その日の、昼休み。
午前中の授業が終わった校舎内は、生徒たちの声で賑やかである。
眞姫は2年Bクラスの教室を出て、授業のプリントを提出するために職員室に向かった。
その時。
「これはこれは、僕のお姫様。どちらまで行かれるのかな?」
ポンッと肩を叩かれて振り返った眞姫は、声を掛けてきたその少年・詩音の姿を見て笑顔を浮かべる。
そして、彼の問いに答えた。
「あ、詩音くん。プリント提出しに職員室に行ってるの」
「おやおや、運命の悪戯かな? 僕もちょうど、事務室に用があるだよ。途中までエスコートさせていただけないかな、お姫様」
詩音の申し出に、眞姫はこくんと頷く。
「うん、一緒に行こうか」
眞姫のその言葉を聞いて、詩音は嬉しそうに彼女の隣に並んだ。
そして詩音と職員室に向かう途中、眞姫はふと言った。
「ねぇ、今日って七夕だよね」
「そうだね、今日は恋人たちの再会の日。星々のフェスティバルだよ。とてもワクワクしているんだ、僕は」
「今年は会えるかな、織姫とひこ星」
眞姫はそう言って、ふと窓の外の空を見上げる。
晴れてはいるが、たまに太陽は雲によってその光を遮られていた。
詩音は優しく眞姫の髪を撫でながら、美形な顔に優雅な微笑みを浮かべる。
「きっと会えるよ、僕たちがこうやって再会しているみたいにね」
「そうね、きっと会えるよね」
彼の言葉に頷き、眞姫はブラウンの瞳を細めた。
それから、詩音に続けてこう訊いたのだった。
「ねぇ、詩音くん。詩音くんがもし、ひこ星だったらどうする? 好きな人と、一年に一回しか会えなかったら」
「王子の場合かい? そうだね……」
サラサラの色素の薄い髪をかき上げた後、詩音はにっこりと笑ってこう答えた。
「天の川を渡ってお姫様に会いに行くのもいいけど、王子はいつでもお姫様に会いたいと思うからね。空間を飛び越えて、お姫様のそばに行くよ」
「そっか、詩音くんは“空間能力者”だもんね。気がついたら隣にいそうだよね」
妙に納得したように、眞姫はうんうんと頷く。
詩音は上品な笑みを湛えたまま、そんな眞姫の手をスッと取った。
そして、澄んだブラウンの瞳を彼女に向ける。
「今日だけは、美しく輝く天の川も愛し合うふたりにとっては障害なんかじゃないんだ。むしろ星々もふたりの愛を祝福してくれる。今日の夜、耳を澄ましてごらん。聞こえるはずだよ、星たちの歌が。僕はね、一年に一度のこの日が大好きなんだ」
本当に楽しそうにそう言う詩音に、眞姫は微笑む。
人一倍感受性が強い詩音らしい言葉だなと、彼のキラキラした瞳を見つめて思ったのだった。
それから詩音は、目の前の眞姫をじっと見つめる。
そして、満足そうにこう続けたのだった。
「でも王子の愛があれば、天の川だって飛び越えられる。ううん、七夕の日を待たなくたって、王子とお姫様は自然と出会ってしまう運命なんだよ。そうだろう? お姫様」
「詩音くんって、本当にロマンティストね。一年に一度しか会えないのもロマンチックだけど、運命的に自然と引き寄せられる王子様とお姫様っていうのも素敵よね」
眞姫は他人事のようにそう言って、悪びれなくにっこりと笑顔を詩音に向ける。
その後、ぽんっと手を打って思い出したように言った。
「あ、短冊に願い事もかかなきゃね。願い事、叶うかな?」
そんな眞姫に、詩音は相変わらず柔らかな微笑みを絶やさずに答える。
「お星様にたくさんお願いしないとね、お姫様。でもお姫様の願い事は、この王子が叶えてあげるよ」
「ふふ、ありがとう、詩音くん。何だか詩音くんなら、何でも願い事叶えてくれそうだよね」
眞姫のその言葉に応えるように、詩音は彼女の頭をもう一度優しく撫でた。
それから無意識的に指を動かし、浮かんできた旋律を頭の中で奏でる。
それは――愛し合う王子様とお姫様をはやしたてる、無邪気な星たちの歌。
詩音は再び眞姫に優雅な笑顔を向け、そして恋人星たちの再会の夜を前に心躍らせたのだった。