番外編:ベイビーパニック!?







 ――ある晴れた日曜日。
 光の加減によっては金色に見えるブラウンの髪をかき上げ、その少年・蒼井健人は綺麗なブルーアイを腕時計に向ける。
 そして足早に、人の多い繁華街を歩き出した。
 普段はお世辞でも時間に几帳面とは言い難い健人であったが。
 この日は、少しいつもと事情が違っていた。
 何せ繁華街の広場で、愛しの眞姫と約束をしているのである。
 とはいえ健人と眞姫のふたりきりではなく、映研部員の仲間たちも一緒なのだが。
 しかしライバルは確かに多いが、想いを寄せる眞姫と一緒に休日を過ごせるというだけで今の健人にとっては幸せであった。
 眞姫は時間に几帳面な性格のため、もう待ち合わせ場所に到着しているだろう。
 そう考えながら、健人は賑やかな休日の街並みに瞳を細める。
 ……その時。
 健人はふと立ち止まり、ポケットから携帯電話を取り出した。
 そして着信者を確認し、電話を取る。
「もしもし」
『あ、健人……』
 聞き慣れているはずのその声は、何だか少し普段と様子が違った響きを持っていた。
 健人は表情を変え、声の主・眞姫に言った。
「姫、どうした?」
『あのね、今日なんだけど。ちょっと、行けなくなっちゃったんだ』
 健人の問いに、眞姫は申し訳なさそうにそう答える。
 真面目な眞姫が約束をドタキャンだなんて、滅多にないことだ。
 何か余程の事があったのだろうかと、心配気に健人は彼女に訊いた。
「どうした? 何かあったのか?」
 そんな健人の言葉に、眞姫はどう言っていいか分からないように一瞬口を噤む。
 それから、少し小声でこう言ったのだった。
『実はね、子供ができたかもしれないの……だから今から、病院に行こうと思うんだ』
「……は!?」
 健人は耳に聞こえてきたその言葉に、思わず大きくブルーアイを見開く。
 今、眞姫は確かに言った。
 子供ができたかもしれない、と。
 もちろん自分には、全く心当たりがない。
 健人は珍しく驚きを隠せない表情を浮かべ、彼女にこう訊いた。
「姫、子供ができたって……父親はどこの誰だ!?」
『えっ? あ、父親はね、実は分からないの。どうしようかなって思ってるけど、とりあえず病院に行こうと思って』
 父親が分からないだって!?
 健人は言葉を失い、その場に立ち尽くす。
 子供ができたかもしれないというだけでも、十分衝撃的なのに。
 相手が誰なのかも分からないなんて。
 グルグルとそんな考えが頭を巡って口を噤んでしまった健人に、電話の向こうの眞姫は慌てたように言った。
『あっ、もう叔父さんと叔母さんが呼んでるから病院行くね。みんなにも、ごめんねって言っておいてくれないかな』
「え? ああ……」
 返す言葉も見つからず、健人はそう頷いてしまう。
 それから電話を切り、気持ちを落ち着かせるようにふっとひとつ溜め息をついた。
 やはり、聞き間違いじゃないだろうか。
 眞姫に子供ができたかもしれないなんて、そんなこと信じられない。
 しかも相手が分からないだなんて。
「…………」
 健人はブラウンの前髪をかき上げた後、とりあえず気を取り直して少年たちの待つ待ち合わせ場所へと向かった。
 待ち合わせ場所には、もうすでにほかの少年の姿が見える。
 最後にやって来た健人の姿を見て、思い思いに少年たちは口を開いた。
「ご機嫌いかがかな? 蒼い瞳の騎士」
「おっ、美少年のお出ましやな」
「遅せーよ、健人っ。今日は俺の方が早かったなっ」
「あ、健人。姫は一緒じゃないの?」
 健人はもう一度嘆息した後、准に目を向けて彼の問いに答える。
「姫から、今日来られなくなったって電話があった」
 そう言ってから、健人はスッとブルーアイを細めた。
 そしてワントーン低い声で、少年たちにこう言ったのだった。
「ていうか、誰だ? 姫の子供の父親は」
「姫の子供の父親?」
 准は健人の言葉に、大きく首を傾げる。
 健人はこくんと頷き、さらに続けた。
「さっき電話があって、姫が言ってた。子供ができたかもしれないから、病院に行くって。父親も誰だか分からないそうだ」
「は!? こっ、子供!? 冗談だろ、おいっ」
 驚いたように瞳をぱちくりさせ、拓巳は声を上げる。
 詩音は優雅な微笑みは絶やさないが、何かを考えるように両腕を組んだ。
「この王子に心当たりがないということは、やはりお姫様の冗談じゃないのかい?」
「でもあの姫が、そんなえげつないジョーク言うか? てか、おまえら誰も心当たりないんか?」
「姫が? 姫に限って、そんなことあるわけないよ。健人、何かの聞き間違いじゃないの?」
 それぞれそう言う少年たちを鋭い瞳で見据えてから、健人はもう一度言った。
「聞き間違いなんかじゃない。本当に、誰も心当たりないのか?」
「それが本当なら、洒落ならんな……そんな心当たり、あったら逆に嬉しいわ」
 ショックな表情を浮かべつつ、祥太郎ははあっと息をつく。
 拓巳は全員の顔を見回しながら、漆黒の前髪をザッとかき上げた。
「ていうか、マジかよ!? それに父親が分からないって、どういうことだ!?」
「姫から聞いたんだよね? でも、信じられないよ……」
「本来おめでたは、文字通りお目出度いものではあるんだけどね。今回のことが本当なら、王子もさすがに複雑だな」
 そう言った准と詩音にちらりと目を向け、健人は考えるような仕草をする。
 どうやらこの様子では、本当にここにいる少年たちに心当たりはないらしい。
 では、誰が眞姫の子供の父親なのだろうか。
 それよりも、まだ高校生である眞姫にそんな重大なことをするなんて。
 健人はその誰か分からないという相手の男に、急に沸々と怒りを感じる。
 それは健人だけでなく、ほかの少年たちにとっても同じ気持ちだった。
 少年たちは思い思いの複雑な表情を浮かべながら、どうしていいのか分からない様子でしばらく唖然とすることしかできなかったのだった。




 ――その頃。
 叔父と叔母とともに病院から出てきた眞姫は、携帯電話を取り出して電話をかけ始める。
 その電話の相手とは。
「あ、梨華。今ね、病院に行ってきたところだよ」
 そして眞姫は、にっこりと笑って梨華にこう続けたのだった。
「やっぱり妊娠してるって。最初はびっくりしたけど、可愛い子猫が生まれるの、すごく楽しみだよ」
 そう言って眞姫は、ペット用のキャリーバッグを覗き込む。
 そこにいたのは……。
「イオリ、元気に赤ちゃん産んでね」
 眞姫の飼い猫であるメインクーンのイオリは、頭を撫でる眞姫の手の感触に気持ちよさそうに目を細めた。
 眞姫は嬉しそうにイオリに微笑んだ後、梨華と楽しそうに話を続ける。
 そしてこの時の眞姫には、まさか少年たちが大きな誤解をしているなんて夢にも思っていなかったのだった。
 

FIN



あとがき:
この話「ベイビーパニック!?」は、以前受付したひっそリクエスト「おめでたにちなんだ話」です。
すみません、何だかふざけた話になってしまいまして……(汗)
相変わらずボーイズたちが可愛そうというか、姫が天然というか。
会話に主語がないだけでこうも誤解を受けるんだぞ、という感じです(何)
短くてギャグな話になってしまい、本当に申し訳ありませんっ!
たまにはこんな誤解もほのぼのな少年少女の日常だと思って、あたたかい目で見守ってやってくださいませ;
リクエスト、ありがとうございました! ほかのリクも、本編の合間にUPしていきたいと思っています。