――ある晴れた秋の日。
この日の授業もすべて終わり、私立・聖煌(せいおう)学園高校は放課後の雑踏で賑わっていた。
「あ、拓巳」
生徒達の声で賑やかな廊下を歩いていたその少年・小椋拓巳(おぐら
たくみ)は、自分を呼ぶその声にふと振り返る。
そんな彼の大きな黒い瞳に映ったのは、知的な顔に柔らかな微笑みを浮かべるもうひとりの少年。
拓巳は瞳にかかる漆黒の前髪をかきあげ、言った。
「お、准じゃねーかよ」
拓巳を呼び止めた少年・芝草准(しばくさ
じゅん)は、にっこりと拓巳に微笑む。
「ねえ、拓巳。今から帰るんだろう? 一緒に帰ろうよ」
「ああ、いいぜ。鞄取ってくるから靴箱で待っててくれよ」
「うん。じゃあ靴箱で待ってるね」
拓巳の言葉にこくんと頷き、准は靴箱に向かって歩き始めた。
拓巳はそんな准に背を向けて、教室へと進路を取る。
開け放たれた廊下の窓から吹きつける爽やかな秋風が、拓巳の黒い髪をそっと撫でた。
健康的で体育会系の拓巳と温和で優等生の准は、一見すると正反対のタイプである。
タイプこそ違うがふたりは中学の頃からの友達で、付き合いは長い。
高校に入ってクラスは別々になったが、同じ部活で家の方角も同じということもあり、今でもたまに一緒に下校している。
拓巳は教室に戻って自分の鞄を手にして、准の待つ靴箱へと急いだ。
校門を出たふたりは、他愛のない話をしながら地下鉄の駅へと向かう。
准は歩きながら、おもむろにちらりと時計を見た。
季節は秋になり、日が暮れる時間も次第に早くなってきている。
先程まで青かった空も夕暮れで赤く染まりかけていた。
そしてふたりが賑やかな繁華街へ差し掛かった……その時。
准はふと何かを見つけて立ち止まった。
「? どうしたんだよ、准」
急に立ち止まった准につられ、拓巳も足を止める。
そんな拓巳ににっこりと笑顔を向けて、准は言った。
「拓巳、まだ時間もそんなに遅くないし、喫茶店に入らない?」
「え? ああ、いいけどよ」
大きな漆黒の瞳をぱちくりさせてから拓巳は頷く。
拓巳の返事を聞いた准は嬉しそうに笑顔を浮かべ、店の中へと入った。
拓巳もそんな准に続き、ウェイトレスに案内された席に座る。
そしてテーブルに備え付けてあるメニューを開いた。
「うーん、何となく腹減ってるような気もするしなぁ……准は何にするんだ?」
「注文なら、もうはじめから決まってるから」
拓巳の言葉に、准はにっこりと微笑む。
そして間もなく、ウェイトレスがふたりのテーブルにお冷を運んでくる。
水の入ったグラスをテーブルに置くと、ウェイトレスは営業スマイルで言った。
「ご注文がお決まりになられましたら、お呼びください」
「あ、もう注文いいですか?」
ぺこりと頭を下げて立ち去ろうとしたウェイトレスを、准は呼び止める。
それから知的な顔に微笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「マロンパフェをひとつ。以上で」
「……えっ?」
何を頼もうかとメニューと睨めっこをしていた拓巳は、准の言葉に驚いた表情を浮かべる。
そんな拓巳に構わず、ふたりを不思議そうに交互に見つめるウェイトレスにもう一度准は言った。
「注文、マロンパフェひとつでお願いします」
拓巳はそんな准の強引な言葉に、呆気にとられたまま何も言えないでいた。
そしてウェイトレスがいなくなった後、ようやく訝しげに准を見る。
「俺、何にするかまだ決めてないのによ。何で先に注文するんだよ?」
「大丈夫だよ、拓巳。僕に任せて」
にっこりと普段と変わらず知的な顔に温和な微笑みを浮かべる准を見て、拓巳は首を傾げた。
「ていうか……何が大丈夫なんだ?」
「だって秋だよ、秋はマロンパフェに限るだろう?」
「いや、意味分かんねーし。マロンパフェはいいけどよ、何でひとつなんだよ?」
拓巳の言葉に、准は嬉しそうにふふっと笑う。
そしてテーブルに頬杖をつき、言った。
「やっぱり秋といえば、栗だからね」
「……質問の答えになってないって思うの、俺だけか?」
もう一度首を捻って、拓巳はお冷をぐいっと飲む。
准はそんな拓巳を見てから、楽しそうに笑顔を浮かべた。
そして。
「お待たせしました、マロンパフェです」
先程と同じウェイトレスが、准の注文したマロンパフェを運んできた。
准は満足そうにマロンパフェを見つめ、スプーンを手に取る。
それから、パフェの一番上にのっている栗をすくった。
そしてにっこりと柔らかな微笑みを拓巳に向け、言った。
「はい、拓巳。あーん」
スッと、目の前に差し出された栗。
そんなスプーンの上にのっている栗と准の顔を交互に見て、拓巳は一瞬言葉を失う。
「……え?」
「だから……はい、あーん」
「はあぁっ!? おまえ、何やってるんだよっ!?」
ようやく目の前の状況に我に返り、拓巳は思わず声を上げた。
慌てる拓巳を後目に、准はにこやかな表情を変えずに言った。
「何って、拓巳に食べさせてあげようと思って。はい、あーん」
「ちょ、ちょっと待て、おまえ大丈夫か!?」
何度も瞬きをして動揺を隠せない拓巳に、准はくすくす笑う。
「やだなぁ、照れちゃって。顔が真っ赤だよ? 拓巳」
「かっ、顔が真っ赤ってなっ! おまえがヘンなこと言うからだろうがよっ!」
「ヘンなこと? 僕、ヘンな事言ってるつもりないんだけど?」
くすくす笑ったままで、准は再び拓巳に栗を差し出す。
耳まで真っ赤にさせた拓巳は、テーブルに頬杖をついて視線を逸らした。
「ていうか、こんなところでそんな恥ずかしいことできるかよっ!」
「じゃあ、こんなところじゃなければ恥ずかしくないんだ。照れ屋だな、拓巳は」
「あのなぁっ、そーいう問題じゃねーよ! おまえ、おかしいぞ!?」
ブツブツ言いながら、拓巳は前髪を無造作にかきあげる。
そんな拓巳の様子を見て、准は再び笑って言った。
「冗談だよ。ていうか拓巳、耳まで真っ赤だよ?」
「……おまえって、実は結構性格悪いよな」
はあっと大きく嘆息し、拓巳は残っていたお冷を一気に飲み干す。
准は楽しそうに笑顔を浮かべ、そして拓巳にメニューを渡した。
「はい、メニュー。拓巳もマロンパフェにしなよ、秋だし」
「マロンパフェはいいよ、栗はこりごりだっ」
拓巳はわざとらしくもう一度溜め息をつき、通りかかったウェイトレスにコーヒーを注文する。
そんな拓巳に意味あり気な笑顔を向け、そして准は言った。
「拓巳、これからどこに行こうか? まだまだ秋の夜長の楽しみは、これからだからね」
★
「……巳、拓巳っ」
ふと自分を呼ぶ声が聞こえ、拓巳はゆっくりと顔を上げた。
そして知的な印象の准の顔が自分のすぐ近くにあることに気がつき、慌てて起き上がる。
「うわっ! じゅ、准っ!?」
「うわっ、じゃないよ。もうとっくに放課後だよ? いつまで寝てる気なの?」
はあっと溜め息をつき、准はそう言った。
拓巳はきょとんとした後、周囲を見回す。
「あれ? 学校……?」
「何寝ぼけてるんだよ、帰る支度できてるの?」
「え? ああ、今からするよ」
机に置かれたままだった教科書を鞄にしまいながら、拓巳はじっと准の顔を見る。
そんな拓巳の視線に気がつき、准は訝しげな顔をした。
「何? 拓巳」
「えっ、いや……何でもねぇよ」
あのマロンパフェの出来事は、どうやら夢だったようである。
拓巳はホッと安堵しつつも、夢の内容を思い出して首をぶんぶん横に振る。
何であんな夢を見たんだろうか。
まだ「あーん」をしてくれる人物が、拓巳が想いを寄せている眞姫であったら幸せだったのに。
「よりにもよって、准かよ……ていうか、何だか妙にリアリティーあったしな」
「……?」
ブツブツ言う拓巳に、准は不思議そうに首を傾げた。
それからふたりは学校を出て、いつものように他愛のない会話をしながら駅に向かった。
夕焼けが空を赤く染め、秋風が優しくふたりの髪を揺らしている。
……その時。
准はふと何かを見つけて立ち止まると、知的な顔に微笑みを浮かべ、そして言った。
「拓巳、まだ時間もそんなに遅くないし、喫茶店に入らない?」
「えっ!?」
拓巳は思わず言葉を失い、その場に立ち止まる。
「ウソだろ、おい……もしかして、正夢かよ!?」
そう呟き、拓巳は驚いたように目の前の喫茶店のディスプレイをじっと見つめる。
そんな彼の漆黒の瞳には、“秋の栗フェア・マロンパフェ”の文字が映っていたのだった。
FIN
美佑のあとがきという名の言い訳; |
すすす、すみません……! ウキウキで始まった「秋の夜長企画」なんですが……。 「ねぇ……何、コレ?」って言わないでくださいー!! 可愛い純情たっくんと、彼をからかう実は性格黒い准くんの話なんですが(夢だけど)……あは(泣) 誤解ないように言っておきますが、本編「Sacred Blood」は、純粋現代学園ファンタジーなんですよ! 女性向け要素は一切ありません(汗)いや、この話も女性向け要素は全然ないんですが(爆) そして本当の准くんは、優等生で優しい少年なんですよ〜! いや本当に; 企画の相方である紫月ちゃんが、有難い事にうちの准くんを好きと言ってくれているのでサービスで(え) あーでも、可愛いたっくんは書いていて楽しかったです♪(おい) |
相方・紫月ちゃんからのコメントv 今回もたっくん純情で超かわいいし、紫月が准君大スキって事でサービスしてくれて嬉しいよぉ。 ってゆーか、女性向け要素一切なしって・・確かに言われて見れば、曲解しない限り 本編と大差ないかもね。准君が黒ってとこを除けば。 まぁ、本編でも准君どんどん黒くなってるしね♪なんて(笑)。 優等生で優しい少年 からはだんだん遠くなっていっているような気が・・? でも准君もたっくんも好きなんで、今回の話面白かったよ〜v 実は夢オチ&正夢? も良かったし☆ 次回もサービス・サービスでよろしくネvv ビバマロンパフェ〜♪ とりあえず、第一弾お疲れ様でした!! |