「……!」
 部屋にいたその人物も、眞姫の姿を見て驚きを隠せない表情を浮かべていた。
 そんな眞姫の目に映っている、その人物とは……。
 眞姫は瞳を見開いたまま、ぽつりと呟く。
「な、鳴海先生……」
「清家!? 何故、君がここに」
 その場に立っていたのは、切れ長の瞳が相変わらず印象的な正装姿の鳴海先生だった。
 眞姫は思いがけない先生の姿に、驚いたように瞳を大きく見開いた。
 そんな眞姫から、先生は視線をふと紳士へと向ける。
 そして大きく嘆息し、言った。
「どういうことですか、私が納得するように筋道立てて説明していただきたいのですが」
「筋道も何も、今日のパーティーにお姫様も招待差し上げた、ただそれだけのことだよ?」
 ふたりの反応に楽しそうに笑い、紳士は瞳を細める。
 逆に先生は、呆れたようにもう一度わざとらしく溜め息をついた。
「一応、本日のパーティーは私が主役のはず。その私が出席者を知らないなんていうことが起こりうること自体、納得がいかないと言っているのです」
 紳士はまだ驚いている様子の眞姫の頭を優しく撫で、にっこりと先生に微笑む。
「本日の主役だからこそ、内緒にしていたんだよ。パーティーの主役が驚く演出なんてドキドキワクワクで楽しいじゃないか」
「……小学生ならともかく、一体私のことをいくつだとお思いなんですか?」
 軽く頭を抱えてから、先生は今度は眞姫に切れ長の瞳を映す。
 眞姫は急に視線が自分に向けられ、ドキッとした。
 普段学校ではスーツ姿の先生であるが、今日はシンプルなデザインのタキシードを着ている。
 端整な顔立ちをした彼には、黒のタキシードがよく似合っていた。
 先生は数歩眞姫に近付き、言った。
「清家、こんな場所にまで来てもらってすまなかったな」
「えっ? い、いえ……」
 どう言っていいのか分からず、眞姫は瞳をぱちくりさせながら首を横に振る。
 紳士はふたりの顔を交互に見て、そして口を開いた。
「ふたりはすでに知り合いだけど、お姫様に改めて紹介しておこうね」
 上品な顔に微笑みを浮かべ、紳士は眞姫に向き直る。
 そして、言葉を続けた。
「彼が私の息子の将吾だよ、お姫様」
「……えっ!?」
 紳士の言葉に、眞姫は一瞬耳を疑う。
 そして瞳を見開き、大きく瞬きをした。
 それからおそるおそる顔を上げ、紳士を見つめる。
「先生が、傘のおじさまの……息子、なんですか!?」
「彼はれっきとした私の自慢の息子だよ。そうだお姫様、改めて自己紹介をしておかなければいけないな」
 そう言って、紳士は眞姫の手をスッと取った。
「将吾の父の鳴海秀秋(なるみ ひであき)と申します、お姫様。今まで通り、呼び名は傘の紳士のままで構わないよ」
「は、はい」
 眞姫は驚いた表情のまま、慌ててこくんと頷く。
 それから紳士と先生を交互に見て、ぽつんと呟いた。
「おふたり……似てないですね」
「そうだな。今回の父の行動も、私には全くもって理解し難い」
 じろっと切れ長の瞳を紳士に向け、先生はもう一度大きく嘆息する。
 反対に紳士は、楽しそうに柔らかな微笑みを浮かべて笑った。
「知っているかい? 男の子は年齢を重ねるにつれて次第に父親に似てくるものなんだよ」
「……例外もあるでしょう。そう信じたいですね、私は」
 眞姫は改めて、この親子の顔を見る。
 人に与える雰囲気は全く違うが、言われてみればどことなく面影がある気がする。
 特にブラウンの髪と瞳は、同じ色をしていた。
 紳士と会った時、自分を見つめるその瞳の色が誰かのものに似ていると眞姫は感じていた。
 鳴海先生が時々見せる優しい瞳の光は、この紳士譲りなのだと眞姫は思ったのだった。
 紳士はちらりと時計を見て、そして眞姫の頭を優しく撫でる。
「本日の主役への挨拶も済んだことし、会場へ移動しましょうか、お姫様」
「え? あ、はい」
 先生に慌ててぺこりとお辞儀をしてから、紳士に伴われて眞姫は部屋を後にした。
 それから気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
 そんな眞姫の姿にくすくすと笑って、楽しそうに紳士は言った。
「驚いたかい、お姫様? 今まで隠していて悪かったね。お姫様の驚く顔が見たくてね」
「ええ、ものすごく驚きました。まさか先生が、おじさまの息子だなんて」
 ふうっと息をつき、それから眞姫は上目遣いで紳士を見て続ける。
「そういえば先生が主役って言っていましたけど、今日はどんなパーティーなんですか?」
「今日はね、将吾の誕生日パーティーなんだよ。彼は照れ屋だから毎年開催を渋っているのだけれど、せっかく年に一度の記念日だから私が主催して行っているんだ。あの子の本当の誕生日は明日なんだけど、明日は月曜日だからね」
「先生のお誕生日パーティーなんですか!? 私知らなくて、何もプレゼント用意してないんですけど」
 申し訳なさそうにする眞姫に、紳士はにっこり微笑んだ。
「お姫様に気を使わせないように誕生日のことは黙っていたからね、大丈夫だよ。君がここに来てくれただけで、これ以上ない素敵なプレゼントだからね」
 本当にいいのだろうかと恐縮しながら、眞姫はちらりと紳士を見る。
 それに優しい笑顔で応えて、紳士はパーティー会場となる部屋へと眞姫を通した。
 立食パーティーのスタイルを取ってある会場をふと見回し、紳士は由梨奈と詩音の姿を見つけて軽く手を上げる。
 眞姫をふたりに引渡し、そして紳士は眞姫に言った。
「それでは、今日はゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいな、お姫様」




 ――数時間後。
 パーティー会場は和やかな雰囲気で楽しそうな人の声で溢れていた。
 紳士曰く、今日は少人数のホームパーティーということもあり、招待客も形式にとらわれず自由に楽しんでいる。
 とはいえ、招待客は50人を超えていた。
 これで少人数ならば普段のパーティーはどんなものなのだろうと眞姫は思っていた。
 そして先程は驚いてお祝いの言葉も言えなかったので先生と話をしたかった眞姫だったが、本日の主役ということで彼の周囲はいつも誰かがいた。
 とりあえず眞姫はジュースのグラスを手にしてショールを羽織り、会場から外のテラスへと出る。
「わぁ、綺麗……」
 高級住宅地の小高い丘の上に建つ豪邸から見える都会の景色は、とても美しかった。
 少し吹きつける夜風が涼しかったが、眞姫は瞳をその景色へと向けている。
 その時。
「はぁい、眞姫ちゃん。楽しんでるかしら?」
 背後から聞こえてきた声に振り返り、眞姫はにっこりと微笑んだ。
「あ、由梨奈さん。ええ、とても楽しいです」
「驚いたでしょう、なるちゃんがおじ様の息子だったなんて」
 長いウェーブの髪をかきあげ、由梨奈はくすくす笑う。
「本当にびっくりしました。どことなく似てるような気もしますがやっぱり似てないですよね、おじさまと先生って」
「そうね、なるちゃんは母親似だからね」
「そうなんですか? 先生のお母様って、あのスミレ色の傘の持ち主なんですよね」
 思い出したようにそう言う眞姫に、由梨奈は言葉を続けた。
「そうそう。ところでさ、何でなるちゃんが“能力者”の中でも特にあんなに強い力を持ってると思う?」
「え?」
 由梨奈の問いに、眞姫は顔を上げる。
 そんな眞姫に優しく笑顔を向け、由梨奈は言った。
「なるちゃんのお母様……おじ様の妻である晶(あきら)さんは、眞姫ちゃんの前の先代の“浄化の巫女姫”だったんだ」
「えっ、先生のお母様が先代の“浄化の巫女姫”!?」
「そうよ。晶さんは凛としていて聡明な人だったわ。一見すごく厳しそうで近寄り難いんだけど、でも心はとても優しい人で。でも生まれつき身体が弱い人でね、大きな“浄化の巫女姫”の力に身体が耐えられなくて……15年前に亡くなられたんだけど」
 自分の話をじっと聞いている眞姫を見て、由梨奈は話を続ける。
「“浄化の巫女姫”はね、先代が力を失った時に次の巫女姫が降臨するの。だから晶さんが天に召されるその同じ時に、眞姫ちゃんがこの世に生を受けたってことなの」
「先生のお母様が亡くなられた時に、私が……」
 由梨奈の言葉をひとつひとつ噛み締めるように呟き、眞姫は俯く。
 そして、自分の使命の大きさを改めて感じた。
 そんな眞姫を気遣うかのように、由梨奈はぽんっと彼女の肩を軽く叩く。
「あ、眞姫ちゃんさっき、おじ様となるちゃん似てないって言ってたでしょう? 確かに性格や雰囲気は似てないけど、すごく似てるところもあるのよ?」
「すごく似てるところ、ですか?」
 ぱっと見ただけでは、すごく似ているところなんて思い当たらない。
 きょとんとする眞姫に、由梨奈は楽しそうに笑った。
 それから長い髪を再びかきあげて、言った。
「“能力者”への指導の仕方よ。あのおじ様って普段はああだけど、訓練になると本当に怖かったんだからぁっ。ああ見えてもおじ様ってあらゆる格闘技の有段者でさ、なるちゃん言ってたもん、いまだ体術でおじ様に一回も勝ったことないんですって。なるちゃんがおじ様に訓練受けてたのは、高校生くらいまでだったみたいだけど」
「……え?」
 由梨奈の言葉に、眞姫は耳を疑う。
 戦いとは全く無縁そうな上品な紳士からは、想像がつかない内容だったからだ。
「男の子には容赦ないのに、女の子には紳士的なトコもそっくりだしーっ」
 瞳をぱちくりさせる眞姫とは逆に、由梨奈は楽しそうにきゃははっと笑う。
 そして優しく眞姫の頭を撫でてから、振り返った。
「あ、あまりお姫様を独り占めしていたら怒られちゃうかな」
 その言葉につられて、眞姫も背後に視線を向ける。
「僕のお姫様と貴婦人の会話を邪魔しちゃったかな? 失礼」
「あ、詩音くん」
 テラスに出てきた詩音に微笑み、眞姫は小さく手を振った。
 由梨奈はふたりを交互に見た後、カツカツとハイヒールを鳴らして歩き出す。
「じゃあお姫様は王子様にお譲りして、お姉様は退散するとするわ」
 詩音にウインクしてから、由梨奈は会場へと戻って行った。
 変わりに眞姫の隣に並んで詩音は上品な微笑みを浮かべる。
「貴婦人とどんな会話を楽しんでいたのかな、僕のお姫様」
「おじさまと先生のことを話してたの。似てないけど、似てるところもやっぱりあるなって。おじさまって、先生よりも詩音くんに似てるところがあるなって思ってたんだけど」
 うーんと考える仕草をする眞姫に、詩音はにっこりと笑う。
「僕とおじ様が似ているのは、何も不自然なことではないよ。だって彼は、僕の伯父だもの」
「えっ!?」
 詩音の言葉に、眞姫は驚いた視線を彼に向けた。
 そんな眞姫の様子に微笑み、詩音は言葉を続ける。
「僕の母君を知っているだろう? あのおじ様は、母君の実の兄上なんだよ。僕もおじ様も、そして先生も“空間能力者”だしね」
 確かに言われてみれば、眞姫の知っている限り“空間能力”を使えるのは、詩音と紳士と先生の3人である。
 やはり能力も血筋と無関係ではないのだと思ったのだった。
 だが、それ以上に眞姫が驚いたのは……。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、詩音くんと先生って」
「そうだよ。僕と先生は、従兄弟なんだ。先生は今は天使になっている伯母様似らしいから、僕とあの悪魔は似ても似つかないけどね」
「ええっ!? し、知らなかった……先生と詩音くんが従兄弟だなんて。映研部員のみんなは知ってるの?」
 驚きを隠せない様子の眞姫に、詩音は色素の薄い瞳を細める。
「騎士たちは知らないんじゃないかな? 隠しているわけでもないけど、敢えて言わないといけないことでもないからね」
「そ、そうなんだ」
 きっと他の少年たちがこのことを知ったら、相当驚くだろう。
 そんな様子を予想しながらも、眞姫は隣の詩音を改めて見つめる。
 確かに、繊細で上品な美少年の詩音とあの優しくて紳士的なおじさまとは顔の雰囲気も似ている。
 だがどうしても、あの鳴海先生と詩音が従兄弟だなんて信じられないでいた。
 じっと自分を見る眞姫の様子に、嬉しそうに詩音はにっこりと笑う。
 それからおもむろに眞姫と向き合い、彼女の栗色の髪をそっと取った。
「それにしても綺麗だよ、僕のお姫様。やっぱり君こそ、僕がずっと探していた麗しのお姫様だよ」
 そう言って、詩音はゆっくりと眞姫の髪にくちづけをする。
 詩音の綺麗な顔が急に近付き、眞姫の胸は途端に心拍数を上げた。
 おもむろに伏せた詩音の瞳にかかる睫毛は長く、色素の薄い髪がサラサラと揺れている。
 正装をしているその姿がまた一層、詩音の上品な魅力をひきたてていた。
 それから眞姫の髪から唇を離した詩音は背後に視線を向けてから、少し残念そうに言った。
「そろそろ本日の主役に僕のお姫様を貸す時間かな。名残惜しいけど、今日は仕方がないね」
「あ……」
 振り返った眞姫は、大きな瞳をテラスに出てきたその人物に向ける。
 そして、呟いた。
「鳴海先生……」
「それではまた会場でね。僕のお姫様」
 優しく眞姫の頭を撫でた後、詩音は眞姫の手を取って軽くその甲にキスをする。
 柔らかくて優しい詩音の唇の感触にドキドキしつつ、眞姫はテラスを出る詩音の後姿を見送った。
 そして、入れかわりでテラスに出てきた鳴海先生に視線を向ける。
「そんな薄着で外にいて、寒くないのか?」
「えっ? あ、はい。大丈夫です」
 切れ長の瞳が自分を映し、眞姫は驚いたように瞳を見開いた。
 いつまでたっても、先生のこの視線に慣れない。
 厳しい印象を受けつつも、その色は優しくもあった。
 眞姫は何を言っていいのか分からずに俯く。
 そんな眞姫に、先生はひとつ溜め息をついた。
 そして。
「今の時期の夜は冷える、そのような格好のままでは風邪を引くぞ」
 鳴海先生は自分の上着を脱ぎ、眞姫の肩からそれをそっと掛ける。
 先生の意外な行動に、眞姫は驚いたように顔を上げた。
「あっ、ごめんなさい、ありがとうございます」
「何も君が謝ることはない。それよりも……すまなかったな」
「え? 何がですか?」
 きょとんとする眞姫に、先生は続ける。
「父が、君を振り回しているのではないか? 今日のことも然りだ。あの人の考えることは、昔から私には理解し難いからな」
 そう言って大きく溜め息をつく鳴海先生に、眞姫はクスクスと笑い出した。
「何だか面白いですね、先生とおじさまって」
「面白い? 由梨奈もそのように私たちのことを言うが……私にとっては、あの人の理解し難い行動は悩みの種以外の何物でもないのだがな」
 訝しげな表情を浮かべ、先生はそう言った。
 それから眞姫は、先生に改めて視線を向けて思い出したようにぽんっと手を打つ。
 そして先生に向き合い、にっこりと微笑んだ。
「あ、鳴海先生、明日お誕生日なんですよね。おめでとうございます」
「清家……」
 突然そう言われ、先生は少し驚いた顔をする。
 それから気を取り直し、言った。
「ありがとう、清家。今日は本当にすまなかったな」
 先生の言葉に眞姫は大きく首を振る。
「そんな、謝らないでください。パーティーすごく楽しいし、綺麗なドレスも着られてすごく嬉しいし。あ、着慣れてないから似合わないかもしれないんですけど」
 ちょっと照れたようにそう言って、眞姫はふと俯く。
 そんな眞姫に切れ長の瞳を向け、そして先生は言った。
「そんなことはない。君には、そういった上品で清楚な雰囲気のドレスがよく似合っている。女性とは不思議だ、そういう装いをすると普段と雰囲気ががらりと変わるものなのだから」
「えっ?」
 意外な先生の言葉に、眞姫は顔を上げる。
 先生はそんな眞姫の視線を感じて、相変わらず淡々と言った。
「……どうした、何か質問か?」
「あっ、いえ、何でもありません」
 慌てたようにそう言って、眞姫はカアッと顔を赤らめる。
 そして今更ながら先生の掛けてくれた上着の温もりを感じた。
 先生はそんな眞姫を見つめて、そして切れ長の瞳を細める。
 それからゆっくりと、口を開いた。
「私の母の話を、聞いたか?」
「ええ、聞きました。先生のお母様は、先代の“浄化の巫女姫”だったんですよね」
「そうだ。私の母は、先代の“浄化の巫女姫”だった」
 鳴海先生は眞姫から視線を外さず、言葉を続ける。
「私は母の意志を継ぐことを決意した。母が亡くなった15年前にな。私は私に授けられた能力の意味、そして与えられた運命を全うしようと考えた」
「意思を、継ぐ……」
 先生の言葉を聞いて、眞姫は夜空に浮かぶ月に瞳を移した。
 雲ひとつない夜空で光を湛える月は、優しく眞姫と先生のふたりを照らしている。
 鳴海先生は月明かりに照らされキラキラと輝きを増す眞姫のブラウンの髪と瞳を、じっと見つめた。
 そして月を見上げていた眞姫の視線が、ふっと先生に戻ってくる。
 その大きな瞳には、凛とした強い光宿っていた。
 眞姫は先生に微笑み、そして言った。
「先生、私はまだ自分の能力をうまく使いこなすことができないんですけど……でも、私も自分の運命を受け入れる覚悟はできてます。不安も多いけど、先生や映研部員のみんなと一緒ですから」
「清家……」
 神々しさまで感じる眞姫の“気”と月光が優しく溶け合い、美しい輝きを放っている。
 先生はその姿に、しばし目を奪われた。
 そのすべてを癒すようなあたたかな“気”は、何故か懐かしさを感じるものであった。
 眞姫はそんな先生に笑顔を向け、そして彼の手を取る。
「先生、主役がこんなところにいたらいけませんよ。会場に戻りましょう?」
「……そうだな」
 眞姫の言葉に頷き、先生は一瞬だけふっと視線を夜空に向けた。
 柔らかな月が、母のように優しく世界を照らしている。
 それから無邪気に自分を手招きしている眞姫に視線を返し、先生はその切れ長の瞳を細めたのだった。




 その日の夜。
「車で家まで送ろうか、将吾?」
「いえ、それには及びません。今日はタクシーで帰りますので」
 パーティーはすでに終了し、時間も夜の11時を回っていた。
 紳士は息子を見送るために豪邸の玄関まで足を運ぶ。
「今日は楽しかったよ。お姫様の姿を見た時の君のあの驚いた顔といったら。誕生日パーティーとは、意外性のあるものの方が面白いだろう? それにしても親冥利につきるな、あんなに君が驚いてくれたからね」
 そう言ってくすくす笑う紳士に、先生は怪訝な顔をした。
「……私のことを一体いくつだと思っているのですか、貴方は」
 はあっと溜め息をついてから、先生はちらりと切れ長の瞳を向けて続ける。
「とにかく、今日は私の誕生パーティーをありがとうございました」
「礼には及ばないよ、毎年付き合ってもらっているのは私の方だ。本当にいい息子だな、君は」
「いい息子かはともかく、親が親ですから。私は慣れていますが、清家まで巻き込むのはどうかと」
 じろっと視線を向けて、先生はもう一度嘆息した。
 その言葉に、紳士はにっこりと微笑む。
「優しいんだな、将吾は。お姫様のことが大切なんだね、やっぱり」
「彼女は現代の“浄化の巫女姫”なのですから、大切なのは当然でしょう? では、失礼します」
 軽く一礼し、先生は紳士に背を向けて歩き出そうとした。
 紳士は少し何かを考える仕草をして、それから表情をふと変える。
 そして、再び先生を呼び止めた。
「……将吾」
 鳴海先生は、無言で振り返る。
 紳士は少し間を置き、それから口を開いた。
「結局今日、杜木くんは来なかったね」
「…………」
 先生は紳士の言葉に、一瞬その表情を変える。
 それから切れ長の瞳を閉じて、言った。
「今はまだ、杜木と再会するには時期が早い。彼もきっと、そう判断したのでしょう」
 それだけ言って、先生は再び歩き出した。
 そんな先生の後姿を見送りながら、紳士は柔らかな光を放つ夜空の月を見上げる。
 息子を優しく照らす月光にブラウンの瞳を細め、そして紳士は愛しい人を見つめるかのようにしばらく月をじっと見ていたのだった。