雲ひとつない、晴天の午後。
 そわそわと落ち着かない様子でいつもより早足で歩きながら、彼はもう何度目になるか分からない溜め息をつく。
 彼の名は、江川隆一。
 どこにでもいる、ごく普通の大学1年生である。
 隆一は歩みを止めないまま、ふと窓ガラスに映る自分の姿を見つめる。
 そして、高校卒業と同時に茶色に染めた短い髪を手櫛で撫でた。
「あぁ、ちょっとは落ち着けよ、俺……っ」
 入学祝いに親に買ってもらったポールスミスの腕時計をちらりと見て、彼は大きく深呼吸をする。
 それからもう一度窓ガラスに目を移し、身だしなみを整えた。
 普段は時計も数年前に買った安いGショックだし、服装も特にお洒落なものを着ているわけではない。
 だが、今日の彼はいつもと意気込みが違っていた。
 時計も服も自分の持っている一番洒落たものを身に纏っており、普段はあまり気にしない寝癖も時間をかけて直した。
 準備は万端なんだから、あとは落ち着くだけだ……なるようにしかならないんだから。
 そう自分に言い聞かせ、隆一はさらに歩く速度を上げた。
 ――彼が大学に入学して、約半年。
 希望の大学に入学し、そして待望の一人暮らしも始めた彼にとって、この半年間は勉強に遊びにそれなりに充実していた。
 だが、彼にとって一番充実していたのは、勉強でも遊びでもなかった。
 始まりは、桜が咲き乱れる4月の入学式。
 はらはらと花びらの舞い落ちる桜並木を歩くひとりの少女を見た瞬間、彼は恋に落ちてしまったのだ。
 俗に言う、一目惚れである。
 そしてその後、その少女が自分と同じ学部学科でしかもクラスまで同じだったことを知った彼は、嬉しすぎる偶然に感謝した。
 清楚な外見通り少し大人しく真面目な性格の彼女だったが、社交的な隆一は彼女とすぐに仲良くなった。
 頑張って彼女と同じ授業も取ったし、真面目な彼女に認められたくて少しかったるくても授業にもちゃんと出たし。
 そして半年間そんな彼女を思い続けてきた彼は、とうとう決心したのである。
 自分の気持ちを、彼女に告白しようと。
 一人暮らしを始めて半年、そろそろ彼女も欲しくなる時期。
 ついにこの日、隆一は意中の彼女を近くの喫茶店に呼び出したのだった。
「はあぁっ……少し時間、早すぎたかな」
 次の角を曲がれば、待ち合わせの喫茶店である。
 いてもたってもいられなかった彼は、かなり待ち合わせ時間より早く目的地についてしまったのだった。
 喫茶店でじっと座って待っているのも緊張が高まってしまうだけだと思った彼は、落ち着くために煙草を吸おうと喫茶店を通り越し、自動販売機を探す。
 そして見つけた自動販売機にじゃらじゃらと小銭を入れてボタンを押し、屈んで取り出し口から煙草を手にした。
 その時だった。
「ん? ……何やってるんだ?」
 ふと隆一の目に、挙動不審な行動を取る人物の姿が映る。
 それは、ひとりの少女。
 背中まであるふわふわのウェーブかかった金色に見える髪は、太陽の光を浴びて透き通るような輝きを放っていた。
 少女は道の真ん中でしゃがみ込み、慌てた様に地面に視線を向けている。
 何だか困っている様子のその少女に、隆一は声をかけてみた。
「どうしたんですか? 何か落としたんですか?」
 彼の声にびっくりしたように表情を変え、地べたにしゃがんだまま少女は顔を上げる。
 年は、隆一よりも少し下だろうか。
 その瞳はくりくりとつぶらで、その上よほど困っているのかうっすらと涙目になっていた。
 彼は人形のようなその少女の可愛い容姿に、思わずドキッとする。
 少女は今にも泣きそうな表情を浮かべ、容姿の印象と同じ甘くて可愛らしい声で呟いた。
「なくしちゃったんですの……」
「なくしちゃったって、コンタクトか何か?」
 隆一の言葉に、少女は首を大きく振る。
「大事な大事なペンダントですの。ご主人様にお渡しする、大事なものなんですの」
 ご主人様という単語に小さく首を捻りながらも、隆一は少女の隣に屈んだ。
「どんなペンダント? 俺も探してあげるよ」
 そんな隆一の申し出に、少女は再び首を横に振る。
 そして、俯いて言った。
「駄目なんですの、そのペンダントを見ることができる人間は、ご主人様だけですから」
「……へ?」
 少女の言葉の意味が分からず、隆一はきょとんとした。
 それから大きく首を傾げつつも、ふと道の隅に視線を向ける。
 そして。
「あ、もしかして探してるペンダントってこれ?」
 スタスタと数歩歩き、隆一は道の隅に落ちていたペンダントを見つけて手に取った。
 それは、魔方陣と月を象った綺麗なペンダントだった。
 隆一の差し出すそれを見た瞬間、少女の表情がパッと変わる。
「それですの!! そのペンダントですのっ!」
「見つかってよかったね。はい、これ」
 にっこりと少女に微笑み、隆一はそのペンダントを少女に渡そうとした。
 だが、少女はそれを受け取ろうとしない。
 それどころか……。
「ご主人様っ、見つけましたわっ!」
「は?」
 キラキラと瞳を輝かせて自分を見つめる少女に、隆一は驚いた表情を浮かべる。
 この可愛らしい少女は、どうやら少し変わった性格をしているようだ。
 深く関わると、厄介なことになってしまうかもしれない。
 厄介事は御免である。
 何せこれから自分にとって、一世一代の告白という大切なイベントが待っているのだから。
「あ、俺、もう用事あるから……これ」
「これは、ご主人様のものですの。ご主人様に受け取ってもらわないと困りますのっ。受け取ってくださいな」
 そう言って頑なにペンダントを受け取らない少女に、彼は困った顔をする。
 隆一はちらりと腕時計を見て、大きく嘆息した。
 そろそろ待ち合わせ時間も近くなっていることだし、この調子だったら自分がペンダントを受け取らなければ終わりそうもない。
「そんなに言うなら、受け取っておくよ。じゃあ」 
「あっ、これ、そのペンダントの取り扱い説明書ですの。使う前によく読んでくださいな、ご主人様っ」
 そそくさと退散しようとする隆一に、少女は小さな冊子のようなものを手渡す。
 不思議そうな表情を浮かべながらもとりあえずそれも受け取り、彼は早足で歩き出した。
 歩みを止めないままふと振り返ると、少女は満面の笑みを浮かべて自分を見送っている。
「可愛い子だったけど、かなり変わってるなぁ……」
 もらったペンダントと冊子をジーンズのポケットに入れ、彼は首を傾げた。
 それから緊張の面持ちで、もう一度ポールスミスの時計に目をやる。
「それはともかく……今からが本番だぞ、俺っ」
 気を取り直し、隆一は気合を入れるように頬をペチペチと叩いた。
 そして大きく深呼吸をし、待ち合わせ場所の喫茶店へと入っていったのだった。




 雲ひとつない夜空に月の輝く、その日の夜。
「はあぁ……」
 電気もつけずに、隆一は大きく溜め息をついて自分の部屋の小さなソファーにゴロンと横になった。
 窓から差し込める月明かりが眩しく、彼は瞳を閉じる。
『隆一くんのことは、すごくいい人だと思っているよ。でも……お友達以上には考えられないの、ごめんね』
 喫茶店で彼女が言った、その言葉。
 そして止めをさすかのように、去り際にこう続けた。
『隆一くんのことは本当にいいお友達だと思ってるから、これからも今まで通り仲良くしてね』
「できるわけないだろ……今まで通りなんて」
 頭を抱え、隆一はもう一度深々と嘆息する。
 あれから喫茶店で意を決して告白した彼だったが、見事に玉砕したのだった。
「ああ、明日も明後日も明々後日も、学校で彼女と顔を合わせなきゃいけないなんて……憂鬱だ」
 どんな顔して明日から彼女に会えばいいんだろうか。
 今まで通りなんて、自分には到底できない。
 告白するタイミングが悪かったのだろうか?
 いや、いつ告白したにしろ、結果は同じだったかもしれない。
 告白せずに、いい友達のままでいた方がよかったかもしれない。
 そんないろいろな思いが、ぐるぐると頭の中を回る。
 隆一は今日何度目か分からない溜め息をつき、寝返りをうった。
 その時。
「……ん?」
 隆一はむくりと起き上がって、ふとジーンズのポケットに手を入れる。
 そして、入っていたものを取り出した。
「そういえば、あの変わった子に貰ったっけ」
 そう呟いた隆一の手には……不思議な少女から受け取った、ペンダントが握られていた。
 何気にポケットに突っ込んだため、一緒に貰った冊子はぐちゃっとしわになっている。
 何となく、彼は『取扱説明書』と書いてあるその冊子をめくった。
「何なんだ? これ」
 そしてその内容を読んだ隆一は、思わずきょとんとする。
 それから、魔方陣と月の象られたペンダントをまじまじと見つめた。
 だがすぐに苦笑し、テーブルに無造作にそれらを置く。
「ていうか、んなことあるわけないだろ……願いが叶う、魔法のペンダントって」
 ははっと笑って彼は立ち上がり、キッチンの冷蔵庫を開ける。
 牛乳を取り出してラッパ飲みをした後、隆一はテーブルに置かれているペンダントをちらりと見た。
 窓から差し込める月光を浴びて、ペンダントは一層輝きを増している。
「…………」
 冷蔵庫に牛乳を戻した後、隆一は『取扱説明書』をもう一度手に取る。
「月の見える夜にこのペンダントを翳して魔法の呪文を唱えると、願いが叶います……」
 彼はおもむろに窓を開け、ベランダに出た。
 そして美しい輝きを湛える月に向かって、そのペンダントを翳す。
「えっと、魔法の呪文はと……オ メネル パラン・ディリエル!」
 隆一はペンダントを翳したまま、夜空の月を見上げた。
「…………」
 シンと静まり返っている周囲をぐるりと見回し、彼ははあっと嘆息する。
 一体何をやっているんだ、俺は。
 こんなことで願いが叶うのなら、何も苦労はしない。
 それ以上に、この『取扱説明書』を真に受けて本当に実行してしまった自分が恥ずかしくなってきた。
 バカらしいと思いつつ、隆一はふと目の前の風景を見つめた。
 少し高台にあるアパートのため、街の様子がここからは見渡せる。
 そんな風景の中に、小さく学校が見えた。
 明日からのことを考えると、再び彼は憂鬱になる。
「はあぁ……いっそ、学校が爆破されればいいのに。そしたら学校行かなくていいかならぁ……」
 ベランダの手すりにもたれて、隆一はそうぽつんと呟いた。
 次の瞬間。
「なっ、何だ!?」
 驚いて隆一は、ハッと顔を上げる。
 そして目の前の光景に、唖然とした。
 ドーンという大きな衝撃音が彼の耳に響いたかと思うと、目の前に見えていた学校が爆破されたかのように吹き飛んだからである。
 その時だった。
「ご主人様の願い、ひとつ叶えましたのっ」
 背後からきゃっきゃっと嬉しそうにそう言う声が聞こえ、隆一はバッと振り返る。
 それから目の前にいる人物に、大きく瞳を見開いた。
「あっ、君はあの時のっ!?」
 いつの間に部屋に入ってきたのか、昼間出会った少し変わった少女がにっこりと微笑んでいる。
 何が何だか分からなくなっている思考を落ち着かせようと、隆一は深呼吸をした。
 そして、少女に言った。
「ていうか、これってどういうこと!? 何で君がここにっ!?」
「何でって、ご主人様が呼び出したんじゃありませんの。ペンダントを月に翳して呪文唱えて、願い事を言って」
「はあぁっ!? 何言ってっ……」
 そう言って、隆一は持っている『取扱説明書』に慌てて視線を移す。
 そこには、こう記されていた。
『月の見える夜にこのペンダントを翳して魔法の呪文を唱えると、願いが叶います。そして魔法の呪文“オ メネル パラン・ディリエル”と唱えてください』
 この通りにしたけど、何も起こらなかったじゃないか。
 そう言おうとした隆一は、その取扱説明書に次のページがあることに気がつく。
 そして、恐る恐るページをめくった。
『呪文を唱えた後、叶えて欲しい願いを言ってください。そうすれば、月の使いが貴方の願いを3つ叶えます』
「いや、でも俺、願い事なんて何も言ってない……」
 そんな隆一の言葉に首を振り、少女はにっこりと微笑む。
「ご主人様言ったじゃないですの、学校が爆破されればいいって」
「えっ!? 言われてみれば……そんなこと、確かに言った……」
 自分の言動を思い出し、隆一は驚いた顔をする。
 そしてもう一度爆破された学校の方角に視線を移し、唖然とした。
「あっ、自己紹介がまだだったですの。私、月の使いのルナって言いますの。よろしくお願いします、ご主人様っ」
「ていうか、爆破した学校を元に戻してくれっ!」
 のん気に自己紹介をする少女・ルナを見て、隆一は叫んだ。
 これは、何かの夢に違いない。
 第一、月の使いって何なんだよ!?
 どうして自分が彼女の『ご主人様』なんだ!?
 パニックになる頭を抱える隆一に、ルナは笑顔で言った。
「呪文を唱えてからじゃないと、ルナは何もできませんの」
「呪文? えっと……オ メネル パラン・ディリエル、とにかく学校を元に戻してくれっ」
 そう彼が言った、その瞬間。
「えっ!?」
 隆一は、目を見張った。
 キラキラと眩い月光が、爆破された学校の上に降り注ぐ。
 そして何事もなかったかのように、爆破された学校が元通りになったのである。
「元に戻しました、ご主人様っ」
 きゃっきゃっと無邪気に笑い、ルナは嬉しそうに言った。
「ていうか、何で俺が君のご主人様なんだ? どうして願いが叶うペンダントなんて……」
「人間の運は、月の影響で起こるもの。そして生まれた年月日と月の波動がピッタリ合う幸運な人間が、100年に1人現れるんですの。今回その波動がぴったんこな100年に1人の幸運の持ち主が、ご主人様なんですのっ」
「へっ? 俺が、100年に1人の幸運の持ち主?」
 突拍子もない話に、隆一はきょとんとする。
 それから大きく首を振り、俯いた。
「俺、幸運の持ち主なんかじゃないよ。だって今日、好きだった女の子に告白してフラれたし。最悪な日だったよ」
 はあっと深く溜め息をつき、隆一はルナに視線を向ける。
 そして、驚いた表情を浮かべた。
 目の前のルナが、今にも泣きそうに瞳に涙をためて、じっと自分を見つめていたからだ。
「ご主人様、そんな悲しい顔しないでくださいの。ルナ、ご主人様にそんな顔して欲しくないですの……。ルナはご主人様に声をかけてもらった時、すごく嬉しかったし……ルナはご主人様のこと、大好きだから……っ」
 ひっくひっくと泣き始めたルナに、隆一は慌てた。
「もう悲しい顔しないから、泣き止んでくれっ」
「本当に?」
 ルナは彼の言葉に、ふっと顔を上げる。
 涙で潤んだ彼女の大きな瞳は、まるで月のように輝きを増して綺麗で。
 隆一はそんな彼女の視線に、ドキドキしていた。
 少し顔を赤らめながら、彼はこくんと頷く。
「ああ。約束するから」
 彼の言葉を聞き、ルナはにっこりとその顔に微笑みを取り戻した。
 そして。
「よかったですのっ。ご主人様っ」
 ガバッとルナは、目の前の隆一に抱きついたのだった。
 彼女の長いふわふわの髪が揺れ、肌の感触が伝わってくる。
 そんな感触にさらにドキドキしながらも、隆一は言った。
「そっ、そう言えば……取扱説明書に、願い事3つ叶えてくれるって書いてたけど」
「はいの。ご主人様の願い2つ叶えましたから、残りは1つですの」
「えっ、もしかして、さっき学校元に戻したのもカウントに入ってるの!?」
「もちろんです、ご主人様っ」
 悪びれもなく、ルナは笑顔を彼に向ける。
「あとひとつか……」
 残る願い事は、あとひとつ。
 この不思議なペンダントを使えば……今日フラレたあの子を、自分の彼女にすることもできるんだろうか?
 そう思いつき、隆一は考えるような仕草をする。
 でも、彼女の真の気持ちは今日聞いた通りである。
 どうしようか悩んでいた隆一は、ふと目の前のルナを見た。
「そう言えば3つ俺の願いが叶ったら、ルナはどうなるんだ?」
 その問いに、少し寂しそうな顔をしてルナは答える。
「ご主人様とは、お別れですの。次のご主人様が現れるまで、月に帰りますの」
 それから上目使いで彼を見て、言葉を続けた。
「今まで、何人もの人の願いを叶えてきましたけど……今まで会った人の中で、ご主人様が一番優しくてあったかくて……ルナ、ご主人様のこと大好きだから寂しいですの」
「…………」
 俯いてしまったルナに、隆一は複雑な表情を浮かべる。
 それから気を取り直し、彼女に言った。
「そんな悲しい顔してたら駄目だろう? ルナがそんな顔したら、俺まで悲しい顔になるから」
「それは駄目ですのっ。ルナももう、悲しい顔しませんのっ」
 ブンブンッと首を振り、ルナは無理に笑顔を作る。
 そしてそんな彼女の健気な姿が、隆一には可愛く思えたのだった。
 隆一は決意したように頷き、彼女に視線を向ける。
「ルナ、最後の俺の願い、決まったよ」
 そう言って、隆一はペンダントを月に翳した。
 そして彼は、ゆっくりと魔法の呪文を唱え始めたのだった。 




      




 けたたましく鳴る目覚まし時計の音に顔を顰め、隆一は身体を起こした。
「ん……夢、か?」
 カーテンを閉めていなかったため、朝日がもろに顔に当たっている。
 その眩しさに瞳を細めて、彼はゆっくりと起き上がった。
 昨日の不思議な出来事は、すべて夢だったのだろうか。
 いや、あんな現実離れした出来事、夢に違いない。
 現実に起こっていたら、それこそ驚きである。
 そう自分に言い聞かせた隆一は、乱れた髪を無造作にかきあげた。
 それにしても、おかしな夢を見たものだ。
 はあっと溜め息をつき、二度寝をしようと隆一は再び横になる。
 かったるいから、一時間目の授業はさぼろう。
 そう思って、隆一は再び瞳を閉じる。
「……やっぱり、夢だよな」
 そう呟き、布団をかぶろうとした……その時。
「ご主人様ぁっ、おはようございますですのっ」
「えっ!?」
「ルナ、頑張って朝食作りましたのっ。食べていただけます?」
「ええっ!? ル、ルナ!?」
 ガバッと起き上がり、隆一は信じられない表情を浮かべる。
 目の前には、紛れもなく自分に微笑むルナの姿があったからだ。
 驚いた表情を浮かべる彼に、ルナは不思議そうな顔をする。
「どうしました? ご主人様?」
「えっ、ゆ、夢じゃ……どうして、ここに!?」
 その言葉に、ルナは照れくさそうにモジモジと言った。
「どうしてって、いやですわ。ルナはご主人様の恋人じゃありませんか」
「ゆ、夢じゃ、なかったんだ」
 自分の腕にぴたりとくっつくルナを見て、隆一は呟く。
 それから気を取り直して、ふっと笑顔をルナに向けた。
「ていうか、ご主人様はやめてくれよ。隆一でいいから」
「はいのっ、リュウ様っ」
「いや、あまりそれじゃ変わらないし……」
 ぽんっとルナの頭を軽く叩き、隆一は笑った。
 そして彼は、彼女の華奢な身体を愛おしそうにぎゅっと抱きしめたのだった。




 彼の、お月様への最後の願い。
 美しい月の光が優しく照らすベランダでペンダントを掲げた隆一は、ゆっくりとこう言ったのだった。


「ルナと俺が、恋人同士になれますように」


FIN





  




あとがき


 この話は、カウンター15000を踏んでくださいました水瀬悠季様のキリリク「現代が舞台のファンタジー」です。
 何だか著しく私のいつもの作風と違うものになってしまいましたが……;
 最初は連載している「SB」のようにドンパチと戦うFTの話を考えていたのですが、あまりにも「SB」とかぶってたのでボツに;
 そして、昔から書きたいと思っていた短編のネタの中から、今回のこの話を書いてみました。
 始めはすべて隆一くんの一人称だったんですが、あまりにもバカっぽくなってしまったんで三人称に急遽書き直したり;
 何気にすごく時間がかかってしまった話でした。水瀬さん、お待たせして本当にすみませんでした!


 まずタイトルですが、ずばり訳すると「素晴らしいチャンス」です(まんま)。ていうか、またB'zの曲名なんですがv 
 えっと、そしてこの話にでてくる魔法の呪文……実は、これエルフ語だったりします。
 「遠くに見つめる天空から」という意味らしいんですが、何となく月っぽいかなーとか勝手に;
 キャラ的には、ルナちゃんは可愛くドジっ子でバカっぽい子(笑)にしたかったんですよ〜。
 隆一くんは、結構この子優しくていい人そうなので、私的には彼氏にオススメなカンジです(笑)


 あまりこういう甘々な話(?)を書き慣れていないので、かなり照れくさいのですが……;
 リクに沿っているかかなりドキドキですがキリリクしていただいた水瀬さんと、そして読んでくださった皆様に感謝ですv