ある土曜日の昼下がり。
 すべては、お姫様のこの一言から始まった。
「わぁ、すごく可愛いーっ! あれ、欲しいなぁ」
 その言葉に、お姫様の熱心な親衛隊である騎士たちが反応を示さないはずはない。
 ――場所は、繁華街にある大きなゲームセンター。
 眞姫はUFOキャッチャーの前で足を止め、その景品を見つめた大きな瞳を輝かせる。
 その、お姫様が欲しがっている景品とは。
「お? これってパペットパンダやないか」
 何気なく眞姫の肩を抱いて一緒にUFOキャッチャーを覗き込んだ祥太郎は、どれが取りやすいか吟味しながら眞姫に言った。
「パペットパンダ? ああ、あのCMのヤツか。ていうか祥太郎、姫にベタベタするなよなっ」
 眞姫にくっついている祥太郎を引き離して、拓巳は財布に小銭があるか確認する。
「これって、あのお茶のCMで松嶋菜々子がはめているパンダだろう?」
 准はパカンと間抜けに口を開けているパンダの大群を指差して言った。
「姫、これが欲しいのか? 俺が取ってやるからな」
 青い瞳を眞姫に向けて、健人は早速千円札を両替に行く。
 眞姫はその健人言葉に、瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうに微笑んだ。
「本当に!? わぁ、すごく嬉しい!」
 そんなお姫様の笑顔に、少年たちがやる気を出さないわけがない。
「姫、パンダはこのハンサムハンター・祥太郎くんに任せときっ。俺ってこういうの得意やねん、華麗なテクニックを見せたるわ」
「いや待て、パンダは俺が取ってやるからな、姫っ」
 すでに黙々とパンダゲットのためにUFOキャッチャーに小銭を入れている健人から遅れて、祥太郎と拓巳も張り切ってパペットパンダが景品の機種に向かう。
 准は張り切る少年たちを後目に、ひとつ溜め息をついた。
「まったく、本当にみんな子供なんだから。でも……これって頭が大きいから、持ち上げるのに少しコツがいるよね。アームの力の強さも関係してくるし。そうだな、これならアームを広げた時がこのくらいの幅だから、このパンダをこっちの角度から狙えば取れるかも……」
 そうぶつぶつ言いながら、准はちゃっかり硬貨を機種に投入する。
 少年たちがそれぞれ分かれてパンダハンターと化しているのを見て、詩音は眞姫ににっこりと優雅な微笑みを浮かべた。
「よかったね、お姫様。騎士たちがお姫様への贈り物を持ってきてくれるよ。王子と姫は、騎士たちが戻ってくるのをふたりで待とう」
「うん、すごく嬉しいな。あのパンダすごく可愛いもん。あ、詩音くんあっちに占いがあるよ。やってみない?」
 楽しそうに占いコーナーを指差す眞姫に、詩音は微笑みを絶やさずに彼女の手を取る。
「機械に頼らなくても、僕が見てあげるよ? 手を見せてごらん、お姫様」
「わぁすごい、詩音くん手相見れるんだ。私の見てくれるの?」
 眞姫は感心したように左の手の平を詩音に差し出す。
 詩音は細い眞姫の手首を優しく掴み、じっと白く透き通るような彼女の手を見つめた。
 そして、満足そうに笑って言った。
「君の運命の王子様は、すぐ近くにいるよ? その夢の国の王子様とお姫様は、強い運命の赤い糸で結ばれている。彼は、芸術を愛する繊細な王子様だね、うん間違いないよ」
「わぁ、運命の王子様かぁ。芸術を愛する繊細な人だなんて、詩音くんみたいだね」
 眞姫はにっこりと微笑んで、感心するように詩音を見る。
 色素の薄い瞳を細めて、詩音は整った顔に微笑みを浮かべた。
 ……今この場に、詩音と眞姫の会話にツッコミを入れられる人物は誰もいなかったのである。




「よっしゃぁっ、パンダゲットしたでっ。ていうか3回500円にお金入れたんはいいけど、あと2回残っとるなぁ……もう一個狙ってみるか」
 見事パペットパンダを取った祥太郎は、再びUFOキャッチャー内のパンダの大群に目をやった。
 そして取りやすそうな位置にあるのを狙い、ボタンを押す。
 アームが開いて伸び、絶妙の角度で狙ったパンダの頭をを持ち上げる。
「よしっ! そのまま落ちるなよ……って、2個も取れたなんて、俺って天才ちゃうか? なーんてなっ」
 要領をすっかり覚えた祥太郎は、残り2プレイでもうひとつパンダをゲットしたのだった。
 景品取り出し口から2個のパペットパンダを取り出し、そのうちひとつを自分の腕にはめてみる。
 満足そうに口をパカパカと開けたり閉じたりして、祥太郎はご機嫌でお姫様の元へと向かった。
 その途中、まだ夢中でパンダと格闘している少年たちを確認し抜け駆けのチャンスと言わんばかりに、ニッとハンサムな顔に笑みを浮かべる。
 それから詩音と店内を見て回っている眞姫を見つけると、パンダを背後に隠して歩く速度を早めた。
「お姫様ーっ、ほら、パンダ見事ゲットしたでっ」
「すごく可愛いねーっ! 上手なんだね、祥ちゃんっ」
 目の前で口をパカパカさせるパンダに、眞姫は興奮したように瞳を輝かせる。
「それがな、2個取れたんや。1個はお姫様へのプレゼントやで」
「2個も取れたんだ、すごいねぇっ! 1個私にくれるの? ありがとう、祥ちゃん!」
 わあっと嬉しそうに手を叩いてから、眞姫は自分の腕にパンダをはめてみた。
 詩音はそんな彼女を、満足そうに見つめる。
「よかったね、僕のお姫様。お姫様が嬉しいと、王子様も嬉しいよ」
「うん。すごく可愛いーっ! 祥ちゃん、ありがとうね」
「どう致しまして。愛しのお姫様の頼みなら、たとえ火の中水の中やでっ」
 きゃっきゃっとはしゃぐようにパンダを操る眞姫に微笑み、祥太郎は照れたように笑った。
 それからもうひとつのパンダをおもむろに腕にはめて、周囲をきょろきょろと見回す。
「僕の理論から言えば、完璧なはずなのに……なんで取れないの? これって、僕に対するパンダの挑戦状?」
 いまだパンダをゲットすることができず、次第に本性が見え隠れし始めている准を見つけて近付き、祥太郎は声をかけた。
「おー、准。見てみい、パンダゲットしたでっ」
「え? そっか……もうパンダ取れたんだ、祥太郎。さすが、いつもフラフラ節操なく遊んでるだけあるね」
 にっこりと明らかに作ったような笑顔を向け、准はわざとらしいくらい爽やかな声でそう言った。
「何かチクチクするなぁ、ていうか節操なしってヒドイわぁ」
 本心はめちゃめちゃ悔しそうな准をこれ以上煽ると後が怖そうなので、祥太郎はちょっかいを出すのをやめてみる。
 それから再び、ターゲットを見つけるべく周囲を見た。
 そしてある一点に視線を移して呟いた。
「……うわ、何かめっちゃイライラしとる“気”が出とるし。しかも下手やなー、見当違いもいいとこやん」
 祥太郎の視線の先には、パンダが取れずにイライラがピークに達して“気”まで放出しだしている健人の姿が映っている。
 あまり普段取りなれない健人は、かなり苦戦を強いられているようだ。
「短気な健人には向かんわな。ていうか今ちょっかい出したら“結界”張られてマジで“気”放たれそうやなぁ。触らぬ神に祟りなし、か」
 パンダに対して殺気立ってさえいる健人から視線をそらし、祥太郎は再び賑やかなゲームセンター内を歩き出す。
 それからふと足を止め、そしてハンサムな顔にニッと笑みを浮かべた。
「おー、ちょうどいいカモがあそこにおるやないか」
 そう呟き、祥太郎は手にはめたパンダを見てにやりと笑う。
 そして気配を絶ち、同じくパンダと格闘している彼に近付いた。
「だーっ!! くっそぉっ、何で直前で落ちやがるんだよぉっ!? あーこのパンダ、ムカつくー!!」
 ガンガンッと器物破損一歩手前で八つ当たりをしている彼――拓巳は、そう言って前髪を鬱陶しそうにかきあげる。
 その時。
「なぁなぁ、たっくーんっ」
「ん? 何だ、祥太郎……うぶっ」
 肩をポンポンと叩かれて振り返った拓巳は、次の瞬間、漆黒の大きな瞳をさらに見開いた。
 そしてしばらく、呆然と言葉を失う。
 ――振り返った拓巳のくちびるに、パンダのくちびるが絶妙な角度から的確に重なっていたのだ。
 急に起こったその出来事に、拓巳はきょとんとして数回瞬きをする。
 そんな拓巳の反応を楽しんで、そして祥太郎は満面の笑みで言った。
「……奪っちゃった♪」
 パクパクと口を動かすパンダを見つめていた拓巳は、やっと我に返る。
 そして何故か顔を赤らめて、祥太郎をじろっと睨みつけた。
「なっ、何しやがるんだよっ!? ビックリするじゃねーかよっ!?」
「何照れとるんや、青少年? おっ、耳まで真っ赤やで? 可愛いなぁ、たっくんはっ。耳も噛んじゃうでーっ」
「うわっ!! み、耳はっ……耳はやめろっ!! あっ……」
 パクッとパンダに耳を噛まれ、拓巳はさらに顔を真っ赤にする。
「ふーん、たっくんは耳が性感帯、か。メモメモ……」
「バ、バカッ! んなことデカイ声で言うなよなっ!? ていうか、メモるなっ!!」
 拓巳は照れたように顔を真っ赤にさせたままグッと拳を握り締め、それを祥太郎に放った。
 祥太郎は楽しそうにふっと笑って、パンダをはめている方の手でパクッとそれを受け止める。
「……なんか一気に脱力感感じるよな、そのパンダ見てると」
 パカッと開けられたパンダの口に拳を受け止められ、拓巳はガクリと肩を落とした。
 わははと笑い、祥太郎はぽんっと拓巳の肩を叩く。
「いやー楽しいわぁ。たっくんのくちびるも奪っちゃったことやし、たっくんの性感帯が耳やっちゅーこともメモれたしなぁっ」
「ていうか、奪うなっ! しかもくだらねーことメモってんじゃねぇっ!」
 拓巳は再び顔を赤くして、祥太郎を睨みつけて声を荒げた。
 その時。
「あ、祥ちゃんと拓巳。ねぇ、何話してたの? 何をメモしたって?」
「げっ! ひ、姫っ!」
 振り返った拓巳は、いつの間に詩音と准と一緒にその場に立っていた眞姫に慌てた表情を浮かべる。
 そんな拓巳の様子に笑って、祥太郎は眞姫に言った。
「何をメモしたかって? それはな、たっくんは耳が……」
「わーわー!! ななな、何でもないぜ、姫っ!」
「耳? 耳がどうしたの?」
「い、いやっ、その……ゲーセンはうるさいから、耳が痛くなるなーなんてなっ」
 うろたえながらそう言う拓巳に、祥太郎はおなかを抱えて笑う。
「何や、その言い訳っ。本当に反応が面白すぎるわ。何せそれに加えて、耳が性……」
「だーっ!! 祥太郎、それ以上言ったら本気で“結界”張るぞっ!?」
 耳まで真っ赤な拓巳をちらりと見て、准はふうっと大きく嘆息した。
「そーいう単純な反応するから、祥太郎が面白がるんだよ」
「うるせーなっ、単純って言うなっ」
 ぷいっとそっぽを向く拓巳に、眞姫はにっこりと微笑む。
 そして、祥太郎に貰ったパンダの口をパクパクさせながら言った。
「本当にみんなって、仲がいいよねーっ」
「姫……本当にそう思うのか?」
 肩を落とし、拓巳は大きく嘆息する。
 それから少年たちの会話を微笑みながら聞いていた詩音は、ふと言った。
「ねぇ、みんな。そう言えば、青い瞳の騎士はどこに行ったんだい?」
「健人、どこに行ったのかな」
 眞姫はきょろきょろと周囲を見渡して首を傾げる。
 祥太郎は先程の様子を思い出し、クックッと笑いを噛み締めて呟いた。
「あの下手っぷりやったら、数時間かかってもパンダ取れんやろうからなぁ」
 ――その頃、噂の健人はというと。
「…………」
 ジャラジャラと100円玉硬貨がぶつかり合い、大きな音を立てた。
 それをイライラした様子で握り締め、健人はパンダと再戦すべく歩き出す。
 とっくにお姫様がパンダをゲットしたことも知らず、その時健人は黙々とすでに何度目か分からない両替をしていたのだった。
 

FIN







美佑のあとがきという名の言い訳;


 ウキウキで開催中の「秋の夜長企画」第2夜です;

 ていうか、パンダのどこが秋やねーん! ていうツッコミはナシでお願いします(おい)

 もともと、この企画を開催しようとしたキッカケが、このパペットパンダで;

 私は祥ちゃん並みにUFOキャッチャーが得意なんですが(笑)紫月ちゃんと遊んだ時に

 たまたまパペパンを発見し、今回の祥ちゃんと同じくたまたま2個ゲットしたんですよ。

 それから「奪っちゃったv」っていいよねーって話になり、この企画が立ち上がったという(笑)

 今回は、ボーイズ全員と姫の映研部員勢ぞろいで、夜長っていうよりピュアギャグみたいな?

 とにかく、やっぱりたっくんは可愛いなーと、親ばか爆発だった話です;


 ていうか、健人ファンの方すみません;いえ、ちゃんと彼も愛してますので!(笑)




相方・紫月ちゃんからのコメントv


 今回もたっくん、超かわい〜vv 姫も天然だけど、たっくんもある意味天然よねぇ。

 祥ちゃんにからかわれるたっくんは、ホントにかわいくて・・きっとあんなんだから

 いつもからかわれるんだろうね♪ まさに准君の言葉通りっ!!

 ってゆーか、 今回も准君黒だったけど・・更に詩音君が最高だったねv

 なんかちゃっかり姫GETな上、手握った挙句、自分を売り込んでるところがさすがというか何というか・・。

 『運命の王子様』って(笑)。

 でも今回一番ツボだったのは、やっぱ健人だねっ!! 健人〜(哀)。

 ホント今回健人が健気で・・姫に対していつも尽くしてるのに報われてないところがまた切なっ!

 あ〜いつまでも両替してないで、誰か教えてあげてくれ〜〜。

 いや、祥ちゃん、見かけたなら教えてあげなよ、ホント。というよりも止めてあげて

 もうパンダGETしたよってさ(笑)。でも面白かったよv

 映研部員勢ぞろいで久しぶりにピュアギャグ!? だったし、この調子で次回も頑張ろ〜ね♪






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