SCENE7 ドロシーと夏の花
――その日の夜。
すっかり雨もあがり、雲間から柔らかな光を湛える月が顔を見せている。
浴衣に着替えた大河内先生は、リビングの窓の外から静かな夜の風景を眺めた後、カチカチと時を刻む時計に目をやった。
まだ花火大会開始には、少し時間がある。
だが、先生は少し待ちくたびれたように小さく溜め息をつく。
女の身支度は、どうしてこうも時間がかかるものなんだろうか。
浴衣を持った恋人が二階の部屋に上がって、もう軽く30分は経っている。
先生のそんな心内も知らず、たまに女の子ふたりの楽しそうな声が微かにリビングにも聞こえていた。
先生は漆黒の前髪をかき上げた後、窓際からソファーへと戻って腰を下ろす。
「お茶でもどうですか? 大河内先生」
相変わらず育ちの良い顔に胡散臭いくらいの爽やかな作り笑顔を浮かべ、コポコポと悠は先生の湯呑みにお茶を淹れた。
「ああ、悪ぃな」
そんな悠にちらりと視線を向けて一応そう言った後、先生は漆黒の瞳を細める。
何とかボーリング勝負は引き分けで終わることができ、悠の思惑を阻止することができたのだが。
しかし、正直かなり危なかったのも事実である。
目の前の悠は、何事も上手にこなせる器用な男。
その上に育ちの良い上品な容姿に、サラサラのブラウンの髪と同じ色の瞳。
学校の成績ももちろんだが、その言動からも頭の良さを感じる。
目の前の厄介な恋のライバルに、先生は思わずふうっとひとつ嘆息する。
それと同時に絶対に彼に那奈は渡さないと、改めて強く思ったのだった。
だが、この悠だけでも手一杯なのに。
「那奈たちはまだ、準備中かな?」
カチャリとリビングのドアが開き、奥の部屋で仕事をしていた那奈の兄・遼が顔を見せる。
先生の正面に座った遼にもお茶を出し、悠は頷く。
「まだ女の子ふたりは2階で着替えてるよ、遼兄さん。どうぞ」
「そうか。ありがとう、お茶いただくよ」
にっこりと紳士的に微笑んでお茶をひとくち飲み、遼はそれから先生に目を向けた。
那奈と同じ色を湛える黒の瞳は一見物腰柔らかに見えるが、相変わらず大切な妹の彼氏に対する厳しい色も見え隠れしている。
そして自分の行動を逐一チェックしている遼の視線を、先生は強く感じていた。
とはいえ、見られて困るような行動は取っていないし、那奈に対してもいつもと変わらず誠意を持って接している自信はあった。
しかし、自分と那奈は教師と生徒である。
妹を大切に思っている遼にとって見れば、年上であり教師である自分が生徒である那奈をたぶらかしたと思われても仕方がない。
現に初日に、面と向かって遼から気に食わないと言われている先生としては、あとは自分の行動を見てもらって誠意を示すしかないのである。
ただ、那奈の兄である彼が何でも完璧にこなせる人物だということが、先生にとって少しプレッシャーであった。
今までたった数日しか遼とは一緒ではないが、彼はどこからみても非の打ち所のない人物。
その上に遼と那奈は非常に仲の良い兄妹で、那奈は兄の遼に憧れの気持ちを抱いているのが見て分かる。
那奈の恋人として、そんな完璧な兄・遼から果たして認められるかどうか。
先生は漆黒の髪をかき上げ、はあっと溜め息をついた。
……その時。
再びリビングのドアがカチャリと開き、ようやく女の子ふたりが姿を現す。
先生はふと顔を上げ、やっと出かける準備の整った恋人に目をやった。
「あ、大河内先生。どうかな、似合う?」
彼の視線に気がつき、那奈はにっこりと微笑む。
そんな彼女の姿に、先生は思わず言葉を失ってしまった。
昔からの定番である藍色の浴衣が、黒髪美人である那奈にはとてもよく似合っている。
高級そうな上品な絞りの浴衣がまた、彼女の雰囲気とよく合っていた。
髪も綺麗にアップにされており、横から見えるうなじがまた綺麗である。
「先生、どうかな? 浴衣とか着たの、何だか久々だけど」
「え? あ、ああ。すごく似合ってるよ」
ようやく我に返り、先生は頷く。
そんな先生の様子に、鮮やかな赤の浴衣を着た知美はニッと笑った。
「アイちゃーん、思わず那奈に見惚れちゃった?」
「う、うるせーな、そんなんじゃねーよっ」
何気に図星をつかれ、顔を真っ赤にしながら先生はふいっと視線を逸らす。
那奈は先生の姿をまじまじと見て、そして楽しそうに笑った。
「先生も浴衣、似合ってるよ。何だか、呉服屋の若旦那みたい」
「あ? 何か微妙な表現だな、それって褒めてんのか?」
「褒めてるってば。ていうか、浴衣着てよかったでしょ?」
ふふっと笑い、那奈は無邪気に持っているうちわでパタパタと彼を扇いだ。
そんな那奈の言葉に、先生はふっと漆黒の瞳を細める。
そして、こくんと頷いた。
「ああ、そうだな。浴衣もたまにはいいな」
もちろん浴衣持参でなかった那奈や先生は、今回悠の別荘にあった浴衣を借りて着ている。
ちょうど悠自身の男物の浴衣と、もうすでに嫁いだという悠の姉の女物の浴衣が、2着ずつあったのだった。
遼は直前まで仕事をしていたため、浴衣ではない。
遼も浴衣ではないし、最初は面倒だと言っていた先生だったが。
那奈にせがまれて、仕方なく彼も浴衣を着ることになったのである。
だが実際に浴衣を着た恋人の姿はとても新鮮で、普段よりも色っぽく見える。
「那奈ちゃん、知美ちゃん。とっても綺麗だよ」
わざと先生と那奈の間に割って入るように位置を取り、悠は女の子ふたりににっこりと笑いかける。
那奈は嬉しそうに表情を緩め、悠に言った。
「悠くんもすごく素敵よ。悠くんって上品でハンサムだから、すごく浴衣も似合うよね」
「おい、おまえな……俺の時は微妙だったのに、こいつの時はモロ褒めてんじゃねーぞ、コラ」
先生は拗ねたようにそう言って、那奈にムッとした顔を向ける。
知美はバシバシと先生の肩を叩き、からかうように笑った。
「ん? アイちゃんってば、ヤキモチ? カワイイー」
「うるせぇなっ、おまえは少し黙ってろ、竹内っ」
きゃははっと楽しそうに声を上げる知美にじろっと目を向け、先生は嘆息する。
悠はふと、そんな先生にちらりと視線を向ける。
そしてすかさず那奈に微笑みかけ、言った。
「じゃあ行こうか、那奈ちゃん」
「あっ、安西っ。おまえ勝負で勝ってもないくせに、何やってんだよっ」
那奈の手をさり気なく取って歩き出した悠に、先生は視線を投げる。
スタスタと歩みを止めないまま、悠は先生の言葉を気にすることなくすました顔で振り返った。
「確かにそうですけど、かと言って勝負に負けたわけもないでしょう? だから、先生に独占させる気もありませんよ」
「ったくよ、屁理屈ばかり抜かしやがって」
「……勝負? 独占?」
ふたりの会話に、那奈は不思議そうに首を傾げる。
そんな那奈の隣に並ぶと、先生はぐいっと彼女を自分の方に引き寄せた。
悠はそんな先生の行動にムッとした表情を浮かべつつ、はあっと嘆息する。
「さっきも言いましたけど、先生こそやっと引き分けだったじゃないですか。ほぼ僕の勝ちだったのに、往生際が悪いんですから」
「あ? 往生際が悪いとか言うなっ。ていうか、おまえには絶対負けねーよっ」
「まぁ今回は運が良かったみたいですけど、次はそうはいきませんから、大河内先生」
「ったく、ああいえばこういうんだからよ……ていうか上等だ、いつでも受けて立ってやる」
言い合いをするふたりの間で、事情の分からない那奈はまだきょとんとしている。
そんな3人の様子を見て、知美は楽しそうに笑った。
「あのふたり、本当に那奈のことが大好きなんだからねぇっ。あれで気がつかない那奈も那奈だけど」
「さあ、知美ちゃん。僕たちも行こうか」
遼はにっこりと知美に微笑むと、那奈たちから遅れてゆっくりと歩き出す。
それからふと前を歩く大河内先生の後姿を見た後、隣を歩く知美にこう訊いたのだった。
「知美ちゃん、大河内くんって学校ではどんな先生なんだい? 彼はなかなかのハンサムだし、やはり生徒に人気あるのかな」
その遼の問いに、知美は瞳をぱちくりとさせる。
そして、大きく首を振って答えた。
「いいえ、全然っ。学校ではアイちゃん、めっちゃ目立たない先生なんですよぉっ。存在感薄いっていうか地味っていうか、冴えないっていうか」
「存在感薄くて、地味で冴えない? 大河内くんがかい?」
知美の答えに、今度は遼が驚いた表情をする。
プライベートバージョンの大河内先生しか知らない遼にとっては、目の前のいかにも男前な彼が、学校では地味で冴えない教師だなんて信じられなかったのだった。
知美はそんな遼の反応を見てから、さらに口を開く。
「那奈って、派手な男の人ってあまり好きじゃないでしょ? だから入学してすぐ、冴えないアイちゃんのこと好きになったんですよ。告白はアイちゃんからだったみたいですけど、きっかけはバレンタインの時に那奈からチョコあげたことだったし」
「そうだったのか。那奈の方から、彼を好きに……」
ふたりが付き合いだした詳しい経緯を知らなかった遼は、知美の言葉に何かを考えるような仕草をした。
知美はふわふわの茶色い髪を無意識に撫でた後、ふっと笑う。
「あ、でも私から見ても、アイちゃんってすごく那奈のこと大切にしてるなってのは感じますよ? 前に、那奈が階段から足を踏み外したことがあって。その時アイちゃん、身を挺して那奈のこと庇って、病院に運ばれたこともあったし」
それから無邪気な表情を浮かべると、知美はこう言葉を続けたのだった。
「でも学校では冴えないアイちゃんが実はあんなにいい男だったなんて、私もビックリしましたよぉ。しかも青のフェラーリに乗った大河内建設の跡取り息子だなんて、全然信じられないし」
「え? 大河内建設、だって?」
その何気なく言った知美の言葉に、遼はふと表情を変える。
それから、漆黒の瞳を大きく見開いた。
「どうしたんですか、遼さん?」
珍しく紳士的な微笑みの消えた遼を不思議そうに見て、知美は首を傾げる。
「いや……何でもないよ」
遼は数度瞬きをした後、気を取り直して彼女にいつも通りの紳士的な笑顔を向けた。
それからぽつりと、こう呟いたのだった。
「まさかな、きっと違うだろう……」
――それから、数十分後。
那奈たち5人は、花火大会の会場になっている湖畔に到着した。
夏休みということもあり、静かなはずの避暑地が多くの人で賑わいを見せている。
そんな中、大河内先生は花火大会が始まるのを待ちながらひとつ小さく溜め息をついた。
その理由は。
「…………」
ちらりと視線を那奈に向け、先生は面白くなさそうな表情をする。
楽しそうに微笑む那奈は、普段見慣れない浴衣のせいか、いつもよりも色っぽく見えた。
だがそんな那奈を挟むように、悠と遼のふたりがしっかりと位置を取っているのだった。
先生の表情が冴えない、その原因。
那奈の隣には常に悠か遼がいるため、先生はなかなか彼女とふたりで話をすることすらできない状況なのである。
「アイちゃーんっ、那奈のこと取られて拗ねてるのぉ?」
そんな先生の様子に気がつき、ふと知美が寄ってきて彼に声をかけた。
くすくすと笑う彼女に、先生は眉を顰める。
「あ? 誰が拗ねてるってんだよ、竹内」
「あー、私にそんな態度とってもいいのかなぁ、アイちゃーん」
むすっとした先生に、知美はニッと笑う。
それから、言葉を続けた。
「さっきね、遼さんに聞かれたんだぁ。アイちゃんって、学校ではどんな先生かって」
「えっ? それで、おまえなんて答えたんだよ!? まさか、変なコト言ったんじゃないだろうな!?」
「変なコト? さぁ、それはどうでしょーかねぇっ」
途端に瞳を見開く先生の様子に、知美はわざとらしくとぼけたふりをする。
先生は漆黒の前髪をかき上げ、はあっと大きく嘆息した。
「どうでしょうってな、おまえ今でも俺の印象良くないってのに、頼むからさらに悪化させるようなこと言うなよっ!?」
ブツブツとそう呟く先生の様子を見て、知美はふっと微笑む。
それから何かを思いついたようにぽんっと手を叩くと、彼に言ったのだった。
「あー何だか喉渇いちゃったぁっ。冷えたアイスティーが飲みたいなぁっ」
ちらりとわざとらしく自分を見る知美に、先生はチッと舌打ちする。
そして、仕方ないように歩き出したのだった。
「あー分かったよっ。ったくっ、買ってくればいいんだろっ。ていうか、教師パシらせるんじゃねーってのっ」
「あ、買ってきてくれるのぉ? アイちゃん、優しーいっ」
「ったくよ、わざとらしいんだよ、おまえは」
きゃははっと笑う知美をじろっと見てから、先生は近くの自動販売機までスタスタと歩いて行った。
そんな先生の後姿を見送った後、知美はふと視線を那奈に移す。
そして。
「那奈ーっ。ちょっと、ちょっとぉっ」
「どうしたの? 知美」
自分を呼ぶ知美の声に振り向き、那奈は首を傾げながら彼女の元へと移動する。
知美は那奈の肩を軽く叩き、そしてこう言ったのだった。
「アイちゃんがね、今ジュース買いに行ってるんだけど……那奈も、行ってあげたらどうかな?」
……その頃。
知美にパシらされた先生は、自動販売機の前に着いていた。
そして財布から小銭を出して投入し、言われた通りにアイスティーのボタンをポチッと押す。
同時に、ガタンとアイスティーの缶の落ちる音が聞こえる。
それを取り出し、先生は自分の分のコーヒーを買おうと再び財布を開いた。
その時。
「大河内先生、私はお茶がいいな」
突然背後から聞こえてきたその声に、先生はふと振り返る。
そして意外な表情を浮かべ、呟いた。
「那奈……」
先生の漆黒の瞳に映っているのは、自分を見つめてにっこりと微笑んでいる那奈の姿。
周囲に悠も遼もいないことを確認した後、先生は彼女に笑顔を向けた。
「どうしたんだよ、おまえ」
「先生が飲み物買いに行ったって聞いたから、追いかけてきたの。私はお茶が飲みたいな、先生」
大河内先生は持っていた小銭を入れ、そしてお茶のボタンを押した。
那奈はふっと屈み、お茶の缶を取り出して笑う。
「ありがとう、先生」
彼女の言葉に答えるかのようにぽんっと彼女の頭に手を添えてから、大河内先生は時計を見た。
そして時間を確認して、ゆっくりと口を開く。
「そろそろ花火大会始まる時間だけどよ……少し、ふたりで周囲歩いてみないか?」
「うん、いいよ」
先生の誘いに、すぐに那奈は首を縦に振った。
久しぶりに彼女とふたりきりの時間を作ることができ、先生は漆黒の瞳をふっと細める。
それから自分の分のコーヒーを買ってから、彼女と並んで歩き出した。
湖畔に吹く夏の生ぬるい風が、そっと頬をくすぐる。
揺れる黒髪を少し気にしながらも、那奈は隣を歩く先生に視線を向けて微笑んだ。
「花火、楽しみだよね。晴れてよかったね、先生」
「ああ、そうだな。もうすぐ始まる時間だよな、花火」
大河内先生は、そう言ってふと天を仰ぐ。
天候が回復したとはいえ、目の前に広がる夜空はまだ雲に覆われていて、月が見え隠れしている。
そして那奈も先生につられ、ふと空を見上げた。
……その、次の瞬間。
「あっ、花火始まったね! わあっ、綺麗っ」
空に花火が打ち上げられる音とともに人々の歓声が耳に聞こえ、真っ暗だった夜空に大輪の花が咲いた。
赤や黄色を彩る花火を見上げ、那奈は興奮したようにパチパチと手を叩く。
先生は子供のようにはしゃぐ恋人の無邪気な笑顔を見つめ、ふっと漆黒の瞳を細めた。
恋人と一緒に過ごせる、幸せな時間。
彼女と共有できる思い出がまたひとつ増えたことの喜びを、この時先生は強く感じていた。
「先生、どうしたの?」
自分をじっと微笑ましげに見つめている先生の視線に気がつき、那奈はふと彼に目を移す。
大河内先生はそんな那奈の身体をおもむろに引き寄せ、そっとその華奢な身体を抱きしめた。
それからちらりと周囲を見回した後、那奈の顎を軽く持ち上げて漆黒の瞳を伏せる。
「先生……」
那奈は少し照れたように頬を赤く染めながらも、ふっと両の目を閉じた。
そして近づいてきた先生の唇を、ゆっくりと受け止めたのだった。
夜空に上がった花火が、そんなふたりの横顔を一瞬明るく照らす。
そんな花火を見向きもせず、この時のふたりは恋人の柔らかい唇の感触を互いに確かめ合ったのだった。
耳に響く花火の音を聞きながら交わした長めのキスの後、先生はもう一度那奈の身体を抱きしめる。
それから、彼女の耳元でこう言ったのだった。
「これからも俺たちは、ずっと一緒だ。そうだろう? 那奈」
耳にかかる吐息に一瞬ドキッとしつつ、那奈は嬉しそうにコクンと頷く。
そして照れたように頬を赤く染めながら、にっこりと彼に微笑みを向けた。
「うん。ずっとずっと、私は先生と一緒だよ」
「ああ。ずっとずっと一緒だ」
先生は那奈の言葉を聞いて、さらにぎゅっと彼女を強く抱きしめる。
那奈もそんな先生の行動に応えるように、恋人の広い胸に身体を預けたのだった。
……それから、ほんの数分もたたないうちに。
「あっ、携帯が鳴ってる? 悠くんからだ」
ふっと先生から離れ、那奈は携帯電話を耳に当てる。
きっと姿の見えない自分たちに気がついた悠が、ふたりの邪魔をしようと電話してきたのだろう。
そう思って嘆息しつつも、先生は目の前で話をしている恋人を優しく見つめる。
そんな先生の視線に気がついて微笑みを返しながら、悠との短い通話を終えた那奈は携帯をしまう。
それから夜の闇を彩る花火を見上げ、少し残念そうに口を開いた。
「先生、そろそろみんなのところに戻ろうか」
「ああ、そうだな」
大河内先生はそう言って頷き、ぽんっと那奈の頭に手を添える。
そして彼女の前に、スッと手を差し出した。
そんな先生の大きな手を、那奈はぎゅっと握り締める。
繋いだ手からじわりと伝わってくるお互いの温もりに、ふたりは今この瞬間の幸せを改めて感じた。
先生は愛しそうに隣にいる恋人を見つめた後、ふと天を仰ぐ。
そして夜の闇に咲く色鮮やかな夏の花を見ながら、彼女とともにゆっくりと歩き出したのだった。