった。
 眞姫はそんな智也たちを、黙って見送った。
 孝子に悪いようにはしないと言う智也の瞳は、嘘をついているようには思えなかった。
 それに孝子の身体に取り込まれた“邪”は、浄化させることができたのだから。
 眞姫は風に揺れるブラウンの髪をそっと耳にかけ、ふっと息をつく。
 そして自分を優しく見守っている“能力者”たちを振り返り、ようやく笑顔を見せたのだった。




 ――同じ時、繁華街の喫茶店。
 お気に入りのケーキをひとくち口に運んでから、綾乃は目の前の祥太郎にふと訊いた。
「祥太郎くんは、眞姫ちゃんのところに行かなくていいの?」
 祥太郎は綾乃にハンサムな笑顔を向け、彼女のその問いに答える。
「まぁ、今行ってもほかのやつらもおるやろうし。どうせなら、姫とふたりきりで抜け駆けした方がずっとオイシイしな。そういう綾乃ちゃんこそ、“邪者”のお仕事はいいんか?」
「んー、綾乃ちゃんが行かなくても、ほかの四天王が後処理してるんじゃなーい?」
 暢気にそう言って、綾乃はアイスティーを飲む。
 祥太郎は無邪気にケーキを食べている綾乃を見つめながら、ふと小さく息をついた。
 つい先程、詩音の“結界”の中で、眞姫のものであろう“浄化の巫女姫”特有の大きな“気”を感じた。
 そのことから察するに、“憑邪浄化”を発動させた眞姫が、孝子の“邪”を消滅させることに成功したのだろう。
 だが、同時に祥太郎は複雑な気持ちも抱いていた。
 その理由は、綾乃から聞いた今回の“邪者”の思惑。
 眞姫が孝子の“邪”を浄化しても、“邪者”にとっては何の問題もないというのだ。
 今回は孝子が“邪者”になることこそ叶わなかったが、その変わり“浄化の巫女姫”の能力覚醒を促すきっかけを作り出すことができた。
 すなわち、孝子が“邪者”になってもならなくても、“邪者”の思惑通りなのだから。
 孝子が“邪者”になるのを防ぐという、“能力者”の目的も達成されたことには変わりないのだが。
 祥太郎はこの時、“邪者”のしたたかさを感じていたのだった。
 綾乃は美味しそうにケーキを頬張りつつも、微妙に表情の変化している祥太郎を何気に見つめる。
 そして漆黒の瞳を細め、ふっとその顔に笑みを浮かべたのだった。
 ――その頃。
「ていうか、綾乃のやつはどうしたんだよ。もしかしてあいつ、サボリ?」
 智也と涼介に合流した渚は、あからさまに顔を顰める。
 智也は抱えていた孝子を近くのベンチへと降ろし、渚に言った。
「綾乃のことだから、あの仲のいい関西弁の“能力者”とお茶でもしてるんだろ」
「瀬崎先輩と? ま、別に綾乃のヤツがいてもいなくても、どーでもいいけど」
 渚はわざとらしく嘆息し、ザッと前髪をかき上げる。
 そんな渚に、涼介は訊いた。
「渚、今から彼女の“邪者”に関する記憶を消そうと思うんだけど、どのくらいの時期から記憶を消して欲しいか、要望はあるかい?」
「記憶を操る特殊能力なんて、胡散臭いおまえにぴったりだよな、涼介」
 相変わらずな渚の言葉にも構わず、涼介は甘いマスクに微笑みを浮かべる。
「そんなに便利な能力でもないよ、渚。今の彼女のように完全に意識を失っている人間の記憶しか消せないし、開発した薬を使ってコントロールしないと細かい調整がきかないしね。それよりも僕は、君の“赤橙色の瞳”の方が興味あるな」
「おまえのヤバイ研究に付き合うなんて、真っ平御免だよ」
 渚はそう言い捨てた後、少し考える仕草をした。
 そして、続けて涼介に言ったのだった。
「それで、明石さんの記憶なんだけど。1ヶ月分くらい消せば十分なんじゃない?」
 渚は孝子にちらりと視線を向け、漆黒の瞳を細める。
 1ヶ月分記憶を消せば、自分にとって都合がいいと渚は考えたのだった。
 孝子が渚に告白してきたのは、今月の初めくらいだったのだから。
 涼介は渚の言葉を聞いてから、おもむろに1錠の薬を取り出す。
 そしてそれを眠るように意識を失っている孝子に飲ませると、その手に漆黒の“邪気”を宿したのだった。




   




 孝子の“邪”が浄化されて、数日。
 孝子の記憶からは、“邪者”のことはもちろん、眞姫たち“能力者”に関することも綺麗に消えていた。
 そして渚は、孝子の世話から開放されて清々としていた。
 だが、もちろんそんな姿は微塵もみせない。
 得意の作り笑顔を振り巻き、相変わらず本性を隠しつつ学園生活を送っていた。
 ――そんな、ある日の放課後。
「あのっ、相原くんっ!」
 廊下を歩いている途中に誰かに声を掛けられ、渚はおもむろに振り返る。
 その後、相手に気づかれない程度にふと表情を変えた。
 そして……渚を呼び止めた、その人物とは。
「どうしたの、明石さん?」
 渚は目の前に現れた孝子に、にっこりと作った微笑みを向ける。
 そんな渚のジャニーズ顔にドキドキと胸をときめかせながら、孝子は頬を赤らめた。
 それから周囲に人がいないのを確認すると、意を決したように彼にこう告げたのだった。
「あのね、相原くんっ。私ね……相原くんのことが、ずっと好きだったの。よかったら、私と付き合ってもらえませんかっ」
 耳まで真っ赤にさせながら、孝子は一生懸命渚に告白した。
 これが二度目の告白だとは、言った本人は知らずに。
 渚は少し考え、そしてつぶらな漆黒の瞳を細めた。
 それから優しげな猫撫で声で、彼女の告白にこう答えたのだった。
「明石さん、気持ちはすごく嬉しいよ。でも僕、ほかに好きな人がいるんだ。だから君の気持ちには応えられないよ、ごめんね」
「好きな人……そっか、ほかに好きな人がいるなら仕方ないね。私こそ、ごめんね」
 孝子ははっきりと告白を断られ、瞳いっぱいに涙を溜めつつも無理に笑顔を作る。
 だがその後すぐ、失恋の涙を堪えることができずに、渚の前から逃げるように去っていったのだった。
 渚はそんな彼女の後姿を見送り、ふうっとひとつ嘆息する。
「これでやっと、完全に今回の仕事から解放されたってカンジ? あ、僕の清家先輩、まだ学校にいるかな?」
 そう呟いて、渚は想いを寄せる眞姫に会いに2年Bクラスの教室へと歩き出した。
 そして青から赤へと空を染め始めた夕陽が、そんな彼の漆黒の髪をほのかに照らしたのだった。







第9話「Twilight Game」あとがき