数日後――4月20日・水曜日。
 午前中の授業が終わって昼休みを迎えた校舎には、生徒たちの活気ある声が溢れている。
 そんな中、眞姫は梨華とともに職員室の前に来ていた。
 その時。
「あっ、清家先輩っ」
 自分を呼ぶその声に振り返った眞姫は、ブラウンの大きな瞳を細める。
 それからにっこりと声の主に微笑んで言った。
「こんにちは、渚くん」
「じゃあ眞姫、職員室で用事済ませてくるから。そこで待ってて」
 渚のベビーフェイスをちらりと見てから、梨華はそう言って職員室へと入っていく。
 渚はそんな梨華に可愛らしい笑顔を向けてぺこりと丁寧に頭を下げた後、眞姫に目を向けた。
「こんなところで偶然清家先輩にお会いできるなんて、嬉しいですっ」
「私も渚くんと会えて嬉しいわ。もう学校には慣れた?」
「はい。先輩には本当にいろいろとよくしていただいて、感謝していますっ」
 それから渚はつぶらな瞳を上目使いで眞姫に向けた後、こう遠慮気味に言ったのだった。
「あの、先輩。今度、僕に何か奢らせてもらえませんか? 今まで先輩にはお世話になっているから、何かお礼がしたくて」
「え? そんな、お礼だなんて大したことしていないわ」
「いえ、先輩が迷惑じゃなければ是非お礼させてください! 駄目ですか?」
 渚は小首を傾げ、大きな瞳を心なしか潤ませる。
 そんな渚の表情を見て、眞姫は頷いた。
「うん、じゃあ今度一緒にお茶しようか。いつがいいかな?」
 眞姫の返事に、パッと渚は表情を変えて目をキラキラと輝かせる。
 それから少し考える仕草をして、言った。
「今週末の金曜日なんて都合どうですか? 次の日休みの方がいいかなって」
「うん、いいよ。金曜日ね」
「はいっ。楽しみにしています、先輩っ」
 嬉しそうにジャニーズ系の顔に笑顔を宿し、渚は大きく首を縦に振る。
 眞姫もそんな渚につられて、にっこりと微笑んだ。
 ……その時だった。
「おや、こんにちは。僕の美しいお姫様と、やんちゃな黒い騎士」
 その空気のように澄んだ柔らかな声に、眞姫はふと振り返る。
「あ、こんにちは。詩音くん」
「梓先輩……ていうか、やんちゃな黒い騎士って」
 詩音の姿を見て少し表情を変え、渚はそうぼそっと呟いた。
 詩音は穏やかな笑顔を渚に向けた後、眞姫に視線を向ける。
「今日も僕のお姫様は美しいね。美の女神と言われているビーナスも、お姫様の美しさの前では霞むだけだよ」
 そう言って詩音は、そっと眞姫の手を取った。
 眞姫は相変わらずな彼の言葉に照れながらも、瞳を細める。
「えっ? あ、ありがとう、詩音くん。詩音くんって本当にロマンティストね」
 詩音の繊細な細い指の感触にドキドキしながら、眞姫はそう言った。
 渚はそんなふたりのやり取りを、怪訝そうな表情で見つめている。
 詩音はちらりと職員室のドアに目を向けた後、眞姫の栗色の髪をそっと撫でた。
 それと同時に、職員室で用事を済ませた梨華が姿を見せる。
「お待たせ、眞姫っ。あら、梓くん」
「こんにちは、レディー。ご機嫌いかがかな?」
 梨華に上品な顔を向け、詩音はにっこりと笑った。
「これはこれは、王子様。本当にいつも相変わらずドリーミンねぇ」
 梨華はふうっと嘆息し、いつもと変わらず独自の世界を作り出している詩音の言葉にそう答える。
 眞姫はそんな梨華を見て、栗色の髪をかき上げた。
「梨華、プリント提出してきた? じゃあ、教室に戻ろうか」
「うん、そうだね。じゃあ梓くんと相原くん、またねぇ」
「またね、ふたりとも」
 眞姫はふたりに笑顔を向け、小さく手を振って梨華とともに歩き始める。
 渚は彼女たちにぺこりと一礼し、詩音は穏やかな笑顔でふたりの背中を見送った。
 そして眞姫たちが見えなくなった、その時。
「言っておきますけど梓先輩、清家先輩は僕の運命の女性ですよ? それに、やんちゃな黒い騎士って、もしかしてこの僕のこととか言うんじゃないでしょうね?」
 眞姫と話していた時の甘えるような雰囲気と全く印象の違う声で、渚はそう詩音に言った。
 だが詩音はそんな渚の言葉も気にせず、色素の薄いブラウンの瞳を細める。
「美しさは罪とよく言ったものだね。僕のお姫様の美しさは、黒い騎士までも魅了してしまうんだから」
「いや先輩、僕の話聞いてますか? 凄まじい空想癖にも程がありますってば」
「ありがとう、黒の騎士。想像力が豊かだなんて褒めてくれて」
 にっこりと微笑んでそう言う詩音に、渚は思わず言葉を失う。
 それから気を取り直し、はあっと大きく嘆息して呟いた。
「いや、1ミクロンも褒めてないし……でも、それよりも先輩」
 渚はおもむろに漆黒の前髪をかき上げ、同じ色の瞳を詩音に向ける。
 そして口元に笑みを浮かべ、こう続けたのだった。
「ひとりで歩く時は十分注意した方がいいですよ? これは、黒い騎士からの忠告ですよ」
 そんな渚の言葉にも表情を変えず、詩音はふっと笑う。
「君は親切だね、やんちゃな黒い騎士。君の忠告、素直に受け取っておくよ。では失礼」
 それだけ言って、詩音はゆっくりと歩き始めた。
 渚はそんな詩音に何も言わず、ふと考えるような仕草をする。
 それから彼と反対に進路を取りながらぼそっと呟いた。
「ふーん。あのことにもう気がついてるんだ、さすが空間能力者。ていうか僕、あの人苦手だ……」
 いくら毒を吐いても全く自分のペースを崩さない詩音に、渚は顔を顰める。
 先程のやり取りで、きっと何を言っても詩音には通じなさそうだということが分かったのであった。
 だがそれから気を取り直して漆黒の瞳を細めると、可愛らしい顔に笑顔を浮かべて嬉しそうに呟いたのだった。
「それよりも清家先輩とのデート、楽しみだなぁっ。智也のヤツに、死ぬほど自慢してやろうっと」




 ――その日の夕方。
 数学教室で仕事をしていた鳴海先生は、ふと顔を上げる。
 そして、おもむろに鳴り出した携帯電話に切れ長の瞳を向けた。
 それから着信者表示を見てふうっとひとつ嘆息した後、先生はピッと通話ボタンを押した。
「何か用か?」
『はろぉ、なーるちゃんっ。結構お久しぶりじゃない? 元気だった?』
「由梨奈、言っておくが今は思い切り職務中だ。用がないなら切るぞ」
 冷たくそう言う鳴海先生に、由梨奈はくすくす笑う。
『それなら電話出なきゃいいじゃない。もう、なるちゃんってば照れ屋なんだから。本当は私と話したかったんでしょ?』
「おまえはそんなことが有り得ると、本気で思っているのか? さっさと用を言え」
 大きく溜め息をつき、先生はデスクワークの時だけかけている眼鏡をスッと外す。
 由梨奈は相変わらずな先生の態度にふっと電話の向こうで微笑んだ後、口を開いた。
『そうそう、最後の四天王の子が聖煌に入学してきたって聞いたから、どうなのかなーって思って』
 そこまで言って、由梨奈はふと言葉を切る。
 それから声のトーンを落とし、こう続けたのだった。
『これで慎ちゃんも、本格的に動き出すってことよね』
「…………」
 鳴海先生は、由梨奈のその言葉に複雑な表情を浮かべる。
 そして相変わらず淡々とした声で言った。
「杜木が……“邪者”が何を考えていようとも、一歩も引く気はない。ただそれだけだ」
『相変わらずねぇ、なるちゃんってば。ま、もう少ししたら仕事も落ち着くから、またデートでもしましょうねぇっ』
「俺にも俺の用事があるんだ、その時は必ず前もって連絡しろ。突然連絡してきて人のことを振り回すことだけはやめろ。まったく、おまえといい父さんといい……どうして俺の周りには、人の都合を考えないやつが多いんだ」
 愚痴っぽくそう言う先生に構わず、由梨奈は思い出したように無邪気に口を開く。
『あ、そうだ。今度ね、高校時代のお友達の大河内香夜ちゃんと食事するんだぁっ。なるちゃん覚えてる?』
「……本当におまえは、人の話を聞いているのか?」
 呆れたようにそう言って、先生はブラウンの前髪をかき上げる。
 それから、気を取り直して冷たく言い放った。
「用がないなら切るぞ。言っただろう、私はまだ職務中だとな」
『はいはい、鳴海先生っ。てなわけでなるちゃん、また今度デートしましょうねーっ。お姫様やボーイズたちにもよろしくっ。んじゃあねぇっ』
 そう言って、由梨奈は電話を切った。
 先生も携帯電話を耳から離し、通話終了ボタンを押す。
 それからすっかり夕焼けで赤く染まった窓の外の景色を切れ長の瞳に映し、そして表情をふっと変えて呟いたのだった。
「“邪者”が本格的に動き出す……どうやら、そのようだな……」




 ――同じ頃。
 空を染める夕陽に色素の薄いブラウンの瞳を細め、詩音は学校の正門を出た。
 そしてサラリと頬を撫でる春風の感触に微笑み、風の声を聞くかのように目を伏せる。
 それからふわりと揺れる髪をふっとかき上げた後、詩音はゆっくりと目を開けた。
「太陽の輝く空の青、そして柔らかな月を湛える夜の闇。このふたつの色が空を支配する時間は長いけど、真っ赤な夕陽が空を赤く染めている時間はほんの僅かだよね。僕はこの情熱的で切ない赤の色が、とても好きなんだよ」
 ふとそう言って、詩音は背後に目を向ける。
 その視線の先にいたのは、ひとりの男。
 男は詩音の言葉に、漆黒の瞳を細めて言った。
「僕も好きだよ、夕陽の支配する赤い空。まるで、世界が血で染められているようだからね」
 その男・鮫島涼介はホストのような甘いマスクに笑みを浮かべ、詩音に数歩近づく。
 それからにっこりと笑顔を浮かべ、続けた。
「血のような夕陽が沈んだ後は、漆黒の闇が世界を支配する。闇は光をも支配するんだよ、“能力者”の王子様」
「君は研究第一のマッドサイエンティストなのかと思ってたんだけど、意外と言うことはロマンチックなんだね」
 相変わらず穏やかな表情を崩さず、詩音は楽しそうにそう言った。
 涼介は少し長めの前髪をかき上げて、そしてニッと笑う。
「天才ピアニストにそう言ってもらえて光栄だな。でも君の言う通り、僕は真っ赤な夕陽よりも君の“空間能力”の方がずっと興味あるのは確かだよ?」
 涼介はそうゆっくりと言って、詩音に真っ直ぐ視線を向けた。
 その言葉にも動じず、詩音は笑顔を絶やさずに頷く。
「そうみたいだね。数日前から、僕のことを観察していたようだし」
「さすが“空間能力者”、僕の行動なんてとっくに気がついてたってことか」
 そこまで言って、涼介は言葉を切る。
 それからスッと右手を掲げて、言ったのだった。
「そういうことで、僕に是非見せてくれないかな? 君の“空間能力”をね」
 その言葉が終わらないうちに、掲げた涼介の右手が漆黒の光を帯びる。
 そして漆黒の光が弾けた瞬間、周囲に先程とは全く別の空間“結界”が形成された。
 詩音はそんな状況にも全く動じることなく、ふっと笑う。
 それからブラウンの澄んだ瞳を涼介に向けると、こう言ったのだった。
「黒い騎士には悪いけど、王子はそんなにお人よしじゃないよ。というわけで、少し意地悪しようかな」
「何? ……!」
 涼介は次の瞬間、漆黒の瞳を見開いて表情を変える。
 目の前の詩音から感じるのは、彼特有の“空間能力”ではなく眩い“気”だったからである。
 詩音の色素の薄いサラサラの髪が、ふわりと揺れる。
 それから“気”の宿った右手を軽く引き、詩音は眩い光を涼介目がけて放った。
「“気”の衝撃、か」
 涼介はそう呟いて唸りを上げて迫る光を見据えると、スッと“邪気”を漲らせた掌を目の前に翳す。
 それと同時にドオンッという衝撃音があたりに響き渡り、余波が立ち込めた。
「話には聞いていたけど、随分と器用なんだな。普通の“気”を使った戦い方もできるなんて」
 難なく詩音の放った“気”を無効化させた後、涼介はそう言って楽しそうな笑顔を浮かべる。
 それから、ふっと口元に笑みを宿して続けた。
「杜木様が、いたく君のことを気にされているんだよ。君は何と言っても、杜木様の親友であり“能力者”を統括する、あの鳴海将吾の血縁者だからね。もちろん、注意するのはその能力もだけど……君は僕たち“邪者”のことを、一体どこまで知っているのかな?」
 今まで柔らかい印象だった漆黒の瞳が、その色をふっと変える。
 詩音はそんな涼介の問いに、普段と変わらない穏やかな声で答えた。
「確かに先生とは従兄弟だけど、先代の“浄化の巫女姫”の息子である先生と違って、この王子は普通の“能力者”だよ? まぁ普通の“能力者”程度の知識はあるとは思うけどね」
「なるほど。君は見た目と違って、王子は王子でも世間知らずの箱入り王子様ではないようだね。なかなか冷静で頭も切れるみたいだ」
 涼介は詩音の答えを聞いてそう言った後、おもむろに瞳を閉じる。
 それから再び目を開けたと同時に、その身に強大な“邪気”を漲らせた。
 そしてバチバチと音をたてる右手をグッと握り、涼介は再び詩音に言ったのだった。
「まぁ君が“空間能力”を使わないと言うのなら、僕が使わせるようにすればいいんだから」
「……!」
 ハッと顔を上げた詩音の瞳に移ったのは、強大な漆黒の衝撃。
 涼介の掌から放たれた“邪気”が空気を裂くように彼に襲いかかる。
 詩音はその手に再び“気”を宿すと、咄嗟に防御壁を形成させる。
 刹那、漆黒の衝撃と光の防御壁が激しくぶつかり合い、大きな光が弾けた。
 涼介はまだふたつの力によって生じた余波が晴れない中、素早く手を引くとすかさず第二波を放つ。
 詩音もそれに反応し、同じように“気”を繰り出した。
 ふたりの中間で再び眩い衝撃が激突し、そしてお互いの威力を相殺させる。
 涼介は今度はその手刀に“邪気”を宿すと、ふっと地を蹴って詩音との間合いをつめる。
 それから、漆黒の光を纏った右手をザッと振り下ろした。
 大気を真っ二つに切るような衝撃がはしり、一陣の風が起こる。
 そしてその鋭い一刀が、詩音の身体を捉えたかに見えた。
 だが、その時。
「!」 
 涼介は漆黒の瞳を細め、体勢を整えた後すぐに別の場所に視線を向ける。
 それと同時に突然背後から眩い光が放たれたのを感じ、ふっと表情を変える。
 そして跳躍して襲いかかる“気”の攻撃をかわした後、地に着地した。
 それから涼介は口元に笑みを浮かべると、言ったのだった。
「残像、か。本当に君の戦い方は多彩で面白いな。そんなに意地悪して“空間能力”出し惜しみせずに、君の作り出す夢の国を僕に見せてくれよ」
 涼介は漆黒の前髪をかき上げて、先程よりも大きな“邪気”をその手に宿し、続ける。
「それに“空間能力”を使わず、いつまでこの僕に通用するか……君も分かっているだろう?」
 詩音は涼介の言葉に、柔らかな微笑みを浮かべる。
 それから、スッとブラウンの瞳を細めて笑った。
「君ほどの“邪者”を、いつまでも王子の専門外な“気”の戦い方で食い止められるなんて思っていないよ。ただ、少しだけ時間稼ぎができればいいかなってね」
「時間稼ぎ? ……!」
 詩音の言葉に小さく首を傾げた涼介は、ハッと顔を上げる。
 その瞬間、彼の張った“結界”内に、複数に枝分かれした眩い“気”の光が生じた。
 涼介は咄嗟に“邪気”を漲らせて防御壁を張り、それらの攻撃をすべて防いだ。
 派手に複数の光が弾け、衝撃音が耳を劈く。
 だがそんな周囲の様子にも構わずにふうっと嘆息し、涼介は“気”の放たれた方向に視線を移した。
「時間稼ぎか、なるほどね」
「おー誰かと思ったら、あのホスト顔の兄ちゃんやないか。うちの麗しの王子様も、アヤシイ薬の実験台にする気か?」
 そう言って涼介の“結界”に干渉してきた祥太郎は、ハンサムな顔にニッと笑みを浮かべる。
 涼介はふたりの“能力者”を前に少しも動じる様子もなく、口を開いた。
「そうだね。薬の実験台ではないけど、彼の“空間能力”にはすごく興味あるよ。だが今日は王子様の気が向かないらしく、夢の国はお預けのようだからね。これまでかな」
 涼介はそう言い終わるやいなや、“邪気”の漲った右手を掲げる。
 そして、あっさりと周囲の“結界”を解除したのだった。
「名残惜しいけど、杜木様のご命令通り無理せずここは失礼するよ」
 涼介は軽く手を上げると、スタスタと歩き出した。
 祥太郎はそんな彼の背中を見送った後、ちらりと詩音に目を向ける。
「なかなか珍しいもん見せてもらったで、王子様が“気”で戦う姿」
「しばらく“結界”の外で見物しているなんて、騎士は随分と意地悪だな」
 くすっと笑い、詩音は色素の薄い前髪をかき上げる。
 祥太郎はそんな詩音に目を向け、言った。
「王子様は“空間能力”だけやなくて、普通に戦っても強いんやな。そういえば詩音が普通の“気”で戦うトコって、殆ど見たことなかったしな。“空間能力者”で“気”の戦いもできるなんて、何か鳴海センセ見てるみたいやったで」
 そんな祥太郎の言葉に、詩音はにっこりと微笑む。
 それから、こう言ったのだった。
「まぁ、王子と先生は従兄弟だからね。小さい頃からあの人のことは見てたから、似ていても不思議はないよ」
「ああ、なるほどなぁ。センセの従兄弟やから……って!? ちょっ、ちょっと待てやっ!?」
 祥太郎は大きく瞳を見開き、途端に驚いた表情を浮かべる。
 詩音は祥太郎の反応に笑い、上品な顔に笑みを宿す。
「知らなかった? 僕の母君と先生の父君が兄妹だから、僕と先生は従兄弟同士なんだよ」
「しっ、知らんかったわっ……ていうか、センセと詩音が血ぃ繋がっとるなんて、ウソみたいやし」
 見た目から厳しい雰囲気を醸し出している現実主義者の鳴海先生と、上品で柔らかな笑みを絶やさない空想力豊かな詩音が血縁だということは、言われなければ誰も想像できないだろう。
 まだ驚きを隠せない祥太郎に、詩音はふっと笑った。
「考えてごらん? 確かに性格や容姿は似ても似つかないけど、先生も“空間能力者”だろう? そう考えたら、少しは納得できるんじゃないかな」
「それよりも、んなコトなんで今まで黙ってたんや!? 水くさいで、王子様」
 詩音は優雅な顔に悪びれのない王子スマイルを浮かべ、にこやかに答える。
「いやだな、黙っていたんじゃないよ、騎士。言う機会がなかったし、焦って言う必要もないかなって。それに、今ちゃんと話しているだろう?」
「まぁ、それはそうかもしれんけどなぁ……」
 複雑な表情でうーんと考える祥太郎に、詩音は再び楽しそうに微笑む。
 それからすっかり夕陽が沈んで暗くなった空を見上げ、何かを考えるようにブラウンの瞳をスッと細めたのだった。