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 ――10月31日・日曜日。
 秋風に揺れる栗色の髪をそっと押さえて眞姫は顔を上げた。
 それからちらりと時計を見て、タッタッと駆け足で歩を進める。
 駅のロータリーに入ってきたのは、1台の真っ赤なフェラーリ。
 派手なその車に近付き、眞姫はにっこりと微笑んだ。
「由梨奈さん、こんにちは」
「こんにちは、眞姫ちゃんっ。どうぞ、お姫様」
 フェラーリから降りてきた女性・沢村由梨奈は、長いウェーブの髪を靡かせ助手席のドアを開ける。
 ぺこりと頭を下げて、眞姫は彼女の車に乗り込んだ。
 由梨奈愛用の香水の上品な香りが、ふわりと微かに鼻をくすぐる。
「シートベルト締めた? 発進するわよぉ」
「はい、大丈夫です」
 こくんと頷く眞姫ににっこり微笑んで、由梨奈は車を走らせ始めた。
 次第に車は加速し流れる窓の外の景色を眺めてから、眞姫は隣の由梨奈に視線を向ける。
 そして、遠慮がちに言った。
「あの、由梨奈さん。今からどちらへ行かれるんですか?」
「今日は、おじ様にお呼ばれしてる日でしょ?」
 楽しそうにそれだけ言う由梨奈に、眞姫は不思議そうに首を傾げる。
 確かに由梨奈の言うように、今日は傘の紳士から招待を受けているパーティー当日である。
 だが紳士から貰った招待状には、パーティー開始時間は夕方からと書かれている。
 眞姫はもう一度ちらりと時計を見た。
 現在時刻は、まだ正午を過ぎたばかりである。
 しかも由梨奈からは、服装は普段着でいいと言われていた。
 あの上品な紳士の催すパーティーということで何を着ていけばいいのか迷っていた眞姫は、その言葉にホッとしつつも本当に普段着でいいのだろうかとドキドキしていた。
 そんな気持ちを察して、由梨奈は笑いながら眞姫の肩をぽんっと叩く。
「そんなに固くならなくても大丈夫よぉ、眞姫ちゃん。私も詩音ちゃんもいるし」
「でも私、パーティーとか行き慣れてないから」
「大丈夫、大丈夫っ。今日のパーティーはねぇ、内輪だけのホームパーティーだから。主役がね、大層なパーティーだとすごく嫌がるし」
 くすくすと笑い、由梨奈は長い髪をかきあげた。
「主役? 傘のおじさまですか?」
「おじ様は主催者って言えばいいのかなぁ。はーい眞姫ちゃん、到着ですよぉっ」
 そう言って、由梨奈は車を止める。
 先に車を降りた由梨奈は、外で待ち構えていた男にキーを手渡した。
 眞姫はきょとんとしながらも、別の男によって開けられたドアから急いで外に出る。
「さ、行きましょ、眞姫ちゃん」
「えっ? ゆ、由梨奈さんっ?」
 カツカツとハイヒールを鳴らして歩き始めた由梨奈に眞姫も続く。
 目の前には、何故か高級感溢れるブランドのブティックがそびえ立っていた。
 ドアマンに開けられた入り口から中に入ると、由梨奈の姿を見て1人の女性が近付いてくる。
「沢村様、いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しですか?」
「今日はね、私のものじゃないのよ」
 そう言って由梨奈は、眞姫に振り返って続ける。
「彼女のパーティードレスを用意していただこうと思って」
「えっ?」
 思わぬ由梨奈の言葉に、眞姫は驚いたように瞳を見開いた。
 店員の女性は眞姫に目を向け、そして素早く何点かのドレスを持ってくる。
「これとか眞姫ちゃんに似合いそうっ。あ、あのドレスも見せていただけるかしら?」
 数点のドレスを品定めして、由梨奈は店内をぐるりと見渡した。
 眞姫は状況がよく理解できず、驚いた表情のまま由梨奈を見る。
「あの、由梨奈さん、これって……」
「眞姫ちゃんの今日のパーティー用のドレスをね、選びに来たの。あ、これなんてどうかしら? 眞姫ちゃんはどういうデザインが好み?」
「えっ、私のドレス? でも、由梨奈さん」
「今日のお姫様には、より一層綺麗になってもらわないと。あ、心配しないで、全部私からのプレゼントだから。可愛いの選びましょうねぇっ」
 そう言って、由梨奈は次々と店員の持ってくるドレスを眞姫にあてる。
「プ、プレゼントって……そんな、申し訳ないですっ」
 見るからに高そうなドレスの数々に、眞姫は慌てて首を振った。
 由梨奈は何着かを吟味し、眞姫に手渡す。
「さぁ試着してみましょうか、眞姫ちゃんっ」
「靴のサイズはおいくつですか?」
「え? 23cmですけど……」
 由梨奈と店員に促され、眞姫はフィットルームへと入る。
 少し困惑しながらも、眞姫は試しに一番シンプルな黒のスリップドレスを着てみることにした。
 さらっとした肌触りが気持ちよく、少し広く開いた背中のデザインと裾のカットが変わっているドレスである。
「眞姫ちゃん、どうかしら?」
「あ、はい……」
 遠慮がちにフィットルームの扉を開けると、ヒールが高めのミュールが用意されてあった。
 それを履いておそるおそる姿を見せた眞姫に、由梨奈は嬉しそうに声を上げる。
「きゃー可愛いーっ、やっぱりちょっと可愛いカンジのデザインが似合うわねぇっ」
「ドレスが黒ですから、明るいお色目のストールなどを羽織るとより素敵ですよ」
 いつの間にか用意していた桜色のグラデーションの綺麗なストールを眞姫にそっとかけて、店員はにっこりと微笑んだ。
 眞姫は鏡を見ながら、普段見慣れない自分の格好に瞳をぱちくりさせる。
「すごく可愛いけど、お姫様の雰囲気は黒ってカンジじゃないかなぁ。もう一着のピンクっぽいドレスも着てみてくれないかな、眞姫ちゃん」
 うーんと考え込む由梨奈にこくんと頷いて、眞姫は再びフィットルームに入った。
 その外で、由梨奈と店員の話し声が聞こえる。
「どのような雰囲気のドレスをお探しなのですか?」
「彼女の可愛さをより引き出すような愛くるしいもので、且つ清楚で上品なカンジかな?」
「もともと、とても可愛らしいお嬢様ですからね。それでは……このようなものはいかがですか?」
「これも可愛いわぁっ、後で着てもらいましょ」
 自分のことを言われていると思うと、眞姫は何だか気恥ずかしかった。
 だがたくさんの綺麗なドレスを目の前にして、眞姫は楽しい気分にもなっていた。
 次に先ほどの黒のシンプルなものとは雰囲気の違う、レースで飾られたピンクのドレスに袖を通してみる。
 おそるおそる着替えて出てきた眞姫に、由梨奈は興奮したように手を叩いた。
「色はこっちの方が雰囲気に合ってるわねぇっ。めっちゃ可愛いわよぉ、眞姫ちゃんっ」
 それから由梨奈は、眞姫ににっこりと微笑む。
「私って男の兄弟しかいないから、こうやって妹みたいな女の子に洋服を選んであげるのって憧れてたんだ」
「由梨奈さん……」
 眞姫は笑顔を由梨奈に返し、嬉しそうにもう一度鏡に映る自分の姿を見て言った。
「私もひとりっこだから、お姉ちゃんとこうやって洋服お買い物するのって憧れでした」
「眞姫ちゃんって、本当に可愛くていい子よねぇ。お姉さん大好きよ、お姫様のこと」
 ぎゅっと眞姫に抱きつき頭をよしよしと撫でて、由梨奈は瞳を細める。
 急に長いウェーブの髪がふわりと揺れるのが瞳に移り、品のいい彼女の香水の香りがした。
 由梨奈の気持ちが嬉しくて、眞姫は本当に彼女が自分のお姉さんだったら楽しいだろうなと思ったのだった。
 それから何着かドレスを試着し、赤系のグラデーションが美しい、裾のカットと袖のデザインが可愛い清楚な雰囲気のドレスを購入する。
 由梨奈の車に戻った眞姫は、申し訳なさそうに言った。
「いいんですか? プレゼントって言っても、こんな高そうなドレスだけじゃなくて一式揃えて買ってもらうなんて」
 ドレスだけでなく、それに合わせてストールやイヤリング、靴まで一式購入したのであった。
 もちろん代金は、すべて由梨奈持ちである。
「気にしないでってば、眞姫ちゃん。お姉さんもすごく楽しいから」
 ウインクをしてそう言ってから、由梨奈は次の目的地へと車を走らせた。
 眞姫はそんな由梨奈に恐縮そうな表情を浮かべて、もう一度深々と頭を下げた。
 そしてしばらく車は賑やかでお洒落な街を颯爽と走ってから、ある場所でふと止まる。
 次の目的地を目の前にして、眞姫は再び驚いたように瞳を見開いた。
「さ、入りましょ、眞姫ちゃんっ」
「えっ? あっ、はい」
 自分の手を取ってスタスタと店内に入る由梨奈に、眞姫は急いで続く。
 そこは一軒のお洒落な美容院であった。
 だが、ただの美容院ではない。
 雑誌やテレビで話題の、1ヶ月以上前から予約しなくてはいけないほどの評判の美容院である。
「お待ちしていました、どうぞ」
 しかも、由梨奈をにっこりと迎えたのはテレビでよく目にするこの美容院の店長だった。
 彼を指名する場合は、さらにもう1ヶ月は見ておかないと予約で一杯だと聞いている。
「あ、今日は私じゃなくて、こちらのお姫様の髪をセットしてもらいに来たの」
「え? 私ですか?」
 由梨奈の言葉に驚いて、眞姫は彼女に視線を向けた。
「こちらの可愛いお嬢さんの髪のセットですね、どのようにされます?」
 眞姫ににっこり微笑んで、店長は由梨奈に言った。
「可愛らしく、そして清楚に且つ上品にってカンジで。パーティーがあるから」
「パーティーですか、では髪はアップにした方がいいですか? それともおろした方がいいですか?」
「んーお任せするわ。あ、ドレスは赤っぽいから、何か付けるならそういう系の色で合わせてね」
「かしこまりました、それではこちらへどうぞ」
 店員は由梨奈に頭を下げ、眞姫を促す。
 ちらりと振り返る眞姫に由梨奈は軽く手を上げて笑った。
「終わった頃にまた迎えにくるからね、眞姫ちゃん」
「え? あ、はい」
 もう頷くことしかできない眞姫は、きょとんとしながら店長の言うままに洗面台の前の椅子に座ったのだった。




 それから、数時間後。
「今日の貴女も美しいね、ミセスリリー」
「ありがとーっ。でも、王子様の心は一瞬にしてお姫様に奪われてしまうでしょうけどね」
 くすっと笑って、由梨奈は隣の少年・詩音に瞳を向ける。
 詩音は上品な美形の顔に微笑みを浮かべ、色素の薄い髪を軽くかきあげた。
「楽しみだな、今日のお姫様はどんな可愛い顔をして王子に微笑みかけるんだろうね」
 正装のスーツの襟元を軽く直して、詩音は本当に楽しみだと言わんばかりの表情を浮かべた。
 それから先程の美容院の前で車を止め、由梨奈と詩音のふたりは店内へと足を運ぶ。
「お嬢様もドレスを着てスタンバイオッケーですよ? 今、お呼びしますから」
 由梨奈の姿を見て、店長は店の奥に眞姫を呼びに行った。
 そして数分も経たないうちに、ドレスを身に纏った眞姫が姿を現す。
「彼女の雰囲気とドレスの感じから、髪は全部アップにせずにおろしてみました。肌ももともとすごく綺麗なので、化粧もナチュラルに仕上げましたがいかがですか?」
「きゃあっ、めっちゃめちゃ可愛いわぁっ」
 眞姫の姿を見て、由梨奈は声を上げて満足そうにうんうんと頷いた。
 逆に詩音は、無言でじっと眞姫を見つめている。
 眞姫は少し恥ずかしそうにしながらも、上目遣いで詩音に瞳を向けた。
「あ、詩音くん。どうかな、似合うかな?」
「お姫様……」
「詩音くん?」
 はあっと大きく溜め息をつく詩音に、眞姫は首を傾げる。
 もう一度まじまじと眞姫を見て、そして詩音は言った。
「失礼、お姫様。あまりにも僕のお姫様が美しすぎて、言葉が出てこなかったよ」
「し、詩音くん……ありがとう」
 詩音の言葉に照れたように顔を赤くし、眞姫は俯く。
 そんな眞姫に、詩音はにっこりと微笑んで言った。
「ほら、顔を上げてお姫様。もっとよくその美しい顔を王子に見せてくれないかな?」
「えっ、あ……」
 詩音に言われた通りに顔を上げた眞姫は、思わずドキッとする。
 健人とタイプは違うが上品で繊細な美形の詩音の顔がすぐ近くにあり、その綺麗で澄んだ瞳が自分をじっと見つめていたからだ。
 その視線はいつもと同じように優しくて柔らかで、自分だけを映している。
 由梨奈は眞姫の姿をもう一度見て、満足そうに言った。
「すごく可愛いわ、彼女によく似合ってる。店長に頼んでよかったわぁっ」
「ありがとうございます、またのお越しをお待ちしていますよ」
 深々と頭を下げる店長に慌ててお辞儀して、眞姫は詩音に手を引かれながら店を出る。
 待っていた車の後部のドアをスマートに開けて眞姫を車内に促し、そして詩音は由梨奈に言った。
「ミセスリリー、お姫様のドレスも素晴らしいよ。何よりも、例の彼の好みを完璧に把握してるところがさすがだね」
「うふふ、そうでしょ? 可愛くて、そして清楚で知的で且つ上品。イイカンジでしょ?」
 くすっと笑って、由梨奈は詩音にウインクする。
 詩音は由梨奈に微笑んで、そして眞姫に続いて後部座席に座った。
 ゆっくりと赤のフェラーリが動き出したと同時に、眞姫は車に備え付けてある時計を見る。
 時間は、17時を少し回っていた。
 パーティー開始時間は18時。
 眞姫は車のバックミラーに映る自分を見て、綺麗に着飾った自分に嬉しくなる。
 それから運転席の由梨奈に言った。
「そういえば私、おじさまのこと何も知らないんですよ」
「あのおじ様は子供みたいに遊び心満載な人だからね。面白い人だよ、本当に」
 眞姫の言葉に、詩音はくすっと笑う。
 由梨奈は運転しながらも、うーんと考える仕草をして言った。
「どのことなら、先に眞姫ちゃんに話しててもいいかなぁ……」
 それからバックミラー越しにちらりと眞姫に視線を向けて、言葉を続ける。
「眞姫ちゃんさ、あのおじ様にどんな印象持ってる?」
 ふと俯いて考えてから、眞姫は今までのことを思い出しながら口を開いた。
「すごく優しくて紳士でロマンティストな方だと思います。何だか、おじさまの言ってくださることや雰囲気って……詩音くんに、少し似ているような気がするし」
 ちらりと自分の横にいる詩音に、眞姫は遠慮気味に瞳を向ける。
 詩音は少し意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
「なるほどね、僕と似ているか……いい着眼点だね、僕のお姫様」
「……?」
 くすくす楽しそうに笑う詩音に、眞姫は首を傾げる。
 由梨奈は振り返らずに詩音の言葉に続けた。
「んー、何話していいかなぁ。じゃあ、まずあのおじ様が普段何やってるか、とか?」
「何やってるか、ですか?」
 きょとんとする眞姫に、由梨奈は言葉を選ぶように慎重に話し出す。
「観月学園って学校法人があるんだけど、知らないかな? そこが都内の主要な私立の学校をいくつか経営しているのよ。聖煌学園もそのひとつね。そのトップなの、彼」
「え? おじさま、うちの学校の経営者なんですか?」
 由梨奈の言葉に驚きつつも、彼の立ち振る舞いや身なりからお金持ちそうな雰囲気は感じていたので、妙に眞姫は納得する。
 それから、思い出したようにポンッと手を叩いた。
「あ、だから鳴海先生ともお知り合いなんですね」
「えっ、なるちゃん?」
 ぽつんと呟いた眞姫の言葉に、由梨奈はくるりと振り返る。
 眞姫はそんな由梨奈に言った。
「ええ。おじさまと先生が知り合いなのは知っていたんですけど、どういう知り合いなのか知らなかったから」
「お姫様、世間は結構狭いものだよ? まるで魔法のように、人と人は意外な繋がりを持っているんだ」
 詩音の言葉に瞳をぱちくりさせてから、眞姫は窓の外の景色に目を向ける。
 車は賑やかな街並みから変わり、閑静な高級住宅街を走っていた。
 それからしばらくして、車は小高い丘をゆっくりと上り始める。
 それを上りきったところにある大きな門をくぐり、真っ赤なフェラーリはなお続く道を進んだ。
 そして由梨奈は、おもむろに愛車を止める。
「さ、到着ですよぉっ」
 由梨奈が振り返ってそう言った瞬間、眞姫の座っている後部のドアが開いた。
「ようこそ、お姫様。お待ちしていましたよ」
 そう言って、スッと眞姫に手を差し出す人物は。
「傘のおじさま! こんばんは、今日はご招待ありがとうございます」
 紳士の手を取って車から降り、眞姫は慌てて頭を下げる。
 そんな眞姫の姿を見つめて、紳士はブラウンの瞳を細めた。
「これはこれは……今日は一段と素敵ですよ、お姫様。思わず見惚れてしまったよ」
「え? あ、ありがとうございます」
 照れたようにぺこりともう一度頭を下げ、眞姫は数度瞬きをする。
 そんな眞姫ににっこり微笑み、紳士は今度は運転席のドアを開けて由梨奈に瞳を向けた。
「こんばんは、麗しの貴婦人。今日の貴女も魅力的だね」
「おじ様、こんばんは。私のことはいいから、お姫様をエスコートして差し上げて」
 くすっと悪戯っぽく微笑み、由梨奈は髪をかきあげる。
「こんばんは、おじ様。僕のお姫様は今日一段と美しいでしょう?」
「いらっしゃい、詩音くん。お姫様の美しさには私も惚れ惚れしているよ。そうそう、君の母君ももう到着されているよ? 中へどうぞ」
 詩音に笑顔を向けてから、そして紳士は眞姫に視線を移した。
 それから優しく眞姫の肩をそっと抱き、目の前の大きな屋敷へと促す。
「さあ、お姫様。こちらへどうぞ」
「え? あ、はい」
 少し気後れしながらも、眞姫は紳士とともに中へと入った。
 品の良いシャンデリアに照らされた室内は、シンプルながらもセンスの良い雰囲気である。
 会場になっている広い部屋には、ドレスを纏った貴婦人や紳士たちが楽しそうに談笑していた。
 だが会場になっているその大きな部屋を通り過ぎ、紳士はその奥の部屋へと眞姫を促す。
 その時。
「あら、素敵な女性がいらっしゃると思ったら、プリンセスじゃありませんか」
 透き通るような声が聞こえ、眞姫は振り返る。
 そんな彼女の瞳に映るのは、色素の薄い流れるような長い髪を靡かせた女性。
 にっこりと優しく柔らかなその微笑みは詩音のものとそっくりだった。
「あ、詩音くんのお母様。こんばんは」
「こんばんは、美しい麗しのお姫様」
 ぺこりとお辞儀をする眞姫に歌うように笑って、詩音の母・静香は言葉を続ける。
「今から本日の主役にご挨拶に行くのね。また会場でお会いしましょうね」
「本日の、主役?」
 きょとんとする眞姫に、静香は無言でにっこりと笑顔を向けて会場に歩き出した。
 優しく揺れる長い彼女のブラウンの髪を見送った後、眞姫は紳士に向き直る。
 紳士はそんな彼女に言った。
「君には、パーティーの前に是非会ってもらいたい人がいるんだ」
「会ってもらいたい人、ですか?」
 瞳を大きく見開く眞姫にこくんと頷いた後、紳士は目の前のドアを軽くノックする。
 そして、そのドアをゆっくりと開けた。
 紳士に促され、眞姫は首を傾げながらもおそるおそるその部屋に一歩足を踏み入れる。
 次の瞬間。
「えっ!? な、何で……!?」
 眞姫は思わず、驚いたように声を上げた。
 部屋の中にいたのは、意外な人物だったからだ。
 その人物とは……。