これから3年間眞姫が通うことになる聖煌学園は、名門の難関進学校である。
 文武両道の、勉学も運動も有名な学校。
 そんな兼ねてからの憧れだった聖煌の生徒になれることに、眞姫は心躍らせていた。
 校門をくぐると、眼前に広がる満開の桜たちが眞姫を迎え入れる。
「えっと、何組かな」
 新入生らしい初々しい表情をした生徒たちが、掲示板にある自分の名前を確認している。
 眞姫も、その人ごみに紛れて自分の名前を探した。
「んっと、あ、1年Bクラスね」
 名前を確認したあと、眞姫はふとその掲示板を再び見つめる。
(「さっきの彼とは、違うクラスみたい……」)
 あの片目が青い少年・健人とは、どうやら違うクラスのようだ。
 ちょっと残念、と呟いてから、眞姫は自分のクラスに向かった。
 窓から見える桜の花びらが、美しくひらひらと舞っている。
 そんな様を見て微笑んで、眞姫は1年Bクラスの教室に入った。
 そして出席番号順に指定された席に座り、眞姫は鞄を机の横にかける。
 その時だった。
 眞姫の隣に、ひとりの生徒が座った。
 ふと隣の席に座った人物に、眞姫は目を向ける。
「あっ、私、立花梨華(たちばな りか)っていうの。よろしくねーっ」
 健康的な笑顔で、隣の席の少女・立花梨華は眞姫の手を握ってぶんぶんと縦に振った。
「私は清家眞姫。よろしくね、立花さん」
「眞姫ちゃんかぁ、可愛い名前だね! 私のことは梨華でいいから」
 健康的で、元気いっぱいの明るい子。
 眞姫は、梨華にそんな第一印象を持った。
「私のことも眞姫でいいから」
「うんっ。私たち仲良くできそうだねーっ、よろしくね」
「うん、よろしくね」
 人懐っこい梨華に、眞姫もにっこりと微笑んだ。
 梨華は少し照れたような嬉しそうな表情を浮かべたあと、身を乗り出す。
「あ、ところでさぁ」
 梨華は、少し小声で言葉を続けた。
「なんかね、うちのクラスの担任数学教師らしいよ。あーあ、私数学苦手なのよねぇ。しかも、若いらしいけどコワい先生みたいよ? 最悪じゃない?」
「こ、コワい先生なの? ていうか、よく知ってるね」
「うん、知り合いがこの学校の先輩なんだ。その人に聞いたの」
 人脈も何だか広そうな子だなと、眞姫はまじまじと梨華を見る。
 それからしばらく、梨華といろいろな話をしているうちに。
 ガラッと、教室の前のドアが開いた。
「あっ、例のコワい数学教師じゃない? あれ」
 梨華の声に、眞姫はふっと教卓に視線を移す。
 梨華の言った通り、若いが少し近寄りがたい雰囲気の先生がそこには立っていた。
 先生は、黒板に自分の名前をカツカツと几帳面そうな字で書いた。
「今日からこのクラスを担当する、鳴海将吾(なるみ しょうご)だ。担当教科は数学だ。それでは、出席を取る」
 よく響くバリトンの声で先生はそう端的に自己紹介をし、出席を取り始めた。
「やっぱり数学教師だし、しかもコワそー。はぁ、先が思いやられるよぉ」
 隣で梨華が、小声でそう呟いた。
 話題の先生は、淡々と正確な発音で生徒たちの名前を呼んでいる。
 そして。
「……清家眞姫」
「は、はい」
 名前を呼ばれて、眞姫は緊張の面持ちで返事をした。
 その時。
「…………」
 今まで出席簿の名前を目で追っていた先生が、ふっと顔を上げた。
 ばちっと先生と目が合って、眞姫は驚いた表情を浮かべる。
 先生の切れ長の瞳に見つめられ、眞姫の心臓は何故かドキドキと早い鼓動を刻んだ。
 そしてそんな眞姫からふっと目線を外し、先生は何事もなかったかのように再び出席簿を読み上げ始める。
(「やっぱり、コワい先生なのかな」)
 まだ鼓動のおさまらない胸を押さえながら、眞姫は表情を変えない先生を見つめる。
 そしてクラス全員の名前を呼び終わった後、先生は言った。
「このクラスの学級委員だが、まだ君たちは入学したばかりだ。なので、こちらで決めさせてもらった。清家」
「……眞姫、呼ばれてるよ?」
 隣の席の梨華に突付かれ、眞姫はきょとんとした表情を浮かべる。
 急に名前を呼ばれて、一瞬眞姫は自分のことだと気がつかなかったのだ。
「清家、君にこのクラスの学級委員を任せたいのだが」
「え? 私ですか?」
 ようやく自分のことだと知って、眞姫は驚いた表情で先生を見る。
 慌てる眞姫を後目に、先生は有無を言わさぬ口調で言った。
「そうだ。今日の放課後、今後のことについて話をしておきたい。数学教室に来るように」
「え? きょ、今日ですか? は、はい」
 突然のことに、眞姫はとにかく頷くことしかできなかった。
「あーあ、初日から呼び出しなんてついてないねぇ」
 唖然としている眞姫に、気の毒そうに梨華が肩を叩く。
 朝から妙なモノに襲われるし、怖そうな担任の先生に学級委員に強引に指名されるし、その上数学教室に呼び出しされるし。
 ついてないのかなと、眞姫は溜め息をついた。
 そして眞姫本人の意思とは関係なく、教卓では話が進んでいた。
「副委員は芝草准(しばくさ じゅん)、君に任せる」
「えっ? はい」
 眞姫と同じく強引に副委員を押し付けられているのは、偶然にも眞姫のひとつ前の席に座っている、見るからに頭の良さそうな少年。
 穏やかそうなその顔に、やはり急に指名されて驚きの色が見える。
 何て強引な先生だろう……そう思い、眞姫は再び溜め息をついた。
「それでは、数分後に放送される入学式の案内に従って速やかに出席番号順に整列し、講堂に入場するように。以上で朝のホームルームを終了する」
 それだけ言うなり、鳴海先生はさっさと教室をあとにした。
 先生がいなくなったあと、教室は再びざわざわと生徒たちの声で満たされる。
「やっぱり怖そうな先生だねぇ。眞姫、可愛そうに」
「何で、私なんかが学級委員なんだろ」
 入学早々前途多難かもと、眞姫は机に頬杖をついた。
 その時。
「あの、清家さんだよね」
 その声に、眞姫は顔をあげる。
 声をかけてきたのは、眞姫の前の席の副委員に指名された頭の良さそうな少年だった。
「芝草くん、だっけ。あなたも不運だったねー、強引に指名されて」
 隣で、梨華がその少年に言った。
 その少年・芝草准は、その言葉に困ったように苦笑する。
「指名されたのは、もう仕方ないからね。いやとも言えないし」
 半ば諦めたように溜め息をついてから、准はそして眞姫に目を向けた。
「僕でお役に立てるかどうかわからないけど、よろしく。清家さん」
「あっ、こちらこそ、かなり頼りない委員長だと思うけどよろしくね」
 眞姫の言葉に、准は上品な顔立ちに優しい微笑みを浮かべる。
(「何だか、穏やかで優しそうな人だなぁ、芝草くんって」)
 そう眞姫が思ったその時、教室のスピーカーから入学式の案内の校内放送が流れ出した。
 先生の言っていた通り、その放送の案内に従って一斉に生徒たちが廊下に出る。
 そして廊下に綺麗に整列してから、入学式の行われる講堂に向かったのだった。