――次の日。
 昼食を取り終えて一休みした少年たちは、午後の訓練のためトレーニングルームへ向かっていた。
「そういえばよ、おまえはどんな訓練してるんだ?」
 拓巳はふと首を傾げ、隣を歩く詩音に目を向けた。
 相変わらず穏やかな表情を浮かべると、詩音は拓巳ににっこりと微笑む。
「王子の訓練かい? なかなか大変な課題を与えられているよ、騎士」
 そして詩音が言葉を続けようとした、その時。
「あ、みんな。今から午後の訓練?」
 ちょうど少年たちの反対側から書庫に向かって歩いていた眞姫はそう言って、彼らにタッタッと近づいてくる。
 それから詩音に視線を向けると、彼にこう言ったのだった。
「詩音くん、昨日は楽しかったよ。妖精さんもいっぱい見つけられたし」
「お姫様が手伝ってくれたおかげで、あと迷子の妖精も残り少しだよ。パトリシアもすっかりお姫様に懐いていたしね」
「パトリシア、すごく可愛いんだもん。ペガサスに乗れるなんて、まるで夢みたいだったよ」
 そんな楽しそうに繰り広げられているふたりの会話に、残りの少年たちはきょとんとする。
「……一体、どういう会話だ?」
「さぁなぁ。てか、詩音だけならともかく、お姫様もバッチリ不思議会話しとるし」
「結構姫も、変わったところあるからね」
 思わず呟いた健人の言葉に、祥太郎と准もそう口を開く。
 詩音の訓練内容を知らない少年たちにとって、妖精だのペガサスだのと話をしている彼女らの様子に、ただ首を傾げることしかできなかったのである。
 そんな王子様との夢の国の会話を終えた後、眞姫はにっこりとほかの少年たちに笑顔をみせた。
 そして手を振り、再び目的の書庫へと歩き出す。
「じゃあみんな、訓練頑張ってね」
 詩音も再び夢の国で妖精を探すべく、少年たちと別のテラスの方向へと向かう。
「それでは騎士たち、王子もこれで」
 ふたりがそれぞれ去った後、残った少年たちはもう一度首を捻った。
 それから気を取り直し、目の前のトレーニングルームに足を踏み入れる。
 まだ紳士が来るには少し早い時間であるため、少年たちは思い思いに軽く身体を動かし始めた。
「あの紳士、今日はどんな訓練するんだろうな。ていうか准とふたりで訓練なんて、相当ストレス溜まるんだけどよ……」
「ねぇ、それってどういうことかな? 拓巳」
 わざとらしい作り笑顔を宿しながらも、准はちらりと拓巳に冷たい視線を向ける。
 拓巳はそんな准の様子に肩を竦め、深々と嘆息した。
「おまえのそーいう性格のせいだっての。てか、目が全然笑ってねーし」
「僕は拓巳のためを思って、一緒にお互い切磋琢磨していければいいって訓練していたつもりだったんだけどな。それとも何、まさかこの僕が間違ったことしたとでも言うの?」
「切磋琢磨な……あの嫌味ったらしい言動がかよ。ま、今に始まったことじゃないけどな」
 不服そうにそう呟き、拓巳は漆黒の髪をざっとかき上げる。
 そしてこれ以上口を開いても到底あの准には勝てないと悟り、拓巳はもう一度溜め息をついた。
 そんなふたりの様子を見て、祥太郎は楽しそうに笑う。
 それから健人の肩をぽんっと叩くと、悪戯っぽく言った。
「何や、俺らなんてこーんなに仲良しさんなのになぁ。な、美少年っ」
「誰が仲良しさんだって? ていうかおまえ、訓練中喋り過ぎだし」
「それもこれも、楽しい小粋な会話で美少年を楽しませようっていうハンサムくんの気遣いやんか。リップサービスっちゅーヤツやで?」
「そんなサービスむしろ余計だ、祥太郎」
 健人はブルーアイを祥太郎に向けると、淡々とそう言い放つ。
 すかさずツッこまれ、祥太郎は大袈裟にガクリと肩を落とした。
「つれないなぁ、美少年は。しまいにはハンサムくん泣くで?」
 言葉とは裏腹に笑みを浮かべている祥太郎に、健人は大きく嘆息する。
 それから、部屋の時計に視線を移した。
「そんなどうでもいいことはともかく、もう指定された時間過ぎたな」
 時計の針は、紳士から指定された訓練開始時間をすでに過ぎている。
 健人の言葉につられほかの少年たちも時計に目をやった後、思い思いに呟いた。
「そんなどうでもいいことって、えらい冷たいなぁ……ていうか、オジサマが時間に遅れるのはいつものことやし」
「あのおじ様、鳴海の野郎と違って時間にはうるさくないからな」
「でも僕たちが休暇中のおじ様に訓練を頼んでるんだから、僕たちはきちんと時間守らないとね」
 普段鳴海先生の訓練を受けている彼らにとって、紳士の指示する訓練内容はある意味新鮮だった。
 基礎を重んじながら容赦なく過酷な訓練を課す厳しい鳴海先生に対し、紳士はあくまで必要最低限の指示だけを少年たちに与え、あとは彼らの自主性に任せるような訓練方針なのである。
 かと言って、紳士の訓練に緊張感がないかといえばそうではない。
 詩音と似た理解不能なことを言うことも多いが、彼の言葉には不思議な説得力があった。
 優雅で穏やかな外見とは裏腹に、今まで“能力者”として生きてきた経験や深い知識が彼からは感じられるのである。
 とはいえ、やはり少年たちにとっては、紳士があの鳴海先生の父親だとは到底信じられないでいたのだが。
 少年たちは普段通りじゃれ合うように会話を交わしながら、彼の到着を待つ。
 そして紳士の指定した時間から、数分が過ぎた頃。
「やあ、騎士たち。お待たせしたね」
 相変わらず柔らかな空気を纏った紳士が、ようやくトレーニングルームに姿をみせた。
 瞳と髪の色は息子の鳴海先生と同じであるが、その印象は全く対称的である。
 全員に上品的な笑顔を向けた後、紳士は訓練の話を始めた。
「それで、早速だが騎士たち。昨日私が出した課題は考えてくれたかな?」
 そんな紳士の言葉に、少年たちは思い思いに頷く。
 紳士はトレーニングルームに置かれている椅子に優雅に座ってから、言葉を続けた。
「では、それを見せてもらおうかな。課題は、君たち“能力者”同士がコンビを組んで戦闘に臨む際、どう動けば優位に展開を進められるか、だったよね?」
「見せてもらうって……」
 首を捻り、拓巳は大きな瞳をぱちくりとさせる。
 紳士は微笑みを宿し、楽しそうにこう言ったのだった。
「君たちには今から、2対2で手合わせをしてもらうよ。組むのはもちろん、昨日作戦を練った騎士同士、准くんと拓巳くんコンビと健人くんと祥太郎くんのコンビで。その組み合わせ以外にほかの条件は何もないから、好きなように自由に動いてくれ。いいかな?」
 紳士はそう言い終わると、周囲への影響を懸念してトレーニングルーム内に“結界”を張る。
 准は張り巡らされた“結界”を確認した後、ちらりと拓巳に目をやった。
「拓巳とコンビ、ね」
「何だよ、その意味あり気な言い草はよ。ま、やるからにはガンガンいくぞ」
 すでにやる気満々な拓巳の様子を見てから、祥太郎はペアを組む健人の肩を叩いて笑う。
「よろしくなー、美少年っ。チーム2−Aで頑張ろうやっ」
「チーム2−Aって、安直なネーミングだな」
「んじゃ少し捻って、チーム赤い彗星とかどうや? うーん、でも赤ってより美少年は青や金なイメージやからなぁ、正統派ガンダムか金の百式か?」
「名前なんてどうでもいいし。ていうか、何でガンダムなんだ」
 はあっと大きく嘆息しながらツッコミつつも、健人はブルーアイを祥太郎に向けた。
 拓巳は気がついたようにぽんっと手を打ち、隣の准を見る。
「あ、そーいえば俺らだって、チーム2−Bじゃねーか。なぁ、准」
「いや、そんなセンスのないネーミングにわざわざ乗る必要ないし、拓巳」
 すかさずそう言葉を返され、拓巳は何も言えずに漆黒の前髪をかき上げる。
 それから気を取り直し、言った。
「ていうか、始めるんならさっさと始めようぜ」
 その拓巳の言葉に、全員が同意するように頷く。
 拓巳はちらりとコンビである准を見て言った。
「それでよ、まずはどうする?」
「そうだね……まずは手始めに、正攻法な作戦Bあたりかな」
「ま、先手必勝って言うしな。んじゃ、いくぜっ」
 そう短く作戦会議をした後、拓巳は左右の掌に“気”の光を漲らせる。
 そしてそれを、同時に祥太郎と健人目掛けて放った。
 祥太郎と健人は唸りを上げて襲いかかる衝撃にも慌てず、それぞれ難なくそれを受け止めて浄化させる。
 拓巳はそんなふたりとの間合いを縮めようと、瞬時に地を蹴った。
「突っ込んでくる気か? でも、そうはさせんでっ」
 祥太郎は素早く右手に“気”を宿すと、その足を止めるべく衝撃を繰り出した。
 眩い光が綺麗に枝分かれし、拓巳に迫る。
 拓巳は敢えてそれらを消滅させることはせず、大きく跳躍して攻撃を避けた。
 だが祥太郎の攻撃をかわした拓巳に健人はブルーアイをスッと向けると、狙いを定めてすかさず眩い“気”を放つ。
 だが拓巳は、それを避ける様子も防ぐ様子も見せない。
 むしろその手に“気”を集めて、大きく振りかぶったのだった。
 次の瞬間、大きな衝撃音が周囲に轟く。
 ――健人の繰り出した衝撃が、拓巳に届くその前に。
 唸りを上げた光が、途端に威力を失ったのだった。
「! 准の防御壁か」
 拓巳の前に瞬時に形成された防御壁に、健人はそう呟く。
 そして青い瞳を細めて表情を引き締めると、クッと唇を結んだ。
「これでも、くらえっ!」
 拓巳は健人の衝撃が無効化されたのを見計らい、輝きを増した右手をぶんっと振り下ろした。
「ちっ!」
「!」
 祥太郎と健人は上空から繰り出された“気”の衝撃に、素早く守りの体勢を取る。
 刹那、紳士の張った“結界”内に目を覆うほどの光が弾け、余波が立ち込めた。
「なるほどね。それぞれの得意な分野を考え、役割をはっきりとさせた正攻法か」
 紳士は相変わらず笑みを絶やさず、少年たちの様子を見てそう呟いた。
 それから再び、黙って戦況を見守る。
「あービックリしたわ。んじゃ、今度はこっちの番か?」
 拓巳の衝撃を防御壁で防いだ祥太郎は体勢を整え、ふっと笑う。
 そして同じく攻撃をやり過ごした健人に目を向けて言った。
「チーム2−Aも、負けじとまずは正攻法でいくか?」
「正攻法、な」
 祥太郎の言葉にそれだけ答えると、健人は再び“気”を漲らせる。
 それを見て、祥太郎も同時に掌に光を宿した。
 そして。
「! なっ!?」
 ふたり同時に放たれた衝撃は、一直線に拓巳に襲いかかる。
 クッと唇を結び、集中して攻撃を向けられた拓巳は咄嗟に“気”の防御壁を張った。
 激しい音をたてて、ふたりの衝撃は無効化される。
 だが祥太郎はさらに攻撃の手を緩めず、拓巳目掛けて第二波を繰り出した。
「拓巳っ」
 准は素早くその攻撃に反応し、防御壁を張るべく動きをみせた。
 だが、その時。
「そうはさせない……っ!」
「!」
 准はハッと顔を上げると、おもむろに身を翻した。
 その僅かの差で、いつの間にか間合いを詰めた健人の拳が空を切る。
 健人は攻撃をかわした准に、間髪入れず今度は蹴りを放った。
 バックステップで少し距離を取る様に健人から離れた後、准は体勢を立て直す。
 だがすぐさま再び地を蹴り、健人は准と接近戦に持ち込んだのだった。
「くっ!」
 その頃拓巳は、容赦なく襲いかかる祥太郎の“気”を防ぎながら顔を顰める。
 そして負けじとその手にさらに光を集め、守りから攻めへと転じようと身構えた。
 だが……その時。
 祥太郎はちらりと健人の様子を確認し、先程までとうって変わって拓巳との距離を一気に詰める。
 それから健人と目で合図を交わした後、ふっと“気”の宿った右手を大きく引いた。
 そして――その、次の瞬間。
「なっ!?」
「く……っ!」
 拓巳と准は地に足を踏みしめ、表情を変える。
 そんなふたりを挟むように位置を取り、祥太郎と健人から同時に衝撃が放たれたのだった。
 背中合わせの状態で、准と拓巳はそれぞれ目の前に防御壁を形成させる。
 ドーンッと大きな衝撃音が響き、眩い光が弾けた。
「チーム2−Aは仲良しさんやからな、チームワークもバッチリやっ。なぁ、美少年っ」
「だからその安直なセンスない名前、やめろって」
 ふうっと呆れたように嘆息し、健人はブルーアイを祥太郎に向ける。
「機動性の高い拓巳くんには遠距離から攻撃を仕掛け、防御能力に長けた准くんに対しては接近戦に持ち込んで防御壁を張らせる隙を与えない、確かに正攻法だね。そして機会をうかがって、同時に攻撃を仕掛ける。器用に攻撃も防御もこなす器用なふたりらしいな。自分たちのペースを先に作る戦い方か、相手のペースを崩して隙をつくか。実力が拮抗しているだけに、見ていて面白いな」
 ふふっと紳士は笑い、ブラウンの瞳を細めた。
 そんな紳士の様子にも気がつかず、何とか祥太郎たちの攻撃を防いだ拓巳は漆黒の前髪をザッとかき上げる。
「ちっ……准、次はどの作戦でいくんだ?」
「次は、作戦Dあたりでどうかな」
 ボソボソと再び作戦会議をする准と拓巳に目を向け、祥太郎は悪戯っぽく笑った。
「んじゃ美少年、うちらも次はメールシュトローム作戦でいくか?」
「いや、作戦に名前なんて付けてないし。それにさっきから、何でガンダムなんだ?」
 そうちゃんとツッコミを入れつつも、健人はふっと身構えて前を見据える。
 その瞬間、再び紳士の“結界”内でいくつもの大きな光が激しくぶつかり合う。
 紳士はそんな少年たちの訓練の様子を微笑ましげに見つめながらも、ふっと上品なその顔に笑みを浮かべたのだった。




 ――その日の夕方。
 眞姫は、大きな別荘の庭にいた。
 しばらくは室内で“気”を集める訓練をしていたのだが、気分を変えるために外に出たのである。
 眞姫は肩の力を抜いて一度深呼吸をすると、目を閉じて精神を集中させる。
 それと同時に、彼女の身体に淡い“気”の光が宿った。
 両手にその輝きを集め、眞姫はふっとブラウンの瞳を開く。
 前よりも少しは早く“気”を集められるようになった気がする。
 嬉しそうに微笑んでから、眞姫は球体を成した“気”をスッと消した。
 そして夕焼けの空と同じように、一生懸命に訓練に励む彼女の顔も夕陽で赤に染まっていた。
 ――その時だった。
「お? そこにおるのは、愛しのお姫様やないか?」
 ふと背後からそう声が聞こえ、眞姫は振り返る。
「あ、祥ちゃん」
「ここで訓練しとったんか? 頑張り屋やさんやからな、姫は」
 眞姫の姿を見つけて庭に現れたのは、祥太郎だった。
 眞姫はにっこりと彼に微笑みを向けると、彼に訊いた。
「みんなはもう訓練終わったの?」
「ああ。午後の訓練もひと段落ついたからな、シャワー浴びて汗を流してきたところや。ハンサムくんがますますイイ男になったやろ?」
「ふふ、そうだね」
 おどけるような祥太郎の口振りに、眞姫はくすくすと楽しそうに笑う。
 祥太郎は眞姫の笑顔を見て満足そうに微笑んだ後、風に揺れて少し乱れた彼女の髪をそっと撫でた。
 それから、こう続けたのだった。
「そうや、久しぶりに祥太郎先生が特別授業してやろうか? もう姫もかなり“気”使えるようになったやろうけど」
「本当に? 是非お願いします、祥太郎先生」
 眞姫はパッと表情を変えてから、ペコリと頭を下げる。
 彼女の可愛らしい仕草に、祥太郎は思わず頬を緩めて呟いた。
「こんなカワイイ生徒にやったら、先生、何でも張りきって教えたるで」
 祥太郎のそんな様子も気がつかず、眞姫は改めて感心したように口を開く。
「でもみんなすごいよね、あんなに難なく“気”を自在に操れるなんて」
「俺らはあの悪魔に毎日ビシバシ死ぬっちゅーほどスパルタされて、何年かかかってやーっとここまで“気”を使えるようになったんや。でも姫はまだ“気”を使い始めてほんのちょっとやっていうのに、もうあんなに使える。姫の方が、俺らよりもよっぽどスゴイんやで?」
 祥太郎は瞳を細め、ぽんっと彼女の頭に手を添える。
 眞姫は自分を励ましてくれる彼の優しい言葉に、小さく微笑んだ。
「ありがとう、祥ちゃん。私、もっともっと頑張るから」
 それから眞姫は改めて、祥太郎に訊いた。
「前よりはね、少しは早く“気”を集められるようになったんだけど。でも、まだまだ少し時間かかっちゃうの」
 祥太郎はうーんと少し考えてから、瞳に少しかかる前髪をかき上げる。
 そして、こう彼女に提案したのだった。
「じゃあな、“気”を集める感覚を覚えるために、俺が姫のサポートしたるわ。感覚が分かればあとは要領掴めると思うからな」
 そう言って祥太郎は、眞姫の背後へと回る。
 それからそっと、後ろから彼女の両手を取ったのだった。
 眞姫は手に触れた彼の手の感触に、一瞬ドキッとする。
 大きな祥太郎の胸に身体を預けるような体勢になり、彼のぬくもりが背中から伝わる。
「お姫様、肩の力を抜いて。そう、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせるんや」
 耳元で囁かれる、優しい低い声。
 眞姫は胸の鼓動を早めながらも、言われた通りに息を吐いた。
 再び彼女の身体に淡い“気”が宿る。
「そうそう、上手やで、お姫様。そのまま“気”が集まるイメージを思い描くんや」
 祥太郎は彼女をサポートするように身体に“気”を纏い、優しく誘導した。
 そして。
「わぁ、見て! 綺麗に孤を描いてるね」
 眞姫は両手にいつもよりも大きめの球体を成す“気”を見つめ、嬉しそうに声を上げる。
 祥太郎はそんな眞姫に笑みを返した後、片手をふっと掲げた。
 それから周囲に“結界”を張り、再び彼女に手を添える。
「さ、んじゃ次のステップや。この“気”をあの壁にドーンとぶつけてみようや。“結界”張ってるから、思いっきりで構わんからな」
 眞姫は祥太郎を見上げて頷くと、表情を引き締めた。
 それから狙いを定め、集めた“気”を放ったのだった。
「!」
 祥太郎は眞姫の手を離れた衝撃に、大きく瞳を見開く。
 その光は空気を真っ二つに引き裂くように唸りを上げると、勢いよく壁にぶつかった。
 派手な音を立て、壁が粉砕される。
「おーこれはスゴイなぁっ。見た目以上に威力抜群やん、さすがお姫様やな」
「祥ちゃんがサポートしてくれたおかげで、感覚が少し分かったよ。ありがとう」
 眞姫は照れたように笑い、上目で祥太郎に視線を向けた。
 祥太郎は眞姫の両手を後ろから握り締めたまま、小さく首を振る。
 そしてハンサムな顔に微笑みを宿した。
 眞姫は急に密着している祥太郎の体温を感じ、思わず瞳を見開く。
 自分を見つめてる彼の目はとても優しくて。
 何だか途端に意識してしまい、眞姫はドキドキと胸の鼓動を早めた。
「……姫」
 祥太郎の声が、耳元で彼女を呼ぶ。
 眞姫は振り返るように顔を上げると、祥太郎に視線を返した。
 それと同時に、思った以上に彼の顔が近くにあることに気がつく。
 祥太郎は眞姫から手を離さずに、ゆっくりと首を傾け彼女に顔を近づけた。
 眞姫はどうしていいか分からずに、固まってしまう。
 そして……お互いの唇が、まさに触れ合おうとしたその時。
「!」
 祥太郎はふと顔を上げると、眞姫から離れて表情を変えた。
 次の瞬間、周囲に張られていた“結界”が音を立てて崩れる。
 眞姫もそのことに気がつき、祥太郎から視線を外した。
 そんな彼の“結界”を破ったのは。
「何や、誰かと思えば美少年やんか」
「…………」
 その場に現れたのは、健人だった。
 睨むようにブルーアイを祥太郎に投げた後、健人は眞姫に言った。
「何してたんだ? おじ様が探してたぞ、姫」
「祥ちゃんにね、“気”の使い方を教えて貰ってたの。って、おじ様が呼んでたの? ありがとう、健人。祥ちゃんもいろいろ教えてくれて、ありがとうね」
 眞姫はそう言ってふたりに手を振り、庭から別荘へと戻る。
 祥太郎は調子良く彼女に手を振り返しながらも、ぽつりと呟いた。
「あー、もうちょっとやったのになぁ……」
「何がもうちょっとだ? おまえ」
 じろっとブルーアイを向け、健人は気に食わない表情を浮かべる。
 祥太郎は苦笑しつつも、健人の肩をポンポンと叩いた。
 そして嘆息して前髪をかき上げると、眞姫に遅れて別荘の方向に歩き出したのだった。




 ――同じ頃、繁華街の喫茶店で。
 その少女・つばさは、機嫌良さそうな表情でお茶をしていた。
「何かいいことあった? つばさちゃん」
 彼女の正面に座っている智也は、そんな彼女の様子に気がついてそう声を掛ける。
 つばさは智也に目を向けて笑顔をみせ、逆に彼に訊いた。
「あら、そんな風に見える?」
「うん。俺をお茶に誘ってくれるって自体、機嫌いい証拠じゃない?」
 テーブルに頬杖をつき、智也はにっこりと笑う。
 つばさは紅茶をひとくち飲んだ後、漆黒の瞳を細めた。
 そして、嬉しそうにこう言ったのだった。
「杜木様にね、ドライブに誘われたの。いつもは繁華街でお会いすることが多いから」
「そっか。よかったね、つばさちゃん。でも本当に羨ましいよ、俺なんてなかなか眞姫ちゃんに会えないもんなぁ」
 はあっと大きく嘆息した後、智也は窓の外を行き交う人波を見つめる。
 智也の想いを寄せる眞姫は、今この近くにはいないという。
 普段からあまり会えないのに、会えても大抵彼女のそばには邪魔な“能力者”がいるのだ。
 本気で彼女に惚れている智也は、そんな現状に大きく嘆息をする。
 彼の気持ちを知っているつばさは複雑な顔をして、ふっと小さく苦笑した。
 だが――その時だった。
「……!」
 つばさは突然表情を変えると、ハッと顔を上げる。
 そんなつばさの変化に気がついた智也は、視線を彼女に戻した。
「つばさちゃん?」
 智也の呼びかけにも答えず、つばさはただじっと遠くを見つめる。
 そして、ぽつりとこう呟いたのだった。
「杜木様が……杜木様が今、あの人と……」