「今日の夕食、何にしよーか。健人は何か食べたいもんとかあるか?」
「特にない。祥太郎が好きな物にすればいいだろ」
「……つれないなぁ、美少年。せっかくこのハンサムくんが、腕によりをかけて夕食を作ってやろうとしとるっていうのに……」
 うっうっと、泣き真似をする祥太郎の姿に大きく嘆息しつつも。
 健人は鬱陶しそうにその青い瞳を向ける。
「俺は夕食を作って貰う立場だから、おまえの好きなものにすればいいって言ってるんだ」
「なんや、遠慮しとるんか? 俺ら深ーい仲やんか」
「何だ深い仲って。気持ち悪い」
「気持ち悪いって……ひどいわ、まじ泣くで」
 この日の放課後、同じクラスである祥太郎と下校していた健人は。
 夕食もついでに一緒にどうかと誘われ、彼の家へと向かっているところであった。
 いや、この状況は、一応成り行きではあるのだが。
「…………」
 健人は、まだ夕食の献立に悩んでいる祥太郎をもう一度、ちらりと見遣ってから。
「!? ちょ、何……つっ!」
「……これ、あいつにやられんだろう?」
 おもむろにぺらりと祥太郎のシャツを捲りつつも、そう言ったのだった。
 そんな突然の健人の行動に、さすがに一瞬、驚いた表情を浮かべるも。
「まぁ……強烈な膝やら容赦ない邪気やら、何発かいいのもらったからなぁ。いやーそれにしても、美少年が大胆でびびったわー」
 すぐに、そう茶化すように返す祥太郎。
 だが健人はそんな祥太郎の様子にも惑わされず、大きく首を振って。
「何であいつに、いつまでも手を出さないんだ」
 はっきりとそう尋ねるのだった。
 朝、腹部に肘が当たっただけで表情を歪めていた祥太郎の様子に気付き、何気に気がかりであった健人。
 その原因に、心当たりがありすぎるからである。
「手ぇ出さないのかって……モテモテプレイボーイな祥太郎くんに言ったら、なんかソレ違う意味に聞こえるなーなんてなー」
「祥太郎」
 はあっと大きく溜め息をつき、真っ直ぐその青の瞳を向ける健人に、そんな怖い顔せんで、な? と苦笑しつつも。
 一息置いた後、こう答える祥太郎。
「いくら綾乃ちゃんがめちゃめちゃ強くてもな、やっぱ女の子やし……できる限りギリギリまで、手ぇ出さんで済めばええなぁとは思うんや」
 そんな言葉に、健人はあからさまに眉を顰める。
「……は? 何言ってるんだ、おまえ。藤咲綾乃は邪者だぞ? おまえだって言ってただろ、あいつが邪者として姫に危害を加えるのなら、自分は能力者として相対するって」
「確かに綾乃ちゃんは邪者やし、今回は邪者として俺のことマジで殺しに来とるけど。でもな、姫に危害とか加わってないやろ? だからまだ、邪者とか能力者とかってよりかは、俺にとっては個人的なレベルの問題なんや。だから鳴海センセだって、この件には無干渉やろ」
「まだそんなこと言ってるのか? いい加減にしろ、祥太郎。ムカつくけど邪者のあいつは強いからな、今のままで今後もずっとやり過ごせるとは思えない。それに……姫に何かあってからじゃ、遅いだろう?」
 それから健人はぐっと拳を握りしめ、きっぱりと言い放つ。
「俺は、姫に危害が加わるかもしれないことを、黙って見てなんていられない」
 だがそんな健人の言葉に、祥太郎は漆黒の髪をざっとかきあげてから。
 同じように足を止め、彼と向き合うと、こう返したのだった。
「あのな、姫に危害が加わるようなことを、この俺がさせると思うんか?」
「じゃあ、邪者のあいつに対しての、今の煮え切らない態度は何なんだ。俺はおまえのことを一応信用はしてるから、今まで敢えて何も言わなかった。でもな、邪者としておまえのことをあいつが殺しに来てるのなら、おまえも能力者としてあいつと向き合うべきだと、俺は前からずっとそう思ってる」
「……そうやな、おまえはそう思うやろーな」
 それだけ言って、ふっと一息ついてから。
 健人の肩をぽんっと軽く叩きながらも、いつものように人懐っこい笑顔を作る祥太郎。
「まぁ、この話はこれくらいにしとこうや。それよりも早いとこ、夕飯何にするか決めんとな」
「……祥太郎!」
 だが――次の瞬間。
「!」
 祥太郎はハッと顔を上げ、一瞬、その瞳を見開くも。
「って……今日の美少年はなかなか積極的やなー。セクハラの次は監禁か? こんな外やなくても、夕飯食いながらうちででも二人きりやんか」
 周囲をぐるりと見回しつつも、そう嘆息する。
 そんな祥太郎に、鋭い蒼の視線を投げて。
「勝手に話題を変えて逃げるな、まだ話は終わってない。それにおまえのそんな煮え切らない態度が、俺ははっきり言ってイライラするんだ」
 周囲に“結界”を張り巡らせ、祥太郎の足止めをした健人はそう言った後。
「……ていうか大概ムカつくから、一発殴る」
「は? ……え、ちょっ!?」
 ぐっと握りしめた拳を、容赦なく放ったのだった。
 そんな突然飛んできた拳に、思わず声を上げるも。咄嗟に掌で受け止める祥太郎。
 だが健人はすかさず自分の拳を取り戻した後、今度はそれを顎目掛け鋭角に突き上げんとして。
 身を翻しその追撃をかわした祥太郎へと、瞬時に掌に漲らせた“気”を繰り出したのだった。
「く、どこが一発殴る、やねん! 思い切り“気”ィ放っとるやんっ」
 何気にそうツッコミつつも、祥太郎は対抗してその手に“気”の光を集めて。
「そーんなにハンサムくんとじゃれ合いたいんなら仕方ないなぁっ、美少年!」
「!」
 健人へと、反撃の衝撃を放ったのだった。
 それを健人は冷静に迎え撃ち、咄嗟に張った防御壁で防いでから。
「なんで俺には躊躇なく撃ってきて、邪者のあいつには手を出さないんだ!? 本当に理解できない。ていうか、素直に殴られろ」
「はいはい、わかりましたーって素直に殴られるほど俺マゾくないわ! てか、美少年は俺と仲良くじゃれ合いたいんやろ? 照れ屋さんやなーっ」
「気持ち悪いし、まじウザい」
「はうっ、ウ、ウザいとか……ひどいわぁっ」
 互いに“気”を撃ち合い、拳や蹴りを繰り出しては、言葉をかわしあって。
 どちらも互いに引かず、暫くドンパチ続けた後。
「……祥太郎」
 急にふと健人が構えを解いた、次の瞬間。
「お? もう終わりか? ……って、いたっ!?」
「本当におまえ、ムカつく」
 解かれた“結界”に一瞬気が緩んだ祥太郎の頭へと、ビシッとチョップがお見舞いされたのだった。
 そして。
「ムカつくし……これ以上、心配させるなよな」
 そう、はあっと大きく嘆息する健人に、瞳を数度ぱちくりさせてから。
「心配させて悪いな。ありがとな、健人」
 チョップされた頭を手でまだ抑えつつも、ふっと笑む祥太郎。
 それからそんな祥太郎に、改めて視線を向けると。
「……ハンバーグ」
「は?」
「だから、今日の夕飯。ハンバーグが食べたい」
 健人はスタスタと歩き出しつつ、何気に夕食のリクエストをして。
「はいはいっ。ハンサムくんがとびきり美味しいハンバーグ作ってやるからなー、美少年っ」
 祥太郎は急ぎ足で健人に追いつき、一緒に並んで歩きながらも。
 その顔に、いつも通りの笑顔を宿したのだった。