10月18日・月曜日。
 季節は秋になり、少し朝は肌寒いと感じるくらいの時期になってきた。
 地下鉄の出口から、聖煌学園の制服を来た生徒たちが次々と地上に溢れかえる。
 時間は朝の7時15分。
 朝補習に向かう生徒達で、この時間は同じ制服を来た生徒の姿が多く見られる。
 彼女達も、そんな聖煌学園の生徒だった。
「ねぇ、志織(しおり)。そういえば、例の彼と話できた?」
「ううん、なかなか勇気が出なくて……そういう香織(かおり)こそ、あの彼とはどうなの?」
「えっ? いや、私も全然よ。話しかけるきっかけがなくてさ」
「そうだよね、話しかけるきっかけがないとね……」
 そう言って彼女達は、ふたり揃って大きく溜め息をつく。
 そしてそんなふたりは……外見上、まったく同じ顔をしていた。
 それもそのはず、彼女たちは双子である。
 だが同じ顔をした双子でも、それぞれから受ける印象は異なっていた。
 姉の森下香織(もりした かおり)は、日に焼けた肌にショートカットが印象的の、体育会系の雰囲気を持つ少女である。
 それに対して妹の森下志織(もりした しおり)は、背中までの長い髪が特徴的な、物静かで大人しい優等生タイプである。
 双子揃って同じ聖煌学園に通っていることもあり、彼女達の存在は学園内でも目立っていた。
「このままじゃダメだって分かってるんだけど、どうもそういうきっかけを掴むのって難しいよね」
「うん、どうやって話しかけたら自然かな……」
「それが分かれば、こんなに悩まないよ。まだ志織はいいじゃん、同じクラスなんだし。私なんて例の彼とはクラス別だし、どうきっかけ作ったらいいか」
 そしてふたりは、また揃って大きく溜め息をつく。
 ……その時だった。
「そこのお嬢さん方、ちょっといいかな?」
 ふいに声をかけられ、ふたりは同時に顔を上げる。
 彼女達の前に現れたのは、ひとりの男。
 その男は、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ、もしかしてお嬢さんたちって双子? すごいそっくりだねー。そんな可愛い顔がふたつなんて、ウハウハだねっ」
「あの、何か?」
 調子よく話しかけるその男に、姉の香織は怪訝な表情を浮かべて言った。
 妹の志織はそんな姉に隠れるように、同じく訝しげに男を見ている。
 男は、警戒心丸出しの双子ににっこりと笑った。
「アヤシイ者じゃないよ? 今ね、試供品のキャンディーを無料で配ってるんだけど、美味しいから食べてみてもらえないかなって」
「キャンディー?」
「ノンシュガーなのに、恋が叶うような甘い味なんだ、なんてねっ。ま、おひとつどうぞっ」
「恋が叶うような? 本当に?」
 くすっと笑って、姉の香織は男の差し出すキャンディーをひとつ摘む。
 妹の志織もそれにつられ、キャンディーを手の平に乗せた。
「……うん、美味しい。ストロベリーかな?」
「私のは、オレンジ味だよ」
 渡されたキャンディーを口に含み、双子は満足したように頷く。
「美味しい? 恋が叶うような甘い味だろう? 試食してくれてありがとう、美味しいって言ってもらえて製品開発の意欲がますます湧いたよ」
 そう言って、その男・鮫島涼介は漆黒の瞳を細め、ふっと口元に笑みを浮かべたのだった。




 同じ時。
 いつものように眞姫は、朝の電車が同じである蒼井健人とともに登校していた。
 すっかり赤く染まった街路樹の下、眞姫は秋風に靡く栗色の髪をかきあげる。
 そして胸のリボンの向きを整えて、隣を歩く健人に言った。
「あ、そうだ。健人もうすぐ誕生日だよね? 何か今、欲しいものってある?」
「誕生日? ああ、そういえばもうすぐだったな」
 まるで他人事のようにそう言って、健人は青い瞳を眞姫に向ける。
 それから、少しだけ考える仕草をした。
「欲しいもの……そうだな」
 健人は、ちらりと眞姫を見て続ける。
「俺の誕生日って確か月曜だから、プレゼント、その前の日の日曜に一緒にふたりで買いに行くなんてどうだ? 姫」
「あ、いいね、それ。それだったら健人の好きなもの選べるし。じゃあ24日の日曜日、一緒に買い物行こうね」
「ああ、楽しみにしてるよ、姫」
 嬉しそうに瞳を細め、健人は頷いた。
 そして言葉を続けようとした、その時。
 健人は、ふと怪訝な表情をして振り返った。
 それにつられて眞姫も振り返る。
 いつの間にか、そんな眞姫と健人の後ろにいたのは。
「おはようさん、姫っ。今日も一段と可愛いなぁっ」
「あ、祥ちゃん。おはよう」
 現れた祥太郎に、眞姫はにっこりと彼に微笑んだ。
 対称的に、眞姫とのふたりの時間を邪魔された健人は大きく嘆息する。
「……祥太郎」
「おはようさん、健人くーん。なんや面白そうな話しとったみたいなぁっ」
 ニッとハンサムな顔に笑みを浮かべ、祥太郎は健人の肩をポンッと叩いた。
 眞姫はちょうどよかったと言わんばかりに、祥太郎に言った。
「健人の誕生日プレゼントの話をしてたの。祥ちゃんも誕生日プレゼント、何が欲しい?」
「欲しいもの? 決まってるやん、お姫様が欲しいに決まっとる……とととっ」
 じろっと祥太郎を睨みつけた健人は、眞姫に死角になる位置から背後の祥太郎に肘を放つ。
 それをひょいっと避けてから、祥太郎は笑った。
「冗談や、冗談っ。ま、とか言いながら本気なんやけどな、今はまぁええわ」
「何だ、それ」
 もう一度溜め息をつく健人に微笑んだ後、祥太郎はきょとんとする眞姫に視線を向ける。
「そうやなー。んじゃ今度の休み、一緒にふたりで選び行こか? 俺のプレゼント」
「! 祥太郎っ」
 その言葉に、健人は鋭い視線を祥太郎に投げる。
 悪戯っぽく笑って、祥太郎は続けた。
「誕生日の23日はちょうど土曜で休みやから、その日はどうや、姫?」
「うん、いいよ。23日の土曜日なら空いてるし。一緒に買い物行こうか、祥ちゃん」
「楽しみやなぁっ、充実したデートにしようなーっ、姫っ」
「…………」
 健人は何の躊躇もなく頷いた眞姫を見て、複雑な表情をしている。
 逆に祥太郎は、楽しそうにそんな健人の様子を見ている。
 そして健人の耳元で、小声で言った。
「よう考えたなぁ。これやったら誰にも邪魔されんで、お姫様とふたりきりでデートできるやん」
「おまえな……」
 はあっと溜息する健人を不思議そうに見ていた眞姫は、思い出したように視線を祥太郎に移す。
 そして、少し聞き辛そうに口を開いた。
「そういえば祥ちゃん、昨日さ……」
 眞姫が言葉を続けようとした、その時だった。
「……!!」
 今まで柔らかだった祥太郎の表情が、ふと変化した。
 何かを見つけたのか、一点を見つめて険しい表情を浮かべる。
 そして。
「あっ、祥ちゃん!?」
「祥太郎!?」
 突然その場を駆け出した祥太郎は、振り返って健人に向かって叫ぶ。
「健人、お姫様のそばから離れんどいてや!」
「え?」
 状況が理解できない様子で、眞姫はその大きな瞳を不思議そうに祥太郎に向けた。
 健人も首を傾げながらも、祥太郎に言われたように眞姫をかばうように位置を取る。
「ていうか、こんなところで何しとるんや?」
 足を止めた祥太郎は、目の前にいるその男・涼介を見据えた。
 祥太郎の姿に気がついた涼介は特に慌てる様子もなく、ふっと甘いマスクに微笑みを浮かべる。
「誰かと思えば、君は昨日の。どうしたの? そんなコワイ顔して」
「こんなところで何しとるんやって言っとるんや、ホストみたいな面したマッドサイエンティストさん」
「天才科学者だなんて、褒めてくれてありがとう」
「いや、誰も言っとらんし」
 はあっとわざとらしく溜め息をついてから、祥太郎は瞳にかかる前髪をかきあげた。
 そして声のトーンを落とし、続ける。
「冗談はともかく、や。何しにきたんや? 昨日の続きでもしにきたんか?」
「昨日の続き? それも面白いかもしれないね」
 不敵な笑みを口元に宿し、それから涼介はちらりと視線を別の場所に移した。
 そして腕時計を見て、笑う。
「君と昨日の続きをしてもいいけど……それよりも、楽しいことが起こるよ? そろそろ時間だし」
「時間?」
 首を傾げた祥太郎は、涼介の視線の先に目を向けた。
 次の瞬間。
「!! なっ……」
 目の前を歩いていたふたりの少女の身体が、突然ガクンと地に崩れ落ちる。
「おまえ、何したんや!?」
「何って? ちょっとした、サンプルのデータ収集だよ」
「祥ちゃんっ!?」
 その時、祥太郎に追いついて眞姫と健人が姿を見せる。
 健人は涼介にちらりと青い瞳を向けた後、眞姫を伴い倒れたふたりの少女に駆け寄った。
「“浄化の巫女姫”と“能力者”か。君も僕と戦うよりも、まずはサンプルのあの子たちを助けることが先決なんじゃないの?」
 くすくす笑う涼介に鋭い視線を投げてから、祥太郎も倒れた少女のもとへ駆け寄る。
 そんな彼らを見て、涼介はゆっくりと手を振って歩き出した。
「ちょっと待てや、サンプルって……彼女らに何したんやって聞いてるやろ?」
「言っただろう? 試供品の実験だってね。ていうか、僕と戦う気じゃないよね? 君とそこの彼のふたりで、お姫様と倒れている彼女たち、そして周囲の人間を守れるのかな?」
「……くっ」
 唇を結び、祥太郎は涼介を睨みつける。
 そんな祥太郎に改めて手を振り、そして涼介はその場から去っていった。
「祥太郎、あいつは一体……それに、何が起こったんだ?」
 倒れている双子のひとり・妹の志織の上体をゆっくりと起こし、健人は祥太郎を見る。
 祥太郎は姉の香織の制服についた土を軽く払いながら、言った。
「あのホストみたいな兄ちゃん、何や科学者らしいんや。それでもって、“邪者四天王”のひとりなんやて」
「“邪者四天王”!?」
 祥太郎の言葉に、眞姫は驚いた表情を浮かべる。
 その時。
「あれ? こんなところで何やってるの、あんたたち?」
 ちょうど登校していた少女・立花梨華は座り込んでいる眞姫たちに不思議そうな顔を向けた。
「あ、梨華。おはよう」
 眞姫はその顔に微笑みを作り、立ち上がる。
「おはよう、眞姫。ていうか、どうしたの?」
 それから梨華は、健人と祥太郎の腕の中で気を失っている双子を見て言った。
「あ、CクラスとEクラスの双子の森下さんじゃない。彼女達、どうしたの?」
「あ……そういえば、こいつ同じクラスだったな。どこかで見たことあると思ったら」
 梨華の言葉でようやく気がついたように、健人は抱えている少女の顔を覗き込む。
「何かね、気分悪くなったみたいで倒れちゃったのよ。たまたま私たち、通りかかって」
 どう説明したらいいか分からない様子で、眞姫はオタオタとそう言った。
 眞姫の言葉に、梨華は首を傾げる。
「ふたり同時に? それも変な話ね」
「双子やからな、体調も似たようなもんなんやないか?」
 眞姫のフォローをするように、祥太郎は梨華にそう言った。
 その時。
「……う、ん……」
「ん……私……?」
 今まで動きを見せなかった双子が、同時に薄っすらと瞳を開いた。
「森下、気がついたか? 大丈夫か?」
 青い瞳を腕の中の志織に向け、健人は言った。
 その声にハッと顔を上げた志織は、驚いたように瞳を見開く。
「えっ!? あっ、あ、蒼井くんっ!? えっ、あれ、私っ!?」
 顔を真っ赤にさせ、志織は慌てて立ち上がった。
 姉の香織も、祥太郎に支えられながらゆっくりと立ち上がる。
「私たち、一体……?」
「体調悪かったみたいで、目の前で二人揃って倒れたんや。大丈夫か?」
「えっ、倒れたって……」
 まだよく状況が理解できていない様子で、姉の香織は瞳を擦るような仕草をした。
 そんな香織を後目に、妹の志織は顔を真っ赤にさせたまま、姉の手を取った。
 そして慌てたように健人たちに深々とお辞儀し、早口で言った。
「迷惑かけたみたいで、ご、ごめんなさいっ。あの、もう私たち大丈夫ですからっ!」
「え? ちょっと志織っ!?」
 くるっと回れ右をしたかと思うと、妹の志織は姉を連れてそそくさとその場から歩き出す。
 それから眞姫たちから少し離れたところまで来て、志織は大きく深呼吸をする。
 少し乱れた長い髪を気にもせず、彼女は胸を押さえた。
 そんな妹に、香織は首を傾げる。
「ちょっと志織、せっかく蒼井くんと話せるチャンスだったのに」
「そ、そんなこと言ったって、あまりにも急で……」
 志織はそう言って、そして耳まで真っ赤にさせたのだった。
「大丈夫なのか? あの双子」
 そそくさと去ってしまった双子を見送り、健人は祥太郎に言った。
「さぁな……しばらく、様子見てみらんことには何とも言えんやろ」
 険しい表情を浮かべたまま、祥太郎は呟く。
「私たちも行きましょう? 遅刻しちゃうよ?」
 腕時計を見て、梨華はそう言って全員を見回した。
「ねぇ、梨華。あの双子の彼女達のこと、知ってる?」
 梨華と並んで歩きながら、眞姫は彼女に聞いた。
 うーんと少し考えて、梨華は口を開く。
「知ってるって言っても、話したこととかはないんだけど。姉の香織ちゃんは、中学の時に陸上の大会で優勝するくらいスポーツ万能なんだって。逆に妹の志織ちゃんは大人しくて、成績優秀みたいよ。双子で顔はそっくりなのに、得意分野は違うみたい。蒼井くんは志織ちゃんと同じCクラスでしょ?」
「ああ。でも話したことないからな。そういえば、成績優秀者で名前はよく聞くけど」
 健人はちらりと梨華を見てそう言った。
 それから梨華は、思い出したように続ける。
「あ、そういえばふたりとも、芝草くんや小椋くんと同じ中学だったわよ、確か」
「ていうか、ホントにようそんなこと知っとるなぁ、梨華っち」
 感心したように、祥太郎は梨華を見た。
 そんな祥太郎の視線にちょっと照れたようにそっぽを向き、梨華はわざとらしく嘆息する。
「聞いた話、よ。あんただって、やたら女の子のことは詳しいくせに」
「梨華っちの情報網に比べたら、俺のチェックなんて足元にも及ばんで? ていうか、早速あの双子メモっとかなっ」
 悪戯っぽく笑う祥太郎に、梨華はじろっと目を向けた。
「あんたねぇっ、本っ当に節操ないんだから」
「節操ないなんて、ヒドイなぁ。このシャイボーイな祥太郎くんに向かっ……」
「はいはい。ていうか、祥太郎がシャイなら普通の人はみんな人間不信よ」
「相変わらず絶妙なツッコミやなぁっ、梨華っち」
「……全然それ嬉しくないし。眞姫、放っといて行きましょ」
「え? あ、梨華、待ってっ」
 スタスタと歩き出した梨華に、眞姫は慌てて並ぶ。
 そんな梨華の後姿を見て微笑んでから、祥太郎は再び表情を引き締めて健人に向き直った。
「昨日さっきのホストみたいな兄ちゃんと、ちょっとやりあったんやけどな……腕が立つ上に、戦い方も えげつなかったわ。あの双子、そして姫から目を離さんようにせなな」
「“邪者四天王”か……」
 健人は何かを考えるようにそのブルーアイを細めてから、そして眞姫たちに続いて歩き出したのだった。




 その日の、放課後。
「准くん、部活に行こうか」
 かばんに荷物をしまった眞姫は、前の席の芝草准に言った。
 准は相変わらず上品で知的な微笑みを眞姫に向け、頷く。
 今日は月曜日であり、本来は部活動の日ではないのだが……朝の出来事があったために、映研の臨時ミーティングが開かれるのだった。
「そういえば、あの双子の彼女達と准くんって、同じ中学だったんだよね?」
 教室を出て廊下を歩きながら、眞姫は准に聞く。
「うん。でも僕、どっちとも同じクラスになったことなくて。あまり話もしたことないんだよ。拓巳は、お姉さんの方とは部活の練習場が近かったとかで、結構仲が良かった感じだけど」
「お姉さんの香織ちゃんね。陸上部だったんだよね?」
「彼女、すごく陸上の世界では有名な選手みたいだよ? うちの学校には部活推薦で入ったみたいだし」
 そう言った准は、ふと一段足をかけた階段の上を見上げる。
 それから少し大きめの声で、言った。
「拓巳、今から部活行くの?」
「おっ? 准に姫じゃねーかよ。おうよ、今から視聴覚教室に行くところだぜ」
 准の声に振り返り、小椋拓巳は足を止める。
 眞姫と准は、拓巳のいる位置まで早足で階段を駆け上った。
「ねぇ、拓巳。森下さんのお姉さんと、仲良かったの?」
 眞姫は拓巳に追いつき、今度は彼にそのブラウンの瞳を向けて話を続ける。
 コクンと頷いて、そして拓巳は言った。
「ああ、あいつとは部活してた時によく話してたし、中二の時は同じクラスだったからな。妹の方はよく知らないけどよ」
「そっか……」
 それだけ言って考え込む眞姫の肩を、拓巳は軽く叩く。
「姫、そんなに考え込むなよ。姫は、俺たちが必ず守ってやるし……森下たちだって、まだどんな様子か分かんないんだろう? 特に今日も校内で“邪気”は感じなかったしな」
「うん、そうだね」
 気を取り直して拓巳に微笑んで、眞姫は栗色の髪をそっとかきあげた。
 それから拓巳は、ふと何かを思い出したように呟く。
「あ、そういえば、森下と言えばよ……」
 それだけ言ってから、拓巳はおもむろに准に目を向けた。
「? 何、拓巳?」
 拓巳の視線に気がつき、准は不思議そうな顔をする。
 何かを言いかけた拓巳だったが、思い直したかのように首を振った。
「え? あ、いや……別に」
 誤魔化すようにハハッと笑い、拓巳は准から視線を外す。
「どうしたの、拓巳?」
 妙な拓巳の様子に首を傾げた眞姫に、拓巳は頭をかいた。
「え? いや、だから何でもないってばよ」
「……?」
 怪訝な顔をする准を後目に、拓巳は話を変えた。
「そういえばよ、“邪者四天王”が現れたんだろ?」
「うん、“邪気”を隠してたみたいだから私は気がつかなかったんだけど、祥ちゃんが昨日その人と会ったらしくて」
 拓巳の言葉に、眞姫は昨日のことを思い出す。
 祥太郎が昨日綾乃と一緒にいたところを、眞姫は見かけた。
 綾乃といえば、彼女も“邪者四天王”である。
「…………」
 そんなことを考えているうちに、特別教室の集まる棟の4階にある視聴覚教室へと到着した。
 教室のドアを開けると、すでに残りのメンバーの姿がそこにはあった。
「ご機嫌いかがかな? 僕のお姫様」
 先に来ていた梓詩音は、にっこりと優雅に眞姫に微笑む。
 そんな詩音に、眞姫は思い出したように言った。
「あ、詩音くん。この間傘のおじさまに、パーティーの招待状をいただいたんだけど……」
 そこまで言った眞姫の口を、おもむろに詩音はスッと人差し指で塞ぐ。
 それから眞姫の栗色の髪を優しく撫でて、笑った。
「お姫様、舞踏会のことをそう簡単に口にしたら駄目だよ? 魔法が解けちゃうからね」
「え?」
 詩音の言葉に、眞姫はきょとんとする。
「何の話だ? 詩音」
 不思議そうに拓巳は、詩音にそう聞いた。
 詩音はふっと色素の薄い瞳を細め、言った。
「王子様とお姫様のふたりだけの秘密、だよ? 拓巳」
「はあ? 何だよ、それ」
「ね? お姫様」
「え? あ、うん……」
 急に同意を求められ、眞姫は思わずコクンと頷いてしまう。
 そして、あの招待状のことは秘密だったのかと、眞姫は大きな瞳をぱちくりとさせた。
 その時。
 カチッと時計の針が動く音が響いたかと思うと……。
「全員揃っているな、準備室へ移動しろ」
 ガチャッとドアが開き、バリトンの声が部屋に響き渡る。
 眞姫は、いつものように時間ちょうどに現れた彼・鳴海将吾先生に瞳を向けた。
 そして、自分をじろっと見つめる切れ長の瞳の視線にドキッとする。
 何度見ても、入学して半年が経った今でも……先生のこの視線には慣れない。
 眞姫は気を取り直して、少年たちに続きミーティングの行われる準備室へ移動した。
 最後に準備室に入った鳴海先生は、ドアをゆっくりと閉める。
 それから全員が席に着いたのを確認して、祥太郎に視線を向けた。
「昨日からのことを報告しろ、祥太郎」
 威圧的なその言葉にわざとらしく溜め息をついてから、祥太郎は話を始める。
「昨日“邪者四天王”の綾乃ちゃんとデートしとった最中に、彼女と同じ“邪者四天王”っちゅーあのホストみたいな兄ちゃんが現れてな、ちょっとドンパチやりあったんや。何か綾乃ちゃんとあのホストみたいな兄ちゃん……確か、鮫島涼介とか言っとったけど、あのふたり同じ“邪者四天王”同士なのに、仲は最悪なカンジやったわ。んで綾乃ちゃんの話によると、あの兄ちゃん、何や外国の大学飛び級で卒業した科学者らしくて、アヤシイ薬とか作っとるんやて」
「ていうかおまえ、“邪者四天王”と何でデートしてるんだよ」
 拓巳の言葉に、祥太郎は笑った。
「ま、“邪者”と“能力者”ってより、普通の友達同士で遊んだってカンジやからなぁ。仕事とプライベートは別なんやて、彼女」
「その考え方分かんねーな、俺には。“邪者”は“邪者”だろう?」
 ふうっと溜め息をつく拓巳をちらっと見てから、祥太郎は話を続ける。
「それで、今日や。朝登校しよったら、昨日のホスト兄ちゃんを見つけてな。何しとるんか聞いたら“試供品の実験”やて。そしたら、例の双子が倒れたんや」
 そこまで聞いて、それから先生は健人に目を向けた。
「健人、おまえは妹の森下志織と同じクラスだったな。彼女の様子に変わったことはなかったか?」
「ああ、今日は注意して彼女を見てたけど、特に変わった様子はなかったよ。“邪気”も特別感じなかったしな」
「私も森下姉妹の所属するCクラスとEクラスの授業の際特に注意を払って見ていたが、健人の言うように“邪気”は感じなかった。だが、まだ今の段階では油断もできない」
 それから鳴海先生は、ぐるりと全員を見回して言葉を続ける。
「健人、おまえは同じクラスの森下志織の動きを注意して見ていろ。拓巳、中学時代交友があった森下香織の方はおまえに任せる。祥太郎は“邪者四天王”の鮫島涼介のことをもう少し調べるんだ。彼の経歴や研究データは、私の方で調べて資料にしておく。そして詩音はその“空間能力”で、森下姉妹に接触する“邪者”の気配があるかどうか監視しろ。准は、同じクラスである清家から離れず極力近くにいろ。分かったな?」
 先生の言葉に、少年たちは大きく頷いた。
 そして鳴海先生は、眞姫に切れ長の瞳を向ける。
「清家、おまえはくれぐれも無理をするな。常に映研部員の誰かと行動を共にするように」
「え? あ、はい」
 先生に見つめられ、眞姫は慌てたように頷いた。
 そんな眞姫から視線を外し、鳴海先生はわざとらしく大きく溜め息をつく。
「こいつら程度の力では頼りないが、いないよりはマシだからな」
「マシってな……本当に人の嫌がることを言う能力には長けてるよな、おまえはっ」
「本当のことだろう、違うとでも言うのか?」
 ちらりと瞳を拓巳に向けて、先生は彼を煽るように言った。
 その言葉に、拓巳はキッと先生に鋭い視線を投げる。
「んだとっ!?」
 ぐっと拳を握り締めて今にも先生にくってかかろうとする拓巳を宥めてから、准は言った。
「先生も、やはり森下さんたちと“邪者”が何か関係していると考えているんですか?」
「今の段階では分からない。だが、もしも何らか彼女らに“邪”が関わっているとしたら、近いうちに動きを見せるだろう」
 そして先生は、切れ長の瞳を閉じて何かを考える仕草をする。
 それからふっとその瞳を開き、言った。
「質問がなければ、本日のミーティングは以上だ」