詩音の別荘に来て4日。
1週間の予定である合宿の、ちょうど中日である。
この日も少年たちは傘の紳士に指示された訓練をこなしていた。
「……!」
准はハッと顔を上げると、その掌に“気”を漲らせる。
それと同時に眩い閃光がはしり、彼に襲い掛かった。
だがその攻撃は瞬時に張られた防御壁に阻まれて准には届かない。
地を揺るがすような衝撃音を気にも留めず、准は余波の立ち込める周囲を注意深く見据える。
その時だった。
「!」
再び自分目掛けて繰り出された衝撃の第二波が、大気をビリビリと震わせて唸りを上げる。
それを慌てる事なく受け止めて無効化させた後、准は素早く身を翻した。
そのほんの僅かの差で、彼を捉えんと放たれた拳が空を切った。
間髪入れずに続けて飛んできた蹴りを、准は相手と少し距離を取るようにバックステップで回避する。
だが、その行動を読んでいた相手は、すぐさま地を蹴って間合いを詰めると右手の手刀に“気”を宿す。
次の瞬間、ビュッという鋭い音とともに空気が真っ二つに引き裂かれた。
ただ身をかわしただけでは余波の衝撃を受けると冷静に判断した准は、両手に“気”を集めて上空に翳した。
刹那、バチイッと鈍い音が響き、相手の手刀は宙でその動きを止めざるを得なくなる。
咄嗟に強固な“気”の壁が彼の目の前に形成されたからである。
「チッ……相変わらず厄介な防御壁だな、おい」
ふっと眩い光を纏っていた右手を収め、准の訓練相手・拓巳は舌打ちした。
准は構えを解くとそんな拓巳をちらりと見る。
「そういう拓巳こそ、最初からガンガン攻撃しすぎだし。訓練とはいえ、よく考えないと後でバテるよ」
「うるせーなっ、昨日あんな嫌味ったらしい攻撃ばかりしやがってよ。今日はそのお返しだ」
「嫌味ったらしい? なんのことかな。それにお返しってね、本当に拓巳の思考って幼稚なんだから」
はあっとわざとらしく大きな溜め息をつき、准は小さく首を左右に振った。
前日同様、別メニューの詩音を除いた少年たちは2人ずつに分かれて訓練をしている。
だが、拓巳と准に出された紳士の指示は前日のものとは変わっていた。
ひたすら守りに徹していた拓巳と攻撃のみ許された准の立場を、この日は入れ替えたのだった。
つまり今は、拓巳が攻撃に准が守りに回っているのである。
そして元は攻撃の得意な拓巳は、ひたすら防御に徹しなければいけなかった前日の訓練でかなりのストレスを感じていた。
しかも相手は、長い付き合いの准。
長年の付き合いで癖や動きのパターンをよく分かっている彼の攻撃は、決して派手ではないが拓巳の苛立ちを余計に煽るものだったのである。
とはいえ、少年たちの実力は相拮抗しているため、准もそんな拓巳を捉えるまでには至らなかった。
そして今日、ようやく攻撃をすることを許された拓巳は、ストレス解消と言わんばかりに訓練開始初っ端から飛ばしているのだった。
「あ、そういえば拓巳」
准はふうっと小さく呼吸を整えると、思い出したように口を開く。
それから、こう続けた。
「あのおじ様に言われたもうひとつの課題、それも考えないとね」
「あーそういえばそうだったな。すっかり忘れてたぜ」
「どうしてそうすぐに何でも忘れるの? まったく」
暢気にぽんっと手を打った拓巳に冷たく視線を向けた後、准は改めて言ったのだった。
「じゃあ、考えようか。確か、おじ様からの課題は……」
――その頃。
別のトレーニングルームでも、少年同士の訓練が行われていた。
「おーっとっと。なかなか当たらんなぁ、美少年」
ビュッと放たれた拳を避け、祥太郎はわざと煽るようにニッと笑う。
からかうような口調の祥太郎にブルーアイを向けると、健人は攻撃の手を緩めずに言葉を返した。
「そんな安易な挑発に乗ると思うのか?」
「おわっと! ったく、美少年は容赦ないなぁ。ていうか、祥太郎くんのハンサムな顔に傷がついたら、世間の女の子たちが泣くで?」
至近距離で健人の掌から放たれた“気”の衝撃を受け止めて浄化させた後、祥太郎は悪戯っぽく笑って体勢を整える。
「よくそんな軽口がポンポン言えるな、おまえ」
健人は大きく嘆息し、金色に近いブラウンの前髪を鬱陶しそうにかき上げた。
そして改めてその手に“気”を纏うと、ダッと地を蹴る。
牽制のため右手から放った“気”を跳躍して避ける祥太郎を追って、接近戦に持ち込もうと健人はグッと拳を握り締めて攻撃を繰り出した。
祥太郎はふっと必要最低限の動きでそれをかわし、次の攻撃に備える。
その守りを崩すべく、健人は続け様に逆手の拳を放った。
それを受け流してさらに襲い掛かる膝蹴りを避けた後、祥太郎はふとさり気なく健人から一瞬だけ視線を外した。
健人は攻撃しながらもそんな彼の些細な動きに気がつき、怪訝気にスッと青い瞳を細める。
――次の瞬間。
「!」
健人は表情を変えて素早く繰り出していた拳を引くと、咄嗟に上体を反らす。
そのすれすれの位置を、祥太郎の蹴りが通過した。
さらに体勢の不安定になった健人に、祥太郎は間髪入れず右の拳を放つ。
健人はそれをかわすのを諦め、掌で受け止める。
そして、キッと抗議の視線を祥太郎に向けた。
「祥太郎……っ」
「そうコワイ顔したら美少年が台無しやで。てか、ようアレ見てみい」
眉を顰める健人に、祥太郎は視線をトレーニングルームの隅にやった。
まだ不服気ながらも健人はそんな彼の視線を追う。
祥太郎は逆に楽しそうに笑い、続けた。
「あの砂時計、キレイに終わっとるやろ。もう5分経過したんやから、攻守交代や」
「…………」
トレーニングルームの隅に置かれていたのは、アンティーク調の砂時計だった。
砂時計がすべて落ち切る瞬間に反撃を目論んでいた祥太郎の意図が分かり、健人はふっと溜め息をつく。
祥太郎は少し大きめの豪華な装飾を施してある砂時計をひょいっと手にすると、小さく苦笑した。
「うーん、でもさっきの作戦でバッチリ不意つけると思ったんやけどな。うまいコト避けたなぁ」
……この日も前日同様、祥太郎と健人への紳士の指示は変わらず、5分おきに攻守を交代で訓練するように言われていたのである。
「てか、少し休憩兼ねて、あのオジサマの言ってた課題とやらを考えるか?」
祥太郎は元あった位置に砂時計を置いてから、健人にそう提案する。
准と拓巳コンビとは違い、訓練そのものに関しては前の日と同じ指示が出されていたが。
だが彼らにもまた准や拓巳たちと同じように、もうひとつある課題が与えられていたのだった。
「課題か、そうだな」
健人は祥太郎の言葉に素直に頷いてその場に座り、ミネラルウォーターをひとくち口に運ぶ。
そんな健人と同じように地に腰を下ろしてから祥太郎は続けた。
「えーっと、確か。俺らふたりがもしタッグ組んで戦う場合、どんな風に戦い方を工夫すれば相手より優位に展開進められるか、やったっけ」
「ああ。要するに、俺たちふたりが組んで戦う場合の作戦立てろってことだろ」
「てか、んなのカンタンやん。美少年がその美貌で囮になってやなぁ、その隙にハンサムくんがイイトコ持ってくってカンジでどうや? あ、ちゃんと骨は拾ってやるから安心して囮になってもらってオッケーやでっ」
「あのな……ちゃんと考えろ」
じろっと冷たい視線を向ける健人に、祥太郎は悪戯っぽく笑う。
それからバシバシと健人の背中を叩き、ニッと笑みを浮かべた。
「冗談や、冗談っ。でもまぁ、ちょーっと本気やったんやけどな。さ、張り切って課題に取り組もうや、美少年っ」
「本当に真面目に取り組む気あるのか?」
呆れたようにそう言った後、健人はタオルを手にして首に引っ掛ける。
祥太郎はそんな健人の反応にもう一度豪快に笑ってから、そして今度は真面目に作戦会議を始めたのだった。
――その、同じ頃。
少年たちが使っているところよりも少し狭いトレーニングルームで、眞姫はひとり試行錯誤していた。
昨日まで別荘の書庫でたくさんの文献を読み、“気”に関しての知識も広がった。
だが、いざ実際に“気”を巧く使いこなそうとしても、そう簡単にはいかないのである。
眞姫は気を取り直し、大きく深呼吸をする。
そして精神を集中させるように瞳を閉じると、胸の前に両手を翳した。
数秒後……彼女の両手に、ボウッと小さな淡い光が宿る。
それを何とか球体に保ってから、眞姫はそっと目を開いた。
まだ思うようにはいかないとはいえ、以前に比べたら“気”を集めることには慣れてはきている。
だがまだ、少年たちのように瞬時に光を作り出すことも、意のままに操ることもできない。
掌に“気”を集めるのに数秒の時間を要する上に、それをしばらく保つためには相当の集中力が必要だった。
眞姫は改めて、難なく能力を使いこなしている少年たちのすごさを実感する。
彼らも今のように力をつけるために必死に訓練してきたのだ。
自分も彼らのように頑張らないと。
眞姫は再び“気”を漲らせるべく、両手を掲げた。
――その時だった。
おもむろにトレーニングルームのドアが開いたことに気がついた眞姫はふと背後を振り返る。
そして、その顔ににっこりと笑みを浮かべた。
そんな彼女の目に映っていたのは。
「調子はどうかな? お姫様」
「おじ様」
トレーニングルームに入ってきたのは、傘の紳士であった。
眞姫は栗色の髪をそっとかき上げた後、小さく首を傾けて言った。
「難しいですね、“気”を使うことって。前よりは少しは慣れてきましたが、まだ全然みんなみたいにスムーズに使いこなせないです」
「そう難しく考えなくていいよ、お姫様。肩の力を抜いてリラックスして、自分の中でイメージするんだ」
そう言って、紳士はふっと手の平を翳す。
それと同時に、彼の手に美しい“気”の光が宿ったのだった。
少年たちや傘の紳士は、こういとも容易く力強い光を作り出すことができるなんて。
眞姫は感心するようにブラウンの瞳を細める。
それから美しい輝きを放つ紳士の“気”を見つめ、ほうっと感嘆の息を漏らす。
そして、ふと思ったのだった。
紳士の作り出す光から感じるあたたかさが、鳴海先生の“気”の雰囲気とよく似ていると。
見た目の印象は全く正反対なふたりであるが、やはり親子なのだなと。
そう思うと、眞姫は何だか微笑ましい気持ちになる。
紳士は表情の緩んだ眞姫を優しく見つめ、彼女に言った。
「さぁ、お姫様もやってみてごらん。今のリラックスした気持ちをそのままに、イメージを頭の中に思い描くんだよ」
「イメージを……」
眞姫は紳士に視線を返した後、再び軽く瞳を閉じる。
そして今まで自分が間近で感じてきた“気”のイメージを思い出す。
――次の瞬間。
「あ……」
眞姫は自分の掌に宿る“気”の感覚に、瞳を開いた。
あんなに今まで“気”を集結させることに時間がかかっていたのに。
以前よりも早く、眞姫は光を作り出すことができたのである。
しかも、球体にした“気”は今までは重くて維持することにも必死だったのに。
不思議と今自分の手に漲る光の塊は、羽のように軽かった。
紳士は満足そうに微笑んでから眞姫の髪をゆっくりと撫でる。
「お姫様が持っている“気”はほかの誰よりも強大で眩く、慈悲深くてあたたかい。自分を信じて、肩の力を抜けば大丈夫だよ」
「ありがとうございます、おじ様」
眞姫は嬉しそうににっこりと笑顔を宿し、ペコリと紳士に頭を下げた。
そんな彼女に、紳士は思い出したようにこう言ったのだった。
「そうだ、お姫様。訓練の息抜きに、詩音くんのところへ行ってみてはどうだい? 彼の訓練は君にとってもとても刺激的だと思うよ。テラスに行ってみてごらん」
「詩音くんのところに? あ、はい。行ってみます」
眞姫は唐突にそう言われてきょとんとしたが、すぐに素直に頷く。
紳士は彼女の答えを聞いた後、ふっと上品な顔に笑みを湛える。
それからトレーニングルームを後にし、長い廊下を歩いて広いリビングへと足を向けた。
「あら、お兄様。今紅茶お淹れしますね」
リビングにいた詩音の母・静香は、よく響く澄んだ声で現れた紳士に声をかける。
そして紳士の分の紅茶を用意した後、くすくすと笑った。
「あの若い騎士たちには、随分と穏やかに指導なさってるんですね。昔将吾さんたちを鍛えていた時は、まるで鬼神か悪魔かといったような厳しさでしたのに」
「もう私もあの頃のように若くないからね。それにあの騎士たちは、お互いがお互いを高め合いながらこれからもっと強くなっていくだろう。だから、少し手助けをしてあげるだけで十分なんだよ。それに君の大切な王子様・詩音くんには、将吾から“空間能力”をより伸ばす訓練を集中して取り組ませるよう言われているから、特別に今課題を与えているところだしね」
紳士はそこまで言って静香の淹れた紅茶をひとくち口に運び、瞳を細める。
それから、楽しそうにこう続けたのだった。
「それに鬼のような特訓は、私でなくても将吾がやってくれているようだから」
静香は美しい顔に笑みを湛え、無邪気に笑う兄に小さく頷く。
いい香りのする紅茶の上品な味をもう一度堪能した後、紳士はリビングに静かに流れているクラシック音楽に耳を傾けた。
そしてそっと目を閉じ、物思いに耽ったのだった。
紳士に言われた通り、眞姫は別荘のテラスにいるという詩音の元へと向かっていた。
話に聞くところによると、詩音はほかの少年たちとは別メニューで訓練しているという。
詩音はテラスで、しかもひとりでどんな訓練をしているのだろうか。
それに自分が行って訓練の邪魔にならないだろうかと思いつつも、眞姫は紳士の言葉を信じて歩みを進める。
そして、ようやく辿り着いたテラスに一歩足を踏み入れた……その瞬間だった。
「……えっ!?」
眞姫は思わず、驚いたように声を上げてしまった。
ここは、別荘のテラスのはずなのに。
その場に着いた途端、ガラリとそんな面影は全く消えてしまったのである。
そして目の前に見えるのは――色彩豊かな花畑。
延々と続くのではないかと思うくらい広い一面の花畑が、一瞬にして彼女の目の前に広がったのだった。
――その時。
「おや、これは。僕の愛しのお姫様じゃないか」
穏やかな声が背後から聞こえ、眞姫は振り返る。
そしてさらに、そのブラウンの瞳を大きく見開いたのだった。
彼女の瞳に映っているのは。
まさに王子様のように、美しい白馬に乗った詩音の姿。
しかも彼の乗るその白馬の背には、大きくてしなやかな翼が生えていた。
詩音は華麗に白馬から着地すると、まだきょとんとしている眞姫の手を取る。
それからそっと彼女の手の甲に接吻けすると、言ったのだった。
「ようこそ、僕の夢の国へ。歓迎するよ、お姫様。そして彼は僕の愛馬・ペガサスのパトリシアだよ」
眞姫は柔らかな詩音の唇の感触にドキッとしながらも、おそるおそる紹介されたパトリシアとやらを見る。
きっと一面の花畑もこのペガサスも、詩音の“空間能力”によって作られたものなのだろう。
そう理解しながらも、眞姫はあまりにも現実離れした景色に瞳をぱちくりさせる。
そして詩音に視線を戻し、遠慮気味に彼に言った。
「おじ様から、詩音くんがテラスで訓練しているって聞いて来たの。訓練の邪魔だったらごめんね」
詩音はそんな彼女の言葉に、大きく首を振る。
「とんでもない、むしろとても嬉しいよ。そうだ、お姫様も少し王子に与えられた仕事を手伝ってくれないかな?」
「仕事?」
「そう、この僕に与えられた課題だよ。さあ、パトリシアに乗って。行こう」
そう言い終わるやいなや、不思議そうに訊き返した彼女の手を取ると、詩音は彼女をパトリシアに乗せる。
それから自分もひらりと愛馬の背に乗り、手綱を引いた。
「! きゃっ」
パトリシアが翼を羽ばたかせた途端、ふわりと重力に逆らってそのしなやかな身体が宙に浮く。
眞姫は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにパッと瞳を輝かせた。
「すごい、ペガサスに乗ってるなんて素敵……夢みたいっ」
そう呟いて、眞姫ははしゃいだように眼下に広がる花畑を見つめる。
そしてそんな彼女の様子に、詩音は嬉しそうに微笑んだのだった。
それから……しばらく移動した後。
どうやら目的地に到着したらしく、パトリシアがおもむろに着地する。
「あ、そうだ。それで詩音くんに与えられた課題って何なの?」
パトリシアの背から降り、眞姫は首を傾げて詩音にそう訊いた後、着いたその場所を見回す。
そこは――森の入り口だった。
詩音は彼女を紳士的にエスコートしながら森の中へと歩みを始め、彼女の問いに答える。
「実はこの森で、100人の妖精が迷子になったんだ。それを見つけ出して元の妖精の国に返してあげるのが、王子の課題なんだよ。今はまだ、45人しか見つけられてないんだ」
「えっ、妖精!?」
またもや突拍子のないその内容に、眞姫は再び目を丸くする。
いや、これも立派な“空間能力”の鍛錬なのだろうが。
何というか、非現実的というか彼らしいというか。
そう思った……その時だった。
「お姫様。ほら、あそこを見てごらん? 花の妖精を見つけたよ」
「え? あっ、本当だ! 妖精がいる……」
詩音の指差す方向を見た眞姫は、興奮したように声を上げる。
そんな眞姫に柔らかな笑顔を向けた後、詩音はふっと瞳を閉じた。
そして“空間能力者”特有の“気”を手に宿し、あるものを作り出して彼女に手渡す。
「これは……お花?」
眞姫に渡されたのは、不思議な虹色をした一輪の花だった。
詩音はその言葉に頷き、口を開いた。
「この花は、花の妖精が大好きな花なんだよ。それを翳せば、妖精が寄ってくるから」
眞姫は彼の説明を聞いて虹の花を見つめた後、それを手にしたままそっと妖精に近づく。
そして。
「わあっ、見て! 妖精さんが寄ってきてくれたよ、詩音くん」
虹の花に吸い寄せられるかのように飛んできた妖精を見て、眞姫は子供のように楽しそうに言った。
詩音はそんな無邪気なお姫様の姿をブラウンの瞳に映し、幸せそうに綺麗な顔に笑みを宿す。
「これで46人目だよ、お姫様。さぁ王子と一緒に、残りの妖精を探しに行こう」
「うんっ。何だか本当に夢をみているみたいで楽しいね、詩音くん」
眞姫はすっかり懐いた小さな花の妖精を肩に乗せ、詩音の手を取る。
それから妖精を探すべく、森の奥へと歩を進めたのだった。
――その日の夕方。
繁華街の喫茶店で珈琲を飲みながら、その青年・杜木慎一郎は、目の前の少女から聞いた報告にふっと漆黒の瞳を細めた。
類まれなる美しいその容姿と、カリスマ性を備えた神秘的な雰囲気。
そんな彼の姿に見惚れながらも、その少女・つばさはさらに口を開く。
「もしかしたら単なる偶然かもしれませんが、ここ数日“能力者”の少年たちの気配がこの付近から感じられないのは確かですわ。それに“浄化の巫女姫”は確実に1週間はいないようです。ですから一応、杜木様にご報告をと思いまして」
「そうか。ありがとう、つばさ」
杜木は優しくつばさに微笑み、おもむろにスッと彼女の頬に触れた。
細くて長くてしなやかな、彼の指の感触。
つばさは途端に胸の鼓動を早めながらも、嬉しそうに漆黒の瞳を細める。
「少しでも杜木様のお役に立てれば、つばさは嬉しいです」
杜木はそんなつばさに優しく言葉を返す。
「本当にいい子だ、つばさは。十分に、君は私の力になってくれているよ」
「杜木様……」
幸せそうに笑みを零すつばさの髪を撫で、杜木は穏やかな笑みを彼女に向けた。
それからふと、何かを考えるように呟く。
「“浄化の巫女姫”はおろか、“能力者”の少年たちも近くにいないかもしれない、か……」
杜木はつばさの頬を親指でそっとなぞった後、再び珈琲を口に運ぶ。
そして漆黒の瞳を改めて彼女に移してから、にっこりと綺麗な微笑みを湛えてこう言ったのだった。
「つばさ。今度の日曜、一緒にドライブでもしよう。予定を空けておいてくれ」
つばさは思いがけない杜木の誘いに、漆黒の瞳を数度瞬きさせる。
だがその後すぐに大きく頷くと、嬉しそうに頬を赤らめた。
杜木はカチャリとコーヒーカップをソーサーに置いた後、窓の外に目をやる。
そして青から赤へとその色を変えた空を見つめながら、ふっと口元に笑みを浮かべたのだった。