今日は入学2日目、午前中いっぱい行われたオリエンテーリングのみで学校は終わった。
 鞄に荷物をまとめてから、眞姫はふと考え込む仕草をする。
 部活は確か、毎週木曜日だと先生が言っていた気がしたので、とりあえず視聴覚室には寄らずに眞姫は下校することにした。
 はらはらと舞う桜の花びらを見ながら、校門までの道のりを歩いていると……。
「あれ? あそこにいるのは」
 眞姫は、ふと桜の木の下にいる人物に目を向ける。
 だが眞姫は、その人物に声をかけることも忘れ、じっとただ、彼を見つめることしかできなかった。
 舞い落ちる桜の花びらを見つめるその瞳が、あまりにも澄んでいて、綺麗だと思ったから。
 その時。
 その人物が、ふっと顔をあげた。
「やあ。君を待っていたよ、お姫様」
「詩音くん……」
 そこにいた少年・天才ピアニストの梓詩音は、眞姫の姿を見てふっと微笑を浮かべた。
「詩音くん、ここで何していたの?」
「君が来るまで、桜と会話してたんだ。お姫様にも聞こえる?桜の花びらたちが、僕に歌を歌ってくれているんだ」
「桜の花びらの歌?」
 眞姫は、舞い落ちる桜の花びらを見上げた。
 はらはらと儚く散る様が、詩音の言うように絶妙なハーモニーを織り成している気がする。
 澄み渡る青空に舞う花びらに、眞姫はしばし目を奪われた。
 そして、それからふと眞姫は、隣の詩音に目を移す。
「……え?」
 眞姫は、驚いたようにその瞳を見開いた。
 桜を見ていた詩音のふたつの瞳は、いつの間にか今度は真っ直ぐに眞姫を映していたからだ。
 優雅な微笑みを湛え、詩音は眞姫の横顔をじっと見つめている。
「詩音くん?」
「おっと失礼。桜の花びらのドレスを身に纏ったお姫様の姿に、思わずここが夢の国かと錯覚してしまったよ」
「ゆ、夢の国?」
 相変わらず個性的な詩音の言葉に、眞姫は少し照れくさくなる。
 詩音はもう一度微笑んで、おもむろにスッと眞姫の頭に手をそえた。
 そして手にしたのは、一枚の桜の花びら。
 くすっと笑って、愛らしそうにその花びらを詩音は見る。
「お姫様を飾る髪飾りだね。うん、これはいい」
 眞姫の頭についていた桜の花びらを、詩音はそう言いながらハンカチに包んだ後。
「あ、これはお姫様と王子様だけの秘密だからね。ではお姫様、次はどこで運命的な再会を果たせるかな?」
 それだけ言って、詩音は眞姫に手を振って帰って行った。
 しばらく桜の舞い落ちるその場に立ちつくしていた眞姫だったが、頭についた花びらを手でそっと払って、そして校門を出た。




 時間的にはまだ正午前だったので、眞姫は少し遠回りをして家に帰ることにした。
 顔や髪を撫でる爽やかな春の風が、とても気持ちいい。
 眞姫が賑やかな街並みに目を奪われていた、その時。
「おっ、姫っ?」
 背後からそう声が聞こえてきて、眞姫はふっと振り返った。
「あ、拓巳。今帰り?」
「ああ。姫も今帰りか?」
 ちょっと緊張した面持ちの少年・小椋拓巳は、嬉しそうに笑う。
「うん。天気がいいから、遠回りして帰ろうかなって思って」
「そうかっ、じゃあ、姫……よかったら、い、一緒に帰らねぇかっ?」
 照れながらそういう拓巳に、眞姫はにっこり微笑んで頷いた。
「うん、一緒に帰ろう」
「本当かっ?」
 パッと、拓巳の表情が明るく変わる。
 眞姫は、そんな拓巳に言った。
「そうだ、おなかすかない? どこか入ろうか」
「えっ? あっ、オレもちょうど腹減ったかなーって思ってたんだよなっ」
 そしてふたりは、近くのファーストフード店に入る。
 眞姫は拓巳のトレイに乗せられたハンバーガーの数に、目を見張った。
「ねえ、そんなにいっぱい食べるの?」
「ん? ああ。でも今よりも、昔部活でサッカーしてた時の方がもっと食べてたけどな」
 短髪でいかにもスポーツマンっぽい拓巳の顔を見てから、眞姫はジュースにストローを刺しながら言った。
「サッカーしてたんだ。今はしてないの?」
「ああ。たまに休みの時に、公園でボール触るくらいかな」
 そう言いながら、拓巳はパクパクと次々にハンバーガーをたいらげる。
 その姿を、眞姫は感心したように見つめる。
 それに気がついて、拓巳は首を傾げた。
「? どうしたんだ、姫?」
「え? 拓巳があまりにも気持ちよく豪快に食べてるから、思わず見入っちゃった」
「み、見入ってってっ」
 眞姫の言葉に、拓巳は顔を赤らめる。
 そしてごほごほとむせて、急いでジュースを口に運んだ。
「私、何かヘンなこと言った?」
「えっ、いや。な、何でもねえよっ」
 まだ少しケホケホとむせる拓巳に、眞姫は紙ナフキンを差し出してくすっと笑った。
「そんなにガツガツ食べるからでしょ? 大丈夫?」
 その眞姫の笑顔に、拓巳は耳まで真っ赤にする。
 そんな拓巳の様子に気がつかず、眞姫はジュースを口に運んだ。
 そして、ふと顔をあげてから聞いた。
「そういえば拓巳たち映研のメンバーって、入学する1年くらい前から知り合いだったんでしょ?」
「ああ。鬼の特訓という地獄のしごきに耐えた仲間だな」
 苦笑しつつ、拓巳はそう答える。
「鬼……」
 それが誰のことを指すか理解した眞姫は、あの切れ長の瞳を思い出す。
「鬼っていうか悪魔だな、あれは。スパルタにも程があるぜ? あいつに殺されるって、何度思ったか分かんねえよ」
「スパルタって」
 そんなに怖いんだと、眞姫は改めて緊張した。
 確かに近寄りがたい厳しい雰囲気が、鳴海先生からは感じられる。
「じゃあさ、その……鳴海先生も、やっぱり“気”の力って使えるの?」
 心なしか声のトーンを落として、眞姫は聞いた。
「ああ、あいつは信じられない程えげつない上に強いから、本っ当にタチ悪いし。殺されなかったことが奇跡だな」
「そ、そうなんだ。私はさ、“気”の力って、健人と拓巳と准くんが使ってたのを見ただけなんだけど、みんな綺麗な光なのは同じだけど、形態っていうかそれぞれ個性みたいなのがあるなぁって思ったのよね」
「まぁ、得意な分野がそれぞれ違うからな、オレたち」
 3個目のハンバーガーを食べ終わって、拓巳は4個目の包み紙をはがしながら、う〜んと考えるように宙に目を向ける。
 そんな拓巳に、眞姫は首を捻った。
「得意分野って?」
「んーオレだったら、攻撃は得意だけど“結界”張ったりとかそーいう細かいコトって苦手なんだよな。逆に、そういう守備系の能力が高いのが准で。健人と祥太郎はどっちもオールマイティーだけど、健人は守備系の方が得意そうだし、祥太郎は攻撃系が好きそうだな。詩音は補助系の能力に長けてて、何分何秒後に誰がここに来るとか分かったり、少しの距離なら瞬間移動できたりとか、なかなか便利な力持ってるんだよ。とはいえ、それぞれある程度守備も攻撃もできるようにって、鳴海に鍛え上げられたんだけど……攻撃の仕方ひとつでも、5人それぞれ個性あって面白いぜ?」
「何か、奥が深いんだね」
 しみじみとそう呟いて、眞姫はパクッとひとくちハンバーガーを食べる。
 考え込む眞姫に、拓巳は豪快に笑った。
「そんな難しく考えることじゃないって、姫」
「だってさ……」
 ふと俯いて、眞姫は食べかけのハンバーガーをトレイに置いた。
 そしてひとつ溜め息をついて、続ける。
「だって私、自分に本当にそんな力があるか正直分からないし。現時点では、自分の身だって自分で守れないでしょ?」
「オレだって、はじめは半信半疑だったぜ? いくら見えないものが見えてても、本当にそんな“邪”と戦える力があるかとかやってみるまで分からなかったしな。だから姫も心配することねえんじゃないか? ……そ、それに」
 そこまで言って、拓巳は眞姫から一瞬視線をそらす。
 そして、顔を真っ赤にさせながら、ぐっと拳を握って言った。
「それにっ、姫はオレが絶対に守ってやるからなっ」
 一瞬驚いた顔をした眞姫だったが、にっこりと拓巳に微笑む。
「うん、ありがとう」
 素直に、眞姫は拓巳の言葉を嬉しく思った。
 昨日聞いた話は到底信じ難いものであったし、でも実際に自分には普通見えないものが見えることは、事実で。
 正直、不安の気持ちでいっぱいだったから。
 そんな嬉しそうな眞姫の様子を見てから、拓巳は改めて向き直る。
 そして、言った。
「ところでよ。姫は、今から予定とか……あるのか?」
「ん? 特にないけど、何で?」
「あのよ、その、せっかく帰りが一緒になったんだ、今からどっか一緒に遊びに行かねぇかなって」
 照れたように、拓巳は眞姫をちらりと見る。
 その時。
「おお、それはええ考えやなっ、行こ行こっ」
 突然背後から降ってきた声に、拓巳はギョッと目を開く。
 眞姫は、はっと顔をあげて驚いたように呟いた。
「あれ、祥ちゃん?」
 いつの間に来ていたのか、拓巳の背後に祥太郎の姿があった。
「! おまえっ、いつからっ!?」
「抜けがけはさせへんで、たっくん」
 ニッと拓巳に笑ってから、祥太郎は眞姫に目を移す。
「せっかく学校も早く終わったんや、遊び行こっ、な? 姫」
「うん、行く行く。どこに行く?」
 ガックリと肩を落とす拓巳の肩を、祥太郎は面白そうにポンポンッと叩いた。
 そんな祥太郎に苦笑しながら、拓巳は立ち上がる。
「じゃあ、とりあえずここ出るか?」
「うん。あっ、拓巳、ありがとね」
 眞姫の分も食べ終わったトレイを片付けながら、拓巳は溜め息をつく。
「オレはおまえと違ってシャイなんだ、せっかく頑張って誘ったのによ……気配絶って近づくなよなっ」
「なんや、姫とあんなにツーショットさせてやったんや、それだけでも大サービスやで」
 いたずらっぽく舌を出す祥太郎にもう一度嘆息してから、拓巳は店を出る。
 その反応を楽しむかのように微笑んで、祥太郎もそのあとに続いた。
「ねえ、どこに行く?」
 そんなふたりのやりとりも知らず、眞姫は賑やかな街をきょろきょろ見回す。
「んー、もっと賑やかな方に行ってみっか」
「そうだね、いろいろお店もあるし」
 拓巳の言葉に頷いて、眞姫は繁華街の方に歩き出した。
 眞姫を挟んで、男二人もそれに続く。
「こうやって二人だけで歩くと、恋人同士みたいで照れるなぁ、姫っ」
「おい、待て。誰が二人だけ、だって?」
 おもむろに眞姫の肩を抱いた祥太郎の腕を引き離し、拓巳はじろっと目を向ける。
「まぁまぁ、ちょっとしたギャグやんか、拓巳」
「全っ然笑えねーんだけど、そのギャグ」
 ふてくされたような様子で、拓巳は祥太郎に言い放った。
 眞姫は、そんなふたりのやりとりに思わず吹き出す。
「なんかふたりって、仲がいいのね」
「仲良さそうな会話か? 今の」
 眞姫の言葉に、拓巳は言った。
 と、その時。
「!!」
「なっ!?」
拓巳と祥太郎が、同時にハッと顔を上げた。
その表情は先ほどとはうって変わり、一瞬で険しいものに変化している。
「? どうしたの……あっ!」
 そんなふたりの様子に気がついて、眞姫も顔をあげた、瞬間。
 ゾクッと、全身に鳥肌が立ち寒気がはしる。
 その理由が、眞姫にはすぐに理解できた。
 祥太郎は、ふっと右手に力をこめる。
 右手に眩い光が宿ったかと思った瞬間……それはカッと弾け、あたりを包み込んだ。
 途端に人で賑やかだった町並みが、閑散とした空間へと変化する。
「これって、“結界”?」
 眞姫の言葉に頷きながら、拓巳は眞姫の前に盾になるように位置を取る。
「ああ。姫、俺のそばから離れるなよ」
 次の瞬間、キッと前方を見据える拓巳の視線の先を追った眞姫は、再び背筋が凍るような感覚をおぼえた。
「なっ、あんなにいっぱい!」
 いつの間にか眞姫たちの目の前には、昨日からたびたび現れているあの青白い物体が姿を見せていたのだ。
 しかも、一体だけではない。
 数え切れないほどの青白い物体が、ゆらりと眞姫たちに迫ってきている。
「なんや、えらいぎょうさんおいでになったみたいやな」
「ああ、こんな時にわざわざ出てこなくてもいいのによ」
 ちっと舌打ちをしてから、拓巳はふっと身構える。
 眞姫は、不安そうにふたりを交互に見つめた。
 一体でも恐ろしい物体が、無数に目の前に迫ってきているのだ。
 そんな眞姫の姿を見て、祥太郎は微笑んだ。
「拓巳は姫のこと、守ってやってな。俺にもたまには姫の前でええ格好させてや」
「しょうがねーな、今回は見せ場譲ってやるから、さっさと片付けろよっ」
 祥太郎の言葉を聞いて構えを解き、拓巳はフッと笑う。
 祥太郎は再び身構えてから、人懐っこい笑顔を拓巳に向けた。
「拓巳こそ、ちゃんとお姫様守っときや」
「た、拓巳……しょ、祥ちゃん」
 不安そうな瞳でふたりを見ている眞姫に、祥太郎は笑いかける。
「瀬崎祥太郎の男前な姿、しっかり見といてや、姫っ。さぁてとお仕事、お仕事っ」
 楽しそうにそう言って、祥太郎は右手に力を込めた。
 瞬間、ブンッと音を立てて、眩い“気”のかたまりがその右手に宿る。
「あいつの“気”は、性格同様派手だからなぁ」
「派手?」
 眞姫は、目の前の祥太郎に視線を向けた。
 祥太郎の右手に宿った“気”が、バチバチと音をたてている。
「んじゃ、早速……まとめて、消えてもらうわっ!!」
 その言葉とともに、祥太郎の右手の“気”が青白い物体に向けて放たれる。
「えっ!?」
 眞姫は、その美しい“気”に目を見張る。
 大きな“気”が幾重にも折り重なり、そして枝分かれしたのだ。
 その光は、大群を成していた物体の数体に直撃し……そしてその化け物たちは消滅する。
「姫、綺麗やろ? たまやーってな」
 余裕の笑みを眞姫に向け、祥太郎はいたずらっぽく舌を出す。
 そんな祥太郎に、拓巳はふうっと嘆息した。
「花火かよっ。ていうか、さっさと残りも片付けろよなっ」
「まぁまぁ、そない焦らんでええやんかー。ま、見ててな」
 そう言って、祥太郎はふっと表情を引き締める。
 そして、あと半数以下になった物体に再び眩い“気”を放った。
 カッと光が弾け、すべての青白い物体に光が命中し、そして消滅する。
「全部、退治した?」
 眞姫は、恐る恐る顔をあげる。
「う〜ん、そうやったら楽でよかったんやけどなー」
祥太郎は眞姫の言葉にそう言って苦笑し、再び身構えた。
「え? あっ!」
 眞姫は、目の前の光景にゾッとした。
 消えたはずの物体が再び形を成して、ゆっくりと眞姫たちに近づいてきていたからだ。
「んー、近くに実体があるんやろな」
「どういうこと? さっき攻撃が命中したのに、何でまた」
「あの物体は、“邪”が作り出している“気”の塊が人型になったものなんだよ。だからあの物体を消しても、それを作り出している“邪”の実態を倒さないと次から次に出てくるってことだよ」
 眞姫の前で祥太郎の戦況を見つめていた拓巳が、そう言った。
「……邪の、実態」
 眞姫がそう呟いた、その時。
 ふっと眞姫は、無意識に視線を右に向ける。
 そして、ある一点に違和感を感じて……表情を変えた。
 何かが、いる?
 青白い物体のように不鮮明ではない存在が、巧妙に自分の気配を絶っている?
 そう直感的に感じて、眞姫は拓巳に言った。
「拓巳、右に……あの影になってるところに、誰かいる感じがする」
 眞姫の視線を追うように、拓巳も右に目を向けた。
 そして。
「え? ……!!」
 次の瞬間ふっと拓巳の表情が変わり、刹那その右手に光が漲る。
 そしてザッと拓巳の掌から、眞姫の示した位置に向けて光が放たれた。
「! 何っ」
 振り返って祥太郎は、短く叫んだ。
 カッと光が弾け、ドーンッという大きな衝撃音があたりに響く。
「……!!」
 その衝撃の大きさに、眞姫は思わず目を瞑った。
 そして、次の瞬間。ゆっくりと瞳を開いた、その時。
「えっ!?」
 眞姫は、まわりの空気の変化に目を見張った。
 いつの間にか祥太郎の張った“結界”が消滅し、賑やかな町並みが突如として戻ってきていたのだ。
 そして、目の前にいた無数の物体も、消え失せている。
 拓巳は相変わらず険しい表情のまま、舌打ちをした。
「くそっ、逃がしちまったみたいだな」
「でも、手ごたえはあったんやろ? 現にあの物体の大群も消えてるからな」
祥太郎の言葉に、拓巳は悔しそうな顔をする。
「ああ、手ごたえはあったけどな……せっかく姫が教えてくれたのによ」
「って、い、今の一体どうなったのっ?」
 目まぐるしい出来事に、眞姫は状況を整理できなくなっていた。
 そんな眞姫に、祥太郎は説明する。
「1から説明するとな。なんや“邪”の実態が、あの青白いお化けをぎょうさん出して俺らのコト狙ってきたんは、姫も見たよな? でな、俺が格好よくその青白いお化けをあっという間にバッタバッタと消したんやけど、それを作り出してる黒幕は無傷やから、いくらあのお化けを攻撃しても次から次にでてくるわけや。で、その黒幕が隠れとったのを姫が見つけてくれたおかげで、拓巳がドーンとそいつに攻撃したわけや」
「うん。うん、そこまでは、何となくわかる」
 眞姫は、状況を思い出しながら頷く。
「で、その黒幕にある程度のダメージは与えたんやけど、まだ仕留めてなかったんやな。敵さんからすれば、これはたまらんから逃げようっちゅーことになって、邪気を放って“結界”を砕いて、尻尾巻いて逃げたっていうわけや。姫、分かったか?」
「でも“邪”が何でこんなところに?」
「それは、その“邪”がオレたちのこと最初から狙ってたんだよ。あの青白いヤツに、姫だって入学式の時に襲われただろう? 同じ日に学校の中庭にもそれがいたしな」
「え? 最初から私たちを狙ってたって……」
 拓巳の言葉に、眞姫は再び鳥肌がたつ。
 昨日あの物体に腕をつかまれそうになったことを思い出し、眞姫は恐怖を感じた。
 途端に、全身から血の気が引いていくのが分かった。
「! おい、大丈夫か!?」
 足に力が入らなくなった眞姫を支え、拓巳は心配そうな表情を浮かべる。
「姫、俺たちが家まで送るわ。もう今日は帰ろ」
 拓巳と反対側で眞姫を支えてから、祥太郎もそう言った。
 そしてふと3人が歩き出そうとした、その時。
 一台の車・ダークブルーのウィンダムが、真横で止まった。
 そして、その車から出てきたのは……。
「……鳴海」
 拓巳は怪訝な表情を浮かべ、車から降りてきたその人物・鳴海先生に目を向ける。
 そんな拓巳には目もくれず、先生は眞姫に言った。
「清家、君は私が送っていく。車に乗りなさい」
「えっ? な、鳴海先生?」
 ようやく眞姫は先生の出現に気がつき、驚いた顔をする。
「あとから来て、いいとこ取りかい。鳴海センセ」
 珍しくムッとした様子で、祥太郎は言った。
 その言葉にふうっと溜め息をついてから、先生は冷たく言い放つ。
「あの程度の“邪”をみすみす取り逃がすとはな。よくそんな台詞を抜け抜けと言えたものだ。無力な自分たちがそんなこと言える立場ではないくらい、理解したらどうだ?」
「何だと!? ……! 祥太郎」
「悔しいけどな、姫のことを考えたら、鳴海センセの言う通りにしたほうがええし。ていうか、何言っても無駄やろうしな」
 先生にくってかかろうとした拓巳の腕を、祥太郎は宥めるようにつかんだ。
 ぎりっと唇を噛んで、拓巳はぐっと握り締めた拳を下ろす。
 先生はそんなふたりから視線をそらすと、眞姫の身体を肩で支えた。
 そして自分の車の助手席に座らせると、車を走らせた。
「くそっ! あのヤロー、いつかぎゃふんと言わせてやるからなっ」
 走り去った車に、拓巳は悔しそうに叫ぶ。
「まぁ、相手があの悪魔やからな、しゃあないわ。むしゃくしゃした気持ち晴らすために、今からカラオケでも行くか? たっくん」
「姫とのデートのはずが、結局おまえとカラオケかよ」
 はあっと溜め息をつく拓巳の方を叩いて、祥太郎は苦笑した。
「姫とのデートが流れたのはお互い様や。俺の美声を独り占めってことで、ここはひとつ、なっ」
「それ、全く嬉しくないんだけど」
 すっかりブルーになっている拓巳に、祥太郎は急にフッと表情を引き締めて言った。
「にしても姫、“邪”の実態の居場所を、あんな短時間で見つけ出すなんてな……驚いたわ」
 祥太郎の言葉に、拓巳も深く頷く。
 そして、再確認するように言った。
「やっぱり、あいつが現在の“浄化の巫女姫”で間違いないってことだろ」