12月25日――クリスマス。
 朝から降り続いている雪が、見慣れた風景を一面の銀世界に変えていた。
 時間も夕方になり、クリスマスの街は普段以上にたくさんの人で溢れている。
 そんな繁華街の賑やかな様子に目もくれずに信号が青に変わったのを確認して、鳴海先生は愛車のアクセルを踏んだ。
 生徒たちは昨日終業式を終え冬休みに入っているが、教員である鳴海先生は今日も学校に出勤していた。
 今日の職務を終えて学校を出たダークブルーのウィンダムは賑やかな繁華街を過ぎてオフィス街へと差しかかる。
 その時先生は、ふと時計を見る。
 それから前方に視線を戻して切れ長の瞳を細め、車を止めた。
「一体、どういう風の吹き回しだ?」
「あら、第一声からそれはないんじゃない? せっかく時間通りに来てみたのに」
 車から降りてきた鳴海先生に、その場で彼を待っていた由梨奈は笑う。
 そんな由梨奈の様子に深々と嘆息し、先生は助手席のドアを開ける。
「約束の時間に来るのが当然だ。それに自分の行動をたまには省みてみろ、言われても仕方ないとは思わないのか?」
「今日は時間通りに待ってたんだからいいでしょ、ねっ?」
 由梨奈は先生の言葉を気にすることもなくにっこりと微笑んでから、ダークブルーのウィンダムへ乗り込んだ。
 相変わらずな彼女の様子にもう一度溜め息をつき、先生は助手席のドアを閉める。
 それから足早に運転席へと戻ってゆっくりと車を走らせ始めた。
 由梨奈は窓の外の雪を見て瞳を細め、そして先生に目を向ける。
「今日はクリスマスでしょ、アメリカにいるダーリンが日本に来る予定だったんだけど、急遽仕事の都合が入って来られなくなったのよ。せっかくのホワイトクリスマスなのになぁ、残念だわ」
「まったく……それでおまえに付き合わされる俺の身にもなってみろ」
「またまたぁ、照れちゃってっ。こんな美人人妻とホワイトクリスマスにデートだなんて、なるちゃんってば幸せ者ぉっ」
 きゃははっと笑う由梨奈に、先生はわざとらしく大きく溜め息をつく。
「本当におまえは、ああ言えばこう言う……口が減らないやつだ」
 信号が赤になり、先生はブレーキを踏んで停車した。
 そして呆れたような表情を浮かべてブラウンの髪をかきあげる。
 クリスマスで道路は少し渋滞しており、いつもより余計に赤信号に引っかかってしまっていた。
 走っている時は気にならなかったフロントガラスの真っ白な雪が、止まった車に積もってはワイパーによって取り除かれる。
 そんな様を何気なくじっと見つめていた由梨奈だったが、おもむろに表情を変えて先生に瞳を向けた。
 そして一息間を取り、言った。
「そう言えば昨日、慎ちゃんに会ったんですってね」
「…………」
 その言葉を聞いて先生は切れ長の瞳を彼女に向ける。
 だが、すぐに瞳を伏せて首を振った。
「昨日杜木に会ったのは、俺ではなく清家だ。俺は、杜木とは何も話をしていない」
「でも、眞姫ちゃんとは話したんでしょう? 慎ちゃん、眞姫ちゃんに何て言ったって?」
 先生はそんな由梨奈の問いに対して、少し考える仕草をする。
 それから一呼吸置き、言った。
「清家の中に眠る“負の力”を蘇らせたいと、あいつは彼女に言ったそうだ」
「それだけ?」
 由梨奈は長いウェーブの髪をかきあげて先生に瞳を向ける。
 先生は信号が青に変わったのを確認してからアクセルをゆっくりと踏んだ。
 再び流れ始めた窓の外の景色には目もくれず、由梨奈は先生の次の言葉を待っていた。
 そんな様子に深く息をつき、鳴海先生は口を開く。
「ほかに何か聞きたいことでもあるのか?」
「あるに決まっているでしょ、分かってるくせに。私たちとのこと、何か言ってたって?」
「…………」
 先生は進行方向を見据えたまま、口を噤んだ。
 だがその切れ長の瞳には、周囲の風景は映っていなかった。
 鳴海先生はそれから、由梨奈の方を見ずに言った。
「あいつは、こうも言ったそうだ。俺のことは今でも親友だと思っているし、おまえのことも変わらず愛していると」
 そして先生は瞳を伏せ目がちに落とし、言葉を続ける。
「だが、“能力者”の使命は“邪者”を……“邪”を退治することだ。何があっても俺は、その使命を全うしようと決めた。相手が誰であってもどんな過去があろうとも、例外などない」
「私も自分の決めた生き方を変える気はないわ。“能力者”として生きていくことを選択した以上、“邪者”である慎ちゃんとは同じ方向に一緒に歩けない」
 はっきりとした口調で由梨奈も頷き、そう言った。
 そしてまるで自分の意思を再確認するように小さく首を縦に振った後、先生に視線を向ける。
 それからふっと表情を変え、瞳を細めた。
「でもやっぱり慎ちゃんとも、昔みたいに同じ方向に歩いていけたらいいなとは思っているわ。自分の決意に揺るぎはなくても、その気持ちはたぶんずっと消えない。なるちゃんも……そんなに自分の気持ちを押し殺さなくてもいいと思うよ? つらい時はつらいって言っても、いいんじゃないかと思う」
「由梨奈……」
 先生は、そう言った由梨奈をちらりと見る。
 そして何かを考えるように複雑な表情を浮かべ、再び前方に視線を移す。
 シンと静まりかえり、しばらく静寂がその場を支配した。
「…………」
 赤信号で車を止めた先生は、おもむろにハンドルを握っていた右手を離す。
 それからその手でグッと拳を作り、ハンドルに叩きつけたのだった。
 そして先生は、今まで抑えていた感情を吐き捨てるように言った。
「今でも俺のことを親友だなどと……一体どんな顔であいつは言ってるんだ!? 俺の前から黙っていなくなったのは、誰でもないあいつ自身なんだぞ? 確かに、杜木が“邪者”になった原因は俺にあるし、恨まれても仕方ないと思っている。だったら……だったら、恨んでいると言えばいいだろう!? それをっ」
「なるちゃん……」
 クッと唇を結んで瞳を伏せる鳴海先生を、由梨奈は複雑な表情で見つめた。
 先生は顔を上げて苦笑した後、信号が変わったことに気がついて車を走らせ始める。
 その切れ長の瞳は悲しそうな色を湛えながらも、街を白く染める窓の外の真っ白な雪を映していた。
 そして静かに舞う雪は、まるでそんな悲しみを埋めるかのように、ただシンシンと降り続けていたのだった。




 同じ頃。
 眞姫と健人のふたりは、クリスマスパーティーの会場である祥太郎の家へと向かうため地下鉄に乗っていた。
「健人は、祥ちゃんの家に何度も行ったことあるんだよね」
「ああ、高校に入学する前は結構行ってたな。あいつ一人暮らししてるから、自然と溜まり場みたいになるんだよ」
 電車に揺られる眞姫の様子をさり気なく気にして、健人はブルーアイを彼女に向ける。
 それから思い出したように苦笑して、続けた。
「あの頃は訓練の後、よく鳴海の地獄のしごきに愚痴言ったりしてたな」
「中学の時に大阪から上京して、祥ちゃん一人暮らししてるんだよね。一人暮らしって憧れるけど、大変そうだよね」
「祥太郎はあれでも几帳面だから、せっせと家事こなしてるみたいだけどな」
 眞姫は健人の言葉に、栗色の大きな瞳を細めて頷く。
「あ、何か分かる気がするな。祥ちゃんっていかにも綺麗好きそうだもん。准くんもイメージ的にはきちんと部屋片付けしてそうな感じよね」
「逆に拓巳の部屋は散かってそうだな。詩音はどんな生活送ってるか自体が謎だし」
「あはは、そんな感じだね」
「だろう? 姫」
 くすくすと楽しそうに笑う眞姫を見つめ、健人も嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 地下鉄内は暖房が効き過ぎていて暑く、眞姫は愛用の薄桃色のマフラーを外す。
 混雑していて熱気さえ感じる電車内にいると、雪が降るほど外が寒いとは到底思えないくらいであった。
 それから数分後、祥太郎の家の最寄り駅に到着したふたりは電車を降りて改札をくぐる。
 急に冷たい風を感じ、慌てて眞姫はマフラーを巻きなおした。
 その時。
「来た来たっ。眞姫に蒼井くんっ」
「あ、梨華。お待たせ」
 ふたりを見つけてタッタッと駆け寄ってきた梨華に、眞姫は手を上げて微笑む。
 祥太郎の家にまだ行ったことがない梨華と、ふたりは駅で待ち合わせをしていたのだった。
 健人はまじまじと梨華に視線を向け、呟く。
「ていうか、何でおまえそんなに大荷物なんだ?」
「あ、これ? 祥太郎の家ってクリスマスツリーないらしくて、一番家が近い私に持って来いって言うから。家に30cmくらいの小さいのあったし、ちょうどよかったんだけどね。それでいろいろ準備してたら、こんなに大荷物になっちゃった」
「それにしても多すぎだろ。シャンパンとか家から持ってこなくても、行く途中のコンビニで買っていけばいいのに」
 はあっと溜め息をついてそう言ってから、健人は梨華の大きな荷物を持った。
「ありがとう、蒼井くん。せっかく重い思いしてこんなに持ってきたけど、言われてみれば全部コンビニで売ってるものじゃない……」
「気配り屋なのに少しうっかり屋さんなところが、A型の梨華らしいね」
 健人に言われて気がついた様子の梨華に、眞姫はくすくす笑う。
 眞姫の言葉を聞いた健人は、ふたりを交互に見て言った。
「女って、本当に血液型占い好きだな。人間の性格が4つにしか分けられないっていうのも、考えてみればおかしな話だと思わないか?」
「そうなんだけど、そう言う蒼井くんこそ典型的B型って感じじゃない」
「そうなのか? あまり興味ないから、俺にはよく分からないよ」
 そう言って首を傾げる健人に、梨華はニッと笑って続ける。
「じゃあ、いいこと教えてあげる。眞姫のO型と蒼井くんのB型って相性いいのよ?」
「OとBって……相性いいのか」
 梨華の言葉に、健人は何気に嬉しそうに表情を変える。
 眞姫はそんな健人に、悪びれもなくにっこりと微笑んだ。
「梨華のA型と私のO型も相性いいんだよ。あ、考えてみればA型って多いよね、祥ちゃんと准くんもAだし。そういえば、拓巳もかなりBっぽいよね」
「……姫と相性いいのって、俺だけじゃないんだな」
 健人は嘆息し、眞姫に聞こえないくらいの声でそう呟く。
「眞姫ってば、本当に鈍いんだから」
「え? 何、梨華?」
 きょとんとする眞姫から、梨華は今度は健人に視線を移す。
「大変ねぇ、蒼井くんも」
「慣れてるからな、こういうこと」
「何のこと?」
 不思議そうに首を傾げる眞姫にブルーアイを向けて健人はふっと笑った。
 眞姫はもう一度小首を傾げた後、空から舞い落ちる雪に瞳を向けて、持っていたスミレ色の傘を開く。
 それからしばらく雑談しながら雪の中を歩き、3人は祥太郎の住むマンションの前に到着した。
「祥太郎、こんなところに住んでるんだ」
「わぁ、お洒落なマンションね。駅からも結構近いし」
 初めて祥太郎の家に訪れる梨華と眞姫は、まだ建って間もない新しいお洒落なマンションを見上げる。
 高校生が一人暮らしをするには贅沢なマンションであるが、東京での祥太郎の生活の手筈を整えたのは、ほかでもない鳴海先生である。
 健人は梨華をちらりと見て言った。
「立花は、祥太郎と中学同じで仲もよかったんだろう? 家、知らなかったのか?」
「だいたいの位置は知ってたけど同じ学区でも少しうちから離れてるし、よく遊んではいたとはいえさすがに家に遊びに行ったことはなかったわ」
 マンションに足を踏み入れて少し嬉しそうな表情を浮かべて梨華はそう答える。
 梨華の気持ちを知っている眞姫は、そんな彼女の様子に微笑んだ。
 健人は慣れたようにマンションのロビーの機械に暗証番号を打ち込み、オートロックの扉を開ける。
 それからエレベーターで、彼の部屋のある階まで上がる。
 そして3人が祥太郎の住む部屋の前に到着した、まさにその時だった。
「やあ、いらっしゃい。騎士たちが中でお待ちかねだよ、どうぞ」
「あ、詩音くん。こんにちは」
「みんなもう来てるんだな」
 祥太郎の家のドアがおもむろに開いたかと思うと、詩音が顔をみせる。
 その行動に驚く様子もない眞姫と健人とは対称的に、梨華はびっくりしたように言った。
「タイミングよかったわねぇっ。まさに私たち、今ここに着いたところよ」
「王子は何でもお見通しだよ、レディー」
 梨華ににっこりと優雅な微笑みを向けて詩音は3人を室内に促す。
 雪の降る外とはうって変わり、部屋の中はふわりと暖かい。
「おっ、これで全員揃ったな」
 リビングのソファーで寛いでいる拓巳は、眞姫たちの姿を見て手をあげる。
「ていうか拓巳、少しは手伝ったらどう? あ、ハンガーは隣の部屋にあるからコート掛けて座ってて」
 台所から現れた准は、拓巳に視線を向けて嘆息した後に3人にそう言った。
「それにしても、何だかゴージャスな飾りつけね……」
 准に言われた通りにコートをハンガーにかけながら、梨華はリビングをぐるりと見回す。
 ふんだんに飾られたポインセチアの花に目を向け、拓巳は答えた。
「すごかったんだぞ。いきなり正装した男たちが数人入ってきたと思ったら部屋を手際よく飾り付けし始めて、終わったら風のように去って行ったからな」
「クリスマスに相応しいコーディネートをと、その道の専門家に僕が依頼したんだよ。素敵だろう?」
 詩音は満足そうな顔をして、色素の薄い髪をかきあげる。
「パーティー終わったらこの大量の花や飾り、片付けにも来てくれるんやろうな? さっきの専門家のおっさんたち」
 はあっと嘆息して、人数分のグラスを持って台所から現れた祥太郎は苦笑する。
「お邪魔してます、祥ちゃん。それからこれ、クリスマスケーキ作ってきたの」
「私もツリー持ってきたわよ。あとこれ、シャンパンとかお菓子とか」
「おっ、ありがとな。全員揃ったことやし、早速シャンパンで乾杯でもするか? ケーキはとりあえず冷蔵庫に入れとくわ」
 女性陣からの荷物を受け取り、祥太郎はハンサムな顔に微笑みを浮かべた。
 持ってきたツリーの飾りつけをして、梨華はリビングの隅にあるサイドテーブルに置く。
「おっ、何かツリーとか飾ったらクリスマスっぽいなっ」
「ワクワクするよね、クリスマスパーティー」
 はしゃいだように拓巳と眞姫のふたりは飾られたツリーに目を向ける。
 健人は楽しそうに笑う眞姫の姿に、嬉しそうに青い瞳を細めた。
「本当は愛用のピアノも運んでもらおうかと思ったんだけどね」
「勝手に人んち飾りつけした上に、そんなことまで思っとったんかいっ」
 詩音の言葉に苦笑しつつ、祥太郎はテーブルにグラスを置く。
 マイペースな少年少女たちを後目に、准はテキパキと全員にグラスを手渡してシャンパンの瓶を手に取った。
「グラス、全員に行き渡った? シャンパン開けるよ?」
 全員が座ったのを確認し、准はシャンパンの蓋を開けた。
 パンッと大きな音がして勢いよく蓋が飛び、シュワシュワと音をたてる。
「わあっ、超クリスマスっぽいねぇっ!」
「あっ、俺がシャンパンの蓋開けたかったのによっ」
 手を叩いて喜ぶ眞姫と蓋を准に開けられて悔しそうな拓巳を見て、健人は笑う。
「拓巳、不器用なおまえなんかが開けたら、どこに蓋が飛んでいってたか分からなかったぞ」
「それって言えてるかも。シャンパンの蓋で器物破損とかしそうよね、小椋くんって」
 くすくす笑い、梨華も拓巳に視線を向ける。
 拓巳はむうっと表情を変えて、テーブルに頬杖をついた。
「不器用で悪かったな、放っとけっ」
 祥太郎は全員のグラスにシャンパンが注がれたのを確認し、そして准に視線を移す。
「乾杯の音頭は、やっぱ映画研究部の部長の役目やろ。ということで任せたで、准」
「えっ、僕?」
 一瞬きょとんとした准だったが、集まっている面子をぐるりと見た後、納得したようにグラスを持った。
 それを見て、全員が思い思いにグラスを手にする。
「えっと、じゃあ……僭越ながら、乾杯の音頭を」
 コホンとひとつ咳払いをし、准は言葉を続けた。
「今日はクリスマスだし、みんなで楽しい時間を過ごましょうということで……乾杯!」
 その言葉を口火に全員から一斉に乾杯の声が上がり、グラスの合わさる音が響く。
 眞姫は無邪気な笑顔を浮かべ、楽しそうに微笑んだ。
 ひとくち飲んだシャンパンの味が、口の中で弾けるように広がる。
「そういえば、プレゼント交換どうするんだ?」
 シャンパンを飲んでから、健人は思い出したようにそう言った。
 梨華はうーんと考える仕草をし、持っていたグラスをテーブルに置く。
「歌いながらグルグルっていうのはさすがにちょっと恥ずかしいし、お姫様のプレゼント争奪戦になるのは目に見えてるからねぇ。公平な交換方法ってないかしら。何かゲームして勝った人から好きなプレゼント選ぶとか?」
 拓巳はぐいっとシャンパンを飲み干し、思いついたようにポンッと手を叩いた。
「おっ、面白そうだな。ゲームっていえば、マジカルバナナとかか?」
「たっくん、マジジカルバナナって……古っ!」
「悪かったな、古くてよっ」
 わははっと笑う祥太郎に、拓巳は顔を赤らめてぷいっと視線を逸らす。
 健人は青い瞳を向けて、首を傾げた。
「マジカルバナナって、どんなゲームだったか?」
「バナナといったら黄色、とかだよ」
「バナナといったら黄色、って……本当に安直だよね、拓巳の思考って」
 そんな准の言葉に、拓巳は拗ねたようにテーブルに頬杖をついた。
「うるせぇなっ、バナナと言ったら黄色だろーがよっ」
「バナナといったら夜空に輝く美しい三日月、っていう感じかな?」
 色素の薄い綺麗な瞳を細め、詩音は笑う。
 梨華はそんな少年たちの言葉を聞いて、嘆息した。
「……マジカルバナナは、このメンバー考えたらやめたほうが無難かもね」
 今まできょとんとした顔で全員の話を聞いていた眞姫は、にっこりと笑顔を浮かべて言った。
「そういえば、マジカルチェンジとかもあったよね」
「あった、あった。ていうか姫って、結構マニアックやなぁ」
 祥太郎は眞姫の言葉を聞いてなぜか感心したように頷く。
 梨華はそんな祥太郎に視線を向け、言った。
「ベタだけど、ゲームといえばトランプとか? 祥太郎、トランプある?」
「トランプならあるで。えっと、確かあそこの引き出しにしまったはず……」
 祥太郎は立ち上がり、隣の部屋にトランプを取りに行く。
「トランプとかやるのって久しぶりだよな。やっぱりババ抜きか?」
「トランプといったらババ抜きって、本当に拓巳の頭の中って単純だよね」
 ちらりと拓巳に目を向け、准は笑った。
「ま、ベタなババ抜きが無難って言ったら無難やろうけどな。貰えるプレゼントは、ババ抜きあがったもん勝ちにするんか?」
「でも勝った人から選ぶっていうのも何だか誰がどれを狙ってるか結果目に見えてるから、勝った人からあみだくじの場所を選べるとか、そんな感じにしない?」
「そうね、それいいわね。そうしましょ」
 祥太郎と准と梨華のA型トリオは、真剣に公平な交換方法を考えている。
「何でもいいから、早く始めようぜっ。よーし、姫のを当てるぜっ」
「姫のは俺が当てるんだ、拓巳」
 相変わらず眞姫のことしか考えていないB型男ふたりは、すでにやる気満々である。
 O型の眞姫は微笑ましげに少年たちを見ていたが、ふと同じO型の詩音に目を移した。
「詩音くんって、何だかトランプとかしているイメージないよね」
 眞姫の栗色の髪を優しく撫で、詩音は祥太郎の持ってきたトランプをケースから出して手にする。
 そしてにっこりと微笑み、1枚のカードを眞姫に差し出した。
「トランプは好きだよ、お姫様。それよりもこのカードを見てごらん、お姫様」
「これって、ジョーカー?」
 詩音が差し出したのは、1枚のジョーカーだった。
「このジョーカーを、両手で挟んでごらん? このジョーカーが、王子の愛をお姫様に運んでくれるんだ」
「え?」
 言われたように手でカードを挟みながら、眞姫は驚いたように詩音に目を向ける。
 上品な微笑みを浮かべてから、詩音はゆっくりと口を開いた。
「今から魔法をかけるよ、お姫様……ワン、ツー、スリー。さ、見てごらん?」
 スッと眞姫の手に自分の手を重ねてカウントした後、詩音はにっこりと笑う。
 眞姫は、挟んでいたカードを手にして視線を落とした。
 そしてパッと表情を変えて、瞳を輝かせた。
「わあっ、すごーいっ! ジョーカーだったカードが、ハートのエースになったわっ」
「あっ、本当だ! 梓くん、すごいのねぇっ」
 眞姫のカードを覗き込んだ梨華も、思わず声を上げる。
「ていうか……いつの間にか、周囲が詩音の“空間”で満たされてるぞ」
「トランプが好きって、何か意味が違う気がするし」
「“空間能力”って、ああいう使い方していいのか?」
「“空間能力”使うってセコイなぁ、でも女の子って手品好きやからな、今度俺も使お」
 きゃっきゃっとはしゃぐ女性陣に対し、男性陣は思い思いに呟く。
「じゃあ、そろそろババ抜き始めましょうか」
 詩音からトランプを受け取った梨華は、手際よくトランプをシャッフルした。
 カードを受け取った拓巳は、表情を険しくする。
「げっ……もっとちゃんと配れよなっ、全然揃ってねーしっ」
「うるさいわね、文句言うなら自分で配ればよかったでしょ!? さ、早く捨てて始めるわよ。誰からどっち周り?」
「じゃんけん勝ったもんから時計回りってカンジか? ていうか健人、あと2枚か!? 逆に拓巳はやたら残っとるし」
「何か揃ってたからな、たくさん捨てられたんだよ」
「何だよ、それっ!? ちっ、負けねーぞっ」
 相変わらず表情を変えない健人と逆に渋い顔をする拓巳を見て、眞姫は楽しそうに微笑む。
「じゃあ、誰から始めるか決めましょう? じゃんけん……ぽんっ」
 眞姫の声とともに、少年少女たちは思い思いに手を出した。
「よっしゃ、俺から時計回りだなっ」
 じゃんけんに勝った拓巳は、左隣の准のカードと睨めっこする。
 准はそんな拓巳に、作ったような笑顔を向けた。
「はい、拓巳。どれにする?」
「うーん……よしっ、これにするぜっ!」
 そう言って、勢いよく拓巳は1枚のカードを引く。
 准はそんな拓巳の様子にくすっと笑い、それから自分の隣の梨華のカードに視線を移した。
 准に背中を向けられた拓巳は次の瞬間、表情を変える。
「げっ、マジかよっ!? ついてねぇ……」
「ていうかたっくん、ババ引いたんか? バレバレやし」
 引いたカードを見て思わずそう呟いた拓巳に、祥太郎はわははっと笑う。
 眞姫は揃ったカードを捨ててから、楽しそうに微笑んだ。
 気の許せる友人たちとのこんな何気ない時間が、眞姫には楽しくて仕方がないのだ。
 にこにこと楽しそうな眞姫とは対称的に、是が非でもお姫様のプレゼントを手にしたい少年たちは真剣そのものである。
 そして異様なくらいにババ抜きは白熱し、数分後のゲーム終了時には少年たちの明暗がはっきりと分かれたのだった。
「くそっ、何でババ取らないんだよっ!?」
「たっくんが分かり易すぎるからやで、超単純やからな」
 結局一番負けた拓巳は、漆黒の前髪をかきあげて祥太郎の言葉に舌打ちをする。
 梨華はせっせと紙にあみだくじを作り、健人に目を向けた。
「えっと、最初にあがったのは蒼井くんよね、どこがいい?」
「そうだな、どこがいいかな」
 やたら慎重にあみだくじの場所を選ぶ健人を後目に、眞姫は確認するようにぐるりと全員を見回す。
「次が詩音くんで、准くん、私、梨華、祥ちゃん、拓巳の順番よね」
「ま、一番にあがったからって姫のプレゼントがもらえるわけじゃないしな」
 ぶつぶつ言いながらも、拓巳は悔しそうに溜め息をついた。
 それから全員があみだくじの場所を選び、誰が誰のプレゼントを貰うことになったかが決まる。
 その結果は……。
「あ、私と健人、お互いのが当たったね。祥ちゃんと梨華も?」
「えっ、う、うん。そうみたいね」
「あ、本当やな。梨華っちのが俺に当たって、俺のが梨華っちに当たったんやな」
 その言葉に、祥太郎のプレゼントが当たった梨華は頬を赤らめる。
 それ以上に嬉しそうな顔をする健人を見て、拓巳はがくりと肩を落とす。
「何だよ、よりによって准のかよ」
「悪かったね、僕ので。そんなにイヤなら返してよ」
 むっとした様子で拓巳を見て、詩音のプレゼントが当たった准もまた嘆息した。
 詩音はひとりマイペースに優雅に、持ってきたマイカップでお気に入りのジャスミンティーを飲んでいる。
「ちっ、せっかく姫が好きそうなもの選んだのによ」
「僕だって姫が欲しいかなって思うもの買ったのに、拓巳に当たったら宝の持ち腐れだよ」
「僕もお姫様のことを想いながら作ったのにな、蒼い瞳の騎士は本当に強運なんだから」
 思惑が外れた3人の少年たちは、ぶつぶつとそう言った。
 梨華はそんな少年たちの様子を見て、何かを思いついたように手を打つ。
 そしておもむろに、拓巳と准と詩音の3人のプレゼントを手にする。
 それから梨華は、取り上げたプレゼントをすべて眞姫に渡したのだった。
「じゃあ、これで問題はないんじゃない? 眞姫にもらってもらったら、みんな満足でしょ?」
 最初は梨華の行動に驚いた少年たちだったが、納得したように頷く。
「そうだな、姫にもらってもらうんなら選んだ甲斐もあったぜ」
「そうだね、僕のプレゼントは拓巳には勿体無いものだし」
「お姫様にもらってもらえるのなら、王子は満足だよ」
 眞姫は急に渡されたプレゼントに、一瞬きょとんとした。
「え? でも……私が全部もらったら、悪いよ」
「いいのよ、親衛隊が眞姫用に買ってるものなんだから」
 少し戸惑う眞姫の肩をポンッと叩いた後、梨華は何かに気がついたように顔を上げる。
 それから、ふと表情を変えて呟いた。
「あ、でも祥太郎のは、私のところに……」
 梨華は自分に当たった祥太郎のプレゼントを見つめた。
 そして、気を使うようにちらりと祥太郎に目を向ける。
 祥太郎はそんな梨華の様子に気がつき、ハンサムな顔ににっこりと笑顔を浮かべる。
「俺は女の子用にプレゼント用意してたから、梨華っちにもらってもらえたら嬉しいで? そんなに気ぃ使ってくれんでも大丈夫や。それよりも、開けてみてな」
「え? う、うん」
 少し恐縮しながらも、梨華はプレゼントの包みを開く。
 出てきたのは、小さなシルバーのチョーカーだった。
「これ、俺がデザインしたんやで? 知り合いがこういうの作ってる人でな」
「わあ、可愛いねっ。よかったね、梨華」
 顔を真っ赤にさせる梨華に、眞姫は笑顔を浮かべる。
 祥太郎は自分の当たった梨華のプレゼントを開き、言った。
「おっ、これって俺が欲しいなぁって思っとったパスケースやんかっ。梨華っちとはこういう好み合うもんな」
「う、うん。ありがとう、祥太郎」
 本当に嬉しそうに、梨華はもう一度もらったチョーカーを見つめる。
 拓巳は梨華から視線を眞姫に移し、急かすように言った。
「姫、早く俺のも開けてみろよ」
「え? あ、うん」
 拓巳の言葉にこくんと頷き、眞姫はもらったプレゼントをひとつずつ開けた。
「可愛いだろう、これ。今年のクリスマス限定で、個数少ないものなんだぜ」
 得意気に拓巳はそう言って、自分の贈ったものを見た。
 拓巳のプレゼントは、ふわふわした可愛らしいうさぎのぬいぐるみだった。
 クリスマス限定のそのうさぎのぬいぐるみはニット帽とマフラーをつけていて、とても愛らしい。
 眞姫は手触りの気持ちいいそれを撫でながら、嬉しそうに頷く。
「うん、すごく可愛いね。ありがとう」
 それから次に、准のプレゼントに視線を向けた。
「姫、この間シャーペンが壊れたって言っていただろう? だからいいかなって」
「これって、パーカーのシャーペンとボールペンのセットね。よかった、シャーペン買おうと思ってたから。パーカーのなんて使うの勿体無い感じだけど、すごく嬉しいな」
 少し高級そうなそのシャーペンを握って、眞姫はブラウンの瞳を細める。
 そして次に、詩音のプレゼントに瞳を向けた。
 詩音は上品な顔に微みを浮かべ、眞姫の紙をそっと撫でる。
「お姫様をイメージして作った僕の曲を、CDにしてみたよ。本当はお姫様の前でピアノを弾けたら一番いいんだけど、いつでも王子の旋律を聴けるようにと思ってね」
「詩音くんのCD? 私、詩音くんのピアノってすごく大好きなんだ。ありがとう」
 幻想的なデザインのCDジャケットを見つめ、眞姫は詩音に微笑みを返した。
 そのCDには、あの“月照の聖女”も入っている。
「俺のは中身は知ってるだろうけど、開けてみてくれ」
 最後に健人は、自分のプレゼントを開けるように眞姫を促す。
 眞姫はこくんと頷き、包みを開いた。
 出てきたのは、デザインが少し変わっている白のニット帽。
 それをかぶり、眞姫は健人に視線を向ける。
「やっぱり可愛いよね、この帽子。ありがとう」
 満足そうに眞姫に笑顔を向け、そして健人はふと自分に当たったプレゼントを見つめた。
「あ、私のも開けてみて、健人」
「ああ」
 几帳面に慎重に包み紙を外し、健人は青い瞳を細める。
 綺麗な箱に入っている眞姫のプレゼントは、彼女の手作りのクッキーだった。
「おっ、うまそうだな! 姫の手作りか?」
 健人の当たったプレゼントを覗き込み、そして拓巳は手を伸ばす。
 健人は拓巳の手を振り払い、そしてじろっと視線を向けた。
 拓巳はそんな健人に、不服そうな表情を向ける。
「何だよ、1枚くらいくれよ」
 健人はわざとらしく嘆息した後にそそくさと箱をしめてクッキーを隠し、そして声のトーンを下げて言った。
「ていうか……1枚でも俺の姫のクッキー食ったら本気で殺すからな、拓巳」
「んだとっ、プレゼント交換なんだから俺にだって姫のクッキー食う権利あるだろっ」
「拓巳、ケーキも焼いてきたから。ケーキみんなで食べましょう?」
 眞姫は宥めるように拓巳に瞳を向ける。
「本当に子供なんだから、拓巳も健人も」
「僕のお姫様は、料理も上手なんだね」
 呆れたように嘆息する准と、相変わらず柔らかな微笑みを浮かべる詩音はそれぞれそう呟く。
 祥太郎は眞姫の言葉を聞いて、立ち上がった。
「じゃあ、姫の作ってきてくれたケーキ食べるか。取り皿持ってくるから、テーブルのスペース空けといてな」
「あ、私も手伝うよ、祥太郎」
 慌てて立ち上がり、梨華も祥太郎に続く。
 眞姫はテーブルに散らばっているトランプを集め、そしてにっこりと微笑んだ。
「トランプって久しぶりやったけど、楽しいねっ。ケーキ食べ終わったら、大富豪とかする?」
「大富豪か、懐かしいな」
「もちろん革命アリだよな、何てったって大貧民のリーサルウエポンだからなっ」
「ていうか拓巳、もう大貧民になる気でいるの?」
「大富豪の位置が、この王子である僕の定位置って決まっているけどね」
 思い思いにそう言って盛り上がる少年たちを見つめて、眞姫はにこにこと笑顔を浮かべる。
 そして、ふと窓の外に視線を向けた。
 ひらりと静かに天から降る粉雪が、うっすらと暗くなってきた外の景色を幻想的に飾っている。
 ロマンチックなホワイトクリスマスに満足そうにもう一度微笑み、そして眞姫は仲間たちと一緒にいることの幸せを改めて感じたのだった。
 そしてその時の眞姫の楽しそうな表情は“浄化の巫女姫”のものではなく、ひとりの普通の15歳の少女のものであった。






第6話「Silent White」あとがき