その手で触れてごらん




 ――あいつは昔から、空を漂う雲みたいにフワフワと掴みどころのないヤツだった。




「辰伶、螢惑はどうした?」
 螢惑の姿がないことに気がついた太白は、オレに目を向けてそう言った。
 ほかの五曜星の面々も、一斉にオレに視線を向ける。
「……どうして私に聞くんですか? 太白」
「いや、おまえはよく螢惑の面倒を見ているようだから、心当たりはないかと思ってな」
 太白の言葉に、オレは眉を顰める。
 面倒を見ているのではない、名誉ある五曜星でありながら、勝手気ままに振舞うアイツが許せないだけだ。
 規律を平気で乱すアイツの行動が、我慢ならないだけなのだ。
 だが、この場でそう言っていても始まらない。
「探して連れてきます。会議を始めていてください」
「すまないな、辰伶」
 太白は瞳を細めてオレにそう言ったが、本当に謝らないといけないのは太白ではない。
 五曜星の定例会議に一向に姿を見せない、アイツだ。
 こういうことは、今回がもちろんはじめてではない。
 むしろ、毎回と言った方が正しい。
「今日は定例会議だとあれほど言っておいたのに、まったくアイツは」
 ズンズンと歩きながら、オレは大きく溜め息をつく。
 壬生の名誉ある五曜星の自覚が、果たしてアイツにはあるのだろうか。
 普通なら、その名に恥じぬよう勝手な言動は慎むべきだと考えるはずだ。
 それなのに、アイツときたら。
 昔からそうなのだが、アイツの考えていることがオレにはさっぱり理解できない。
 それよりも、何よりも。
 アイツがオレの弟だということが……一番信じられないことだ。
「…………」
 その時。
 ふと顔を上げたオレは、その場で立ち止まった。
 怪訝な表情を浮かべるオレの視線に映ったのは……。
「おまえはそこで、一体何をやっているんだ?」
「ん? あ、辰伶」
 オレの声に、木の上で寝転がっているアイツ・螢惑は、いつものようにのんびりした口調で言った。
 マイペースなアイツの態度に、オレは苛立ちを隠さずに続けた。
「螢惑、一体何をしているんだとオレは聞いているんだ」
「何してるって、木の上にいる」
「……そんなことは、見れば分かる。木の上で何をしているんだと聞いているんだ」
 オレの問いに、螢惑は考える仕草をする。
 そして面倒くさそうに橙の瞳をオレに向けて口を開いた。
「えっと、歩いてたら太白の面倒見てる子供が泣いてて、木に引っかかった黄色い凧を取ってって言うから、取ってあげた。その時に木の上から見える空が綺麗で、ずっと見ときたいなって思ったから見てた」
 螢惑の言葉に、オレは脱力感を感じる。
 螢惑の頭の中には、定例会議の「て」の字すらないようだ。
「…………」
 呆れてものも言えなくなったオレに、螢惑は思い出したように呟いた。
「あ……」
 やっと会議のことを思い出したか?
 だが、そう思ったオレが、浅はかだった。
「凧、黄色じゃなくて赤だったかも」
「……螢惑」
 そんなことはどうでもいい、凧の色が黄色でも赤でも。
 オレはもう一度大きく嘆息し、言った。
「今日は五曜星の定例会議だろう! 昨日あれ程言っておいたのにおまえはっ」
「あ、そうだ。辰伶がウルサイから、ちゃんと行こうって向かってた途中だったんだ」
「ウルサく言われるのは誰のせいだ? みんな待っている、さっさと降りて来い」
 頭を抱えるオレをちらり見てから、螢惑は口を開く。
「辰伶」
「? 何だ」
 侘びでも入れる気か?
 そう思ったオレの期待を、螢惑は見事に裏切った。
「あんまりいろいろ考えすぎると、早くハゲるよ」
「なっ……余計な厄介ごとを増やしているのは、どこの誰だっ!」
 話にならない、ていうか何を考えているのか理解に苦しむ。
 苛々も限界に達しつつあるオレは、言葉を続けた。
「だいたい螢惑、おまえは五曜星としての自覚があるのか!? 五曜星といえば、壬生一族の中枢を担う九曜の一員。非情に名誉ある地位なのだぞ!? 我々は、その名に恥じぬよう行動すべきではないか? 一族の中でも我々は選ばれし壬生の戦士なのだ。勝手な振る舞いをすれば、他の者への示しもつかん。それをおまえはっ」
 そこまで言って、オレは改めて木の上の螢惑を睨むように見る。
 次の瞬間。
「……っ」
 オレの頭の中で、プチッと血管がキレたような音が聞こえた。
 オレの瞳に映ったのは……いつの間にかスヤスヤと寝息を立てて熟睡する、螢惑の姿。
 頭にきたオレは螢惑を起こすべく、ひょいっとヤツの寝ている木の枝へと飛び乗った。
 樹齢数百年の大木なだけあって、ふたりが乗っても枝はびくともしない。
 螢惑を起こすべく、その顔に水をかけてやろうとオレは右手を掲げた。
 ……その時。


 一陣の風が吹き抜け、螢惑の金髪がさわさわと揺れる。
 そして葉の隙間からこぼれる太陽の光で、それはより一層その輝きを増した。
 同じ兄弟でも、オレの髪とは全く違う色の輝きを放つ螢惑の髪。
 その時オレは、そんな金色の輝きが……すごく綺麗だと、思った。
 子供のように寝息を立てる螢惑を覗き込むように、オレはその場にしゃがみこむ。
 色白の肌にかかる金色の髪が光を浴び、透き通ってさえ見えた。
 そして、オレは。
 自分でも知らないうちに……そっと、手を伸ばしていた。
 その美しい髪を、透き通るような白い肌を何故か触りたくて。
 ……そんなオレの手が、螢惑に触れる直前。


「んー……あ、辰伶?」
「! け、螢惑っ」
 急に瞳を開いた螢惑に、オレは慌てたように伸ばしていた手を引っ込める。
 そして。
「……っ!」
 バシャッと、螢惑の顔に思い切り大量の水をかけた。
 びしょびしょになった螢惑は、言葉を失って俯いている。
 オレは何故かドキドキしている気持ちを誤魔化すように螢惑から視線を外し、言った。
「定例会議だと言っているだろう!? さっさと起きて行くぞっ」
「…………」
 ストンと木から下りたオレは、無言の螢惑を置いてスタスタと歩き出した。


 オレは一体、何をしようとしたのか?
 光を浴びた螢惑の姿が、綺麗に見えて。
 気がついたら、手を伸ばしていて……。


 だがオレは、ブンブンと大きく首を振り、そんな考えを振り払う。
 綺麗、だと?
 五曜星として、いや壬生一族としての自覚さえない、アイツが?
 気を取り直し、オレは振り返った。
「何をしている、みんなが待っていると……!!」
 そう言った、その時。
 ゴオッと、オレの背後で大きな炎が上がる。
「水、嫌い……辰伶、それ知ってるでしょ?」
 そう呟いて、業火を纏った螢惑はオレを睨みつける。
 どうやら、水をかけられてキレたらしい。
 オレはそんな螢惑に視線を向け、溜め息をつく。
「それは誰のせいだ? おまえが起きないからだろう」
「本っ当に、ウザイ。やっぱりおまえのこと嫌い」
「それはお互い様だ、螢惑」
 その言葉と同時に、大きな炎と水柱がその場でぶつかり合ったのは、言うまでもない。
 それからオレたちの小競り合いは、いつものように太白が止めに来るまで続いたのだった。


 キラキラと輝いた太陽の下、アイツはいつものように、雲のように掴みどころがなくて。
 オレは、手を伸ばしたあの時……そんな螢惑を、掴んでみたかったのかもしれない。


FIN



辰ほたです♪お兄ちゃんが弟にドキドキなカンジが好きです(笑)
喧嘩するほど仲がいいっていうのがまたこのふたりってカンジでv
嫌い嫌いいいながら、弟のことを心配してる辰伶たん萌えvv
いやぁ、やっぱりほたるんは可愛いからね♪
辰ほたは大好きだけど、結構書くとなると難しいなぁと思いました〜。





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