Sacred Blood 七夕企画





 ――7月7日。
 梅雨もようやく明けた、蒸し暑い夏の朝。
 学校に到着した眞姫は、靴を履き替えて2年Bクラスの教室に向かっていた。
 その時。
「おう、おはよう、姫っ」
 背後からふと声を掛けられ、眞姫は立ち止まって振り返る。
 そして相手を確認すると、大きなブラウンの瞳を細めてにっこりと微笑んだ。
「あ、おはよう、拓巳」
 それから同じクラスのふたりは、一緒に教室に向かって階段を上り始めた。
 眞姫は栗色の髪をそっとかき上げて、思い出したように口を開く。
「あ、そういえば今日って、七夕だね」
「そっか、今日って七夕だったな」
 言われてようやく気がついたように、拓巳はそう言った。
 それから、漆黒の前髪をかき上げて続ける。
「織姫とひこ星が一年に一回だけ会えるって日だっけ、七夕ってよ」
「うん、そうだよ。今日だけ、織姫とひこ星が天の川を渡って再会出来る日なんだ。でも今日って雲多いからね、晴れたらいいな」
 眞姫の言葉に、拓巳はふっと笑った。
「俺たちが願掛ければ、きっと晴れるぜ。俺も姫も、晴れ男で晴れ女だからな」
「そうだね。ふたりで晴れますようにってお願いすれば、晴れるよね」
 にっこりと自分に微笑みを向ける眞姫の顔に見惚れながら、拓巳は大きく頷く。
「ああ。きっと、織姫とひこ星のやつらも会えるぜ」
 眞姫は拓巳の言葉にもう一度微笑んで首を縦に振った後、ふと彼に訊いた。
「ねぇ、拓巳。拓巳がもし、ひこ星だったらどうする? 好きな人と、一年に一回しか会えなかったら」
「好きなヤツと、一年に一度だけしか会えなかったらか? 天の川に隔てられて会えないなんてよ、俺だったらイヤだな」
 すぐにそう答えた後、拓巳は少し考える仕草をする。
 それから、ニッと笑みを浮かべてこう続けたのだった。
「でもよ、本当に会いたくなったらな、俺は天の川でも何でも泳いで渡ってやるよ。水泳も得意なんだぜ、俺」
 拓巳のその言葉に、眞姫はくすくすと笑う。
「すごく拓巳らしいね。でも拓巳なら、何だか泳いで天の川も渡れそう」
「だろ? 待ってろよ、バタフライでも背泳ぎでも何でもできるからな。むしろ、めちゃめちゃバサロで進むぜっ」
 ますます調子に乗る拓巳に、眞姫は楽しそうに言った。
「ふふ、バサロって。あ、私は平泳ぎが得意だったよ。あと、犬掻き」
「姫の平泳ぎって、ちょっと想像つかねーかも……それに、犬掻きって得手不得手があるもんなのか?」
 相変わらず少しずれている眞姫に何気なくツッこんでから、拓巳はうーんと考える仕草をする。
「あーていうかよ、何願い事するかな。いっぱいありすぎて、絞れねーよ」
「そうだよね、たくさん願い事したいよね。短冊、いっぱい書かなきゃ」
「短冊たくさん書くのも、何だか面倒だよな……ま、一番の願いだけでも叶えばいいんだけどよ」
 ぼそっとそう呟いた拓巳の言葉を聞き逃さず、すかさず眞姫は彼に訊いた。
「拓巳の一番の願い事って、何?」
 眞姫のその言葉に、拓巳はカアッと顔を赤らめる。
 それから、照れ隠しのようにふいっと眞姫から視線を逸らして言った。
「なっ、願い事ってのはよ、人に言ったら叶わねーもんなんだぞっ。だから、秘密だよ」
「でも、短冊に書いて飾っちゃったら見えちゃうよね」
「結構鋭いところつくよな、姫って……」
 はあっと嘆息し、拓巳はガクリと肩を落とす。
 それから、こっそりと思ったのだった。
 自分の、一番の願い事。
 今自分の隣にいる眞姫と――ずっと、一緒にいられますように。
 拓巳は照れたように前髪をザッとかき上げた後、眞姫にこう続けた。
「でも俺はな、願うだけじゃなくて努力もするぜ、姫っ」
「そうだね。たくさん願い事があるなら、その分頑張らないとね」
 拓巳は隣で笑う眞姫を見つめ、そして幸せそうに大きな漆黒の瞳を細めたのだった。