4月24日・土曜日。
聖煌学園の生徒に訪れる休日。
それは土曜の出勤当番ではない聖煌学園の教師にとっても、平等に与えられるものであった。
都心の高級マンション。
自宅で鳴海先生は、ブラックのコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
シックでシンプルな広い室内は必要最低限のものしか置かれておらず、無駄がない。
そして時計の針が、午前8時をさしたその時。
鳴海先生は、ふと顔を上げた。
静かなこの空間を破るかのように、携帯電話が鳴り始めたのである。
さらに着信者表示を見て、鳴海先生は深く溜め息をつくも。
仕方ないといった様子で、通話ボタンをピッと押した。
『きゃー、なるちゃん、おっひさぁ!』
「……何か用か?」
聞こえてきた声に、冷たく鳴海先生は言った。
電話の向こうの声は、女性のもの。
その声の主は、鳴海先生の反応に不満気に言葉を続ける。
『何か用って、久しぶりの幼馴染みにそーんな冷たくしていいワケ? ま、それはともかく。さて、今どこにいるでしょうかっ』
「知らん」
ふうっと溜め息をついてから、鳴海先生はブラックのコーヒーをひとくち飲む。
『もーうっ! そんな冷たいコト言うなら、なるちゃんちに今から押しかけるわよっ』
「それは困るな。それで、どこにいるんだ?」
『困るってねぇ、何かそれもそれでムカツクんだけど。どこって、今成田に着いたところよ』
「先に言っておくが、迎えには行かないからな。俺にだって用事はある」
『何よ、まだ何も言ってないじゃない』
今度は、電話の向こうの女性が溜め息をついた。
鳴海先生はそんな彼女の様子に、ふっと瞳を細める。
「相変わらずだな、おまえは」
『そう? なるちゃんも相変わらずそうじゃないっ。今回はね、今度のダーリンのお仕事が偶然日本であるから、くっついて帰って来ちゃった』
そして電話の女性は、声のトーンを変えて言った。
『そう言えばさ、お姫様がなるちゃんの学校に入学したんだってね。それに、あの子たちも揃って。さらに、“邪者”ももう動いてるんですって?』
「ああ。そのことで、おまえとは近いうちに話をしておきたいと思っている。頼みたいこともあるからな。気は進まないが、近いうちに食事でもどうだ?」
『気は進まないってねぇっ、それが人にものを頼む言葉? 言っておきますけどね、私ってモテモテなのよ? どーうしよっかなぁ』
「貴女さえよろしければ、この私と一緒に食事をしていただけませんか? とでも、言えばいいのか?」
『なるちゃんが言ったら逆にコワイし、それ』
電話の向こうの声の女性は、楽しそうに笑った。
そしてもう一度コーヒーを口に運んで、鳴海先生は言った。
「今成田だろう? 時間が取れる時にでも、また連絡をくれ」
『おっけー。じゃあ、またラブコールするねー、なるちゃん』
そこまでの会話で、電話が切れる。
鳴海先生も通話終了ボタンを押して、ひとつ嘆息した。
それから、先程読んでいた新聞を再び広げる。
だが、新聞の文字は鳴海先生の目には映ってなかった。
「…………」
ちらりと壁にかけてあるカレンダーに目を向けて、鳴海先生は何かを考えるような仕草をしたのだった。
★
午前10時45分。
眞姫は、梨華との待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
待ち合わせ場所まで、あと10分もあれば着くだろう。
ちょうどいい時間だと、眞姫は腕時計を見ながら思っていた。
休日とはいえ午前中ということもあり、まだそんなに人通りも多くは無い。
大通りから、待ち合わせ場所までの近道である小道に眞姫は入った。
栗色の髪を、春のそよ風がふわりと揺らす。
少し風で乱れた髪を手ぐしで整え、眞姫はふと顔をあげた。
その時だった。
「ねぇねぇ、今からどこ行くの? 僕たちと遊ばない?」
「君、可愛いねぇ。お茶でも一緒にしない?」
同じ年くらいの2人組の男が、眞姫に声をかけてきた。
この手のナンパには、眞姫はイヤというほど慣れていた。
だが、断ることが器用にできない眞姫にとって、非常に困ることでもあった。
「いや、あの、今からちょっと用事あるから」
「用事? そんなのいいじゃん、僕たちと遊んだ方が楽しいって」
「ごめんなさい、急いでるから」
そう言って、強引に男たちから離れようと眞姫は歩き出す。
しかし、男たちは眞姫の行く手を遮るような位置に立ち、しつこく言い寄ってきた。
「いいじゃん、ね。お願い、一緒に遊ぼうよ」
ひとりの男が、そう言って眞姫の腕を掴む。
「! 離してっ、本当に急いでるからっ」
眞姫がその男の腕を振り払おうとした、その時だった。
「ちょっとぉ、彼女が嫌がってるでしょ? そのキタナイ手、離してやりなさいよ」
いつの間に現れたのか、ひとりの女性がそこに立っていた。
露出度の高いセクシーな服装と、軽くウェーブのかかった長い髪の美人な女性。
年齢は眞姫よりも年上で、“お姉様”という言葉がぴったりな感じだ。
「き、キタナイ手だと!?」
「じゃ、かわりにオバサンが遊んでくれるのかよ?」
ふたりの男は、その女性に視線を向ける。
その言葉に、女性ははあっとわざとらしく大きく嘆息して。
「だーれがオバサンですって? それに私の相手するなら、もっとイイ男じゃないと。悪いけど、お断りよ」
「! えっ!?」
眞姫は次の瞬間、その大きな瞳を見張った。
ふっと、その女性が動いたかと思うと。
「!?」
「なっ……ぐっ!」
目で追えないような速さでその細い綺麗な足から蹴りを繰り出し、ふたりの男に叩き込んだのだった。
それをまともに受けた男たちは、すでに呆気なく失神している。
あっという間の出来事に、眞姫は驚いたような顔をした。
そんな眞姫に、その女性はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だった? お姫様、可愛いからねぇ。こういうナンパ男たちには注意しないとね」
「あ、ありがとうございます」
眞姫は、まだ信じられない様子で女性のその美人な顔を見つめることしかできなかった。
そしてその女性は、ふと眞姫に言った。
「ところでさ、私ってオバサンに見える? ねぇねぇ、いくつだと思う? 私」
「え? 20代前半くらいですか?」
急に聞かれてびっくりしながらも、眞姫は恐る恐るそう答える。
その言葉に、女性は嬉しそうに言った。
「やだぁ、お世辞でも嬉しいわ、ありがとう! じゃあ、またねぇ」
それだけ言うなり、その女性は歩いて行ってしまった。
眞姫はきょとんとして、そして腕時計を見る。
「あっ! もうすぐ11時になっちゃう、急がなきゃ!」
眞姫はそう言って、早足で歩き始めた。
そしてふと振り返って、呟いた。
「あのお姉さんの本当の年、いくつだったんだろう?」
「杜木様、お待ちしておりましたわ」
喫茶店に遅れてきた男・杜木に、その少女はにっこりと笑った。
黒い髪をかきあげ、杜木はその整った容姿に微笑みを浮かべる。
そして席に座り、コーヒーを注文したあと、その少女に目を向ける。
「待たせて悪かったな、つばさ」
つばさと呼ばれた少女は、嬉しそうに杜木に言った。
「いいえ、杜木様とこうやってお会いできるだけで、つばさは嬉しいですから」
肩までの長さの黒髪を揺らし、つばさは杜木が来る前から飲んでいた紅茶を口に含む。
そして店員が杜木のコーヒーを運んで来て、彼がそれをひとくち飲んだのを見てから、言葉を続けた。
「それで今日は、どのようなお仕事ですか?」
「相変わらず、おまえは仕事熱心だな」
ふっと笑って、杜木はつばさを見る。
つばさはそんな彼に、再び微笑んだ。
「杜木様のお役に立てることが、このつばさの喜びでもありますもの」
「そうか、ありがとう。それで今回のおまえの仕事だが、猛を見張っていろ」
「猛を? 何故ですか、杜木様」
杜木の言葉に、つばさは驚いたようにその髪の毛と同じ色の瞳を見開く。
再びコーヒーを口に運び、それから杜木は言った。
「あいつのパワーは、確かに他の者よりも大きいものがある。だがあいつは、1人で勝手に暴走する傾向がある。人数を無意味に減らすのは好ましくはないが、勝手に行動されてもこちらとしてはまだ都合が悪い」
「言っても聞きそうにないタイプですわよね、あの人」
ふうっと溜め息をついて、つばさはそう呟く。
杜木はふっと表情を変え、言葉を続けた。
「もしあいつが能力者と対峙したとしても、おまえは手は出さなくていい。猛の行動を監視し、私にそれを報告してくれ」
「手を出すなということは……たとえ彼が滅されようとも、ということですね?」
「そうだな、そう思ってもらっても構わない。まぁ、あいつの持つ“気”の大きさを考えれば、相性の悪い“空間能力者”以外と戦うのであれば、負けはしないと思うがな」
杜木のその言葉に、つばさは思い出したように言った。
「猛といえば、昨日“空間能力者”と戦ったと聞きましたが」
「情報が早いな。智也にでも聞いたか。同じ“空間”を操れるおまえとしては、やはり気になるものなのか?」
「いいえ、私は同じ“空間”を操る能力があるとはいえ、戦いは得意ではありませんので」
そこまで言って、つばさはふと何かを感じ取り、顔を上げる。
そして残っていた紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「早速この付近で、猛の空間の波長を感じました。では杜木様、早速行って参ります」
「ああ、頼んだよ。ここは私が払っておくから。おまえは行きなさい」
伝票を持っていこうとしたつばさを制止し、杜木は優しく彼女に微笑む。
ぺこりと深くお辞儀をして、つばさはその喫茶店を出て行った。
彼女が去って、杜木はゆっくりとコーヒーを飲む。
そして、言った。
「今、“邪者”の秩序を乱されては、困るからな」
「たくさん買い物したね、梨華」
「うん、春限定のコスメもゲットできたし、欲しかった服も買えたし! これから、カラオケにでも行く?」
「うん、行く行く」
たくさん買い物をし終わって、眞姫と梨華はすっかり賑やかになった街を歩いていた。
休日の昼すぎでいつも以上に活気のある繁華街を、眞姫は楽しそうに見回す。
ふと、その時。
誰かに見られているような気がして、眞姫は振り返った。
「!!」
次の瞬間、眞姫の表情が強張る。
「? 眞姫、どうしたの?」
様子のおかしい眞姫に気がつき、梨華は声をかけた。
眞姫が自分に気がついたことが分かった相手は、ニッと不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
逃げなきゃ、とにかく梨華を巻き込むわけにはいかない。
そう、眞姫は咄嗟に判断した。
「ご、ごめん、梨華! ちょっとごめん!」
「えっ? ま、眞姫!?」
ダッと、眞姫はその場から走り出した。
それを見て、その男・“邪者”の猛は、眞姫を追ってくる。
人の波を掻き分けながら、眞姫はその栗色の髪を揺らす。
体格のいい猛は人の波を強引に押しのけ、眞姫に迫ってくる。
だが、人通りの多い繁華街での移動は、小柄な眞姫の方が有利であった。
「ちっ、ちょろちょろとっ! 面倒だっ!」
イライラした様子の猛は、おもむろにその右手を掲げた。
その時、眞姫はその大きな瞳を見開く。
追ってくる猛から、“邪者”の“気”を感じたのだ。
そしてその瞬間、彼の右手から大きな光が放たれたのだった。
「!! えっ!!」
ドーンと大きな衝撃音があたりに響き、目の前のショーウィンドウが音を立てて破壊された。
周囲の人たちは、何事かと騒ぎ始める。
自分がここにいれば、被害が大きくなる。
眞姫はそう思い、大通りから横道に逸れた。
“結界”を張る力があれば、“気”の力が実害を及ぼすことはなかったのに。
今の自分には、ただ逃げることしかできない。
眞姫が人の少ない横道に入ったのを見て、猛はニヤリと笑った。
そして再び右手に“気”を漲らせ、それを放つ。
「! きゃっ!!」
猛の“気”が前方の木に直撃し、眞姫は思わず足を止めた。
「ちょろちょろと逃げ回りやがって! 手こずらせるな、“浄化の巫女姫”」
「あ、あなたは、昨日のっ」
眞姫は目前まで迫ってきた猛を振り返り、数歩後ずさりをする。
「昨日はあの忌々しい“空間能力者”がいたが、今日はひとりのようだな? 力も使えない“浄化の巫女姫”の拉致など、造作もないことだ!」
そう言って猛は、眞姫に手を伸ばした。
「! いやっ!」
ガシッとすごい力で腕を掴まれ、眞姫は悲鳴を上げる。
その時。
「何っ!?」
猛は、ハッと顔を上げた。
その瞬間、目の前の風景がその表情を変えたのだ。
そしてその空間の変化に、猛はニヤリと笑みを浮かべる。
「来たか、能力者」
次の瞬間、眩い光が弾け、眞姫を掴んでいた猛の手が弾かれた。
「! きゃっ!!」
急に猛の手から解放されて、眞姫は身体のバランスを失う。
それを、間一髪で支えたのは。
「おっとととっ。お姫様、大丈夫か?」
「あっ、祥ちゃん!」
現れた少年・瀬崎祥太郎は眞姫を立たせてにっこりと微笑んでから、猛の方に視線を向けた。
「あんたなぁ、“結界”も張らんで、よう派手にドンパチやってくれたなぁ」
眞姫は、周囲に張り巡らされた祥太郎の“結界”に、ホッと胸を撫で下ろす。
これ以上、自分が狙われているせいで……周囲に被害が及ぶのは耐えられなかったから。
「ふん、ノコノコと出てきたのを後悔するぞ、能力者!!」
「!!」
グワッと、猛の右手から大きな“気”が放たれる。
祥太郎は咄嗟に“気”の防御壁を張って、それを防いだ。
祥太郎の防御壁と、猛の“気”がぶつかり合い、空気がビリビリと振動する。
「やってくれるやないか、今度は俺の番やっ!」
今度は祥太郎の右手が、急速にその光を増す。
そして放たれた美しい祥太郎の“気”は、途中で幾重にも枝分かれし、八方から猛に襲いかかる。
猛はそれを見て、ニッと不敵に笑った。
「この程度の“気”、防御壁を張るまでもないわっ!!」
「! っ、何やて!?」
祥太郎の“気”が猛をとらえようとした、その瞬間。
「はああぁぁっ!!」
猛は祥太郎の放った“気”を、自分の身体から立ちのぼる邪気で跳ね飛ばしたのだ。
「何や、ドラゴンボールZあたりに出てきそうな、敵キャラみたいなコトするなぁ」
ふっと笑ってから、祥太郎は再び身構える。
猛は右手に“気”を再び宿しながら、誇らしげに言った。
「通常の“気”の力を使った戦いなら、俺は誰にも負けない力を持っているんだ!」
「えらい自信満々やな。でも俺かて、姫の前でええ格好したいんやから、負けへんで?」
くすっと笑ってから、祥太郎はハッと顔を上げた。
それと同時に、ドンッと猛の手から蓄積された“気”が解き放たれる。
「くっ、何てバカでかい“気”や。でもな、ただ大きければいいってもんやないでっ!!」
カッと、祥太郎も“気”を放って真っ向から応戦した。
両者の中間でお互いの“気”がぶつかり合い、その威力を失わずにくすぶっている。
それを見て、猛は左手を掲げた。
「ふん、力比べなら俺は負けん!!」
「!! げっ、うっそぉっ! く!!」
猛の左手からも強大な“気”が放たれ、中間でくすぶっていた光の威力が、すべて祥太郎に跳ね返ってくる。
「しょ、祥ちゃんっ!!」
次の瞬間、今までで一番大きな衝撃音が眞姫の耳を劈いた。
衝撃の余波で祥太郎が無事なのか、それすら確認できない。
猛は、そんな様子に満足気にニッと笑った。
だが、その時。
「!! なっ!?」
猛は表情を変え、バッと振り返る。
「気がつくのが遅かったなっ! 言ったやろ、デカい“気”放てばいいもんやないってなっ!」
そう言って、いつの間にか猛の背後に回っていた祥太郎は、“気”の漲った右手を振り下ろした。
猛は咄嗟に胸の前で腕を十字に組み、防御の姿勢をとる。
「ぐっ!!」
カッと祥太郎の右手から放たれた“気”を、猛はギリッと歯を食いしばって全身で受け止めた。
その衝撃の大きさに、たまらず猛はズザザッと後退する。
そして。
「うおぉぉぉっ!!」
「!! なっ、あんなに至近距離から放った“気”まで跳ね返す気か!?」
グワッと猛の身体から立ちのぼる邪気を感じ、祥太郎は驚いた表情を浮かべる。
それと同時に、祥太郎の放った“気”を、力で猛は消滅させたのだった。
「非常識なバカでかい邪気使いよって。これは頭使わな、真っ向勝負は得策やないなぁ」
そう言って祥太郎が再び身構えた、その時。
「!?」
“結界”に別の気配が侵入したのを感じ取り、祥太郎は視線を背後に向ける。
「“結界”張らずに“気”なんて放っちゃって、私のフェラーリがあやうく倒された木に潰されるところだったじゃないっ」
「誰だ、おまえはっ!?」
突然聞こえてきた声に、猛は顔を上げた。
祥太郎は、その人物の姿を見て、驚いたような表情を浮かべる。
眞姫もその人物の顔を確認し、声を上げた。
「!! あっ、貴女は朝の!」
「また会ったわねーっ、お姫様」
にっこりと微笑むその人物は紛れもなく、朝ナンパ男たちから眞姫を助けてくれた、その美人な女性だったのだ。
祥太郎は、その女性に向かって言った。
「なっ、なっ、何でアンタがここにおるんや!?」
「え? 知り合い、なの?」
眞姫は、祥太郎の言葉にきょとんとする。
「あら、祥太郎じゃなーい、お久しぶりぃっ」
祥太郎にウィンクしてから、その女性は猛に向き直る。
「というワケで、私も能力者だったりしちゃうんだけど、どうする? しかも貴女の苦手な“空間能力者”だとしたら……それでも戦う気?」
「何っ、“空間能力者”だと!?」
女性の言葉にクッと唇を結び、猛はその右手に邪気を漲らせる。
そして、祥太郎の張った“結界”を砕いたのだった。
倒れた木と賑やかな街並みが、眞姫の目の前に戻ってくる。
そしてちっと舌打ちをして、猛は跳躍してその場を去って行ったのだった。
「姫、大丈夫か?」
祥太郎は、力が抜けてその場に座り込んだ眞姫に手を差し出す。
あまりにも大きな邪気を目の前にし、眞姫は体調を崩してしまったのだ。
そんな眞姫を支えてから、祥太郎はその女性に目を向ける。
「ゆり姉、ようあんなハッタリが通用したなぁ。“空間能力”なんて、姉さん使えんやろ?」
「あははっ、まーねっ。でもちゃんと“邪者”は追い払えたでしょ? 結果オーライーっ」
「ていうか、ふたりは知り合い?」
不思議そうに首を傾げる眞姫に、祥太郎からゆり姉と呼ばれた女性は、にっこり微笑んだ。
「祥太郎と私は、深ーい仲よねーっ」
「どんな仲やねーんっ! って、このセクシーな姉ちゃんも能力者なんや、姫」
「能力者!?」
驚いたように、眞姫はその女性の顔を見る。
「あっ、自己紹介遅れちゃったねっ。私、沢村由梨奈(さわむら ゆりな)って言うの、よろしくねーっ、清家眞姫ちゃん」
「え? どうして、私の名前を?」
「この姉ちゃん、鳴海センセの幼馴染みや。しかも見えんけど、アメリカで幅利かせてる事業家・サワムラカンパニーの社長の奥方だったりするんよなぁ」
「な、鳴海先生の!?」
祥太郎の言葉に驚く眞姫に、由梨奈は言った。
「眞姫ちゃん、邪気にあてられちゃったみたいね。私の車ちょうどそこに止めてあるから、送っていこうか?」
「ゆり姉の車って、あのド派手な赤のフェラーリか? ていうかゆり姉、いつ日本に戻ってきたんや?」
「今日成田に着いたのよ。今度のダーリンのお仕事が日本であるからねっ。私に会えて嬉しいでしょ、祥太郎ちゃんっ」
「んーまぁ、そのスタイル抜群な悩殺ファッションが拝めるのは嬉しいけどなぁ」
悪戯っぽく笑って、祥太郎は眞姫を由梨奈に預けた。
「祥ちゃん……」
「体調悪いんや、送ってもらい、姫。ド派手なフェラーリやけどな」
「ド派手ド派手ってねぇ、もう乗せてあげないわよ、祥太郎」
ベぇっと舌を出して、由梨奈は眞姫の身体を支える。
祥太郎は笑いながら、眞姫たちに手を振った。
その時。
「あっ、そうだ。待って祥ちゃん、お願いがあるんだけど」
ふと振り返って、眞姫は祥太郎を見た。
「? どうしたんや、姫? デートの約束やったら、即オッケイやで?」
「いや、そうじゃなくて。あのね……」
眞姫は、祥太郎にあることを頼んだ。
祥太郎はふっと笑って、眞姫の頼みに頷く。
そして眞姫を乗せた真っ赤なフェラーリを見送ったあと、祥太郎は大通りに出た。
「さてさて、えーっと……お、発見発見っ」
まだ猛が破壊したショーウィンドウには、たくさんの人だかりができている。
そんな様子を気にも留めず、祥太郎はきょろきょろとあたりを見回しているその人物の肩をポンッと叩いた。
「おっと奇遇やなぁ、梨華っち。こんなトコで何やっとるん?」
「あっ! 誰かと思えば祥太郎じゃないっ。ねぇ、眞姫見なかった?」
「姫? 姫がどうかしたんか?」
「いや、急にどっかに行っちゃって。はぐれちゃったのよね」
梨華はそう言って、周囲を見回す。
祥太郎も、わざとらしくあたりをきょろきょろしてみる。
その時、梨華の携帯が鳴った。
着信者表示を見て、梨華はあっと声を上げる。
「あっ、眞姫からだ! もしもし、今どこ? えっ、大丈夫!? うん、分かった、全然気にしてないよ、ゆっくり休みなさいね。うん、じゃあまたね」
「姫からか? 姫、何て?」
「何かね、途中貧血で倒れちゃったらしいのよ。あの子大丈夫かなぁ」
心配そうにそう言った梨華に、祥太郎は笑った。
「そっか。じゃ、俺とデートでもするか? 梨華っち」
「は!? デッ、デートってねっ!? だ、誰があんたなんかとっ」
祥太郎の言葉に、梨華は珍しく顔を真っ赤にする。
そんな梨華に、祥太郎は悪戯っぽく笑って言った。
「あー残念やなぁ。梨華っちに振られたハンサムくん、じゃあひとり寂しく、とぼとぼと帰るわ」
「ちょっ、待ちなさいよっ! 仕方ないわね、暇だからあんたに付き合ってあげるわよ」
慌ててそう言って、梨華は祥太郎の隣に並んで歩き出す。
「んじゃあ、恋人同士みたいに腕でも組んで歩くか?」
「調子乗ってんじゃないわよ、誰にでも言ってるんでしょ、そーいう軽口」
照れながらも、梨華はその目をじろっと祥太郎に向けた。
くすっと笑って、祥太郎は言った。
「軽口なんてヒドイなぁ、そない俺って節操なく……」
「見えるから言ってるのよ」
祥太郎の言葉が終わるその前に、梨華は素早くツッこんだ。
梨華の言葉に、祥太郎はふっと微笑む。
と、その時。
「…………」
祥太郎は、ふと背後に視線を移す。
視線を宙に向ける祥太郎に、梨華は首を傾げた。
「どうしたの、祥太郎? どうせまた、可愛い女の子にでも見惚れてるんでしょ」
「ん? 確かに、女の子には敏感みたいやな、俺」
梨華に聞こえないくらいの声でそう言って、祥太郎は背後に手を振る。
「……気づかれていたみたいね」
そんな祥太郎の様子を見て、猛を監視していたその少女・つばさは、漆黒の瞳を細めてから。
祥太郎たちと反対方向に歩きながら、呟いた。
「杜木様にご報告しなくてはいけませんわ、いろいろとね」