SCENE6 ファミレス午前3時

 ――AM3:00。
 私たちはドライブを一旦中断し、バイパス沿いのファミレスにいた。
 真夜中のファミレスは、思ったよりもたくさんの人で賑わっている。
 先生は平気って言ってたけど……あんなにずっと運転してて、疲れないわけがない。
 先生を振り回したのは、誰でもない私なんだけど。
 でも、少しでも休んで貰えればと、そう思って。
 私は先生に、ファミレスに入ろうと誘ったのだった。
「何にしようかな。ケーキセットも美味しそうだし、迷っちゃうな」
「こんな時間に甘いもん食ったら太るぞ、おい」
 メニューを品定めする私に、先生はそう言って笑う。
 そして、小さくひとつあくびをした。
 そういえば昨日先生は、学校に出勤の日だったはず。
 仕事で疲れているのに私に付き合って、こんな時間まで一緒にいてくれて……。
 今すごく感じているのは、先生に対して申し訳ないっていう気持ちと。
 そして……私のワガママに文句ひとつ言わない、先生の優しさ。
 先生って、言動が妙に可愛かったり子供っぽかったりするけど。
 でもやっぱり、頼りになるというか懐が広いというか、大人なんだなって思うことも多い。
 私は先生より年上のお兄ちゃんもいるし、昔から大人の多い環境にいることもすごく多かったから。
 だから年上の人と一緒にいる方が、安心するのかもしれないとよく思う。
 でも、それだけじゃない。
 大河内先生は――年上の包容力もあるけど、少年の心もちゃんと忘れず持ってる人。
 そんな先生だからこそ、一緒にいても年の差をあまり感じないのかもしれない。
 ううん、むしろ年とか関係ない。
 私の隣に先生がいて、先生の隣に私がいる。
 それだけで、私たちの心はあったかい気持ちでいっぱいに満たされるから。
 でも先生は、11歳も年下の彼女がいるって言ったら確実にロリコンだと思われるって、ぼやいてたんだけどね。
「どうしたんだよ? そんなニヤニヤして」
 自分をじっと見つめている私の視線に気がついて、先生は首を傾げた。
 それからニッと笑みを浮かべ、続ける。
「俺がいい男だからって、見惚れてんのかよ」
「んー、ケーキセットのケーキ、何にしようかなー」
「おい、おまえな。ちゃんと聞けよ、コラ」
 むうっと不服気な先生の様子に、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
 本当に先生とずっと一緒にいても、飽きることなんて全くない。
 飽きるどころか、先生が私の恋人になってからのこの数ヶ月、本当に楽しくて仕方がないくらいで。
 それはまだ、付き合いだして半年も経っていないってこともあるかもしれないけど。
 でも、私には自信がある。
 何ヶ月、何年、何十年経っても……先生と一緒にいる時が、一番幸せだと思えるって。
 そしてお茶を飲んでひなたぼっこをしながら、穏やかに流れる時間と心の安らぎを共有できるって。
 知美にそのことを言ったら、バカップルだって笑われちゃったけど。
 でも、それでもいいんだ。
 先生と、ずっと一緒にいられるのなら……。
「おまえ、ケーキセットにするのかよ?」
 店員に自分の分の注文をしてから、先生は私にそう訊いた。
「うん。レアチーズケーキのケーキセットで」
 先生の言葉に頷き、私は見終わったメニューを店員に手渡す。
 それから注文を済ませたその後、先生ははあっと大きく溜め息をついた。
「レアチーズってな、真夜中によくそんなヘビーなもん食えるよな」
「別に先生が食べるんじゃないからいいでしょ? それに、そんな年寄りっぽいこと言っちゃって」
「何だよ、小学生とか年寄りとか人のこと散々言ってよ。俺自身は、めちゃめちゃ年相応だと思ってるんだからな」
「はいはい。あ、飲み物ドリンクバーから取ってくるけど、先生はコーヒー? 取ってきてあげるよ」
 そう言って席を立った私に、先生は苦笑しつつ手を軽く上げる。
「人の話を簡単に流すなっての。ていうか、飲み物取って来てくれるのか? 悪いな」
 私はテーブルに頬杖をつく先生に笑って、それからセルフサービスの飲み物を取りに行く。
 付き合い出して半年弱、大体先生の好みは把握できている。
 コーヒーはブラック、紅茶は香りのキツイハーブ系は苦手で、砂糖なしのレモンティーが好きだ。
 なのに、アイスコーヒーの時は何故かガムシロップを入れる。
 お茶は濃い目が好みで、一番好きなのは抹茶玄米茶。
 結構猫舌だから、淹れたては飲めないんだよね。
 でも一番好きな飲み物は、果汁100%のオレンジジュース。
 妙にこだわりがあり、オレンジジュースは100%じゃないと駄目なんだって。
 私は先生のコーヒーをカップに注ぎながら、思わず漆黒の瞳を細めてしまう。
 好きな人のことを考えるのって、本当に楽しい。
 それから私は自分のアップルティーを淹れてから、席へ戻ろうと先生の方に視線を向けた。
 ……その時。
 私は大河内先生を見て、ふと足を止める。
 それから気を取り直して席へ戻ると、先生の顔を覗き込んだ。
 ――そんな目の前の、大河内先生はというと。
 テーブルに頬杖をついたまま、眠ってしまっていたのだった。
「やっぱり疲れてるよね……ありがとう、大河内先生」
 私は先生の隣の席に移動し、スースー静かに寝息を立てる先生に小声でそう言った。
 仕事終わって帰ってきて、そして長時間のドライブだもんね。
 そして情緒不安定だった私に、気も使っただろうし。
 それに先生って根はすごく真面目だから、私が家出して押しかけた時は本当に困っただろうな。
「ごめんね……夕食に先生の大好きなカレーライス、うんと美味しく作ってあげるから」
 そう呟いて、私は俯く。
 私のことを大切に想ってくれてる先生の気持ちに、これからも精一杯応えていきたい。
 迷惑かけた分、もっともっと先生のために、私も頑張るから。
 そう思った、その時。
「カレーライス……ニンジン、少なめにしてくれよな」
 ぽつりと、そう耳元で聞こえた。
 私はその声に、驚いたように顔を上げる。
 そんな私の瞳に飛び込んで来たのは、薄っすらと開いた先生の両の目。
 その漆黒を湛える瞳は神秘的でもあり、そして何より優しさに満ち溢れていた。
「先生、寝てるのかと思った」
「ん? ていうか寝てたよ、一瞬マジで落ちちまった。さすがに座って一休みしたら、眠気が一気にきたな」
 軽く目を擦り、先生はふわっとあくびをする。
 私はそんな先生に微笑みを向け、そして言った。
「寝てていいよ、先生。少し休憩しないとね」
「那奈……そうだな、ちょっと休むか」
 私の言葉に、先生は瞳を細めてこくんと小さく頷く。
 それから私は、わざとらしく笑みを浮かべて続けた。
「あ、そうだ。先生の寝顔、携帯の写メで撮っておこうっと」
「あ? んなもん撮るなっ。ま、寝てても俺はいい男だけどよ。あ、撮る時はちゃんとマネージャーと事務所通してから撮れよ」
 ニッと悪戯っぽい表情をする先生に、私はくすくすと笑う。
「自分でよく言うわね、先生ってば。むしろどこよ、事務所って。寝る前から寝言言っちゃ駄目じゃない」
「うるせーな、寝言って言うなっ。んじゃ、しばらく経ったら起こしてくれ」
 私の持ってきたコーヒーをひとくち飲んだ後、先生はテーブルにうつ伏せになる。
 それから数分も経たないうちに、再びスースーと寝息を立て始めた。
 口では大丈夫だとか言ってたけど、やっぱり疲れてたんだね。
 無理させてごめん、先生。
 そして……本当に、ありがとう。
 材料余っちゃうから、カレーライスのニンジンを減らしてあげることはできないけど。
 でも、ずっとずっと私は――大河内先生の、すぐ隣にいるから。
 そして先生が起きたら、言おうと思う。
 ありがとう、もう平気だよって。
 だがら、家出もこれで終わり。
 きちんと家に帰って、電話で怒鳴っちゃったお父さんにもちゃんと謝るから。
 そして――。
 一番伝えたいのは、この言葉。
 大河内先生のこと、大好きだよ……って。