准と教室で別れてから、眞姫は一緒に帰る約束をしている健人のCクラスの前まで足を運んだ。
 だが、Cクラスはまだ帰りのホームルームの最中であった。
 このクラスの担任は話が長いことで有名な先生なので、眞姫はとりあえずCクラスの前を通り過ぎて再び歩き出す。
 逆に眞姫のクラスの担任である鳴海先生は簡潔で無駄のない段取りを好むため、ホームルームにかかる時間は短いのである。
 眞姫はしばらく時間を潰すために、図書館にでも行って本を読んでいようかと思っていた。
 だが、その時。
「おっ、可愛いお姫様! やっと見つけたでっ」
 階段を下りようとしていた足を止め、眞姫は聞こえてきたその声に振り返る。
「あ、祥ちゃん」
「探してたんやで、お姫様。ま、俺らは赤い糸で結ばれとるんやけどなぁ。ほら見てみい、赤い糸見えるやろ? なんてなっ」
 右手の小指を立ててわははっと笑い、祥太郎はぽんっと眞姫の肩を軽く叩いた。
 そんな祥太郎ににっこりと微笑み、眞姫は小首を傾げる。
「またそんな冗談言って、祥ちゃんったら」
 くすくす笑う眞姫の様子に満足気な顔をした後、祥太郎は言った。
「あのな、姫。今からちょっとだけ時間とかあるか?」
「今から? うん、どうしたの?」
 まだホームルームが終わりそうもないCクラスの様子を思い出し、眞姫はこくんと頷く。
 祥太郎はハンサムな顔に笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「今からなんやけど、祥太郎くんとお茶でもせえへん?」
「お茶?」
 眞姫はその祥太郎の言葉に首を捻った。
「お姫様、まぁ祥太郎くんについてきてやっ」
 きょとんとする眞姫を促し、祥太郎は楽しそうに笑う。
 眞姫は首を傾げながらも言われるままに彼に並んで歩き出した。
 そしてふたりがついた場所は。
「ここって、部室?」
「こっそり飲食できるトコって言ったら、ここくらいしか思いつかんからなぁ。ま、どうぞどうぞっ」
 眞姫の耳元で小声でそう囁き、祥太郎は映画研究部の部室である視聴覚準備室のドアを開ける。
 今日は部活の日ではないため、視聴覚準備室には誰もいない。
 眞姫を椅子に座らせ、そして祥太郎は部室に常備してあるインスタントのコーヒーを淹れ始めた。
 インスタントとはいえ、ふわりと眞姫の鼻をコーヒーの香りがくすぐる。
 祥太郎の考えがまだ分からない眞姫は、栗色の髪をかき上げて瞳をぱちくりとさせていた。
 祥太郎はふたつのコーヒーカップにコーヒーを淹れ終わった後、改めて眞姫に瞳を向ける。
 それからにっこりと微笑み、言った。
「今日はホワイトデーやろ? バレンタインにチョコくれた姫に、お返しをと思ってな」
 そして祥太郎は、眞姫の前に用意していたものを出す。
 眞姫はそれを見て、わあっと声を上げた。
「マドレーヌ、すごく美味しそうね!」
「そうやろ、美味そうやろ? 祥太郎くんの愛がこもったお手製やでっ」
「えっ!? これ、祥ちゃんが作ったの!?」
 祥太郎の言葉に眞姫は驚いたように瞳を見開く。
 祥太郎はそんな眞姫を見て、少し得意気に言った。
「今の時代、男はハンサムなだけじゃダメやからなぁ。一人暮らしっちゅーこともあるけど、実はこれでも家事大得意なんやで、俺。とはいえさすがにお菓子作りは初めてやったから本見ながら作ったんやけど、貰ったチョコも手作りやったからな、お返しも手作りでってことでな」
 祥太郎の作ったというマドレーヌは、普通に売っていてもおかしくないくらいきれいにできていた。
 もともと彼が器用だということを知っていた眞姫だったが、改めて感心したように溜め息をついた。
 自分が作ってあげたチョコレートよりも、マドレーヌの方が手間がかかる。
 それなのに、手作りには手作りのお返しでという祥太郎の気持ちが眞姫には嬉しかった。
 眞姫はにっこりと微笑み、祥太郎お手製のマドレーヌを手に取る。
「すごく美味しそうね、1つ食べてみてもいい?」
「あっ、お姫様。ちょっと食べるのまだ待ってくれんか? プレゼントはまだまだこれからやからなっ」
 咄嗟に、マドレーヌを口にしようとした眞姫を祥太郎は止めた。
 それからニッと笑みを浮かべ、自分の作ったマドレーヌを手に取って小さく千切る。
 そして。
「俺からの愛のプレゼントやで、お姫様っ。ちゅーことで、あーんっ」
「……え?」
 祥太郎の行動に、眞姫は一瞬言葉を失う。
 大きな瞳をぱちくりさせる眞姫に、祥太郎は笑った。
「俺の作ったマドレーヌ、食べてみてくれんか? あーん」
「えっ? う、うん」
 少し戸惑いながらも眞姫は言われる通りにおそるおそる口を開ける。
 祥太郎はハンサムな顔に笑顔を浮かべ、眞姫にマドレーヌを食べさせた。
 何だか照れくさくて思わず俯いてしまった眞姫だが、マドレーヌのほどよい甘さが口に広がり、パッと表情を変える。
「うん、すっごく美味しい! 甘さもちょうどいいし、何だかお菓子食べてる時って幸せな気持ちになるよね」
 美味しそうにマドレーヌを味わう眞姫の姿を見て、祥太郎は満足そうに微笑む。
 そしてコーヒーを飲んでから笑った。
「俺も今めっちゃ幸せやで、お姫様っ」
 眞姫に喜んでもらえた上に念願のあーんが成功し、祥太郎は机に頬杖をついて笑顔を浮かべる。
 それから、几帳面に箱に詰めたマドレーヌを眞姫に差し出した。
「これはお持ち帰り用や。味もプレーンだけやなくてチョコも作ってみたからな」
「本当に祥ちゃんって器用よね、すごいなぁっ」
 マドレーヌをもうひとくち口に運び、眞姫は再び感心したように祥太郎に目を向ける。
「家事全般任せてや、もう俺いつでも嫁入りできる状態やからなっ」
「ふふっ、祥ちゃんって本当にいいお嫁さんになれそうよね」
 悪戯っぽい笑みを向ける祥太郎に、眞姫はそう言ってくすくすと笑った。
 祥太郎は楽しそうなそんな眞姫の顔を見つめ、それからハンサムな顔ににっこりと優しい微笑みを浮かべてから再びコーヒーをひとくち飲んだのだった。




 楽しいティータイムを終え、眞姫は後片付けを引き受けた祥太郎を残してひとり視聴覚準備室を出た。
 眞姫も一緒に片付けると言ったのだが、大した量じゃないからと先に帰されたのである。
 眞姫は視聴覚教室などの特別教室がある別館から教室のある本館へと移動しようと階段を下り始めた。
 そして部室のある別館の4階から数学教室などがある3階の踊り場に差し掛かった、その時。
「清家」
 ふと呼び止められ、眞姫は足を止める。
「あっ、鳴海先生?」
 顔を上げた眞姫の目に飛び込んできたのは、自分を見つめる切れ長の瞳。
 その場に現れた鳴海先生は小さく息をつく。
 それからいつも通り表情を変えずに言った。
「おまえにはバレンタインの際、チョコレートを貰っていたな。今日はホワイトデーだ、礼儀に従ってお返しを渡そうと思っている」
「えっ? あ、はい……」
 確かに先生にバレンタインの日チョコレートをあげた眞姫だったが、先生からお返しを貰えるとは思ってもいなかったため、その言葉に驚いた表情をする。
 先生はそんな眞姫にちらりと改めて目を向けた。
「時間は取らせない、数学教室に来てくれ」
 それだけ言うと先生はスタスタと数学教室へと歩き出した。
 眞姫は相変わらず相手に有無を言わせぬ先生の様子にきょとんとして、それから慌てて彼に続く。
 それから数学教室に足を踏み入れた眞姫は、遠慮気味にドアを閉めた。
 そして、目の前の先生に視線を向ける。
「ホワイトデーのお返しの定番はマシュマロやクッキーらしいが、菓子類はすでにたくさん貰っているのではないかと思い、少し趣向を変えてみた」
 そう言って先生は、眞姫の前にあるものを差し出す。
 眞姫は意外なその先生のお返しをじっと見つめた。
 それから顔を上げ、笑顔を浮かべる。
「わあっ、ミニサイズで可愛いですね、先生っ。ピンク色のバラ、ですか?」
 先生のお返しは、片手でも十分乗るほどの小さなミニサイズのバラの鉢であった。
 だがその花の色はポピュラーな赤ではなく、ピンク色をしていた。
 眞姫の言葉に頷き、先生は口を開く。
「そうだ。小さいサイズだがピンクのバラの鉢植えだ。部屋に緑がひとつあるだけでも気分も変わり、勉学の息抜きにもなるだろうと思ってな」
 そう言った先生に、眞姫はふと小首を傾げる。
 そして先生に大きな瞳を向け、聞いた。
「でも、どうしてピンク色なんですか? バラって言ったら赤が多いですよね」
「…………」
 眞姫の質問に先生は言葉を切る。
 それからふっと嘆息した後、口を開いた。
「色を選ぶ際、その色が一番おまえの雰囲気と合うと思ったからだ。それが理由だ」
「え? 私に?」
 予想もしていなかった理由に、眞姫は意外な表情を浮かべる。
 そしてもう一度、目の前のピンク色のバラを見つめた。
 華やかで存在感のある真っ赤なバラと違い、“上品・気品”という花言葉が示すようにピンク色の花は柔らかい印象を受ける。
 確かに先生の言うように、可愛らしいその色合いは眞姫の雰囲気に合っていた。
 眞姫はそっと小さな鉢を手に乗せ、それから先生にブラウンの瞳を向ける。
「ありがとうございます、先生。大切に可愛がりますから」
 ピンク色のバラを嬉しそうに見つめる眞姫を、先生はその切れ長の瞳で映した。
 それからブラウンの前髪をかき上げて、デスクワークの時だけかけている眼鏡をスッとかける。
「……用件は以上だ」
 それだけ言って、先生は眞姫に背を向けて書類を手にし仕事を始めた。
 眞姫はそんな先生にぺこりと頭を下げ、そして数学教室を出る。
 別館から本館の校舎へと足を向ける眞姫は、ふと貰ったピンクのバラの鉢植えを見つめた。
 そしてにっこりと微笑み、教室へと歩く速度を速めたのだった。




 1年Bクラスの教室へ戻る途中の廊下で、眞姫はふと顔を上げる。
 それからひとりの少年の姿を見つけて小走りで彼に近づいた。
「あ、健人」
「姫? どこ行ってたんだ、おまえ」
 自分の背後から来た眞姫に、健人は首を傾げる。
 眞姫はそんな健人を上目遣いで見て、少し申し訳なさそうに言った。
「もしかして待たせちゃった?」
 その言葉に健人は首を振る。
「いや、待たせたのは俺の方じゃなかったか? ホームルームの担任の話が相当長い上に掃除当番だったから、やっと今Bクラスに向かってたところだったよ」
「あ、じゃあちょうどよかったんだね」
 ホッとしたように胸を撫で下ろし、眞姫は改めて健人の隣に並んで歩き出す。
 それから眞姫も教室に戻って荷物を取り、ふたりは学校を出て下校し始めた。
 まだうっすらと明るい夕方の空に一度目を向けてから、健人は眞姫に聞いた。
「少し時間も早いことだし、どこかに寄って行くか」
「そうだね、どこに行く?」
「そうだな……この間繁華街に新しくできた喫茶店にでも行ってみるか?」
 少し考える仕草をしてから健人はそう提案する。
 眞姫はその言葉に、大きく頷く。
「あ、行きたい! あの地下鉄の入り口の近くにできたところでしょ? あそこのお店まだ行ったことないのよね」
「じゃあ決まりだな。行こうか、姫」
 思いのほか喜んでくれた眞姫に微笑み、健人は彼女を伴って繁華街の方向へと進路を取った。
 時間も夕方になり、学校や会社帰りの人で街は賑わいを見せ始めている。
「ねえ、健人。今日の運勢、健人の蠍座が星占いで一位だったけど、何かいいことあった?」
 今朝の会話を思い出してふとそう聞いた眞姫に、健人はブルーアイを細める。
 そして、言った。
「今のところは普段と変わらないけど、今からいいことあるよ」
「そうだね、今から何かいいことあるといいね」
 自分だけに向けられた健人の真っ直ぐな視線にも気がつかず、眞姫はにっこりと笑う。
 悪びれの全くないその表情をちらりと見て、健人は金色に近いブラウンの髪をかき上げた。
「……相変わらず鈍いな、姫って」
 健人ははあっと小さく嘆息した後、ぽつりとそう呟く。
「え? 何……きゃっ」
 健人の言葉に不思議そうな顔をし、小首を傾げて彼を見た眞姫だったが。
 いきなり健人の大きな手に少し乱暴に頭を撫でられ、思わず声を上げる。
 ぐちゃぐちゃにされた栗色の髪を手で整えながら、眞姫はむうっと抗議の瞳を健人に向けた。
「もーうっ、健人ってばっ」
「本当にリアクションが素直で面白いな、おまえ」
「面白いって、もうっ」
 くっくっと笑う健人に、眞姫は拗ねたようにぷいっと視線を逸らす。
 健人はふっと笑みを浮かべ、まだ少し乱れている眞姫の髪を撫でる。
「悪かったよ、もうそんな顔するな。今日は俺が奢ってやるから機嫌直せ」
「本当に? 仕方ないなぁ、じゃあ許してあげる」
 ちらりと大きな瞳を上目使いで健人に向け、眞姫は楽しそうに笑う。
 健人はそんな眞姫の言葉にわざとらしく溜め息をつきつつも優しく微笑んだ。
「現金なやつだな、まったく」
「何が美味しいのかな、あそこのお店。楽しみだねぇっ」
 そう言って眞姫は、もう一度風に揺れる栗色の髪を整えるようにそっと撫でたのだった。
 それからしばらく楽しく談笑しているうちに、目的の繁華街の喫茶店へふたりは到着した。
 この店おすすめというフルーツのタルトを店員に注文してから、眞姫はまだオープンしたての店内をぐるりと見回す。
 そんな店内は眞姫たちくらいの若い男女で賑わっていた。
 もう一度メニューを見て、眞姫は満足そうに微笑む。
「このバナナのロールケーキも美味しそうだよね。でもレアチーズケーキも捨てがたいし……今度来た時は何食べようかなぁ」
「随分気が早いな、姫」
 お冷をひとくち飲んで、健人はふっと笑う。
 何か特別なことがことが起こらなくても、自分の目の前で屈託なく笑う眞姫の姿を見ているだけで健人にとって十分に幸せな時間でなのである。
 その時。
 眞姫たちのテーブルに、ウエイトレスがケーキを運んできた。
「今日一日だけのホワイトデー限定サービスで、カップルでご来店の方にプチケーキのサービスをしています。どうぞ」
「え?」
 眞姫は一瞬そのウエイトレスの言葉にきょとんとした。
 何の疑問も持たず、ウエイトレスはサービスのハート型のプチケーキと頼んでいたフルーツタルトセットをふたつテーブルに置いて去っていく。
「これ、今日だけ限定らしいぞ。ちょっと運がいいかもな」
「えっ? あ、うん。そ、そうだね」
 表情を変えない健人に、眞姫は少し驚いた表情のままこくんと頷いた
 そんな彼女の様子に気がつき、健人は首を傾げる。
「? どうした、姫」
「え? いや……私たち、カップルに見えるのかなって……」
 少し顔を赤らめながら、眞姫は遠慮気味にそう言って俯く。
 健人はその言葉を聞いてちらりと周囲の客層に目をやった。
「そうだな、ホワイトデーに同じ年くらいの男と女がふたりで店に入ってきたら、やっぱりそう見えるんじゃないか?」
「そっか、そうだよね、ホワイトデーだしね」
 健人につられて周囲をもう一度見回し、男女のカップルが多いことに気がついた眞姫は納得したように頷く。
 そして健人はブラックでひとくちコーヒーを飲んだ後、眞姫にブルーアイを向けて言った。
「俺とカップルと思われること、そんなに意外か?」
「え? ううん、考えたらそう思われちゃうよね。ただ、ちょっとびっくりしただけ……」
 綺麗な青い瞳に見つめられ、妙にドキドキしながら眞姫は首を振る。
 それから少し動揺してしまった気持ちを誤魔化すように、慌ててコーヒーに砂糖を入れてかき混ぜた。
 健人はそんな眞姫を見つめた後、おもむろにカバンを開ける。
 そして、彼女に言った。
「姫、俺のホワイトデーのお返し……受け取ってくれ」
 健人はラッピングされた小さな箱をふたつ、カバンから取り出してテーブルに置く。
「こっちはチョコレートだよ。下手にホワイトデーだからってマシュマロばかりいっぱい貰っても困るんじゃないかと思って、敢えてチョコにしてみたんだ」
 片方の箱を指差し、健人はそう説明する。
 そしてもう一方の箱を手に取り、眞姫に手渡した。
「こっちは姫へのプレゼントだ。開けみてくれ」
「あ、うん。プレゼントまで用意してくれたんだ、ありがとうね」
 にっこりと微笑み、眞姫は受け取ったプレゼントのラッピングを丁寧に開ける。
 そして、その箱から出てきたものは。
「ブレスレット? あっ、これって……」
 箱に入っていたブレスレットを手に取って見て、眞姫はあることに気がつく。
 そして、健人に目をやった。
 健人は眞姫に微笑んでから、左腕の制服の袖を少し上げる。
 そんな健人の腕には、シルバーと皮であしらわれたシンプルなブレスレットがはめられている。
 それは以前、眞姫が健人に誕生日プレゼントであげたものであった。
 眞姫にもらってからずっと、健人は肌身離さずそのブレスレットを大切につけているのである。
「この間このブレスレットのあった店に行ったら、同じデザインのレディースがあったんだ。それを見て、姫にプレゼントしようと思ったんだよ」
 健人のものと同じくシルバーと皮であしらわれているが、レディースのそれにはアクセントでラインストーンが入っている。
「ありがとう、健人。同じデザインだけど、やっぱりレディースはキラキラした石とかついてて可愛いね」
「ああ。姫、そのブレスレット貸してみろ」
 健人は手を伸ばし、おもむろに眞姫のブレスレットを受け取った。
 それから眞姫の腕を取って、それを彼女の左腕につける。
 急に感じた健人の指の感触に、眞姫は思わずドキッとした。
 下に視線を向けている健人の長い睫毛が、神秘的なブルーアイにかかっている。
 眞姫は空いている右手を少し赤くなった頬に当て、気を取り直すように小さく息をつく。
 そしてぺこりと小さく頭を下げ、改めて彼に礼を言った。
「シンプルだけど可愛いね、このブレスレット。ありがとう、健人」
 にっこりと笑顔を浮かべて健人を見た後、眞姫は再び自分の腕にはめられたブレスレットに視線を移す。
 健人はそんな嬉しそうな表情で自分のプレゼントを眺めている眞姫を見つめ、そして今このふたりだけの時間をかみ締めて幸せを感じていたのだった。