――次の日。
 帰りのホームルームも終わり、校内に賑やかな放課後の喧騒が訪れる。
 眞姫は下校するクラスメイトに軽く挨拶をしながら、教科書類をカバンにしまっていた。
「おっ、姫っ。まだ帰らないのか?」
「あ、拓巳。うん、今日は図書館で調べ物して帰ろうと思って」
 教室に入ってきた拓巳に大きなブラウンの瞳を向け、眞姫はこくんと頷く。
 それと同時に、彼女の栗色の髪がふわりと揺れた。
 拓巳は眞姫の言葉に少し残念そうな表情を浮かべ、呟く。
「そっか。せっかく今日は一緒に帰れるかと思ったんだけどな」
 前髪をかき上げた後、拓巳は自分のカバンを持ってから眞姫の頭にぽんっと軽く手を添える。
「んじゃまた明日な、姫っ」
「うん、また明日ね」
 拓巳の大きな手の感触に微笑み、眞姫はブラウンの瞳を細めた。
 自分に向けられた笑顔に満足したように笑って、そして拓巳は2年Bクラスの教室を出ようとした。
 ……その時。
「あっ、いた! 芝草くん、たっくん発見よっ!」
 拓巳の行く手を阻むように教室に入ってきた梨華は、そう声を上げる。
「げっ、立花っ。ていうか、たっくんって言うなっ」
 拓巳はしまったというような表情をし、バツの悪そうな顔をした。
 そして、おそるおそる梨華と一緒にいる准に視線を移す。
 准はこれでもかというくらいの作り笑顔を彼に向けて、言った。
「本当にいい度胸してるよね、拓巳。僕が班長の掃除当番をサボろうなんて」
「ちょっ、ちょっと待てっ。別に俺はサボったわけじゃなくてな……」
「今は何も言わなくていいから。拓巳の下手な言い訳は、今から何か奢ってもらいながらゆーっくり聞くからね」
 逃げないように拓巳の首根っこをぐいっと掴み、准は相変わらず知的な顔に笑みを絶やさずに梨華に視線を移す。
「立花さん、そういうことで掃除サボった拓巳が何か奢ってくれるって」
「ま、当然よねぇっ。ほかの班員たちが委員会で来れなかったから、芝草くんとふたりで掃除したのよ!? あー何奢ってもらおうかなー、たっくん」
「くそっ、鳴海の野郎……よりによって准と同じ掃除当番班にしやがってっ」
 拓巳の性格をよく分かっている担任の鳴海先生は、さり気なく准が班長を務める班に拓巳を入れたのだった。
「分かってると思うけど、僕から逃げようなんて考えても無駄だからね」
「のあっ! 准っ、引っ張るなっ! く、首っ」
「大丈夫。拓巳は人一倍丈夫なんだから、このくらいじゃ死なないって」
 首根っこを掴んだまま、准はそう言ってじたばたする拓巳を引っ張って教室に入る。
 梨華はそんなふたりの様子を見て、思わず苦笑した。
「あの目が全然笑ってない芝草くんの笑顔がコワイのよねぇ。ま、たっくんの自業自得だけど」
 そして拓巳を捕獲したまま自分の席に戻った准は、ぽかんと自分たちを見ている眞姫ににっこりと微笑む。
「あ、姫。今から拓巳が何か奢ってくれるんだけど、姫も来る?」
「え? あ、ごめんね、今日は図書館に寄って帰るから」
 そう言った眞姫に、拓巳は訴えるような瞳を向けた。
「姫っ、頼むから一緒にいてくれっ! こいつらだけだったら、絶対ひどい目に合わされるっ」
「何言ってるの、拓巳。そんなわけないじゃない。二度と掃除サボれないようにしてあげるくらいで」
「ちょっと待ってよっ、こいつらってコトは私も含まれるワケ!? 失礼ねぇっ」
 わいわいと賑やかな友人たちを見て、眞姫は楽しそうに笑う。
 それから栗色の髪をかき上げ、言った。
「本当に仲いいよね、准くんと拓巳って。じゃあ、また誘ってね」
「うん、じゃあまた明日ね、姫」
「またねぇっ、眞姫」
「ひ、姫ぇっ!」
 眞姫はそう言って、3人を残したまま2年Bクラスの教室を出て行った。
 眞姫の後ろ姿を見送った後、梨華はまだ往生際悪くジタバタしている拓巳を見て笑う。
「眞姫って、芝草くんの本性に気がついてないからねぇ。ご愁傷様、たっくん。さ、何奢ってもらおうかなぁっ」
「立花さん、本性って何のことかな? ていうか、掃除サボった拓巳が悪いんだよ」
 とぼけたようにわざとらしく首を傾げてから、准はじろっと拓巳を見る。
 梨華はしっかりと准に捕まっている拓巳に少し同情しながらも頷いた。
「ま、それは言えてるわね。ふたりであの広い特別教室掃除したんだから」
「あー悪かったよっ! 悪かったから、この俺をこれ以上苛めるなーっ!」
「苛め? 何言ってるの、それを言うなら苛めじゃなくて制裁だよ、拓巳」
 相変わらず満面の作り笑顔を浮かべ、准はカバンを持って席を立つ。
 そして、梨華に言ったのだった。
「じゃあ行こうか、立花さん」
「本当に芝草くんって、本気で怒らせたらとてつもなく怖そうよね……」
 拓巳を捕まえたまま歩き出した准に続き、梨華は彼だけは怒らすまいと改めて思ったのだった。




 ――それから、しばらく経って。
 少し前の賑やかな雰囲気から一変し、生徒たちの姿も疎らになった静かな校舎を祥太郎は歩いていた。
「あ、瀬崎くん、またねーっ」
「おーまたなぁっ。今度デートしようなぁっ」
 すれ違ったクラスメイトの女生徒に人懐っこい笑顔を向け、祥太郎は軽く手を上げた。
 だがそのクラスメイトの姿が見えなくなると、ふっとその表情を変える。
 そして小さく嘆息し、ぽつりと呟いたのだった。
「俺みたいなタイプは相性悪い、なぁ……そう聞いた以上、大人しくしとけるタチやないからな」
 祥太郎は歩きながら、昨日綾乃から言われたことを思い出していた。
 毒舌全開で自分たちに宣戦布告してきた渚だが、彼も綾乃たちと同じく“邪者四天王”なのである。
 そして“邪者四天王”であるなら、彼も当然強大な“邪気”を操れるのだろう。
 その上、渚について綾乃は気になることを言っていた。
『祥太郎くんみたいな戦い方をするタイプ、ちょっと渚とは相性悪いかもね』
『あいつの場合、特殊能力がまたいやらしいのよねぇ』
『渚の“赤橙(オレンジ)色の瞳”には要注意よ、祥太郎くん』
 祥太郎はおもむろに前髪をかき上げ、それから中庭に足を運ぶ。
 外に出た途端に吹きつける生ぬるい風を気にも留めず、そして祥太郎はその場にいた少年に声をかけたのだった。
「おー思ったより早かったんやなぁ。どうせまた校内で迷子になって、まだ来とらんと思ったんやけどな」
「こんにちは、瀬崎先輩。ていうか、この僕を甘く見ないでくださいね。めちゃめちゃ迷ったに決まってるでしょ?」
 その少年・渚はそう言って、ジャニーズ系の顔に怪訝な表情を浮かべる。
 それから面倒くさそうに大きく嘆息し、言葉を続けたのだった。
「それで、先輩。よりによってこの僕をこんなところに呼び出しやがって、何か用ですか?」
「相変わらず今日も絶好調のようやなぁ、渚クン」
 渚の毒舌に苦笑しつつ、祥太郎はちらりと彼を見る。
 そして表情を変え、言った。
「昨日な、綾乃ちゃんとデートしたんや」
「綾乃と? あいつ、どうせまたこの僕の完璧さに嫉妬して何か喋りやがったんでしょ? ホントにおまえは口から生まれたのかってくらい、余計なことすぐ言うんだから」
「おまえが言うなやっ! って、思いっきり裏拳ツッコミしたいのは俺だけか?」
 祥太郎はふっと笑ってそう言ってから、声のトーンを落として続ける。
「それで昨日な、綾乃ちゃんに言われたんや。俺の戦い方は、おまえとは相性悪いってな」
 祥太郎のその言葉を聞いて、渚はふっと笑みを浮かべた。
 そしてつぶらな漆黒の瞳を細め、祥太郎に向ける。
「綾乃がそう忠告したんなら、どうして素直に聞かないんですか? ちっとも面白くない漫才を僕に見せにここに来たんじゃないでしょ? 瀬崎先輩」
「ちっとも面白くない、は余計やけどな。ま、そーいうことや」
 そう言って、祥太郎はおもむろに右手を掲げた。
 ……次の瞬間。
 その右手から光が弾け、ふたりの周囲に“結界”が形成される。
 だが強固な“結界”が張られても渚は全く表情を変えず、逆に祥太郎を煽るような笑みを浮かべて言った。
「やめとけばよかったって、後悔しても知りませんよ?」
「祥太郎センパイは、ハンサムなだけやなくて好奇心も旺盛でな。ああ言われたら、憎らしいくらいカワイイ後輩のこと興味持つのは当然やろ」
 グッと“気”の漲った右手を握り締めた祥太郎は、それをふっと後ろに引く。
 そしてその右手から、眩い“気”の衝撃を放ったのだった。
「!」
 渚は空気を裂くように襲いかかってくる“気”を見据え、地を蹴ってそれをかわした。
 同時に渚を捕らえられなかった光の塊が地面をえぐり、衝撃の跡を刻む。
 祥太郎は間を取らず、すぐさま第二波を繰り出した。
 渚は慌てることなく、今度は跳躍して四方に枝分かれする祥太郎の“気”を避けた。
 祥太郎はそんな動きを予想していたようにさらに攻撃の手を緩めず、光の衝撃が彼を追従する。
 渚は漆黒の瞳を細めると、着地した後すぐにまた地を蹴って攻撃をやりすごした。
「やたら耳につく関西弁だけじゃなくて攻撃までウザイんですねぇ、先輩って」
 そう言って体勢を整えた後、渚はふうっとわざとらしく大きく嘆息する。
 祥太郎は煽るような渚の言葉には乗らず、ハンサムな顔を引き締めた。
「そーいう渚クンこそ、いつまでチョロチョロ逃げまわっとるんや?」
 祥太郎は再び“気”を漲らせながらも、今までの渚の戦い方を見てあることが気になっていた。
 何故渚は、“邪気”を使ってこないのか。
 今までの攻撃も、すべて渚はその高い身体能力のみでかわしている。
 綾乃たちと同じ“邪者四天王”なら、自分の“気”に対抗できるくらいの“邪気”が使えるはずである。
 そのことが気になりながらも、祥太郎は掌でバチバチと光を放つ“気”の塊を渚に放つ。
 先程と同じように、渚は“邪気”を使わずに身を翻してそれをかわした。
 ……その時。
「何度も同じ避け方じゃ、通用せんでっ!」
「……!」
 渚の漆黒の瞳に、突然ふっと祥太郎の姿が映る。
 大きな“気”を放った祥太郎が、一気に彼との間合いをつめたのだった。
 そして祥太郎はグッと拳を握り締め、僅かに隙の生じた渚の腹部にそれを叩き込む。
「! く……っ」
 その攻撃をもらって顔を顰めつつも、渚は何とか体勢を整えようと足を踏みしめる。
 だが祥太郎はそれを許さず、至近距離から大きな“気”の衝撃を放った。
 咄嗟に腕を十字に組んでその光を受け止めた渚だったが、その重い衝撃にたまらず数歩後ずさりをする。
「通用せんって言ったやろ? “邪気”も使わんで、そういつまでも俺の攻撃からチョロチョロ逃げられると思ったら大間違いや」
 祥太郎はそう言って渚に視線を投げた。
 だが渚はそんな言葉に臆する様子も見せず十字に組んだ腕を解き、おもむろに口元に笑みを浮かべる。
 それからふっと漆黒の瞳を伏せ、ゆっくりと祥太郎に言ったのだった。
「どうして攻撃やめちゃうの、先輩? 見かけによらず慎重な性格みたいだから、下手に深追いしない方がいいって思ったのかもしれないけど……今のが先輩にとって、最後のチャンスだったのに。僕の“邪気”の充電、完了しちゃったじゃない」
「何やて? ……!」
 祥太郎は渚の言葉に、ふと怪訝な表情を浮かべる。
 だが次の瞬間、ハッと顔を上げた。
 ……今まで感じなかった強大な“邪気”を、渚の身体からはっきりと感じたからである。
 再び身構える祥太郎に、渚はようやくつぶらな瞳をスウッと開いて彼に視線を向けた。
 祥太郎はそんな渚を見て、思わず声を上げる。
「なっ!?」
「これでもう、先輩の攻撃は僕にかすりもしませんよ。“赤橙色の瞳”が発動しちゃったからね」
 祥太郎を見据える渚の瞳は……先程までの漆黒のものと違い、橙色に近い赤を帯びていた。
 それと同時に、渚の纏う強大な“邪気”がその大きさを増す。
「例の“赤橙色の瞳”かい。面白いやんか、その目がどんなもんか、試させてもらうでっ!」
 そう言って祥太郎は渚の“邪気”に負けじと“気”を漲らせ、再び光の衝撃を放った。
 渚はスッと“邪気”を宿した掌を目の前に翳し、片手で祥太郎の放った“気”を受け止める。
 それから、ちらりと右に赤橙の視線を向けた。
「この“気”の攻撃は、ただ僕の気を逸らすためのもの……本当の狙いは、間合いをつめて死角になってる右からの上段蹴りだね」
 そう言って、渚はふっと身を屈めた。
 それと同時に、渚の言う通り間合いをつめた祥太郎の蹴りが空を切る。
「次は、下がった僕の顎を狙った膝蹴り。それはかわされるって分かってるみたいだから、素早く右手を引いて腹部に一撃入れて僕の動きを鈍らせて、間髪入れずに左手に漲らせた“気”を放つ……間違ってないでしょ?」
「……!」
 祥太郎はそんな渚の言葉に、思わずぴたりと動きを止める。
 渚は体勢を整え、ジャニーズ系の顔ににっこりと笑顔を浮かべた。
「言ったでしょ、もう先輩の攻撃は僕にかすりもしないって」
「何で俺の動きが……その“赤橙色の瞳”か?」
 険しい表情の祥太郎とは対象的に、渚はくすくすと笑いながら答えた。
「先輩って、こうすれば敵がこう動くだろうから、次はこの攻撃を仕掛けて追いつめて……って、頭で考えて攻撃組み立ててから動くタイプでしょ? そーいうタイプって僕、大得意なんだよね。全部そんな考え、この瞳でお見通しだから」
 それからくいくいっと指を動かし、煽るように言葉を続ける。
「喧嘩売ってきたのは先輩ですよ? 僕も言いましたよね、後で後悔しても知らないって」
「ったく、口の減らんガキやなぁっ。勝った気になるのはまだ早いんやないか?」
 そう言いながらも、祥太郎はどう動こうか考えあぐねていた。
 渚は先程の自分の動きを、完璧に読んでいた。
 どういう原理なのかはまだ詳しく分からないが、きっと今まで通り攻撃しても、あの赤橙色の瞳に先程のように動きを読まれかわされてしまうだろう。
 何か方法はないものかと、祥太郎は目の前の渚を見据える。
 渚はそんな祥太郎の考えを察してか、ふっと口元に笑みを浮かべた。
 そして、スッとその右手を掲げる。
「先輩が攻撃してこないんなら、僕からしちゃおっかな」
「……!」
 バチバチと音を立て、瞬時に渚の右手に漆黒の光が集結する。
 そしてその“邪気”を宿した手を、渚は振り下ろした。
 グワッと唸りを上げ、祥太郎目がけて黒い衝撃が襲いかかる。
「くっ!」
 祥太郎はそれに対抗すべく素早く“気”を放ち、漆黒の光にぶつけて相殺させた。
 それから背後に意識を向け、いつの間にか移動し放たれた渚の右拳をかわす。
「振り返り様に右拳、それを受け止められたところを左拳、膝蹴り、取り返した右拳で顎を狙ったフック……バレバレですよ、先輩」
「くっ、いちいちごちゃごちゃうるさいわっ」
 すべて攻撃を読まれ、祥太郎は一瞬動きを止める。
 それから組み立てていた攻撃を止め、グッと拳を引いて“気”を漲らせた。
 渚は祥太郎の様子に、くすっと赤橙色の瞳を細める。
「あらら、いいんですか? そんな考えなしな大振りの攻撃しちゃったら、隙ができちゃいますよ?」
「!」
 その言葉通りブンッと放たれた祥太郎の攻撃を避けて間隙をつき、渚は漆黒の光を放った。
「……っ!」
 祥太郎は歯をくいしばり、咄嗟にその衝撃を受け止める。
 それから何とか受け止めた手に“気”を漲らせ、その漆黒の光を浄化させた。
 渚はそんな祥太郎との間合いを素早くつめ、その手に“邪気”を宿す。
 そして、再び漆黒の衝撃を放たんとした……まさに、その時だった。
「えっ!?」
「!」
 突然驚いた表情を浮かべ、渚はぴたりとその動きを止める。
 祥太郎も同時に顔を上げ、渚から視線を別のところへと移す。
 それから、自分の張った“結界”内に入ってきたその人物に言った。
「姫っ!? 何でまだ学校に……」
「祥ちゃんに……渚くん!? どうして!?」
 その時祥太郎の張った“結界”に入ってきたのは、誰でもない眞姫だったのである。
 まだ図書館で調べ物をしていた眞姫は祥太郎の張った“結界”に気がつき、中庭に駆けつけたのだった。
 渚は信じられないような表情で自分を見つめる眞姫に目を向け、少し考える仕草をする。
 そして、ゆっくりとこう口を開いた。
「清家先輩……僕、実は“邪者”だったんです。“能力者”である瀬崎先輩とも、できれば戦ったりしたくなかったんですけど、でも……」
 うるうると大きな瞳を潤ませ、渚は先程とは全く違う声で眞姫にそう言った。
 眞姫はそんな渚を見た後、祥太郎に視線を向ける。
「お願い、祥ちゃん。この“結界”を解いてくれないかな」
「…………」
 祥太郎はふうっとわざとらしく嘆息した後、眞姫の言うように“結界”を解除した。
 いくらこの場で何を言っても、口の上手い渚に誤魔化されるだろうと思ったからである。
 周囲の“結界”が解除されたことを確認し、それから眞姫は渚に近づく。
「清家先輩、黙っていてごめんなさい。僕……」
「渚くんが“邪者”なのは驚いたけど……でも、大丈夫?」
「はい、清家先輩が来てくれて本当によかったです。これ以上、誰かと戦ったりしたくなかったから」
「……よく言うわ、思いっきり毒吐きながら“邪気”放っとったのはどこのどいつや」
 ぼそっとそう呟いた祥太郎のことを完璧に無視し、渚は可愛らしい顔に微笑みを浮かべてぺこりと眞姫に頭を下げた。
「ありがとうございます、清家先輩。それじゃあ僕、これで失礼します」
 眞姫はそう言って歩き出した渚に手を振り、彼の背中を見送る。
 祥太郎は何も言わずに渚の姿が見えなくなったのを見て、眞姫に視線を向けた。
「驚いたわ、こんな時間にまだ姫が学校に残っとったなんてな」
「図書館で調べ物してたの。それよりも、これはどういうこと? 祥ちゃん」
 そんな眞姫の言葉に、祥太郎は苦笑する。
 それからハンサムな顔にいつもの笑顔を浮かべ、言ったのだった。
「久々にハンサムくんとふたりでお茶でもして帰るか、姫」




 調べ物を終わらせた眞姫は、待っていた祥太郎と一緒に学校を出て繁華街の方向に歩いていた。
 祥太郎は小さく溜め息をつき、隣を歩く眞姫に視線を向ける。
 鳴海先生からも渚が実は“邪者”であることは眞姫に伏せておくようにと言われていたため、祥太郎は彼女が下校しているだろう時間に渚を呼び出していたのだった。
 だが、結果的には今、こういう状況になってしまっている。
 きっと明日鳴海先生からお叱りを受けるだろうと苦笑しながらも、祥太郎は眞姫にどう説明しようか考えていた。
 准から前もって渚が眞姫の前では猫をかぶりまくっていることを聞いてはいたのだが、あれほどまで見事に態度を変えるなんて。
 渚の本性を今眞姫に話したところで、彼女がすぐに信じるとは思えない。
 現に今自分の隣を歩く眞姫の表情は、思いがけない出来事に少し混乱気味のようである。
「あのな、姫……あの渚クンのことなんやけど」
「祥ちゃんやほかのみんなは、渚くんが“邪者”だってこと知ってたの?」
 ふっと眞姫に見つめられ、祥太郎はその吸い込まれそうな大きな瞳に思わず見惚れる。
 それから気を取り直し、こくんと頷いた。
「ああ、知ってたで。しかもあの渚くんは“邪者四天王”のひとりや。“能力者”として“邪者”を放っておくわけにはいかんからな。それに、最初に宣戦布告してきたのは渚クンの方やしな」
 臨時ミーティングの時の渚の言葉を思い出し、祥太郎は一瞬眉を潜める。
 それから、眞姫に真っ直ぐ視線を向けた。
 そして。
「! 祥、ちゃん?」
「姫……俺はいつだって、姫のことを1番に思っとるんや。それに姫のことは、この俺が守ってやりたいってな」
 突然祥太郎の大きな手にぐいっと体を引き寄せられ、眞姫は驚いたような表情を浮かべた。
 祥太郎の広い胸に体を預けるような体勢になり、そして彼のあたたかい体温を感じる。
 それと同時に、カアッと顔が真っ赤になる感覚を覚えた。
 眞姫はそんな火照った頬に手を当ててから気を取り直し、抱きしめられた体勢のままゆっくりと顔を上げる。
「ありがとう、祥ちゃん。祥ちゃんの気持ち、すごく嬉しいよ」
 だがそれから眞姫は俯き、言葉を続けた。
「でも、やっぱり“能力者”と“邪者”って敵同士なんだよね……渚くんだって、あんなにいい子なのに」
「あんなにいい子、なぁ」
 祥太郎は眞姫の言葉にうーんと複雑な表情を浮かべつつも、ポンポンッと彼女の頭を優しく撫でた。
 眞姫は祥太郎からふっと離れた後、再び上目使いで彼を見る。
「祥ちゃん……ひとつ、聞いてもいいかな」
「ん? 何や?」
 首を傾げ、祥太郎は眞姫に視線を返した。
 眞姫は聞いていいものかどうか考えるように間を取ったが、ゆっくりと口を開く。
「もしもね、渚くんや綾乃ちゃんと敵として戦わなければならない状況になったら、祥ちゃんはどうする? 特に綾乃ちゃんとは、仲のいいお友達でしょ?」
 眞姫は悲しそうな色を湛えた瞳を祥太郎に向け、彼にそう質問した。
 そしてそんな眞姫の問いに、祥太郎は迷わず答えたのだった。
「俺は、姫のために一番やと思うことをするだけや。姫のこと、何があっても守るって決めたからな。その時、俺は俺にできることをやる」
「祥ちゃん……」
 いつものように優しく自分に視線を向けている祥太郎だったが、その瞳には強い決意の光が漲っている。
 それを感じ取り、眞姫はそっと祥太郎の手を取った。
 そして友達同士が戦うことにならなければいいと密かに願いながらも、彼に言ったのだった。
「私も、私にできることを精一杯するよ。みんなの気持ちに応えるためにも、私も頑張る」
「そうやな、一緒に頑張ろうや。んじゃ、決意を新たに今からデートしよか、姫」
 祥太郎はにっこりといつものようにハンサムな顔に笑みを浮かべ、眞姫を促す。
 眞姫は“邪者”と“能力者”の関係を思って一瞬複雑な表情を浮かべたが、栗色の髪を揺らしてそんな祥太郎の言葉にこくんと頷いたのだった。