――私立聖煌学園高等学校・生徒会室。
 全国屈指の進学校、聖煌学園の副生徒会長である彼・鳴海将吾は、ちらりと時計見た。
 印象的なブラウンの瞳と、同じ色の髪。
 その端整な容姿には知的な印象を受けるが、鋭い切れ長の瞳は少し近寄り難い雰囲気も醸し出していた。
 鳴海はふと怪訝な表情を浮かべて、大きく溜め息をつく。
 そしてガラッと生徒会室のドアが開いたのは、それと同時だった。
「一体今、何時だと思っている? 会議の打ち合わせは17時から開始すると言っておいたはずだぞ」
 じろっと切れ長の瞳を向ける鳴海に、遅れてきた彼はその顔ににっこり微笑みを浮かべる。
 美形というに相応しい、整った容姿。
 その深い漆黒の瞳は見るものを惹きつける何かを感じ、同じ色のくせのない前髪は瞳に少しかかる長さである。
 同じ整った容姿でも、聡明な鳴海とはタイプの違う穏やかな印象。
 そして容姿の印象と同じ優しい声で、彼は言った。
「待たせて悪かったね、将吾」
「杜木……悪かったと思うなら、きちんと決められた時間に来い。まったくおまえは、生徒会長としての自覚があるのか?」
「まぁまぁ、そう言わずに。今コーヒーでも淹れよう、将吾」
 物腰柔らかな笑顔を鳴海に向け、彼・杜木慎一郎はふたつのマグカップを取り出した。
 インスタントではあったが、カップにお湯を注いだ途端にコーヒーのいい香りが鼻をくすぐる。
 コーヒーを淹れ終わったふたつのマグカップをテーブルに置いてから、杜木は鳴海の隣の席に座った。
 そして、漆黒の瞳を細めて言った。
「それで何だったかな? 次回の生徒会会議の打ち合わせ内容」
「……事前に生徒から回収したアンケート結果を踏まえて俺が作成した資料を渡していただろう? 俺の議案も添えてな」
「あぁ、それなら目を通したよ。将吾の見解に異論はないし、俺が改めて付け加えることもなかったよ」
 コーヒーをひとくち飲んで、杜木はにっこりと笑った。
 対称的に鳴海はその言葉を聞き、ますます怪訝な表情を浮かべる。
「いつも思うことだが、本当にきちんと考えているのか?」
「考えているよ、生徒会長としてね。ただ、俺と将吾の考えが同じだから、敢えて俺から言うことは何もないということだよ」
 それからくすっと微笑んで、瞳と同じ漆黒の前髪をかきあげてから杜木は続けた。
「それにしても珍しいね、おまえが寝不足なんて。目の下にくまができてるよ? さしずめ、また数学書と睨めっこでもしていたのだろう? せっかくの美人が台無しだ」
「……おまえには関係ない。それよりも、由梨奈はどうした?」
 簡単に自分の昨夜の行動を見透かされ、鳴海は杜木から視線を外して話題を変える。
 杜木はその言葉に、思い出したように言った。
「ああ、言っていなかったかな? 今日から由梨奈は忌引きで欠席しているんだよ」
「杜木……そういうことは早く言え。議長である彼女と打ち合わせできないのならば、今日ここに来る意味はないだろう!?」
 切れ長の威圧的な視線を杜木に向け、鳴海は何度目か分からない溜め息をつく。
 そんな鳴海の様子を気にすることなく、杜木は漆黒の瞳を時計に向けた。
「そういえば、今日の訓練は20時からだったな。おまえと違っておじ様は時間にルーズだから、実質上訓練開始は20時半からと考えて……あと3時間か」
「おまえといい、父さんといい、由梨奈といい……どうしてこうも揃って時間にだらしがないんだ」
 呆れたようにそう言って、鳴海は杜木の淹れたコーヒーをひとくち飲む。
 コーヒーは少し濃い目に淹れてあり、鳴海のちょうど好みの濃さだった。
 もうひとくちコーヒーに口をつけてから、鳴海は再び嘆息する。
 実は鳴海も杜木も、そしてこの場にはいないが幼馴染みの由梨奈も、普通の高校生ではなかった。
 普通の人間には使えない“気”の力を操ることのできる“能力者”なのである。
 そして同じく“能力者”である鳴海の父に、日々訓練を受けていたのだった。
 その訓練開始時間まで余裕があることを確認した杜木は、おもむろに立ち上がる。
 それから教室の隅に置かれている棚をあけ、何かを取り出した。
「会議の打ち合わせもできないことだし、このまま訓練まで時間を持て余すのも何だろう? 映画鑑賞でもしないかい?」 
 杜木が棚から取り出したのは、映画観賞用のプロジェクターだった。
 手際よく準備を進める杜木に、鳴海は諦めたように首を振る。
「少しは生徒会長らしい時間の潰し方でも考えたらどうだ? それよりも、何故ここにそんなものがあるのかがまず俺には理解不能だ」
「これかい? 由梨奈と欲しいなって話していたんだよ」
「おまえたちが欲しいと思うのは勝手だ。だが、何故それがここにあるのかが分からないと言っているんだ」
「何故って、買ったんだよ。何を観ようか? そうだな……ロマンチックに恋愛ものでも観るかい?」
 杜木がカーテンを閉めて電気を消したため、教室内はプロジェクターの光だけがぼんやりと明るく映っている。
「……もう好きにしろ」
 何を言っても同じと言わんばかりにそう呟き、鳴海はブラウンの髪をかきあげた。
 そんな鳴海の隣に座り、杜木はふっと微笑む。
「あ、始まるよ、将吾。いいね、暗闇でふたりで映画鑑賞なんて」
「くだらん。本当におまえというヤツは……」
 怪訝な様子でそう言いつつも、鳴海はスクリーンに視線を移した。
 そしてふたりだけの映画鑑賞が始まったのだった。




 ――数時間後、映画もクライマックスに近くなってきた頃。
「どうやらこの映画、外れだったようだな……」
 スクリーンに漆黒の瞳を向けたまま、杜木は溜め息をついた。
 ふたりの観ているその映画は、展開的にも俳優の演技的にもつまらない内容のものだったのだ。
 机に頬杖をつき隣の鳴海に視線を移した杜木は、次の瞬間ふっと漆黒の瞳を細める。
「……将吾」
 杜木の瞳に映ったのは……いつの間にか机にうつ伏せになって眠っている、鳴海の姿。
 昨夜数学書を読み耽って夜更かしをしたためだろうか、彼にしては珍しく映画の最中に寝てしまったようだ。
「黙っていれば美人なんだがな。いや、世話を焼きたがるところも将吾の可愛いところだが」
 くすっと笑い、杜木は眠っている鳴海のブラウンの前髪をそっとかきあげる。
 その手の感触に、鳴海は薄っすらと目を開けた。
「杜木……?」
「将吾、観てごらんよ。せっかくのラブシーンなのに、この俳優のキスは随分と下手だと思わないかい?」
 顔を上げて瞳を擦った鳴海は、ふとスクリーンに切れ長の瞳を移す。
 だが杜木はそんな鳴海の顎をそっと掴み、その端整な顔を再び自分の方へと向ける。
 そして。
「! んっ……杜、木……っ!?」
 鳴海は次に杜木の取った行動に、瞳を大きく見開いた。
 杜木の瞼が閉じられたかと思った瞬間、彼の唇が鳴海のものと重なったのだった。
 最初は甘く優しかったそのくちづけも、次第に熱く激しいものへと変化する。
 強引に侵入してきた杜木の巧みな舌使いに、鳴海は思わず息を荒げた。
「はぁっ……んっ、何、を……っ!」
 ぐいっと杜木を引き離し、鳴海は乱れた息を整える。
 その長いくちづけに満足したように、杜木はにっこりと美形の顔に微笑みを浮かべる。
「本当におまえは美人だな。気の強い美人は大好きだよ、俺は」
「まったくおまえはっ、いきなり何をするっ!?」
「俺の方があの映画の俳優よりもよほどキスが上手だろう? 気持ち良さそうで色っぽかったよ、将吾」
 満足気な杜木に、鳴海はキッと鋭い視線を向けた。
 そして、ガタッと椅子から立ち上がる。
「映画鑑賞はもうやめだ、くだらんっ」
「そんなに怒らないでくれよ、せっかくだから最後まで鑑賞しようじゃないか」
 杜木も同じようにスッと立ち上がって鳴海に近付き、そう言った。
 だがちらりと杜木を見た鳴海は、問答無用でプロジェクターを止めようとする。
 その時。 
「……仕方ないね、将吾は」
 ふうっと嘆息して、杜木はふっと声のトーンを落として呟いた。
 そんな杜木を振り返り、鳴海は口を開く。
「仕方ないのはおまえの方……うっ!!」
 ……刹那、ドスッと鈍い音がした。
 それと同時に、鳴海の身体がずるりと地に崩れる。
 そんな彼の身体を支え、杜木は悪びれもなくにっこりと微笑んだ。
「まだ映画の時間は終わってないんだよ? 寝不足なんだし、もう少し寝ていようね、将吾」
 ふいをつかれ思い切り鳩尾に拳を入れられて気を失った鳴海の身体を元の通り机に寝かせ、そして杜木は満足そうに漆黒の瞳を細めたのだった。




 ――さらに、その数十分後。
 ようやくつまらない映画も終わり、杜木はプロジェクターを片付けていた。
 それからカーテンを開け、電気をつける。
 そして今まで暗かった環境に慣れていた瞳を細めて、杜木は前髪をかきあげる。
 ……その時。
「うっ……くっ、杜木……おまえはっ」
 殴られた鳩尾を押さえ、意識を取り戻した鳴海が表情を歪めながら起き上がった。
 鋭い視線を投げる彼に、杜木は何事もなかったかのようににっこりと微笑む。
「おはよう、将吾。映画中、随分とぐっすり寝ていたな。つまらない映画だったからな」
「ぐっすりと寝る羽目になったのは、一体誰のせいだ!?」
 わざとらしく杜木は、その鳴海の言葉に首を傾げた。
「え? 誰のせいって……何のことだい、将吾? 何か夢でも見たんじゃないか?」
「……人のことを思い切り殴っておいて、よく抜け抜けとそんなことが言えるな」
 相変わらず刺すような視線で睨む鳴海に、杜木は笑う。
「何のことだか分からないな。おまえはずっと映画の最中眠っていたんだし。それよりも……そんなにムキになって、一体どんな夢を見たんだ?」
 くすっと笑って、杜木は楽しそうに漆黒の瞳を細める。
 鳴海は無言のまま杜木の言葉に呆れたように溜め息をつき、怪訝な表情を浮かべた。
 そんな彼の姿を見て優しく微笑んでから、そして杜木は言った。
「いい夢見れたかい? 将吾」
「……最悪だったな、到底夢とは思えないぞ。この殴られた後のような痛みとかな」
 わざとらしくそう言って、鳴海はじろっと再び杜木を睨む。
 くすくすと楽しそうに笑った後、杜木はポンポンッと軽く彼の肩を叩いて、そして耳元で言った。
「さあ、そろそろ訓練に行こうか。会議は由梨奈が学校に出てきてからだろう? もう一度、おまえの作成した資料に目を通しておくよ」
「まったく……おまえというヤツはっ」
 耳に優しく杜木の息吹がかかり、カァッと頬を赤くしながら鳴海は杜木から視線を外す。
 そしてにこにこと穏やかな笑顔を浮かべる杜木を切れ長の瞳でちらりと見て、再び大きな溜め息をついたのだった。




      




「ねぇ、なかなかいい話じゃなぁい?」
「……どこがいい話なのか、俺には理解不能だ。しかも、何故登場人物が俺と杜木の名前なんだ!?」
 そう言って、鳴海は目の前の少女・沢村由梨奈に切れ長の瞳を向ける。
「だって、なるちゃんと慎ちゃんがモデルなんだもん。冬コミ合わせの原稿なんだけど、どうかな?」
 由梨奈の隣に座っている杜木は、優しい笑顔を浮かべて言った。
「なかなか面白いな、由梨奈。でも、有り得ないよ」
「そうだ、有り得ない箇所が多すぎる」
「有り得ない話なのが、同人活動の醍醐味でしょ? 冬コミのオリジナルJUNE本の原稿、これでいいかなって思ってたんだけどなぁっ」
 うーんと腕組みをし、由梨奈は自分の書いた話をもう一度読み直す。
 そんな由梨奈に、杜木と鳴海は同時に言った。
「有り得ないよ。俺がそういう状況になった時、キス程度でやめるわけがないだろう?」
「有り得ないな。いくら油断しても、そうやすやすと俺が鳩尾に一撃をくらうと思うか?」
「ていうか、ふたりとも……何だかずれてない? その苦情の内容」
 長い髪をかきあげ、由梨奈はふたりを交互に見て言った。
 杜木は鳴海に視線を向け、そして笑う。
「普通なら腕の立つおまえに一撃を入れるのは難しいだろうな。でも、俺のキスで骨抜きになったおまえに隙が生じると考えると、不自然ではないだろう?」
「ふっ、おまえのキスごときで俺に隙が生じるだと? 笑わせるな、そんなことは断じてないな」
 その鳴海の言葉に、悪戯っぽく由梨奈は笑う。
「なるちゃん、慎ちゃんってキスすごく上手だから分からないわよ?」
「試してみるかい、将吾?」
 にっこりと微笑む杜木に、鳴海は呆れたように嘆息した。
「……冗談にしても、よく恋人の前でそんなこと言えるな、おまえは」
 鳴海はそう言って、杜木の恋人である由梨奈に視線を向ける。
 だが当の由梨奈は、瞳を輝かせて言った。
「いいわねぇっ、いい男同士のキスシーン! ふたりの熱ーいキス、見たいなぁっ」
「由梨奈……おまえの方がよっぽど感覚ずれてるぞ」
 はあっと溜め息をつき、鳴海は頭を抱える。
 そんな彼にちらりと視線を向けてから、杜木は由梨奈に言った。
「由梨奈、今のままでも構わないけどあのキスシーン、少しはだけて鎖骨が見えるとより色っぽいんじゃないかい? 将吾は鎖骨も美人だからね」
「そうねぇっ、なるちゃんの鎖骨ってセクシーだもんね。じゃあ、ちょっとサービスして鎖骨見せとこっ」
「……勝手にしろ」
 きゃっきゃっと楽しそうな由梨奈とそんな彼女に微笑む杜木を見て大きく嘆息し、そして諦めたように鳴海はそう呟いたのだった。
 

FIN







美佑のあとがきという名の言い訳;


 ウキウキで開催中の「秋の夜長企画」第3夜です;

 ていうか、本当に本当に本当にすみませんっ!!!(平伏)

 本編にも出てきていない、なるちゃんと杜木様と由梨奈さんの高校生時代なのに……。

 実際のなるちゃんと杜木様の高校時代は決してこんな関係じゃないですから!!

 由梨奈さんも話の都合上腐女子にしてしまいましたが、実際の彼女はきっと違います!(爆)

 でもしてる会話はこんなカンジかなーってイメージですが(女性向け要素抜きな会話とか)

 なるちゃんA型、杜木様O型、由梨奈さんB型なので、それぞれのタイプっぽくは書けたかな?

 今の本編でのふたりの性格も変わっていないんですが、なるちゃんは厳しく几帳面で時間に正確、

 杜木様は穏やかでマイペースだけどカリスマ性があって要所は締めるってカンジかな。


 ていうか、ぶっちゃけこのふたり、私的にかなり大好きです(爆)正直書いていて楽しかったです;

 なるちゃんも杜木様も、鎖骨綺麗そうですよねv(おい)タイトルは「鎖骨美人」まんまです(爆)

 ああ、本当にこんな話になってしまい、すみませんでしたっ!(痛すぎ;)





相方・紫月ちゃんからのコメントv


 生徒会室から始まるのっていいよねぇv もう生徒会室ってだけでいろいろ妄想が・・(爆)!!

 ってゆーか、今回杜木様が超かっこよくて、もうドキドキしちゃったよ☆

 鳴ちゃんもいつもと違って何かとってもかわいかったしv

 暗闇で二人っきりで映画鑑賞v マジでいいねぇvv

 それに杜木様ってキスとかすっごく上手そうだし・・でも、夢オチかと思わせておいて、

 実は由梨奈さんの冬コミ合わせの原稿ってところがまたツボ!!

 二人の有り得ない理由の違いも突っ込みどころ満載で面白かったし、

 いや〜今回も超楽しませてもらいましたv と・き・な・るLOVE☆

 ホント、第3弾の夜長お疲れ様♪ 次で最後の夜長だし、第4弾も気合入れて頑張ろうね〜vv







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