秋の季節も終わりを告げ始め、肌寒くなってきた11月。
 ただでさえ上着を一枚多く羽織る必要性が出てきたというのに、この日は生憎の雨で、さらに体感温度は低めに感じられる。
 そんな中、繁華街の喫茶店で。
 その少年・高山智也は心底不安そうな表情を浮かべていた。
 そして連れである“邪者”の同僚たちに交互に目を向ける。
「あーもう、心配で心配で心配で、本っ当に仕方ないけどな……今回ばかりは仕方ないもんな……」
 そんな大きな溜め息をつく智也を見て、可愛い顔に似合わずふてぶてしい態度で、同じく“邪者四天王”のひとり・相原渚は言った。
「何がそんなに心配なんだよ。今回の指令って、フツーにしてればいいから楽じゃん。ちょろいよ、楽勝、楽勝」
「ちょろいってな……頼むから、少しは後先考えて行動してくれよな」
 ますます憂鬱になる智也に、さらにもうひとりの“邪者四天王”・鮫島涼介は、その甘いマスクに満面の笑顔を浮かべる。
「大丈夫、僕に任せて。今回の指令は何よりも誰よりも、僕の最も得意としていることだろう? ね、智也」
「正直おまえが一番心配だ、涼介」
 涼介が心から楽しそうな時は、ろくなことがない。
 この男が、目的のためなら手段を選ばず、何をしでかすか分からない爆弾を抱えていることを、智也は嫌という程よく知っている。
 いくら同じ“邪者”であっても、信用や馴れ合いという精神が皆無に等しい体質上、利害が一致すれば協力することはあるが、決して無条件に相手を信じられるような関係ではない。
 そして、そんな“邪者”の体質が嫌いではない智也ではあるが。
 彼の性格的に、どうしても難癖ありすぎる同僚に振り回されることになってしまうのだった。
 涼介はもう何度目になるか分からない溜め息をつく智也に、ふっと笑む。
 それから、こう諭すように彼に言った。
「でも、君があの役目を演じることが不自然なのは分かっているよね。そして、僕や渚なら何も違和感はない、そうだろう? これでもう、指令に対する各人の役回りは明白だよね」
「まぁ確かに、おまえらなら違和感ないし、逆に俺だと不自然極まりないことくらい分かってるよ……てか、おまえらがやたら楽しそうなのが、俺は心配なんだ」
 テーブルに頬杖をつき、智也は疑わし気に涼介に漆黒の瞳を向けた。
 だが涼介は、智也の言葉に、さらに満足そうに笑みを宿す。
「楽しそう? そうだな、最近は研究も思いのほか成果が出ていて、僕も機嫌がいいのかもな。それにこの指令だろう? 正直、久々にワクワクしているよ」
「てか、まだアヤシイ研究してんの? おい、誰か早くこの犯罪者逮捕しろよ、このマッドサイエンティストを」
 言葉通りご機嫌な様子の涼介を一瞥して、渚はあからさまに嫌な顔をする。
 涼介は渚の毒舌にも構わず、逆ににっこりと胡散臭い微笑みを返した。
「ひどいな、まだ野望が達成するまでは捕まるわけにはいかないよ。むしろ、君の“赤橙色の瞳”を是非とも研究したいよ、僕は」
「冗談っ。野望って何だよ、胡散臭すぎだよ、おまえ。てか、寄るなっ。それ以上近づいたら、杜木様に、ないことないことたくさん言いつけるからなっ」
 渚は不適に笑う涼介に向かって、シッシッと両手で払うような仕草をする。
 そんな渚と涼介を交互に見てから、智也は律儀にツッコミを入れた。
「犯罪者ってトコは否定しないんだな、涼介……てか、言いつけるって渚、おまえは子供か。しかもないことだらけかよっ」
「うるっさいなー、智也。おまえのことも清家先輩に、ないことないこと吹き込むぞ」
「なっ、妙なコト眞姫ちゃんに吹き込むなよなっ。むしろ何だ、そのないことの内容って」
「あ? んなこと、決まってるだろ。あんな虚構やこんな虚構だよ」
「指示語はやめろ、指示語は。てか、どんだけ虚構だよ」
 いつものような智也と渚のお決まりの展開を、珈琲を口に運びながら、涼介はまるで他人事のように微笑ましく眺める。
「大変だね、智也。人間性が捻くれている同僚を持つと」
「涼介、おまえが言うなよな……」
「まぁ、君みたいな性格の人間が心配するのは分かるよ、智也。あの杜木様の指令の内容だったらね」
 涼介はそこまで言って、カチャリとコーヒーカップを置く。
 そして、再びその整った顔に笑みを浮かべた。
 だが……その笑みは。
 今までのものと、印象が違っていた。
 彼の深い漆黒の瞳に宿るのは、不敵で、残酷な色。
 それから、怖いほど穏やかな声で、涼介はこう続けたのだった。
「君もよく知っているはずだよ、智也。あの子は自分でも分かってるよ、自分がピエロに成り得る立場だということを。いやむしろ、敢えてそうなろうとするだろうね」
「…………」
 智也は無意識に表情を引き締め、思わず一瞬口を噤む。
 だがすぐに気を取り直すと、ぽつりと呟いた。
「よく分かってるよ。だから、俺は心配なんだよ」
 そんな智也の言葉を聞き、渚は呆れたように大きく首を振る。
 その後、はあっと息を吐くと、こう言い放ったのだった。
「おまえなぁ、ホント馬っ鹿じゃないの? 自分が逆の立場だったらどうなんだ、おまえは心配されたいのか? てか、僕たちは一体何のための“邪者”だ? 先輩たちみたいな馴れ合い大好きな、甘ったれた“能力者”とは違うだろ」
 そう言い終わった渚は、グラスに残っていたオレンジジュースをストローで飲み干した。
 そんな渚を智也と涼介は意外そうな表情で見つめた。
 ふたりの視線を感じた渚は、思い切り眉を顰める。
「……なっ、なんだよっ」
「いや、珍しくまともなこと言ってるなぁって思って」
「君って、結局は真面目な優等生なんだよね、渚」
 智也と涼介の言葉に、渚は何故かカッと顔を赤らめる。
 そして、捲くし立てるように言った。
「は!? うるさいうるさい、うるさーーいっ。おまえらイキナリ何だ!? まとめてぶっ殺すぞ!?」
「何照れてんだよ、おまえ」
「ぶっ殺してくれるのかい? 殺されるわけにはいかないけど、それで“赤橙色の瞳”が拝見できるなら、僕はこの上なく嬉しいよ」
「あ? 誰が照れてるって!? 智也のくせに黙ってろっ。てか涼介、もしもおまえをぶっ殺すなら、当然嫌がらせで“赤橙色の瞳”ナシに決まってるだろっ。ていうかよく考えると意味わかんないよ、何で僕がおまえらとこうやってお茶しなきゃなんないの。頼んだチョコパフェ食べたら、僕は帰るからな」
「チョコレートパフェはちゃんと食って帰るのかよ」
 不貞腐れたようにふいっとそっぽを向いて面白くなさそうに前髪をかき上げる渚に、智也はからかうように笑う。
 涼介はお子様のような渚の言動にクスリと笑んだ後、今度はふと視線を智也へと移して口を開く。
「ということで智也、今回の指令に関しては、何も心配ないよ。今回の指令が成功するためには、誰かが特別をしなきゃいけないわけじゃない。むしろ、普段通りにやれば首尾よくいくよ。それにさ、もう最終段階に入ろうとしているだろう? “浄化の巫女姫”の能力覚醒と……あと、僕の研究もね」
「愛しの清家先輩のことはともかく、おまえのアヤシイ研究なんて知るかよ」
 意味深に笑む涼介に、渚は顔を顰める。
 智也は、何を企んでいるのか分からない涼介の真意を探るかのように、しばらく黙って彼に目を向けたが。
 再び大きな溜め息をつきながらも、仕方なく涼介の発言に同意するように頷いたのだった。
「いろいろと不安要素というか、ツッコミ要素は満載にあるけど……今回の指令に関しては、おまえらに任せるしかないからな。俺は普段のように、その時思った通りに行動することにするよ」