4月26日・月曜日。
「おはよう、健人」
「ああ、おはよう。姫」
 いつものように駅で健人に出会った眞姫は、彼の隣に並ぶ。
 そんな眞姫にちらりと視線を向け、健人は言った。
「姫、もう体調は大丈夫なのか?」
「え? あ、うん。もう大丈夫」
 土曜日の出来事は、すでに映研部員全員が知っているのだろう。
 眞姫は、無意識に俯く。
 昨日の新聞にも、猛の“気”によって破壊された建物が記事になっているのを眞姫も目にした。
 怪我人こそでなかったようだが、こうなったのも、自分のせいである。
「ここ数日ずっと“邪者”に襲われて、怖かっただろう?」
 ぽつんと、健人はそう言った。
 そして、その蒼い瞳を眞姫に向ける。
「今度は、俺がおまえを守ってやるから」
「うん、ありがとう」
 健人の言葉に少し驚きながらも、眞姫は嬉しそうに頷いた。
 それから、思い出したように続ける。
「金曜日、詩音くんの“空間能力”見たんだけど、ほかのみんなとは違う戦い方でびっくりしたよ」
「また、妖精だのユニコーンだのが出てきたか?」
「え? いや、桜が満開に咲いてたよ」
 目の前で満開に咲いた美しい桜の花を思い出し、眞姫は呟く。
 ふっと微笑んで、健人は言った。
「普通“空間能力”使っても、あんな夢物語みたいなものは出てこないんだけどな。あいつの場合、感受性が強すぎるから“空間能力”を使った攻撃や防御の場合、あいつの空想が具現化されて見えるんだよ」
「空想の、具現化?」
 確かに、桜の花びらが“邪者”の攻撃を跳ね返したりしていた。
 あれは詩音特有のものなんだ。そう思うと、眞姫は詩音らしくて思わず納得してしまった。
 そして電車がホームに到着し、ふたりは車内に乗り込んだ。
 揺れる車内で、健人は言った。
「なぁ、姫。おまえ、会ったんだろう?」
「え?」
 健人の言葉に、眞姫はきょとんとする。
 健人は少し間を置いて、言葉を続けた。
「ゆり姉だよ。あの人と会ったんだってな」
「あ、由梨奈さん? うん、いろいろと助けてもらったの」
「俺たちも、高校入学前は世話になったな。あの鳴海の幼馴染みだけどな」
「由梨奈さんって、すごくいい人だなって思ったよ。お姉ちゃんがいたら、あんな感じなんだろうなぁって」
 土曜日、眞姫の家に着くまで、真っ赤なフェラーリの中で由梨奈は屈託なくよく喋ってくれた。
 自分の力が一向に目覚めないことに落ち込んでいた眞姫を気遣って、明るく振舞っていてくれたのだ。
 一見派手なお姉様であるが、さり気なく気配りのできる気品も彼女には兼ね備えられていると、眞姫は思ったのだった。
「ああいうテンションの女の人は正直、俺は苦手だな」
 溜め息をついた後、ぼそっと健人はそう呟く。
 眞姫は、意外そうに健人を見た。
「え?」
「何となく、ああいう高いテンション、どうしていいか分からない」
「じゃあ、どんな人が好みなの?」
 眞姫の言葉に、健人は少しその表情を変える。
 そして、ちらりと眞姫に視線を向けて言った。
「一緒にいて自分が自然と素直になれるような、そういう雰囲気を作ってくれて、そして守ってやりたくなるような……そんな人かな」
「ふーん、そうなんだ」
 他人事のようにうんうん頷いて、眞姫は健人を見る。
 健人はその蒼い瞳を眞姫から逸らし、聞こえないような声で呟いた。
「……本当に姫って、鈍いよな」
「え? 何?」
「いや、別に」
 ふうっと大きく溜め息をついて、健人はその蒼い瞳を眞姫に向ける。
 眞姫はそんな健人に不思議そうな顔を向け、首を傾げた。
 それから電車を降り、ふたりは学校の校門を潜った。
 靴箱で健人と別れ、眞姫は自分の教室に入る。
「あ、姫。おはよう」
「准くん、おはよう」
 前の席の准は、心配そうに言葉を続けた。
「もう大丈夫? 姫」
「うん、この通り平気よ」
「そっか、だったらよかったよ」
 眞姫の言葉を聞いて、准はその優しい顔に安堵の微笑みを浮かべた。
「あっ、眞姫っ! あんた大丈夫なの!?」
 その時教室に入って来た梨華は、眞姫の姿を見てそばに駆け寄る。
「土曜日はごめんね、梨華。この埋め合わせは、また今度するから」
「いいって、そんなこと。体調はもういいの?」
「うん、心配かけてごめんね」
 眞姫は、本当に心配してくれているみんなの気持ちが、すごく嬉しかった。
 でもそれと同時に、申し訳ない気持ちも感じていた。
 ふと俯く眞姫に、梨華は言った。
「そういえば、この間の実力テストの上位者が掲示板に貼り出されてるみたいよ?」
「え? そうなんだ。今日だったんだ」
 梨華の言葉に、准は席から立ち上がる。
 そして、続けた。
「じゃあ、見に行こうか」
 3人は教室を出て、結果が貼り出されている掲示板に向かった。
 掲示板の前には、生徒たちが集まっている。
「おっ、みんな揃って、結果見に来たのか?」
「拓巳、おはよう」
 掲示板の前で出会った拓巳に、眞姫は微笑む。
 拓巳は、人だかりのできている掲示板を見つめながら、溜め息をついた。
「実力テストの上位者の発表なんて、オレには無縁のことなんだけどな」
「たっくんは、下から数えた方が早いんちゃうか?」
 聞こえてきた声に、拓巳はムッとした様子で振り返る。
「うるせぇなっ。たっくんって言うな、祥太郎っ。数学はともかく、そこまで成績悪くねーし! それにおまえだって、人のこと言えないだろーがよっ」
 拓巳と祥太郎を交互に見て、准は言った。
「そういうの、どんぐりの背比べって言うんだよ、ふたりとも」
「そうよ、祥太郎。あんた人のこと全っ然言えないでしょ」
 冷たい視線を准と梨華に向けられ、祥太郎は苦笑する。
 そして祥太郎は、眞姫に視線を向けた。
「あ、そういえば数学のテスト、姫の言っとった178ページの照明問題見事にまんま出とったなぁっ。感謝感謝や」
「あ、そうそう! 私直前に見といて助かったよー! さすが眞姫っ」
「あれ教えてもらってなかったら、オレ鳴海に殺されるような点数だったぜ」
「え? あ、うん、出てよかったよ」
 ヤマカンが当たって感謝され、眞姫は喜んでいいのか分からない様子で祥太郎と梨華と拓巳の3人を見た。
 そんな様子を見て、准はくすっと笑う。
 そして、少し人の波が落ち着いてきた掲示板を指差した。
「混雑も落ち着いてきたみたいだよ? 結果見る?」
「あ、うん、見ようか」
 掲示板には、総合の上位者100名の名前と、それぞれ各教科の成績優秀者20名が貼り出されていた。
「あっ、すごーい! 眞姫、総合で3位だって! 芝草くんも5位じゃない、友人として鼻が高いわねーっ」
 自分のことのようにはしゃぐ梨華に、祥太郎は笑う。
「そーいう姉さんのお名前が見当たりませんけど?」
「うるさいわねっ、あんただってないじゃないのっ」
 じろっと祥太郎に、梨華は目を向けて言った。
 眞姫は、黙ってその上位者の表を眺めている。
 眞姫の成績は、頑張って勉強した数学はその甲斐あって学年トップ、英語と国語は5位であった。
 眞姫は、ふと英語の上位者を見て呟いた。
「英語、健人100点だ。すごい」
「健人は、英語得意だからね。ベラベラだし」
 眞姫の言葉に、准は言った。
 そして続ける。
「ほら、彼の右目、綺麗なブルーアイだろう? おばあちゃんがアメリカ人のクォーターで隔世遺伝なんだって。名前も、アメリカ人でも聞きなれた名前だろう? ケントって」
「へぇ、そうだったんだ」
 納得したように頷いて、眞姫は彼の美しいブルーアイを思い出した。
 あの神秘的な瞳。今でも、見つめられたらドキッとしてしまう。
 鳴海先生の切れ長の瞳も、健人とは雰囲気の違った、印象的なものであるが。
「みんな、頭いいんだな」
 感心したように、拓巳はそう呟く。
 映研部員の成績は、総合で眞姫が3位、准が5位、健人が17位、詩音が32位だった。
「もうちょっと勉強しなきゃね、拓巳」
 准にそう言われて、拓巳は溜め息をついた。
「実力通りの結果だから、いいんだけどよ」
 祥太郎は、悪戯っぽく笑いながら言った。
「あーもうちょっとで表に載るトコやったのになぁー、惜しいわぁ」
「ていうか、あんたのもうちょっとって、一体どのくらいよ」
「ツッこんだらあかんって、梨華っち。黙っとけば、101位も200位も300位も一緒やろ?」
 のん気にそう言う祥太郎に、梨華は呆れたように嘆息する。
 そして、改めて貼り出されている表を見た。
「それにしても、数学の平均点45点って信じられなくない? 本当に鬼よ、鳴海のヤツ」
「鳴海先生らしいけどね」
 准は、梨華のその言葉に苦笑する。
「あいつのいやらしさがまんまテストにも出てるってカンジやな」
「ったくよ、どこまでオレたちに嫌がらせすれば気が済むんだ、あいつ」
 祥太郎と拓巳も、溜め息をついてそう言った。
 眞姫は、鳴海先生がいないかハラハラしながら周囲に目を向けた。
 だがどうやら、幸い近くにその姿はないようだ。
 それから5人は、それぞれの教室に向かって歩き出した。
 その時。
「あ、鳴海先生。おはようございます」
 眞姫は、廊下の反対側を歩いてくる鳴海先生の姿を見つけて、ぺこりと頭を下げる。
 ほかの4人も、思い思いに礼をする。
「おはよう」
 相変わらず表情を変えずに、鳴海先生は5人に切れ長の瞳を向けた。
 そして、准を見て言った。
「今日、部活動の臨時にミーティングを行う。視聴覚室に定時に全員を集合させろ」
「今日、ですか?」
 准は、怪訝な表情で鳴海先生を見る。
「聞いた通りだ。何度も同じことを言わせる気か?」
「何でいつも急に言うんだよ、おまえは」
 気に食わない表情で、拓巳はそう呟いた。
 そんな拓巳には目も向けず、鳴海先生はちらりと眞姫にその瞳を向ける。
 そして、先生は再び廊下を歩き出した。
 眞姫はふと振り返り、そんな先生の後ろ姿を見送ったのだった。


      


 その日の夕方。
 セーラー服姿の少女・つばさは、じっとその人物が来るのを待っていた。
 あの人を待つことには、もう慣れっこになっている。
 忙しい人なのだ、彼は。
 それでも、いくら遅れても必ず待ち合わせには来てくれる杜木が、つばさは好きなのだ。
 待ち合わせ時間から30分が過ぎた、その時。
 全身黒のスマートな服を身に纏った彼が、現れた。
「待たせたな、つばさ」
 そんな自分に向けられた彼の微笑みが、待っていた時間を忘れさせるのだ。
「いいえ、杜木様にお会いできて、とても嬉しいです」
 それからふたりは、街を並んで歩く。
 つばさはふと表情を変え、言った。
「猛の監視の様子を、ご報告致しますわ」
 きっとつばさが報告せずとも、彼は猛の行動をもう知っているだろう。
 そう分かりつつも、つばさは今まで監視してきたことを彼に報告した。
「そうか。ご苦労だったな、つばさ」
「杜木様、それでどうなさるおつもりなのですか?」
 つばさの言葉に、杜木はふっと笑う。
「どうするかって? そうだな、どうしようかな」
「杜木様のことですから、もうどうするか、お決めになっているのでしょう?」
「さぁ、どうだろうね」
 くすっと楽しそうに笑う杜木を見て、つばさはそれ以上彼に何も聞かなかった。
 杜木は、ゆっくりと言葉を続ける。
「猛には、もう一度だけ選ぶ権利を与える。デッド・オア・アライブというやつかな、つばさ」
「デッド・オア、アライブ?」
 杜木の意図することが分からず、つばさは首を傾げた。
 そして杜木は、澄んだ黒い瞳をそんな彼女に向ける。
 その瞳をふっと細めてから、彼は言葉を続けた。
「智也に話があると、伝えておいてくれ」
「分かりましたわ、杜木様」
 つばさはにっこり笑って、彼の端正な容姿を見つめたのだった。




 その頃。
 ホームルームも終わり、拓巳は視聴覚教室に向かって歩いていた。
 今日は部活の日ではないのであるが、鳴海先生から召集がかかったからだ。
 拓巳が3階の踊り場にさしかかった、その時。
「はぁい、そこの彼っ。視聴覚教室ってどこかしら?」
 突然背後から聞こえた声に、拓巳はぎょっとした表情をして振り返る。
 そして、言った。
「げっ、出たっ!」
「ちょっとぉっ、何よ、人をお化けみたいに言ってっ」
 ムッとした表情でその場に立っていたのは。
「ゆ、ゆり姉っ! なーんでこんなトコにいるんだよっ!」
「理事長先生にご挨拶に来たのよ? 昔からの知り合いだからねーっ」
「じゃあ、さっさと理事長室に行けよなっ」
 ふうっとわざとらしく溜め息をついてから、その人物・由梨奈は言った。
「あーら拓巳ちゃん、しばらく会わないうちに、随分な口の利き方じゃなーい? そんなにいじめられたい?」
「げっ、分かったよっ、視聴覚室に連れていけばいいんだろっ」
 拓巳の言葉に、由梨奈は満足気に笑う。
「さぁ行きましょ、ちゃーんとエスコートしてよねぇ、拓巳ちゃん」
「はいはい。ていうか、ゆり姉、そんな格好で校内フラフラしてたのかよ? 教育に悪すぎるぞ、相変わらずのその露出ファッション」
「あら、私の魅力にクラクラ?」
「勝手に言ってろよな、ほら行くぞ、ゆり姉」
 はあっと溜め息をついて、拓巳は歩き出した。
 楽しそうにくすっと笑って、由梨奈もそれに続く。
 それからふたりは、視聴覚教室のドアを開ける。
 すでに視聴覚教室には、眞姫たち残りのメンバーが揃っていた。
「ほらね言った通り、可憐な百合の奥方のお越しだよ」
 詩音は、由梨奈の姿を見て微笑んだ。
「あらぁ、詩音ちゃん。この間はダーリンの誕生日に素敵なピアノ弾いてくれて、ありがとね」
「親愛なるミセスリリーのためなら、いつでも旋律を奏でるよ」
「ミセスリリー?」
 眞姫は、きょとんとした表情をする。
 そんな眞姫に、准は言った。
「たぶん、ゆり姉だから、百合の花と文字って言ってるんじゃないかな」
「ちゅーか、百合っていうよりも毒々しい薔薇ってカンジやけどな」
「祥太郎、私が美しい薔薇の花ですって? 本当のことをありがとっ」
 にっこり微笑む由梨奈に、祥太郎は笑う。
「幸せな性格しとるよなぁ。都合の悪いところは脳内変換かい」
「本当に、いつ会っても変わってないよな」
 健人はそう言って、溜め息をつく。
 眞姫はそんな由梨奈を見て、言った。
「由梨奈さん、この間はどうもありがとうございました」
「いいのよ、気にしなくて。こんな可愛い子とドライブできて、お姉さん感激よっ?」
 そう言って、由梨奈は眞姫にぎゅっと抱きつく。
 由梨奈の趣味のいい香水の匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
 その透き通るような白い肌の感触に何故か照れながら、眞姫は俯く。
 その時、詩音がふと顔を上げた。
「おや? おかしいな」
「? どうしたの、詩音」
 准は、詩音の言葉に首を傾げる。
 詩音はふと時計に目をやって、言った。
「定時まであと5分あるのに、鳴海先生、あと10秒後にここに来るみたいだよ」
「げっ、なるちゃんが!?」
 詩音の言葉に、由梨奈は表情を変える。
 その瞬間、ガチャッと勢いよくドアが開いた。
 時間よりも早く現れた鳴海先生は、じろっとその瞳を由梨奈に向ける。
「まったく、おまえというヤツは。理事長に挨拶したら大人しく帰ると言ったのは、どこの誰だ? 目を離すと、すぐこうだ」
「ま、まぁまぁっ、なるちゃんっ。つまんないなぁ、結構早く見つかっちゃった」
「まったく、おまえの行動など、お見通しだ」
 はあっと溜め息をついて、鳴海先生は視聴覚室に足を踏み入れる。
 そして全員に視線を向けて、言い放った。
「何をぼーっとしている。定刻より早いが、ミーティングを始める」
 鳴海先生の言葉に、部員たちは準備室に移動する。
 そして、一緒にさり気なく準備室に入ろうとした由梨奈に、鳴海先生は言った。
「おまえは帰れ。おまえのような気まぐれな女が妻だと、沢村社長もさぞ苦労されてることだろうな」
「ダーリンは私のそんなところが好きなのよ? それにさぁ、なるちゃん。どうせ例の話なんでしょ? 私にも関係あることなんだから、参加する権利はあるはずよ」
 由梨奈はそう言って、美人なその顔に微笑みを浮かべる。
 鳴海先生は、仕方ないと言ったように嘆息した。
「今回だけだぞ」
「わぁい、お邪魔しまぁす」
「…………」
 はあっと溜め息をついてから、鳴海先生は準備室のドアを閉める。
 改めて全員の顔を見回して、鳴海先生は言った。
「今度のゴールデンウィーク・5月2日から4日までの3日間、プチ強化合宿を行う」
「プチ強化合宿?」
 急にそう言われて、映研部員全員がきょとんとする。
 そんな様子にも気に止めず、鳴海先生は眞姫以外の5人に1枚ずつプリントを配った。
 その内容を見た5人の顔が、一瞬にして強張る。
「げっ、何だよ!? この地獄のようなスケジュールはよっ」
 拓巳は、そこに書かれた綿密な合宿スケジュールに思わず呟いた。
 鳴海先生は、眞姫に視線を移す。
「清家は別メニューだ。君のスケジュールは由梨奈に任せている」
「そーいうことよん。よろしくね、眞姫ちゃん」
 由梨奈は眞姫に、にっこりと微笑んだ。
 眞姫はわけが分からず、目をぱちくりさせている。
「どこがプチやねん、こんな地獄のような内容で。しかも、姫とは別なんてなぁ」
 はあっと溜め息をつく祥太郎に、鳴海先生は言った。
「おまえらの性根を一から叩きなおしてやる。楽しみにしているんだな」
「ていうか、こっちの都合なんて無視かよ、勝手に決めやがってっ」
 キッと目を向ける拓巳に、鳴海先生は鋭い視線を返す。
「参加しない者は、それでも結構。おじけづいたか? 拓巳」
「何だとっ!? 誰が、おじけづいただって!?」
「まぁまぁ、拓巳。落ち着いて」
 拓巳の隣の席の准が、彼を宥める。
 気に食わない表情のままで、拓巳は溜め息をついてから口を噤んだ。
 それから鳴海先生は、その瞳を今度は眞姫に向けた。
 急にその切れ長の目で見つめられ、眞姫はしどろもどろしながらも口を開く。
「あの、プチ強化合宿って、一体?」
「君が私に言っただろう? 力の使い方を教えて欲しい、と」
「!!」
 鳴海先生の言葉を聞いて、5人の少年の視線が眞姫に集中する。
 眞姫は、驚いたような表情で鳴海先生を見た。


『鳴海先生、お願いがあるんですけど……私に、力の使い方を教えてください』


 確かに数日前数学教室で、眞姫は鳴海先生にこう言った。
 何もできず、守られてばかりの自分がいやだったから。
 力が眠っているのなら、それを少しでも役に立てたい。
 でも、それは個人的にというつもりで、映研のプチ強化合宿になるなんて予想もしていなかったのだ。
「私、確かに先生にそう言いましたけど、それがどうして映研の合宿に?」
 眞姫の言葉に、鳴海先生はふっと笑って言った。
「清家、それは簡単なことだ。君の能力は君が思っている以上に大きい。しかも、本当に必要な時に自ずと蘇るものだ。だが、もっと力をつけないと何も役に立たない者が、困ったことに非常に多いのでな」
「本当に、人のイヤな事言う才能に長けてるよな」
 キッと視線を向け、拓巳はそう呟く。
 鳴海先生は、そんな拓巳の言葉を気にもかけず、続けた。
「詳細は、渡したプリントに書いてある。先程も言ったが、参加は各個人の自由だ。参加者は明日までに、私に申し出るように。今日の臨時ミーティングは、以上だ」
「オレは参加だからなっ、今までのように好き放題できると思うなよっ!」
「ちょっと、拓巳っ」
 ガタッと立ち上がり、拓巳はそれだけ言って視聴覚準備室を出て行く。
 准は仕方ないと言った表情で、そのあとを追おうと立ち上がった。
 そして準備室を出て行く間際に、言った。
「先生、僕も合宿に参加します。失礼します」
 拓巳と准の様子に、由梨奈はくすっと笑う。
「相変わらず拓巳ちゃんの保護者なんだ、准ちゃん」
 祥太郎は、眞姫の方を見て言った。
「姫は、どうするんや?」
「え? 私はもちろん、参加するよ」
「じゃあ、俺も参加やな。一緒じゃなくても、近くに姫がいるんやからな」
 そう言って、祥太郎はにっこり眞姫に微笑む。
 詩音も、その軽くウェーブのかかった髪をかきあげて言った。
「お姫様の近くには、王子がいつもいるものだからね。僕も参加するよ」
「俺も、もちろん参加だ」
 ふうっと溜め息をついて、健人はそれだけ言って立ち上がる。
 そして、ちらりとそのブルーアイを一瞬眞姫に向けた。
 その瞳の色に、眞姫はドキッとする。
 健人が部屋を出たあと、詩音と祥太郎も準備室を出て行った。
 5人の少年たちが準備室を退室したあと、由梨奈は鳴海先生を見る。
「相変わらずあの子たちをいじめて楽しんでるワケね、なるちゃん」
「いじめているとは心外だな、由梨奈」
 それから鳴海先生は、眞姫に言った。
「君の能力は無理して引き出すものではないと、私は今でも考えている。今回の合宿では、自分の身を守る最低限の“気”の使い方を君には教えるつもりだ。それで構わないな?」
「はい。無理言って、すみません」
「向上心があるのは、大いに結構だ。気にすることはない」
 それだけ言って、鳴海先生も準備室をあとにする。
 由梨奈は、眞姫に微笑んだ。
「眞姫ちゃんの気持ちも、すごく分かるよ。でもさ、あの子たちは、お姫様を守ること苦なんて思っていないし。足手まといなんて全く思っていないよ。むしろ、自分がお姫様を助けるんだ、って。可愛いくらい一途でしょ」
「由梨奈さん、私、余計なこと言っちゃったかな。映研のみんなを巻き込んじゃったかなって」
 俯く眞姫の頭をよしよしと撫でて、由梨奈は言った。
「いやだなぁ、眞姫ちゃん。そんなこと、あの子たちが思ってるわけないって。みんな眞姫ちゃんラブなんだからぁっ」
「ら、ラブ?」
「そうそう。さ、ほらほら、そんな顔してないで。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
 ポンポンッと眞姫の肩を叩いて、由梨奈は立ち上がる。
 そして、言った。
「向こうでみんな、眞姫ちゃんのこと待ってるよ? 行こうか」
「うん。由梨奈さん、ありがとう」
 にっこり笑って、眞姫も立ち上がる。
 そんな眞姫の表情を見て、由梨奈は笑った。
「本当に可愛いなぁ、眞姫ちゃんって。お姉さんがお持ち帰りしちゃおうかなぁっ」
「え?」
「いやいや、そこで止まっちゃダメよぉ、冗談だってばぁ」
 由梨奈はキャハッと笑ってから、視聴覚準備室へのドアを開ける。
 眞姫はそんな由梨奈にもう一度微笑み、映研の仲間の待つ視聴覚室へと足を向けたのだった。