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「彼女がいなくなって、もう15年が経つんだね」
 都心の高層ビルから忙しく流れる景色を眺めながら、その男は呟いた。
 年は五十歳前くらいだろうか、上品な雰囲気を醸し出す濃いブラウンの髪の紳士。
 男は、デスクに置かれた一枚の写真をふと手にする。
「彼女は聡明な美人だったが、この子は随分と可愛らしいね」
 そう言って男は、その紳士的な顔に優しい微笑みを浮かべた。


『私が天に召されると同時に、次代の“浄化の巫女姫”が降臨する。そんな彼女を、守ってあげて欲しい』


 男の耳に響くのは、美しく澄んだ声。
 15年経った今も、霞むことのない凛とした美しい彼女の姿。
 彼女の持つ光は、強く温かく、そして儚いものだった。
 天に召されるその瞬間まで、彼女は彼女の運命を懸命に全うした。
 だから今度は自分が、彼女の最後の言葉を、彼女の意思を継がなければ。
 彼女を……今でも変わらず、愛しているから。


 男は、ハッと顔をあげた。
 目の前の携帯電話が、部屋の沈黙を破って鳴り響いている。
 男は手に持っていた写真をデスクの上に置き、鳴っている携帯を見つめた。
 大方誰からの電話であるか、男には容易に想像ができた。
 そして表示されている発信者の名前を確認してから、ゆっくりとその電話を取る。
「もしもし。ちょうど電話しようと思っていたところだったよ」
 紳士的な顔に嬉しそうな表情をみせて、男はデスクの椅子に腰をおろした。
 仕事の時にだけ使用している眼鏡をかけてから、男は一冊のファイルを開く。
「資料を送っておいたが、届いているかな? そうそう、それだよ。私からの愛のメッセージも入っていただろう? ……相変わらず冷たいなぁ、君は」
 ふっと笑って、男は言葉を続けた。
「まぁ、それはともかくとして。麗しの姫君の様子はどうだい? “憑邪”にさらわれたそうじゃないか。君がそばにいるから、私は安心しているんだけどね……え? ははっ、本当だとも、君は私の自慢なんだよ」
 目で追っていたファイルを閉じて、男は眼鏡を外した。
 そして座っていた椅子から立ち上がり、窓の外に視線を向ける。
 外は気持ちいいほどの良い天気だった。
 そんな晴れ渡る景色を見つめながら、男は言った。
「そうだ、久しぶりに、一緒に食事でもどうかな? 君に会いたいな」
 電話の相手の返事を聞いて、男はにっこり笑う。
「楽しみにしているよ。では、また今夜」
 携帯の通話終了ボタンを押して、男は分厚い手帳を取り出し予定を書き込んだ。
 それから、その最後のページにいつも挟んでいる1枚の写真を取り出す。
 そこには、若い頃のその男と美しい女性、そして……。
 男はふっと微笑んでから、その写真を大事そうにもと挟んでいたページに戻したのだった。