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 ゴールデンウィークも終わりを告げ、街もすっかりいつもの様相に戻っている。
 少年は、ちらりと時計を見た。
 学校や会社の終わった人たちが、少年の前を慌しく通り過ぎる。
「お待たせ、智也」
 悪びれもなく笑うセーラー服の少女・つばさに、その少年・高山智也は言った。
「30分の遅刻。何奢ってもらおうかな、つばさちゃん」
「あら、奢ってくれるの? 私、あそこの角の喫茶店のレアチーズケーキが食べたいわ」
「俺がかよっ。でもまぁ、今日は俺からお嬢様を呼び出したからね、ケーキくらい奢らせていただきましょうか」
 それからふたりは、つばさリクエストの喫茶店に入る。
 オーダーをしたあと、つばさは智也に視線を向けた。
「ところで、話って何かしら?」
 つばさの言葉に、智也はふっと笑う。
「分かってるくせに、つばさちゃん。俺が今から言うこと」
 そう言ってから、智也は表情を変えた。
「3日前の、杜木様のお話だよ」
 智也の言葉に、つばさは笑みを浮かべる。
「3日前って言えば、猛のことね」


 ――3日前。


「今日は猛、おまえに話がある」
 つばさを伴って最後に待ち合わせの喫茶店に現れた杜木は、席について猛に言った。
 先に来ていた智也と猛は、杜木の次の言葉を待つ。
 猛は、杜木に無断で動いた挙句に“結界”を張らずに“邪気”を放ち、大通りのショーウィンドウを破壊して騒ぎを起こした。
 普段から“邪者”の力を公にしたくない杜木は、極力騒ぎを起こすなと、“邪者”に再三言っているのである。
 それを十分知っている猛の顔には、冷や汗がじわりと浮かんでいる。
「この前のおまえの行動は、確かに目に余るものがある。私は忠告したはずだ」
 そう言って、ちらりと杜木はその漆黒の瞳を猛に向けた。
 静かな中に威圧的な雰囲気を持つその視線に、猛はびくっと身体を震わせる。
 そんな猛の様子を見てから、杜木はふっとその端整な顔に笑みを浮かべる。
「だが今回は特別だ。この間のことは大目にみよう」
「え?」
 その言葉に、驚いたように智也は顔を上げた。
 智也にちらりと目を向けたあと、杜木は再び口を開く。
「今日は、この間のことを言いに来たのではない。猛、おまえに聞きたいことがある」
「俺に、聞きたいことですか?」
 店員が持ってきたコーヒーをひとくち飲んでから、杜木は言った。
「おまえのこれからについてだ。今までのように私の指示通り例の任務に戻るか、それとも私の指示とは裏腹に“能力者”の排除の任務に回るか」
「必ずや“能力者”など、この俺が全員片付けてみせますよっ! だから、“能力者”の始末を是非この俺にっ!」
 ガタッと興奮したように立ち上がって、猛はそう声を荒げる。
 そんな猛に表情を変えずに、杜木は笑った。
「そうか。では、思う存分“能力者”の排除に力を注ぐといい」
「ほ、本当ですか!? 杜木様、ありがとございます!」
「…………」
 智也は、杜木と猛に交互に視線を向け、何かを考えるような仕草をする。
 許可をもらい興奮した面持ちの猛に、杜木はふと瞳を細めて言った。
「ただし、条件がある。おまえが次回“能力者”と戦う時は、智也と一緒に行け。そうだな、3日後くらいが時期的にはいいかな」
「俺と、ですか?」
 智也は、意外な表情を浮かべて杜木に視線を向ける。
 その時。
 杜木はテーブルに、ひとつの錠剤を置いた。
「猛、この薬を君にあげよう。今後の君に、期待をしてね」
「この薬は?」
 猛の問いに、杜木はふっと笑う。
「この薬は飲んだ者に、“邪体変化”を引き起こす」
 そんな杜木の言葉に、猛は表情を変えて叫んだ。
「なっ、“邪体変化”!? “邪者”の中でも、秀でた能力者にしか備わっていない力・“邪者変化”が、この薬で引き起こされると!?」
 さらに興奮したようにそう言って、猛はその錠剤を手に取った。
 杜木は表情を変えないまま続ける。
「“邪者”は、“邪気”を得るために身体に“邪”を封印した者だ。“邪”に身体を乗っ取られることなく“邪気”を得るために、我々は我々自身の身体に“邪”を封じ込めているわけだが……“邪者”が使える“邪気”は、その“邪”本来の3分の1程度の力しか引き出せない。それ以上を引き出そうとすると、身体に封じている“邪”の方が媒体の人間よりも優位に立つことになるからな」
「でも、身体を乗っ取られることなく“邪”の力を最大限に引き出せる力を持つ者が、“邪者”にも僅かながら存在する。“邪体変化”の能力を持つ“邪者”が」
 杜木の言葉に、智也は続けてそう言った。
 猛は、ニッと笑ってその錠剤を見つめる。
「“邪体変化”の能力を持つのは、“邪者”の中でも正体不明と言われる“邪者四天王”クラスだけだと言われている。そんな四天王と同じレベルの力が、この薬で得られるとはな!」
「ただし、先天的な“邪体変化”とは違い、薬の力を借りることにより引き起こされるもの。使用すると何らかの副作用があるという。使う際には注意することだ」
 杜木はそう言って、コーヒーをすべて飲み干した。
 そして、ふと立ち上がる。
「それでは、期待しているよ」
 漆黒の瞳を細め、杜木はそれだけ言ってテーブルに置いてある伝票を手にした。
 杜木とつばさが喫茶店から出て行ったのを見送ってから、智也は興奮気味の猛を見る。
 その智也の表情は硬く、何かを考えているようであった。
 そしてすっかり冷めてしまったコーヒーに目もくれず、言った。
「猛おまえ、本気で能力者を片付ける気か?」
「当然だ。杜木様から許可が得られたんだぞ、今すぐにでも動きたいくらいだぜ!」
「おいおい、杜木様も言ってただろう? 仕掛けるのは数日後だ。それに……」
 そこまで言って、智也はふと言葉を切った。
 猛はその言葉を聞いてはおらず、不敵な笑みを浮かべて杜木に貰った錠剤を見ている。
 ふうっと溜め息をついてから、智也はテーブルに頬杖をついた。
 そして険しい表情のまま、流れゆく窓の外の人の波をじっと見つめたのだった。



 レアチーズケーキをひとくち食べたつばさに、智也は言った。
「どうして杜木様は、猛にあの薬を?」
「杜木様って、本当に慈悲深いお方だとは思わない? 智也。何度も猛にチャンスを与えてくださってるじゃない」
 カチャッとフォークを皿の上に置いてから、つばさはふっと笑って続ける。
「とっくに殺されたって仕方ないことばかりしているのにね」
「……あの薬を渡した時点で、もう殺したも同じだろう?」
 表情を険しくして、智也はつばさを見た。
 智也の言葉に、つばさはくすくすと笑う。
「あら、もしかしたら薬に打ち勝って、猛も“邪体変化”を自分のものに会得できるかもしれないでしょ? 杜木様もおっしゃっていたわ、見事“邪体変化”を自分のものにするもよし、薬に負けて消滅することも仕方ないとね。能力者を数人始末できれば、なお良し、と」
「無理だ、あいつには……」
 ぐっと拳を握りしめ、智也は俯いた。
 そして、顔を上げて鋭い視線をつばさに向ける。
「先天的に“邪体変化”を使える“邪者”にとっても、あの力は能力が何倍にもなるかわり、身体に相当な負担がかかるんだよ! あいつ程度の“邪気”じゃ、話にならない」
「智也、貴方がそう言うなら、説得力があるわね」
 レアチーズケーキをもうひとくち運んでから、つばさは笑った。
「でも、猛は喜んでいるわ? “邪者”の間でもその正体は明かされてない“邪者四天王”と、同様の力が得られたって」
「…………」
 つばさの言葉に、智也は複雑な顔をしている。
 そんな智也の顔を見てから、つばさは紅茶を飲んだ。
「今日猛は仕掛けるつもりなんでしょ、智也も一緒にいくのよね? 猛によろしくね」
「よろしくねって、つばさちゃん」
 はあっと溜め息をついてから、智也は諦めたように彼女から視線を逸らしたのであった。




 同じ頃。
「はぁい、なるちゃんっ」
「はぁい、じゃないだろう? 一体何時に待ち合わせしたと思っている!?」
 キッと切れ長の瞳を自分に向ける鳴海先生に、由梨奈はにっこりと笑う。
「でも、今日はいつもより早く来たでしょ? そんな怒らないでよぉ」
「45分も遅刻しておいて、反省ひとつもなしか? まったく」
 大きく嘆息する鳴海先生を後目に、由梨奈は彼の愛車の助手席にさっさと乗り込んだ。
「なーるちゃん、早くデートしましょっ。時間が勿体無いわよぉ」
「おまえは……」
 もう一度溜め息をついてから、鳴海先生も愛車のダークブルーのウィンダムに乗る。
 ゆっくりと発進する車の窓から楽しそうに外の景色を眺めながら、由梨奈は言った。
「なるちゃんからデートに誘っていただけるなんて、光栄だわぁ」
「勘違いも甚だしい。俺がいつ、おまえをデートに誘った? 話があると言っただけだ」
「やだぁ、照れちゃって。なるちゃんってば」
「……今すぐ降りるか? 由梨奈」
 じろっと視線を向ける鳴海先生に、由梨奈は悪戯っぽく舌を出す。
「で? 私に話って、なぁに?」
「…………」
 由梨奈の言葉に、鳴海先生はふと表情を変えた。
 そして、言った。
「おまえは早々にアメリカに帰れ。“邪者”の件からは、手を引くんだ」
「あら、どうして?」
「おまえの夫・沢村社長は、明日アメリカに帰るのだろう? 何故、一緒に帰らないんだ」
「……調べたの? なるちゃん」
 由梨奈は、鳴海先生の方をちらりと見る。
 前方を見据えて運転をしたまま、鳴海先生は続けた。
「おまえだって分かっているだろう? “邪者”との戦いが、おまえにとって誰よりも辛いものになることを」
「なぁに? 私のこと、心配してくれてるんだ」
 くすっと笑う由梨奈に、鳴海先生は目を向ける。
「手を引くのなら、今のうちだ。明日、沢村社長と一緒に帰るんだ」
「いやよ、絶対帰らない」
 由梨奈は、鳴海先生の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、そう短く言い放った。
 その彼女の瞳は先程までの人懐っこいものとは違い、決意に満ちた色に変わっている。
「なるちゃんも知ってるように、何事も途中で投げ出したくない性格なのよ、私。それに、私の中でもケジメをつけたいの。だから、日本に残ることにしたのよ」
「由梨奈……」
 鳴海先生は、じっとそんな由梨奈の言葉を聞いている。
 そんな鳴海先生に、にっこりと由梨奈は微笑んだ。
「それにね、なるちゃんやあの子たちが寂しがるでしょ? 私が帰っちゃったら」
「まったく、おまえは」
 ふうっと溜め息をついてから、信号が赤に変わったため鳴海先生はブレーキを踏んだ。
 そしてその切れ長の瞳を由梨奈に再び向け、言った。
「本当にそれでいいのか? 由梨奈」
「あら、この私が後悔なんてすると思う? 私を誰と思ってるの? なるちゃん」
「本当にどこから来るんだ。おまえの、その根拠のない自信は」
「ひどぉい、由梨奈さんはね、強い女なのよ? なるちゃん」
 くすっと笑ってから、由梨奈はふと窓の外に目を移す。
 だがその瞳には、窓の外を流れる景色は映ってはいなかった。
「…………」
 鳴海先生はそんな由梨奈を無言で見つめたまま、大きく溜め息をついたのだった。




 その頃。
「幸せやなぁ、こうやって姫とラブラブ下校デートなんてなぁ」
「ごめんね、祥ちゃんの帰り道って、逆方向だよね?」
 申し訳なさそうにする眞姫に、祥太郎はにっこり笑った。
「姫と一緒に帰れるんなら、遠回りも大歓迎や。むしろ、このまま二人でかけおちでもするか? なーんてなぁっ」
 ゴールデンウィークも終わり、学校が始まった眞姫たちであるが、最近活発な“邪者”の動きを警戒して、毎日“能力者”の誰かひとりが眞姫と一緒に下校することになったのだ。
「あ、そうだ。せっかくだから、どこかに寄って行かない?」
「おっ、積極的やなぁ、姫っ。どこへでもこの瀬崎祥太郎、お姫様のお供するで?」
「祥ちゃんってば、オーバーなんだから。じゃあ、お茶でもする?」
 くすくす笑って、眞姫は祥太郎にそう言った。
 そんな眞姫に微笑んでから、祥太郎は嬉しそうに頷く。
 そしてふたりが歩き出そうとした、その時。
 祥太郎はふと前方を見据えて、その表情を変えた。
「……どーしてこう、俺ってついてないんかなぁ」
「しょ、祥ちゃん……」
 不安そうに眞姫は、祥太郎の腕を掴む。
 その視線の先には。
「なんや? 今日はおふたりで、おいでなさったってワケか?」
 険しい表情のまま、祥太郎は目の前に現れたふたりの少年に目を向ける。
 そのひとり・高山智也は、眞姫ににっこりと微笑んだ。
「こんにちは、また会えて嬉しいよ。眞姫ちゃん」
「この間の“能力者”に“浄化の巫女姫”か。今度こそ、片付けてやるぞっ!」
 興奮した様子で身体から“邪気”を漲らせる猛に、祥太郎は言った。
「お? 誰かと思えば、“結界”も張らんでむちゃくちゃ“邪気”放ちよった迷惑な兄ちゃんやないか。今日は保護者付きか?」
 眞姫をかばうように位置を取ってから、祥太郎はふっと笑う。
 そんな祥太郎に、眞姫は大きな瞳を向けた。
「祥ちゃん」
「姫、祥太郎先生と勉強したこと、ちゃんと復習もせんとな」
 不安そうな表情の眞姫にウィンクして、祥太郎は改めて智也と猛に視線を向ける。
 その時。
 智也は、おもむろに“邪気”の漲った右手をスッと掲げた。
 途端に周囲に“結界”が張りめぐらされる。
 そして、智也はその顔に笑みを浮かべて言った。
「俺たちふたりを、一度にひとりで相手にする気か?」
 その言葉に、祥太郎はニッと笑う。
「誰がひとりやて? こっちだってふたりや、2対2やで? な、姫」
「ふん、能力の使い方も知らない“浄化の巫女姫”など、何の役に立つっ!!」
 猛はそう言うなり、大きな“邪気”をその右手に宿した。
 それを振り下ろした途端、ゴウッと唸りを立てて“気”の塊がふたり目がけて襲いかかってくる。
「姫、姫なら大丈夫や。あとは、姫が自信を持つだけやで? ヤツらを驚かしてやろうや」
 ぽんっと眞姫の肩を叩いて、祥太郎はそう言った。
 その言葉にこくんと頷いてから、眞姫はおもむろに両手を前に翳す。
「……! なっ!?」
 智也はその瞬間、ハッと顔を上げる。
 強大な“気”の力が眞姫の身体から立ちのぼるのを、はっきりと感じたのだ。
「……っ!」
 くっと唇を結んで猛の放った攻撃を受け止め、眞姫はその両手に力をこめる。
 そして、眞姫を包む光が弾けた、その時。
「! 何っ!?」
 猛の放った“邪気”は眞姫の光に吸収され、そして消滅したのだ。
「おー、100点満点や、姫っ。あいつら、驚いてるで?」
「ふうっ、上手くいった、かな」
 少し乱れた息を整えてから、眞姫は嬉しそうに祥太郎を見る。
「こんなに短期間で、能力を使えるようになったというのか?」
 智也は、驚いたように眞姫を見つめた。
 猛はクッと拳を握り締め、再びその手を“邪気”で漲らせる。
「智也、おまえは手を出すなっ!! 俺ひとりで片付けるからなっ!」
「さ、お姫様も頑張ったことやし。今度は俺が頑張る番やなぁ」
 ふっと身構えて、祥太郎もその右手に力をこめた。
 刹那、その手に美しい輝きが宿る。
 猛と祥太郎の手から、同時に大きな光が放たれた。
 思わず目を覆うほどの眩い輝きが、唸りを立てて両者に襲いかかる。
 そしてその中間でお互いの威力がぶつかり合い、カッと弾けて相殺された。
「!」
 今まで黙って見ていた智也は、咄嗟に“邪気”を漲らせた手を翳す。
 それと同時に、ドンッと大きな衝撃音があたりに響いた。
「枝分かれさせた“気”の一部の狙いを、俺に定めたのか。そんな小細工が通用すると思ってるのか?」
 そう言って身構える智也に、猛はキッと視線を向ける。
「おまえは手を出すな、智也っ!!」
「はいはい、分かったよ」
 仕方がないと言った様子で、智也は構えを解く。
 そんな智也の様子を見て、祥太郎は笑った。
「手伝ってもらったほうがええんやないか? 兄ちゃん」
「そんな大口が叩けるのも、今のうちだっ!!」
 猛は、再びその大きな“邪気”の塊を祥太郎に放つ。
 ゴオッと音をたて、再び祥太郎に猛の攻撃が襲いかかった。
「相変わらず、バカデカい“邪気”やなぁっ!!」
 祥太郎も応戦して、“気”を繰り出した。
 ひとつの“気”の塊が枝分かれし、美しい光を織り成す。
「ふんっ、そんな“気”など弾き返してやるっ!」
 猛の手のひらから、次々と連続して大きな“邪気”が放たれた。
 祥太郎の複数の“気”の威力を、猛の“邪気”が次々と跳ね返す。
「! 何っ!? くっ!」
 咄嗟に跳躍し、弾き返された“気”を避けた祥太郎を追従するように、猛は攻撃の手を緩めない。
「祥ちゃん!」
 眞姫はその大きな瞳を、心配そうに祥太郎に向けた。
「あまり調子に乗るんやないで、兄ちゃんっ!!」
 キッと視線を投げ、祥太郎は襲ってくる猛攻を防ぐ。
 そして猛の攻撃の間隙をぬって、握り締めた右拳を繰り出した。
 その祥太郎の拳をガッと受け止め、猛はニッと笑う。
「捕まえたぜ、おらぁっ!!」
「! なっ……うわっとっ!」
 猛は掴んだ祥太郎の手をブンッと振り回し、その身体ごと壁に向かって放り投げた。
 ドカッと大きな音がし、祥太郎のぶつかった壁がその衝撃でガラガラと崩れる。
 その崩れた壁に向かって、猛は強大な“邪気”を間髪入れずに放った。
 ドンッドンッと、連続して激しい衝撃音があたりに響く。
「祥ちゃんっ!?」
「どうだ思い知ったか、俺の力をなっ!」
 得意気になっている猛に、じっと戦況を見守っていた智也は溜め息をついた。
「猛、勝った気になるのはちょっと早いんじゃないか?」
「! ……何っ!?」
 智也の言葉と同時に、猛は振り返る。
 そして“邪気”を漲らせた手を翳した。
 いつの間にか猛の背後に移動していた祥太郎は、舌打ちをする。
「ちっ! 上手くコッソリ背後に回れたと思ったんやけどなぁっ!」
 猛の放った“邪気”を“気”で浄化させてから、祥太郎は体勢を整える。
 そして、再び猛に攻撃を仕掛けようと右手に“気”を漲らせた、その時だった。
「!」
 自分の張った“結界”に別の気配が入り込んだのを感じて、智也は表情を変える。
「よぉ、祥太郎っ。随分楽しそうじゃねーかよ」
「! 別の“能力者”か」
 突然聞こえてきた声に、智也はそう呟いた。
 眞姫はその声の主を確認し、顔をあげる。
「! 拓巳っ」
「姫、大丈夫か? 俺が来たからには、もう安心だぜ」
 智也の“結界”に侵入した拓巳は、眞姫に微笑んでから猛と智也に視線を向けた。
「祥太郎、手を貸してやるぜ?」
 拓巳の言葉に、今まで黙っていた智也がおもむろに動きを見せる。
 それを見て、猛は鋭い視線を智也に向けた。
「能力者は、全員この俺が片付ける!! 智也、おまえはじっとしていろっ!!」
「まったく、言い出したら聞かないんだからなぁ」
 ふうっと溜め息をついて、智也は動きを止める。
「俺たちふたりを相手にするだって? 大した自信だな」
 拓巳はそう言って、スッと身構えた。
 祥太郎も、そんな拓巳の肩をポンッと叩く。
「拓巳ちゃん、俺の男前な見せ場を取らんどいてや……と言いたいところやけど、どうやらその兄ちゃんが、俺らの相手をいっぺんにするらしいからなぁ」
 そんな拓巳と祥太郎を交互に見て、猛は不敵にニッと笑みを浮かべる。
「能力者が二人だろうが三人だろうが、“邪体変化”した俺様の敵ではないわっ!」
「“邪体変化”って……おい、猛!! おまえ、あれを使う気か!?」
 猛の言葉に反応を示したのは、智也であった。
「“邪体変化”?」
 眞姫は、聞いたことのない単語に首を傾げる。
「何!? “邪体変化”やて?」
「“邪者”の能力を何倍にもするっていう、“邪体変化”の能力か!?」
 祥太郎と拓巳は、改めて身構えてからそう言った。
 智也は、険しい表情で猛を見る。
「おい待て、俺も手を貸してやる。だから、その薬は飲むな!」
「うるさい!! 俺が能力者を血祭りにあげてやると言っているだろう!!」
 智也の言葉を一蹴して、猛はポケットから一粒の錠剤を取り出し、そして口に入れた。
 その瞬間。
「!?」
 眞姫は突然、今まで感じたことのない寒気に襲われた。
 錠剤を飲んだ猛の身体から、強大な“邪気”が立ちのぼっているのがみえる。
「あのバカッ!! 何で飲むんだっ、くそっ!」
 智也は、くっと唇を噛み締めて拳を握り締める。
 そして“邪気”を身体中から立ちのぼらせながら、猛は苦しそうにもがきはじめた。
「ぐっ、ぐあぁっ!! か、身体がっ!!」
「!」
 眞姫は次の瞬間、大きく目を見張った。
 猛を包んでいた“邪気”が一気に弾けたかと思うと、そこには……。