*1 季節外れの転校生
0. 運命の星の元に
* *
世界を照らす月が淡い光を放ち、いろんな色をした星たちがキラキラと瞬いている、満天の星月夜。
そしてその下にいるのは、私と大好きなあの人のふたりだけ。
たまに星が降ったりするのを彼と一緒に見つめて。
ねえ、今、流れ星に何の願い事をしたの? なんて、ベタな会話をしたりしながら。
なんてロマンティックなんだろう、どうかこのまま、時間が止まりますように……。
心の中でそっと、そんな願いを流れ星に馳せる。
私は星を見るフリをしながら、実は隣の彼のことばかり見ていたのだった。
それからしばらく、ふたりで楽しい会話を交わした後。
ふと私たちは、同時に口を噤んだ。
そして――次の瞬間。
彼が私の手を、さり気なく握る。
そんな思いがけない手の温もりに、私は心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいドキドキしてしまって。
真っ赤に染まった顔で隣を見たら……彼の瞳は、真っ直ぐに私だけを映していた。
彼は夜風に靡いて頬にかかった私の髪を優しく払ってくれた後。
ほんの少しだけ、私の顎を持ち上げる。
そして――私たちは。
数え切れない星たちに見守られながら、友達だった今までの関係に終止符を打ったのだった――。
* *
……なーんて。
今時そんな展開、下手な少女漫画でも有り得ない。
そして相変わらず自分の妄想は陳腐で、これでは三流漫画家にだってなれやしないな、と。
私はそんなことを思いながら、ほとんど星の見えない都心の空を見上げて小さく首を振る。
そして窓とカーテンを閉め、まだ引っ越したてでダンボールばかりの部屋に目を向けた。
小さい頃の将来の夢は、少女漫画家だった。
それはすでに過去形ではあるが。
今でも時々、こんな非現実的な妄想をする時がある。
時間がある時にボーッと、とり止めもなく妄想することは楽しかったりするけれど。
でも、今は。
くだらない妄想をする暇があったら、早いところ引越しの荷物を整理してしまおう。
そう思ってようやく重い腰を上げた私は、一番近くにあるダンボールを開け、ノロノロと片付けを始めた。
――数日前。
『お父さんとお母さんは離婚した。そしておまえは、これからはお母さんと一緒に暮らしなさい』
……ああ、やっぱりね。
思ったのは、たったそれだけ。
告げられた内容があまりにも予想通りすぎて、ショックも何もなかった。
お父さんは、有名でも何でもない、しがない陶芸家。
逆にお母さんは、大手出版社で編集長をしているバリバリのキャリアウーマン。
お母さんが若い頃にお父さんを取材した時、お互いが惹かれ合って。
大恋愛の末に結婚したって聞いたことがある。
きっと結ばれた時は、さっきの星空の下の妄想のように、ふたり甘い時間を共有していたんだろう。
でも、時の流れは無常なもので。
いつからかお父さんとお母さんは、時間だけじゃなくて気持ちまですれ違いはじめた。
そんな様をふたりは私には悟られまいとしていたけれど。
でも子供って、そういうことにはすごく敏感なんだよ。
最初は両親が別れてしまうことが怖くて、すごく不安だった。
でも……気持ちの冷めたふたりを見ているうちに。
いつかこんな日が来るんだろうなって、まるで他人事のように思えるようになって。
そしてやっぱり、いざそういう日が来た時も。
寂しいけど仕方ないね、分かったよ、って。
聞き分け良く頷く余裕さえあった。
いや、いつだって私は、明るくて元気で聞き分けがいい良い子。
そう振舞うことに慣れているから。
ふたりの生活力や性格を考えれば、私がお母さんに引き取られることも容易に想像できたし。
別に親が離婚したからって、私って可愛そう、なんて全然思わない。
これからもお父さんとは普通に会えるみたいだし、むしろギスギスしている両親に気を使う方が余程辛かったから。
ただ、仲が良かった友達と離れちゃうのが寂しかったけどね。
「でもやっぱり、都会の学校は違うなぁ」
私はふと壁にかけてある新しくて可愛いデザインの制服に目を向け、思わずそう呟く。
前に住んでいた場所も都内ではあったけれど、中心から離れたのんびりとした町だった。
でも明日からはこの可愛い制服を着て、都心のど真ん中にある高校に通うことになる。
転校なんて生まれて初めてだから不安はあるけれど。
派手ではないがどこか垢抜けした上品なデザインの制服を着られるのは、ちょっぴり嬉しかった。
「そういえば明日、何て挨拶しようかな……」
何だか真新しい制服を見ていたら、急に緊張してきてしまった。
私は落ち着くために大きく深呼吸をした後、もう一度窓を開けて天を仰いだ。
相変わらずあまり多くの星は見えなかったが。
でもよく目を凝らすと、いくつか明るい星を見つけることができた。
お父さんとお母さんが離婚したのも運命。
私が明日から新しい学校に通うことも運命。
そしてそこで生まれる新しい出会いも、星の元に決められた運命なんだよね。
……なーんて、またちょっとロマンティックなことを思いながら。
新しい出会いに期待と不安を募らせる。
いや、正直言うと……ほんの少しだけ、親の離婚という事実は寂しかったりもする。
大恋愛の末に結ばれた男女も、うちの両親のように、時が経てば気持ちが離れてしまうことだってある。
でも、じゃあ、大恋愛をしている時のふたりの恋心は、一体どこにいってしまったのだろうか?
そもそも……恋って、何だろう。
私はうーんと頭を悩ませながら、星のようにキラキラしている都会のネオンを窓から見下ろす。
それからふと腕時計を見て、慌てて窓を閉めた。
思っていた以上に時計の針は進んでいて。
いつの間にか、日付が変わっていたのだ。
明日は初めて新しい学校に登校する日なのに、夜更かしなんてしていられない。
私はバタバタと明日の準備をした後、お母さんがいつも通りまだ仕事から帰っていないのを確認してから、早々にベッドに潜り込む。
そして電気を消し、ふと暗くなった部屋で何気にこう考えたのだった。
もしも星空を見ていて流れ星を見つけたら。
その時は、どんな願い事をしようかな、って。
でも……その答えを出す前に。
引越しで疲れていたためか、私は夢も見ずに、すぐに深い眠りに落ちていったのだった。
そんな私は――まだ、恋を知らない。