――場所は、聖煌学園高校の中庭。
日も暮れ始めた中庭には、すでに誰の姿もないように思えた。
だが、そこに形成されているのは……選ばれた人間にしか感じることのできない、特別な空間。
そして、その中にいるのは。
「!」
バチィッと大きく光が弾け、周囲に衝撃音が轟く。
渚は赤橙色を帯びた瞳を細め、わざとらしく大きな溜め息をついた。
「何でそう、瀬崎先輩の“気”って無駄に派手なんですか? ウザイのは、その面白くない関西弁だけにしてくださいよ」
「本当に可愛気のカケラもない後輩クンやな。それにな、知っとったか? 数年後には関西弁が日本の標準語になるんやで」
渚の煽りにも乗らず、祥太郎はハンサムな顔にニッと笑みを浮かべる。
そんな祥太郎の言葉に、渚は呆れたように大きく嘆息した。
「あー不愉快なくらい面白くないし。ていうか、日本語に黙るっていう言葉があるの、知ってます? ということで、いい加減口噤んでもらえませんか?」
「よう言うわ。あまり生意気な口叩いとるとな、ハンサムな先輩がオシオキするで?」
ふっとその掌に“気”を漲らせ、祥太郎は逆手で前髪をかき上げる。
そして集結した光の塊を、渚目がけて放とうとした。
――その時。
「……!」
渚はふと赤橙の瞳を祥太郎から逸らし、眉を顰める。
祥太郎もピタリと動きを止め、渚と同じ方向に目を向けた。
その視線の先にあるは、あるひとりの少年の姿だった。
「何、余計なコトしに来たんですか? 芝草先輩」
あからさまに嫌な顔をし、渚は新たに“結界”に現れた少年・准に言った。
「何って、異様に僕の神経に障る“結界”が中庭に形成されてたからね。また君が、何か余計なことをしてるんだろうなって思って来てみたんだよ、相原くん」
それから准は、ふっと表情を変えてこう続ける。
「ていうか、君たち“邪者”の目的はもう分かっているよ。あの明石さんを、“邪者”にしようとしているんだろう?」
「なっ、孝子ちゃんを“邪者”に!?」
初めて“邪者”の目論みを知った祥太郎は、准の言葉に驚いた声を上げた。
逆に渚はふっと赤を湛える瞳を細めた後、口元に笑みを浮かべる。
「だから? それが分かったからって、どうだっていうんですか? てか、それが分かってて僕のところに来るなんて、見当違いもいいトコですよ。瀬崎先輩にも言いましたけど、僕はぶっちゃけ囮だし。もう今頃、明石さんも“邪者”になってるかも」
「やっぱり、明石さんを“邪者”にするのが“邪者”の目的か。君が囮だってことも、とっくに分かってるよ。それに“能力者”は、僕と祥太郎だけじゃないからね」
准はそこまで言って、ふっとひとつ嘆息した。
それから言葉を切り、鳴海先生に言われたことを思い出す。
『“邪者”は明石孝子に“邪”を取り込ませようとしようとしているのだが、彼女が“邪”を取り込んでから完全な“邪者”になるまでには、少し時間がかかる。その時が、大きな機会だ。だから今、私の指示なしで勝手に動くことは許さん』
先生の考えでは、孝子が“邪”を取り込むことを一度許すというのだ。
そして孝子が“邪”を取り込んだ後、その力を彼女が完璧に自分のものにする前に、“浄化の巫女姫”である眞姫の特殊能力を利用し、事を収拾すると。
どうしてそんな遠回しな方法を取るのか、その真意がまだ見えない准だったが。
でも何か考えがあって、先生はそう自分たちに指示しているのだろう。
「どうりで最近、渚クンと孝子ちゃんが一緒におったわけやな。おかしいと思っとったんや、渚クンが何の打算もなく女の子に優しくするなんてな。それにな、そう易々と“邪者”の思い通りにはさせんで」
祥太郎は納得したように頷いてから、渚に視線を向ける。
渚は相変わらず余裕の表情を浮かべたまま、くすくすと笑い出した。
それから、ゆっくりと言ったのだった。
「“邪者”の思い通りにはさせないって、もう手遅れですよ。どういう結果に転ぼうとも、明石さんが“邪者”になる決意をした段階で、僕たち“邪者”の目的は達成されたも同然ですから。今から先輩方が何しても、無駄ですよ」
渚のその言葉に、准は怪訝な顔をする。
「どういう結果に転ぼうともって……“邪者”の目的は、明石さんを“邪者”にするだけではないと?」
「さぁ、どーなんでしょうかねぇ? そんなこと、先輩に答える義理ないし」
「ま、“邪者”が何企んどるか知らんけどな、どうせ胡散臭いコトなんやろう? 渚クン」
わざとらしく首を捻る渚を見て、祥太郎は溜め息をついた。
渚はそんな祥太郎の言葉にふっと笑うと、おもむろに赤橙色の瞳を閉じる。
そして。
「なっ!?」
「……!」
祥太郎と准は、同時に顔を上げた。
強い“邪気”で形成されていた渚の“結界”が、突然消え失せたのだ。
渚は赤から黒に戻った目を開き、“能力者”のふたりに交互に向ける。
それから、こう口を開いたのだった。
「さっきも言いましたけど、そろそろ明石さんが“邪者”になる頃じゃないかな。せっかくだから、僕らも見学に行きますか? 先輩方」
――その頃。
「く……っ!」
空気を裂くように襲ってきた手刀を素早く避けた後、健人は掌に“気”を宿す。
そして眩い光の衝撃を、目の前の涼介目がけて放った。
涼介は咄嗟に身を翻し、その攻撃をかわす。
そんな涼介の動きに瞬時に反応して、健人は間を取らずに第二波を繰り出した。
次の瞬間、涼介の“結界”内を強大な光が包み込む。
それと同時に、地を揺るがすような轟音が鳴った。
「…………」
健人は立ち込める余波にブルーアイを細めた後、ふっと改めて体勢を整える。
先程の健人の攻撃を“邪気”の防御壁で防いだ涼介は、ザッと漆黒の前髪をかき上げた。
そして、ちらりと健人から一瞬目を逸らした後、小さく呟いたのだった。
「不安定だった彼女の“負の波動”が、“邪”の気配に変わりつつある……もうすぐ、か」
そう言って、涼介はニッと不敵な笑みを浮かべる。
そんな言葉を聞き逃さなかった健人は、涼介を見据えて首を傾げた。
「何? もうすぐ何だ?」
「言っただろう? この上なく楽しいことが今から起こるってね」
健人の問いにそう答え、涼介は満足そうに笑う。
健人は涼介の様子に眉を顰めながらも、もう一度彼に訊いた。
「楽しいことだって?」
漆黒の瞳を健人に向け、涼介は大きく頷く。
そして、改めて言葉を発しようとした……その時だった。
「!」
涼介はふと表情を変え、その手に“邪気”を宿す。
それと同時に、思わず目を覆うほどの眩い光が複数生じたのだった。
だが突然襲いかかってきたそれらの衝撃にも慌てず、涼介は“邪気”の防御壁を作り出した。
刹那、派手な音を立て空気が震え、衝撃音が周囲に響き渡る。
健人は衝撃の余波が再び立ち込める中、おもむろに振り返った。
それから、いつの間にか涼介の“結界”に干渉してきたその人物に声を掛ける。
「……拓巳」
「ちっ、防御壁張りやがったか」
大きな漆黒の瞳を涼介に向けてそう呟き、駆けつけた拓巳は小さく舌打ちをした。
そして健人に視線を移し、続ける。
「こんなところで遊んでる暇なんてないみたいだぞ、健人。“邪者”のヤツらの目的は、あの明石孝子を“邪者”にすることらしいからな」
「明石孝子を、“邪者”に?」
健人は拓巳のその言葉に、表情を変える。
どうりで今日の孝子の様子はいつものハイテンションなものとは違い、妙に不安気で落ち着きがなかったわけだ。
今日一日孝子を監視していた健人は、彼女の行動を思い返して言葉を切る。
「僕らの目的が分かっているのなら、話は早いな」
拓巳の攻撃をすべて防いだ涼介は、そう言って甘いマスクに笑顔を浮かべた。
そして自分に鋭い視線を向けている“能力者”ふたりに、こう言ったのだった。
「じゃあ、そういうことで行こうか」
「行く? 何のことだ」
依然警戒を解かずにそう問う健人に、涼介は不敵に笑う。
「決まっているだろう? “邪者”誕生の場に、だよ。君らも興味あるだろう? あの彼女が“邪者”になる瞬間を」
「ていうか、そんなこと簡単にさせねーよっ」
キッと涼介を見据え、拓巳はグッと拳を握り締める。
そんな拓巳の様子を見てふっと笑みを宿した後、涼介はおもむろに“邪気”の漲った手を天に掲げた。
次の瞬間、周囲に形成されていた“結界”が跡形なく消え去る。
それから涼介はふたりに背を向け、スタスタと歩き始めた。
「あいつ……何を企んでるんだ?」
「さぁな。でもよ、明石孝子を“邪者”にさせるわけにはいかねーからな。俺たちも行こうぜ」
健人は青い瞳を細めた後、拓巳のその言葉に頷く。
そしていつの間にか空を赤く染める夕日を背に、涼介に続いて歩みを進めたのだった。
――同じ時。
眞姫と詩音は一足早く、孝子のいる公園内に足を踏み入れていた。
眞姫は鳥肌の立つ腕を擦りながら、異様な気配の漂う周囲を見回す。
強く感じるその気配は、“邪気”よりももっと不安定なもので。
でも不安定ではあるが、少しずつかたちを成しているようにも感じられる。
そしてそれが、孝子が“邪者”になるために取り込む“邪”であることも眞姫には分かっていた。
智也は表情の堅い眞姫の様子をさり気なく気遣うように、優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、眞姫ちゃん。眞姫ちゃんに危険なことは何もないから」
そう言った後、智也はふと足を止めた。
それから、こう続けたのだった。
「さ、到着だよ。もう、孝子ちゃんが“邪”を取り込むのも時間の問題みたいだね」
「……!」
智也の言葉を聞いて顔を上げた眞姫は、その表情を変える。
目の前にいるのは――漆黒の光を纏った、孝子の姿。
彼女をサポートするかのように、隣には“邪気”を宿した綾乃もいる。
「…………」
そんな彼女たちに視線を向け、詩音は何かを考えるように色素の薄い瞳を細めた。
智也は詩音の様子を注意深く見据えながら、ゆっくりと口を開く。
「さっきも言ったけど、君には何もさせないから。下手なことは考えない方がいいよ」
それから智也は、その場にいるつばさに歩み寄った。
「どう? 孝子ちゃんの様子は」
「見ての通りよ。サポートしている綾乃も周りが見えてないくらい集中してるし、もう少しで“邪”を召還できそうね」
そこまで言って、つばさはちらりと眞姫に目を向ける。
そして、続けた。
「今回の目的のひとつに、“邪”を召還して取り込む過程を、お姫様にも一通り見てもらっておくということもあるしね」
「……そうだね」
智也はつばさの言葉に頷いてから、今にも“邪”を召還しそうな孝子の様子を窺う。
それから、漆黒の前髪をそっとかき上げた。
……その頃。
「ねぇ、詩音くん」
智也が少し自分から離れたことを確認し、眞姫は小声で隣の詩音に話しかけた。
詩音はいつも通りの柔らかな笑顔を、彼女に返す。
声を掛けたものの、どうしようか少し考えるように、眞姫は一瞬目の前の孝子を見つめた。
それから意を決したように表情を引き締め、改めて詩音に戻す。
その後、はっきりと彼に言ったのだった。
「私ね、やっぱり明石さんが“邪者”になるのを、このまま黙って見てるなんてできない。だから詩音くん、お願いがあるの」
そう言った後、眞姫は詩音にあることを告げる。
詩音は眞姫の言葉に、少し意外そうな表情を浮かべた。
だがすぐに、見守るように眞姫に目を向け、小さく頷く。
そして、優しく彼女の栗色の髪を撫でたのだった。
眞姫は細い彼の指の感触に微笑んでから、改めて孝子を見た。
先程よりも心なしか、孝子の纏う漆黒の光が鮮明になってきた気がする。
眞姫はそう強く感じ、表情を変えた。
「大丈夫だよ、お姫様。王子がちゃんとついているから」
自然と緊張の面持ちになっている眞姫に、詩音は優しくそう声を掛ける。
その言葉を聞いて、眞姫はこくんと首を縦に振った。
それから、ふと口を噤む。
つばさと話を終えた智也が、再び彼女のそばに戻って来たからである。
「眞姫ちゃん、見てごらん。孝子ちゃんの“負の波動”が、はっきりとした“邪”のカタチになってきてるだろう? そろそろ、“邪”が召還される頃だよ」
詩音の動きに注意しながらも、智也はにっこりと眞姫に微笑む。
そして何かに気がついたように、漆黒の瞳を細めた。
……その時。
「!?」
背筋に悪寒がはしり、眞姫は本能的に孝子に視線を向ける。
そんな彼女の瞳に、映ったのは。
「孝子ちゃんの取り入れるべき“邪”、どうやら召還されたみたいだね」
智也はそう言って、ふっと笑みを宿す。
孝子のすぐ目の前に浮かび上がっているのは――漆黒の、“邪”。
その邪悪な気配に、眞姫は思わず眉を顰める。
こんな“邪”を、孝子の身体に取り込ませようとしているなんて。
眞姫は俯いて小さく首を振ったが、すぐさま顔を上げる。
やはり、孝子を“邪者”にさせるわけにはいかない。
自分の使命――“浄化の巫女姫”の力は、万人を守ることだから。
ひとつ深呼吸をし、そして眞姫は詩音を見た。
詩音はそんな彼女の視線を感じ、頷く。
眞姫も決意に満ちた表情で、首を縦に振った。
その――次の瞬間。
「! なっ!?」
智也はハッと表情を変え、声を上げる。
それと同時に、眩い一筋の光が智也に襲いかかったのだった。
智也は思わぬ衝撃に驚きを隠せないまま、その掌に“邪気”を漲らせる。
そして、突然繰り出された光――眞姫によって放たれた“気”を受け止めた。
詩音は自分から智也の注意が逸れた一瞬の隙を逃さず、その手に“気”を漲らせる。
「えっ!?」
何事かと振り返ったつばさは、瞬時に張り巡らされた詩音の“結界”に瞳を見開いた。
詩音は“結界”を張った後、間を取らずに再び“気”を宿す。
そして素早く形成された光の塊を、孝子の召還した“邪”に向けて放ったのだった。
「! くっ、綾乃っ!!」
眞姫の作り出した思わぬ衝撃を浄化した後、智也は振り返って咄嗟に綾乃の名を呼ぶ。
孝子のサポートをするために集中していた綾乃は、その声にハッと我に返った。
だが、すでに詩音の繰り出した光が、孝子の召還した“邪”に迫っている。
そして。
「!!」
生じた眩い光に、眞姫は思わず手で目を覆う。
それからすぐ、耳を劈くような衝撃音と激しい余波が“結界”内に立ち込めた。
眞姫は一体状況が今どうなっているのか把握できず、瞳を凝らす。
……その時だった。
「驚いたな。まさか眞姫ちゃんが、俺に“気”を放つなんて思ってもみなかったよ。“能力者”の彼の動きばかり注意してたから、正直びっくりしたし。でもいい作戦だったね、ノーマークな眞姫ちゃんが俺に思わぬ攻撃を仕掛けているうちに、“能力者”の彼が“邪”を滅するために“気”を放つなんて。でも……」
智也は漆黒の前髪をかき上げ、ふっと笑みを宿す。
それから振り返り、こう言葉を続けた。
「惜しかったね、もうちょっとで危うく“邪”を退治されちゃうところだったよ」
「…………」
詩音は無言のまま、ブラウンの瞳をスッと細める。
眞姫は険しい表情を浮かべ、顔を上げた。
そこには。
「あぶなかったぁっ。もうちょっと我に返るのが遅かったら、ホントにヤバかったよ」
間一髪で詩音の放った“気”を受け止め、それを浄化させた綾乃は、風に靡く黒髪を撫でて笑う。
それから、同じく我に返った隣の孝子に言ったのだった。
「さ、綾乃ちゃんが手伝えるのはここまでだよ。後は孝子ちゃんが、この“邪”を取り込むだけだから」
ぽんっと孝子の肩を軽く叩き、綾乃はそれからふと表情を変える。
そしてその掌に“邪気”を漲らせ、続けた。
「綾乃ちゃんが、“能力者”に邪魔なんてさせないから」
その時。
「姫!?」
「姫に詩音……おまえら、帰ったんじゃなかったのか!?」
詩音の“結界”に干渉してきたのは、健人と拓巳だった。
そして彼らを連れてきた涼介は、楽しそうに言った。
「これはこれは、まさに佳境ってところかな? 無事に彼女、“邪”を召還できたようだし」
「綾乃ちゃん……」
孝子は堅い表情で、隣の綾乃に不安気な目を向ける。
綾乃はそんな彼女を安心させるように、優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、ちゃんとできるから。さ、孝子ちゃんは“邪”を取り込むのに集中して」
「う、うん……」
少し戸惑いつつも、孝子は頷く。
……その時だった。
「あ、もしかして、ギリギリで間に合った?」
ふと新たに声がし、孝子は顔を上げる。
そんな彼女の目の前に現れたのは。
「あっ、渚くんっ」
涼介たちに遅れ、渚も公園にやってきたのだった。
渚は自分を見つめている孝子の様子に気がつき、顔を上げる。
そして、これでもかというくらいの甘い笑顔を彼女に向けて、こう言った。
「孝子ちゃん、僕も応援してるから。もうちょっとだよ、頑張って」
「……よく言うわな、ホントに」
態度の変わった渚に呆れたように、同じく“結界”に侵入した祥太郎は嘆息する。
一緒に駆けつけた准は、慎重に周囲の状況を見回した。
渚の本性を知らない孝子は、彼の励ましの言葉にパッと表情を変える。
そして、大きく頷いた。
「うんっ、私……頑張るからっ」
そう言って改めて、孝子は“邪”を取り込むべくふっと瞳を伏せた。
再び精神を集中させた孝子の身体から、ボウッと漆黒の光が立ち上り始める。
「! させるかっ」
そんな彼女の様子に反応し、“能力者”の少年たちは一斉に動きをみせた。
……だが。
「君たち“能力者”に、邪魔はさせないよ」
少年たちの前に、すかさず“邪者四天王”が立ち塞がる。
眞姫は一触即発のピリピリとした空気を感じ、表情を変えた。
――このままでは駄目だ、何とかしないと。
そう思い、眞姫は一歩足を踏み出す。
誰も、傷ついて欲しくはない。
自分のそばにいてくれている“能力者”も、そんな彼らの敵であるという“邪者”も、もちろん目の前で“邪者”になろうとしている孝子も。
……その時だった。
「!!」
目の前の孝子の身体から、突然大きな漆黒の光が弾けるのを感じた。
そして。
「! は……っ、あぁっ!!」
今まで宙に浮いていた“邪”が、ズズッと孝子の身体に入っていくのが見えたと思った瞬間。
苦しそうに声を上げた後、孝子はふっと意識を失って突然倒れたのだった。
そんな彼女のそばにいた綾乃は、咄嗟にその身体を支えて笑う。
「あ、“邪”を取り込むの、完了したみたいね。後は身体に“邪”が馴染むまで頑張って、孝子ちゃんが完全な“邪者”になるだけね」
「えっ!? “邪”を取り込むのを、完了したって……」
驚く眞姫に、綾乃はにっこりと微笑んだ。
「見ての通りよ、眞姫ちゃん。というわけで、今日はそろそろおひらき?」
「くそっ、逃がすかよっ!」
綾乃の言葉に、拓巳はその手に“気”を漲らせる。
「……拓巳っ」
准はいまにも衝撃を放とうする拓巳を宥めるように声をかけ、小さく首を振った。
今“気”を放っても、“邪者四天王”にその威力を無効化されるであろう。
それに綾乃のそばには、気を失った孝子もいる。
鳴海先生からの指示も、今は手を出すなというものであった。
拓巳はチッと舌打ちし、不服気ながらも“気”を宿した手を収める。
そんな様子を見て、涼介は笑みを浮かべた。
「今ここでやり合うのは、僕も利口だとは思わないな。今日のところはお互い退くというカタチが、一番平和的じゃないかな?」
「平和的、なぁ。胡散臭い動きしとるのは、あんたら“邪者”の方やろ」
ふうっと嘆息し、祥太郎はそう涼介に言った。
智也は全員を見回した後、詩音に目を向ける。
「王子様。よければこの“結界”、解除してもらえないかな?」
「…………」
詩音は智也の言葉に、ふっと色素の薄い前髪をかき上げた。
そしてスッと手を掲げると、“結界”を解除したのだった。
それと同時に、“邪者”の面々は思い思いの方向に去っていく。
眞姫は“邪者”たちの後姿を見ながら、複雑な表情を浮かべた。
「姫……」
健人は眞姫を気遣うように、彼女にふと声を掛ける。
その声に小さく微笑んでから、眞姫は再び俯いた。
孝子の身体に、“邪”が取り込まれてしまったという事実。
今まさに目の前で見た光景を思い出し、眞姫はギュッと掌を握り締める。
そしてそんな眞姫の様子を、5人の少年たちは複雑な表情でそれぞれ見守っていたのだった。