どんよりと厚い雲に覆われた空は薄暗く、今にも一雨来そうである。
 金色に近いブラウンの彼の髪が、ビュウッと強く吹きつける一陣の風に揺れた。
 そんな様子を気にも留めず、健人は前を見据えて歩みを止めない。
 その青い瞳に宿る眼光は心なしか鋭く、眞姫といた時とまるで表情も違っていた。
 彼の美形の顔を険しいものに変えたのは……靴箱に入っていた、一通の手紙。
 健人は風に靡くブラウンの髪をザッとかき上げた後、おもむろに足を止めた。
 その場所は、学校の中庭だった。
 放課後の中庭は、殆ど人の気配もなくシンと静まり返っている。
 そんな中、健人は中庭で自分を待っていたひとりの少年を見据え、口を開く。
「どういうつもりだ? 俺に何の用だ」
「何の用って蒼井先輩、ちゃんと僕の果たし状、見ましたか? 文字くらい読めるでしょ?」
 わざとらしくそう言って、その少年・渚は続けた。
「僕、もう我慢できないくらい先輩のこと気に食わないんですよ。あームカつくっ」
 眞姫と仲の良い健人に大きな嫉妬心を感じた渚は、感情が抑えきれず健人に果たし状を叩きつけ、中庭に呼び出したのである。
「そんなことで、俺をここに呼び出したっていうのか?」
 健人は渚の言葉を聞いて呆れたように大きく溜め息をついた後、右手に持っていた手紙をおもむろにビリビリと破った。
 そしてそれを地に捨てると、渚に背を向けて歩き出す。
 渚はそんな健人に漆黒の瞳を向け、言った。
「蒼井先輩、どこに行くつもりですか?」
「くだらない、帰る。おまえに付き合う暇も義理も、俺にはない」
 健人は渚のせいで眞姫と一緒に下校し損ねたことに顔を顰めながらも、スタスタと歩みを止めない。
 渚はそんな健人に、すかさずこう言い放った。
「逃げるんですか? 蒼井先輩」
「……何だと?」
 渚のその言葉に、健人はピタリと足を止める。
 それから振り返り、鋭い視線を渚に向けた。
 渚はそんな健人の反応を見て口元に笑みを浮かべ、さらに口を開く。
「聞こえませんでした? 逃げるんですかって、僕は言ったんですよ。あ、もしかして、おじけづいちゃいましたか?」
 くすっと煽るように笑って、渚はつぶらな瞳を健人に向ける。
 健人はそんな渚の様子に、綺麗なブルーアイをふっと細めた。
 そして。
「!」
 渚は次の瞬間、周囲の空気の変化を感じてその表情を変える。
 それから、ニッとベビーフェイスに笑みを浮かべた。
 健人の右手から大きな“気”の光が弾けた瞬間、ふたりの周囲に強固な“結界”が張れらたのである。
 健人は渚に向き直り、キッと鋭い視線を彼に投げた。
 そしてグッと拳を握り締めると、ゆっくりと言ったのだった。
「……その喧嘩、買ってやる」
 渚はぐるりと健人の張った“結界”を見回した後、可愛い印象を受ける表情を険しいものへと変える。
 そして漆黒の瞳で健人を睨み、吐き捨てるように呟いた。
「僕の方が断然清家先輩に相応しいってことを、これでもかってくらい見せつけてやるんだから」
 そう言って、渚は右手に強大な“邪気”を宿す。
 そしてその力の大きさを物語るかのように、空気が振動した。
 健人は渚の行動に少し意外そうな表情を見せ、ふっと瞳を細めて身構える。
 健人のそんな様子に、渚は笑った。
「どうせ瀬崎先輩や芝草先輩に、前もって僕の戦い方とか聞いてるんでしょうけど……そう毎回同じ戦い方はしませんってば。今日は何てったって、ムカつく先輩のことボコるのが目的だし」
「ムカついているのはこっちだ。ごちゃごちゃ言ってないで、来い」
 健人も輝く“気”の光をその手に纏い、スッと勢いをつけるように後ろに引く。
 そして。
「めっちゃめちゃ後悔させてあげますよ、先輩っ!」
「……!」
 ふたりの掌から、同時に大きな衝撃が繰り出された。
 ふたつの力が鋭く空気を裂いて唸りを上げる。
 そしてそれらは、お互いの中間で正面からぶつかり合う。
 刹那、眩い“気”と漆黒の“邪気”が大きく弾け、耳を劈くような轟音が響いた。
「!」
 渚は立ち込める余波を見据えるように漆黒の瞳を細め、おもむろにふっと上体を反らす。
 それと同時に、ビュッと風の鳴る音がする。
 そして渚の顔のあった位置を、素早く間合いを詰めた健人の右拳が空を切った。
 健人は青い瞳をキッと渚に向けると、間髪入れずに右足で蹴りを放つ。
 渚はそれを右腕でガードし、左手をスッと軽く引いて“邪気”を漲らせた。
 健人はそんな渚の予備動作を見逃さず、瞬時にそれに対抗すべく“気”を宿す。
 次の瞬間。
「く……っ!」
「ちっ!」
 バチッと、プラズマがはしる。
 至近距離で同時に放たれた光が反発し合ってお互いの手が弾かれ、ふたりは距離を取った。
「あーもう本っ当にムカつきますよね、先輩って」
 憎々しげにそう言って舌打ちし、渚は鬱陶しそうに漆黒の前髪をかき上げる。
 それから煽るような作り笑顔を浮かべ、わざと可愛らしい声で言った。
「蒼井先輩、悪いコトは言いませんから、清家先輩から手を引いてくださいよ。僕が清家先輩のこと幸せにしますから。それに僕、弱いものイジメって好きじゃないし」
「……何だと?」
 ピクッと渚の言葉に反応を示し、健人はさらに険しい表情を浮かべた。
 青い炎の宿った戦意漲るブルーアイを渚に向け、グッと拳を握り締める。
 そして。
「!!」
 ドオンッという激しい衝撃音が“結界”内に響き渡る。
 突然繰り出された健人の“気”の攻撃を咄嗟に避けた渚は、ハッと顔を上げた。
 渚の漆黒の瞳に映ったのは、地を蹴って自分に迫ってくる健人の青の瞳。
 一瞬にして距離を縮めた健人は、“気”の漲った右手を渚目がけて振り下ろす。
「……ちっ!」
 渚は何とか身を翻し、光の衝撃をかわした。
 だが健人は攻撃の手を緩めず、眩い“気”の光が渚を追従する。
 渚はその光の軌道を見据え、大きく跳躍した。
 渚を捉えることのできなかった“気”の光が、地面に衝撃痕を刻む。
 健人はそんな弾ける無数の光を気にも留めず、ふっとブルーアイを細める。
 そして渚の着地位置を予測して、再び“気”の衝撃を繰り出した。
「くっ!」
 渚は着地して素早く体勢を整えると、バッと両腕を前に突き出す。
 防御壁を張る余裕も避ける余裕もない渚は、その大きな光を両の掌で受け止めた。
 ぎりっと歯をくいしばり、渚は何とかその光を浄化させる。
 その時。
「!」
 本能的に顔を上げ、渚は漆黒の瞳を見開いた。
 それと同時に、バシッという音があたりに響く。
 健人は舌打ちし、怪訝な表情を浮かべた。
 隙をついて放たれた健人の右拳が、ほんの寸前のところで渚の掌に阻まれていた。
 渚は大きくひとつ息を吐くと、おおむろにふっと目を閉じる。
「ったく、あぶないなっ……いきなりキレないでくださいよね。ていうか、もう本当にムカついて仕方ないですよ。特に先輩の、その青い瞳」
 そこまで言って、渚は一旦言葉を切る。
 そしてゆっくりと瞳を開くと、言葉を続けた。
「でも……僕の“赤橙色の瞳”の前では、もう先輩は何もできませんよ」
「……!」
 健人は自分の拳を取り戻し、その表情を変える。
 それから渚から距離を取ると、体勢を整えブルーアイを彼に向けた。
 そんな健人の青い瞳に映るのは。
「“赤橙色の瞳”、か」
 先程と比べ物にならないくらいの大きな“邪気”を感じながら、健人はそう呟く。
 渚の両の瞳は、漆黒から赤橙色へとその色を変えていた。
「さ、先輩。続き始めましょうか。でももう、先輩に勝ち目はないですけどね」
 渚はくすくすと笑いながら、指をクイクイと動かして健人を煽る仕草をする。
 健人はそんな渚の言葉に怪訝な顔をすると、ふっとその手に“気”を漲らせた。
 そして球体を成した光の塊を渚に放とうと、右手に力を込める。
 その時だった。
「やっと出しやがったかよ、その赤目。ったく、相当待ちくたびれたぜっ」
「……!」
「!」
 突然聞こえてきたその声に、健人と渚は同時に顔を上げる。
 渚は橙を帯びた赤の瞳で現れた少年を見て、呟いた。
「小椋先輩!?」
 健人は自分の“結界”に干渉してきたその少年・拓巳にブルーアイを向ける。
「拓巳か。おまえ、何しに来た?」
「何しに来たってな、そのガキのこと数日前からずっと監視してたんだよ。監視なんて回りくどいこと慣れてねーからよ、もう肩凝って仕方ないっての」
「監視って、先生の指示か?」
 そう聞いた健人の言葉に大きく頷いた後、拓巳はニッと笑ってこう言葉を続ける。
「鳴海の野郎からの指示は、相原渚が赤目を発動させたら、その時いる“能力者”と一緒にそいつをボコれって指示だよ」
「ったく、イキナリ出てきて。邪魔だから引っ込んでてくださいよ、小椋先輩。ま、でも僕は2対1でも全然余裕なんですけどね」
「おまえな、邪魔とか言うなっ。相変わらず生意気でデカイ態度だな、ったく」
 じろっと自分を見てふてぶてしい態度を取る渚に顔を顰め、拓巳はザッと前髪をかき上げる。
 それからふっと大きな漆黒の瞳を細めると、言ったのだった。
「ていうかよ、2対1だって? よく言うぜ。そう言うおまえにも、しっかり保護者付いてるじゃねーかよ。ていうか……そろそろ出てきてもいいんじゃねーか?」
 そう言って拓巳は、視線をまた別のところに移す。
 その視線を追った渚は、その場におもむろに現れたある人物の姿を見つめ、赤橙色の瞳を見開いた。
 そして、怪訝な表情を浮かべて口を開く。
「智也!? おまえ、何で」
「杜木様の命令じゃなきゃ、おまえのストーカーなんて俺だってしたくないよ、渚」
 ふっと渚に漆黒の瞳を向け、現れた智也は笑う。
 渚は眉を顰め、そんな智也に言った。
「冗談じゃない、小椋先輩以上に邪魔だよ、おまえ。余計なことしたら、おまえもぶっ殺すからな」
「あのな、せっかく手を貸してやろうって人が出てきたのにその言い草かよ」
「手を貸すだって? それがめっちゃめちゃ大きなお世話だって言ってんだよ、空気くらい読め。むしろ、あと5秒で帰れよな」
 はあっとわざとらしく溜め息をつく渚に、智也は怒る様子もなく慣れたようにやれやれといった表情をする。
 拓巳はそんなふたりのやり取りを聞いて、瞳をぱちくりさせた。
「相原のやつ、味方にもあの調子なのかよ」
「…………」
 健人は相変わらず険しい表情で、渚と智也を交互に見た。
 智也は渚の肩を宥めるようにぽんっと叩いた後、ふっと漆黒の瞳を細める。
 それから智也は拓巳に視線を向け、言った。
「君があの鳴海先生の指示で動いてるように、俺も杜木様の命令で動いててね。というわけで、仕事をきっちりさせてもらうよ」
 そう言った途端、智也はその右手に漆黒の“邪気”を漲らせる。
 拓巳と健人は智也の強い“邪気”を感じ、表情を引き締めてそれに応戦すべく身構えたのだった。




 ――同じ頃。
「鳴海先生、どうして相原くんの監視役を拓巳に?」
 数学教室で、准はそう目の前の鳴海先生に聞いた。
 その言葉に同調するように頷き、一緒に数学教室に呼び出された祥太郎も口を開く。
「拓巳の性格考えたら、監視なんて一番不向きな役割やと思うんやけど。どういう意図があるんや? センセ」
 詩音はそんなふたりの言葉を無言で聞きながら、ふと色素の薄いブラウンの瞳を鳴海先生に向ける。
 先生はその場にいる3人を見回し、大きく溜め息をついた。
 そして、いつも通りの威圧的な声で言った。
「どうもこうもない。確かに、監視という役割はおまえたちの方が能力的に適している。だが今回の目的が監視だけではない上に、その対象があの相原渚だ」
「あの渚クンやったら、どうして拓巳がいいんや?」
 小さく首を傾げる祥太郎にちらりと目を向け、先生は話を続ける。
「おまえらの中で、一番相原渚の能力と相性が合うのは拓巳だろうからな。それに性格的にも、一緒にいるのが健人だと余計好都合だ」
「健人と一緒だと好都合? あのふたりのことだから、一緒にキレてそれこそ収集つかないんじゃ……」
 心配そうな准の様子に、先生は大きく首を振る。
 そして、言った。
「拓巳と健人はどちらもすぐに頭に血がのぼる傾向の強い性格だが、少しその性質は異なる。健人は言われたことに対してカッとなる傾向が強いが、拓巳は誰にそれを言われたかによるのだ。拓巳の場合は、同じことを言われても言葉を発した人物によって感じ方が極端に違うんだ。つまり、ふたりの琴線に触れる対象が違うというわけだ」
「なるほどね、確かに鳴海先生が言うことは全部気に食わないみたいだしね、拓巳は」
 ふっと優雅な微笑みを宿し、詩音は笑う。
 准はまだ分からないといった様子で続けて先生に聞いた。
「でもそれと今回の指示と、どう関係があるんですか?」
「拓巳には、相原渚の特殊能力が発動してから動くように指示を出している。あの相原渚の言動と健人の性格を考えると、その前に健人がキレていることが容易に予想される。そんな健人を前に、拓巳まで見境がなくなることはないだろう。相原渚の吐く言動は、拓巳の琴線に触れるものとは少し種類が異なるからな。それに拓巳は、おまえらの中で一番動体視力がいい。拓巳が不器用な分は、健人の持つ器用さで補える」
「センセはたっくんの琴線に触れるコト言う天才やしな。ていうか珍しいなぁ、何気にたっくんベタ褒めやんか」
 ニッと笑う祥太郎にじろっと目を向け、鳴海先生は嘆息する。
 そして、言った。
「いつも言っているが、私はおまえらの能力を過小評価しているわけでもなければ、買いかぶりすぎてもいない。状況に応じて一番最適だと思うように指示を出し、動くだけだ」
「それで今回の拓巳への指示なんですけど、監視だけが目的じゃないってどういうことですか?」
 准のその言葉に、鳴海先生はブラウンの瞳をふっと伏せる。
 それから瞳を開いて健人の張った“結界”の方角を見据え、ゆっくりと言ったのだった。
「最近の相原渚の行動は、目に余るものがある。こちらとしても、いつまでも好き勝手させて黙っているわけにはいかない」




 健人の張った“結界”の中では、眩い“気”と漆黒の“邪気”がバチバチとお互いを牽制し合うように音を立てて渦巻いている。
 智也は集結させた“邪気”を放とうと、スッと右手を引いた。
 その時。
「あのなぁ、何度言わせる気? 邪魔するなって言ってんだろ、智也っ」
 ガッと咄嗟に智也の腕を掴み、渚は赤橙色を帯びた瞳で彼を見た。
 智也は振り返り、ふっと漆黒の瞳を渚に向ける。
 渚はわざとらしく大きく溜め息をつき、言葉を続けた。
「“能力者”ふたりくらい、“赤橙色の瞳”が発動した僕の敵じゃないし。分かったら、さっさと引っ込んでろよ」
 智也はそんな渚の言葉に、ふと考える仕草をする。
 それから掴まれた腕を取り返して構えを解くと、漆黒の前髪をかき上げて言った。
「仕方ないな、おまえがそこまで言うなら。んじゃ、俺は見物させてもらうとするかな」
 そう言って智也は、戦況を見守るかのように数歩下がって腕組みをする。
 そんな様子に満足したように赤を帯びる瞳を細めてから、渚は拓巳と健人に向き合った。
「さ、先輩方。ふたりいっぺんにどこからでもどうぞ。僕にはかすりもしませんから」
 余裕の表情でそう言う渚に、健人は鋭い視線を向けて“気”を宿す。
「そんな大口叩けるのも、今のうちだ」
「ったく、調子乗ってると痛い目に合うぞ、おまえっ」
 チッと舌打ちをし、拓巳もその手刀に“気”を漲らせた。
 そして。
「!」
 健人の手から眩い“気”の衝撃が放たれる。
 渚はスッと目の前に“邪気”を纏った右掌を翳すと、その攻撃を難なく受け止めた。
 それからすぐに右に視線を移すと、口元に笑みを浮かべる。
「この“気”は、僕の注意を逸らすためのものですか? でもバレバレですよ、死角になってる右からの小椋先輩の手刀での攻撃、そしてその隙に間合いを詰めた蒼井先輩の背後からの蹴り……間違ってないでしょ?」
 その言葉通り右から振り下ろされた拓巳の手刀を軽々と避け、渚はすぐに身を翻す。
 ほんの僅かの差で、健人の蹴りが空を切った。
 拓巳はすかさず攻撃をかわした渚を追従し、その手に瞬時に形成させた球状の“気”の塊をブンッと放つ。
 だがその攻撃もお見通しの渚は、ふっと跳躍してそれをやり過ごした。
 それから体勢を整えると、再び赤橙の色を帯びる目を細める。
 そして地を蹴って再び迫りくる拓巳と健人の攻撃をすべて見切ってかわすと、素早くその手に“邪気”を漲らせた。
「先輩たちの攻撃はかすりもしないって、言ったでしょっ!」
「……なっ!?」
「くっ!」
 ふたりの攻撃の合間を縫って、渚は強大な漆黒の光を放つ。
 思わぬ反撃に顔を顰めながらも、拓巳と健人はそれぞれ襲いかかる衝撃をかわし、渚から距離を取った。
「俺たちの攻撃が、すべて読まれている……あの“赤橙色の瞳”の能力か。どうやってあの瞳の意表をつくか、だな」
 ブルーアイを渚に向けたまま、健人は再び身構えてそう呟く。
 拓巳は漆黒の前髪をかき上げた後、ふと何かを考える仕草をした。
 それから、ぽつりと言った。
「意表をつく、か。でも逆にどう俺たちが動くか、あいつに分かってもそう大した問題じゃないんじゃないか?」
「……何?」
 その意外な言葉に、健人は拓巳をちらりと見る。
 拓巳は健人に視線を返すと、続けた。
「それによ、ひとつ気がついたことがあるんだよ。あいつの“赤橙色の瞳”って……」
 健人はその拓巳の言葉に、少し表情を変える。
「ということは、そのことを利用すれば、あいつに攻撃が当たる確率も高いってことか」
「ああ。あいつの動き見てたら、たぶん間違いないと思うんだけどよ……ま、やってみるか」
 拓巳はふうっと息を整え、大きな漆黒の瞳で渚を見据えた。
「…………」
 相変わらず動く気配は見せないが、ぼそぼそと小声で何かを話す“能力者”の様子に、智也はふと複雑な顔をする。
 逆に渚は余裕の表情を浮かべ、ふたりに赤い瞳を向けた。
「何を企んでるか知りませんが無駄ですよ、先輩方。あ、それとも逃げる相談ですか?」
「ったく、口の減らないヤツだな」
 拓巳は渚の毒舌に顔を顰めながらもその手に“気”を宿すと健人に目を向けてニッと笑い、こう言ったのだった。
「あいつの調子乗ってるなめきった面、思いっきりぶん殴ってやろうぜ、健人っ」
「ああ。絶対にあいつは、ぶっ飛ばす」
 拓巳の言葉に小さく頷き、そして健人も眩い“気”の光を纏った手をグッと握り締めたのだった。