――4月8日、聖煌学園入学式。
 在校生は本来休みであるこの日も、前年度学級委員を務めていた眞姫は入学式の手伝いで学校に登校していた。
 新入生の入学を祝うかのように、学校の桜は満開に咲いている。
 眞姫たちが入学してきた去年と同様、今年の入学式も爽やかな青空が広がる良い天気となった。
 そんな中、新入生の受付を担当することになった眞姫は校内を歩いていた。
 新入生に受付で配布するプリントの山を抱え、眞姫はゆっくりと階段を下り始める。
 その時。
「姫、大丈夫? 力仕事は僕に任せて」
 ひょいっと眞姫の抱えていたプリントを受け取り、駆けつけた准はにっこりと微笑んだ。
「あ、准くん。ごめんね、それ結構重いでしょ?」
「ううん、このくらい何ともないよ。姫は先に行って受付のセッティングの準備してて。プリントは僕が運ぶから」
 眞姫に優しい視線を向け、そして准は階段を下り始める。
 眞姫はそんな准に申し訳なさそうに手を合わせ、栗色の瞳を彼に向けた。
「ありがとう、准くん。じゃあ私、受付のセッティングに先に行ってるね」
「うん。僕もすぐ行くから」
 タッタッと小走りで階段を先に下りて行く眞姫の背中を笑顔で見送り、准は微笑んだ。
 そして彼女の後ろ姿が見えなくなった後、ふと顔を上げる。
 そんな彼の目に映ったは、新入生を歓迎するかのように咲き乱れる桜の花。
 自分が1年前に眞姫と出会ったことを思い出しながら、准は眞姫に続いて歩き出したのだった。
 准に荷物を任せて早足で校門前の新入生受付に向かっていた眞姫は、ちらりと腕時計に目を移して現在時刻を確認する。
 入学式の受付が始まるのが午前9時、入学式が開始されるのは午前10時からである。
 受付開始まであと30分ほどだということを確かめた眞姫は、それからふとその顔を上げた。
 そして、おもむろに足を止める。
「あ……」
 眞姫は目の前に現れた人物の姿を確認し、瞳を数度瞬きさせた。
 そしてにっこりと微笑み、言ったのだった。
「あれっ、おじさま? お久しぶりです、どうされたんですか?」
「おはよう、お姫様。詩音くんの誕生パーティー以来かな?」
 眞姫に紳士的で上品な笑みを向け、現れた人物・傘の紳士は笑う。
 眞姫は意外な人物との対面で驚いた様子を見せながらも、言葉を続けた。
「ええ。詩音くんのお誕生日パーティー以来だから……半月ぶりくらいですか? 学校でおじさまにお会いできるなんて、驚きました」
「今日は仕事でね、私も入学式に参加するんだよ。私も可愛いお姫様に会えて嬉しいな」
 紳士はそう言って、優しくブラウンの瞳を細める。
 そんな彼の言葉を聞いて、紳士が聖煌学園高校の経営者だったことを眞姫は思い出した。
 きっちりとスーツで正装している紳士の姿は、一層彼の上品な雰囲気を惹き立てている。
 そして思いがけない紳士との嬉しい再会に、眞姫はもう一度嬉しそうに微笑んだ。
 その時だった。
「あれ、姫?」
 自分を呼ぶ声がし、眞姫はふっと振り返る。
 背後に向けた眞姫の視線の先には、彼女に追いついた准が紳士と眞姫を交互に見ながら首を傾げていた。
「あ、准くん」
 眞姫のその言葉に、紳士はふっと瞳を細める。
 それから准に視線を向け、柔らかな微笑みを向けて言った。
「君が芝草准くん、だね」
「え? あ、はい……貴方は?」
 驚いたように紳士を見て、准はこくんと頷く。
 それから紳士が続けて彼に何か言おうとした、その時。
「……こんなところで、一体何をなさっているんですか?」
 紳士は聞こえてきたその言葉に振り返り、そして悪戯っぽく笑う。
 そしていつの間にかその場に現れた鳴海先生に、わざとらしく言った。
「これはこれは。おはよう、鳴海先生。何って、お姫様に朝のご挨拶をしていたんだよ」
 そんな全く悪びれのない紳士の様子に大きく溜め息をつき、先生は冷たい口調で続ける。
「控え室である応接室で大人しくしていてくださいと、あれほど言ったでしょう? 少し目を離すとすぐこれですから」
「だって仕方ないだろう? 控え室にいても退屈だからね」
「貴方は子供ですか? お願いですから、じっとしていてください」
 じろっとブラウンの瞳で紳士を向け、呆れたように先生はそう言い放つ。
 そんな息子の様子を楽しそうに見てから、紳士はもう一度眞姫に視線を移した。
「鳴海先生がああおっしゃっているから、そろそろ私は控え室に戻るよ。またドライブでもしましょうね、お姫様」
「え? あ、はい。おじさま、また」
 スタスタと歩き出した先生と紳士の顔を交互に見て、眞姫はぺこりと頭を下げる。
 紳士は一度振り返り、そして軽く手をあげて控え室へと戻って行く。
 そんな彼らを見送って、准は眞姫に視線を向けた。
「ねぇ、姫。あの人誰なの?」
 自分のことを知っていた紳士の言葉を思い出し、准は再び首を傾げる。
 眞姫はそんな准の問いに少し考え、言った。
「えっとね、うちの学校の経営者なの、あのおじさま。いつも何かとお世話になってるんだ」
「ふうん、そうなんだ。だから入学式に来てるんだね。でも鳴海先生、そんな偉い人にも相変わらずの態度なんだね」
「えっ? あっ、そうだね」
 准の言葉に、眞姫は少し慌てたようにそう答える。
 彼らが実は親子だということを、眞姫は准に言うべきかどうか悩んだのだった。
 先生と紳士は親子であり、そして詩音とも血縁関係がある。
 特に彼らがその関係を秘密にしているわけではないのであるが、そんな大事なことを第三者である自分が喋るのはどうかと眞姫は思ったのだった。
「えっと、受付に戻ろうか。早く準備しなきゃね」
 准に誤魔化すように笑って、眞姫は再び歩き出す。
 そして少し様子がおかしい眞姫に首を捻りながらも、准は彼女に並んで歩を進めたのだった。
 ……その、同じ頃。
「まったく、身勝手な行動は慎んでくださいと言ったでしょう?」
 はあっと溜め息をつき、先生は紳士に目を向ける。
 そんな先生の様子にも構わず、紳士は笑った。
「大丈夫だよ、ちょっとお姫様に会いたかっただけだから。それに彼だろう? 芝草准くん、“能力者”のひとりだね」
「とにかく、さっさと貴方は控え室にお戻りください。私はほかに仕事があるので失礼します」
 切れ長の瞳を父に向け、先生はわざと冷たくそう言い放つ。
 紳士はくすっと笑い、楽しそうに言った。
「おや、一緒にいてくれないのかい? 将吾」
「…………」
 無言でじろっと視線を投げる息子に、紳士はくすくすと笑い出す。
 呆れたように嘆息した後、先生は威圧的な声で紳士に言った。
「ここは学校です、分かっているのですか? それに私は、貴方のお守りだけが仕事じゃありません。これ以上余計な仕事を増やさないでいただきたいのですが」
「ふふっ、分かってるよ、鳴海先生。久しぶりに学校に来てはしゃいでいるだけだから」
「……本当に子供ですか、貴方は」
 まだ笑っている紳士に頭を抱えてそう呟いた後、先生はツカツカと歩き出した。
「ああ、そうだ。鳴海先生」
「何ですか?」
 先生の背中を見送っていた紳士は、ふと再び彼に声をかける。
 足を止めて振り返った先生に紳士はブラウンの瞳を細めた。
 それから、ゆっくりと言ったのだった。
「“能力者”である君と芝草くんがいるから、心配はしていないんだが……今日は、お姫様も学校内にいるからね」
「分かっています、こちらも注意を払っておきますので」
 父と同じ色をしている切れ長の瞳を伏せ、先生は軽く頭を下げて歩き出した。
 紳士は優しく息子の背中を見送った後、言われた通りに控え室へ向けて進路を取る。
 そして、呟いた。
「経営者として、“能力者”として……無事に入学式が終わるのを祈っているよ」




 それから、1時間半後。
 新入生の受付が終わり、眞姫たち在校生は式典の行われる講堂へと移動していた。
 前年度の学級委員の仕事は、入学式の手伝いだけでなく在校生代表として式典に出席することも役目なのである。
 眞姫は受付を済ませそれぞれの教室に入っている後輩たちを見て、去年の自分と重ね合わせた。
 期待と不安で胸がいっぱいだった、1年前。
 初めての登校日、駅で“邪”に襲われたり、学校で先生や仲間たちと出会ったり。
 眞姫にとって1年前のこの日は、目まぐるしい始まりの一日だった。
「何だか自分たちの入学式が、つい最近だったような随分前だったような……不思議な感じだね」
 眞姫と同じようなことを考えていた准は、そうぽつりと呟く。
 眞姫はそんな准に微笑み、こくんと頷いた。
「そうだね、何だか変な感じ。でもどっちかというと、随分前のことのように思えるわ」
 高校に入学してからの1年は、眞姫の人生を大きく変えたと言っても過言でない。
 そして自分では自覚してはいないが、眞姫自身驚くほどの成長を遂げた。
 そんな充実した1年を過ごした彼女にとって、去年の入学式は遠い昔のように思えたのである。
 それから、眞姫と准が式典の行われる講堂に入ろうとした……その時だった。
 もうすぐ式典の始まる講堂から、複数の先生たちが慌てたように出て行くのが目に入る。
 そんな様子に気がついたふたりは顔を見合わせた後、その場を通りかかった社会科の大河内先生に声をかけた。
「大河内先生、どうかしたんですか?」
 准の問いかけに、大河内先生は困った表情を浮かべて答えた。
「それが、入学式で新入生代表の挨拶をする生徒の姿が見えないそうなんですよ。受付は済ませているらしいんですけど、教室に来ていないらしくて探しているんです」
「じゃあ、私たちもその生徒を探しましょうか?」
 その眞姫の言葉を聞いて、大河内先生は眼鏡の奥の優しい印象を受ける漆黒の瞳を、申し訳なさそうに彼女に向ける。
「すみません、お願いしてもいいですか? 1年Dクラスの相原渚(あいはら なぎさ)という生徒なんですけど」
「分かりました、探してみます」
 大河内先生の言葉に頷いてから、ふたりはもと来た道をUターンして周囲を見回した。
「じゃあ姫、僕はこっちの校舎を探してみるから」
「うん。私はあっちを探してみるね」
 眞姫と准は効率を考え、二手に分かれる。
 そして眞姫は、在校生が普段使っている校舎へと足を運ぶ。
 手伝いのために登校している学級委員以外の在校生は今日は休みのため、校舎内はシンと静まり返っていた。
「さすがに、こんなところにはいないかな」
 そう呟きながらも、念のために眞姫は周囲を見回す。
 新入生代表の挨拶をする生徒の顔など当然知らない眞姫だが、ほかの1年生は全員すべて自分の教室に入っている。
 在校生はほとんどが顔見知りのため、制服姿で眞姫の知らない生徒を探せばいいのである。
 とはいえ、今日入学したばかりの生徒が行くところなど全く見当がつかない。
 静かな校舎を歩きながら、眞姫は左右に視線を向けて人の姿を探した。
 ……そして。
「あっ」
 眞姫は小さく声を上げて、おもむろに走り出す。
 校舎と校舎を結ぶ渡り廊下に、人影がみえたからである。
 眞姫は急いで校舎を出て、渡り廊下の真ん中できょろきょろ周囲を見回しているその生徒に声をかけた。
「あのっ、もしかして……相原渚くん?」
「えっ? あ、はい」
 いかにも迷っていますといったような少年は、驚いたように眞姫に視線を向けた。
 その少年はまだあどけなく、年齢よりも幼い印象の少年である。
 つぶらな漆黒の瞳はぱっちりとしていて、いわゆるジャニーズ系と呼ばれるような可愛い顔立ちをしていた。
 眞姫はそんな彼ににっこりと微笑み、言った。
「貴方がいないって、みんな探していたの。教室まで一緒に行きましょう?」
「あ、すみませんっ。僕、方向音痴で……校舎で迷って困ってたんです」
 恥ずかしそうに俯き、彼・渚はぺこりと頭を下げる。
 そんな仕草がまた可愛らしく、弟のような母性本能をくすぐられる印象を眞姫は彼に持った。
「今日はじめてだもんね、この学校。仕方ないよ、ね?」
 優しく自分に笑いかける眞姫に見惚れるように、渚は薄っすら頬を赤らめて彼女に視線を向ける。
 それから隣を歩く眞姫に、遠慮気味に彼は聞いた。
「あの、先輩……先輩のお名前、よかったら教えてくれませんか?」
「え?」
 先輩という慣れない響きに少し照れながらも、眞姫は急に聞かれてきょとんとする。
 渚はそんな眞姫の様子に慌てて言った。
「いえっ、あの、先輩には親切にしていただいたから」
「私は清家眞姫。2年Bクラスよ」
 慌てる渚に大きな瞳を細め、眞姫は答える。
「清家、先輩? 清家先輩、か」
 渚は反復するように彼女の名前を呟き、嬉しそうに可愛らしい顔に笑顔を浮かべた。
「それにしても新入生代表で挨拶するなんて、相原くん優秀なのね。うちの学校は毎年入試で1番だった人が挨拶することになってるって聞いたわ」
「あ、いえ、そんな。入試で1番でも、校舎で迷っちゃうくらいですから、僕」
 眞姫の言葉に照れたように、渚は再び俯く。
 眞姫はそんな彼の横顔を見ながら、柔らかな笑顔を浮かべた。
「うちの学校って結構複雑だから、迷っちゃっても仕方ないわ。でも大丈夫、すぐ覚えるよ」
「あ、はい。じゃあ覚えるまでいろいろ教えてくださいね、清家先輩」
「うん、いいよ。分からないことがあったら聞いてね」
 そんなことを話しながら、ふたりはようやく彼の教室のある校舎に差しかかった。
 その時。
「あ、姫っ。よかった、見つかったんだね」
 渚を探していた准は、眞姫の隣にいる少年に視線を向けて安堵の表情を浮かべる。
「うん。今から1年Dクラスに一緒に行くところなの」
「すみません、ご迷惑かけました」
 ぺこりと隣で頭を下げる渚を見てから、眞姫は准に言った。
「私が彼を教室まで連れて行くから、准くんは先生たちに彼が見つかったって報告してきてくれないかな?」
「うん、分かったよ。じゃあ講堂で待ってるね、姫」
 眞姫の言葉に頷いて、准はふたりに背を向けて講堂へと進路を取った。
 そんな彼の背中を見送り、そしてふたりは彼のクラスの前に到着する。
「清家先輩、どうもありがとうございました」
「いいえ。新入生代表の挨拶、頑張ってね」
 教室に入る前にもう一度頭を下げる渚に、眞姫はにっこりと微笑んだ。
 そんな彼女の笑顔に再び頬を赤らめ、渚はこくんと頷く。
「はい、ありがとうございます」
 眞姫は彼が無事に教室に入ったのを確認し、それから式典の行われる講堂へと歩き出した。
「清家先輩、か……もう2年生なんだな」
 そう呟いてふふっと嬉しそうに笑って、眞姫はタッタッと軽快に階段を駆け下りたのだった。




 ――その日の午後。
「お疲れ様、姫」
「うん、准くんもね」
 入学式も無事に終わって後片付けも終え、ふたりは一緒に下校していた。
 まだ時間も早いため、准の提案で繁華街でお茶をしようとふたりは賑やかな街の方へと歩いているところである。
 眞姫は春風に揺れるブラウンの髪をそっとかき上げ、そして言った。
「今日相原渚くんにね、先輩って言われて照れちゃった。もう私も先輩なんだなぁって」
「相原渚くんって、あの新入生代表の? そういえば彼、どこにいたの?」
 ふと思い出したように、准は眞姫にそう聞く。
 眞姫はブラウンの瞳を優しく細めて答えた。
「在校生の教室の校舎のね、渡り廊下にいたの。迷っちゃって教室が分からなくなったんですって」
「在校生の校舎の渡り廊下? 1年の校舎と全然見当違いもいいところじゃない」
「うん。まさかそんなところにいるなんて思っていなかったから、私もびっくりしちゃった。でも何だか天然っぽい可愛い子だったから、妙に納得しちゃったんだけど」
 そう言ってくすくす笑う眞姫に、准は柔らかな笑顔を向ける。
「姫に天然って言われるなんて、彼ってよっぽどなんだろうね」
「え? 何で?」
 准の呟いたその言葉に、眞姫はきょとんとして小首を傾げた。
 准はそんな眞姫の様子に笑い、そして言った。
「ううん、気にしないで。それよりも、どこの店に入ろうか?」
「うーん、どこに入ろうか。あっ、じゃああそこにしない? バスターミナルの近くの」
「あ、それって“Komachi Angel”? あそこのお店のバナナパフェ、姫好きだもんね」
 さり気なく眞姫の好みが頭に入っている准は、そう言ってにっこりと微笑む。
 眞姫はそんな彼の言葉に何の疑問も持たず、こくんと頷いた。
「うん。あそこのバナナパフェ、すごく大好きなんだ。じゃあ行こうか、准くん」
 そう言って眞姫は、はしゃぐように心なしか歩調を速める。
 そんな楽しそうな眞姫の笑顔を見つめながら、准は優しい瞳を嬉しそうに細めたのだった。
 ――その頃、同じ繁華街の中にある喫茶店で。
 ちらりと時計を見て、“邪者四天王”のひとり・高山智也は大きく溜め息をつく。
 そして同じ四天王であり、相変わらず険悪なムード漂うふたりに目を向けた。
「今日は杜木様もいらっしゃるんだ、頼むから揉め事起こすなよ」
「揉め事なんてとんでもないよ、僕はすごく嬉しいんだけどね。何て言っても、四天王が全員揃うんだから」
 くすっと笑みを浮かべ、その男・鮫島涼介は目の前の少女に視線を移す。
 あからさまに怪訝な表情をした後、その少女・藤咲綾乃はふいっと涼介から顔を背けた。
 それから外に視線を向け、口を開く。
「ていうか、あいつ今日はちゃんと来るの?」
「今日は来るだろ、杜木様もいらっしゃるからな」
「彼の能力も興味深いからね。楽しみだな」
 そう言って笑う涼介をじろっと睨んだ後、綾乃はふと顔を上げる。
 それから智也に目を向け、言った。
「あっ、あいつが来たわよ? ウワサをすればってカンジ?」
 喫茶店に入ってきたひとりの少年を見つけ、綾乃は軽く手を上げる。
 智也は安心したようにはあっと嘆息し、到着して自分たちのテーブルまでやって来た少年に口を開く。
「おまえな、ひやひやさせるなよな。杜木様まだいらっしゃってないからよかったけど」
「相変わらずうるさいなぁ、来てやっただけでも有難く思ってよね」
 わざとらしくちらりと智也を見て、その少年はそう言った。
「あんたこそ相変わらずねぇ、その態度。杜木様の前ではあんなに猫かぶってるのに」
「ていうかさ、杜木様だから当然だろう? むしろおまえらごときに猫かぶる、その労力が惜しいし」
 そう言ってその少年は空いている涼介の隣に座る。
 涼介は漆黒の瞳を向け、彼に微笑む。
「久しぶりだね。今度、よければ僕の実験に協力してくれよ」
「涼介、相変わらずおまえ変態っぽいコトやってんの? 僕、そーいう趣味ないから」
 毒舌全開なその少年を見て、そして智也は深々と溜め息をつく。
 そしてテーブルに頬杖をつき、言ったのだった。
「その横柄な態度は昔からだから、もう慣れたっていうか諦めたけど……何か渚が聖煌の制服着てるの見たら、無性に腹立つのって俺だけ?」
 その智也の言葉に、その少年・相原渚はその可愛らしい顔を大きく横に振る。
「だって仕方ないだろ、今日入学式だったんだから。校舎で迷うし、新入生代表の挨拶はさせられるし、大変だったんだからな」
 綾乃はベビーフェイスに似合わずチッと舌打ちした渚に目を向ける。
「あんた、また迷ったわけ? それに新入生代表の挨拶って……ていうか渚を見てると、勉強ができるのと頭がいいのは別なんだーってつくづく思うわぁっ」
「ま、この僕みたいに勉強もできて頭もいい選ばれた存在も極稀にいるんだけどね」
 何故か得意気にそう言う渚に、智也は笑った。
「日本語は正しく理解しろよ、おい。ていうか、自分のこと分かってないその言動がバカなんだよ、おまえは。それよりも、迷ったって大丈夫だったのか? 本当に信じられないくらい方向音痴だからな」
「おまえ、誰に向かってそんな口聞いてるワケ? ま、今日は方向音痴だったからこそいいこともあったんだけどね」
 渚はそう言って、ふふっと思い出すように笑う。
 綾乃はそんな様子を見て首を傾げた。
「いいこと? 何よ、思い出し笑いなんてして気持ち悪いわねぇ」
「気持ち悪いって綾乃、自分のこと考えてから言ってよね。それよりも方向音痴なおかげで僕、運命の女性と出会っちゃったんだよ」
「は? 運命の女性?」
「何ちゃっかり初日から色目使ってるのよ? で、どんな人?」
 不思議そうにする智也と綾乃を後目に、涼介はふっと笑う。
「君のおめがねにかなう女性なんて、気になるね」
 そんな涼介の言葉に満足そうに笑い、渚は言葉を続けた。
「はぁっ……もうすっごく可愛くて綺麗で優しいんだもん、清家先輩って」
 うっとりするようにそう呟き、渚はほうっと溜め息をつく。
 その瞬間、漆黒の瞳を大きく見開き、智也は信じられないといった表情を浮かべる。
 渚の言葉にいち早く反応したのは、言わずもがな智也であった。
「ちょっ! ちょっと待て、おまえっ!? 清家先輩って……眞姫ちゃんかよ!?」
「智也のくせに僕の清家先輩のこと、何図々しく名前で呼んでるんだよ。誰の許可得たワケ?」
 じろっと智也に目を向ける渚に、綾乃は嘆息する。
「あんたね、この間私たちがいくら眞姫ちゃんのこと可愛いって言ったって、全然聞く耳持たなかったじゃない」
「そーだっけ? おまえらの話なんて、3秒で忘れたよ」
 しれっとそう抜かす渚に、智也はぶんぶんっと大きく首を振った。
「おまえな、冗談じゃないぞっ!? マジで全力で“邪気”放ってもいいか!?」
 ガタンッと興奮して立ち上がる智也を宥め、綾乃は漆黒の髪をかき上げる。
「まーまー、智也。渚のことボコりたい気持ちはよーく分かるけど……」
 そこまで言った綾乃の言葉に、涼介はふっと口元に笑みを宿して続けた。
「智也、杜木様がいらっしゃったみたいだよ?」
「…………」
 はあっと嘆息し、智也は仕方なく席に座る。
 それと同時に、彼らの上に立つ人物・杜木慎一郎がつばさを伴って喫茶店に入ってきた。
 到着した彼の纏う“邪気”に、4人の表情が無意識のうちに引き締まる。
 そんな4人に柔らかい笑顔を向け、杜木は言った。
「待たせて悪かったね、みんな」
「杜木様、お久しぶりですっ。この間は約束していたのに申し訳ありません、受験勉強の疲れが出ちゃったみたいで……僕って身体弱いから、すぐ発熱とかしちゃうんですよ」
 さっきまでとはまるで違った甘えたような表情と口調で、渚は杜木にぺこりと頭を下げる。
「よく言うよ、余裕で寝坊しただけのくせにな」
 テーブルに頬杖をつき、ぼそっと智也は呟く。
 杜木の隣にいるつばさは、そんな智也の言葉に頷いて大きく嘆息した。
「本当に相変わらずのようですわね、渚。今日も貴方がいつものように、また来ていないんじゃないかとハラハラしましたわ」
 わざとらしい丁寧な口調でそう言って、つばさは漆黒の瞳を彼に向ける。
 そんなつばさから目を逸らし、渚は小首を傾げてまだあどけないその顔を杜木に向ける。
 杜木は優しく隣のつばさの頭を撫で、言った。
「今日は渚もきちんと来ているし、四天王が全員揃ったんだ。この間のことは構わないよ、つばさ」
「杜木様は渚に優しすぎますわ。たまにはガツンと言ってやってください」
 はあっと嘆息するつばさににっこりと微笑んでから、杜木は渚に漆黒の瞳を向ける。
 それから、物腰柔らかな優しい声で彼に言ったのだった。
「今日は入学式だったんだな。入学おめでとう、渚」
「ありがとうございます、杜木様っ。尊敬する杜木様と同じ学校で学べるなんて嬉しいです、僕っ」
 杜木にぽんっと頭を撫でられ、渚はにこにことジャニーズ系のその顔に微笑みを浮かべる。
 そんな渚を見て、智也は隣の綾乃に言ったのだった。
「……あいつ、本当にぶっ飛ばしてもいいか?」
「そうねぇ、何なら半殺しくらいしとく?」
 智也の隣に座ったつばさも、そんなふたりに同意するように大きく頷く。
「杜木様は本当にお優しすぎですわ、渚に対して。むしろ私も手伝うわ、智也」
 涼介はそんな会話を楽しそうに聞きながらコーヒーをひとくち飲む。
「仲が良くて微笑ましいね、みんな」
「一体これのどこが微笑ましいんだ、涼介?」
 智也は何度目になるか分からない溜め息をつき、涼介の言葉に肩を落とした。
 それから杜木は上着を脱いだ後、つばさの隣に座る。
 その後、改めてその場にいる全員を見回した。
 そして闇のような漆黒の瞳を細めた後、ゆっくりと言ったのだった。
「“邪者四天王”が全員揃った今、こちらから本格的に動こうと思っている。目的は“浄化の巫女姫”の早期能力覚醒を促すことと邪魔な“能力者”の始末、そして……」