2月12日・土曜日。
 約束の時間よりも少し早めに繁華街に到着した准は、腕時計に目をやって嘆息する。
「どうせまだ、誰も来てないだろうけど」
 そう呟きながらも、一応待ち合わせ場所である噴水広場に向かった。
 休日の広場は待ち人を待つ人で賑やかである。
 広場に足を踏み入れた准はその時、ふと意外な表情を浮かべた。
「あれ? 早かったんだね」
 広場の噴水の前にいる少年にそう声をかけ、准は彼の隣に並ぶ。
 そんな准ににっこりと上品な微笑みを向けて、その少年・詩音は言った。
「この場所は僕のお気に入りなんだよ。少し早く来て、水の妖精たちが奏でるハーモニーに耳を傾けるのもいいかと思ってね」
「水の妖精、ね」
 相変わらずな調子の詩音に、准はちらりと目を向ける。
 ブラウンのいかにも高級そうなシンプルなロングコートは、上品で美形な詩音の雰囲気にぴったりだった。
 普段から何かと夢見がちな言動を取る自称王子様な詩音だったが、私服は意外にもシックなものが多い。
 彼曰く、服で着飾らなくても王子はその存在だけで万人の目を惹くものなのだという。
 確かにその場にいるだけで、ある意味凡人と違う雰囲気を醸し出している気はするのだが。
 とはいえ、コンサートの際に着るフォーマルな格好やパーティーに出席する時の煌びやかな服装も、自称王子様なだけあって彼には余計に似合っていた。
 准は広場の時計を見てから、はあっと嘆息する。
「あとどれくらいで全員揃うんだろうね、まったく」
「祥太郎は約束の時間ちょうどくらいに到着しそうだね。でも拓巳と健人はまだ僕の空間能力の及ぶ圏外にいるみたいだから、当分来ないみたいだよ」
 怪訝な表情の准とは対称的に柔らかな微笑みを浮かべ、詩音はそう言って色素の薄い瞳を細めた。
 ――この日5人の少年たちは、お姫様の誕生日プレゼントを買うために約束しているのである。
 普段から一緒にいることも多い少年たちではあったが、プライベートで5人揃って休日に集まるなんて、そう滅多にないことであった。
 だが何かと時間にルーズなのは、決まってB型のふたりである。
「拓巳と健人が遅れるのは分かっているんだから、もう少しゆっくり来てもよかったんじゃないかい?」
 遅刻魔なふたりが当分来ないという言葉を聞いて再び溜め息をついた准に、詩音は目を向けた。
 准はそんな詩音の言葉に首を振る。
「そうなんだけど、待ち合わせ時間に余裕持っていないと落ち着かなくて。人を待つのは嫌いじゃないし。とは言っても、限度はあるけどね」
「まぁ、そう言わずに。王子と一緒に水の精の旋律でも聴いていようよ」
「……僕にはちょっと、それは無理みたい」
 楽しそうに噴水の水音に酔いしれている詩音を見て、准は苦笑した。
 その時。
 広場の時計の鐘が鳴り始めたと同時に、ひとりの少年が姿をみせる。
「おっ、時間ジャストやなぁっ。まだふたりだけか? ま、予想通りのメンツやけどな」
「当分来そうにないらしいよ、あのふたり」
 待ち合わせ時間ちょうどに現れた祥太郎に、准はそう言った。
 詩音はにっこりと微笑み、准の言葉に続ける。
「やあ、祥太郎。今、准とふたりで水の妖精の演奏会を鑑賞していたところだったんだよ」
「ていうか詩音、やっぱり僕も一緒に鑑賞してることになってるんだ……」
 そんなふたりのやり取りをきょとんと見ていた祥太郎は、それから思いついたようにハンサムな顔に笑みを浮かべた。
「そうや、拓巳と健人のどっちが最後にくるか、賭けでもせえへん?」
「そうだね、今までのことを考えると拓巳の方が遅そうだけど、健人は極端だから難しいな」
 祥太郎の言葉に、詩音は相変わらず柔らかな表情を浮かべる。
 准は逆に、確信あるようにはっきりと言った。
「健人の方が遅いと思うな。拓巳はいつもどんな時も変わらず15分から30分程度遅れるけど、健人は要領いいところがあるから、遅れたらいけない時と遅れていい時と勝手に無意識に識別してるんだよ。だからきっと今日は、余裕で遅れてくるよ」
「んじゃ、俺は拓巳に賭けるわ。あの悪魔な鳴海センセの訓練時間さえも遅れるあの遅刻根性、俺には到底真似できんからな。そういうことで、最後に来たヤツに今日の全員の昼食代奢らせるっちゅーことでっ」
 そう言って祥太郎は悪戯っぽく笑う。
 その時、ふと詩音は顔を上げてブラウンの髪をかきあげた。
「おや、そう言っている間にどうやら騎士のひとりがお出ましのようだよ?」
 その言葉に、准と祥太郎は同時に視線を広場の入り口へと向ける。
 そしてしばらくして、先に待ち合わせ場所に現れたのは。
「健人のやつ、もしかしてまだ来てないのかよ?」
 悪びれのない様子の拓巳に、准はわざとらしく嘆息する。
「本当にどうしてそう、いつも時間守れないんだよ」
「しょうがねぇだろ、これでも急いで来たんだぜ? ま、20分くらいの遅刻ならたいしたことないしな」
「自分が20分待たされたら文句言うのに、本当に調子いいよね。拓巳だけじゃなくて健人にも言えるけど」
「何や、思ったより早かったなぁ。たっくんが最後やろうって思って拓巳に賭けとったのに」
 残念そうにそういう祥太郎に、准は視線を向けた。
「やっぱり僕の言った通り、最後は健人だったね。それよりも健人、いつ来るんだろう……」
「おまえらなぁっ、人のことネタに賭けしてんじゃねーよっ」
 むっとする表情の拓巳の肩をぽんっと叩き、詩音はにっこりと微笑む。
「拓巳も一緒に鑑賞するかい? 水の妖精のリサイタルを」
「リサイタル?」
「まだ引っ張っとるんかい、そのネタ」
 詩音の言葉にツッコミを入れて、祥太郎は前髪をかきあげる。
 そんな祥太郎ににっこりと微笑んでから、そして詩音はふっと両の瞳を細めて准に言った。
「准、大丈夫だよ。青い瞳の騎士は、あともう少ししたら到着するみたいだよ」
「あいつ、本当に時間にルーズなんだからな」
「人のこと全然言えないし、拓巳」
 ちらっと准に冷めた視線を向けられ、拓巳は誤魔化すように漆黒の前髪をかきあげた。
 それから、数分後。
 眠そうな顔をした美少年が、これまた悪びれなく現れる。
「遅かったけど、何かあったの?」
 返ってくる答えが予想できたが、准はようやく広場に到着した健人に聞いた。
 そんな准の問いに、健人は全く表情を変えずに答える。
「何って、寝坊した」
「そんなことだろうと思ったよ……ていうか姫に聞いたんだけど、姫と待ち合わせする時は時間前にちゃんと来てるんだってね、健人」
「姫と出かける時は、朝早くに目が覚めるんだよ」
 健人の言葉に呆れたように嘆息する准の肩をポンポンと叩いて、祥太郎は呟いた。
「分かり易いちゅーか、相変わらず単純なヤツやなぁ。気持ちは分からんことないけどな」
「健人、おまえ遅れんなよなっ。待たせんなよっ」
「いや、だから拓巳は全然人のこと言えないってば」
 一緒になって訝しげな表情を浮かべる拓巳に、准はじろっと目線を向ける。
 そんなほかの少年の様子を見ていた詩音は、にっこりと微笑んだ。
「まぁまぁ、騎士たち。水の精の旋律でも聴いて落ち着いて。ほら、耳を澄ましてごらん?」
「もうツッこむ気にもならんわ、王子様」
 はあっと嘆息し、祥太郎はひとり楽しそうな詩音を見る。
 それから気を取り直し、健人の背中をバシンと平手で叩いた。
「ま、昼飯は健人の奢りっちゅーことで、よろしくなぁっ」
「……っ、ていうか何で俺が奢るんだ!?」
 背中を叩かれて少し前のめりになりながら、健人は祥太郎に抗議の青い瞳を向けた。
 そんな健人に、ほかの少年たちの視線が一斉に向く。
「んなコト決まっとるやろ? 最後に来たヤツの宿命や」
「何奢ってもらおうかな、健人。それなりのもの奢ってもらうからね」
「うわ、よかったぜっ、健人より早く着いてよっ」
「青い瞳の騎士が王子にご馳走してくれるのかい? 嬉しいな」
「…………」
 健人は諦めたように金色に近いブラウンの髪をかきあげ、嘆息する。
 そして准は、ぐるりと少年たちを見回して言った。
「じゃあそういうことで、姫のプレゼントを探しに行こうか」
 その言葉に全員が頷き、ぞろぞろと揃って歩き始める。
「それにしても世間はバレンタインちゅーのに、男5人でぞろぞろお買い物かい」
「仕方ないだろう? 姫の要望が“5人でひとつのもの”なんだからね」
「姫のプレゼント、何買うんや? 5人で出し合えば、結構なモン買えるんやないか?」
「うーん、とにかくいろいろ見てみようよ」
 先にスタスタ歩きながら、部長と副部長のふたりは本来の目的であるお姫様のプレゼントについて相談していた。
 それに数歩遅れて歩いていた健人は、まだ納得していないように怪訝な表情を浮かべたままである。
 そして、隣を歩く拓巳に青い瞳を向けて言った。
「次からは絶対拓巳よりは早く来るようにするよ。だいたいこういう役回りは、おまえ担当のはずだろう? 何で俺が奢らないといけないんだ」
「おまえが最後に来たからだろーが。それよりも、役回りって何だよっ。つーか、次もおまえには絶対に負けねーからなっ」
「どうせおまえも遅れたんだろう? 遅刻常習犯のくせに偉そうに言うな。今度は俺の方が絶対に早く来てやる」
「んだと? 今度も俺が早く来て、またおまえに奢らせてやるからなっ」
 妙なことでライバル心を燃やし合うふたりに、詩音は楽しそうに微笑んで言った。
「次に時間の女神が微笑むのは、どちらの騎士かな?」
 それ以前に決められた待ち合わせ時間にきちんと来いとツッコミがいれられる人物は、この場にはいなかったのである。
 とりあえず5人揃った少年たちは愛しのお姫様へのプレゼントを探すべく、賑やかな休日の繁華街を人波に逆らわずに歩き出したのだった。




 同じ頃。
 少年たちのお姫様も、休日の繁華街に買い物に来ていた。
 混雑するバレンタインコーナーを横目で見ながら、眞姫は悩むように周囲を見回す。
「チョコは手作りにするとして……何か気持ち程度にプレゼントも添えたいな」
 バレンタインが間近に迫っていることもあり、デパートのチョコレート売り場はどこも女性の姿でいっぱいである。
 眞姫はチョコレートに添える小物を探すため、チョコレート売り場に隣接しているメンズのギフトコーナーに足を向けようとした。
 その時。
「あれ? あの子……」
 眞姫はふと立ち止まり、ひとりの少女に視線を向ける。
 そしてどうしようか迷ったが、チョコレート売り場で品定めをしているその少女に声をかけた。
「あの、こんにちは。つばさちゃん、だったわよね?」
 急に声をかけられた少女・つばさは、驚いたように顔をあげる。
「えっ? 貴女、“浄化の巫女姫”の……!」
 漆黒の瞳を見開き、つばさは眞姫に視線を向けた。
 眞姫はにっこりと微笑んでから、彼女の持っているチョコレートに視線を移す。
 つばさはそんな眞姫の様子に気がつき、はあっと大きく溜め息をついた。
「こんなに種類があると、どれをあげれば喜んでいただけるか……分からなくなってきたわ」
「そうね、見てる分にはいろいろあって楽しいけど、選ぶとなると大変だよね」
 そう言って笑う眞姫に、つばさは意外そうな顔をする。
 それから漆黒の髪をそっとかきあげ、言った。
「それよりも、私は“邪者”よ? 貴女は平気なの?」
「確かに“邪”は怖いわ。でも最近分かったの、“邪者”は怖くないって。それに……」
 そこまで言って、眞姫は言葉を切る。
 そしてちらりとつばさを見てから続けた。
「それにね、貴女に聞きたいことがあるんだ。ちょっとだけ、時間くれないかな」
「え? 私に?」
 驚いたようにそう呟いて、つばさは眞姫を見る。
 それから少し何かを考えるような仕草をして、答えた。
「いいわ。立ち話もなんだから、どこかに入りましょうか」
 つばさの言葉に、眞姫はパッと表情を変える。
 そして、嬉しそうにコクンと頷いた。
 つばさは周囲を見回し、近くのスターバックスを見る。
「スタバでいいかしら? ちょうど近くにあるし」
「うん。あっ、ごめんね、お買い物の途中なのに」
 申し訳なさそうにする眞姫に、つばさは首を振る。
「構わないわ。あまりこれといって気に入るものも見つからなかったし」
 今まで何度か眞姫に会っているつばさであるが、こんなに近くで彼女を見たのは初めてである。
 自分の隣を歩く眞姫に、つばさは改めて目を向けた。
 色白の肌は透き通るようで、印象的なブラウンの瞳はつぶらである。
 肩ほどの長さの栗色の髪はサラサラであり、風が吹くたびにふわりと揺れる。
 そして容姿はもちろん、ひとつひとつの仕草もとても可愛らしいのだった。
「つばさちゃんは何にする?」
 店内に入って、眞姫はつばさに聞いた。
「私はもう決まったわ。貴女は?」
「うん、私も大丈夫だよ」
 眞姫の言葉を聞いて、つばさはレジの店員に言った。
「私はカプチーノのトールで」
 それに続き、眞姫も注文する。
「えっと、私は豆乳ホワイトモカのトールで」
「豆乳ホワイトモカ?」
 意外な眞姫の注文に、つばさはきょとんとした。
 そんなつばさににっこり微笑み、眞姫は頷く。
「うん。健康によさそうでしょ? 私、好きでいつも飲んでるの」
 意外そうな表情をしているつばさの様子に気がつかず、眞姫はきょろきょろと少し混雑している店内に目を向けた。
「あっ、あそこちょうど席空いたみたい。隅っこだし、よかったねっ」
「そうね。あそこにしましょうか」
 つばさは自分の隣で表情豊かな眞姫の様子に、漆黒の瞳を細める。
 今自分の隣にいるこの少女が、強い“気”を秘める“浄化の巫女姫”とは思えなかったのだ。
“浄化の巫女姫”は特別に選ばれた存在だという意識が強かったため、実際の眞姫のほのぼのとした雰囲気がつばさにとって意外だったのである。
 だがすぐにふっと微笑みを浮かべ、つばさは呟いた。
「なるほどね、智也の好きな人で綾乃のお友達……ちょっと納得したわ」
「え? どうしたの?」
 つばさの声が聞こえなかった眞姫は、首を傾げて不思議そうな顔をする。
 そんな眞姫に笑顔を向け、つばさはコーヒーを手に席に歩き出す。
 眞姫は少し遅れて彼女に続き、椅子を引いて薄桃色のマフラーと真っ白なコートを脱いだ。
 ようやく座って落ち着いて、眞姫はひとくちお気に入りの豆乳ホワイトモカを飲む。
 甘さとあたたかさが口の中に広がり、眞姫はほっと一息ついた。
 それから目の前のつばさに目を向けて言った。
「チョコレート、随分迷ってたみたいだけど……あの杜木っていう人にあげるの?」
「そうよ。でも、どれを選べばいいか悩んじゃって。どれをあげれば杜木様が一番喜んでくださるかって考えたら、なかなか決まらなくてね」
 眞姫の言葉に、つばさはふと俯いて頷く。
 美形でモデルを生業としている杜木の周りには、当然たくさんの女の人が寄ってくる。
 その容姿ももちろんであるが、彼は誰にでも優しい。
 そんな杜木の心を誰よりも振り向かせたいと強く思っているつばさにとって、なかなか彼にあげるチョコレートが決まらないのも当然である。
 俯いてしまったつばさを見つめ、そして眞姫はにっこりと笑った。
「悩んで決められないなら、手作りチョコっていうのはどうかな? 気持ちを込めて作ったチョコ、きっと喜んでくれるよ」
「……え?」
 ふと顔を上げたつばさの目に飛び込んできたのは、自分を見つめる印象的なブラウンの瞳。
 驚くほど澄んでいるその両の目を見ていると、さっきまで感じていた不安な心が不思議と晴れていくような感覚をつばさは覚えたのだった。
 つばさは気を取り直してカプチーノをひとくち飲み、そして口を開く。
「そうね、手作りっていいかもしれないわ。ありがとう」
 そう言ったつばさに嬉しそうに微笑みを返してから、眞姫はふと表情を変えた。
 それからコーヒーをカタンとテーブルにおいて、言った。
「それでね、貴女に聞きたいことなんだけど……あの杜木様っていう人、どうして“邪者”になったのかな? 鳴海先生の親友で元は同じ“能力者”だったのに、どうしてなんだろうって」
「……鳴海先生?」
 眞姫の言葉に、つばさは漆黒の瞳を細めて聞き返した。
「え? あの杜木っていう人と鳴海先生って親友だったんでしょう? 過去にふたりの間に何かあったみたいだけど」
「杜木様に、“能力者”の親友……?」
 そう呟いてから、つばさは何かを考える仕草をする。
 それから顔を上げ、言った。
「杜木様が何故“邪者”になられたか、詳しいことは私も知らないの。ただ、“邪者”になってはじめて自分のやりたいことがはっきりしたとはおっしゃっていたわ」
「親友と敵になってまでやりたいことって、私には分からないな」
 寂しそうな表情を浮かべて、眞姫はそうぽつんと呟く。
 つばさはそんな様子に首を振り、カプチーノを飲んで言った。
「私はどこまでもあの御方についていくの。あの御方のお役に立てることなら、何でも喜んでするわ。貴女のお友達の“能力者”があの御方の邪魔をするのなら、私にとっても彼らは敵だから」
 そうはっきりと言われ、眞姫は言葉を失う。
 それから栗色の髪をかきあげてゆっくりと口を開いた。
「私ね、最初は“邪者”も“邪”と同じように、怖い存在かと思っていたんだ。でも実際にあの杜木っていう人を見た時、この人は悪い人なんかじゃないって思った。それに鳴海先生の親友だもん、いい人に決まってる。杜木っていう人だけじゃなくて綾乃ちゃんや智也くんや、それに貴女に対してもそうよ。でも貴女たちの敵である“能力者”は、私にとって大切な仲間なの。だからそんなみんなと貴女たちが敵対するなんて、いやだなって……。だから私なりに、いろいろ考えたの」
 つばさは目の前の眞姫の姿に、一瞬目を見張った。
 ふんわりとあたたかい印象は変わらないが、彼女の瞳に宿る凛とした光を強く感じたのだった。
 黙って自分を見ているつばさに、眞姫は話を続ける。
「“浄化の巫女姫”の力はね、どんな人にとっても癒しの力であると思うの。“能力者”であろうと“邪者”であろうと。だから私、貴女たち“邪者”のことも知りたいって思ったんだ」
 つばさはじっと眞姫の言葉を聞いていたが、ふっとテーブルに頬杖をついて笑った。
「私が思っていたよりもずっと強い女性(ひと)みたいね、貴女って」
「えっ、私が? 私なんてまだ力もろくに使えないし、みんなの足を引っ張らないようにするのに精一杯なんだけど」
 慌ててそう言う眞姫に笑顔を向けてから、つばさは漆黒の瞳を細める。
 そしてカプチーノをひとくち飲み、何かを考えるように瞳と同じ色の前髪をかきあげたのだった。




「どうするんだよ、姫のプレゼント」
 ファミレスでウェイトレスの持ってきたお冷をぐいっと飲んで、ぐったりした様子の拓巳は准に目を向ける。
 准はその言葉を聞いて、うーんと悩むように腕組みをした。
「なかなか決まらないね、どうする? 祥太郎」
「どうもこうもなぁ、これやっちゅーもんがないんじゃ仕方ないやろ」
 祥太郎も苦笑して前髪をかきあげる。
 結局あれから散々歩き回って眞姫へのプレゼントを探した少年たちだったが、目ぼしい物が見つからず仕方なしに少し遅い昼食を取ることにしたのだった。
 健人は隣で優雅にメニューを眺めている詩音に青い瞳を向け、言った。
「詩音、おまえ何にするんだ?」
「そうだね、僕は牛フィレとフォアグラのポアレロッシーニにしようかな」
「いや、そんなのメニューにないし」
 すぐさまツッこんだ健人に、詩音は上品な顔ににっこりと微笑みを浮かべる。
「いやだな、青い瞳の騎士。気の利いた王子の冗談だよ」
「だからおまえ、青い瞳の騎士はやめろって」
 ふうっと嘆息して、健人はテーブルに頬杖をついた。
 そんな健人を見て祥太郎はニッと笑う。
「そういえば、ここは健人が払ってくれるんやったなぁっ。みんな遠慮せんで頼んでいいからなっ」
「……おい、何でおまえがそんなこと言うんだ」
 じろっと祥太郎に目を向け、健人は怪訝な表情をした。
 准は見ていたメニューから目を離し、改めて少年たちを見回す。
「ていうか、姫のプレゼントどうする? 姫の誕生日パーティーのことも考えないといけないし」
「パーティーは、当日が月曜日やから場所は部室やろうな。帰ってたら時間ないしなぁ。まぁ楽しくドンチャンやれればええんちゃう? 問題はプレゼントやろ」
「そうだよな、女の欲しいものってよく分かんねーしな。姫は何でも喜んでくれそうだけどよ」
 そう口々に言う祥太郎と拓巳に視線を移し、准は再び考える仕草をした。
「せっかくだから、姫が欲しかったって思ってくれるようなものにしたいし。でも姫の好みって結構分からないよね」
「そうやなぁ。あれでいて姫って、結構マニアックなところあるからなぁ」
「この僕の愛しのお姫様だもの、そう単純じゃないよ」
「うーん、マニアックっぽいけど普通に可愛いものとかも好きだしな、姫ってよ」
 それぞれ眞姫の好きなものを考える少年の中で、ひとり黙っていた健人はふと顔を上げる。
 そして、あることを思い出したのだった。
「そういえば、姫のやつ……こう言ってたな」
 そう言って健人は眞姫の言っていたことを、ほかの少年たちに言った。
「でも、それがどうプレゼントに関係あるんだよ?」
 健人の言葉を聞いた拓巳は、首を捻る。
 祥太郎はそんな拓巳を後目に、何かを思いついたようにポンッと手を打った。
「おっ、そうや。いいこと思いついたでっ。ちょっと部長、耳貸してみい」
「またくだらないことじゃないだろうね?」
 疑り深い目を向ける准に、祥太郎は思いついたことを耳打ちする。
 それを聞いた准は、少し考えて頷いた。
「なるほどね、それは結構いいかも。それなら、立花さんとかアレたくさん持ってるはずだよね。彼女にも協力してもらおうか」
「んじゃ、材料買って俺んちで作るか? 俺も結構アレたくさん持っとるし、梨華っちの家とも一番近いしな」
「何だよ? いいプレゼント思いついたのか?」
 ふたりで進んでいる話に拓巳は口を挟む。
 祥太郎はぐるりと全員を見回した後、残りの少年たちにもそのプレゼントのことを話したのだった。
「健人の言ったことをもとにしてな、これやったら姫喜ぶやろうなって思ったんやけど、どうやろ?」
「そうだね、それはいいアイデアだね。王子も賛成だよ」
「俺もそれでいいと思う」
「なるほどな、それなら姫もすごく喜んでくれそうだな」
 全員の賛同を得て、准は少しホッとしたように続ける。
「じゃあ、プレゼントはそういうことで。パーティーは部室でケーキとかお菓子とか持ち寄ってワイワイするって感じでいいかな。本当は学校でそんなことやっちゃいけないから、こっそりね」
「パーティーの飾りつけは任せてよ。クリスマスの時のように煌びやかに飾りつけを頼んであげるよ」
 笑顔でそう言った詩音に、祥太郎は苦笑する。
「またあの飾り付けのエージェントみたいなオッサンたち呼ぶ気か? クリスマスパーティーの時のあの大量のポインセチア、片付けるの大変やったんやで? もう勘弁してや」
「飾りつけは今回は大丈夫だよ、学校だし」
 詩音を宥めるように苦笑しながら准はそう言った。
 拓巳はメニューを開き、そして大きな瞳を輝かせる。
「さてと、プレゼントも決まったことだしな。健人の奢りだから食うぞっ」
「拓巳、おまえな……」
 青い瞳をじろっと拓巳に向け、健人は顔を顰める。
 怪訝な健人とは対称的に、残りの少年たちは一斉に楽しそうに口を開く。
「僕は何にしようかな、健人」
「そうだな、王子はオマール海老とホタテ貝のパート・ア・フィロ包みにしようかな」
「何やねん、それ! んなもんないわー! ……こういうツッコミでどうや、王子様? あ、んじゃ俺も、子羊のなんたら風にするわ」
 わははっと笑う祥太郎に、ちらりと視線を向けて准は言った。
「無理して範囲外なことボケなくていいよ、祥太郎」
「そうきたかっ、相変わらず思わぬ角度からの鋭いツッコミやなぁ、部長っ」
「どうせなら高いもんにしようぜ、タダで食えるんだからなっ」
「王子は何にしようかな。僕も青い瞳の騎士の好意に甘えて、一番高いものにしようかな」
 口々に好き放題言う少年たちに健人はじろっと視線を向ける。
 そしてわざとらしく嘆息して、ひとり面白くなさそうな表情で呟いたのだった。
「……ものすごく楽しそうだな、おまえら」