10月17日――日曜日。
 そのハンサムな容姿を持つ少年・瀬崎祥太郎は、ふっと髪をかきあげて時計を見た。
 それから目の前を行き交う人の流れに視線を移す。
 場所は、繁華街の噴水広場。
 待ち合わせ場所としてポピュラーなその場は、彼と同じように誰かと待ち合わせをする人たちで賑わっていた。
 だが、彼の待ち人はなかなか姿を見せない。
 近くの柱にもたれかかって、祥太郎は腕組みをする。
 その表情は時間を大幅に遅れている待ち人に対して、特に怒っているようにも見えない。
 むしろ、人間観察を楽しんでいるかのように人ごみに目を向けている。
 その時。
「これはまた、随分とお早い到着やなぁ」
 ふっと微笑みを浮かべ、祥太郎は言った。
「なーんだ、せっかく後ろから脅かそうとしたのにっ。さすが祥太郎くんってば、隙がないんだからっ」
 きゃははっと楽しそうに笑い、ようやく到着した彼の待ち人は柱の影からひょっこり顔をみせる。
 祥太郎はようやく振り返り、ハンサムな顔ににっこりと微笑みを浮かべた。
「これはこれは綾乃ちゃん、今日もカワイイなぁ」
「あはは、そんな当たり前のコトを今更っ。って、もしかして待った? 祥太郎くん」
「んー……まぁ、ウワサ通りの重役出勤やから、問題はないんやないか?」
 ぽんっと現れたその少女・藤咲綾乃の黒髪に手を乗せ、祥太郎はそう言った。
 綾乃はその言葉に、屈託ない笑顔を浮かべる。
「祥太郎くんって、優しいんだねぇ。じゃ、早速ジャンボパフェ食べに行こーう!」
「げっ、早速かい! ま、いいけどな」
 ウキウキと歩き出した綾乃に、祥太郎は仕方がないという顔をしつつも、その後に続く。
「梨華の予定も聞いたんだけどねー、今日もう先約入ってたみたい」
「姫にも昨日電話したんやけど、今日は予定あるって言ってたからなぁ。ま、今日は俺とラブラブデートってことで、ウハウハな時を過ごそうや、綾乃ちゃんっ」
「そーねぇ。祥太郎くんって見た目イイ男だから、一緒に歩くにはいいかもねーっ」
「イイ男やなんて、本当のことを照れるわ……って、それ以上にさり気なくヒドイこと言ってないか?」
 肩に手を回そうとした祥太郎の手を何気にスッとかわし、綾乃は笑った。
「ん? 祥太郎くん、何?」
「綾乃ちゃんこそ隙がないんやもんなぁ、祥太郎くんしまいには泣くで? しくしく」
「あーっ、あそこのショーウィンドウに飾ってある服、カワイイー! ねね、綾乃ちゃんに似合いそうじゃなーい?」
「……綾乃ちゃん、本当に泣くで?」
 マイペースな綾乃に完全に主導権を握られ、祥太郎は溜め息をつく。
 それから前髪をかきあげ、ふっと微笑んだ。
「綾乃ちゃんの彼氏とか、大変そうやなぁ。喧嘩じゃ勝てんやろーしな」
「そーねぇ、今までもマゾっぽい人ばっかだったかも、なんてっ。ていうか、綾乃ちゃんと付き合いたいって人がいたら、超マゾねーっ」
「ていうか、自分で言うか? 変わった子やなぁ」
 祥太郎は楽しそうに わははっと笑った後、優しい視線を彼女に向ける。
「でも俺は綾乃ちゃんみたいな子、おもろくて好きやで?」
 そんな彼の言葉に漆黒の瞳を細め、綾乃は冗談っぽく言った。
「うっそー、マジで? 祥太郎くんなら互角に綾乃ちゃんと喧嘩できるしねーっ。あ、じゃあさ、こうなったらふたり付き合っちゃお……」
「うわ、考えただけでコワ! 勘弁してや、俺そんなにマゾちゃうし。喧嘩勝てる自信もないしなぁ」
「断るの早いしっ! って、さすがナイスな間ねーっ」
 弾けたように笑い、綾乃はおなかを抱える。
 それからまた気になる洋服を見つけたのか、突然彼女はスタスタとショップのショーウィンドウの前に歩を進め、漆黒の瞳を興味深そうに飾られている商品に向けた。
 本当にマイペースな子やなぁと、祥太郎は微笑ましくそんな綾乃を見守る。
 だが、自分を手招きする綾乃の人懐っこい顔を見つめながらも、祥太郎はふと複雑な表情を浮かべた。
 こうやって友達として一緒にいる今の状況は、少しのきっかけで一変するかもしれない。
 見かけによらず抜かりない彼女もそうであるだろうが、祥太郎自身の感情の中にも多少の打算があっての付き合いという感も正直否めないのだ。
 何と言ってもふたりはそれぞれ、敵対している“能力者”と“邪者”である。
 今まで仲良く話していても、仕事となればふたりの関係は一瞬で敵同士に変化するのだ。
「ま、それなりにいつも楽しませてもらっとるけどな」
 小声でそう呟き、祥太郎はショップのショーウィンドウを覗く綾乃の揺れる黒髪を見つめる。
 追いついた祥太郎に綾乃はにっこり笑ってから、そして彼の隣に並んで再び歩きだした。
「ていうかさ、前から祥太郎くんに聞きたかったんだけど」
 思い出したように、綾乃はふと長身の祥太郎を見上げる。
 祥太郎は首を傾げながらも、ハンサムな顔ににっこり微笑みを浮かべた。
「どうしたんや、綾乃ちゃん?」
「祥太郎くんってさ、本当に眞姫ちゃんのこと好きなの?」
 いきなりストレートに聞いてきた綾乃の言葉に動揺もせず、祥太郎は言った。
「ん? ああ、大好きやで。姫は可愛いからなぁ」
 即答した祥太郎にちらりと疑いの瞳を向け、綾乃は続ける。
「なーんか祥太郎くんって誰にでも、カワイイなぁ〜好きやで〜って言ってそうじゃん」
「誰にでもって……なんや、節操ナシみたいやん」
「じゃあやっぱり祥太郎くんにとって、眞姫ちゃんは特別なんだ? 巫女姫とか抜きにしても」
「そうやな。姫はかけがえのない特別な人や、俺にとって」
 普段と変わらず人懐っこい印象は変わらなかったが、そう言った祥太郎にはいつものおちゃらけた感じは消えていた。
 じっと自分を見つめる綾乃に微笑んで、祥太郎は瞳を閉じる。
 そして大きく嘆息し、言った。
「でもなぁ、祥太郎くんってシャイやから、なかなかこう……真剣にそーいうのアピールするのが下手なんや。姫のこと好きな気持ちは、誰にも負けんでーっ! って思うのにな」
「器用そうで不器用そうだもんねぇ。しかも祥太郎くんって、立場的に結構ほかの人より不利だし」
 うーんと考える綾乃に、祥太郎は首を捻る。
「立場的に、不利?」
「うん、眞姫ちゃんって鈍そうだし……女の連帯感って、本当に馬鹿にできないわよぉっ」
「……?」
 綾乃の言葉の意味が分からず、祥太郎は不思議そうな顔をした。
 ぽんっと手を打って、綾乃は思い出したように続ける。
「あ、そうそう! 祥太郎くん、今日のデートのことなんだけど……梨華には内緒ね、お願いっ」
「梨華っちに? 今日だって、梨華っちも誘ったんちゃうの?」
「いや、今日の予定聞いただけで、祥太郎くんと遊ぶって言ってなくて。ね、約束ねっ」
「まぁ、それは構わんけど……」
 よく分からないまま、祥太郎は頷いた。
 まだ首を傾げる彼を見て、綾乃はその腕を引っ張る。
「さ、じゃあパフェ食べに行きましょーうっ、祥太郎くんっ」
「そんな焦らんでもパフェは逃げていかんで、綾乃ちゃん」
 子供のようにはしゃぐ綾乃にそう言って、祥太郎は気を取り直してそのハンサムな顔に微笑みを浮かべたのだった。




 同じ頃。
 眞姫と梨華も、賑やかな繁華街を歩いていた。
「祥ちゃんへのプレゼント、あれすごいカワイイよ、梨華。祥ちゃんの好きそうなデザインだし」
「うん、いいの見つけられたかな」
 そう言って、梨華は嬉しそうに微笑む。
 そんな梨華を見つめて、眞姫もつられて笑顔になる。
 梨華を見ていると、本当に彼女は祥太郎のことが好きなのだなと強く感じる。
 いつもは祥太郎に悪態をつく梨華であるが、彼女のそんな不器用なところがまた可愛い。
 そして自分はまだ恋をする余裕すらないことが、眞姫は少しだけ寂しく感じるのだった。
「眞姫も、祥太郎と蒼井くんのプレゼント探すんでしょ? どこ見ようか」
「うーん、そうね……でも、何だかあまりピンとくるものがないのよね」
「じゃあさ、とりあえず近くの喫茶店でパフェでも食べて、ひとやすみする?」
 梨華の提案に、眞姫は名案とばかりに頷こうとした。
 その時。
「……!」
 何気なく行き交う人の波に視線を向けた眞姫は、おもむろに表情を変えた。
 そして、大きな瞳をさらに見開く。
 そんな表情を変えた眞姫の様子に気がついて、梨華は首を傾げた。
「? どうしたの、眞姫?」
「えっ!? あ、いや、やっぱりさ、もうちょっと店を見て回らない!? あっち行こう、店もいっぱいあるしっ」
 焦ったようにそう言って、眞姫は梨華の手を引く。
 突然の眞姫の行動に驚いた表情をした梨華は、不思議そうに言った。
「見て回るのはいいけど……どうしたの?」
「え? ど、どうもしないよ? 何かパフェって気分じゃないし」
「……?」
 首を傾げつつも、梨華はいそいそとその場を去ろうとする眞姫に続く。
 眞姫はちらりと背後に視線を向け、そして嘆息した。
(さっき喫茶店に入っていったのって、祥ちゃんと綾乃ちゃんだった……梨華より先に気がついてよかった……)
 眞姫の瞳には、仲良さそうに喫茶店に入っていった祥太郎と綾乃の姿が映ったのだ。
 ふたりが入っていった店に背を向け、眞姫はホッと胸を撫で下ろす。
 あぶなく、店で鉢合わせるところだった。
 眞姫はまだドキドキしている胸を押さえて、そしてひとつ深呼吸をした。
 そんな、祥太郎と綾乃には気がついた眞姫であったが……。
 自分をじっと見つめる漆黒の瞳には、気がつかなかった。
 黒い瞳と同じ色の、肩ほどの長さまであるサラサラの髪が風に靡いている。
 大事そうに抱えている花束がよく似合っている甘いマスクの男・涼介は、口元に不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「ふーん、あの子が“浄化の巫女姫”か。ま、でも手を出したら智也に怒られそうだし、今日は別に用があるしね」
 そう言って、眞姫を見ていた漆黒の瞳は別の方向に視線を変えた。
 それから楽しそうに微笑んで、涼介は眞姫たちに背を向け、おもむろに歩き出したのだった。




「パフェ美味しかったっ。でもジャンボパフェって言う割には、そんなにジャンボじゃなくなかった?」
「うそやんっ、あんなデカイの、よう食べられるなぁって見とったのに……」
 数時間後、喫茶店を出た祥太郎と綾乃は再び人の雑踏の中を歩いていた。
 休日ということもあり、繁華街はいつも以上にたくさんの人で賑わっている。
 好奇心旺盛な綾乃は、そんな華やかな休日の街にウキウキしていた。
 祥太郎は楽しそうにはしゃぐ綾乃に、優しい視線を向けている。
 その時。
「ね、祥太郎くん。次はどこに行……!?」
 祥太郎を見上げ、そう口を開いた綾乃だったが。
 その言葉の途中で、ふと表情を変えた。
 祥太郎も怪訝な表情を浮かべ、前髪をかきあげる。
「んー、どうやらしばらくどこにも行けんみたいやなぁ、綾乃ちゃん」
 苦笑しつつ、祥太郎は瞳を細めて溜め息をついた。
「この気配は……まさか」
 それだけ呟き、綾乃は一層表情を険しいものにする。
 いつの間にか目の前に広がっていた街並みが、閑散としたものに変化していたのだ。
 あれだけたくさん行き交っていた人も、今は祥太郎と綾乃以外誰の姿も見えない。
 いや、正確に言うとふたりだけではなかった。
「ていうか、出てきたらどう? いるのは分かってるんだけど。どういうつもりかしら!?」
 キッと一点に鋭い視線を投げ、綾乃は言い放った。
 先程までの明るい彼女とは、雰囲気が180度変わっている。
「綾乃ちゃん、これって……」
 周囲を包む強い“邪気”に顔を引き締め、祥太郎は綾乃を見る。
 祥太郎の方を見ないまま、綾乃は短く言った。
「祥太郎くんは動かないで。手を出さないで、お願い」
「え?」
 この“結界”を作り出した“気”は、明らかに“邪者”のものである。
 しかもこれほど強い“結界”を張ることができるなんて、相手はただの“邪者”ではないだろう。
 だが、一緒にいる綾乃も“邪者”の一員、しかも“邪者四天王”なのだ。
 この“結界”を張った人物は彼女の味方であるはずなのに、綾乃の表情は何故か固い。
「出てこないなら……引っ張り出すまでよっ!」
 カアッと綾乃の右手が漆黒の光を帯び始めたかと思うと、瞬時に衝撃が放たれた。
 空気をビリビリと震わせ、綾乃の繰り出した漆黒の衝撃が唸りを上げる。
「!」
 次の瞬間、祥太郎はハッと顔を上げた。
 綾乃の放った大きな光が弾け、そして一瞬でその威力を失ったからだ。
 そして、現れたのは……ひとりの男。
「随分な挨拶だなぁ、久しぶりに会ったのに。ま、君らしいけどね」
 難無く綾乃の攻撃を無効化させたその男・涼介は、にっこりと彼女に微笑む。
 彼とは対称的に、綾乃は怪訝な表情をした。
「涼介……」
 それから綾乃は、涼介にゆっくりと歩み寄る。
 祥太郎は、その涼介と呼ばれた男に視線を向けた。
 少し垂れ気味の二重の瞳に、それと同じ色の肩までの黒髪。
 だがそんなホストのような甘いマスクとは裏腹に、身体には強大な“邪気”が漲っている。
 祥太郎はどうすべきか考えたが、とりあえずは綾乃に言われた通りにその場で様子をうかがうことにした。
 綾乃の表情を見ても、あの涼介という男に明らかに不快な感情を抱いているようであるし。
 いくら祥太郎が“能力者”であっても、“邪者”ふたりが相手では、分が悪すぎる。
 だが、綾乃の様子からして、そういうことはなさそうである。
 それから涼介の前まで来た綾乃は、ぴたりと立ち止まった。
 そして。
「……!」
 バチンッと大きな音があたりに響き渡った。
 強烈な綾乃の平手打ちが、涼介の左頬を捉えたのだ。
「よく私の目の前に、平気な顔してノコノコと現れられたわね!?」
「いたたたた、本当に容赦ないな……今のは結構痛かったよ」
 左頬を軽く押さえ、涼介は苦笑する。
 それから気を取り直し、持っていた花束を綾乃に差し出した。
「はい、綺麗な花束でしょ? 綾乃にプレゼントだよ。これで機嫌直してよ、ね」
「あんたの差し出したものなんて、胡散臭くて受け取れるワケないでしょっ!」
 バシッと差し出された花束を手で払い、綾乃はキッと目の前の涼介を睨む。
 綺麗な花束が、バサッと音をたてて地面に落ちた。
 はらはらと色とりどりの花びらが、宙を舞う。
 そんな様子を気にもとめず、涼介はくすっと笑った。
「綾乃、まだあの時のこと怒ってるの? ごめんって謝っただろう?」
「何ですって!? よくそんなことが言えるわねっ!?」
 ぐっと拳を握り締めたかと思うと、綾乃はそれを涼介目がけてブンッと放つ。
 涼介はそれに動じもせずに、スッと右手を掲げた。
 瞬間、バシッと音がしたかと思うと、綾乃の拳を涼介は難無く受け止める。
「拳で殴らせるほど、僕はお人よしじゃなくてね。それよりもさ……」
 綾乃の拳を握り締めたまま、涼介はふと腕時計に視線を向けた。
 それからにっこりと微笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「そろそろ30秒たつけど、薬が効いてくる頃じゃない? 綾乃」
 涼介がそう言ったのと、同時だった。
「……!」
 ガクリと綾乃の膝が急に折れ、そして彼女の片膝が地につく。
 立ち上がろうとする綾乃だったが、何故か足に全く力が入らなくなっていたのだ。
「綾乃ちゃんっ!?」
 たまらず、綾乃の背後で祥太郎は叫ぶ。
 綾乃は地に膝をつけたまま、涼介を睨み付けた。
「くっ、涼介……何したのよっ!?」
「何って、さっきの花束、僕が特別に改良した花で作ったものでね。花粉が強烈なしびれ薬なんだ。さっき綾乃が手で払った時、花粉が飛んじゃったみたいだね」
「あんたねぇっ!! いい加減に……っ!!」
 くってかかろうとした綾乃は、ハッと顔を上げて言葉を失う。
 ビュッと風を切る音が鳴ったと思うと、涼介の放った拳が綾乃の目の前でぴたりと止まったのだ。
「ていうかさ、今の自分の状況分かってる? 殺そうと思えば、今の君なんて軽く殺せるんだよ?」
 ふっと不敵な笑みを浮かべ、涼介は漆黒の瞳を細める。
 綾乃は戦意を漲らせた視線を彼に向け、そして言った。
「笑わせないでよ、誰があんたに殺されるもんですかっ! やれるもんならやってみれば?」
「やれやれ、気の強いお嬢さんだなぁ。ま、確かに僕は君のことを殺せないけどね、君が僕のことを殺せないのと同じで」
 意味あり気に笑い、涼介は綾乃の目線にしゃがみこむ。
 そして涼介が次の言葉を続けようとした、その時だった。
「!」
 おもむろに視線を綾乃から外し、涼介は立ち上がって右手に漆黒の“邪気”を漲らせる。
 次の瞬間、ドンッという大きな衝撃音があたりに響いた。
「ていうか……どこの誰か知らんけど、ふたりのデートを邪魔せんで欲しいんやけど?」
「! 祥太郎くんっ」
 綾乃はそう声を上げ、漆黒の瞳を背後の祥太郎に向ける。
 祥太郎から放たれた“気”を防御壁で防いだ涼介は、彼に目を移した。
「君って、もしかして“能力者”なんだよね?」
「卑怯な手使って可愛い女の子いじめるなんて、女の子の味方としては許せんな」
 軽く身構え、祥太郎は涼介を見据える。
「卑怯な手? 戦法って言って欲しいんだけど?」
 そう言って涼介は、おもむろに右手を掲げた。
 その瞬間、バチバチと漆黒の光が掌に集中する。
「“能力者”の力が、果たしてどのくらいのものなのか……僕を失望させないでよ?」
 ニッと笑って、そして涼介は掲げた手を振り下ろした。
「!」
 ガガガッと激しい音を立て、地面を裂きながら漆黒の衝撃が祥太郎に襲いかかる。
 それを跳躍して避け、祥太郎は体勢を素早く整えた。
 間髪いれずに、涼介の繰り出した第二波が唸りを上げる。
 漆黒の輝きを放つ球体を見据え、今度は祥太郎は目の前に“気”の防御壁を張った。
 光の衝撃がぶつかり合い、そしてお互いの光は音を立てて消滅する。
「ふーん、戦い慣れてるね。最初の攻撃は防御壁を張っても防ぐのが難しいものだったし、次の攻撃は避けても“気”の力に反応して敵を追従するタイプのものだった。それを上手く判断して、それぞれに合ったベストな対応をしたね」
「いやらしいなぁ、俺を試してるってワケか?」
 ふっと身構え、祥太郎はハンサムな顔を引き締めた。
 涼介は相変わらず表情を変えずに笑う。
「まぁね。でもそれは、君も同じだろ?」
「そうやな。じゃあ今度は、こっちの番か?」
 そう言うなり、祥太郎は掌に“気”の光を集めた。
 そして瞬時に漲ったそれを、ぶんっと勢いよく涼介目がけて放つ。
「!」
 涼介は、漆黒の瞳を見開いた。
 美しい光を帯びたそれは祥太郎の手を離れた途端複数に分かれ、そして幾重にも折り重なる。
 四方八方から、祥太郎の“気”が唸りを上げて涼介に襲いかかった。
「ふっ、これは面白い……“気”の分裂か」
 慌てる様子もなく涼介は漆黒の光を放ち、まず正面から迫りくる“気”にぶつけそれを消滅させた。
 それからスッと動作を起こし、祥太郎への間合いをつめる。
 涼介を捉えられなかった残りの“気”の光は、地面や“結界”の壁にぶつかって眩い光とともに弾けた。
 轟音が響く中、祥太郎はふっと身を翻す。
 それと同時に、さっきまで祥太郎のいたところに、間合いをつめた涼介の蹴りが空を切った。
 僅かに生じた隙を狙い、今度は祥太郎が握り締めた右拳を放つ。
 涼介はそれをかわし、そしてニッと不敵に笑った。
「そういえば、さっき面白いこと言ってたよね? 女の子の味方だとか何とか」
 そう言ってフェイント気味に左拳を放った涼介は、素早く空いた右手に“邪気”を宿らせる。
 次の“気”の攻撃に備え、祥太郎は防御の構えを取った。
 その時だった。
「何っ!?」
 祥太郎は涼介の手から強大な“邪気”が放たれた瞬間、信じられない表情を浮かべる。
 それからクッとくちびるを噛み締め、大きく跳躍した。
 涼介の放った“邪気”の攻撃目標は、祥太郎ではなかったのだ。
「!! なっ!」
 まだしびれて動けない綾乃は、自分に迫りくる衝撃に漆黒の瞳を見開く。
 何とか身体を動かして避けようとするが、まだ自分で立ち上がることすらできない。
 綾乃は身体の自由が利かないままで“邪気”を開放して防御壁を作ろうと、意識を集中させる。
 だが、涼介の放った衝撃の大きさとスピードを考えると、不十分な体勢の今の状況ではすべての威力を防ぎきることはすでにできない距離であった。
 その時。
 綾乃の目の前に、咄嗟にかけつけた祥太郎が立ちふさがる。
 そして右手を素早く掲げ、“気”の防御壁を形成させた。
「!」
 ドーンと大きな衝撃音が響き、“結界”内を眩い光が包み込む。
「くっ!!」
 衝撃の大きさに顔を顰め、祥太郎は数歩後ずさりをした。
 大きな圧力に耐えて、そして彼はちらりと綾乃を振り返る。
「大丈夫か、綾乃ちゃん? にしても、めちゃめちゃするなぁ、あのホストみたいな兄ちゃん」
「! 祥太郎くんっ!」
 自分に気を取られている祥太郎に、綾乃は険しい表情で短く叫んだ。
 その声に我に返った祥太郎は、ハッと瞳を見開く。
「さすが、女の子の味方。でも……甘いねっ!」
「……!」
 いつの間にか間合いをつめた涼介の右拳が、唸りをあげて祥太郎に襲いかかった。
 そしてその拳は、完璧に彼を捉えた……はずだった。
「!!」
 涼介はその時、はじめて表情を怪訝なものにする。
 完全に祥太郎を捉えた彼の拳が、直前で受け止められたからだ。
「ふざけるのも、いい加減にしなさいよっ!?」
「綾乃!? まだ薬の時間切れには少し早いはずなのに、何故?」
 驚く涼介に鋭い視線を投げ、ふたりの間に割って入った綾乃は彼の拳を受け止めた右手を引く。
 そして瞬時に強大な漆黒の光を漲らせ、それを放った。
「! ちっ!」
 涼介は大きく後ろに跳躍し、その攻撃を何とかかわして着地する。
 それから口元に笑みを浮かべて、言った。
「強引に薬の力に勝ったっていうの? やっぱり君は面白いね、綾乃。ていうか、この状況って僕の不利だったりするみたいだから、今日は退散するよ」
 そう言うやいなや、涼介はスッと右手を掲げて“結界”を解除する。
 一瞬にして、賑やかな休日の街並みが目の前に戻って来た。
 まだ自分に鋭い視線を向ける綾乃ににっこり微笑んで、そして涼介は雑踏の中へ消えていく。
 それをじっと見届けた後、綾乃はぺたんとその場に座り込んだ。
「綾乃ちゃん、大丈夫か? とりあえず回復するまで待とうか」
 祥太郎は周囲を見回し、ちょうど空いていた近くのベンチまで綾乃に肩を貸す。
「あーっ! もう本当に、いつ会ってもイヤなヤツ!! 最低最悪よっ」
 ベンチに座って、綾乃は忌々しげに言った。
 祥太郎はそんな綾乃に、険しい表情を浮かべたまま口を開く。
「ていうか、あの見た目ホストみたいな兄ちゃん、誰や? “邪者”なのは分かったけどな」
 はあっと大きく嘆息し、そして綾乃は祥太郎を見た。
「あいつ、鮫島涼介(さめじま りょうすけ)って言うんだけど、あれでも名の通った科学者なのよ。それでもって、戦って分かったと思うけど、あいつも“邪者四天王”のひとりなの」
「科学者? あのホストっぽい兄ちゃんが? だってまだ年も若かったし」
「天才だか何だか知らないけど、あいつ外国の大学を飛び級で卒業して、博士号持ってるのよ。それで日本に戻ってきて、何か妙な研究だか実験だかしてるんだって。ていうか、私に言わせれば、ただの変態よっ。あいつは卑怯なことが十八番だから、祥太郎くんも気をつけて」
 少ししびれの治まってきた手の感触を確かめるように握ったり開いたりしながら、綾乃は漆黒の瞳を細める。
 その色はいつもの彼女のものとはまったく印象が違い、見るだけで背筋がぞくっとするほどの鋭さがあった。
 祥太郎はそんな綾乃を見ながら、首を傾げる。
「でも、“邪者四天王”って言ったら、綾乃ちゃんの仲間やないんか? どう見ても仲良さそうには見えんかったけど」
「あいつはね、同じ“邪者”の同僚ではあっても、仲間とか味方とかじゃないわ。むしろ……許されるなら、この手で殺してやりたいくらいよ」
「…………」
 殺気さえ感じる綾乃の言葉に、祥太郎は言葉を失う。
 それからふと、彼女の頭を優しく撫でた。
 綾乃は祥太郎の大きな手の感触に、少し驚いたように顔をあげる。
 にっこりと微笑み、祥太郎は言った。
「そんなコワイ顔しとったら、せっかくのカワイイ顔が台無しやで? 綾乃ちゃん」
「え?」
 意外なその言葉を聞いて、綾乃は険しかった表情を緩める。
 そして、気を取り直して笑った。
「祥太郎くん……うん、ありがとね」
 ふっといつもの明るい表情を取り戻し、綾乃はこくんと頷く。
 それから人懐っこい笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
「祥太郎くん、じゃあ次はどこ行こっか? あ、綾乃ちゃんケーキ食べたいなーっ。イヤなこと忘れるくらい美味しいケーキ食べたーいっ」
「げっ、あんなに大きなパフェ食っといて、今度はケーキか?」
「さ、そうと決まればレッツゴーよ、祥太郎くんっ」
 はしゃいだように歩き出し、綾乃は祥太郎を手招きする。
 そんなくるくると目まぐるしく変わる綾乃の雰囲気の変化に驚きながらも、祥太郎はそのハンサムな顔に微笑みを浮かべて歩き出したのだった。