「てか、どんだけ食べる気?」
 賑やかな繁華街のファーストフード店で。
 5個目のハンバーガーを購入して戻ってきた拓巳に、准は抜かりなくツッこんだ。
 拓巳は席につくやいなや、包み紙を剥がし、大きなひとくちをハンバーガーに見舞う。
 それから、きつい炭酸をもろともせずにゴクゴクとコーラを飲んだ後、言った。
「今キャンペーンでハンバーガー安いからな、食えるだけ食っておかないと損だろ」
「いくら安いからって、食べすぎで後で胃がもたれるとか言っても、知らないからね」
「おいおい、俺を見くびるなよ? まだまだ余裕でいけるぜっ」
「……その言葉、忘れないでね」
 はあっと大きな溜め息をつき、准はあっという間に5個目のハンバーガーを平らげた拓巳に言った。
 いつものパターンから言えば、店を出たあたりから、胃がもたれただの食べ過ぎただの結局言い出すに違いない。
 だが、無邪気に目の前でポテトを頬張っている親友が、何度忠告しても懲りない性格だということも、准はよく分かっていた。
 なので、これ以上ツッこむことは敢えてせず、自分のアイスコーヒーを口に運ぶ。
 それからふっと表情を変えて、別の話題を振ったのだった。
「てかさ、拓巳は聞いた? 祥太郎のこと」
「祥太郎のこと? ああ、あの藤咲綾乃って“邪者”が、あいつのこと殺しにきたってことか? 祥太郎からは直接聞いてないけどよ、おまえから聞いただろ」
 手についた塩をパンパンと払いながら、拓巳はそう返す。
 准は小さく溜め息をつき、一旦口を噤んだ。
 やはり祥太郎は、綾乃とのことに関して、ほかの“能力者”に特に何か言うようなことはしていないようである。
 あの場所に居合わせた准は念のため、“能力者”の仲間には大まかに今回のことは伝えておいたのだが。
 この一件で、映研部員が集められてミーティングが開かれることもなければ、鳴海先生からの指示もない。
 だがそれは、何も不自然なことではなく、当然のことで。
 今回“浄化の巫女姫”である眞姫には直接関係ないことであるし、いちいち“邪者”との交戦があるたびに集まっていてもきりがない。
 “浄化の巫女姫”と関わり合いがない“能力者”と“邪者”の一対一でのやり取りは、あくまで自己責任ということなのだ。
 何より祥太郎自身、これ以上この件に関して、他の“能力者”の介入をあまり望んでいないようである。
 そのことは、よく分かっている准であったが。
 だからといって、放っておけなかったのである。
 その理由は。
「拓巳はさ、祥太郎のことを聞いて、どう思った?」
 准はちらりと拓巳に視線を向け、彼にそう訊いた。
 拓巳はうーんと首を捻ったが、程なく答える。
「“邪者”も、本格的に動き出したってことだよな。ま、俺を殺りにきた“邪者”は、返り討ちにしてやるけどよ」
 返って来た拓巳らしいその発言に、准は瞳を細めたが。
 アイスコーヒーをゆっくりとかき混ぜながらも、小さく首を振ったのだった。
「いや、そうじゃなくて。僕が聞いてるのは、今回の祥太郎の一件のことだよ」
「祥太郎の一件? そうだな……相手も“邪者四天王”で強いかもしれねーけどよ、あいつがそう簡単に殺られるとも思わないからな。もちろんそれは祥太郎だけじゃなくて、ほかの“能力者”でも同じだぜ」
「それはそうだけど」
 拓巳にそう短く言葉を返しつつも、准は前髪をそっとかき上げた。
 それから、こう続けたのだった。
「僕だって、そう簡単に“能力者”が“邪者”に負けることはないとは思っているけど。でも今回、いくつかのことが気になってるんだ」
「いくつかのこと? 何だよ」
「まず、この前の祥太郎の戦い方だよ。戦況をしばらく見ていたけど、敵である“邪者”に対して、祥太郎が反撃しようとする気配が全くなかったからね。相手もかなり腕が立つから、後半は押され気味だったし」
「あの藤咲綾乃って“邪者”と祥太郎は、普段仲がいいからな。でもあいつ言ってたじゃねーかよ。もし藤咲綾乃が“邪者”として現れたら、自分も“能力者”として行動するってな」
「僕も、別に祥太郎のことを信じてないわけじゃないんだけど。でもこの間は、どう見ても藤咲綾乃に遠慮してるようにしか見えなかったんだよ。相手は割り切って祥太郎のことを殺しにかかってるから、見ていてハラハラしたし」
 准はいまいち納得いかないような表情を浮かべ、大きく嘆息する。
 そんな准の様子を見ながらも、拓巳は残っていたコーラをすべて飲み干す。
 そして指にまだ残っている塩をぺろりと舐めてから、こう言ったのだった。
「まぁ、藤咲綾乃とああいう付き合い方をしようと選択したのは、祥太郎だからな。それがもし命取りになっても、冷たいようだけどそれはあいつの自業自得だし、あいつ自身もよく分かってると思うぜ。だから、自分自身で何とか対応しようと思ってるから、俺たちにも特に何も言ってこないんだろ」
 拓巳のその言葉に、はじめて准は小さく頷く。
 それから改めて拓巳に視線を向けた。
「祥太郎は、へんに真面目なところがあるからね。それに結構頑固で、無茶することも少なくないし。拓巳みたいに単純で分かりやすくもないから、余計に心配なんだよ」
「……悪かったな、単純で分かりやすくてよ」
 最後の一本になったポテトを頬張りながらも、拓巳は一瞬ムッとしたような顔をしたが。
 すぐさま気を取り直し、険しい顔をしている准にこう言ったのだった。
「でもまぁ、准が気になってることももっともだからな。また何かあったら俺も祥太郎に手を貸すしよ、健人や詩音だってそう思ってんだろ。いくら祥太郎がひとりで何とかしようと思っててもな。“能力者”は仲間がお互い助け合う、それが大きく“邪者”とは違うところだろ」
 准は少しだけ表情を緩めて瞳を細め、再び首を縦に振った。
「うん、そうだね。僕も注意しておくけど、拓巳も気に掛けててね」
「おうよ。ま、俺らの助け合いの原点は、あの有り得ない鳴海の特訓のせいなんだけどな」
 元々から“能力者”は、お互いが協力し合い、ひとつの物事に取り組むという気質があるが。
 少年たちは特にその意識が強い。
 それはまさに拓巳の言うように、お互いが支えあい励まし合わなければ、到底あの鳴海先生の厳しい訓練に堪えられなかったからである。
 何度も死ぬ目に遭い、トラウマになりかけた当時の様子を思い出し、拓巳は気に食わないようにテーブルに頬杖をついた。
 准はテーブルの上に散らかったハンバーガーやポテトの包み紙を折り、トレイに乗せてさり気なく片付けた後。
 再びこう口を開いたのだった。
「それからあともうひとつ気になってるのは、相原くんの言動だよ。“邪者”が近いうちに何か行動を起こすようなことを、かなり思わせぶりに言っていたからね。その真意は一体何なんだろうって」
「あの生意気なガキの言うこと、いちいち気にしてたらキリがないぜ」
 拓巳はそう言いながら、カラカラと氷のみになった紙コップを左右に振って無造作にテーブルに置く。
 准はすかさずその紙コップをトレイに置きなおしながら、首を傾けた。
「普段は別に彼の言うことなんて相手にしていないけど。でも、どうしてわざわざあんなことを思わせぶりに言ったんだろうって。あの相原くんのことだから、不用意に出たものだとは思えないし、絶対に何か裏があるに決まっているよ」
「同じ“邪者四天王”が“能力者”を殺そうとしてるのを何でわざわざ間接的に邪魔するのか、その理由か。うーん……分かんねーな」
「ただ単純に“能力者”を殺すってことだけじゃなく、何かほかに思惑があるのかもしれない。そこのところも要注意だね」
「そうだな。注意しとくに越したことはないからな」
 そこまで話をしてから、ハンバーガーもポテトも飲み物も綺麗に食べ終わったふたりは、店を出るべく席を立つ。
 几帳面にゴミを分別しゴミ箱に捨て、トレイを返却スペースへと返してから、准は出口付近で待つ拓巳の元へと歩みを進める。
 そして二人揃って店を出た後、准は思い出したように拓巳に言ったのだった。
「あ、祥太郎とも言ってたんだけど。くれぐれも今回のことは、まだ姫には言わないようにね」
「おう、分かってるって」
 拓巳は大きく頷き、漆黒の前髪をかき上げる。
 やはり、眞姫のためを思うと、彼女にはこの件はまだ言わないほうが良いだろう。
 彼女の立場や性格をよく知っている少年たちの考えは、皆同じであったのだった。
 ファーストフード店を出た拓巳と准は、夕方から夜の様相へと変化し始めた繁華街を歩きながら、駅へと進路を取る。
 彼らのような制服姿の若者だけでなく、会社帰りのOLやサラリーマンの姿も増えてきて、繁華街のメインストリートはたくさんの人で溢れていた。
 だが――その時だった。
「!」
「……!」
 拓巳と准はふと同時に顔を上げ、表情を変える。
 そして本能的に目を向けた先にいた彼らの姿を見て、眉を顰めたのだった。




「おまえ、何か余計なこと“能力者”に言ったらしいな。綾乃が文句言ってたぞ?」
 足早に行き来する人の流れが激しい繁華街を、その波に逆らわず歩きながら。
 智也は、その容姿に似合わない可愛気のない態度を取る連れに目を向ける。
「あ? 余計なことだって? あのさ、僕がものすごーくいい仕事したこと、分かんないわけ?」
 小馬鹿にしたように鼻でフンと笑った後、その連れ・渚は、わざとらしく大きな溜め息をついた。
 それからふっと漆黒を帯びる瞳を細めると、不敵に笑む。
 そして智也に視線を向けて、ゆっくりとこう言ったのだった。
「だってさ、あっさり綾乃が瀬崎先輩のことを殺しても、それはそれで今はまだすごく困るだろう? だからこの僕が、わざわざ動いてやったんだよ」
 偉そうな渚の言動にも慣れた様子で、智也は普通に納得したように頷く。
「まぁ確かにな、それはまずいもんな」
「んで結局、僕の言葉に乗せられて、まんまと芝草先輩が邪魔に入ったんだろ? あー顔がいいだけじゃなく、僕ってホント天才っ」
「てか、自分で言うなよな」
 抜かりなく間髪いれずにツッコミを入れてから、智也はふっと笑った。
 杜木の指令を遂行すべく、綾乃のことをけしかけたのは、誰でもない自分たちであるが。
 渚の言う通り、簡単に綾乃が祥太郎のことを殺してしまっては、ある理由から、彼らにとって何かと都合が悪かったのである。
 生意気な口を叩いている渚ではあるとはいえ、今回の彼の行動は、いいフォローになったことは確かである。
 智也は調子に乗りまくっている渚を後目に、賑やかな人の雑踏に目を向けた。
 ――その時だった。
「!」
 智也は無意識的に表情を引き締め、漆黒の瞳を細める。
 渚もふと顔を上げて大きな溜め息をつき、呟いた。
「……ウワサをすれば、ってヤツ?」
 先程までと明らかに印象の変わった、ふたりの黒の瞳に映っていたのは。
「誰かと思えば、先輩方じゃないですか。会いたくもない先輩方にこんなところでまで会うなんて、ついてないな、僕ってば」
 生意気全開な作り笑顔で、渚は自分たちに鋭い視線を投げている彼らに言った。
 そんな渚に負けないくらい作った笑みで、彼らのうちのひとり・准はすかさず切り返す。
「僕だって学校の外でも君に会うなんて、不愉快極まりないよ、相原くん」
「うーん、どうせなら“能力者”じゃなくて、眞姫ちゃんと会いたかったなぁ」
「姫に少しでもちょっかい出してみろ、ぶっ飛ばしてやる」
 思わず本音が漏れる智也に、拓巳は軽く身構えてチッと舌打ちをし、眉を顰めた。
 繁華街を歩いていた智也・渚の“邪者”コンビと、ファーストフード店を出た拓巳・准の“能力者”コンビが。
 偶然、鉢合わせたのである。
「別に今日君らに特に用事はないんだけど。そっちはやる気みたいだし、ここで会ったのも何かの縁ってことで、ドンパチでもしてみる?」
 いつ戦闘になってもおかしくない、一触即発の雰囲気。
 智也は“能力者”を煽るようにそう言いつつ、彼らの出方を待つ。
 だが……意外にも智也の提案にあっさりと首を振ったのは。
 同じ“邪者”の渚であったのだった。
「は? 僕はやだよ」
 渚は、緊張感漲る空気にも全くお構いなしで、大きく首を振って続ける。
「面倒くさいし、今そんな気分じゃ全然ないし。それに帰って見たいテレビもあるから、先輩たちと遊んでる暇なんて一秒もないんだよ、この僕は」
「てか、何のテレビだよ」
 渚のことをよく分かっている智也は、拍子抜けしたように苦笑しつつも、一応ツッコミを入れる。
 だが、すっかり臨戦態勢が整っている拓巳は、納得いかないように渚に鋭い視線を投げた。
「あ? ふざけんなっ。逃げるのかよ?」
 渚は拓巳の言葉に、鼻でフンと笑う。
「小椋先輩じゃあるまいし、そんな単純な挑発なんかに乗りませんよ。そう焦らなくても、また改めて先輩たちのことぶっ殺してあげますから」
「ということで、相方の気が乗らないようだから、今日は退くよ」
 そう言って智也は、スタスタと歩き出した渚に並ぶ。
 それからふと振り返ると、再び口を開いたのだった。
「あ、渚も言っていたけど。また改めて、“能力者”のこと殺りにくるから。そのつもりで」
「生憎だけど、そう簡単に僕らを殺れると思ったら大間違いだよ」
 准は“邪者”の宣戦布告に、すぐさまはっきりとそう返す。
「上等だ、返り討ちにしてやるっ」
 拓巳も同様に、真っ向から受けてたつ気満々に言い放った。
 智也はふっと漆黒の瞳を細めて不敵に笑む。
 そして渚とともに、繁華街の雑踏の中に消えていったのだった。
 そんな彼らの姿が、完全に人混みに紛れて見えなくなったことを確認して。
 拓巳は鬱陶しそうにざっと前髪をかき上げる。
 それからひとつ息をつき、ぽつりと言った。
「……てか、何か胃がもたれてきた気がするんだけどよ」
「だから言っただろ、食べ過ぎだよ。本当に懲りないよね、拓巳って」
 やはり期待を裏切らないお決まりの展開に、准は呆れたように嘆息する。
 そして、一度ちらりと“邪者”が歩いて去った方向を見た後。
 拓巳とともに、彼らとは逆方向へ歩みを進めたのだった。