12月20日・月曜日。
 肌を刺すような朝の寒さの中、眞姫ははあっとひとつ白い息を吐いた。
 そして、おもむろに額に手を当てる。
 普段と同じ時間に家を出た眞姫だったが、その歩調は心なしか遅い。
 学校までの道のりを歩きながら、眞姫は火照った頬に手を添える。
「まだ風邪、よくなってなかったのかな……」
 朝起きて、眞姫は体のだるさと軽い頭痛を感じた。
 念のため風邪薬を飲んで家を出たのだがその効果はみられない。
 全身にカアッと熱を帯びているのを感じながらも、眞姫は腕時計を見る。
 それから気を取り直し、慌てたように早足でタッタッと目の前の地下鉄の階段を下り始めた。
 ……同じ頃。
 地下鉄の駅のホームで、健人はちらりと時計に青い瞳を向ける。
 そして振り返り、金色に近いブラウンの髪をかきあげた。
 いつもなら、もう眞姫が現れてもおかしくない時間である。
 眞姫が学校を欠席したり時間に遅れる場合は、携帯のメールに連絡が入るはずである。
 携帯を取り出してメールの受信がないことをもう一度確認して、健人は視線をふと顔を上げた。
 ふわりと健人の髪が揺れたかと思うと、音を立てて駅のホームに電車が入ってくる。
 そして電車の扉が開くと同時に、人の流れが一斉に動き出した。
 健人は電車に流れ込む人の波を横に避けてから、もう一度改札口を振り返る。
 その時。
「! 健人っ」
 慌てて改札を通った眞姫が、息を切らして駆け寄ってきた。
 健人は眞姫の姿を見て嬉しそうに微笑んだ後、まだ電車のドアが開いているのを確認して眞姫の手を引く。
「姫、まだ間に合う。乗るぞ」
「えっ、う、うんっ」
 ふたりが電車に飛び乗ったまさにその瞬間、ドアが閉まった。
 眞姫は乱れた息を整え、そして顔を上げる。
 それからブラウンの大きな瞳を健人に向けて、にっこりと微笑んだ。
「おはよう、健人。遅くなっちゃってごめん。でも、いつもの電車乗れてよかったね」
「おはよう、姫。ていうか、どうしたんだ?」
「あ、家はいつも通りの時間出たんだけど、ちょっとのんびり歩き過ぎたみたい」
 眞姫はふうっと一息つき、前髪をそっとかきあげる。
 健人はそんな眞姫を見て、ふと表情を変えた。
「姫……大丈夫か?」
「えっ?」
 驚いたように顔を上げる眞姫に、健人は視線を外さずに続ける。
「姫、おまえ体調悪いんじゃないか? 顔色悪いぞ」
 目の前の眞姫から感じる“気”が不安定であることに、健人は気がついたのだった。
 眞姫はもう一度呼吸を整えるように大きく息をつき、そして言った。
「いや、体調悪いっていうほどじゃないんだけど……ちょっと頭痛がするかなぁって」
「無理にこの電車に飛び乗らなくても、次の電車でも学校には間に合うからな。俺は休むとか遅れるとかの連絡がない限りは、姫のこと駅で待ってるし。大丈夫か?」
 心配そうに自分を見つめる健人に、眞姫は小さく微笑む。
「ありがとう、健人。でもやっぱりいつも通り、健人とこの時間の電車に乗りたかったから」
「姫……」
 眞姫の意外な言葉に、健人は青い瞳を彼女に向けた。
 眞姫はそんな健人に視線を返し、続ける。
「健人も言ってたよね、私と駅で会ったら朝だなって思うって。私も、健人と一緒にこの電車に乗ったら朝だなぁって思うから」
「そうだな、姫。俺もそう思うよ」
 優しく青い瞳を細め、健人は眞姫を労わるように頭をそっと撫でた。
 それからぽんっと頭を軽く叩き、言った。
「でも無理はするなよ、姫」
「うん、無理はしないから」
 揺れる電車の振動に体を合わせてバランスを取りながら、眞姫は気を取り直して健人を見る。
 それから、思い出したように聞いた。
「そういえば、昨日私が帰ってからどこか見たりしたの?」
 その眞姫の問いに、健人はふと怪訝な表情をする。
 そして大きく嘆息して、答えた。
「姫が帰ってから……祥太郎と本当に運悪く会ってな、飯を奢らされた上にいろいろ連れ回されたよ」
「祥ちゃんと? いいなぁ、私ももうちょっといたかったんだけど、ごめんね」
「姫が謝ることじゃないよ。それよりも……ムカつくのは、あの藤咲綾乃と祥太郎だ」
 綾乃に煽られて派手にドンパチやらかした挙句、止めに入った祥太郎の不意打ちをくらったことを思い出し、健人は面白くなさそうな顔をする。
 小声で呟いたその言葉が聞こえなかった眞姫は、そんな健人の様子に小首を傾げた。
 それと同時に、電車が降りる駅へと到着して停車する。
 ドアが開いた瞬間に押し寄せる人の波から眞姫をかばいながら、健人は電車から降りた。
「姫……」
 少し俯き加減でつらそうな表情を浮かべる眞姫を見て、健人は複雑な表情を浮かべる。
 成長段階である“浄化の巫女姫”の不安定な“気”は、眞姫の体調にも影響してくるのだと鳴海先生は言っていた。
 だが、それを乗り越えることも“浄化の巫女姫”に課せられた使命であり、運命を受け入れると決意した眞姫自身が乗り越えなければいけないことなのだ。
 それが分かっていても、目の前で体調を崩している眞姫を見ると、健人はいたたまれない気持ちになる。
 そしてつらい様子を表に出さずに耐えている眞姫の姿がとてもいじましく、愛しく感じた。
 健人は眞姫を気遣うようにさり気なく彼女の体を支え、そして眞姫を伴って改札口を出たのだった。




 ――その日の放課後。
 梨華は職員室にプリントを提出しに行った後、教室に戻るために廊下を歩いていた。
 ホームルームが終わったばかりの廊下は、生徒たちの声で賑やかである。
 その時。
「よお、立花」
 ふいにポンッと肩を叩かれ、梨華は振り返った。
 その場にいたのは……。
「あ、小椋くん」
「そういえば立花、クリスマスパーティーのプレゼント買ったか?」
 漆黒の瞳を梨華に向け、彼女の背後に現れた拓巳はそう言った。
「クリスマスプレゼント? うん、昨日買ったよ。小椋くんは?」
「俺、まだ買ってないんだよ。何がいいかなって悩んでるんだよな」
 うーんと考える仕草をする拓巳に、梨華も首を捻る。
「そうねぇ、誰に当たってもいいような無難なものとか、迷うなら自分の欲しいものとか……それか、当たって欲しい人狙いのもの買うか、そんなカンジじゃない?」
「当たって欲しい人狙いって、おまえの場合は祥太郎好みのものか?」
 からかうようにそう言う拓巳に、梨華は顔を真っ赤にさせる。
 そして、大きく首を振って言った。
「なっ、何で私が祥太郎の好みのものなんて買わなきゃいけないのよっ」
「まぁまぁ、そうムキになるなって」
 梨華の反応に悪戯っぽく笑って、それから拓巳は漆黒の瞳を細める。
 瞳と同じ色の前髪をかきあげ、そしてスッと掌を梨華の前に翳した。
 梨華はそんな拓巳の行動に、不思議そうに首を傾げる。
「? なぁに、小椋くん?」
「好きな人と結ばれるおまじないだ。目を瞑って、好きな人の名前を5回心の中で繰り返してみろよ」
「目を瞑って、5回? ……こんなカンジ、かな」
 ぎゅっと瞳を閉じる梨華に、拓巳は掌を翳したままニッと笑う。
 そして数秒後、手を下ろしてから言った。
「聞こえたぞ立花、祥太郎の名前が5回な」
「なっ、何でアイツの名前なのよっ!?」
「分かりやすいな、本当に。顔に書いてあるぞ?」
「もーうっ、小椋くんってばっ」
 耳まで真っ赤にさせて、梨華はぷいっとそっぽを向く。
 そんな梨華の肩を軽く叩いてから、拓巳は歩き出した。
「じゃあな、立花。今から帰りにクリスマスプレゼント見てみるぜ、ありがとな」
「うん。じゃあまたね、小椋くん」
 軽く手を振って靴箱に向かう拓巳に、梨華は手を振る。
 そして梨華は彼と逆方向に進路を取り、教室へ戻るべく階段を上り始めたのだった。




 同じ頃、繁華街の本屋で雑誌の立ち読みをしていた智也はふと顔を上げた。
「今日は早いなぁ、綾乃。珍しく待ち合わせ時間から15分くらいしか遅れてないし」
 そんな智也に、現れた綾乃はにっこりと微笑む。
「まぁねっ。今日最後の授業が自習だったから、1時間早く学校終わったんだぁっ」
「ていうか1時間も早く終わったんなら、もうちょっと頑張って時間通り来いよ……」
 はあっと嘆息して、智也は読んでいた雑誌を置いた。
 そして目の前の喫茶店に瞳を向けて、歩き出す。
「ま、お茶でもするか?」
「そうね、そこの喫茶店ってケーキセットいっぱい種類あるしねぇっ」
「本当におまえ、よく飽きずにそんな甘いものばかり食えるよな」
 ウキウキした様子の綾乃にもう一度溜め息をつき、智也は喫茶店に入った。
 綾乃もそれに続いて店内へと足を運ぶ。
 それから席に案内されて注文を済ませ、智也はまだメニューを見ている綾乃に視線を向けた。
「そういえば綾乃、昨日なんか派手に“能力者”とやらかしたらしいね」
「昨日? “能力者”のひとり、蒼井くんと会ったよ。眞姫ちゃんとも会ったけど、ちょっとしか喋れなかったなぁ」
「蒼井くんって、蒼井健人か? あのキレやすい右目だけ青い瞳の」
「そうそう。怒らせて敵を乱せって言うでしょ? だから挑発してみたらさ、挑発しすぎてめちゃめちゃ彼を怒らせちゃったみたい」
「おまえの挑発って、下手に図星で相手がムカつくこと容赦なく言いそうだからなぁ。ただでさえあの蒼井健人って能力者ってキレやすいのに、おまえに煽られたら怒り心頭だっただろ?」
 そう言って気の毒そうな表情を浮かべて、智也はお冷を飲んだ。
 そんな智也に悪戯っぽく笑顔を向け、綾乃はテーブルに頬杖をつく。
「めっちゃ単純な反応するから、綾乃ちゃんも思わずムキになっちゃった。でも、繁華街のど真ん中でまさかドンパチするとは思わなかったけどねぇっ」
 あははっとのん気に笑う綾乃に、智也は呆れたように言った。
「よくそれで、何事もなく収まったな……」
「うん。途中で祥太郎くんが来たから」
「祥太郎くんって、瀬崎祥太郎? おまえ、“能力者”ふたりと対峙したのか?」
 表情を変える智也に、綾乃は首を振る。
「ううん。乱入してきた祥太郎くんがね、蒼井くんのこと殴って気絶させて収まったの」
 ウェイトレスが運んできたケーキに瞳を輝かせ、綾乃はフォークを手に取りながらそう言った。
 智也は、そんな綾乃の言葉にきょとんとする。
「え? 蒼井健人と瀬崎祥太郎は同じ“能力者”なんだろう? それより何より、何でおまえと“能力者”の瀬崎祥太郎が仲がいいのかが俺には分からないよ。敵同士だろ?」
「ま、祥太郎くんとは普段は仲のいいお友達だし。お互いが、お互いの関係にけじめつけて接してるってことよぉっ」
 ひとくちパクッとケーキを口に運び、綾乃は満足そうな表情を浮かべる。
 智也は理解し難いというように首を傾げた後、話題を変えた。
「それよりも、杜木様からのご命令とはいえ……麻美のやつ、援護なしで大丈夫なのかな?」
 そんな智也の言葉を聞いて、綾乃は思い出したように言った。
「麻美ちゃん、何か近々仕掛けるみたいよ? メールきてたから」
「仕掛けるって、何をするつもりなんだ?」
「麻美ちゃんが何をしようとしてるかは分からないけど、“能力者”の周辺のことは綾乃ちゃん結構知ってるからさ、麻美ちゃんに事細かに教えてあげたりしたよ。眞姫ちゃんと仲良しな梨華から本当にいろんなこと聞くからね、眞姫ちゃん周辺のこと」
「麻美のやつ、本当に大丈夫か? あいつの能力は戦いには不向きだし。軽い衝撃波は放てても、“能力者”には通じないだろうからな」
 心配そうな表情をする智也に首を振り、そして綾乃はふっと漆黒の瞳を細める。
「杜木様がおっしゃってたわ。麻美ちゃんに期待しているのは“能力者”の始末じゃなくて、眞姫ちゃんの能力開花だって。眞姫ちゃんの次に覚醒する能力を考えると、心配はいらないでしょうって」
「次に眞姫ちゃんの覚醒する能力、ね」
 綾乃の言葉に、智也はふうっと溜め息をつく。
 そしてコーヒーをひとくち飲んでから、何かを考えるかのようにテーブルに頬杖をついて賑やかな窓の外に視線を向けたのだった。




 その頃、聖煌学園。
 ホームルームが終わって少し時間が経ち人も疎らになってきた廊下を、ひとり拓巳は歩いていた。
 そして漆黒の前髪をかきあげた後、ふと顔を上げる。
 それからある人物の姿を見つけ、早足で歩き出した。
「よっ、姫と立花じゃねーかよ。今から帰るのか?」
 そんな拓巳の声に、彼の目の前を歩いていた眞姫はおもむろに振り返る。
「あ、拓巳。うん、今から梨華と帰るところよ」
 自分たちに追いついて歩調を緩める拓巳に、眞姫はにっこりと微笑む。
「あ、小椋くん。小椋くんはまだ帰らないの?」
 梨華も振り返り、拓巳に視線を向けた。
 そんな梨華に、拓巳ははあっと大きく嘆息する。
「さっきまで、鳴海のヤツに数学教室に呼ばれててよ。本当にムカつくぜ、あいつ」
「小椋くん、また何か呼び出されるようなことやらかしたんでしょ?」
「何もやらかしてねぇよっ。ただちょっと数学のプリントの提出が遅れたくらいでギャーギャー言いやがってよ」
「それって自業自得な気がするけど? 小椋くん」
 そう言って、梨華はくすくすと笑う。
 そんな梨華の様子に面白くなさそうな顔をしてから、拓巳は眞姫へと視線を移した。
「放っとけ、立花っ。ていうか、姫はもう体調は大丈夫なのか? あまり無理するなよ」
「ありがとう、拓巳。少し熱っぽくて頭痛かった時もあったけど、今は大丈夫みたい」
「そっか。帰ってゆっくり休めよ、姫」
 眞姫に笑顔を向け、拓巳は片手を軽く挙げる。
 眞姫はこくんと頷き、そんな拓巳に手を振った。
「うん、ありがとう。じゃあまた明日ね、拓巳」
 眞姫の隣にいる梨華も、手を振りながら拓巳に向かってふっと笑みを浮かべる。
「またね、小椋くん」
「おう、またな」
 靴箱に向かう二人の姿を見送ってから、拓巳は再び廊下を歩き出した。
 運動場では、運動部が部活動に取り組んでいる。
 そんな窓の外の様子を何気に見ていた拓巳は、自分の教室に向けて階段を上り始めた。
 ……その時だった。
「あれ? まだ学校にいたんだ、小椋くん」
 その声に、拓巳は驚いたように顔を上げる。
 階段の上から拓巳に声をかけてきたのは……。
「えっ!? 立花!?」
「どうしたの、小椋くん?」
 自分の顔を見て驚く拓巳に、その人物・梨華は首を傾げた。
 それから、言葉を続ける。
「ていうか、あれからクリスマスプレゼント買いに帰ったかと思ったのにまだ学校にいたんだね。さっき会ってから結構時間経ってるけど、早く買いに行かないとお店閉まっちゃうよ?」
「さっき会ってから結構時間経ってるって、今日おまえと初めて会ったのってほんの数分前じゃ……」
「数分前? 小椋くんと話したのって、もう1時間くらい前じゃない。職員室の近くの廊下で会ったでしょ?」
 今度は拓巳が、不思議そうな表情を浮かべて首を捻る。
「職員室の前の廊下? 何のことだ? ていうかおまえ、今まさに姫と帰ったはず……」
「えっ? 小椋くん、眞姫のこと見たの? 一緒に帰ろうって言ってたんだけど、教室にもういなくて。あの子今日体調悪そうだったから、先に帰っちゃったのかなぁって心配してたんだ」
 梨華の言葉に、拓巳はわけが分からないといった様子で眉間にしわを寄せる。
 確かにほんの数分前、拓巳は眞姫と一緒に帰る梨華の姿を見た。
 だが、現に今も目の前に梨華がいる。
 そして梨華は1時間ほど前に自分と会ったというが、全く覚えがない。
 拓巳は腕組みをし、ふと考える仕草をする。
 そして。
「! まさか……っ」
 次の瞬間、拓巳はハッと表情を変えた。
 そして目の前の梨華の肩を掴み、言った。
「1時間くらい前に俺と会った時、何を話した!?」
「えっ? えっと、クリスマスパーティーのプレゼントのこととか、あとは……おまじないしてくれたよね、好きな人と結ばれるおまじない」
 急に表情を変えた拓巳の様子に驚きながら、梨華は恐る恐る答える。
「おまじない? どんなことされたんだ!?」
「どんなことって……目の前に手をこう翳されて、好きな人の名前を5回言えって」
 自分がされたように掌を拓巳の目の前に持ってきて、梨華はもう一度不思議そうな顔をした。
「ていうか、小椋くんがやったんでしょ? 一体どうしちゃった……って、小椋くんっ!?」
 梨華の言葉が終わるその前に、拓巳は回れ右をして元来た階段を駆け下りていた。
 拓巳は険しい表情を浮かべ、舌打ちをする。
「ちっ、さっき姫といた立花は偽者かよっ! あの“邪者”の女……ふざけやがってっ!」
 1時間前に梨華が話したという拓巳は、彼の姿をした麻美であるということに拓巳は気がついたのだ。
 自分の姿をした麻美が梨華に近づき、彼女の姿をコピーした。
 それから梨華の姿に変化し、先ほど眞姫と一緒に下校したというわけなのだ。
 拓巳は靴箱にすでにふたりの姿がないのを確認するやいなや、校門を駆け出した。
 夕方の賑やかな人の流れに、拓巳は眉をひそめる。
 そして眞姫が下校時に通るであろう方向に進路を取り、周囲を見回した。
「そんなに時間も経ってない、まだ近くにいるはずだっ」
 自分の姿を麻美にコピーされているだろうことは予測できた拓巳だったが、今まで“能力者”の前にばかり麻美が現れていたために、次のターゲットも“能力者”の誰かであろうと思っていた。
 だが麻美は、自分の姿をして“能力者”ではない梨華に近づき、彼女の姿かたちを写し取ったのだ。
 それから梨華の姿で眞姫にまんまと近づき、何かを企んでいるのである。
「姫……っ!」
 拓巳はクッと唇を結んでから、そして眞姫が普段利用する地下鉄の駅に向け、走る速度を上げたのだった。