Allowance




 あたり一面、まだそこには血のにおいが立ち込めていた。
 ほたるは自分と仲間達が作り上げた死骸の山には見向きもせずに、ふっと視線を一点に向ける。
 風に靡く漆黒の髪、そして紅玉(ルビー)のように澄んだ深い色を湛える瞳。
 長尺の大太刀を肩に悠然と立つその姿は、異様なまでの存在感があった。
「狂……」
 ほたるは彼の名前を呼び、近付いた。
 その呼びかけには答えなかったが、無言で狂は真紅の瞳をほたるに向ける。
「結構あっけなく終わっちゃったね。人数が多かったから、ちょっとは手間取るかなって思ったんだけど」
 今まですべてを焼き尽くす業火を手に纏っていた人物とは思えぬようなのんびりした口調で、ほたるはそう言った。
「オレたちに刃向かう奴らは、皆殺しだ」
 ニイッと口元に笑みを浮かべ、狂は紅玉の瞳を細める。
 ほたるはそんな狂の笑みを満足そうに見た後、ふと視線を下げた。
「あ、狂。腕んとこ、怪我してる」
 よく見ると、狂の左腕に一筋の鮮血がはしっている。
 それは、何かに掠った程度のほんの浅いものであった。
 狂は左腕に目を移し、眉を顰める。
「あ? このくらいなんてことねぇよ。おまえの方が傷だらけだろうが」
「うん。でもこのくらいの傷なら、灯ちゃんに治してもらうまでもないでしょ」
 さすがにたった4・5人で数百もの相手と戦う彼らには、こういった小さな傷が絶えなかった。
 だがそれは最強の称号を求める彼らにとっては勲章でもあり、また一歩求めるものへ近付いた証でもあるのだ。
「あ、そうだ。狂、ちょっと腕貸して」
 ほたるはそう言って、鮮血の滲む狂の左腕をそっと手に取る。
 ほたるの美しい金色の髪が、先刻まで戦場だったその場を吹き抜ける乾いた風に煽られて、ふわりと揺れた。
 沈みはじめた夕日と同じ色をした瞳を伏せ、ほたるはスッと頭を下げる。
 そして。
「! つっ……」
 傷口をぺろりと舐めたほたるの舌の感触に、狂は一瞬だけ顔を顰める。
 ちらりと上目で狂を見て、ほたるは言った。
「傷口がしみる? でもね、こうやって舐めると早くよくなるって、誰かが言ってたような気がする」
「…………」
 まるで猫のようにペロペロと自分の腕に舌を這わせるほたるを、狂は黙って見ている。
 丁寧に傷口を舐め終わって、ほたるはおもむろに狂の大きな手を取った。
 そして狂の人差し指をじっと見つめた後、それをゆっくりと口に含む。
 咥えた指を優しく甘噛みしてから、ほたるは狂に視線を向けた。
「いつも思うんだけど、狂の手ってね、何か美味しい味がする」
「味? 血の味か?」
 ほたるの言葉に、狂は面白そうな表情を浮かべてニヤリと笑う。
 少し考えて、ほたるはブンブンと首を振った。
「うーん、血の味じゃないよ。何だかよく分かんないけど」
 ま、いっか……と呟き、ほたるは瞳にかかった金色の髪をかきあげる。
 その時だった。
「!!」
 突然ものすごい力で押し倒され、ほたるは驚いたように目を見開いた。
 狂はそんなほたるに覆いかぶさり、その首筋にくちびるを這わせる。
「あっ……んっ」
 背筋がぞくっとする感覚をおぼえたかと思った時には、自然と声が出てしまっていた。
 ぐいっとほたるの着物の襟元を力任せに開き、狂はニイッと笑う。
「今度は、オレ様が手当てをしてやろうか? ほたる」
「! ふっ、んっ……ていうか、狂……そこ、怪我してない……んんっ」
 ほたるの口を塞ぐかのように重なった狂の口づけは熱く、強引に舌が侵入してきた。
 ねっとりとしたキスの後、狂はほたるの鎖骨を指でなぞり、そしてそれを辿るかのようにくちびるを這わせる。
「はっ、あっ……狂……っ!」
 頬が紅潮してきたほたるを見て不敵に笑った後、狂は彼の纏っている真っ赤な鎧を外そうとした。
 その時だった。
「狂はどこ行っちゃったん……あっ!!」
 聞き覚えのある声が、そう短く叫んだ。
 ほたるはとろんとした瞳を、おもむろに声のした方に向ける。
「あっ……アキラ?」
 ほたると狂の目の前には、目の前の光景に呆然と立ち尽くすアキラ姿があった。
 狂はようやくそんなアキラを振り返り、無言でその真紅の瞳を向ける。
 狂のくちびると舌から開放されて、ほたるはゆっくりと上体を起こした。
 まだ少し乱れている息を整え、金色の髪をかきあげた後、ほたるは言った。
「そんなトコでボーッとして、どうしたの? アキラ」
「なっ、ボーッとしてってなぁっ!! 何やってんだよ、ほたるっ!!」
 ハッと我に返ったアキラはそのくりくりした瞳をほたるに向け、叫ぶ。
 ほたるはきょとんとした表情で、悪びれもなく答えた。
「え? 何って、傷の手当てしてたんだよ」
「はぁ!? 傷の手当て? そんな風にはオレには見えなかったんだけど!?」
「ねぇ、傷の手当てしてたんだよね、狂」
 同意を求めて、ほたるは狂に視線を向ける。
 狂は意味あり気に笑って、言った。
「ああ、そうだな」
「ほら、狂も言ってるだろ?」
「…………」
 狂には何も言えないアキラは、訝しげな顔をしながらも口を噤む。
 それから気を取り直し、ふたりを交互に見た。
「ていうか、さっきから向こうでボンと灯が待ってるよ? 狂」
 狂はその言葉に頷き、そしておもむろに歩き出す。
「行くぞ」
 短くそれだけ言った狂の後に、アキラが続いた。
 パタパタと風に煽られ、着物の裾が揺れている。
 ようやく立ち上がったほたるは、おもむろに首筋にそっと手を添える。
「傷、治ったかな?」
 風に靡く狂の黒髪を橙色の瞳で見つめてそう呟いてから、そしてほたるもゆっくりと歩き出したのだった。



FIN






四聖天時代の狂とほたる+アキラ。
何気にKYO小説ではじめての作品だったりします(照)
ほたるはやっぱり天然ボケじゃないとね!(何)
狂さんをかっこよく書きたかったんですが、うーんどうでしょー;
はじめてのKYO創作だから、この程度で(笑)
アキラは、今の毒舌なアキラも好きだけど、昔の可愛いアキラが大好きですv








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