10月21日・木曜日。
 生徒たちの声で賑やかな廊下を歩きながら、拓巳は驚いたように准に目を向けた。
「え? 一昨日、森下と一緒に帰ったのか?」
「うん、お姉さんの方とね」
「ふーん、森下のヤツもなかなか積極的になってきたじゃねーか」
 何かを考えるように小声で呟いた拓巳に、眞姫は首を傾げる。
「? どうしたの、拓巳」
「あ、いや……ひとりごとだよ、姫」
 それだけ言って、拓巳は視線を宙に向けて前髪を無造作にかきあげた。
 今日の授業もすべて終わり、今は放課後である。
 木曜日は映研の活動日であるため、眞姫と准と拓巳の3人は視聴覚教室へと向かっていた。
 准は訝しげに拓巳を見た後、溜め息をつく。
 そして言った。
「ねぇ、拓巳。この間から僕に、何か隠し事してるでしょ」
「えっ? な、何言ってるんだよ、んなことっ……」
「あるはずだよ。拓巳の癖なんだよ、後ろめたいことがある時、上目使いで前髪かきあげるのって」
「うっ、後ろめたいことなんて……」
 准にそう言われ、拓巳は思わず言葉に詰まる。
 眞姫は微笑みながら、そんな拓巳に言った。
「拓巳ってすぐ顔に出ちゃうよね、正直なんだもん」
「だーからっ、別に何も後ろめたいことなんてこれっぽっちもねぇってばよっ」
 ちらりと眞姫を見て、拓巳は慌てた様子でそう言う。
 准はわざとらしくふうっと一息つき、改めて口を開いた。
「それで拓巳、何を隠してるの?」
 准の視線を感じながらも、拓巳はバツが悪そうに窓の外に視線を移す。
 それから、小さな声で呟いた。
「別に、隠してることなんてないよ」
「なに、拓巳? よく聞こえないんだけど」
「…………」
 にっこりと笑顔を作る准であったが、その目は笑っていなかった。
 拓巳は困ったようにもう一度前髪をかきあげて、嘆息する。
 それから眞姫に瞳を向けて、言った。
「姫っ、准がいじめるんだ、助けてくれよぉっ」
「ねぇ、何か隠してるの? 拓巳」
 楽しそうにくすっと笑って、眞姫はブラウンの瞳を細める。
 はあっと大きく溜め息をつき、拓巳はがくりとうな垂れた。
「姫までそんなこと……別に何でもねえって言ってるだろっ」
 半ば拗ねたように、拓巳は顔を真っ赤にしてぷいっとそっぽを向く。
「あはは、ごめんね、拓巳。拓巳の反応があまりにも可愛くて」
「可愛いってな、姫……」
 くすくす笑う眞姫を見て、拓巳は大きく溜め息をつく。
 それから眞姫と拓巳に交互に目を向けて、准は言った。
「僕、図書館に借りてた本返してから部活行くから、先に部室行ってて。まぁ拓巳の隠し事は後でゆっくり尋問……いや、ゆっくり聞くから」
 知的な顔に満面の笑みを浮かべてそう言う准に、拓巳は瞳を丸くする。
「げっ、ていうか尋問かよっ」
「うん。じゃあ先に行ってるね、准くん」
 准は眞姫たちと分かれ、図書館のある別館の方向に歩き出した。
 その後姿を見送り、眞姫は隣の拓巳に向き直って笑う。
「拓巳と准くんって、本当に仲いいよね」
「仲がいいっていうか、おどされてる気が……」
 ぼそっとそう呟いた拓巳に、眞姫は大きな瞳を楽しそうに細めて言った。
「ねぇ拓巳。准くんの言うように、本当に何か隠してるの?」
「だから、別に何でもないってばよっ。ほら、部室行くぞ」
 眞姫の言葉に大きく嘆息し、拓巳は歩き出す。
 小さく首を傾げた後、眞姫は拓巳の隣に並んで視聴覚教室へと向かったのだった。
 その頃、眞姫と拓巳のふたりと分かれた准は、図書館のある別館と本館を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。
 窓の外に見える運動場では、運動部が部活の準備をしている。
 そんな様子を何気なく見ていた准であったが、おもむろにふと顔を上げた。
 そして少し表情を変え、立ち止まる。
「森下さん、どうしたの?」
「あ、芝草くんっ」
 図書館の前に立っていたのは、双子の姉・森下香織だった。
 そわそわしている様子の彼女の手には、准の傘が握られている。
「あのっ、傘を返しにBクラスに行ったんだけど、芝草くんもういなくて……それで、もしかしたら図書館に行けば会えるかなぁって思って」
 顔を赤くしながら、香織はしどろもどろでそう言った。
 准は、そんな彼女に優しい微笑みを向ける。
「わざわざ僕のこと探してくれたんだ、森下さんも今から部活だろう? そんなに急いで返さなくてもよかったのに」
「ううん、早く返さないと雨が降ったら困るでしょ? 傘ありがとう、すごく嬉しかった」
 耳まで真っ赤にさせて、香織は傘を准に手渡した。
「逆に気を使わせちゃったかな、ごめんね」
「そんなっ、私こそ傘借りちゃって、芝草くん雨に濡れたんじゃない?」
 香織は、破裂しそうにドキドキしている胸を押さえる。
 身体がカアッと熱くなり、うまく思考が回らない。
 落ち着かないといけないという思いとは逆に、心臓の音はドクドクと激しい鼓動を刻んだ。
 准はそんな香織を見て、そして差し出された傘を受け取ろうと手を伸ばした。
「わざわざありがとう、森下さん」
「えっ、うんっ、あ……っ」
 その時一瞬准の指先が手に触れ、香織は思わず手を引っ込めてしまう。
 香織の持っていた傘が、パタリと地面に倒れた。
 触れた准の手は、彼の優しさと同じようにあたたかくて柔らかいものだった。
 その感触に、香織の胸はさらに動きを早める。
 それからハッと我に返ったように慌てて言った。
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
 准は屈んで、倒れた傘を手に取る。
 そして顔に微笑みを作りつつ、ふと表情を変えて聞いた。
「大丈夫、気にしないで。それよりも、あれ以来体調はどう?」
「うん、倒れたりすることはなくなったかな。心配してくれて、ありがとう」
 照れたように俯き、香織は嬉しそうな表情を浮かべた。
 ずっと憧れだった准が、自分のことを心配してくれるなんて。
 そう考えただけで、カアッと身体が熱くなる感覚がした。
 それから異様な程に激しく鼓動を刻む胸を、ぎゅっと握り締める。
 火照った体はさらに熱を帯び、何かが身体の中を駆け巡るような感覚がした。
 その時。
「はぁ……っ!」
 急に息が苦しくなり、香織はたまらずに大きく息を吐く。
 そんな彼女の様子に気がつき、准は表情を変えた。
「森下さん!? 大丈夫!?」
「え……あ、大丈夫……っ」
 言葉とは裏腹に香織の呼吸はさらに荒くなり、額には汗がじわりと浮かんでいる。
 思わず香織は、その場に崩れるように座り込んだ。
 視界が大きく回り、すでに自分で立っていられなかったのだ。
「大丈夫じゃないだろう、保健室に行こう……!!」
 次の瞬間。
 彼女に肩を貸そうとした准は、大きく瞳を見開いて動きを止める。
 そして表情を険しいものに変えて呟いた。
「これは、“邪気”……!?」
 今まで微塵も感じなかった“邪気”が、彼女の身体から解き放たれたのを准は感じたのだ。
「はあっ、はあっ……あっ!!」
 大きく肩で息をしていた香織は、最後にビクンッと身体を大きく震わせた。
 そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……森下さん?」
 准はそんな彼女を見て、眉を顰めた。
 先程まで呼吸が荒かったとは思えないほど、彼女は何事もなかったような表情をしている。
 だがその瞳に光はなく、そして身体には“邪気”が漲っているのだ。
 その時。
「!!」
 准はハッと顔を上げ、瞳を見開く。
 バチバチと香織の握り締めた拳に“邪気”が宿ったのを感じたと同時に、尋常ではないスピードで間合いをつめた彼女の姿が、准のすぐ目の前に迫ってきていた。
「なっ!? ……くっ!!」
 准は右手に“気”を漲らせ、唸りを上げて襲いかかってきた彼女の攻撃を受け止める。
 バチッとプラズマがはしり、“邪気”の宿った拳が動きを止めた。
「森下さんっ、一体これは……っ!!」
 言葉をかける准の声も聞こえないのか、香織は表情を変えないまま身を翻す。
 それから、素早く左足の上段蹴りを繰り出した。
 准は咄嗟に背後に飛んでそれをかわし、彼女と距離を置く。
 そして右手を掲げ、周囲に“結界”を張った。
「身体能力が格段に上がっている……それに、あの“邪気”は一体!?」
 准は香織を見据え、ふっと軽く身構える。
 厳しい表情の准とは対称的に、香織は感情がない人形のように無表情である。
 ゆっくりと准に近付いてきた彼女は、再びその拳に“邪気”を宿らせた。
「森下さん、僕の声が聞こえる!? 森下さ……くっ!!」
 ふっという呼気とともに、香織は再び准目がけて“邪気”の漲った拳を放つ。
 ビュッと空気を裂くような音がし、大きくその拳は空を切った。
 しかし。
「!」
 攻撃をかわしたはずの准の頬に、ひとすじの鮮血がはしる。
 彼女の放った攻撃の余波で、浅い傷ができたのだった。
 そんな様子を気にとめることもなく、准は再び放たれた彼女の攻撃を“気”の漲った右手で受け止める。
 そして彼女の手首を掴み、“気”を放出させた。
「……!」
 次の瞬間、バチバチッと眩い光が弾けたかと思うと、准の“気”が彼女の“邪気”を包み込んでその大きさを縮小させる。
 香織は相変わらず無表情のまま准の手を振り解いて背後に飛び、彼と距離を取った。
「うかつに手は出せないけど、このままじゃ……」
 准はこれからどう動くべきか考えながら、香織の出方を慎重に探る。
 その時だった。
「! っ、はぁ……っ!」
 突然ビクッと身体が痙攣したように動いたかと思うと、香織の身体がフッと地に崩れ落ちる。
「!」
 准は素早く移動し、彼女の身体を咄嗟に支えた。
 そんな彼女の呼吸は荒く、額から汗が噴き出している。
 ハンカチを取り出して優しく汗を拭って、准は気を失っている香織を見た。
「森下さんの“邪気”が、消えた?」
 倒れた彼女からは、先程までの“邪気”は微塵も感じられなくなっていた。
 何かを考えるような仕草をして、そして准は周囲の“結界”を解く。
 それから気を失っている彼女を背負い、傘を片手に保健室に向けて歩き出したのだった。




 その頃、健人は足早に階段を駆け上っていた。
 彼の整った顔は、険しい色を浮かべている。
 先程校内で准の“結界”が張られたことを、しっかりと健人は感じ取っていたからだ。
 そして“結界”内には准の“気”だけでなく、“邪気”の存在が感じられたのだ。
 健人は教室に入ると、青い瞳をひとりの少女に向ける。
「……!」
 表情を変え、そして健人はその少女・森下志織に近付いた。
「森下、大丈夫か?」
「あ……蒼井、くん?」
 苦しそうな表情を浮かべながらも、志織は顔を上げる。
 そんな彼女の呼吸は荒く、額からは汗がじわりと滲み出てきていた。
「体調悪そうだけど、保健室行くか?」
「う、うん……でも、もうちょっとしたら治まるかもしれないから……」
「無理するな、保健室まで付き添ってやるから」
 健人の言葉に、志織は驚いたような顔をする。
 それから嬉しそうに小さく微笑み、ゆっくりと席から立ち上がった。
 志織の荷物を持ち、そして彼女を伴ってゆっくりと健人は教室を出る。
 健人は、ちらりと青い瞳を隣の志織に向けた。
 かなり苦しそうであるが、その身体から“邪気”は感じられない。
 だがこの彼女の体調の悪さは、数日前に現れた“邪者四天王”と何か関係がありそうだ。
 健人は表情を引き締めながらも、足元がおぼつかない志織に手を貸しながら保健室に向かう。
 そして、ちょうど階段の踊り場にさしかかった……その時。
「……はあっ……あっ!!」
 ガクンと、志織の身体が突然地に崩れる。
「! 森下、大丈夫か!?」
 健人は片膝をついて呼吸を荒げる志織に青い瞳を向けた瞬間、その表情を変えた。
「これは……」
 その健人の呟きと同時に、今まで荒かった志織の呼吸が何故かぴたりと治まる。
 そんな彼女の身体を取り巻いていたのは、紛れもなく“邪気”だった。
 今まで感じなかった“邪気”を、健人は彼女から強く感じたのだ。
 健人は気を取り直して、まだ片膝をついている志織に手を貸そうと彼女に慎重に近付いた。
 その時。
 ふっと志織がその顔を上げた。
 そしてニイッと笑みを浮かべたと思った、その瞬間。
 健人は、青い瞳を大きく見開いた。
「なっ!?」
 刹那、カッと光が弾けたのと同時に、ドンッという大きな音が周囲に響き渡る。
 ゆっくりと立ち上がった志織は、何事もなかったかのようにスッと長い黒髪をかきあげた。
 そんな彼女の様子は、先程まで苦しそうだったものとはまるで変わっている。
 呼吸は穏やかであるが……その瞳には、光が宿っていなかった。
「どういうことだ、これは……」
 咄嗟に“気”の防御壁を張って志織の攻撃を防いだ健人は、そう呟いてから周囲に“結界”を張る。
 健人が無傷なことを知った志織は、再びふっと右手を掲げた。
「!」
 その瞬間、彼女の右手に“邪気”が集まるのを感じて、健人は身構える。
 表情を変えないままで、志織は掌で形成された大きな“邪気”の塊をブンッと健人目がけて振り下ろした。
 ゴウッと唸りをあげ、漆黒の光が健人に襲いかかる。
 咄嗟に“気”を漲らせて、健人はその衝撃を受け止めた。
 そして受け止めた右手に“気”を集めて、漆黒の光を無効化させる。
 健人の“気”により浄化された志織の“邪気”は、ジュッという音をたてて消滅した。
 志織はそんな様子にも動じず、健人目がけて攻撃の手を緩めずに漆黒の光を繰り出した。
「くっ、一体どうなってるんだ!?」
 自分に迫る複数の光の筋を見据え、健人は目の前に“気”の防御壁を形成させる。
 志織の放った漆黒の光と健人の防御壁が、激しい音をたててぶつかり合った。
 すべて漆黒の光は防御壁に阻まれ、その威力を失う。
 だが、いくら攻撃を防がれてもお構いなしで、志織は次々と漆黒の光を無造作に放つ。
 それを今度は防がずに身を翻してかわしてから、健人は掌に“気”を漲らせた。
「ちっ、仕方ない……っ!」
 漆黒の光の隙をつき、健人は“気”の塊を放とうと右手を振り翳す。
 その時だった。
「……!」
 健人は、ぴたりと動きを止めた。
 それと同時にドサッと音がする。
 志織の身体が、突然地に崩れたのだった。
 健人は“気”を宿した右手を収め、気を失って倒れた志織に近付く。
 そんな彼女からは、先程まで強く感じていた“邪気”は跡形もなく消えていた。
 苦しそうに息を荒げる志織の身体をゆっくりと起こし、健人は周囲の“結界”を解く。
「どうして森下が“邪気”を?」
 それだけ呟き、健人は意識のない志織を背中に背負って階段を降りた。
 志織の息は荒く、その体温も異様に高いことが背中越しでも分かる。
 それから健人は、階段を降りてすぐのところにある保健室に入った。
 保健医の先生はどうやら不在のようである。
 健人はベッドまで志織を運び、彼女を寝かせた。
 彼女の呼吸は荒く、苦しそうな表情を浮かべている。
 その時。
「健人、大丈夫だった!?」
 おもむろに保健室のドアが開き、香織を連れた准が姿をみせた。
「准、おまえも大丈夫だったか? やっぱり准の“結界”内で感じたのは、姉の方の森下の“邪気”だったのか」
 准に背負われている香織に目を向け、健人は表情を変える。
「うん、急に苦しみだしたと思ったら、森下さんから“邪気”を感じて……妹の方も、そんな感じだった?」
「ああ、同じだよ。突然“邪気”を放って襲いかかってきたと思ったら、しばらくして倒れたんだ」
「倒れた理由は、まだ身体が“邪気”に慣れてないからだろうね。それにしても、どうして……」
 香織を志織の隣のベットに寝かせて、准は双子を交互に見ながら怪訝な表情をする。
 青い瞳をそんな准に向けて、健人は静かに言った。
「あの“邪者四天王”の仕業だろうな、おそらく」
 ……その時。
 健人と准のふたりは、ふと顔を上げる。
 それと同時に、保健室のドアが開いた。
「報告はミーティングの時に聞く。今から視聴覚教室に移動しろ」
 保健室に入ってきた鳴海先生は、二人を交互に見てそう言った。
「でも、森下さんたちをこのまま保健室に放っておいていいんですか?」
 准の言葉に、先生は切れ長の瞳を彼に向ける。
「保健医に彼女たちの世話を頼んでおく。心配するな」
「それでいいのか? またこいつらが目覚めて、“邪気”をむやみに放ったりするかもしれないだろう?」
 そう言う健人に今度は視線を移し、鳴海先生は首を振った。
「その心配はない。彼女たちの体力では、“邪気”を纏えるのは一日に一度が限界のようだからな」
 それから瞳を細め、威圧的な声で先生は言葉を続ける。
「分かったら、早く視聴覚教室に移動しろ」
「…………」
 鳴海先生を見てふうっと大きく嘆息し、健人は言われるままに保健室を出て行った。
 准もそんな健人に続き、退室する。
 ふたりが保健室を出て行ったのを確認して、それから先生はベッドで寝ている双子に目を向けた。
 まだ意識も戻らず息使いも荒いが、体調は少しずつ落ち着いてきているようである。
 何かを考えるような仕草をしてから、そして鳴海先生も保健室を退室したのだった。




「やっぱりさっき感じた“邪気”は、森下のものだったのか」
 ミーティングで准と健人の話を聞いた拓巳は、険しい表情を浮かべてそう言った。
 視聴覚準備室には、映研部員全員とそして鳴海先生の姿があった。
 そんな拓巳をちらりと見て、健人は口を開く。
「でも森下から感じた“邪気”は、“邪者”とも“憑邪”とも違う感じがした」
「僕もそう思いました。“憑邪”のように“邪”と契約している様子もなかったし、かと言って“邪者”のように身体に“邪”を取り込んでいるようでもなかったです」
 鳴海先生を見て、准も健人の言葉に頷く。
 拓巳は首を傾げてから、准に言った。
「でもよ、“邪”と契約してるわけでも“邪”を取り込んでいるわけでもないのに、何で“邪気”が使えるんだ?」
「それは、もともと彼女たちが持っている“負の力”が引き出されたことにより使用できるようになった“邪気”だからだ」
 鳴海先生は、拓巳の問いに答えて言葉を続ける。
「人間には“正の力”と“負の力”がある。“負の力”は人間が自分でコントロールできるものではなく、本来は身体の中で眠っているものだ。それを“邪”を取り込むことにより使用することができる者が“邪者”だが、今回の森下姉妹の場合は“邪者”とは違う。普段は感情や理性という人間らしさによって蓋をされている“負の力”であるが、それが目覚めたということは……」
「あのホスト兄ちゃんの作ったアヤシイ薬のせいで、その蓋が外れたっちゅーことか」
 鳴海先生の言葉が終わる前に、祥太郎はそう言った。
 それに頷き、先生は何かを考える仕草をする。
 眞姫は、じっと黙って先生と少年たちの言葉を聞いていた。
 双子たちとはクラスも違うためにあまり顔を合わせることはない眞姫だが、たまに廊下で見かけただけでも、体調が悪そうだという様子が分かるほどだった。
 眞姫は実験台にされた双子のことを考えていたたまれなくなり、ぎゅっと拳を握り締める。
 鳴海先生は、それから詩音に視線を移した。
「ここ数日で、森下姉妹に接触する“邪者”の存在はなかったか?」
「直接ツインズと接触した“邪者”はいなかったよ。ただ……巧妙に気配を絶って、ツインズを監視してる感じの気配はたまに感じたけどね」
「あのホストの兄ちゃん、薬を盛ったらあとは高みの見物かい。いい身分やなぁ、まったく」
 机に頬杖をつき、祥太郎は溜め息をつく。
 今まで俯いていた眞姫は、ふと顔を上げて鳴海先生を見た。
 そして、言った。
「鳴海先生、彼女たちが“憑邪”と違うんだったら、やっぱり私の“憑邪浄化”は効かないということなんですか? もともと“憑邪浄化”は“邪”と媒体の人間を引き離す力だから、今回の“邪気”が彼女たち自身の力なら意味がないですよね」
 眞姫に切れ長の瞳を向け、鳴海先生はその質問に答える。
「おまえの言うように、確かに“憑邪浄化”では意味がないだろう。しかしながら“浄化の巫女姫”の能力は“憑邪浄化”だけではない。すべての“邪”の存在にとって、おまえの力は有効にはたらくはずだ。だが……」
 そこまで言って、鳴海先生は言葉を切る。
 それから切れ長の瞳を細め、続けた。
「だが、おまえを危険な目に合わせるわけにはいかない。余計な行動は十分に慎むように。分かったな」
「でも、私の力で彼女たちを救えるのなら……」
「何度も言わせるな、行動は控えるようにと言っているのが分からないか? 清家」
 威圧的な口調でそう言われ、眞姫は言葉を失う。
 そんな眞姫の様子を見て、拓巳はガタッと立ち上がった。
「ていうか待てよ、そんな言い方ないだろうがよっ!?」
「森下姉妹の身に起きていることも、あくまでまだ推測でしかない。むやみに動いても仕方がない。役に立たない上にそんなことも理解できないのか、おまえは」
「んだとっ!? 言わせておけばっ!」
「拓巳、私は大丈夫だから落ち着いて、ね?」
 先生にくってかかる拓巳を宥め、眞姫は改めて口を開く。
「先生、もしも私の力で彼女たちを救えるのなら、じっとしておくことなんてできません。私は守られる存在じゃなくて、守るべき存在なんでしょう? いつか先生、私にそう言いましたよね」
「姫……」
 凛とした表情でそう言う眞姫に、健人は青い瞳を向けた。
 普段の印象とは違い、そんな彼女からは強い意志のようなのものが感じられる。
 そんな眞姫を見てふっと微笑んでから、健人は先生に言った。
「姫は何があっても俺が守る。それならいいだろう?」
「そうだぜ、姫は俺が守ってやる。それなら文句ないだろーがよっ」
 相変わらず先生に鋭い視線を向け、拓巳も続ける。
 鳴海先生はわざとらしく溜め息をつき、そしてぐるりと全員を見回して言った。
「おまえたち程度の力で、よくそんな大きな口が叩けるものだな。とにかく、まだ今は様子を見ている段階だ。勝手な行動は起こさず、各々に与える指示に従うように」
 それから先生は、眞姫に瞳を移す。
「分かったな、清家。おまえは校内では常に“能力者”の誰かと行動を共にするように」
「分かりました」
 こくんと頷いた眞姫から視線を外して、先生は言った。
「質問がなければ、今日のミーティングは以上だ」
 その言葉と同時に少年たちは立ち上がり、そして視聴覚準備室を出て行く。
 最後に教室を出ようとした眞姫を振り返ってから、健人は青い瞳を細めた。
「俺がおまえを守ってやるからな、姫」
「うん。健人、ありがとう」
 眞姫はその言葉に頷き、そしてにっこりと健人に微笑みを返したのだった。