2月10日・木曜日。
「……以上でホームルームを終了する」
 鳴海先生のバリトンの声がそう告げたと同時に号令が掛けられ、放課後を迎えた1年Bクラスの教室が生徒の声で賑やかになる。
 カツカツと相変わらず表情を変えずに教室を出て行く先生の後姿を見送ってから、眞姫は机の中のノートを鞄にしまう。
「あ、見たことないストラップがついてるね、買ったの?」
 隣の席の梨華は、机に置かれた眞姫の携帯電話を手に取る。
 眞姫はにっこりと笑ってコクンと頷いた。
「うん。可愛いでしょ、マンボウのストラップ。この間、准くんと水族館に行った時に買ったの」
「へーえ、芝草くんと水族館ねぇ。聞いてないなぁ、その話」
 意味深にそういって、梨華は前の席の准をちらりと見る。
 そんな梨華の視線に気がついた准は、知的な顔に笑顔を浮かべて眞姫に言った。
「水族館楽しかったよね、姫」
「うんっ。あ、梨華に見せてなかったっけ? 准くんとね、マンボウのプリクラも撮ったんだよ」
 眞姫は手帳を取り出し、准と一緒に撮ったプリクラを梨華に見せる。
 梨華はそれを見た後、感心したように准に言った。
「さすが芝草くん、ちゃっかりしてるわねぇっ。最初は私も、すっかり芝草くんの優等生面に騙されてたけどね」
「何のこと? 立花さん」
 准は瞳を細めてそう言った後、にっこりと作った笑顔を満面に浮かべる。
 それから時計を見て眞姫に向き直った。
「そういえば姫、英語のノートを職員室に取りにいかないといけなかったんじゃない? 今日は部活もあるし、早めに行っておいた方がいいよ」
「あっ、そうだった。今日部活だから早く行っておかないとね。ありがとう、准くん」
 眞姫は准の言葉を聞いて慌てた様に机の上に残っている教科書類をしまう。
「私もそういえば、プリント提出して帰らないといけなかったんだ。眞姫、職員室まで一緒行こうか」
「うん、一緒行こう、梨華。准くんは先に部活行っててね。時間までには私も行くから」
 眞姫は梨華に頷いた後、パチンと鞄を閉めて准に言った。
 准はもう一度時計を見て微笑む。
「まだ時間も余裕あるし、焦らなくても大丈夫そうだよ。じゃあ姫、部室で待ってるから」
「あ、じゃあね、芝草くん」
「うん、立花さんもまた明日」
 手を振るふたりの少女に笑顔を返してから、准は教室を出て視聴覚教室へと向かう。
 ホームルームも終わったばかりの廊下は、まだたくさんの生徒たちで溢れていた。
 准はすれ違う同級生と片手を上げて軽く挨拶を交わしつつ、長い廊下を歩く。
 それから再び時計を見た後、嘆息した。
「祥太郎ったら、僕に姫の足止めをさせるなんて……部活の前に僕らだけでミーティングするって、何する気なんだろう?」
 そう呟き、准は足早に目の前に見える特別教室棟の階段を駆け上がり始めたのだった。
 その頃――視聴覚教室。
 色素の薄いブラウンの瞳を細め、その少年・梓詩音は笑う。
「どうやら、もうすぐ准も到着するようだね。お姫様はまだ少し来ないようだよ」
「それよりも祥太郎、早めに俺たちだけ集めたりしてどういうつもりだ?」
 青い瞳を訝しげに向ける彼・蒼井健人に、ハンサムな顔に笑みを浮かべて瀬崎祥太郎は言った。
「どういうって、決まっとるやろ? もうすぐ姫の誕生日やからな」
「姫の誕生日って、2月14日だよな。でもよ、姫の誕生日と俺たちが早めに集まったのと何の関係があるんだよ?」
 きょとんと大きな漆黒の瞳を向け、小椋拓巳は首を捻る。
「ま、せっかくのお姫様の誕生日や。クリスマス同様、抜け駆けはナシっちゅー協定でも結んどこうかなぁって思ってな。それとお姫様のバースデーやからな、姫の喜ぶことを何か考えようかって思ってな」
 そこまで言って、祥太郎はちらりと健人に目を向ける。
「特に健人、おまえクリスマス前に抜け駆けして姫とデートしたやろ? この間はあれくらいで済んだけどな、今度抜け駆けしたらもーっとハイレベルなイヤガラセするからなっ」
「おやおや、王子にナイショで抜け駆けはダメだよ? 青い瞳の騎士」
「ていうか、イヤガラセって……祥太郎に何されたんだよ、おまえ?」
 詩音と拓巳も各々そう言って、健人を見た。
 逆にその時のことを思い出した健人は理不尽そうに眉をひそめて言った。
「別に俺は抜け駆けしたつもりはないよ。なのに、祥太郎のやつに思い切り殴られた上に食事まで奢らされたんだ」
 ムッとした表情の健人の肩をバシバシと叩き、祥太郎はわははっと笑う。
「ま、今回はお姫様の誕生日やしな。みんなで仲良うしようやないかってコトで」
 そんな祥太郎に、健人は青い瞳をじろっと向けて嘆息する。
 その時。
 視聴覚教室のドアがノックされ、そしてゆっくりと開いた。
「おっ、部長さんの登場やな」
「祥太郎、姫はしばらく来ないと思うけど……早めに僕たちだけ呼び出したりして、どうしたの?」
 視聴覚教室に姿を見せた准に、祥太郎は楽しそうに笑う。
「姫の誕生日についての作戦会議しようやないかってな。たまには副部長らしくこの祥太郎くんが仕切ってもええかなぁってなぁっ。部長思いな副部長やろ、な?」
「ねぇ、祥太郎。それのどこが副部長らしいの? 思いっ切り部活と関係ないし」
 はあっと嘆息してツッこんだ後、准は視聴覚教室へと足を踏み入れた。
 そんな准に視線を向け、健人は聞いた。
「姫はまだ来ないって、あいつ何やってるんだ?」
「職員室に英語のノート取りに行ってるよ。英語の小山先生と姫は仲がいいからね、たぶん部活開始ギリギリになるんじゃないかな。それに、立花さんも一緒だし」
「小山先生って、あの若い女の先生か? 世間話とか好きそうだよなぁ、あの先生。立花も一緒なら、尚更うるさそうだな」
「女性はみんな、お喋りが大好きだからね。確かに今職員室で、お姫様の動きは止まってるようだけど」
 思い思いにそういう拓巳と詩音に目を向けてから、祥太郎はコホンとひとつわざとらしく咳をする。
 それから全員を見回し、言った。
「んじゃまぁ、あと部活まで15分くらいやけど、姫の誕生日の作戦会議ということで。てなカンジで部長、どうしましょーか?」
「今回は仕切るんじゃなかったっけ? 副部長」
 はあっと大きく嘆息し、准は呆れた表情で祥太郎を見る。
 ――それから、15分後。
 少年たちの意見がきれいにまとまる……わけはなかった。
「こんにちは、みんな。みんな、今日は早かったんだね」
 職員室で用事を済ませた眞姫が、視聴覚教室に姿を現す。
「あのなぁっ、結局何も決まらなかったじゃねーかよ」
「だから、お姫様と王子の様子を騎士たちがあたたかく見守るっていうアイデアが一番ベストだよ」
「それを思いっきり抜け駆けって言うんちゃうんかい、詩音」
「とりあえず、姫がいれば俺は何でもいい」
「まったく、みんな自分のことしか考えてないんだからっ」
 思い思いに口を開く少年たちを見て、眞姫は首を傾げる。
「どうしたの、みんな? 拓巳、何話してたの?」
 眞姫に突然そう聞かれ、拓巳はどう答えていいか分からずに慌てた。
「えっと、いや、その……そうそう、今後の日本のプロ野球のことについて語ってたんだよっ。な、祥太郎っ」
「えっ? あはは、まあなっ。次の阪神の岡田監督にも頑張ってもらわななーってなっ」
 急に振られて驚いた顔をしながら、祥太郎も誤魔化し笑いをする。
「……本当に拓巳って、誤魔化すのが下手すぎだよね」
 ぼそっとそう呟いて、准は嘆息した。
 しばらく状況が把握できずにきょとんとしていた眞姫だったが、ポンッとおもむろに手を叩く。
 そして、にっこりと微笑んで言った。
「岡田監督っていえば、高校の時の甲子園での打率が歴代1位なんだよね。現役最後は何気にオリックスだったけど、阪神の花形選手だったから監督になっても楽しみだね。ドラフトでも6球団から指名されたけど希望の阪神が引いたでしょ、運もいい人だしね」
「姫……相変わらず姫の守備範囲、広くて分からんなぁ」
 思わぬ眞姫の詳しい岡田情報に、祥太郎は感心したように嘆息する。
 そんな眞姫に、野球に興味がないために会話に入れなかった健人はすかさず話題を変えた。
「それよりも姫、もうすぐ誕生日だろう? プレゼント、欲しいもの決まったか?」
「そうだよ、何か欲しいものあったら遠慮なく言えよ、姫っ」
 話題が変わってホッとしつつ、拓巳も眞姫に目を向ける。
 健人はむっとした表情を浮かべ、そして拓巳にちらりと青い瞳を向けてから眞姫に言った。
「姫、一番欲しいものは俺がプレゼントするから、俺に言え」
「んだよっ、それこそ抜け駆けじゃねぇかよっ。姫、俺に一番欲しいもの言っていいからなっ」
「えっ?」
 ライバル心むき出しなふたりに、眞姫はどうしていいか分からずに瞳をぱちくりさせる。
 そんな眞姫の肩をさり気なく抱き、祥太郎はハンサムな顔に笑顔を浮かべる。
「大人気ないあいつらのことは放っといて、この祥太郎くんが姫の一番欲しいものプレゼントしたるからな。あ、なんならふたりで愛の逃避行でもするか?」
「愛の逃避行か、素敵だね。白馬で王子がお姫様を迎えに行くからね」
 祥太郎の反対側の隣に立って優しく眞姫の髪を撫でた後、詩音は手にした彼女の髪にそっと口づけをした。
「みんな揃って何バカなこと言ってるの、姫が困ってるだろう? 気にしなくていいからね、姫」
 眞姫に群がるほかの少年たちを振り払ってから、准は優しく眞姫に笑顔を向ける。
 今まで少年たちの言葉に考える仕草をしていた眞姫はふと顔を上げた。
 そして何かを思いついたようににっこりと微笑み、言った。
「あっ、そうだ、思いついちゃったっ。誕生日プレゼント」
 その言葉に、5人の少年たちはピクリと反応を示す。
「そうか、欲しいもの決まったか。姫、何が欲しいかまず俺に言え」
「いや、俺に一番に言えよ、姫っ」
「何言ってるんや、お姫様の欲しいもんプレゼントするのは、このハンサムくんやでっ」
「僕の可愛いお姫様は大人気だね。お姫様の望み、王子が叶えてあげるよ」
「まったく、みんな子供なんだから……それで姫、誕生日プレゼント何がいいの?」
 ずいっと目の前に迫ってくる5人を交互に見て、眞姫はブラウンの瞳を細める。
 それから悪びれのない笑顔を浮かべ、言った。
「5人でひとつのプレゼント。みんなで考えてくれた、ひとつのものが欲しいな」
「……え?」
 眞姫の言葉に、少年たちはきょとんとする。
 そんな様子に気がつかず、眞姫ははしゃいだように続ける。
「それぞれに何か貰うのも嬉しいけど、5人で考えてくれたプレゼントってどんなものなのかなって想像できないから。今欲しいものって特に思いつかないし、駄目かな?」
「俺たち5人で、ひとつ?」
 驚いた表情をしてそう呟く拓巳に、眞姫はこくんと頷く。
 せっかくの眞姫の誕生日、ここでライバルに差をつける絶好の機会だとある意味賭けていた少年たちは、お姫様の言葉にしばしどうすべきかそれぞれ考える仕草をした。
 そんな少年たちを、交互に眞姫は上目使いで見つめる。
「駄目、かな?」
 大きなブラウンの瞳が自分を映すたび、少年たちはドキッとしながらも口々に言った。
「……姫がそれがいいって言うのなら、それで構わない」
「そうだな、姫の誕生日だもんな。駄目なわけねぇよ、姫」
「そうやなぁ、可愛いお姫様のリクエストやもんなぁ」
「お姫様の望みなら、王子は何でもするからね」
「そうだね、姫が欲しいっていうものをプレゼントしたいからね」
 そう思い思いに呟く少年たちだったが、その心の中は誰もが同じ考えだったのだった。
(誕生日に勝負かけられなくても、まだホワイトデーがあるしな……)
 そんな少年たちの思惑も知らず、眞姫はにっこりと満足そうに微笑む。
 そして時計の針が17時ちょうどをさした、その時。
「部活動を始める。速やかに視聴覚準備室へ移動しろ」
 ガチャッとドアが開き、視聴覚教室に現れた鳴海先生はそう言い放った。
 そんな先生の指示に従い、少年たちと眞姫はミーティングを行うために隣の準備室へと足を向けたのだった。




 同じ頃。
 待ち合わせ時間よりも少し遅れて喫茶店に現れた綾乃は、露骨に嫌な顔をする。
 そんな彼女の表情を見て、涼介はふっと笑った。
「こんにちは、綾乃」
 綾乃はキッと漆黒の瞳で涼介を睨み付けた後、ふいっと視線を逸らす。
 そんな様子に、ふたりの間に立った少年・高山智也は溜め息をついた。
「今日は杜木様もいらっしゃるんだ。仲良くしろとは言わないから、頼むから大人しくしといてくれよ」
「大丈夫だよ、智也。杜木様の前で派手にドンパチしようとは思わないよ。ね、綾乃」
 甘いマスクににっこりと微笑みを浮かべ、涼介はくすっと笑う。
 綾乃は気に食わない表情をした後、わざとらしく嘆息する。
 一触即発な雰囲気にハラハラしつつも、智也は話題を変えようと口を開いた。
「そういえば、今日はアイツも呼んでいるって杜木様おっしゃてたけど……アイツ、本当に来るのか?」
「あの超気まぐれ屋の事だから、来るか分からないわよ?」
 ちらりと智也に漆黒の瞳を向けた後、綾乃は通りかかったウェイトレスにケーキセットを注文する。
「四天王が揃う、か。彼の能力も興味深いからね」
 コーヒーをひとくち飲んで、涼介は不敵に笑みを浮かべた。
 ……その時。
 3人は同時に顔を上げた。
 その人物が入ってきただけで、店内の空気がガラリと一変する。
 綾乃はその人物・杜木慎一郎ににっこりと微笑んだ。
「杜木様っ、綾乃ちゃん杜木様に会いたかったですっ」
「私も会いたかったよ、綾乃」
 神秘的な深い漆黒の瞳を優しく向け、杜木は彼女の頭を撫でる。
 それから着ていたコートを脱ぎ、綾乃の隣に座った。
「杜木様、今日はアイツも来ると聞いていたんですが……」
 智也は杜木を見て、そう聞いた。
 杜木はウェイトレスにコーヒーを注文した後、答える。
「ああ、そのことだが、彼は今日は都合が悪いそうだ。ついさっき連絡があってね」
「ついさっきって……本当にあの気分屋は」
 杜木の言葉に驚いた表情をした後、智也は大きく溜め息をついた。
「やっぱりねぇっ、来ないんじゃないかと思ったわ」
「残念だったな、久しぶりに彼にも会いたかったのに」
 慣れていると言ったような口調の四天王の面々を見た後、杜木は改めて3人を見回す。
 そして漆黒の瞳を細め、言った。
「あいつの状況も、もう少しすれば落ち着く。今はまだ忙しい時期だからな。だが……」
 そこまで言って、杜木は言葉を切る。
 それからふっと端正な顔に笑みを浮かべ、続けた。
「四天王すべてが揃いこちらの体勢が整ったら、本格的に動こうと思っている」
「能力者に仕掛ける、ということですか?」
 真剣な表情をしてそう問う智也に、杜木は少し考える仕草をする。
「そうだな。それも含めて、と言った方が正しいかな。私たちの今の第一の目的は、“浄化の巫女姫”の能力覚醒だ。それに加えて、周りの能力者の始末もという感じになるだろう」
「眞姫ちゃんの能力覚醒と、能力者の始末……ね」
 複雑な表情をしてそう呟く綾乃に、涼介はふっと笑う。
「友達だとなかなか手を出しづらいんじゃないかい? 綾乃」
「うるさいわねっ、殺されたくなかったら、あんたは黙っててよっ」
 キッと涼介に鋭い視線を投げる綾乃を宥めるように、杜木は優しく彼女の頭を撫でた。
「綾乃、いい子にしていないと駄目だろう? 涼介も、あまり綾乃を煽ってはいけないよ」
「本当に杜木様はお優しいな。杜木様は、一番に人の気持ちを考えるお方だ。例え事実が曲げられようとも、真実を教えないことが優しさだったりする場合もありますしね」
「真実? 何のことだ?」
 涼介の言葉に、智也は首を傾げる。
 杜木は深い闇のような漆黒の両の目を涼介に向け、そしてゆっくりと言った。
「……涼介」
 そんな杜木の様子に涼介は口を噤み、そして口元に笑みを浮かべてコーヒーをひとくち飲んだのだった。
 ……その頃。
 繁華街を歩きながら、セーラー服姿の少女・つばさは溜め息をつく。
「どういうことか、きちんと納得するように説明していただきたいわ」
 携帯電話を握り締め、口調は丁寧だがわざとトゲのある言い方でつばさはそう言った。
 それから返ってきた電話の向こうの相手の言葉に、漆黒の瞳をきょとんとさせる。
 そして、わなわなと拳を震わせて叫んだ。
「何ですって!? 今まで寝てたから、杜木様とのお約束をキャンセルしたですって!? ……杜木様には電話したからいいだろうって、そういう問題じゃないわっ! 本当に貴方は、四天王としての自覚が……あっ、もしもし!?」
 強制的に切られた通話に、つばさはもう一度深く嘆息した。
 それから再び、リダイヤルで電話をかけ直す。
 だが、しかし。
『おかけになった番号は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため、かかりません……』
「……っ! まったくっ、今日は四天王を呼び出しているって杜木様おっしゃっていたから、ちゃんと待ち合わせ場所に行っているか心配して電話したら……やっぱり、想像通りだったわ」
 肩までの黒い髪をそっとかきあげてから、つばさはそう呟いて歩き出したのだった。




 部活も終わり、眞姫と健人は学校から帰宅するために下校していた。
 冬の日暮れは早く、あたりはすでに薄っすらと暗くなり始めている。
 眞姫は、何故か言葉少なである健人にちらりと視線を向けた。
「どうしたの、健人?」
「いや……別に何でもないよ、姫」
 眞姫に声をかけられ、健人は我に返ったように顔を上げた。
 それから、はあっと嘆息して青い瞳を伏せる。
 結局あれから話し合いの結果、次の休日に5人でお姫様のプレゼントを買いに行くことになったわけなのだが。
 自分が眞姫の誕生日に彼女の一番欲しいものをあげようと思っていた健人は、その目論みが脆くも崩れてしまい、溜息する。
 眞姫はそんな健人の様子に首を傾げた後、嬉しそうに微笑む。
「でも、みんなが誕生日プレゼントに何をくれるのか楽しみだな。何貰えるかその日にならないと分からないなんてすっごくドキドキするしっ。あ、でもプレゼントもだけど……みんなと一緒に誕生日が過ごせて、思い出がまたひとつ増えるのが嬉しいよ」
「姫……」
 健人はふと自分の隣を歩く眞姫にブルーアイを向ける。
 そんな彼の視線に気がついて、眞姫はにっこりと笑った。
 小首を傾げた彼女の栗色の髪が同時にふわりと揺れる。
 自分に向けられたその笑顔に、健人は思わずドキッとした。
 それから整った顔に微笑みを浮かべ、彼女に返した。
「ああ。楽しみにしていてくれ、姫」
 眞姫の一番欲しいものは、彼女のために5人が選んだひとつのプレゼントなのだ。
 決して自分たち一人一人を軽んじて眞姫は5人でひとつのものをと言ったのではないことが、改めて健人には彼女の表情を見て分かった。
 眞姫はそんな健人の言葉に、嬉しそうにこくんと頷く。
「うんっ。すごく楽しみにしてるねっ」
「俺もバレンタイン楽しみにしてるよ、姫」
 くしゃっと少し乱暴に眞姫の頭を撫で、健人は笑った。
「あっ、もーうっ、髪がボサボサになったじゃないっ。そんなことするなら、チョコのおねだりしてもあげないわよ?」
 むうっと頬を膨らませて眞姫はくしゃくしゃにされた髪を手櫛で整える。
 健人はそんな彼女の様子を微笑ましく見つめた後、彼女の髪を撫でた。
「それは困るな。ほら、じっとしてろ」
 ふっと微笑み、健人は風に揺れる眞姫の髪を優しく整える。
 肌に触れるか触れないかの健人の指の感触が、彼女の胸の鼓動を早めた。
 それから健人はおもむろに綺麗なブルーアイを細め、眞姫の前髪をそっと上にあげる。
 そして。
「えっ? きゃっ!」
 突然おでこをピンッと指で軽く弾かれ、眞姫は思わず声を上げた。
 素直な眞姫のリアクションに、健人はくっくっと笑い出した。
「本当に姫って、面白いな」
「びっくりしたっ。もーうっ、健人ってばっ」
 顔を真っ赤にさせ、眞姫は弾かれた額に手を当てる。
 健人はそんな彼女に微笑み、そして今自分の隣に彼女がいることの幸せを改めて感じたのだった。