番外編:Encounter of fate |
――雲ひとつない、蒸し暑い夏の日。
夏休み真っ只中の繁華街は、溢れんばかりの人で賑わっている。
そんな、人で混雑している駅前の噴水広場に。
一際人の目を惹くひとりの少年の姿があった。
金色に近いブラウンの髪に、右だけ神秘的な青を帯びる瞳。
美少年という言葉に相応しい、綺麗な容姿。
彼とすれ違うたびに、幾人もの女性が思わず彼を振り返る。
だが当の本人は、全くそんなことに気がついていない。
むしろ人の多い夏休みの繁華街を訪れたことを少々後悔していた。
その少年・蒼井健人は、ふうっと大きく溜め息をつく。
それから鬱陶しそうに、太陽に照らされて金色に見える前髪をかき上げた。
別に繁華街に何か用があったわけではなかった。
この日特に予定もなかったし、何となく気が向いてふらりと繁華街にやってきたのだが。
あまり人ごみが好きではない健人にとって、ただ人の多さにうんざりしただけであった。
いや、正確に言うと、繁華街に出てきた理由が何もなかったわけではない。
根拠は全くないのだが……繁華街で、何かいいことがありそうな気がしたのだった。
そのいいことというのが何かは分からないし、本当に直感的にそう思っただけだが。
どうせ家に居ても退屈だったため、健人は繁華街に赴いたのだった。
とはいえ、もう帰ろうかと。
まだ帰宅するにはかなり早い時間であるが。
あまりの人の多さに嫌気が差し、健人はデパートやショップの並ぶメインストリートから駅へと向かっていた。
そして、駅前の噴水広場に差し掛かった……その時。
「……!」
ふと顔を上げ、健人はその足を止める。
そしてブルーアイを見開き、ある一点に視線を向けた。
そんな彼の視線の先には。
「姫……?」
健人はそう呟き、噴水広場の隅で佇むひとりの少女に近づいた。
栗色の髪に、同じ色の大きくて円らな瞳。
涼しげな軽い生地の夏らしいスカートが風にふわりと揺れている。
待ち合わせの定番である噴水広場は、多くの人でごった返しているが。
……間違いない。
健人は彼女に近づくにつれ、その少女が眞姫であると確信する。
そして。
「姫?」
健人の声に、その少女は顔を上げた。
それから少し驚いた様子ながらもパッと明るく表情を変える。
「あ、健人?」
やはりその少女は、眞姫だった。
健人は彼女を見つめて微笑みつつ、周囲に誰か一緒ではないかさり気なく確認する。
だが、眞姫の近くに自分の知る人物の姿は見えない。
やはり自分の直感は正しかったのだろうか。
想いを寄せる眞姫と、思わぬところで会えるだなんて。
「こんなところで会うなんて偶然だな。ていうか今、ひとりか?」
「今? うん、今までひとりで買い物してたの」
眞姫は健人の問いにそう頷く。
これははっきり言ってチャンスだ。
今、彼女はひとりだという。
そして自分も今、ひとりである。
健人は彼女を誘うべく、再び口を開いた。
「そうか。俺もちょうど今ひとりだったんだ。よかったら姫、俺と……」
――その時だった。
「あれ、姫?」
「おっ、姫じゃねーかよ。それに、健人?」
ものすごく聞き覚えのある声が聞こえ、健人は言葉を切る。
そして声の主を確認し、表情を僅かに曇らせた。
逆に眞姫はにっこりと笑顔を宿し、声を上げる。
「あっ、准くんと拓巳? どうしたの、ふたりとも」
その場に現れたのは、准と拓巳だった。
……せっかく、眞姫とふたりきりだと思ったのに。
健人は眉を顰め、大きく溜め息をつく。
そんな健人をちらりと見て、准は何気に探るように言った。
「拓巳がどうしてもって言うから、買い物に付き合ってたところだったんだ。姫は……健人と待ち合わせ?」
「ううん。健人とも、今偶然ここで会ったの」
「そっか、偶然だったんだね」
准は眞姫の言葉を聞いて、にっこりと笑顔を浮かべる。
デートに誘うあと一歩のところを阻まれた健人は、ますます面白くなさそうな顔をした。
「どうしてもって、誰が言ったってんだよっ。おまえだって暇だったくせによ」
拓巳は准にぼそっとそう言った後、眞姫に向き直る。
それから、健人と同じようにこう彼女に切り出したのだった。
「姫、せっかく会ったんだ。これからよ……」
――その時。
「おっ? そこにおる可愛い子は、もしかして姫か?」
その声に、4人は再び視線を上げる。
そして、その場に現れたのは。
「あれ、祥ちゃん?」
「やっぱ姫やったか、いやーめちゃ可愛い子がおるなーって思ったら」
ハンサムな顔に笑みを宿し、祥太郎は眞姫の手をどさくさに紛れてギュッと握る。
それから彼女を取り込む少年たちをぐるりと見てから、わざとらしく言った。
「お姫様、こんなトコで偶然会うなんて運命やなぁっ。あ、せっかくふたりきりやし、今からこのハンサムくんとデートせえへん?」
そんな祥太郎の言葉に、すかさずほかの少年たちも負けじとツッこむ。
「ちょっと待て、誰がふたりきりなんだよっ」
「ていうか、こんなところでフラフラ何してるの、祥太郎」
「…………」
素直にツッこむ拓巳と、何気にチクリと言葉を投げる准と、無言で大きく嘆息する健人に、祥太郎は笑う。
「あ、おまえらもおったんか。お姫様に夢中で気がつかんかったわ。てか、愛用しとった布団鋏みが壊れてな。今日は天気良くて絶好の布団干し日和やろ、やから新しいのを買おうと思ってな」
「相変わらず所帯じみてるよな、おまえ」
「それ言うなら、いいお嫁さんって言って欲しいわ」
拓巳の言葉に、祥太郎はさらにおどけて言った。
准ははあっと嘆息し、冷たく口を開く。
「それならこんなところにいないで、早く布団干しに帰った方がいいんじゃないの?」
「そうだ、もう日が落ちるぞ。その前に帰れ」
准の言葉に同意するように健人も頷く。
眞姫を最初に見つけたのは、誰でもない自分なのに。
何故かどんどん邪魔者が増えていく。
これでは、運がいいのか悪いのか分からない。
健人はブルーになりつつも、どうやってこの争奪戦に勝って眞姫だけを連れ出せるか、思考を巡らせる。
だが……さらに自体は悪化するのだった。
「あっ! 清家先輩っ」
これでもかというくらいに甘えたような声が、彼女に発せられる。
そしてタッタッと小走りで現れた童顔の少年は、その可愛らしい顔に満面の笑顔を浮かべた。
それに加え、彼の連れはというと。
「あ、渚くん。それに……智也くんも?」
「こんにちは、眞姫ちゃん。偶然だね、会えて嬉しいな」
偶然近くを通りかかった渚と智也も眞姫を見つけ、彼女の元にやって来たのだった。
渚は嬉しそうに眞姫に微笑み、はしゃいだように口を開く。
「先輩、どうしたんですか? 先輩にこんなところで会えるなんてすっごく嬉しいです、僕っ」
「おまえ……どれだけ眞姫ちゃんの前で猫かぶってるんだ、おい」
智也はそう小声でツッコミつつ、自分たちに鋭い視線を向けている“能力者”の面々をちらりと見る。
それからふっと悪戯っぽく笑って、眞姫に言った。
「何してるの、眞姫ちゃん。よかったら、今からどこか遊び行かない?」
「あ? 何言ってんだ、痛い目あいたくなかったらさっさと消えろっ」
拓巳は表情を険しくし、智也を睨み付ける。
渚はふっと溜め息をついてから、眞姫に聞こえないくらいの声で呟いた。
「ホーント、先輩たちってウザすぎ。ただでさえ暑いのに、あー暑苦しいったらありゃしない」
「てか、君たちが来たせいで余計暑苦しくなったんだけど」
渚の呟きを聞き逃さず、同じく眞姫に聞こえないように准も作った笑顔でそう切り返す。
祥太郎はピリピリし始めた雰囲気を和らげるように間に入りつつ言った。
「まーまー、そう喧嘩せんで。お姫様とデートするのは、何たってこのハンサムくんやからな」
「待て、最初に姫を見つけて声を掛けたのは俺だ」
ムッとした様子で、たまらず健人はそう口を開く。
冗談じゃない。
どうしてこういうことになるんだ。
これでは、眞姫とふたりきりどころか、ややこしいことになるじゃないか。
そう思いながらも苛々した様子で、健人はもう何度目か分からない溜め息をつく。
それに、当の眞姫はというと。
全員の様子を不思議そうに見つめて、きょとんとしている。
もうこれ以上、面倒な状況にならないでくれ。
健人は密かにそう心の中で祈った。
だが……その願いも、虚しく。
「おや、僕の愛しのお姫様。こんなところで、どうしたんだい?」
「あれっ、詩音くんまで? どうしたの?」
「偶然近くを通りかかったら、お姫様がいるのを見つけてね。やはり王子とお姫様は、赤い糸で繋がっているのかな」
詩音は優雅な微笑みを綺麗な顔に湛え、そっと眞姫の手を取った。
……こんな偶然、あっていいんだろうか。
よりによって眞姫に好意を持つライバルが、この場にこんなにも集まってしまうなんて。
しかも“能力者”だけでなく“邪者”まで。
少年たちはそれぞれ、自分こそが眞姫とふたりきりでデートしたいと強く思う。
そのためには、この争奪戦をどう戦うべきか。
だが眞姫もいる手前、力技に出るわけにはいかない。
いかに他の少年たちを出し抜き、彼女を誘い出すか。
一触即発の雰囲気が、眞姫を囲んだ少年たちの間で漂う。
少年たちはお互いの出方を探りつつも、各々作戦を立て始めた。
とは言っても、どう動けばいいか難しい。
何よりも一番の問題はというと。
彼らの意中の相手・眞姫は、少年たちの心境も全く知らず。
ただこの有り得ないような偶然の出会いを純粋に喜んでいるようである。
……もうこうなったら、少し妥協するしかないのだろうか。
本当はふたりきりになりたいが、背に腹は変えられない。
邪魔者は多いが、彼女を含めて複数で遊びに誘うのが安全策かもしれないと。
“能力者”と“邪者”という問題はそれでもまだ残るが。
こんなどうしようもない個人戦よりはマシかもしれない。
ふたりきりはまたの機会にし、団体戦に持ち込もうと。
そう、少年たちは判断した。
そして、全員が同時に何か言葉を発しようとした……その時だった。
「あっ」
眞姫はそう短く声を上げ、少年たちから視線を逸らす。
そしてにっこりと笑顔を宿し、彼らにこう言ったのだった。
「待ち合わせしてた叔母が来ちゃった。今からね、叔母とごはん食べに行くの」
「……えっ?」
少年たちはその言葉に、全員きょとんとする。
健人は瞳をぱちくりさせながらも彼女に訊いた。
「でも姫、さっきはひとりって……」
「うん、さっきまで時間潰しでひとりで買い物してたの。それで、仕事が終わる叔母とここで待ち合わせしてたんだ」
「…………」
全く悪びれのない彼女の様子に、少年たちはそれ以上何も言えなかった。
眞姫はそんな少年たちにも気がつかず、楽しそうに笑う。
「でも驚いたな、みんなと思いがけず会えるなんて。びっくりしたけど嬉しかったな。じゃあみんな、またね」
可愛らしい仕草で手を振り、眞姫はそう言って叔母らしき人の元へと駆け出した。
彼女の背中で揺れる栗色の髪を見つめながら、少年たちは何も言えずにしばらくその場に立ち尽くす。
……結局は、こういう結果になるのか。
少年たちは肩を落としながらも、彼女への気持ちをさらに募らせる。
いつかは自分こそがきっと、愛しのお姫様を……。
そう思いつつ、まだまだ続くだろう激しい恋の争奪戦に、全員が大きく息をついた。
そして。
「もう清家先輩いなくなったなら、こーんな暑苦しいトコに用なんてないし。ほら智也、行くぞ」
「そうだな。眞姫ちゃんとのデートは、またの機会かな」
“邪者”のふたりはそう言って、スタスタと歩き始める。
その後姿を見送り、残った“能力者”の少年たちも口を開いた。
「ちぇっ、せっかく姫と一緒に遊べるかと思ったのによ。ていうか、これからどーする?」
「どうするって、ここにいつまでもいても仕方ないからね」
「んじゃ、ここで会ったも何かの縁や。仲良うみんなでパーッとどっか行くか?」
「パーッとって……結局、おまえらとか」
「お姫様がいないのは残念だけどね。王子と楽しいひとときを過ごそうじゃないか、騎士たち」
今回は、想いを寄せるお姫様は残念ながら一緒ではないが。
恋の争奪戦は……とりあえず、今日は一時休戦。
少年たちは気を取り直し、ようやくその顔に笑みを取り戻す。
そして揃って、賑やかな繁華街へと足を向けたのだった。
FIN
あとがき:
SB番外編「Encounter of fate」を読んでくださり、ありがとうございました!
この話は、かなり前に受付したひっそリクエスト「ボーイス+邪者2人の姫争奪戦」です。
すみません、バタバタしてまとまりのない話になってしまいました……(汗)
そしてまた、相変わらず少年たちが報われていないというか;むしろ、争奪戦になってないやんけと(謝)
いえ、今回は言葉というか会話の攻防をと意識して書いたつもりなんですが……び、微妙?
何かのパロディーとかでドンパチさせるのもいいかなと思ったんですが、収拾つかなくなりそうだったんで;
なので、こういうカタチにしてみましたです〜。
いえ、いくらお遊びのひっそリクエストとはいえ……す、すみません;
そしてリクエスト、どうもありがとうございました!
ほかのリクもかなりお待たせしている上に、更新自体も近々少しお休みいただきますが。
時間を見つけ、できる限り少しずつでも「SB」UPしていこうと思っています。